240.海路
今日は二話投稿しましたのでご注意を。
グリアードの港町から出た僕とティティーは航海を続けていた。
とはいえ、まともな航海とは言えない。
高性能ジェットエンジンと化したティティーが船尾で風を起こして、およそ船ではありえない速度で大海原をひた走る。それを僕という高性能ナビゲーションシステムが、航路に間違いがないか確認し続ける。
海をえぐるかのような轟音を鳴らし、すれ違う船からは怪奇現象だと指差されながら、魔法と睡眠を繰り返すこと数日――僕たちは目的地である本土の港町『コルク』近くの海域までやってきていた。
だが、そこで順調だった航海に問題が起きる。というよりは、問題を見つけてしまったので、二人で飛び込んだのだ。
モンスターに襲われる船の群れ――船団を見つけて、まずティティーが意気揚々と人助けを提案した。それに反対する理由は僕になく、そのモンスターたちのボス格を相手取ることになった。
こうして、少し特殊な戦闘が始まった。
その戦闘中、僕とティティーは大声で叫びあう。
「――次はどっちじゃ! かなみん!」
「左だ! 三五度くらいでいい! だ、だが、もうちょっと速度を落とせ!!」
弧を描くように、巨大な『リヴィングレジェンド号』が海上を駆け抜ける。その巨大質量が高速に動く様は、高層ビルが新幹線のように走るのと同じだ。レベル的に命の危険はないのだけれど、本能的な恐怖を僕に抱かせる。このまま陸地にぶつかれば、間違いなく地図が抉れるだろう。
そして、その危険物体の後ろを、迷いなく追いかける黒い影が一つ。
【モンスター】ジフィアススピア:ランク35
その身体は鯨のように大きく、『リヴィングレジェンド号』に比類する。上顎はカジキのように鋭く長く、全身がモンスター特有の甲殻類に似た鱗で覆われている。
『リビングレジェンド号』を駆る僕たちが言えたことではないが、まるで装甲車がスポーツカーの如き速度で突進してくるかのようだ。
いま、その化け物と海上でカーチェイスならぬシップチェイスを繰り広げているわけだ。
「速度を落とすじゃと!? じゃが、速度を落とせば捕まるぞ!?」
「いや、モンスターにやられる前に舵が折れる! 帆が裂ける!」
「捕まれば同じことじゃ! 次はもっと鋭く左折するぞ! こっちは小回りで勝つ!」
舵を取る僕の悲鳴も虚しく、ティティーは船首で風魔法を吹き荒らす。
そして、さらなる加速を得た『リヴィングレジェンド号』は船体を傾けつつ、Uターンするべく進行方向を曲げていく。
「というかこれ、ドリフトしてる!? おい、おまえ、ちゃんと慣性とか理解してるんだよな!」
「かんせい? うむっ、感性でやっておるぞ!!」
「ああ、これ! 伝わってない予感!!」
予想外の苦戦と予想外のティティーの返答に、そろそろ僕は心が折れそうだった。
ランク35のモンスターが相手ならば余裕だと思った一分前の僕を責めたい。
まず船を守るため、ティティーが空で戦えないのが辛い。さらにティティーはハーピィ種なので水に濡れるのが苦手で、僕は氷結魔法を失ってから海上を歩けない。
その不利に気づいたのは交戦したあとだった。対して、ジフィアススピアのほうは海こそがホームであると言うように、言葉通りに水を得た魚の状態だ。
とはいえ、たとえこの苦戦を予期していたとしても、こいつと戦う他はなかっただろう。
少し遠くでジフィアススピアに襲われていた船団が、眷族相手に動けないでいるのを《ディメンション》で確認する。眷属だけで一杯一杯ならば、ボスであるジフィアススピアを相手にしていれば船団の全滅は避けられなかっただろう。
いまはティティーの言うとおり、無理をしてでも倒すしかない。
「もうそれでいい! 確かに相手は小回りがきかないみたいだ! そのまま後ろを取れ!!」
「了解じゃ!!」
船の左舷が海面に触れるすれすれのところまで『リヴィングレジェンド号』は傾き、追いかけてくるジフィアススピアの追撃を振り切り、逆に――
「――ようし、背中を取ったのじゃああああ!」
僕たちが後方から追撃できるポジションを取った。
ジフィアススピアは賢いモンスターだった。これまで、何度もティティーの遠距離魔法を受けては水中に潜って、背後からしか襲い掛かってこなかったのだ。だが、その優位もここまでだ。
ついでに『リヴィングレジェンド号』もここまでだ。
「ああっ! 船の帆が破けた――!!」
無茶苦茶な運用によって、限界を超えてしまった。
「しかし、もう十分じゃ! っふー、やっと勇者的攻撃ができるーーー!!」
ティティーは船首から跳び、アリバーズさん作の『飛翔翠石の軽鎧ルイフィンリィト』を太陽光で煌かせながら、ジフィアススピアの背中に『始祖と魔王の魔剣ブレイブフローライト』を振り下ろす。
「食らえっ、《絶衝風撃》!」
別に魔法を使っているわけではないが、ティティーは技名を叫んでみせた。
最近、彼女は勇者という単語を繰り返しているので、いまの技名が彼女にとっての勇者的な何かなのだろう。
そして、剣と鱗がかち合い、鼓膜を破りそうな打撃音が海に鳴り響き――結果、ぽーんと跳ねるように『始祖と魔王の魔剣ブレイブフローライト』はティティーの両手から離れていった。
「あぁっ!? か、硬っ!? というか、童の剣がぁああー!!」
切れ味ないからなあ、あれ。
あの巨大質量に、守護者の馬鹿力で叩きつけたら、そりゃ反動でそうなる。おそらく、ティティーはさっくりと敵が斬れるのをイメージしていたのだろう。そのせいで、握りが甘かったようだ。
「な、ならば! 次は『北統王流古武術』じゃあ! 食らえ、『旋風撃』!!」
すぐにティティーは気を持ち直して、着地に合わせて強烈な蹴りを見舞いする。
その技名は北統王流古武術『旋風撃』。
いや、まあそうだろう。千年前に北を統べた王の技だから、そうだろう。古武術というのも間違いない。間違いない……のだが、なぜか納得いかないものがある。
ただ、その詐欺くさい技の効果は絶大だった。
『始祖と魔王の魔剣ブレイブフローライト』よりも攻撃力のあるティティーの肢体で攻撃したので、当然だが先ほどとは違った結果になる。蹴りはジフィアススピアの鱗をビスケットを砕くように破壊して、肉の中に食い込んだ。
その衝撃で一気に敵の動きが鈍る。
「よし、いまの内に童の剣を拾いに――」
その隙にティティーは剣を回収しに行こうとする。
「あとで拾え! いいから、風の銃剣を出してとどめを刺せ! もう一度潜られたら面倒だぞ!!」
だが、そんなことしている暇はないと僕は注意する。
怒られたティティーは、仕方なく手に銃剣を生成し、その刃をさっくりとジフィアススピアの背中に差し込む。あの硬い鱗を、いとも簡単に突破してみせた。
やっぱり、それが一番じゃん……。
「……人命がかかっておるから、仕方ないのう。貫けっ、そして奔れ! 《疾風弾》!」
背中を刺されたジフィアススピアは、当然だが水に潜って逃げようとする。だが、その瞬間、ティティーは敵の体内に入れた銃剣から風の弾丸を射出した。
鱗という装甲を無視され、守護者の魔法を直撃したジフィアススピアに、もう生存の目はなかった。海上にモンスターの悲鳴が響く。
「とどめじゃあああ――! 内から爆発せよ!!」
続く、無慈悲なティティーの魔法。
内部で炸裂したであろう風の弾により、ジフィアススピアは身体全体の鱗の隙間から血を噴出させ――爆発する。
こうして、もう少しどうにかならなかったのかと思う倒し方によって、モンスターは絶命した。
ジフィアススピアは死亡により、その動きが次第に遅くなる。『リヴィングレジェンド号』も帆の破損によって同様だ。
さらにティティーがジフィアススピアの死体の上で、ぶつからないように風魔法で調整してくれたおかげで、馬鹿げた高速シップチェイスは安全に終わりを迎える。
海の上で静止するモンスターと船――それを見ながら、ここは迷宮と違ってモンスターは魔石にならないことを僕は思い出す。
魔石化の術式は迷宮の中にしかないので、ドロップはなしだ。とはいえ、死体から色々剥ぎ取れるので一長一短ではある。
戦闘の結果を確認している途中、とても気になったことをティティーに聞く。
「そう言えば、迷宮で叫んでた《魔弾》ってやつはどうしたんだ?」
技名についてである。
「む? ああ、あれはかなみんから教えて貰った技名で、童の付けた技名じゃないからのう。あっちのほうが強く撃てるのは確かじゃが……切羽詰ってない限り、ああは叫ばぬ」
「やっぱりあれ、僕の命名だったのか。けど、なんで切羽詰ってないと使わないんだ? フライシューツのほうが言い易くて、かっこいいだろ?」
《疾風弾》と《魔弾》なら、間違いなく《魔弾》一択だ。
「いや、童の技のほうがかっこよかろ? そっちの技名、どれもこれもなんか変じゃ。正直、意味がわからぬものばかりなのじゃ」
「え、前に使った魔弾《重崩色の非風剣》とか、すごくいいじゃないか。意味もよく伝わってると思うし」
「そ、そうかのー? んー、なんか必殺技って気がしないから、童はあんまり好きじゃないのう……。あれ、叫んでて舌噛みそうじゃし……。そもそも文字数多すぎないかの?」
「多ければ多いほどいいのに……」
持論を根本から否定されてしまった。
どうやら、ティティーとはセンスが逆方向に進んでいるようだ。そして、それは二度と交わることのない方向な気がする。
ただ、僕たちにとっては大事な話だが、例えばマリアか妹の陽滝あたりが聞いていれば、溜息をついて呆れられそうな会話だ。幻聴で「どちらも変わりません。同レベルです」とか聞こえる。
「う、うーむ。そこまでかなみんが言うのならば、最後の締めの技は、間を取るかのう……」
「あ、そうだ。大物を倒して安心してたけど、まだ眷属が残ってるんだった」
ジフィアススピアは死んだが、眷族の水棲モンスターたちは依然として船団を襲ってる。
とはいえ、《ディメンション》だと危険はなさそうだ。
船団の数は十を超え、そのほとんどが軍船だ。軍属と思われる人たちが、魔法を船上から撃って小物のモンスターを迎撃している。さらに言えば、軍人さんたちには確かな訓練の跡が見られ、この状況でも一糸乱れぬ動きを保ってる。彼ら精鋭たちがいる限り、大物のモンスターが現れなければ安泰だろう。
「とりあえず雑魚を撃ち落しながら、あの船団の中心まで行こうか。一匹ずつやってもきりがないしね」
《ディメンション》で数える限り、その敵の数は千を超える。
迷宮と違って、大自然の中だとモンスターはこんなにも増えるらしい。
「そうじゃの。そこで大魔法を使うと一掃できるし、みなにも勇者な童を見てもらえるし、一挙両得じゃーい」
特に反対もなく、ティティーと僕たちは『リヴィングレジェンド号』で遠く離れた船団に向かう。メインの帆は裂けたものの、まだサブの帆が残っているので風魔法を使って動ける。
「あっ。でも、いま落ちた『ブレイブフローライト』の場所は《ディメンション》で覚えておいてくれい。あとでかなみんに拾ってもらうのじゃからな」
「はいはい」
《ディメンション》を維持して、ゆっくりと船団の中心へのルートを割り出す。
どの船も勇ましく、『リヴィングレジェンド号』にも負けぬ大きさだ。その側面には火器――でなく、魔石で出来た遠距離武器が備え付けられている。文明の発達の違いのせいで、魔石の動力だけでなく武器にも差があるようだ。
こっちの船を攻撃されると困るなーと思いながら、船団の裏側から慎重に近づいていく。
ただ、その心配は杞憂に終わる。船を指揮する隊長格と思われる人が、僕たちへの攻撃を止めてくれていた。一番厄介だったジフィアススピアを船団から遠ざけ、そして、撃破してきたことを理解してくれているようだ。
カニやザリガニに似た甲殻類の眷属モンスターが蠢く中、僕たちは強引に船団の中心へ向かう。そして、最も大きく豪華な船に当たりをつけて、その船に跳び乗る。
「失礼します。ここが全体を率いている船で合ってますか?」
開口一番に遠慮なく聞く。
船と船を寄せたとはいえ、その間にはかなりの距離があった。その間を跳躍したのだから、多くの視線が向くのは避けられなかった。
すぐに、その中で号令をかけていた女性が答えようとする。
ぴっちりと女性用と思われる軍服を着こなしているが、仄かに高貴さの残る女性だった。年は僕やティティーより高めで、二十台に見える。長い金髪を三つ編みにして、後頭部で団子状にしてまとめている。異様に横髪だけが長く、前髪は綺麗にそろえられている。凛としたイメージを受ける顔立ちだ。ステータスから名前を確認したところ、エルミラード・シッダルクの親戚であることがわかる。レベルは低いけれど、人を指揮するのが上手そうだ。
「……先ほどは大型モンスターを船団から引き剥がして頂き、大変助かりました。確かに、ここが船団の頭です」
女性は状況を正確に理解し、お礼と共に冷静な返答を行った。
まず冷静すぎると思った。まるで、僕たちのような存在ならば慣れているかのような様子だ。
その女性の名はクロエ・シッダルク。
彼女が交渉に入ったのを見て、他の船員たちは視線を僕たちから離した。船に乗り上がろうとしているモンスターたちの処理に追われているというのもあるが、それ以上にクロエ・シッダルクのことを信じているとわかる光景だった。
「これから全モンスターの一掃を行おうと思っています。少し協力をしてくれませんか?」
遠まわしに話している時間はない。簡潔に述べる。
それは隣のティティーも同じだった。
「うむっ。いまから風の大魔法を使うゆえ、できれば全員へ船から振り落とされぬように伝達して欲しいのじゃ。できれば何かに捕まって、端っこは厳禁じゃなっ」
「大魔法で一掃ですか……? あなた方は一体――」
当然だが、軍人は安全の確認を行おうとする。
しかし、できれば迅速にことは済ませたい。《ディメンション》で見張っているとはいえ、いつ死人が出てもおかしくない。
なので、僕は例の名前を名乗ることにする。
せっかくの威光だ。こういうときに使わないと、いつ使うんだって話になる。
「僕の名は『アイカワカナミ・キリスト・ユーラシア・ヴァルトフーズヤーズ・フォン・ウォーカー』。船旅の途中、あなたたちを見かけ、僭越ながら助力させて頂きました。東の連合国で探索者をやっていたので、腕には自信があります。もちろん、出すぎた真似をしているようならば、すぐに去ります。ただ、できればあなたたちを助けさせて欲しいと思っています」
「あ、あの噂の……?」
名前を聞いて、クロエさんは驚いた。
だから僕は――あの噂の『英雄』の如く、強く気高く優しい探索者でありながら、『舞闘大会優勝者』で『ギルドマスター』で『竜殺し』の、まるで物語に出てくるかのような存在――という設定のつもりで、自信満々に微笑んでみせる。
都合のいい『英雄』なんてものになるのはお断りだが、それでも利用はしてやる。じゃないと、『アイカワカナミ・キリスト・ユーラシア・ヴァルトフーズヤーズ・フォン・ウォーカー』と呼ばれるストレスの割に合わない。
「はい。あの噂のです。だから、信じてください。僕たちの魔法なら、必ず一掃できます。少しだけ任せて貰えませんか?」
「というか、童の魔法ならの! かなみんでなく、この童の魔法であることを忘れぬようにな! この大勇者ティティーの風がモンスターを打ち払うのじゃ!」
その本来ならば一笑に伏されるであろう提案に、クロエさんは真剣な表情で一考する。そして、僕たち二人の魔力をじっくりと見たあと、素早く行動に移り始める。
「……わかりました。見る目はあると自負しています。お二人を信じましょう」
「信じてくれてありがとうございます」
すんなりと受け入れられ、ほっと一息をつく。
もしかしたら、この指揮官に当たる人は、僕たちがジフィアススピアを倒していたのを遠目に見ていたのかもしれない。
「――総員! これから風の広範囲魔法が発動する! 迎撃の手を止めて衝撃に備えよ! 全ての船っ、全ての者に伝えよ! 効果範囲は海域全てだ!!」
そして、号令が飛ぶ。
その指示は迅速に全員へ伝わり、各船に伝播していく。流石は軍人の集まりだと思いながら、僕たちも僕たちで準備を始める。いや、ティティーのほうは返答を待つことなく、もう魔法構築を行っていた。
六十六層の裏で戦っていたときのような『詠唱』はないが、それでも膨大な魔力を使った人外の大魔法を予感させる。
「さあ、僕たちもやろうか。全モンスターの位置情報は僕が教える。しくじるなよ、ティティー」
「誰に言っておる。童の風魔法は史上最強じゃぞ」
ティティーは銃剣を突き上げ、周囲の風を操っていく。
その背中に向けて、僕は腕を伸ばす。
「――《ディスタンスミュート》」
即死魔法を躊躇なくティティーに差しこむ。それをティティーは一切の疑いなく受け入れる。
僕は『繋がり』を一時的に構築し、もう一つの魔法の情報を叩き込む。
「ティティーと『接続』して――《ディメンション》を共有」
これでティティーも僕が『ディメンション』で得た情報を理解したはずだ。
少し強引だが、共鳴魔法に近いものが完成する。
「うむ、見えた! じゃー、そうじゃのー、ここはかなみんリスペクトでー。――風魔法《リミットブレイク・ゼーアワインド・ジ・エンドバースト》ォオ!!」
敵の位置を理解したと同時に、ティティーは魔力を解放させた。
まず、海域に突風が一つ吹く。
次に、別の方向から更なる突風が、すぐさま吹く。そして、三つ目四つ目と――あらゆる方向から突風がぶつかり合っていく。千を越える突風が絡み合い、一秒もしない内に海域全てを包み込む巨大な竜巻が完成する。
その一瞬の天候操作に、船に乗っている誰もが驚きの声をあげた。だけど、それだけだ。悲鳴はあがれど、誰も風に吹き飛ばされはしない。
ティティーの恐ろしい精度の魔力操作により、その竜巻は正確にモンスターだけに襲いかかる。船は全く動かないというのに、船に張り付いたモンスターが引き剥がされ、竜巻によって宙に浮いていく。ついでに、水中から顔を出していたモンスターも風が巻き取り、空へ打ち上げていく。
見事な魔法だ。
何より、魔法名がさっきよりいい。
ぎりぎりだが及第点をやってもいいくらいだ。
ただ、もう少しアクセントが欲しい。例えば《限定解除・終の裂風》と書いて、《リミットブレイク・ゼーアワインド・ジ・エンドバースト》なんていうのは――
「あっ、その顔! 勝手に当て字はやめるのじゃぞ! これは童の技じゃからな!」
『繋がり』を一時的に作ってるせいか、ティティーから文句が入った。
少し残念に思いながら、仕方なく技名を考えるのは止める。
というか、そんなことよりもやらないといけないことがある。
ティティーの魔法は見事だが、それでも威力が大きすぎる。少しずつ余波で船体が揺れ始めた。近くで転びかけていたクロエさんを抱え止め、ティティーに叫ぶ。
「ティティー、もう少し勢いを落とせ! 船がひっくりかえる!」
だが、それにティティーは反論する。
「だが、このくらいせんと船に張り付いたやつを全部落とせぬ!」
「細かいのはあとで手作業でやろう! いまは大体でいい!」
「舐めるでないぞ! 童ならば、この程度の風の制御は余裕じゃ!」
「いや、たぶん、あれからおまえ弱くなってるんだよ! 前と同じように制御できると思わないほうがいい!」
「むむむ! そ、そんなことないもん!!」
自らの弱体化を認めたくないのか、少しむきになってしまっていた。
僕の忠告を聞かずに、魔法を続行させる。
『繋がり』があるからわかる。
ティティーのやつ、もし人が海に落ちてもあとで拾えばいい――死人さえでなければ十分――なんて前時代的過ぎる将軍様のような考えかたをしてやがる。
「はあ、仕方ない……」
大竜巻の中、もう常人は立っていられなくなっていた。
僕はクロエさんをメインマストに案内して、しがみつかせながら説明する。
「……少し僕は周囲の船の危ないところをフォローしてきます。あなたもどこかに掴まってくださいね」
「こ、この嵐の中ですか? 危険です!」
「大丈夫です。信じてください。パパッと行って、パパッと片付けてきますから」
安心させるために、噂の『英雄』らしく、軽い感じで微笑みながら返す。
その言葉を聞いたクロエさんは口を開けて驚いていた。
ただ、そのクロエさんの不思議な反応に構い続けるわけにもいかない。すぐに僕は駆け出し、嵐の中、船から船へ飛び移る。
もう《ディメンション》で危機に陥っている人の場所はわかってる。その筋力と速さに任せた身体能力で、次々と船から落ちかけている人を掴んでは安全なところまで運んでいく。ときどき、嵐に動きを邪魔されて僕も海に落ちかけるが、それは《ディフォルト》でフォローしていく。
こうして、ティティーは攻撃で僕は防御――この完全な役割分担によって、竜巻の魔法は最高のパフォーマンスを発揮しきるのだった。
――そして、その数十分後。
ようやく、竜巻の魔法は終わった。
一瞬で海域の天候が凪に変わる。
結果、天高く舞い上がっていた全モンスターたちは落下し、次々と海面にぶつかる衝撃で絶命していった。
ぶっちゃけ、かなりぐろい。柔らかく比喩して、大量のトマトをコンクリートに勢いよく叩きつけたかのような光景だった。
全てのモンスターが潰れたトマトになったところで、船団の中央でティティーが銃剣を掲げ、勝ち鬨をあげる。
「ふははははっ、どうじゃー! 勝ーーー利ーーー!! みな、安心するがよいぞー! そなたらを襲うモンスターどもは、この童が全てやっつけてやった! このティティーが、全てなー!!」
その経歴から、こういう大虐殺の光景には慣れているのだろう。千年前の死生観のままのティティーは、この惨状を平気で自慢する。
ただ、現代の温い世界を生きる人にとってはドン引きものだ。
青い顔に囲まれる中、ティティーは笑い続ける。しかし、その中で一人、クロエさんだけは上官の責任感からか、しっかりとお礼を言う。
「か、感謝します。『アイカワカナミ・キリスト・ユーラシア・ヴァルトフーズヤーズ・フォン・ウォーカー』様……と、風の大魔法使い様」
その言葉を聞いたティティーは気分を良くして一歩彼女に近づく。
「うむ、苦しゅうないぞ。あと童のことは魔法使いじゃなくて、勇者様と呼ぶとよい」
「……は、はい。感謝します、勇者様」
クロエさんは頷きながら、一歩後退した。
そこで、やっとティティーは気づく。
「あ、あれえ……? ちょっと怖がられてる……?」
「あれだけやればな。当然だろ」
冷や汗を流すティティーに、僕は冷たく言い返す。
「あの、そちらの方は『アイカワカナミ・キリスト・ユーラシア・ヴァルトフーズヤーズ・フォン・ウォーカー』様のご友人ですか……?」
クロエさんは恐る恐るといった感じで聞いてくる。
「そうです。こう見えて、優しいやつですから大丈夫でしょう。それに、もしこいつが馬鹿をやらかしたときは僕が対応しますから、安心してくれていいです。あと、僕のことはカナミでお願いします。その長い名前は嫌いなので」
「わかりました、カナミ様……。かの有名な『英雄』様の言葉なら信じましょう」
妙に理解のある人だ。
姓がシッダルクならば、プライドの高い人かと思ったがそうでもないらしい。僕とクロエさんは微笑み、ついでに握手をする。
ただ、後方でティティーだけは納得いってないようだ。
「かなみんがメインで、童がサブみたいな扱い……? 戦ったのは全部童だったのになぜじゃあっ?」
「まあ、そんなものだ。おまえが、あのでかぶつを殴ってたのも見られたんだろ。そこまでやって、普通に理解されたほうがびっくりだ」
前に船旅をしたとき、いまのティティーと同じ状態に僕もなったものだ。
同じ間違いを犯している彼女を見て、少し懐かしさを感じる。
「し、しかし、千年前と違って、船が一つも落ちてないのじゃぞ!? めちゃくちゃ手加減を頑張った童を、もっと褒めて欲しいのじゃ!!」
千年前は、味方の船を一つか二つ落としながら敵を倒してたらしい。それは『狂王』『魔王』と呼ばれても仕方ない。
しかし、このままでは明日の朝まで騒ぐのは間違いないので、僕はティティーの傍によってその頭を撫でてやる。
「うん。わかったわかった。えらいえらい」
「む? むー、かなみんだけかー。まっ、今回はこれで我慢してやるかのー」
普通ならば馬鹿にしたかのような行為だが、精神年齢の幼いティティーはそれを喜び、渋々と溜飲を下げる。
腕を組み、口を尖らせながら納得してくれた。
「次があったら、僕が大物をやるよ。今回はみんなを助けられたんだから、それでいいってことにしよう」
「仕方ないの。――次じゃ。次こそは、童がちやほやされてやるのじゃ。はよ、誰か襲われておらんかの。次、はよう」
まだ勇者的な活躍は諦めていないらしい。
目を光らせて、次なる獲物を探し出す。
それはちょっとした冗談だったが、すぐ近くにいたクロエさんは「ひっ」と小さな悲鳴をあげた。ティティーにとっては僅かな戦意を出しただけかもしれないが、常人にとっては身が竦むほどのようだ。
よく見れば、周囲の誰もが『魔王』の降臨に怯えている。
それをティティーに教えてやったほうがいいのか考えながら、僕は最後に《ディメンション》で状況を確認していく。
それなりに負傷者は出てるが、一人も死者は出ていない。
その結果に一安心し、僕はこれからのことを一人で考えていくのだった。




