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異世界迷宮の最深部を目指そう  作者: 割内@タリサ
5章.庭師と名無しの物語
210/518

209.出発

 翌日の朝。

 夜中に起こされたこともあってか、起床が少し遅れてしまう。

 しかし、ノスフィーの我侭を叶えるため、すぐに《ディメンション》を拡げた。 

 迷宮探索の細かな準備はライナーに任せて、ロードを探す。例のお願いは、できれば迷宮探索の前に終わらせておきたいところだ。


 しかし、ロードの姿を見つけるよりも先に、城の異常を発見してしまう。

 正確には城の外――城門の前に人だかりができていたのだ。


 その一団の先頭にベスちゃんの姿があった。とても不安そうな顔で城の中の様子を窺っている。他の町民さんたちも同じ表情でざわついていた。その会話の中に「ロード」という単語があったため、まず先に城門へ向かうことにする。


 僕が城門前に姿を現すと、まず先頭のベスちゃんが声をかけてきた。


「騎士団長様! おはようございます! あのっ、お城からロード様が出てこないんです! 何か知りませんか!?」


 ベスちゃんは酷く焦った様子でロードを心配していた。

 僕の答えを待つことなく、次々と言葉を足していく。


「実は私、昨日の夜にロード様と会う約束をしていたんです。けど、昨日はいつまで経っても来てくれなくて……! 今日も朝になっても出てこないのはおかしいと思って、それで――!」


 周囲の人たちも同じ気持ちのようで、間断なく心配の声があがっていく。


「一体どうなされたのでしょうか、ロード様……」

「病気なんて一度もなったことのない方なのに」

「朝にロード様が飛び回っていないのなんて、いつぶりくらいかしら……」


 その声からロードが国民に慕われていることがよくわかった。そして、毎日欠かすことなく街に出ていたことも分かる。


 しかし、不思議に思うことがある。

 いま僕が出てきた城門を見る。

 そこには何者も拒むこともなく解放された城門がそびえ立っている。


「みんなの言いたいことはわかったよ。けど、そんなに心配なら、なんで城の中に入らないんだ?」

「え? だって、私たちは城の人じゃありません。だから、困ってるんです」


 ベスちゃんだけでなく、他の全員が同じ表情だった。

 たとえ、何があっても国民は城に入れない。それが『ここ』のルールだと暗に言っていた。


「……わかった。ロードの様子は、騎士団長の僕が見てくるから、みんなはここで待っててくれ」


 この空間の特異性に気づいた僕は、彼女らの代わりに城の中を探すことを請け負う。


「ありがとうございます、騎士団長様……!」


 目一杯頭を下げるベスちゃんたち街民を置いて、急いで城の中に戻る。歩きながら《ディメンション》を昨日ロードがいた保管庫に伸ばすが誰もいない。中庭や物見の塔にもいない。

 ロードの好みそうなところを虱潰しにたところで、もしかしたら城の外にいるのかと思った。しかし、意識を外へ向ける直前、ロードの姿を見つける。


 ロードがいたのは城の中心部。最もロードが好まないと思っていた場所。

 王の謁見の間。

 その最奥にある玉座――の裏で、彼女は体育座りでいじけていた。


 そして、一人で呟いている。

 同じ言葉を繰り返し繰り返し、延々と唱えていた。


「『私は歩む道を選ばない』『私は風』――、そして『妾は加速する魂』『加速する』『加速する』、『加速する』――……」


 それが『詠唱』だというのはすぐにわかった。

 ただ、何か魔法が行使されているわけでもなければ、彼女の翠の魔力が増えているわけでもなかった。しかし、その『詠唱』によって何かしらの『代償』が支払われている。

 何も得ることなく、ただ失うだけの行為だった。


 王の謁見の間に入った僕は、ノックの代わりにわざと足音を鳴らしながらロードに近づき、遠くから声をかける。


「ロード、その『詠唱』は大丈夫なのか……?」

「うん、大丈夫……。気が楽になるおまじないみたいなものだから……」


 百戦錬磨のロードは、とうの昔に僕の接近に気づいていた。

 大した動揺もなく質問に答える。


「ベスちゃんが心配して外に来てるぞ」

「あ、そういえば……、ベスちゃんと遊ぶ約束してたっけ……」

「ベスちゃんだけじゃない。みんな来てる」

「……みんな、来てるんだ。そうなんだ」


 返す言葉に力がない。

 ずっと続くと思っていた世界が崩れることに絶望しているように見える。

 これを元気付けるのは難しそうだが、それでも僕に出来ることはやろうと思う。やらなくて後悔するよりは、やれることを全てやってから後悔したほうがマシだ。


「ああ、ロードを心配して来てるんだ。だから、外に顔くらい出さないか? みんなに会えば、気分が少しは変わるかもしれない」

「みんなが『ロード』を心配して来てる? ははっ、『ロード』か。そっか、『ロード』をね……」


 自嘲気味にロードは自分の名前を繰り返す。

 その果て、弱々しく呟き、うずくまる。


「どっちの『ロード』なんだろうね……。みんな、本当のわらわを知ってるのにね……」


 その呟きは誰かに向けられたものでなく、ただの独白だった。

 意味を全て察することはできない。

 かろうじて、ロードにとって本意でない状況であるとわかるくらいだ。


「ねえ、かなみん……。わらわは地上なんて行きたくない……」

「ああ、それは知ってる」

「行けば、きっとまたわらわは期待されるから……。それが嫌なの……」


 ただただ、弱音を吐き続ける。


「期待されると、身体が重くなるから嫌い……。地上は嫌い……」


 その余りにも弱々しい姿に、僕は少し前の自分を責める。


 いま、確信できた。

 ロードに裏なんてない。魔王としての老獪さなんて欠片もない。


 ここにいるのは、ただの弱い子供だ。

 この子を救い上げるには、真正面から優しく手を握るしかないと思った。


「ああ、わかった。もう地上へ行けなんて誰も言わない。ノスフィーにも言わせない。だから、もうそんな顔するな」

「――え?」


 全てを肯定され、ロードは逆に困惑した。

 そんな答えが返ってくるとは思っていなかったのだろう。震えた声で聞き返す。


「で、でも……、わらわの言ってることは、その……」

「『ここ』が崩壊するまで、まだ時間があるだろ。それまでに、おまえの未練を僕が果たしてやる。それで全部解決だ。誰も文句なしだ」

わらわの未練を解決できるの……? かなみんが?」


 正直、絶対の自信はない。

 けれど、彼女を元気付けるために力強く肯定し続ける。


「ああ、だからもう心配するな。すぐにおまえの弟を『ここ』まで連れてきてやる」

「……え? アイドを連れてくるの?」

「ああ、レイナンドさんと相談して、それが一番いいって思ったんだ。いまの僕には千年前の記憶がない。だから、おまえの全てをわかってはやれない。なら、千年前の記憶があって、おまえと親しかったやつを連れてくればいいんじゃないかって話になった。それには家族アイドのやつがうってつけだ」

「でも、ここにアイドが来たら、また……。また――」

「きっと、おまえたち姉弟ふたり守護者ガーディアンになってるのは、千年後に再会する為だったんだって、そう僕は思う。ああ、きっとそうだ。だって家族は何よりも大事だからな。家族が一番家族のことをわかってやれるもんだ。アイドと会って、よく相談して、自分の未練を見つめ直すのが一番さ。きっとそれでおまえの未練は解消される」


 確信を持って断言する。

 希望を持たせるために少しだけ誇張しているものの、ほとんどが僕の偽りない本心だ。

 家族――姉弟の再開が、二人の未練を解消してくれる。

 そう思っての言葉……だったが、


「やめて、かなみん。それだけは絶対駄目」


 返ってきたのは真っ向からの否定だった。

 ロードは顔を歪ませて、玉座の裏で首を振る。


「嫌……、アイドとは会いたくない……」

「けど、アイドはおまえの弟だろ。誰よりもおまえのことをわかってくれる――」

「嫌なのっ!!」


 僕の言葉を最後まで待つことなく、ロードは叫んだ。

 そして立ち上がって、玉座の裏から顔を覗かせた。

 玉座の縁を強く握り締めて、理由を僕に叩きつける。


「だって、いまアイドに会えば、また完璧な王様をやらないといけなくなる! せっかく千年もかけて『統べる王ロード』のわらわは許されたのに! また元に戻っちゃうよ!!」


 バキッと玉座の端部分が砕かれた。それでもなお、ロードは叫び続ける。


「また王様なんて、やだ! またあの期待を背負うなんて、やだ! だってわらわはっ、わらわはぁあ――!!」


 目じりに薄らと涙が浮かんでいた。

 このままだとロードの目から涙が零れてしまう。しかし、そうなる前にロードは顔を俯けて、玉座に額を当てた。

 

 感情のままに泣きたくないのだろう。

 心を隠すかのような、胸を締め付ける声に変わった。


「このまま『ここ』で生きていれば、それだけでわらわは消えられるんだから……。だから、アイドなんていなくていい……。このヴィアイシアの平和が、いまのわらわの望みなんだから……」


 そして、ロードの最初の望みに返ってくる。

 『ここ』で千年続けても無意味だった願いにすがりつく。


「かなみんは余計なことしないで……。わらわと一緒に『ここ』にいてくれる気がないなら放っておいてよぅ……」


 ロードは膝から崩れ落ち、涙を袖で拭いた。

 どう形容しても『統べる王』とは言えない少女の姿に、自然と僕の口から言葉が漏れる。

 悪癖だとはわかっていても、口に出してしまう。


「放っておけるか、馬鹿……! ロード、絶対におまえを助けてやる。だから、もう少し待ってろ……!」


 それはスキル『最深部の誓約者ディ・カヴェナンター』を発動させているからか。それとも、ロードを元気付けるとノスフィーと約束したからか。単純に泣いている少女を助けたかったからか。それが自分の使命のような気がしたからか――

 

 ――理由は一つに絞れないが、とにかく見捨てることはできなかった。


わらわを助ける……?」

「ああ」

また・・、あのときみたいに、渦波がわらわを助けてくれるってこと……?」

「ああ」


 ロードは顔を上げる。

 そして、希望の光を見つけかのように頬を綻ばせた。


 こちらも、ようやく糸口を手繰り寄せた気がする。

 元気付けるならば、いましかないだろう。

 言葉を間違えないように、ロードの望みを叶う未来を示す。


「要はアイドの奴がおまえに期待しなければいいんだろ。なら、僕とライナーの二人でアイドを叩きのめしてくる。そのあと、いまのロードは駄目駄目だから期待するなってことをしっかりとアイドに教えこむ。ちゃんと『おまえに期待しない弟』を連れてきてやる。それなら問題ないだろ?」

「……っ!!」


 ロードは目を見開く。

 この寂しがりやが家族アイドに会いたがっているのは明らかだ。

 だから、保管庫にある絵画の中で、アイドの子供の頃のやつは原型が残っていた。なにより、こいつと過ごした今日までの生活が一つの答えを示している。

 

「きっとおまえには『家族』が必要なんだと思う。心許せる誰かがいないから、いつまで経っても消えられないんだ。僕にはそうとしか思えない」

「そうなの……? わらわには『家族』が……、心許せる誰かが必要だったの……?」


 だからロードは僕とライナーがいなくなるのを止めようとした。

 仮初でも、『家族』のように笑い合える誰かを欲しがっていた。


「絶対におまえの『家族』を連れてきてやる。だから、元気を出してくれ。ノスフィーも言ってただろ。おまえは笑顔のほうが似合ってるって」


 その言葉をとどめに、僕はロードとの最後の距離を縮める。

 ゆっくりと歩を進めて、玉座の裏へと回って、崩れ落ちかけていたロードに手を伸ばした。


「笑って待っててくれ。僕だけじゃなくて、ライナーだっている。もう何も心配しなくていい」


 ロードは身体に力を入れ直して、僕の差し伸ばした手を握った。

 そして、立ち上がった。積年の苦悩の答えを得たかのように、うんうんと頷き出す。


「そ、そうだね。ライナーがいるよ・・・・・・・・……。うん、そうだよ……」

「ああ、ノスフィーのやつもいる。あいつ、おまえと仲直りしたがっていたぞ。あとで会いに行ってやれ」


 ノスフィーとの仲を取り持つのも大事だ。

 それを忘れることなく、存在を強調する。これでノスフィーの我がままはクリアのはずだ。


「うん、ノスフィーもいる……。これなら大丈夫・・・・・・・、だよね……」


 自分が一人でないことを確認することで、ロードの表情は明るくなっていく。

 もう拗ねてどこかに閉じこもることはなさそうだ。


「よしっ、元気になったな。じゃあ早めに、ベスちゃんやノスフィーに顔を出してやれ」

「う、うん。でも、いますぐは恥ずかしいから、もうちょっとあとでね。ちゃんといつもの顔に戻って、考えが纏まったあとで……」

「ああ、それでいい」


 よく見れば、目の下が赤らんでいる。

 ロードは女の子として、見た目に気を使っているようだ。

 ここで強引に向かわせるほど僕は無神経じゃない。

 何より、いつものロードの顔で現れたほうが、ベスちゃんや街民たちは安心するだろう。


「じゃあ、先に僕は行くぞ。迷宮に行かなくちゃいけないからな」


 いま交わした約束を果たすためにも、急がねばならない。僕が迷宮探索の成功させるのは、誰にとっても必要なことだ。


 それにロードは頷き返す。

 そして、確かな足取りで――玉座に座った・・・・・・


「うん、いってらっしゃい。あと、ありがとう渦波・・……。やっとわらわの本当の願いが叶えられそうだよ……」


 艶やかな翠の髪を弄りながら、ロードは微笑んで見送る。

 その美しすぎる仕草に、ぞくっと鳥肌が立った。

 谷を一つ乗り越えたロードの姿は、少し大人びて見えたのだ。 


 ――あのロードが大人びて見える?


 その姿は余りにもアンバランスで、僕の背中に悪寒が走った。

 間違いなく、ロードは元気になった。誰が見ても、そう判断するだろう。

 ただ、否応のない悪寒が背中に張り付いて離れてくれない。


 失敗はしていないが、成功もしていない――と、そう思った。


「……ああ、すぐに叶えてやる。待ってろ」


 そう答えるしかなかった。

 その言葉を最後に、王の間から出る。

 そして、城の外まで歩く。


 まずは城門前で待っていた人たちだ。

 みんなを安心させるため、明るい笑顔と共に吉報を届ける。


「みんな、ロードなら元気にしてたよ。たぶん、あと少しで出てくると思う」


 泣いていたことは隠しておくことにする。きっとロードもそれを望んでいるはずだ。


「元気に……? なら、なぜ街に出てこなかったのでしょうか……?」


 その報告を聞いたベスちゃんたちは不思議そうだった。

 思考を高速回転させて言い繕う。


「あー、それは……。昨日、僕が迷宮のほうからロードの昔の友人を連れてきたせいかな。そいつと夜遅くまで話しこんじゃって、今日は寝坊したらしい」

「ロード様の昔の友人ですか……?」


 街人たちのざわめきが大きくなる。

 ロードに友人がいることが、そんなに驚くことだろうか。


「ああ、僕と違って同性の友達だからか、すごい興奮してたよ」

「そう、ですか……」


 まだ信じきれはしないけれど、騎士団長という役職の僕が言っているから信じるしかない。そんな様子だ。

 

「本当だよ。昼までくらいには城から出てくると思うから、そのときロードに聞いたらいい。他のみんなも安心してくれていい」


 言ってないことはあるが、嘘をついているわけではない。念を押して、嘘ではないことを全員に主張する。それを聞いた人たちは胸をなでおろした。


「病気じゃないのね。それならよかった……」

「ふう……。なんだ、驚かせやがって……」

「ロード様が無事ならそれでいいわ」


 老若男女、隔てない人々たちがまばらに解散を始める。

 もちろん、中にはここでロードの登場を待とうとする人もいる。その筆頭がベスちゃんだった。


「でも……、今日は暇なので、ここでロード様を待つことにします」

「うん、わかった」

「それで騎士団長様はこれからどうするんですか?」

「僕は迷宮へ行くよ。そっちが僕の本業だからね」

「そうですか……。一緒に待ってもらえたら嬉しかったのですが……」

「ごめんね。そういうわけにはいかないんだ。どうしても、早く地上に行かないといけないから……」

「いえ、構いません」


 見るからにベスちゃんは残念そうだった。口では構わないと言っても、目が僕にすがっている。

 しかし、ここで時間を食うわけにはいかない

 すぐに踵を返して、城の中へと戻っていく。


「それじゃあね……」


 城門から遠ざかりながら、また《ディメンション》を拡げる。次はノスフィーを探すためだ。彼女の我侭を叶えて、ロードを元気付けたことを早めに報告しておきたい。でなかれば、何をやらかすかわかったものではない。

 鼻をすすっているロードのいる玉座の間の横を通り過ぎて、城全体に魔力を浸透させた。


 その結果、ノスフィーが自室でライナーと一緒にいるのを見つける。

 どうやら、僕と入れ違いで自室にやってきていたようだ。

 

 天敵と二人きりになって青くなっているライナーを救うために、早足で自室へと戻る。そして、扉を開けて部屋の中に入ったと同時に、ノスフィーの挨拶が飛ぶ。


「おはようございます、渦波様。そして、ありがとうございます。あの子猫のように気難しいロードを、こんなにも早く元気付けてくれるなんて、わたくしはとても感動しました」


 びくっと身体が震える。

 結局昨日は未遂に終わったものの、彼女に襲われた事実は消えない。無意識に身体が強張った。


 しかし、そんな僕の緊張を意に介することなく、ノスフィーは笑顔でこちらに近づいてくる。その挨拶から、僕とロードの会話の顛末を彼女も知っているとわかる。それに合わせて僕も挨拶を飛ばす。


「おはよう、ノスフィー。……もうロードは大丈夫だと思う。アイドをぶちのめして連れてくるって約束したら、すごい元気になった。あと少ししたらノスフィーのところに訪ねてくると思うから、そのときは暖かく迎えてやってくれ」

「ええ、もちろんそのつもりです。……ので、わたくしはここでロードを待ちますね。大変申し訳ないのですが、今日の迷宮探索にわたくしは同行できません」

「いや、元々は僕とライナーだけでやらないといけなかったことだから、気にしなくていいよ」

「ふふっ、ありがとうございます。本当にお優しいですね、渦波様は。では、わたくしの我侭を通させてもらいます。ああっ、自分勝手というのはいいですね。心が洗われるかのようです。ふふふっ、これはもう、わたくしの未練達成による消失は間近かもしれません」


 会話の間に何度も笑い声を挟んで、自分の死期を強調する。

 しかし、それを鵜呑みになんてできない。

 本人は間近だと言っているが、すぐに消えることはないだろう。その身の存在感の濃さから測るに、もう何度か我侭を聞かなければならないはずだ。


 疑う僕を置いて、ノスフィーはくすくすと笑いながら部屋のベッドに腰を下ろす。


「ふふふっ。ああ、ロード、早く来てください。わたくしはあなたを待っていますよ。ええ、いつも、いつまでも……。あなたを待っています……」


 バフッと背中を布団に預け、その両目を宙に彷徨わせて、ロードの来訪を心待ちにし始める。


「……じゃあ、僕はアイドを連れてこないといけないから、もう迷宮に行くよ」


 僕には僕の役目がある。それを果たさないことには、せっかく二人が仲直りをしても、全てが水泡に帰してしまう。

 寝転がるノスフィーの隣で魔法を構築し始める。

 それをノスフィーは見送った。


「ええ、渦波様の迷宮探索の成功を祈っています」

「……――魔法《コネクション》」


 彼女の激励を受けながら、魔法の扉を生成し終える。

 そして、僕とライナーは迷宮の中へと入っていった。


 五十七層の終わりまでショートカットだ。

 見渡す限りの真っ白な空間に帰ってくる。

 ノスフィーの魔法のおかげか、周囲にモンスターは少ない。こちらを目視しているモンスターもいるが、敵意は全くなさそうだ。すぐ目の前には五十六層へ続く階段がある。


 これで五度目の迷宮探索。二人パーティーに戻っての探索だ。

 示し合わせることもなく、自然に僕とライナーは階段のほうへと歩き出す。


「キリスト、いいのか? あんな安請け合いをして。そう簡単にアイドを連れてはこれやしないだろ」


 二人きりになったことでライナーは遠慮なく疑問を口にした。


「ロードにはそう言うしかなかったんだ……。やるしかない……」


 口にし直すことで、決意を固めていく。

 それはロードのために迷宮探索を速める決意だ。


 今日まで僕は、妹のために『最速』で迷宮探索を進めてきた。

 ただそれは、ぼくの身体の『安全』を確保した上の、『確実な踏破クリア』を意識した『最速』だ。


 けれど、もうそれはやめ・・にしないといけない。

 きっと、そうしなければ間に合わない・・・・・・――気がする。

 

 研ぎ澄まされた感覚――スキル『感応』が、そう直感している。異世界で何度も死にかけた記憶が、そう訴えかけている。凶悪な強敵たちと戦ってきた経験が、そう推奨している。


 一見、いまの二人の守護者ガーディアンは明るい空気を纏っている。城を歩き回って、何とか取り繕いはしたものの、その明るさの中に不穏な空気が潜んでいるのは間違いない。


 ノスフィーは明け透けに笑いながらも、まだ本心を明かしていない。

 ロードは希望に目を輝かせながら、まるで僕を見ていなかった。


 これでもそれなりに成長してきたつもりだ。『表示』で見える『ステータス』や『状態』だけでものを考えるのはやめた。壊滅的なまでに苦手だった人間観察も、それなりに身についてきたと思う。色々な人間と出会い、色々な守護者ガーディアンたちを見送ってきた。そのおかげか、ほんの少しだけれど彼女たちの危うさがわかるのだ。


 ずっと膜のように張り付いていた不安――ロードとノスフィーが揃って障害になる可能性――が現実になりかけている予兆を感じる。

 だから、後悔のないように『最難度』の迷宮探索を行うことを宣言する。


「ライナー、今回の迷宮探索・・・・・・・で地上に出よう・・・・・・・


 迷宮に入ったことで本心を曝け出せるようになったのはライナーだけじゃない。

 僕もだ。ようやくこの言葉を口にできた。


「こ、今回で? 本気か、キリスト?」


 当然、その無理難題にライナーは驚き、聞き返す。


「ああ、本気だ。――本気で終わらせよう」


 だが僕は前言を翻すことはなかった。

 


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