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異世界迷宮の最深部を目指そう  作者: 割内@タリサ
6章.唯二人の家族
235/518

233.ギルドマスターの帰還

「ライナーがフーズヤーズに行って、こっちは二人になったね……。ライナーのおかげで心置きなく出発できるのは嬉しいけど、ちょっと寂しくなるな……」


 迷宮で頼りにしてきたライナーの離脱は、正直なところ少しだけ心細い。

 だが、これで後顧の憂いを絶てたのは間違いない。

 ライナーのためにも僕とティティーは、決して顔を俯けることはなかった。むしろ、はっきりと方針が定まったおかげで、昨日よりも前へ進もうとする意志は固い。

 

「それじゃあ、ティティー……。行こうか……!」


 旅の相棒の名を呼び、借りた部屋を出て、宿の扉を開け放って、太陽の眩しい外に出る。からっと乾いた空気に、涼しい風が通り抜ける。気分を切り替えて再出発するにはベストの天気だ。

 そして、僕は新しい目標を口にして駆け出そうとして――


「さあ、目指すは本土! アイドたちの待つ『北』――」

「うむ! 失恋・・旅行の始まりじゃの!」

「そういうのやめろぉ!」


 隣のティティーが笑顔で無慈悲な事実を突きつけてきたので、割と本気で叫び返す。

 どれだけ自分に言い聞かせても、そういう単語を出されるとちょっと涙目になってしまうのだ。

 

「あわ!? あわわっ、ななな泣くでない! これでは童がいじめているように見えるじゃろ! なんじゃっ、めちゃくちゃ爽やかな空気を出しておりながら、全然振り切れておらぬじゃん!!」


 ここまで僕が動揺するのはティティーの予想外だったらしい。

 僕をあやすように両手をぶんぶんと振った。


「な、泣いてなんかないし! 本当の告白は帰ってからやるんだから、ちょっと拒否されたくらいで全然落ち込んでなんかないし! セラさんのおかげで希望満々だし!」

「そ、そうじゃの。かなみんは泣いておらぬの。まだ本気も全然出していないしの」


 ティティーに慰められ、僕は顔をぐしぐしとこすったあと、もう一度最初から再出発をやり直すことにする。


 …………。

 よし。

 ああ、いまは前へ進むことを考えるべきだ。

 仲間たちと合流して、ディアと陽滝を助けて、満を持して大聖堂へ向かい、昨日のリベンジを一秒でも早くすることこそが、いまの僕の最善なのだから。


 青い空を見上げれば、白い太陽が僕の新たな門出を祝福してくれているように見える。

 つまり、後顧の憂いはないったら、ない!


「――よし! それじゃあ、早く港へ行こうか! ティティー、船で本土に向かおう!」

「あ、それは駄目じゃぞ。少しは時間かけろと、さっきライナーに言われたじゃろう?」

「もう、いいから早く出発したい!!」


 正直、この連合国にいる限り告白失敗の記憶が蘇るのは避けられない。できるだけ早く出発して、できるだけ早く帰ってきて、もう一度告白をやり直したいのが僕の本音だ。


「しかしな。ライナーのやつが焦るな焦るなと姑のような小言を言っておったろう……?」


 これからの予定を決めるときのライナーの言葉を思い出す。


「確かに焦るなとは言われたし、前準備は大事だと思うけど……」


 セラさんも似たようなことを言っていた。そのための紹介状や何やらを色々と受け取っている。ラスティアラが自分の立場を使って、色々と贔屓してくれたらしい。


「あやつの言うとおり、戦いの基本は前準備じゃ。これを怠れば、勝てるものも勝てぬ」


 このまま勢いで出発しようとしていたのを見抜かれていたのか、ティティーは王の貫禄で僕を止める。


「――ということで、ライナーの遺言通り、まずはこの『連合国』でじっくりと買い物するぞ。あ、ちなみにこれがライナーから童が預かったメモじゃ」

「ライナーは死んでないから遺言とか言うな。むしろ、遺言になるのはおまえのほうだからな……。というか、メモって、いつの間にそんなものを……。どれどれ……――」


 そんなメモがあるということは、僕たちが宿に向かう前から、こうなることをライナーは予期していたのだろうか。

 僕はメモを受け取り、その文字の羅列に目を通し始める。



――0.即日、向かうなんて余裕ない真似は厳禁。

    もしキリストが焦って飛び出そうとしたら、ティティーが気絶させるように。

    そして、このメモを見せて、しっかりと下の項目を消化していくこと。

  1.魔法の強化。

    魔術式の書き込まれた魔石の収集。

    フーズヤーズの紹介状があるから、それを使って店を回ること。

    キリストだけでなくティティーにも飲ませるように。

  2.物資の購入。

    二度と食事に困らないように、保存食を買い込む。

    次に服と装備。有名な店舗で一通り揃えること。

    特にキリストの靴は絶対に取り替えろ。

  3.図書館で歴史書の確認。

    これも紹介状を書いて貰ったから、非公開のものを調べる。

    ティティーに千年前と関連深そうなものを選ばせて、それを重点的に。

    キリストの次元魔法を使って、納得するまで読むこと。

  4.迷宮に潜りなおして基礎能力の向上を図る。

    焦っているのはわかるけれども、しっかりと鍛錬することも大事。

    もう一年過ぎているのだから、いっそのこと一ヶ月ほど迷宮に潜ってもよし。

    推奨としては六十九層まで二人で攻略してから本土に――



「――って、長い! 全部で二十項目以上あるぞこれ! 最後のほうとか、寒くなる地域と挨拶の仕方とか書いてるし……! あいつは僕の母親か!?」

「それほど童たち二人が心配みたいじゃね。なにせ、かなみんは『異邦人』で、童は千年前の『理を盗むもの』。常識ないと思われておるっぽいのう。別行動すること自体、本当は断腸の思いだったようじゃ」

「はあ……。どれだけ心配性なんだ、あいつは……」


 しかし、その必死な走り書きからライナーの気持ちが確かに伝わってくる。

 僕が焦って失敗しまいかと、いまも不安になっていることだろう。


「……仕方ない。今日だけは連合国を回って、戦いの準備に徹しようか。焦ってもいいことないのは僕も身に染みてる」

「うむ。それがよいぞ。来るべき戦いの前に、お買い物ターイム!」


 ライナーの気持ちを汲んで、出発を一日遅らせることが決定した。そう決まった以上は、完璧な一日にするつもりだ。

 すぐさま、僕は頭の中で今日の予定を組み立てていく。


「各地に《コネクション》置いて行動すれば、時間短縮できるかな……。よし、まずはグリアードに行って、それからラウラヴィアへ行こう」

「了解なのじゃ」


 いまの僕のMPの最大値は1275。単純計算で《コネクション》を十二個ほど置ける。

 もう酒場のほうには《コネクション》を一つ置かせてもらっているので、あと十一個だ。

 ティティーと二人でヴァルトの街中を南下しながら、予定だけでなくMPの使用法も考えていく。


 昨日、フーズヤーズへ行ったときからわかっていったことだが、この連合国の越境は短時間ですむ。

 この連合国はヴァルトから時計回りにグリアード・ラウラヴィア・エルトラリュー・フーズヤーズと続いている。

 ヴァルトからグリアードに移動するのはすぐだった。活気溢れる港街に辿りつき、すぐに人目につかない路地裏を探し、《コネクション》を置く。そして、さらに移動して、ラウラヴィアへ入っていく。

 それをティティーは疑問に思ったようだ。


「むむ? このグリアードとやらも、なかなかよい国ではないか? ここで装備の購入はしないのか? よさそうなお店が一杯あるぞ」

「あとで入るよ。ただ、最初に向かうべきなのはラウラヴィアなんだ。なにせ、あそこには――昔の僕の拠点とも言える場所があるからね」


 道中、頭に組み立てた計画をティティーに説明しながら歩く。

 その後、大した時間もかかることなく、懐かしい拠点まで辿りつくのだった。


 それはギルド『エピックシーカー』の拠点。

 ラウラヴィアの中央部にある建物で、何をするにしてもここを中継地点にするのは間違いないだろう。

 ただ、その拠点は僕がいた頃と少し外見が違った。この一年で増築を繰り返し、以前よりずっと広くなっている。そのことから、『エピックシーカー』の景気の良さが窺える。


 名ばかりのギルドマスターとはいえ、自らのギルドが大きくなっていることに喜びながら、その新しい建物の入り口をくぐり、帰還の挨拶を口にする。

 

「あのー、すみませーん……。いや、ただいまーかな?」


 ただ、久しぶりに訪れたギルド内部は様変わりしていた。

 それは内装だけの話でなく、もっと根本的なところからだった。


「――あ?」


 僕の挨拶に対して返ってきたのは、歓迎でなく猜疑の声だった。

 前に僕がいたときにはなかった受付のような長机が玄関口にあり、その周囲には数人の大人の探索者が立っていて、来訪者である僕を睨んだ。


 知らない人たちがいることに僕は驚き、困ってしまう。予定では懐かしい顔ぶれに挨拶しながら、グレンさんのところに案内してもらうつもりだった。

 どう話しかけていいものか悩んでいるうちに、周囲の目がきつくなり、僕を見ながらぼそぼそと相談し始める。


「……なあ。誰だ、あれ」

「うちのやつじゃないな。いや、でもどこかで見たことあるような……」

「見たことあるか? 少なくとも、うちにあんなやつはいないだろ」

「最近じゃなくて、かなり前に……。うちじゃなくて、もっと別のところで……」

「まあ、不審者だ。とりあえず、退路塞ぐか?」


 歓迎されていないどころか、いまにも拘束されそうな勢いだ。

 一度出直そうかと思ったが、背中を見せたら追いかけられそうだったので、それもできない。

 立ち止まっていると、一人の男が事務的に話しかけてきた。


「ここはラウラヴィア直轄ギルド『エピックシーカー』だ。特別の用件がある場合は紹介状。一般の依頼の場合は街の仲介所を通せ」


 その話から、もう一般の人間はここに出入りできなくなっていることがわかる。

 常識を欠いていたのは僕のほうだとわかり、仕方なく偽りなく用件を口にする。


「えっと、ちょっと用がありまして……。……サブマスターの誰かか、グレンさんに会えませんか?」

「マスターたちに用……? 今日、そんな予定あったか? ああ、まずは紹介状を出してくれ。問い合わせてみる」

「いや、そういうのはないです。約束アポも取ってないです……」

「はあ? それで会えるわけないだろ? あの方々がどれだけ偉いかくらいは知ってるだろ?」

「知ってるような……、知らないような……?」


 人柄はよく知っている。だが、いまはどうなっているか知らない。

 言いよどむ僕を見て、周囲の目はさらに険しくなっていく。


「まだラウラヴィアのことをよくわかっていない転居したばかりの一般人か……?」

「いや、それにしてはやる・・。足運びが普通じゃない」

「なんか怪しいな……」

「おいおい。また、よそのギルドのスパイか何かか……?」


 当然のように出入り口を押さえられ、徐々にエピックシーカーのメンバーたちに囲まれていく。その状況にティティーは呆れていた。


「なんじゃ。知り合いから金を返して貰うとか言っておったのに、全然駄目じゃのう」

「……困った。僕がいた頃より、かなりギルドメンバーが増えてる。僕の知ってる人が玄関口に一人もいないなんて予想外過ぎる。これ、もう名乗らないと駄目かも」

「ならば、すぱっとあの長ったらしい名前を名乗ってやればよいじゃろう。もしくは、力を使って強引に押し通れ」

「いや、あれを本来の僕を知らない人に名乗るのは、なんだか権力に物を言わせるみたいでちょっと……。力に物を言わせるのも好きじゃないし……」

「贅沢じゃのー。かっこつけじゃのー。こういうのは、さくっとやってやったほうが双方のためじゃぞ?」

「ここさえ切り抜ければ、何とかなるんだ。どうにか知り合いを《ディメンション》で見つけて……」


 二人でこそこそと話し合っている内に、包囲は狭まっていく。

 そして、そのうちの一人が僕に手を伸ばす。


「とりあえず、色々と聞きたいことがある。こっちのほうへ――」


 このまま連行されるしかないと諦めかける。

 しかし、その前に玄関の奥から女性の声が響いた。


「ねえ、何を玄関口で騒いで……って、え? マ、マスター?」


 裾が床につくほど大きなローブに身をまとった妙齢の女性――テイリ・リンカーさんが現れてくれた。頼れるギルドのお姉さんの登場に僕は喜び、声を張り上げる。


「テイリさん、久しぶりです! ちょっと助けてください!」


 両手を大きく振って、テイリさんを招き寄せようとする。

 テイリさんは珍しい来訪者を見て、とても愉快そうな表情でこちらに近づいてくる。


「え、なに? なんでみんなでマスターを囲んでるの? それも、ちょっと涙目になっちゃってるじゃない。うちのマスター」


 そして、その状況の滑稽さを見て、手を口に当てて笑った。

 その発言を聞き、僕を囲んでいたギルドメンバーたちは首をかしげた。


「マ、マスター……?」

「うちのマスターはテイリさんとレイルさんとヴォルザークさんの三人だけでは……?」


 どうやら、ずっとサブマスター三人に任せきっていたため、もうその三人がギルドマスター扱いとなっていたようだ。

 それをテイリさんは首を振って否定する。


「それは違うわ。私たちはサブマスター。うちにはマスターって呼べる人が、もう一人いるでしょ」

「いましたっけ? うちはいつも三人だけで回ってるような……」

「トップのギルドマスターがいるじゃない」

「トップのギルドマスター? え、え――?」


 にやにやと笑いながら、テイリさんは意味深にギルドメンバーたちに説明していく。ただ、遠回しに少しずつ説明しているのは彼女の趣味だろう。この状況を限界まで楽しもうとしているのが表情からよくわかった。


「彼がギルド『エピックシーカー』の『ギルドマスター』よ。わかってると思うけど、一番偉いってことね。自分のギルドのマスターなんだから、しっかりと覚えておくように」


 十分にギルドメンバーの困惑を堪能したあと、テイリさんは僕の素性を明らかにした。ぽかんと口を開ける人々の中、仕方なく僕は頭を下げて自己紹介する。


「えっと、どうも……。カナミです……」


 これがヴォルザークさんかレイルさんなら状況を察してくれて、言葉少なく収めてくれたはずだ。ただ、テイリさんに最初に見つかったせいで、もう名を明かすしかなかった。

 そして、その自己紹介と同時に、ざわざわとギルドメンバーたちは動揺し始める。


「つまり、この方があの……?」

「あ、あの『アイカワカナミ・キリスト・ユーラシア・ヴァルトフーズヤーズ・フォン・ウォーカー』様?」

「去年の『舞闘大会』を優勝して、『大英雄』となった……?」

「本物……? え、本当に本物?」


 正直、いますぐ逃げ出したい。

 現代の価値観で育った僕では、こうもおもむろに『大英雄』と呼ばれるのに慣れない。


 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか――いや、絶対に知ってるはずのティティーは調子に乗って笑い、悪ふざけで僕を祀り上げようとする。


「はははー! こちらにおられるは『アイカワカナミ・キリスト・ユーラシア・ヴァルトフーズヤーズ・フォン・ウォーカー』様じゃぞぉ! みなのもの、控えおろう! 控えおろう!!」

「控えるのはおまえだ……!」


 すぐにティティーを睨みつけてやったが、その圧力を彼女は涼しそうにいなす。

 むしろ、その圧力にやられたのは関係ない人たちだった。


「――っ!? あ、あああ、あのっ、すみませんでした!」


 開口一番に謝りだすギルドメンバーたち。


「え、まじか! こんなに若いのか!?」

「本当だって! あの日、俺はヴアルフウラいたから間違いない! 試合んときとは全然雰囲気が違うけど!!」

「サイン! サイン貰わないと!!」


 つ、次があれば、もっと上手くやろう……。

 これからはこういう扱いをされるのに慣れないといけないのはわかっている。それどころか、もう取り返しがつかない以上は、この立場を上手く利用する方法を考えたほうがいいってのもわかってる。

 ただ今日は、まだ心の準備が足りなかった。


「ふははははー! みな、びっくりしたようじゃのー! これからは気をつけるように! こちらのかなみんは、ぬしらの上司様じゃからな!!」

「ふふふっ! そうよ、次からは気をつけなさい! カナミ君の心は広いけれど、私たちのトップなんだからね! 生意気な口を利けば、減給よ!!」


 僕の性格をよく知っているはずの二人が、しおらしくなっているギルドメンバーをからかい続ける。

 

「……テイリさん、もういいでしょう。とりあえず、静かに話せる部屋までお願いします。ほんと、まじでお願いします」


 もうやめてと、かなり本気で頼み込む僕だった。


「あ、ごめん。ちょっと遊びが過ぎたわね。最近、仕事が多くてストレス溜まってたの。本当にごめんね、マスター」


 その真剣な表情を見て、テイリさんはやりすぎたと反省してくれた。やはり、少し趣味は変だが、彼女はできた人だ。頼れる大人の女性なのは間違いない――が、問題は僕の仲間のほうだった。


「ふははは! んー? ときにそこのおぬし、さっきはかなみんにスパイだとか何とか言っておったのー! どれ、いまの気持ちを述べてみよ――ぐはぁっ!!」


 調子に乗って止まらないティティーのボディに拳を叩き込み、首に当身を入れて、その首根っこを掴んで運ぶことにする。


 すぐに僕は玄関のギルドメンバーたちに「気にしなくていい」と伝えてから別れをすませ、テイリさんの案内で建物の奥へ向かった。

 ティティーをひきずりながら、今回は何もなかったことにしてテイリさんに話しかける。

 大事なのは次だ、次。悔やんでいても仕方がない。


「しかし、僕がいない間にギルドメンバーが凄く増えましたね」

「そ、そうね。この一年でかなり増えたわ。あなたが『舞闘大会』で優勝してくれたおかげで、宣伝はばっちりだったからね。うちの成長は、きっと連合国一番よ」


 ティティーを容赦なく物のように運ぶ僕を見て、テイリさんは少し顔を引きつらせていた。僕は「こいつは丈夫だから平気です」と伝えてから、話の続きを促す。


「あと、もうパリンクロンのやつが掲げていた『エピックシーカー』に入れるのは英雄大好き人間だけってルールを撤廃したのも大きいわね。いまじゃ来るもの拒まず。普通に連合国一番のギルドになっちゃったわ」

「連合国一番ですか。ちょっと嬉しいですね」


 愛着のあるギルドの成長に頬がほころぶ。

 そんな話をしている内に、僕たちは執務室へ辿りつく。建物は改築されども、そこの造りは変わっていなかった。部屋の端にある長椅子へティティーを放り捨てて、僕たちは中央のテーブルに着く。


「それにしても本当に久しぶりねー、カナミ君。あっ、飲み物だしましょうか、飲み物」


 テイリさんは備え付けの果実水で僕をもてなす。

 そこで僕は余りに自然な彼女の態度について聞く。


「テイリさんは普通の反応ですね。スノウから僕のことを聞いてはいないんですか?」


 もし、僕がスノウを置いて行方不明になったことを知れば、きっと彼女は怒っているはずだ。けれど、そんな様子が全くない。


「え? スノウからは別行動取ってるって聞いただけだけど……?」


 テイリさんは僕の発言を不思議がった。

 そして、それにさらに男性の声が続く。

 

「――俺たちは、マスターのおかげでグレン妹のやつがやる気を出して、色々と仕事するようになったってくらいしか知らないな。……一度こっちにあいつが帰ってきたとき、立派になり過ぎてて少しびびったぜ。いや、あの駄目娘が立派になって、嬉しくはあるんだがな」


 ヴォルザークさんが現れ、父親のような台詞を言いつつ、テイリさんの隣に座った。

 玄関の騒ぎを聞きつけ、僕の来訪に気づいてくれたようだ。


「久しぶりです」

「ああ、久しぶりだな。元気なようで安心したぜ」


 軽く挨拶を終わらせ、二人の反応を吟味する。

 どうやら、スノウはギルドのみんなに心配をかけないように、上手いこと話を作っていたようだ。本当に彼女の手腕かと疑いたくなるほど完璧な仕事っぷりだ。


 僕はそのスノウの完璧な仕事に合わせることに決める。いまは時間を惜しむ段階だ。スノウを一人にしたことを謝るのは、合流して二人で帰って来たときが適切だろう。心配をかけないですむのなら、それにこしたことはない。


 その自分本位な考え方はテイリさんとヴォルザークさんには悪いと思ったが、いまは妹や仲間のことを優先して、自分の用件だけを伝えることにする。


「それでグレンさんはいますか? 前に換金頼んだものが終わっているのか、聞きたいんですけど」

「グレンなら本土のほうだな。当たり前だが、戦争が大きくなればあいつにしかできない仕事が一杯ある。ただ、例のやつはテイリが預かってるって話だったが……」


 ヴォルザークさんが質問に答え、テイリさんが執務室にある机から書類を取り出す。


「ええ、カナミ君が持ち込んだ魔石宝石類の換金の話よね。私が預かってるから心配しないで。凄い大金よ。一個人どころか、一ギルドが持っていい額じゃないわ。はい、収支表。見方は覚えてるわね?」


 前に船旅をしたとき、『アレイス家の宝剣ローウェン』で生成した宝石の話だ。流石に、一年もあれば換金は終わってくれていたようだ。


「助かります。ちょっとお金が必要になったもので……――ん?」


 受け取りながら、ぱらぱらとめくっていると途中で異常に気づく。


「テイリさん。預かってるというか、運用してますね」

「ちょっと経済的に危ないときがあったの。でも増えてるからいいでしょ?」

「え、ええ。もちろん、構いません。ただ、見る限り、余りにギリギリの運用過ぎて……」

「そのくらいしないと、この世知辛い世界の荒波に呑み込まれちゃうわ。この一年、結構危ない時期もあったんだから」

「う……。そこはマスターとして申し訳なく思ってます……」

「いや、名前を借りてるだけだから気にしないで。そこに書かれてる分は君のものだから、全部持ってっていいからね。ただ、その中で、いまうちの金庫から持ち出せるのは十分の一くらいかな? 流石に全部となると、大きな換金所とか国の倉庫に行かないと駄目ね」


 どうやら、額が大きすぎるせいか、いますぐ使える現金に換えるのに時間がかかりそうだ。確かに、このふざけた額を見れば、それは当然かもしれない。

 ゼロの数が凄いことになってる。

 もはや、お金で困ることはないと確信できる。


「ちょっと困りましたね。なら、その十分の一だけ貰って、買出しに行くしかないかな……」

「あら、そんなに急いでるの? ゆっくりしていけばいいのに」

「急いで準備を終わらせ、スノウを迎えに行かないといけないので」


 組んだ予定では今日一日で準備を終わらせるつもりなのだ。

 事情を聞いたテイリさんは「スノウに会いに行くなら仕方ないわね」と答え、その隣のヴォルザークさんが新しい話を出す。


「そういや、アリバーズのやつにマスターが頼んだ装備のほうも出来上がってるぜ? いつまで経っても取りに来ないって不安がってたから、早めに行ってやってくれないか」

「あっ」


 アリバーズさん――このギルドの専属鍛冶師だ。

 そういえば、彼にも色々と頼みごとをしていた。ディアやマリアでも着れるような装備などを注文していたはずだ。

 

「ちょっと工房へ行ってきます。いま装備はとても重要なので」


 装備を買いに行く手間を省けるのならば嬉しいことだ。

 すぐに僕はティティーの首根っこを再度掴み、部屋から出ようとする。


「丁度いいわね。その間に、私のほうで現金全部を用意してあげようかしら」


 テイリさんは書類を僕から取って、先ほど言った大きな換金所へ向かおうとする。


「本当に助かります」

「いいのよ。エピックシーカー初期面子の私たちは、英雄っぽいカナミ君の力になれるだけで嬉しいんだから」


 そして、その異常な趣味を理由に、テイリさんは笑う。それはヴォルザークさんも同様のようだった。

 ここで働いていたときを思い出す笑顔だ。その懐かしさを味わいながら、僕も微笑み返して、部屋から出た。ティティーをひきずりながら。




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