167.物語の終わり
――見送り、そしてパリンクロンは嗤う。
「――ははっ。こっちが先だったようだな、カナミの兄さん」
その言葉と共に、地震が起きたかのような揺れが砦を襲う。
『魔石線』が紫色に発光し始め、地面から光の天幕が空へと落ちる。
庭の色が、光によって一変した。
その幻想的な変化に誰もが身構えた。
『魔法陣』というものが起動して、何らかの現象が起きると思ったからだ。
しかし、発光を続けるだけで何も起きない。
僕の仲間たちにも影響はない。
影響が出たのは――僕だけだった。
その光が網膜に焼きつく。
そして、同時に紫の魔力が、脳裏に染み込む。
「なあ、覚えてるか。カナミの兄さん?」
パリンクロンが語りかけてくのると同時に、『魔石線』のオーロラも僕へと入り込んでくる。『闇の理を盗むもの』の魔法かと疑い、すぐにそれを拒否する。
しかし、その侵入を防ぐことはできなかった。
なぜならば、その魔力は余りにも暖かく、害意を欠片も感じなかったからだ。
まるで自分の魔力のように自然に浸透する。
柔らかくも温かい。触れるもの全てを助ける魔法の光。
それに触れ、また僕は回復する。
魔力が僕を癒し、治していく。ただそれは、僕が夢で見た仮面の男へ近づくということに他ならなかった。
また以前と同じように、正体不明の感情が湧いて出てくる。
しかし、これは予想していた状況の一つだ。
「こんな、もの――!」
ハイリに宣言した通り、僕はその正体不明の感情に抗ってみせる。
「カナミさん! あと少しです!!」
マリアは逸早く僕の異常に気づき、声に出してシスの捕縛の優先を訴える。
この感情に振り回されるのは一度目ではない。今度こそ御しきって見せると、僕は意思を固める。
それでも、パリンクロンは淡々と、血を吐きながら語りかけてくる。
すぐ傍で。
「――ラウラヴィアで別れる前に、俺はカナミの兄さんに言ったよな。「カナミとマリアちゃんの望みは叶ってる。それでも、カナミは嘘を探すのか?」って。そのとき、カナミの兄さんは確かに『幸せ』だった。それでも、カナミの兄さんは首を振った。「それでも嘘は暴かないといけない」と、「嘘では誰も救われない」と、「全てを知りたい」と言った。そして、その言葉の通り、あの牢獄を抜け出して、カナミの兄さんはここまできた」
妙に余裕を感じる声。
背中に悪寒が走る。
「よーくわかったぜ。つまり、カナミの兄さんに『優しい嘘』はきかない。『幸せ』も『安らぎ』も意味がない。そういうことだな。なら、よぉ……。今度はその真逆、『不幸』と『不安』を――見せてやる」
パリンクロンが呟き、ぞわりと背筋が凍った。
もちろん、パリンクロンの血液には一切触れていない。ゆえに『闇の理を盗むもの』の精神魔法ではない。
全くの別物だ。
魔力とは関係なく、ただ純粋に怖気が走ったのだ。
手が緩みかける。
「カ、カナミさん――っ!?」
一緒にシスを抑え込んでいるマリアが、僕の異常を感じ取って叫ぶ。
手の届かない距離でパリンクロンはにやりと笑った。心臓を鷲掴みにされかたのような錯覚がした。
「これが最深部に待っていた真実だ。気をしっかり持ってくれよ?」
からかうかのような、心配をしているかのような、気持ちの悪い気遣い。
その言葉と共に、庭のオーロラの勢いが増していく。天にも昇るほどの光で満たされ、『魔石線』の輝きで視界が埋まっていく。
眩むのは目だけではない。『ディメンション』さえも眩んでいく。
僕の感覚全てが光に呑まれ、塗り変えられていく。
まるで、世界が変わっているかのような、そんな光景に呑まれ――
その先で、僕は見せられる。
とある記憶を。
◆◆◆◆◆
また雨が降っていた。
いまとなっては馴染みのものとなった大きな城。その城の壁に雨粒が打ち付けられ続け、ノイズのような音が鳴り響く。
城の中、大広間に四人の少年少女たちがいた。
一つ前の夢と同じシチュエーションだ。
けれど、前に見た記憶とは明らかに違う。
以前までの朗らかな空気は全くなかった。
空気は張り詰め、いまにも壊れてしまいそうだった。
よく見れば、ティアラの身体だけ一回りほど大きくなっていた。
他の三人は年をとっていないのに、ティアラだけ身長が伸びている。前に見た記憶から、時間が経ったのか経っていないのか、判断が難しい。
珍しく男は仮面をつけていなかった。
そして予想通り、僕そっくりの顔をしていた。『相川渦波』としか呼びようのない男が石の床に座り込んでいる。
男は少女の身体を抱きかかえていた。その少女は『相川陽滝』……――のはずだ。
抱えられた陽滝の身体は異常だった。氷粒にまみれ、氷像のように固まっていた。なにより、両手足がおかしい。皮膚が肌色ではなく、黒色に染まっていた。黒く固そうな――鱗が生え並んでいる。さらに手足の指の数は、五本ではなく三本。長さも人間に不釣合いだ。人らしいところは頭部だけ。
およそ人間とは言い難い。異形の『化け物』と化していた。
そして、その陽滝の胸には水晶の長剣が突き刺さっている。心臓を貫かれた陽滝を、男は涙を流しながら抱きかかえていた。
陽滝の身体を抱え、男は叫ぶ。
「――あ、あぁあアア!! よくもっ、よくも騙してくれたな!! シス!!」
喉が引き千切れるかのような全身全霊の慟哭だった。
その光景を見て、僕は悟った。
――ああ、やっぱり。
優しいハイリにはできなかったが、パリンクロンならば確実に突いてくるであろうもの。いま、それを見せられていると理解する。
男の慟哭に、最後の一人である使徒シスが答える。
「『水の理を盗むもの』では器がもたなかったのね……。悲しいけど、仕方ないわ。盟友も泣くのは止めて。代わりならいるわ……」
「か、代わり……? 代わりだって?」
男は陽滝の身体を床に優しく寝かせ、幽鬼のように立ち上がる。
僕そっくりの顔が、僕の見たことのない形相となっていた。
――これが千年前の『結末』か。
すぐに答えを得る。
いや、正確には答え合わせをしているのだろう。随分と前から、薄々とわかっていた予測の答え合わせをしているのだとわかる。
この状況は単純。
男は戦い続けたのだろう。
使徒の言葉を信じて、戦い続けて、戦い続けて、戦い続けた。
けれど報われなかった。
大切な妹の病気は治らなかった。
治療の『代償』で『化け物』になってしまい、その末に死んでしまった――。
だから泣いている。
そんな『結末』。
つまり、僕が『魔石人間』だろうが『相川渦波』だろうが、どちらにせよ関係なく、『相川陽滝』は死んでしまっていて、もうこの世にはいないということだ。
僕は心臓を落としたかのような、空虚感に包まれた。
だが、男は僕と違って憤る。
叫びつつ、何もない空間から剣を抜く。
「陽滝に代わりなんていない! 僕のたった一人の家族だ! たった一人の家族だったのに! おまえが殺した! ああっ、おまえのせいだ、何もかも! おまえも殺してやる! 殺してやる、シス!!」
その能力は僕が『持ち物』と呼んでいるものと相違ない。やはり、あれは彼が開発した魔法の一つだったのだろう。
冷静に分析しながら、僕は男の顛末を見守る。
「ま、待って、盟友。落ち着いて。全ては世界のためだったの……」
「何が世界のためだ! そんなこと知ったことか! 僕には陽滝だけが全てだった! 全てだったんだ!!」
「大儀を見失っては駄目よ、盟友! これを成さなければ、全ての生物が死滅するのよ! 世界を救うために、誰かが試さねばならないことだった! そして、陽滝はそれに最も適していた! そう、彼女は世界救済の礎に――」
「――ああっ、大層な話だな!! 大変だな! すごい話だな! だが、僕たちには関係ない! 関係ないんだよ、シス!!」
剣を横に振るって、男は血を吐くかのように叫び続ける。
シスの言葉を遮り、顔を歪ませながら一歩前へ踏み出す。
「治るって言ったじゃないか! 信じてたのに! おまえの言うことを陽滝は信じてたのに!!」
「理論上はそうだったわ! 私も治すつもりだった! けど、いつも何もかも上手くいくなんて限らない! 試さなければわからなかったことだったの!!」
堪らずシスも叫び返す。
このままだと、目の前の男に斬り殺される。そう怯えていた。
だから、説得する。
シスも全身全霊の力で叫び返す。
「盟友、私のことも解って! 私のことを理解して! そう、少しだけ歩み寄れば、誰だって解り合える――」
「――ああ、おまえのことはわかってる! 目的のためなら手段を選ばないやつだってことはわかってるさ! わかってる上で言ってるんだ!!」
だが、届かない。
半ばで遮られる。
「おまえは僕たちを利用したんだ! 陽滝を実験に使いやがったんだ! 絶対に許せるものか!!」
男は剣をシスへと差し向けた。
空気を切るかのような殺気が飛ぶ。
もはや和解は不可能と感じたシスは、後退りながら魔法を構築し始め、
「……なんで解ってくれないの?」
涙を潤ませて、小さく呟いた。
その声が男に聞こえたのかはわからない。
男は剣を待ったまま、シスに近づこうとする。
命の危険を感じたであろうシスは、魔法を発動させ、光と共に白い翼を広げた。そして、その閃光による目くらましと共に、大広間の窓へと走る。
「逃がすか!」
男は追いかけようとする。
しかし、それは後ろから伸ばされた手に引き止められた。
様子を見守っていたティアラの手だ。
いつかと違い、幼さは消え、ラスティアラに近くなっている。その美貌を歪ませ、必死に男の袖を掴んで叫ぶ。
「師匠、待って! このままだと師匠も自分を見失う! それ以上『変換』を続ければ、師匠の身体も同じになっちゃう!」
制止を受け、男は足を止めてしまう。
その間にシスは窓から空へと飛び立った。
男は舌打ちと共に、敵を逃がしてしまった原因であるティアラへ怒鳴りつける。
「それがどうした! うるさいんだよ、ティアラ! おまえに何がわかる! おまえには関係ないだろう!!」
びくっとティアラは身体を震わせる。
目じりには涙が浮かんでいた。
けれど、一歩も引くことなく言い返す。
「か、関係なくなんかない! 私だって一緒に創った! 私は師匠の一番弟子だから――!!」
ティアラは男の腕を力強く握り、心の底の気持ちを訴えた。
だが、それも届かない。
男は嗤った。
「は、はははっ、そうだなっ、おまえと一緒に創ったんだ! ははははっ!! 何が『レベルアップ』だ! 『ステータス』だ! とんだお笑い種だ! おまえたちに唆されて『呪術』を創って、最後はコレだ! こんな結末だ! まるで馬鹿みたいだ! 全部、おまえたちの思い通りっ、手のひらの上のことだったんだ! やっぱり、『呪術』は『呪術』、呪いは呪いだったんだ!」
男はティアラの腕を振り払った。
それでも負けずにティアラは訴え続ける。
「けどっ、師匠の考えた『変換』の術式のおかげで、多くの人が救われた! 師匠は英雄になった、いや世界の救世主になったんだよ!? あれは呪いなんかじゃないっ、もっと神聖なものだって私は信じてる!!」
「ははっ、救世主? 神聖? ああ、そうだな、僕は救世主だ! 全部っ、使徒のやつの思惑通りにな! これで空に溜まった魔力を一箇所に集められるな! よかったな! これで世界を救えるな! はははっ! で!? それで!? それでどうなる!? ああ、よかったよかった! 本当に良かったな、おまえらはな! 僕はよくない!! この世界が助かって、で、僕は何を得る!? 陽滝の病気が治るって聞いて、僕はここまでやってきたんだぞ! 自分を殺して他人を殺して、やりたくないことに手を染めて、ここまできたんだ! その報酬がこれだ! 助けたくもないものを助けて、助けたいものを助けられなかった!! ふざけるなっ、ふざけるなよ!!」
僕そっくりの口から紡がれる罵詈雑言。
その暴言に押されて、とうとうティアラは一筋の涙を零す。
「師匠、しっかりして……。師匠はもっと心優しい人なんだから……」
「心優しい人!? ははっ、もう人ですらなくなってきてるけどなぁ! そりゃそうだ! いま、この世界で一番レベルが高いのは僕だ!! この魔術式を考えた僕だ!!」
嗤い続ける男の顔は悲愴で歪み、涙のあとでボロボロとなっていた。
感情の暴走によって、コントロールを失った魔力が噴出する。
その魔力に巻き込まれるのを避け、ティアラは距離をとる。
魔力の色は禍々しい黒紫。触れるもの全てを侵食し、その存在の次元をずらし、崩していく。
異常な魔力だ。そして、僕はそれに似ている魔力を知っている。守護者の魔力と同じだ。守護者が全力を見せるときに発生する現象。
それは世界をも侵食する魔力の胎動。
壁が黒紫に染まり、斜めにずれていく。壁は何一つ壊れていないのに、壁の向こう側が見えるようになる。床も同じだ。ナイフで切り取ったかのように、床の先にある大地の断層が露出する。
確か、この時代では『魔力』を『毒』と呼んでいた。
その名の通り、毒が世界を侵食しているとしか思えない光景だった。
この男に名づけるとすれば、『次元の理を盗むもの』。
他にないだろう。
「シス……、絶対に逃がすか……」
男は歩こうとする。
しかし、その後ろで、ゆらりと動く影がある。ティアラは魔力の暴走に巻き込まれながらも、まだ諦めていない。
「師匠、待ってて……」
「――……待つ? 何を?」
男の表情は厳しい。
しつこく引き止めるティアラに苛立っているのがわかる。
「これから私が全部を変えてみせるから……。私が『理』の全てを解明して、新しい魔力の法を創るから……。一緒に目指した誰もが幸せになれる『魔法』は私が創る……。だから、もう少しだけ待って……。きっと陽滝姉も……――」
「うるさい! 誰もが幸せになれる『魔法』なんて、もういらないんだ! あんなもの全部嘘だっ、そんな偽善を信じてたのかおまえは! 僕が言ったのは、陽滝を幸せにしてくれる『魔法』だ! 全部陽滝のためだった!!」
男は心無い言葉を返すことで、ティアラの反論を止める。
追い縋ろうとする少女を振り切り、男は歩き出す。
そして、全てに対する答えを叫ぶ。
「遅いんだよ! 何もかも!!」
「行かないで……。私には師匠しか――」
ティアラという少女は男を必要としていた。
客観的に見ているからよくわかる。おそらく、彼女にとって男だけが世界の全てだった。
だが、男のこともよくわかってしまう。
男にとっては陽滝だけが世界の全てだった。
だから、どれだけティアラが涙を浮かべようとも、その足を止めることはないだろう。
「絶対に追いつく……。追いつくから……、待ってて、師匠……」
その背中を、ティアラは追いかけようとしなかった。
師匠である男に弟子である自分が勝てるはずがないとわかっているのだろう。軽く見ただけでも、魔力の総量は倍以上の差があるのがわかる。
けれども、まだ諦めていない。ティアラは去る男へ叫ぶ。
『使徒』を真似ただけの拙い『契約』。けれど、何の魔力も持たない言葉。
――口約束。
「待ってて! 師匠がいるところには、必ず私も行くから! 契約でも何でもなく、私の意志でっ、私の力で、師匠と魂を共にする! 私も誓う!!」
ティアラは自らの魂に宣言した。
術式なんてない。魔力も動いていない。世界も、『理』も微動だにしていない。けれど、それは確かに『契約』だった。
その純粋すぎる言葉に耐え切れず、男は歯噛みする。
そして、叫び返す。
「――っ! ……おまえは僕の敵だ! ティアラ! フーズヤーズの駒ってことは、使徒の駒だったってことだろうが!! 二度と顔を見せるな! このままだと僕はおまえさえも殺したくなる!!」
ティアラと比べると、余りにも脆く汚い言葉。
ゆえに彼女は揺るがない。
去り行く男を見つめ続け、最後まで誓い続ける。
「私が師匠を一人にしない……、絶対……! 師匠が私を一人から救ってくれたように、私も師匠を救う……! 何年かけても、たとえ何千年かけても追いつくから……!!」
「っ! な、なんでおまえは――!」
その純真な想いをぶつけられ、次は男が反論できなくなっていた。
返す言葉が見つからず、子供のように叫ぶ。
「ああ、うるさい! うるさいうるさいうるさいうるさい――!」
そして、陽滝の身体を抱きあげ、逃げるように大広間から出て行った。
絢爛な玄関を歩き、入り口の扉を開け、外へと出る。
降り注ぐ大雨に打たれながら、男はシスの飛び去った空を睨む。
「復讐してやる! 僕を騙した国の全てっ、陽滝を奪った使徒っ、使徒に味方する『理を盗むもの』っ、いや世界そのものをっ、全部! 殺してやる! 清算するんだ!」
男は城を囲む暗い森の中へ進む。
家族も仲間も失い、異世界でたった一人、彷徨う。
「逃げられると思うなよ、シス! いまの僕の『ディメンション』なら、大陸を覆うことすらできる!!」
陽滝の身体を愛おしそうに抱きしめながら、その身の魔力を広げていく。
次元魔法が森を覆い、城を飛び越え、大陸を包む。
「僕が助けたかったのは世界じゃない! 陽滝だったんだ!!」
もはや、声はかすれ、単語を聞き取るのも難しい。
目は赤く腫れ、顔は悲愴に歪んでいながら、口の端は吊り上っている。
誰が見ても狂ったとしか思えない姿だった。
いや、男は狂っていたのだろう。
狂った男が森の中へと消えていく――。
そこで記憶の再生が歪みはじめる。
早送りされる映像のように、世界は加速していく。
ここから先は関係のない話だと言わんばかりに、記憶は曖昧になっていく。
僕も同感だった。
重要だったのは陽滝の話だけだ。
だから、その早送りのムービーを、ぼうっと流し見る。
その後の話は単純。
ただ、狂った男が復讐する話。
『理を盗むもの』たちを騙し、殺していく。
何の考えもなく『毒』をかき集め、レベルが上がり、『化け物』になっていく。
そんな滑稽な物語。
そして、その物語の最後――
多くの魔力を掻き集め、男は誰よりも強くなっていた。
しかし、その代償に『化け物』になっていた。丁度、男の妹である陽滝と同じように。
肌は醜くただれ、腕の数が増え、鱗が生え並んでいる。内臓のような赤黒い肉が露出し、浮き出た血管が脈動している。魚や鳥といった生物を継ぎ接ぎしたかのような、おぞましい姿。そして、その肉体はいまにも崩れかけている。
とある戦場。
『魔法陣』の中心で、男は死した妹の身体を抱きかかえていた。
黒い空の下、男は呟く。
「これが『世界奉還陣』……、これで何もかも終われる……」
その場にいるのは、男一人だけではない。
『化け物』と化した男と向かい合う人間たちがいた。
それはまるで神話を模した絵画のようで。
ラスティアラから聞いた伝承のように、これから『聖人』たちが『化け物』を倒すと、予感させるに十分な光景だった。
人間たちの先頭に女性が一人。
大人に成長したティアラが、男の前に立っていた――
視界が暗転する。
――これで終わり。
千年前の物語は、これで終わりなのだろう。
正直、『僕』には関係ない話だ。
結局のところ、この記憶の言いたいことは唯一つ。
唯一つだけ。
相川陽滝は死んでいる。
それだけだ。
その事実だけが心に突き刺さり、抜くことすらできない――




