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異世界迷宮の最深部を目指そう  作者: 割内@タリサ
4章.私と貴方がここにいる証明
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133.子供以下恋愛

 相川渦波は誰が一番好きか……。

 その答えは――


「だ、誰だろう……? 陽滝は妹だし……、そういえば、元の世界に一人くらいいなかったっけ……? 誰か一人くらい……、あれ? いないのかな……? な、なら、残るは――」


 ――ラスティアラ?


 可能性があるのはラスティアラだけだろう。

 僕はラスティアラ・フーズヤーズが一番好きだった・・・。それは聖誕祭前夜の一件から確かだ。


 しかし、スキル『???』で分解と再構成を重ねたせいで、その気持ちは原型を保てていない。怒りの感情は残っていても、胸を高鳴らせる恋心までは残っていない。歪な感情の残骸が残っているだけとなっている。


 ラスティアラが好きだったと理性でわかっていても、感情が追いついてくれない。どうしても、あの頭がぶっ飛んでいる少女を愛おしいとは思えない。


 考えども考えども、生まれてくる感情は恋心よりも怒り。

 感情を弄んだスキルへの怒りが最優先で湧いてくる。


「くっ……、思った以上に重症だ……。まずいな……」


 そのせいで、相川渦波はラスティアラが好きという自信が持てない。


 さらに、それを解決しても、まだ一番の問題が残っている。

 僕の一番の目的は恋愛問題の収拾だ。その理想の収拾方法は、僕が誰かと恋仲になること。だが、あのラスティアラが僕を好きだとは思えない。むしろ、あいつに恋愛感情があるかどうかすら不安だ。話によれば、ラスティアラは三才なのだ。普通に考えれば、まだ情緒が未発達の段階だ。


 思い悩む。


 自分の恋心とラスティアラの恋心。両方とも曖昧だ。

 ゆえに、この二つを早急に確認しないといけないと思った。


 僕は早めに行動することを学び、胸に決意していた。そして、自分に嘘をつかないと、ありのままに話をすると、そう誓った。


 意を決して、自室ではなく、ラスティアラの部屋へと向かう。


 会って、話して、確かめよう。

 後悔する前に動くべきだ。


 足早に歩き、ラスティアラの部屋へ辿りつき、ノックをする。


「僕だ。ちょっと話があるんだけど」

「ん、んー? 入っていいよー」


 眠たげな声が返ってくる。

 僕は遠慮なく部屋の中に入る。

 女の子の部屋だと思うと少しどきどきするが、まだ一日目だ。僕の部屋と同じく最低限の家具が揃っているだけで、女の子らしい特徴は一つもない。


 その家具の中の一つ――木造の机の前に座って、ラスティアラは羽ペンを走らせていた。


 机の上にある蝋燭の灯火に、ラスティアラは照らされている。その姿を見て僕は顔を赤くする。

 彼女はいつもの上着を脱ぎ捨て、薄着一枚になっていたのだ。

 ただ、ラスティアラ自身は気にしていないようなので、僕も気にしないように心がける。


「何を書いてるんだ……?」


 ラスティアラが夢中になっているものが気になり、僕は声をかける。


「ふふー。よく聞いてくれました。これ、私の手記。まとまった量になったら、いつか英雄譚にでもするつもりなんだー」

「へえ、面白そうなことしてるな」

「というわけで英雄ラスティアラ様の冒険を後世に残すため、こうして寝る間も惜しんでいるわけだよ」

「ちょっと、後ろから見せてもらってもいいか? 話はあとでいいから」

「いいよいいよー」


 ラスティアラは、むむむと眉間に皺を寄せながら書き続ける。

 僕はそれを見守る。とりあえず、今日の分の手記を書き終わるまでは待っていようと思った。


 僕とラスティアラは仲間でもあるが、気心が知れている友人でもある。沈黙は苦にならないし、一緒に居るだけでどこか楽しい。

 待ち時間のあいだ、僕は『持ち物』から飲み物を取り出す。ラスティアラにも飲み物を薦め、ゆっくりと過ぎていく時間を待つ。


 そして、短いとも長いとも感じない不思議な時間は過ぎさり、ラスティアラは書き記すのを終える。


「っはあー、やっと一区切りついた」

「お疲れ」


 ラスティアラは立ち上がって、肩を回して身体をほぐす。

 少し疲れているように見える。よく見れば、目の下にうっすらと隈ができており、その至高の美貌を損なっていた。

 少しふらついているようにも見える。あのラスティアラがだ。


「ラスティアラ、疲れてるのか……?」

「んー、まあそこそこね」


 返事も弱々しく感じる。


 僕は悩む。

 疲れているラスティアラに、さらに疲れそうな話はすべきでないかもしれない。


 しかし、最低限のことだけは伝えておくことにする。今、ラスティアラが消耗しているのは、聖誕祭が終わってからずっと戦い続けたからだ。

 まず、その原因になったことを謝らないといけない。


「なあ。その、聖誕祭のことなんだが……」

「聖誕祭?」

「ごめん、ラスティアラ。あの大聖堂であれだけのことを言っておきながら、結局、僕は何の責任も果たせなかった……。本当にごめん」

「……ははっ、そうなんでもかんでもできるわけないじゃん。カナミは英雄じゃないんでしょ?」


 しかし、ラスティアラは笑って気にするなと言った。

 懐かしい。聖誕祭が始まるまで、このラスティアラの明るさに僕は救われてきたのだ。


「そうだね。僕は英雄じゃない……」

「カナミは英雄じゃないけど、私の物語の『主人公』を精一杯やってくれたよ。カナミは私に『私であること』を教えてくれた。それだけで感謝が一杯」

「けど、その後、フーズヤーズの追っ手からおまえを守ってやれなかった……。それどころか――」

「――契約は『私を楽しませること』。別に『英雄』をやれなんて言ってないよ。むしろ、それは私の役目なんだから取らないでよね」


 ラスティアラは僕に謝る切っ掛けを掴ませない。

 彼女が謝罪を望んでいないことを悟り、僕は心を落ち着かせて頷いた。


「そっか……。わかった、もう言わない。お礼だけ言っておくよ」


 ラスティアラは僕の「ありがとう」という言葉を満足そうに受け入れる。

 そして、僕とラスティアラは一緒に微笑み合う。


 僕は理解する。

 仲間なのだから助け合うのは当然であり、謝られても困る。そうラスティアラは思っているのだ。その立派な考え方に僕は感服する。


 無言で微笑み合うだけの時間が流れる。


 心地良い時間だ。

 やはり、僕はラスティアラと居るときが一番安らぐ。


 そう思った矢先だった。

 ラスティアラは天の邪鬼のような顔になって、わざとらしく声を出す。


「――あっ! そういえば、記憶なかったとき、何でも言うこと聞くって約束してた! ような!?」 

「え、え? 何でも言うことを? そんな約束してたっけ……?」


 僕は記憶を掘り返す。そして、見つけてしまう。

 確かに約束をしていた。ローウェンと一緒に大会登録したときだ。


「私を『ヴアルフウラ』から連れ出してくれるかどうかで賭けてたよね。へへー、あれ、私の勝ちだよね?」

「あ、ああ……。言ってたけど、あれは流石に卑怯じゃないか……?」

「駄目っ、約束は約束だよ。んーと、何して貰おうかな……?」


 途端に感じていた安らぎが霧散していく。

 ラスティアラが提案してきた今までの前科を思い出すだけで、僕は頭が痛くなる。


「んー、なかなか思いつかないなあー……」

「思いつかないなら、なかったことにしないか?」

「待って、待って待って。今、思いつくから!」


 ラスティアラは慌てた様子で、頭の中から搾り出そうとする。

 僕は脂汗が止まらない。ラスティアラが悩んだ末に出す答えなんて、ろくなものじゃないに決まっているからだ。


 そして、頭のぶっ飛んでいるラスティアラが、うんと悩んだあとに出した答えは――


「――じゃあ、抱擁ハグでもしてもらおうかな?」


 ――意外なものだった。


 余りに似合わない、可愛らしい要求だ。


「は、はあ? 抱擁ハグ……?」


 僕は気の抜けた声を返す。


「うん、抱っこだよ。ぎゅーっと抱きしめてみて。こう、物語の主人公が、ヒロインにするようなかんじでさ」

「な、なんでだ!? なんで抱っこ!?」


 ラスティアラは真剣にジェスチャーで指南を始める。その彼女らしくない要望に、僕は困惑する。


「えっと、なんて言えばいいのかな……。こういうのが英雄譚のお約束だからだよ。いつか、英雄譚を書くときの参考にしたいから、一度はやっておきたいなー、なんて?」

「ああ、英雄譚の参考か……」


 テーブルの上にあるラスティアラの手記に目を向ける。

 おそらく、この執筆は彼女の夢の一つだ。それに協力するということなら、恥ずかしさも少しは軽減される。だが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。


 僕が返答に戸惑っていると、ラスティアラは顔を少し残念そうにする。


「だ、駄目なら、無理にとは言わないけど……」

「駄目とは言ってないだろ。別にそのくらい構わない。ああ、そのくらいならっ。そのくらいなら大丈夫だ!」


 自分でも驚くくらい、ラスティアラの悲しい顔が見たくなかった。

 遠ざかっている間は気持ちも落ち着いていたが、いざ目の前で話していると鼓動が速まっていくのがわかる。


「そ、そこまで気合入れなくていいよ……? 試し、これは試しだからさ……」

「ああ、試しだ。試しでいこう……」


 僕とラスティアラは落ち着いて確認し合う。


 これは確認だ。

 勘違いしてはいけない。

 これは彼女の書く物語のためだ。


 そう言い聞かせながら僕はゆっくりと手を伸ばし、ラスティアラの身体を胸に抱く。


 上手い方法はわからない。けれど、かつて元の世界で見てきた創作物を必死に思い出して、ラスティアラの望むような英雄譚のワンシーンをできるだけ再現してみる。


 左手をラスティアラの後頭部に当て、引き寄せる。

 気恥ずかしいので見つめあう形を避けて、ラスティアラの頭を僕の頭の隣に置く。耳と耳が触れ合う距離で、僕たちはお互いの鼓動を聞き合う体勢となる。

 指先や胴体から、ラスティアラの体の感触が伝わってくる。


 ラスティアラの髪の匂いが鼻腔をくすぐり、どくんどくんと脈打つ音が互いの全身に響き合う。絹よりも滑らかでマシュマロよりも柔らかい感触が、触れる肌を通して伝わってくる。

 もちろん、抱き合う形となっているため、ラスティアラの胸が僕の胸へと押し当てられている。ラスティアラの吐息が耳にあたり、脳裏に彼女の綺麗な唇が思い浮かんでしまう。


 身体を巡る血液が熱を持ち始め、鼓動が大きくなっていく。

 徐々に、徐々に、膨れ上がっていく胸の高鳴りは――


 ――これ以上はまずい・・・


 勢いで抱きかかえてみたものの、もう限界だ。

 気恥ずかしさのまま、僕はラスティアラを突き放そうとして――


「これで、もう……、寂しくないかな……」


 凪のように穏やかな声だった。

 ラスティアラは嵐を乗り越えたかのように安心しきっていた。初めて聞く声色に、僕は突き放す手を止めてしまう。


 そして、僕の思っている以上に、ラスティアラが無理してきたことを知る。

 笑って「気にするな」と言えども、フーズヤーズで僕と離れたあと、彼女が大変だったのは間違いない。


 このくらいで彼女が安心できるのならと思い、ぎゅっとラスティアラを抱きしめ直す。

 ラスティアラは僅かに声を漏らしたあと、ゆっくりと呟く。


「ああ、やっと……。これで私の物語の一章はハッピーエンドかな……」


 ラスティアラの身体からこわばりが消える。

 そして、その全てを僕に預ける。その重み全てを、僕は受け止める。


 それは彼女の激動の戦いが、ようやく終わった瞬間だった。その戦いの過酷さを察し、ラスティアラが満足するまで、このままでいようと決意する。


 何ものにも邪魔はさせないと誓い、全神経をすり減らしながらも、スキル『???』を遠ざける。


 そして、抱き合ったまま、時は刻まれていく。

 計りようのない幽玄のような時間は、穏やかに過ぎ去っていった。


 ラスティアラは小さく「ありがと」と言い、身体を僕から少し離す。

 密着していた身体が離れ、名残惜しい心臓の音が遠ざかる。


 丁度、目と鼻の先にお互いの顔がある距離となる。


 僕たちは鼓動でなく、視覚で互いを確認して、――我に返る・・・・


「…………っ!」

「…………っ!」


 本当は、くだらない口約束の延長で試すだけのつもりだったはずだ。なのに、まるで恋人同士のように抱き合っていたことに、お互い気づいてしまう。


 ラスティアラは目を見開き、耳を赤く染めていく。

 たぶん、僕も同じ状態だ。


「え、いや、あの、なんだろ? こういうの見るのはいいけど、やるのはきついね!」


 ラスティアラは言い訳するかのように、今の行為を否定し始める。


「あ、ああっ。物語だとよくやってるやつだが、終わってみると変な感じだな! やっぱり、試しだとこんなものかっ! 試しだと!!」


 僕も協力して、言い訳に言い訳を重ねていく。


「うん、試しだしね! いやあ、試しにでもするもんじゃないね、これ!」

「ああ!」


 その言葉を最後に、僕たちは無言になる。

 ちなみに、お互いに耳を赤くして肩をつかみ合っている状態だ。


 動いてしまうと暴発してしまいそうで、僕は微動だにできない。

 これから、何を言えばいいか、何をすればいいか全くわからない。おそらく、ラスティアラも同じだろう。


 先ほどの計りようのない不思議な時間とは別の意味で、計りようのない気まずい時間が過ぎていく。


 長い時間が過ぎ、部屋のテーブルに置かれた蝋燭が揺らめく。

 あと少しで蝋燭が尽きるのが見え、とうとうラスティアラが我慢しきれずに叫ぶ。


「――な、なにこれ! なにこれっ!!」


 顔をりんごの様に真っ赤にして、僕の肩をぶんぶんと振る。

 僕もラスティアラと同じく叫びたい。けれど、叫べない。


 すぐ傍にスキル『???』が這いよってきているのだ。

 少しでも気を抜けば発動してしまう。そう確信できるほど、スキル『???』が近い。


 僕は動けない。

 ようやく取り戻しかけている感情の火種を守るため、ここで発動させるわけにはいかなかった。


 荒れ狂う感情を制御することで手一杯となり、一歩も動けず、一言も喋れない。

 その間もラスティアラは存分に僕の身体を振り回し、顔を俯ける。


違う・・……、これは違う・・・・・……! これじゃ駄目・・・・・・……!!」


 首を振る。

 お腹から吐き出すように、何もかもを否定する。


 僕は暴走し続けるラスティアラが見ていられなくなり、錆びた機械のようなぎこちなさで彼女に触れようとする。


「み、見るな! カナミ、こっち見るな!!」


 しかし、ラスティアラは僕の手を払い、触れられることを拒んだ。


 僕は突き飛ばされ、距離が空く。

 丁度、お互いの顔が見合わされる距離だ。


 ラスティアラの顔は歪んでいた。

 その笑顔とも泣き顔とも取れない表情に、僕は困惑する。

 

「あぁあァアアーーー、ああっ、もうっ!」


 ラスティアラは顔を両手で隠して背中を向けて走り出す。

 そのまま、部屋の窓から外へ飛び出す。そして、器用に船の側面を駆け上って逃げ出していく。


 僕は途中まで『ディメンション』で追いかけていたが、ラスティアラの逃げ出した意図を汲んで、すぐに魔法を解く。


 同時に部屋の蝋燭が、ふっと消える。

 僕は一人、ラスティアラの部屋に取り残されてしまった。

 

 僕の気持ちとラスティアラの気持ち。

 二人の気持ちを確認する。

 当初の目的は果たされた。


 これ以上ない成果だ。だが、身に余る過剰な成果なのも確かだった。


 まだ僕は動けない。

 今、少しでも感情を動かせば、スキル『???』が発動する。

 

 ゆえに、僕は払われた手を伸ばしたまま、立ち尽くすしかなかった。



三才の女の子に抱きついたら全力で逃げられた主人公。


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あとがきが無慈悲で笑っちゃう
[良い点] うーん?3歳児の情緒で1番好きな異性と物語の真似をしたら思った以上に恥ずかしくてどうてんしたかんじかにゃぁ〜? そして憐れ主人公。対人関係に置いて1番爆弾抱えてんのお前なんだよなぁ。爆発し…
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