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異世界迷宮の最深部を目指そう  作者: 割内@タリサ
4章.私と貴方がここにいる証明
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147.幕間

 ラスティアラの部屋のベッドに、白い少女が横たわる。

 その横で赤い霧を身に纏ったラスティアラが付き添っている。


 脈拍や体温を測り終えたラスティアラは鮮血魔法を解除する。どうやら、彼女の血の中には医者まで存在しているらしい。


「っふー……」


 迷宮から戻って、ずっとラスティアラは神聖魔法と鮮血魔法を使用している。その疲れが溜息という形で漏れ出てきていた。


「大丈夫か、ラスティアラ。ディアを呼んでこようか……?」


 せめて神聖魔法の負担は軽減しようかと思い、応援を提案する。

 『ディメンション』で探したところ、また・・ディアは自室で寝ていた。


「ううん、ディアじゃ駄目。これは普通の病気じゃないからね。だから、もう少し私が看病しようと思う」

「普通じゃない? 一体、どういう症状なんだ?」


 ラスティアラは少し迷ったあと、ゆっくりと語る。


「これは『魔石人間ジュエルクルス』特有の症状だね。体内の魔石を限界まで絞り尽くしたせいで、中身が空っぽになってる。……簡単に言うと、半分死にかけてる」

「魔石を絞りつくしたせい……? なら、もっと魔石があれば回復するのか?」


 治療の途中、ラスティアラは魔石を何個か要求してきた。そのときになってようやく、血を吐いた少女が『持ち物』から魔石を取り出した理由がわかった。


「とりあえずは回復すると思う。けど、この子は血を失いすぎて魔力欠乏症にもかかってる。それに、その――」


 ラスティアラは症状を全て話すことに躊躇っていた。

 その肩を掴んで、僕は説明を求める。


「ラスティアラ教えてくれ。何も知らないまま、後悔したくない」


 珍しく、少しだけラスティアラは目を逸らす。そして、さらにゆっくりと語る。


「もし全快したとしても……、たぶん命は長くないと思う……」

「命は長くないって、それは寿命がってことか?」


 ラスティアラは神妙な顔つきで頷く。


「余りにも身体の中がボロボロ……。ただでさえ『魔石人間ジュエルクルス』は短命だっていうのに、なんでここまで酷いことになってるのか全然わからない……。失敗しているようには見えないのに、これじゃまるで……――」


 突然の深刻な話に僕は焦る。


「――まて、初耳だぞそれ。ラスティアラも『魔石人間ジュエルクルス』ってやつなんだよな?」


 つまり、短命なのは眠っている少女だけの話ではないことになる。恐ろしい方程式が見えてしまい、声が震えてしまう。

 しかし、すぐにラスティアラは首を振る。


「いや、私は『最高傑作』だから大丈夫。……うん、私は大丈夫」

「ほ、本当だよな?」


 疑い深くなっている僕は、簡単に信じることはできなかった。強がりで言っているだけではないかと確認する。


「他のみんなと違って、私はこういうときに嘘をつかないよ。正直がもっとーだからねっ」


 こともなげにラスティアラは笑った。

 その平然とした様子に嘘はないと思う。ラスティアラという仲間を信じよう。


「――わかった、もう聞かないよ。それで、この子の寿命まであとどれくらいなんだ?」

「このスカスカの身体じゃあ、たぶん半年も持たないと思う」

「たった半年……?」


 その余命の短さに眩暈がした。

 ついさっきまで豪快な戦闘をしていた子の話とは思えない。


「この子には聞きたいことがたくさんあるんだ……。なんとか助けてやってくれ、ラスティアラ」


 彼女はハインさんの名前に反応していた。関係あることは間違いない。


「そうだね。私も聞きたいことがあるから、できるだけのことはしてみる。ただ目を覚ましたら、また暴れるかも……」

「『エピックシーカー』から拘束用の道具を借りてくる。縛っておけば、なんとかなるだろ」

「拘束さえしておけば大丈夫かな。魔力欠乏症のせいでMPは簡単に回復しないと思うし……」

「よし、早めに取りに行こう――」


 少女の処遇を二人で細かく決めていく。

 とりあえず、容態が落ち着くまで船で預かることは確定した。


 その後、急いでエピックシーカーへ拘束用の道具を取りに行く。かつて僕に使われた魔力を抑える錠や枷とやらを、あっさりと貰うことができた。少し強度に不安を覚えたが、数にものを言わせれば何とかなるだろう。


 そして、常に『ディメンション』で少女を監視すると決め、ラスティアラと僕は仲間へ報告をしにいく。



◆◆◆◆◆



 白い少女への処置を終えて甲板に出たところで、まずリーパーが心配げに近寄ってくる。


「お兄ちゃん、あの人大丈夫だった?」

「ラスティアラが何とかしてくれた。とりあえず、すぐ死ぬことはないらしい」

「そっか、よかったぁ」


 リーパーは胸をなでおろして安心する。

 しかし、なぜかその身体はずぶ濡れとなっていた。着ている外套にはたっぷりと水分が含まれており、海水の匂いが香る。


「で、リーパー、何やってたんだ……?」

「え? 何って、海水浴?」


 何当たり前のことを聞いているんだという顔で、リーパーは甲板の端にある柵へと向かっていく。その柵の上にはマリアが薄着で座っていた。


「泳ぎの練習らしいです、カナミさん」

「ああ、なるほど……」


 身を乗り出して船の下を見ると、海の中をセラさんが犬かきで泳いでいた。狼形態と違い、人間形態の犬かきは見ていて少し滑稽だった。そこへリーパーが飛び込んで、セラさんの背中へしがみつく。

 満面の笑顔でセラさんはリーパーと一緒に泳ぎ出す。ちょっと目を離した隙に、リーパーは拙いながらも水中での行動が可能になっていた。


「それで、迷宮の中に海があったというのは本当なんですか?」

「ああ、本当だ。35層は完全に水中だった。泳げないと先へ進めそうにない」

「それは……、困りましたね……」

「やっぱり、マリアも泳げないのか?」

「はい。故郷のファニアには海どころか、川や湖も少なかったので……」


 申し訳なさそうにマリアは俯く。

 髪に滴っていた水がぽつりと落ちる。おそらく、リーパーと泳ぎに挑戦したのだろう。しかし、リーパーと違い、簡単に泳ぎを習得することはできなかったようだ。


「なら泳げないのは当然だ。誰だって最初は泳げないんだから、気にしなくていい。みんなで覚えていけばきっと楽しいぞ」

「はい……。優しく教えてくださいね、カナミさん」

 

 マリアは穏やかに笑った。

 どうやら、僕に教えてもらうことは決定しているらしい。


 そこへスノウが後ろからこそこそと現れる。


「楽しい遊びと聞いて……! ちなみに私も泳げない――山生まれの都会育ちだから!」


 和気藹々とした声に釣られて、船内から出てきたようだ。


「こういうときだけは出てくるんだな、スノウ」

「えへへー」

「なぜ、そこで照れるんだ……。どちらかというと、僕は怒ってるんだが……」

「え? な、なんで?」


 本気で何もわかっていないスノウは放置して、僕は隣のラスティアラの様子を窺う。


 少女の治療でラスティアラは疲れているはずだ。ゆっくり休んだほうがいいと声をかけようとしたところで、ラスティアラの明るい声に遮られる。


「そうだね……! せっかくだから、気分を切り替えないとね! よーし、私も泳いじゃうよー!」 


 ラスティアラは僕の助けなど必要とせず、一人で元気を取り戻す。その強さに少しの寂しさを感じながらも、僕は彼女の意見に同意する。

 いつまでも暗い気持ちでいても仕方ない。僕もラスティアラと同じように気分を切り替えようとする。


 そして、ラスティアラがその場で衣服を脱ぎ捨て始めたのを見て、慌てて声を出す。


「ま、まて、おまえは何をしているんだ、馬鹿。脱ぐな。ここで脱ぐなっ。脱ぐなって言ってるだろ、止まれ!!」


 どれだけ僕が制止してもラスティアラは止まらないので、最後には叫んでしまっていた。


「え、裸で泳げばいいんじゃん。ねっ、マリアちゃん、一緒に泳ごう?」

「死んでも嫌です」

「あれ! 最近はマリアちゃんとラブラブだと思ってたけど、ついにフィーバータイムが終了!?」

「いや、カナミさんがいますのに、流石に肌を見せるのは……」


 服を脱がそうとしてくるラスティアラを、マリアは両手でぐいぐいと押し返している。

 船上の肌の露出率が上がっていき、海の中のセラさんが興奮しだす。


「は、裸ですか! お嬢様!!」

「やめてくれ、ラスティアラ。ほら、セラさんが犯罪者っぽい顔になるから……」

「誰が犯罪者だっ、犯罪者はおまえだろうが! 私に何の恨みがあってそんな世迷言を! お嬢様が勘違いなさるだろうが!」

「いや、そこで僕を食い殺さんがばかりに怒るから、こっちも言わざるを得ないんだよ。うちのマリアとかリーパーを見る目が、時々やばいんだもん……」

「溢れんばかりの母性で見守っているだけだ!」


 溢れんばかりの欲情を感じるから言っているのだが、それを口に出しても話は平行線になるだけだ。僕に実害はないので口をつぐむ。


 口でラスティアラやセラさんを説得するよりも、もっと根本的な解決を図ったほうがいい。


「なら、簡単な水着を作ってくるからさ。みんなちょっと待っててよ」

「みずぎ? ……ああ、『水着』ね! そういえばそういうのもあったね!」


 その発想はなかったという顔で、ラスティアラは手のひらを打つ。

 やはり、異世界間のカルチャーギャップは残ってる。僕の世界では、水着がないと海にそうそう入りはしない。しかし、こちらの世界では薄着か裸の二択らしい。


「カナミさん、作れるんですか……?」

「簡単なものならね」


 驚いた顔を見せるマリアに平然と答える。

 元の世界での経験があるため、『編み物』や『裁縫』といった家事スキルへの造詣は元々深い。そして、今の自分ならば、そのスキルをさらに伸ばせる自信もある。


 『ディメンション』さえあれば、採寸も製図も思いのままだ。測りやしるし付けの必要がなく、立体的なイメージも容易く行える。こちらの世界にきてから刃物の扱いに長けてきたので、裁断も問題ないはずだ。


「それじゃあ、ちょっとさくさくっと作ってくるよ」


 背中を向け、船内へと移動しようとする。

 鍛冶スキルを会得したことで、僕は物を作る喜びに目覚めかけていた。できれば、この機会に新たなスキルを手に入れたい。

 スキルが増えることで、強くなっている実感を得られるのはとても楽しい。

 

「あれ、私たちの採寸はしなくてもいいの?」


 そこへラスティアラの素朴な疑問が挟まれ、足が止まる。

 確かにこのまま水着を作りに行っては不自然だ。もう全員のスリーサイズがわかっていると言っているようなものだ。


「あ、あぁ……、そうだな。したほうが――」

「――必要ないんじゃないかな。お兄ちゃん、『ディメンション』があるからミリ単位でわかってるよね?」


 なぜかリーパーがネタを一瞬でばらす。


「ちょ、ちょっと黙っていようか、リーパー……」

「ひひっ、早く作ってきてよ! お兄ちゃんの作った水着、すっごい楽しみ!」


 純粋におニューの服が欲しかっただけのようだ。ただ、その迂闊な一言が僕にとっては致命傷だ。


「ははっ、子供おまえは気楽だな。おまえのおかげで、みんなの視線が痛い」


 リーパーの発言によって、全員の視線が僕へと集まっていた。

 しかし、恥ずかしがっていたのはスノウだけだ。マリアとセラさんの目は、ただただ冷たい。

 ラスティアラは気にした様子もなく、話を広げようとする。


「ふむふむ、そっか。それでスノウとセラちゃんはどっちのほうが胸大きい?」


 最悪の広げ方だった。傷口に手を突っ込んで肉を裂くような広げ方だ。

 フォローを期待していたのだが、ラスティアラは悪魔のような笑みを見せて楽しんでいる。


「……その二人なら、おまえが頼めば測らせてもらえるだろ。自分で何とかしろ」

「え、カナミに聞けば一発なんでしょ? 他のみんなのも聞きたいしね。マリアちゃんとディアの差とか気になるね。もしかして、二人ってリーパーより小さい?」

「……おまえのおかげで、背筋が寒い」


 興味津々のラスティアラの奥で、マリアがむくれていた。

 それだけなら可愛らしいものだが、彼女の魔力は可愛らしいですまない。凶悪で熱い魔力がうねり、今にも僕を捕まえて燃やしそうだ。


 僕の足が本気で震えているのを見て、ラスティアラは背後のマリアの不機嫌に気づく。


「――あっ、マ、マリアちゃん? 怒ってる? 大丈夫だよ、私はマリアちゃんのその身体が大好き! とっても可愛いよ! ねっ、カナミ!」

「あ、ああ……! もちろんだ! マリアはカワイイ!」


 肯定以外の選択肢はなかった。

 僕が頷いたことにより、マリアはむくれた顔を背ける。『ディメンション』で顔をほんのりと赤くしているのがわかる。どうやら、恥ずかしがっているようだ。

 だが、その物騒な魔力は静まってくれていない。僕の足の震えが止まらないから、そっちを先に何とかして欲しい。


「それじゃあ、すぐ作ってくるから待っててくれ!」


 堪らず、脱兎のごとく船内へと逃げ出す。妙に居辛くなった甲板に、これ以上居たくなかった。

 そして、そのまま自室へと戻っていく。


 途中、白い少女とディアの部屋の前を通る。

 二人は、まるで死んでいるかのようにぐっすりと眠っていた。


 どちらかが起きるまでには、水着製作を終わらせたいところだ。

 全員で海水浴でもすれば、迷宮で陰鬱となりかけていた気分も変わるかもしれない。

 そんな期待をこめて、僕は進める足を速めた。



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