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異世界迷宮の最深部を目指そう  作者: 割内@タリサ
4章.私と貴方がここにいる証明
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157.シア・レガシィのパーティー

 シア奪還作戦はつつがなく終わった。


 海の上を自由に移動する僕とライナーを相手に、船側は成す術がなかった。そして、あっさりとシアを連れ出すことに成功した僕たちは、港から離れた街道でシアと向き合う。

 シアは僕の両手を握ってぶんぶんと振り回しながら、大げさに感謝し続けていた。


「助けていただき、本当にありがとうございます! 私ったら、このまま奴隷として売られていくかと思いましたー! これから始まる奴隷生活っ、けれど希望だけは捨てまいと奮起していたところでした!!」


 元気一杯にお礼を言うシアの頭を、ライナーが小突く。


「そこで諦めるな。おまえがいなくなったら、責められるのは僕なんだぞ」

「ライっちもありがとー! 新人さんなのに、すごいすごい!」


 シアはひとしきり僕の腕を振り回したあと、次はライナーの頭を撫でる。


「別にお前のために助けたんじゃない。パーティーに在席している以上、最低限の義務を果たしただけだ」

「でも、その義務を拒否する権利がライっちにはありましたよ。それでも助けてくれたのは、ライっちが優しいからです! 間違いありません!」

「はあ……。まあ、勝手にそう思ってればいいさ……」


 ライナーはシアの腕を掴んで、街道を歩き始める。

 その腕を離せば、また迷子になる。そんな思いが感じ取れるほど力強く握っている。


 僕も二人の横に並んで歩く。

 すると人懐っこいシアは、笑顔で僕に話しかけてくる。


「それにしても、アイカワさんってすごい良い人ですよねー。いままで騙されてました、ちきしょーです! 私にできることがあれば何でも言ってくださいね! ちゃんとお礼がしたいですから!」


 ま、眩しい……!

 かつてのディアを思い出させるほどの純真さに、僕は目を細める。


 いまの僕のパーティーに不足している成分を感じ取り、涙を禁じえない。

 パリンクロン戦で人質にしようかと心の隅で思っていた自分が恥ずかしい。


「うちの誰かとチェンジしたくなるくらい良い子だな……」


 ぽろりと本音が出る。

 しかし、それをライナーは苦い顔で否定する。


「騙されるな、キリスト。こんな感じだが、うちで一番厄介なのはこいつだからな」

「そうは見えないけど……?」

「そう見えないのが厄介なんだ」


 油断すると大変な目に遭うらしい。

 僕は自分の目的を思い出し、命令を待つ子犬のようなシアに問いかける。


「じゃあ、シア。聞きたいことがあるんだけど、ちょっといいかな?」

「ええ、何でも聞いてください! 命の恩人のカナミさんには何でも答えちゃいますよー!」

「えっと、僕はパリンクロンに用があってここまで来たんだけど、どこにいるか知っていれば教えて欲しいんだ。知らないかな?」


 姪である彼女なら知っていてもおかしくはないはずだ。


「知ってますよ! 叔父さんなら、もう少し北のほうですね。確か、最前線で軍の指揮をしてるって話です!」

「……やっぱりか」


 ラウラヴィアに居たとき、将として召喚されるとパリンクロンはぼやいていた。やはり、あいつは戦争の真っ只中にいるようだ。


「よくわかりませんが、『南』総大将の参謀役をやってるらしいです! 叔父さんがかなり偉くなってて、私びっくりです!」

「それで現在の正確な位置はわかる?」

「わかります! つい先日、お手紙で居場所を聞きました。私たちのパーティーも、丁度向かうところですので!」

「え、君たちもパリンクロンのところへ向かってるの?」


 目的地が被っていることに驚く。

 シアではなくライナーに目を向けて、真偽を確認する。


「ああ、そうだ」


 ライナーはあっさりとそれを認めた。

 そして、隠すこともなく自分の目的を曝け出す。


「僕はハイリさんの出生について、パリンクロンに詳しく聞く。もちろん、兄様についても問い詰める。その内容によっては、パリンクロンのやつと戦うつもりだ」

「なるほどね……」


 いつの間にか、ライナーの優先順位は変わっていたようだ。僕を見ても血眼にならない理由がわかった。


「私は叔父さんにお小遣いを貰いに行きます!」

「あ、なるほどね……」


 そして、シアが何も知らされていないということもわかる。彼女は自分の叔父のことを、ただの家族として見ている。


 できるだけ、彼女とは離れたほうがいいと思った。

 ライナーはともかく、シアとだけは行動を共にできない。

 彼女がいれば、それだけで判断が鈍る。――いや、もう鈍りかけている。これ以上は避けなければならない。


 僕は早急にシアと別れるべく、必要な情報だけを聞こうとする。


「じゃあ、シア。すぐにでも教えて欲しい。細かい地名まで頼むよ」

「はい! えーとですねー、叔父さんの場所はー。えーっと、確かー、あれ? えーと……」


 突如、シアは唸りだす。

 見かねたライナーが横から口を挟む。


「キリスト、こいつがそんな細かいところまで覚えてるなんてありえないから諦めてくれ。もし、知りたいなら、僕たちの別荘まできてくれ。そこにある手紙を見れば、すぐにわかる」


 ライナーも細かな場所まではわからないようだ。届いた手紙を見たほうがいいと薦めてくる。

 そちらのほうが信用性が高い。断る理由はなかった。


「わかった、それじゃあもう少しだけ君たちに付き合うよ」

「す、すみません! カナミさん! 私がバカなばっかりに!!」

「いや、構わないよ。気にしないで」

「うわーっ、ほんといい人ですー!」


 シアは真横から、僕の腰へと抱きついてきた。

 感激しての行動のようだが、その落ち着きのない動きに僕は焦る。

 シアは小さい。しかし、その幼い身体よりも、もっと精神が幼く感じる。『魔石人間ジュエルクルス』に似た歪みを感じるが、彼女のステータスに『素体』の文字はない。


 いつの間にか懐いていたシアと戯れながら、僕たちは別荘へと向かう。

 海から遠く離れたところにあるらしい。


 大広場や市場を抜けて、平原の見える街外れまでやってくる。そこには立派な屋敷がぽつんと立っていた。ただ、お世辞にも管理が行き届いているとは言えない。枯れ草が生え放題で、外観も古びている。

 ただ、門から入り口までは綺麗になっているので、最低限の掃除がされたことはわかる。


「ここがレガシィ家の別荘だ。とはいえ、放置されているのを勝手に使っているんだけどな」


 ライナーを先頭に、別荘の大きな扉を開く。


 質素な木製の館だ。調度品はほとんどなく、ラウラヴィアで見回った館と比べると寂しく見える。

 内装も外装とさほど変わらない。目立つところは綺麗に見えるが、よく見れば隅のほうに埃がたくさん溜まっている。

 

「ではっ、ぱぱっと手紙取って来ますー!!」


 シアは小走りで館の奥へと走り去っていく。

 玄関へ僕とライナーは取り残され、手持ち無沙汰になる。


「客間に案内する。ついてきてくれ、キリスト」


 ライナーは僕を客と思っているようだ。客を玄関で立ちっぱなしにさせるのは、彼の流儀に反するのだろう。

 シアが去っていったほうとは逆へと、僕を案内する。


 天上に蜘蛛の巣の張られた廊下を進み、三つほど扉を開けたところで、大きなテーブルが真ん中に置かれた部屋へと辿りつく。

 しかし、他と違って最低限の掃除すらされていない。テーブルと椅子の上には埃が溜まり、使えたものではないように見える。


「――『ワインド』」


 ライナーは風の魔法を唱え、埃を吹き飛ばそうとする。

 僕は口を押さえて、舞う埃に備えようとしたが、埃がこちらへ飛んでくることはなかった。ライナーの緻密な風の操作で、埃を隅へと追いやっていく。

 数秒後には、一掃除終えたかのような客間へと変貌していた。もちろん、部屋の隅をよく見れば埃が溜まっている。


 だが、決して空気は悪くない。ライナーの魔法で空調は完璧だ。


「悪いな、キリスト。これで我慢して欲しい」

「いや、十分だよ。そこらの安宿の百倍はましだ」


 僕は綺麗になった椅子に座る。

 ライナーも一休みするべく、椅子に座る。

 一時の静寂が客間を包む。


 僕もライナーも静寂を苦痛には感じていない。

 しかし、ただ待っているのは時間の浪費だと思い、僕はライナーに話を振ろうと話題を考える。そして、家族について聞こうと思い立つ。確か彼にはフランリューレやハインさんの他にも兄弟がいたはずだ。


 お互いの家族について話そうと、声をかける――そのときだった。

 激しい音を立てて、客間の扉が開かれる。


 奇抜な衣服を装った二人の子供が入ってくる。

 子供とはいえ、ライナーよりは背が高い。ライナーが中学生低学年とすれば、こちらの二人は中学生高学年といったところだろう。


 二人の子供は仲良く、ライナーへとまとわりつく。


「おっかえりー! ライ君ー!」

「おかえり、ライナー……」


 二人の子供は瓜二つだった。

 双子のように同じ顔を持っていて、声も似ている。ただ、大きな差が一つだけある。纏う色が違う。大声で挨拶したほうの髪は赤く、物静かなほうの髪は黒い。そのフリルの多い衣装の色も、赤と黒で差別化されている。

 自信はないが、おそらく・・・・二人とも女の子だ。『ディメンション』で確認するのは失礼にあたると思っているので、確かめようはない。


「おまえら、すごい元気そうだなあ、おい……! おまえら、朝は風邪で動けないって言ってなかったか……!?」


 ライナーはこめこみに青筋を浮かべて、擦り寄る二人を遠ざける。


「え、風邪? ああ、あれならもう治ったよ?」

「嘘つけっ、やっぱ最初から元気だったんだろうが!」

「だって、ルージュたちが戦うと、体内の魔石が減っちゃうんだもんー。それとも、か弱い私たちに早死にしろって言うのかなー。ライ君ってば」


 遠ざけられた赤い少女はしなを作って小悪魔のように笑う。

 自分の容姿を理解しているからこその仕草だろう。くるりと回って、赤いフリルドレスを舞わせ、自分の可愛いところを最大限に見せつける。


「そうは言ってねえよ、ボケどもが……!」

「ごめんね。ごめんね、ライナー。ノワールたち、ついていけなくてごめんね」


 黒いほうの少女が、ライナーに対して謝罪を繰り返す。こちらは自分の容姿を理解しての行動かはわからない。けれど、上目遣いで許しを乞い続ける姿は反則的だ。年頃の男の子なら、誰だってほだされることだろう。


 ライナーは苦々しい顔で黒い少女に「もう怒ってないから謝らなくていい」と言う。

 すると二人は顔を明るくして、ライナーの近くの椅子に座る。


「しっかし、両手が使えないなんて状態で、よくシアっちを助けられたねー。ライ君って騎士なんでしょ? 剣なくても戦えるんだ?」

「僕だけの力じゃない。ラウラヴィアの英雄に手伝ってもらったんだ」


 ライナーは僕のほうへと話を振る。

 赤と黒の少女の目がこちらを向く。楽しげな様子で赤い少女はライナーに確認を取る。


「へー。このお客さん、英雄さんなんだ」


 ライナーより先に僕が答える。


「英雄はやめろ、ライナー。……えっと、僕は探索者の相川渦波。英雄でもなんでもないから、普通によろしく」


 否定しつつ、少女たちへ自己紹介をする。

 しかし、少女たちはその否定を取り合ってくれなかった。


「いや、ルージュたちもそれなりにできるから、お客さんの力量くらいわかるよ。かなりやるね、アイカワカナミさん。うーむ、英雄とか生で初めて見たよ。こちらこそよろしく、赤いのがルージュ、黒いのがノワールだよ。できるだけ見分けやすいように努力してるから、色で判断してねー」

「よ、よろしくお願いします……、英雄さん」


 英雄という存在に頭を下げる二人を見て、僕はライナーを睨む。


「ライナーのせいだぞ」

「事実を言っただけだから僕は悪くない」


 ライナーは意地悪そうに笑っていた。

 あとで何らかの仕返ししたいところだ。幸い、彼には面白い姉がいるので、それをネタにすればいくらでも弄れることだろう。


 挨拶を終えたところで、すぐにルージュは席を立つ。


「そうだ。せっかく英雄様が遊びにきてるんだから、アイド先生も呼んでくるよ。珍しいから、きっと喜ぶぞー」

「あっ、待って、ルージュちゃん。私も行く」


 シアのパーティーは大所帯のようだ。まだ仲間がいるらしい。

 釣られてノワールも立ち上がって、二人して部屋から出て行った。

 その仲の良い姿は姉妹のようだ。


「あの二人、双子?」


 僕は去った少女たちについてライナーに聞く。


「双子じゃない。ただ、『材料』が似通ってるだけだよ」


 しかし、彼から返ってきた言葉は、とても冷たいものだった。

 『材料』という単語から、彼女たちが『魔石人間ジュエルクルス』であることがわかる。


「……そういうことか」

「研究院から連れ出したんだ。ハイリさんが「私と同じだから」って言うから、仕方なくね」


 『材料』『魔石人間ジュエルクルス』『研究院』『ハイリと同じ』。

 その冷たい言葉からは、悪いイメージしか湧いてこない。国の行っている『魔石人間ジュエルクルス』の研究は非人道的であることがわかる。


 僕が義憤の感情を燃やしかけたとき、ライナーは首を振る。


「別にあいつらの顔は覚えなくていい。どうせ、すぐにいなくなる。これでも減ったほうなんだ」


 そして、もうどうしようもないということを僕に教える。

 そのライナーの表情から、いくつかの死を看取ってきたのがわかる。


 一気に室内の空気は重くなり、静かになる。

 それでも、僕はライナーへと声をかけようとする。しかしまた、来訪者によって遮られてしまう。


「やあ、少年」


 先の少女たちとは違い、扉は優しく開かれた。

 その先から現れたのは白い少女ハイリ。そして、シアだった。隣のシアがハイリに肩を貸している。

 そして、シアはハイリを近くの椅子に座らせた。ゆっくりと、病人を扱うように。


「すみません、シア。私が頼りないばかりに」

「いえ、このくらいはお安い御用です。あ、カナミさん、これ手紙です。もう読み終わってるので、持っていってもいいですよ」

「あ、ああ、ありがとう……」


 シアはテーブルの上に手紙を置く。それを受け取りながら、僕は困惑する。

 病人のようなハイリの姿は予想外だった。ラスティアラの治療で持ち直したはずなのに、また症状が悪化している。


 ライナーは現れたハイリを心配して怒鳴る。


「ちょ、ちょっと、何出てきるんですかっ。ハイリさんはゆっくりしててください!」

「少年が来たと聞いては、寝ているわけにいきませんからね」


 当然のようにハイリは答える。


「いや、ライナーの言うとおり、気にせず寝てたほうがいいよ?」


 僕はライナーの意見に同意する。

 けれど、ハイリは薄く笑うだけで、自分の体調を省みずに話し続ける。


「少年、もう本土へ着いたのですね。ふふっ、みっともない姿をお見せして、恥ずかしい限りです」

「本当に無理しないで欲しいんだけど。明らかに、前より悪くなってるよ……?」

「そうもいきません。少年を観察するのが、私の趣味ですから」


 頑固としてハイリは退室しようとしない。どうやら、何を言われようとも動く気はないようだ。

 そして、その意志の固い両目で、僕を『注視』する。


「……なるほど。あれからまた強くなったようですね。レベル上がっています」


 その言葉からハイリが僕のステータスを読み取ったことに気づく。

 しかし、その言葉から皮肉めいたニュアンスを感じ取り、僕も皮肉を返す。


「あれから何度か迷宮に潜ったからね。でもハイリから見ると、成長しているようには見えないんじゃないの?」

「ええ、そうですね。……まだ少年は、あの言葉が気になってますか?」


 あの別れ際の言葉は、楔のように僕の心に突き刺さっている。

 そのせいで、僕の心は落ち着かない。考えたくないことを考えてしまう。


「そうだね。気になってる。やっと20レベルになったっていうのに、あんなことを言われたせいで水を差された気分だ」

「それはすみません。しかし、それが気になるということは、少年も『このまま』ではいられないということでしょう。見たところ、まだ大丈夫そうですが……」


 ハイリは意味深な言葉を紡ぐ。

 その意味を明らかにするため、僕はハイリへ再度聞き返す。


「その「まだ大丈夫」ってどういう意味? 前、僕とディアを見て『このまま』かもしれないって言ってたのと関係あるの?」

「……気づいてましたか。怖いですね、あの一瞬の目線の揺らぎすら見抜かれてしまうとは」

「あのとき、ハイリは僕とディアを見て心配してたよね」

「ええ、その通りです。あの中で、お二人だけが不安定ですから」

「僕とディアが不安定……? マリアとかラスティアラとかじゃなくて……?」

「お嬢様も半守護者ハーフガーディアンちゃんも、君のおかげで安定しています。それは間違いありません。だからこそ、私は残った君たち二人の崩壊が不安なのです」

「僕とディアが、崩壊……?」


 その物騒な単語に僕は絶句する。


「最深部へ至るまでもてばいいのですが。きっと、それは儚い夢でしょう。信じたいとは思います。けれど二人とも、私と同じようになる。私と同じようになって――、そして――」


 ハイリは話すにつれ顔を赤くする。

 身体は震え、吐く息が荒々しくなっていく。


「く、うぅ――、だから少年――、あなたは私のようには――!!」


 とうとうハイリは頭を抱えて苦しみ始める。

 すぐ隣のシアは大慌てで周囲を見回し、助けを求める。


「ま、まずいまずいですよ! また悪化してませんかこれー! 早くアイド先生を呼んだほうがよさそうです!」

「いや、ルージュのやつらが呼びに行ってるはずだ! そろそろ来ると思うけど――!」


 尋常じゃない様子に、ライナーも立ち上がる。

 そして、すぐに神聖魔法を詠唱し始める。


 ライナーの光がハイリの身体を包みこもうとする。だが、その魔法の横から別の魔法が割り込む。

 客間の扉の先から、明るい緑の魔力光が放たれていた。


「もう来ていますよ。治療は自分に任せてください、ライナー様」


 扉の先から現れたのは背の高い男だった。

 針金のような細い手足に、胸あたりまで伸びた白い髪。特徴的な細い目に、血色の悪い唇。

 研究者のような白衣を身につけ、鼻の上に異世界にそぐわぬ眼鏡をかけてある。


 その男の放つ蛍の光に似た優しい魔力光がハイリを包む。すると、目に見えてハイリの呼吸は整っていった。苦悶の表情が和らいでいき、発汗が止まっていく。 

 危険な状態から脱したのを見て、部屋にいる全員が安心でため息をついた。


「む、うちのパーティーが全員揃っているようですね」


 治療を終えた男は客間を見回し、全員と言った。


 ここにいるのは――

 シア・レガシィ。

 ハイリ・ワイスプローぺ。

 ライナー・ヘルヴィルシャイン。

 ルージュとノワール。

 そして――


 僕は『注視』する。せざるを得なかった。

 それほどまでに、この男の放った緑色の魔法は異質だった。明らかに常軌を逸した密度の魔力。

 

 現れたシア・レガシィのパーティー最後の一人。

 その男の名は――


――モンスター

   四十守護者(フォーティガーディアン) 木の理を盗むもの

   ランク 四十守護者(フォーティガーディアン――


 ハイリたちが解放した40層の守護者ガーディアン

 『木の理を盗むもの』だった。


「これでひとまずは大丈夫でしょう。さて、お客様のほうは、と――」


 そして、木の理を盗むものと目が合う。

 その知性に溢れる茶色の瞳が、僕の姿を写す。


「なっ、あ、え、え――?」


 木の理を盗むものは、目の色を驚きで染める。

 目を見張らせ、そして、次に戦意で魔力を漲らせる。


 僕も慌てて、『持ち物』へと手を伸ばして剣を握った。

 握ったが――しかし、抜こうとは思わなかった。


 なぜなら、『木の理を盗むもの』は僕の姿を見て、震えていたからだ。


 人外の力を持つボスモンスターが、まるで『化け物』と出会ったかのように怯えていた。

 剣を抜けるはずがなかった。


「も、もしかして、『相川渦波』様でしょうか……? い、いえ、それにしてはおかしい。まさか『水の理を盗むもの』……?」


 『木の理を盗むもの』は僕の名前を呼び、『水の理を盗むもの』という言葉を漏らした。


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