147.幕間
ラスティアラの部屋のベッドに、白い少女が横たわる。
その横で赤い霧を身に纏ったラスティアラが付き添っている。
脈拍や体温を測り終えたラスティアラは鮮血魔法を解除する。どうやら、彼女の血の中には医者まで存在しているらしい。
「っふー……」
迷宮から戻って、ずっとラスティアラは神聖魔法と鮮血魔法を使用している。その疲れが溜息という形で漏れ出てきていた。
「大丈夫か、ラスティアラ。ディアを呼んでこようか……?」
せめて神聖魔法の負担は軽減しようかと思い、応援を提案する。
『ディメンション』で探したところ、またディアは自室で寝ていた。
「ううん、ディアじゃ駄目。これは普通の病気じゃないからね。だから、もう少し私が看病しようと思う」
「普通じゃない? 一体、どういう症状なんだ?」
ラスティアラは少し迷ったあと、ゆっくりと語る。
「これは『魔石人間』特有の症状だね。体内の魔石を限界まで絞り尽くしたせいで、中身が空っぽになってる。……簡単に言うと、半分死にかけてる」
「魔石を絞りつくしたせい……? なら、もっと魔石があれば回復するのか?」
治療の途中、ラスティアラは魔石を何個か要求してきた。そのときになってようやく、血を吐いた少女が『持ち物』から魔石を取り出した理由がわかった。
「とりあえずは回復すると思う。けど、この子は血を失いすぎて魔力欠乏症にもかかってる。それに、その――」
ラスティアラは症状を全て話すことに躊躇っていた。
その肩を掴んで、僕は説明を求める。
「ラスティアラ教えてくれ。何も知らないまま、後悔したくない」
珍しく、少しだけラスティアラは目を逸らす。そして、さらにゆっくりと語る。
「もし全快したとしても……、たぶん命は長くないと思う……」
「命は長くないって、それは寿命がってことか?」
ラスティアラは神妙な顔つきで頷く。
「余りにも身体の中がボロボロ……。ただでさえ『魔石人間』は短命だっていうのに、なんでここまで酷いことになってるのか全然わからない……。失敗しているようには見えないのに、これじゃまるで……――」
突然の深刻な話に僕は焦る。
「――まて、初耳だぞそれ。ラスティアラも『魔石人間』ってやつなんだよな?」
つまり、短命なのは眠っている少女だけの話ではないことになる。恐ろしい方程式が見えてしまい、声が震えてしまう。
しかし、すぐにラスティアラは首を振る。
「いや、私は『最高傑作』だから大丈夫。……うん、私は大丈夫」
「ほ、本当だよな?」
疑い深くなっている僕は、簡単に信じることはできなかった。強がりで言っているだけではないかと確認する。
「他のみんなと違って、私はこういうときに嘘をつかないよ。正直がもっとーだからねっ」
こともなげにラスティアラは笑った。
その平然とした様子に嘘はないと思う。ラスティアラという仲間を信じよう。
「――わかった、もう聞かないよ。それで、この子の寿命まであとどれくらいなんだ?」
「このスカスカの身体じゃあ、たぶん半年も持たないと思う」
「たった半年……?」
その余命の短さに眩暈がした。
ついさっきまで豪快な戦闘をしていた子の話とは思えない。
「この子には聞きたいことがたくさんあるんだ……。なんとか助けてやってくれ、ラスティアラ」
彼女はハインさんの名前に反応していた。関係あることは間違いない。
「そうだね。私も聞きたいことがあるから、できるだけのことはしてみる。ただ目を覚ましたら、また暴れるかも……」
「『エピックシーカー』から拘束用の道具を借りてくる。縛っておけば、なんとかなるだろ」
「拘束さえしておけば大丈夫かな。魔力欠乏症のせいでMPは簡単に回復しないと思うし……」
「よし、早めに取りに行こう――」
少女の処遇を二人で細かく決めていく。
とりあえず、容態が落ち着くまで船で預かることは確定した。
その後、急いでエピックシーカーへ拘束用の道具を取りに行く。かつて僕に使われた魔力を抑える錠や枷とやらを、あっさりと貰うことができた。少し強度に不安を覚えたが、数にものを言わせれば何とかなるだろう。
そして、常に『ディメンション』で少女を監視すると決め、ラスティアラと僕は仲間へ報告をしにいく。
◆◆◆◆◆
白い少女への処置を終えて甲板に出たところで、まずリーパーが心配げに近寄ってくる。
「お兄ちゃん、あの人大丈夫だった?」
「ラスティアラが何とかしてくれた。とりあえず、すぐ死ぬことはないらしい」
「そっか、よかったぁ」
リーパーは胸をなでおろして安心する。
しかし、なぜかその身体はずぶ濡れとなっていた。着ている外套にはたっぷりと水分が含まれており、海水の匂いが香る。
「で、リーパー、何やってたんだ……?」
「え? 何って、海水浴?」
何当たり前のことを聞いているんだという顔で、リーパーは甲板の端にある柵へと向かっていく。その柵の上にはマリアが薄着で座っていた。
「泳ぎの練習らしいです、カナミさん」
「ああ、なるほど……」
身を乗り出して船の下を見ると、海の中をセラさんが犬かきで泳いでいた。狼形態と違い、人間形態の犬かきは見ていて少し滑稽だった。そこへリーパーが飛び込んで、セラさんの背中へしがみつく。
満面の笑顔でセラさんはリーパーと一緒に泳ぎ出す。ちょっと目を離した隙に、リーパーは拙いながらも水中での行動が可能になっていた。
「それで、迷宮の中に海があったというのは本当なんですか?」
「ああ、本当だ。35層は完全に水中だった。泳げないと先へ進めそうにない」
「それは……、困りましたね……」
「やっぱり、マリアも泳げないのか?」
「はい。故郷のファニアには海どころか、川や湖も少なかったので……」
申し訳なさそうにマリアは俯く。
髪に滴っていた水がぽつりと落ちる。おそらく、リーパーと泳ぎに挑戦したのだろう。しかし、リーパーと違い、簡単に泳ぎを習得することはできなかったようだ。
「なら泳げないのは当然だ。誰だって最初は泳げないんだから、気にしなくていい。みんなで覚えていけばきっと楽しいぞ」
「はい……。優しく教えてくださいね、カナミさん」
マリアは穏やかに笑った。
どうやら、僕に教えてもらうことは決定しているらしい。
そこへスノウが後ろからこそこそと現れる。
「楽しい遊びと聞いて……! ちなみに私も泳げない――山生まれの都会育ちだから!」
和気藹々とした声に釣られて、船内から出てきたようだ。
「こういうときだけは出てくるんだな、スノウ」
「えへへー」
「なぜ、そこで照れるんだ……。どちらかというと、僕は怒ってるんだが……」
「え? な、なんで?」
本気で何もわかっていないスノウは放置して、僕は隣のラスティアラの様子を窺う。
少女の治療でラスティアラは疲れているはずだ。ゆっくり休んだほうがいいと声をかけようとしたところで、ラスティアラの明るい声に遮られる。
「そうだね……! せっかくだから、気分を切り替えないとね! よーし、私も泳いじゃうよー!」
ラスティアラは僕の助けなど必要とせず、一人で元気を取り戻す。その強さに少しの寂しさを感じながらも、僕は彼女の意見に同意する。
いつまでも暗い気持ちでいても仕方ない。僕もラスティアラと同じように気分を切り替えようとする。
そして、ラスティアラがその場で衣服を脱ぎ捨て始めたのを見て、慌てて声を出す。
「ま、まて、おまえは何をしているんだ、馬鹿。脱ぐな。ここで脱ぐなっ。脱ぐなって言ってるだろ、止まれ!!」
どれだけ僕が制止してもラスティアラは止まらないので、最後には叫んでしまっていた。
「え、裸で泳げばいいんじゃん。ねっ、マリアちゃん、一緒に泳ごう?」
「死んでも嫌です」
「あれ! 最近はマリアちゃんとラブラブだと思ってたけど、ついにフィーバータイムが終了!?」
「いや、カナミさんがいますのに、流石に肌を見せるのは……」
服を脱がそうとしてくるラスティアラを、マリアは両手でぐいぐいと押し返している。
船上の肌の露出率が上がっていき、海の中のセラさんが興奮しだす。
「は、裸ですか! お嬢様!!」
「やめてくれ、ラスティアラ。ほら、セラさんが犯罪者っぽい顔になるから……」
「誰が犯罪者だっ、犯罪者はおまえだろうが! 私に何の恨みがあってそんな世迷言を! お嬢様が勘違いなさるだろうが!」
「いや、そこで僕を食い殺さんがばかりに怒るから、こっちも言わざるを得ないんだよ。うちのマリアとかリーパーを見る目が、時々やばいんだもん……」
「溢れんばかりの母性で見守っているだけだ!」
溢れんばかりの欲情を感じるから言っているのだが、それを口に出しても話は平行線になるだけだ。僕に実害はないので口をつぐむ。
口でラスティアラやセラさんを説得するよりも、もっと根本的な解決を図ったほうがいい。
「なら、簡単な水着を作ってくるからさ。みんなちょっと待っててよ」
「みずぎ? ……ああ、『水着』ね! そういえばそういうのもあったね!」
その発想はなかったという顔で、ラスティアラは手のひらを打つ。
やはり、異世界間のカルチャーギャップは残ってる。僕の世界では、水着がないと海にそうそう入りはしない。しかし、こちらの世界では薄着か裸の二択らしい。
「カナミさん、作れるんですか……?」
「簡単なものならね」
驚いた顔を見せるマリアに平然と答える。
元の世界での経験があるため、『編み物』や『裁縫』といった家事スキルへの造詣は元々深い。そして、今の自分ならば、そのスキルをさらに伸ばせる自信もある。
『ディメンション』さえあれば、採寸も製図も思いのままだ。測りやしるし付けの必要がなく、立体的なイメージも容易く行える。こちらの世界にきてから刃物の扱いに長けてきたので、裁断も問題ないはずだ。
「それじゃあ、ちょっとさくさくっと作ってくるよ」
背中を向け、船内へと移動しようとする。
鍛冶スキルを会得したことで、僕は物を作る喜びに目覚めかけていた。できれば、この機会に新たなスキルを手に入れたい。
スキルが増えることで、強くなっている実感を得られるのはとても楽しい。
「あれ、私たちの採寸はしなくてもいいの?」
そこへラスティアラの素朴な疑問が挟まれ、足が止まる。
確かにこのまま水着を作りに行っては不自然だ。もう全員のスリーサイズがわかっていると言っているようなものだ。
「あ、あぁ……、そうだな。したほうが――」
「――必要ないんじゃないかな。お兄ちゃん、『ディメンション』があるからミリ単位でわかってるよね?」
なぜかリーパーがネタを一瞬でばらす。
「ちょ、ちょっと黙っていようか、リーパー……」
「ひひっ、早く作ってきてよ! お兄ちゃんの作った水着、すっごい楽しみ!」
純粋におニューの服が欲しかっただけのようだ。ただ、その迂闊な一言が僕にとっては致命傷だ。
「ははっ、子供は気楽だな。おまえのおかげで、みんなの視線が痛い」
リーパーの発言によって、全員の視線が僕へと集まっていた。
しかし、恥ずかしがっていたのはスノウだけだ。マリアとセラさんの目は、ただただ冷たい。
ラスティアラは気にした様子もなく、話を広げようとする。
「ふむふむ、そっか。それでスノウとセラちゃんはどっちのほうが胸大きい?」
最悪の広げ方だった。傷口に手を突っ込んで肉を裂くような広げ方だ。
フォローを期待していたのだが、ラスティアラは悪魔のような笑みを見せて楽しんでいる。
「……その二人なら、おまえが頼めば測らせてもらえるだろ。自分で何とかしろ」
「え、カナミに聞けば一発なんでしょ? 他のみんなのも聞きたいしね。マリアちゃんとディアの差とか気になるね。もしかして、二人ってリーパーより小さい?」
「……おまえのおかげで、背筋が寒い」
興味津々のラスティアラの奥で、マリアがむくれていた。
それだけなら可愛らしいものだが、彼女の魔力は可愛らしいですまない。凶悪で熱い魔力がうねり、今にも僕を捕まえて燃やしそうだ。
僕の足が本気で震えているのを見て、ラスティアラは背後のマリアの不機嫌に気づく。
「――あっ、マ、マリアちゃん? 怒ってる? 大丈夫だよ、私はマリアちゃんのその身体が大好き! とっても可愛いよ! ねっ、カナミ!」
「あ、ああ……! もちろんだ! マリアはカワイイ!」
肯定以外の選択肢はなかった。
僕が頷いたことにより、マリアはむくれた顔を背ける。『ディメンション』で顔をほんのりと赤くしているのがわかる。どうやら、恥ずかしがっているようだ。
だが、その物騒な魔力は静まってくれていない。僕の足の震えが止まらないから、そっちを先に何とかして欲しい。
「それじゃあ、すぐ作ってくるから待っててくれ!」
堪らず、脱兎のごとく船内へと逃げ出す。妙に居辛くなった甲板に、これ以上居たくなかった。
そして、そのまま自室へと戻っていく。
途中、白い少女とディアの部屋の前を通る。
二人は、まるで死んでいるかのようにぐっすりと眠っていた。
どちらかが起きるまでには、水着製作を終わらせたいところだ。
全員で海水浴でもすれば、迷宮で陰鬱となりかけていた気分も変わるかもしれない。
そんな期待をこめて、僕は進める足を速めた。




