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異世界迷宮の最深部を目指そう  作者: 割内@タリサ
3章.報われない君が為に
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103.一日目、夕方





 試合を終えて、僕は約束通り、ラスティアラのところへ会いに行く。

 《ディメンション》で探したところ、国の用意した宿泊施設に姿はなく、とある高級ホテルのワンフロアを貸切にしていた。彼女たちには懸賞金がかかっているため、できうる限り所在を誤魔化そうとしているのかもしれない。


 僕は高級ホテルの最上階にある一室をノックする。

 すぐに返事が返ってきて、扉は開けられる。


「ようこそ、カナミ。とりあえず、中に入ってよ」

「わかった」


 僕は警戒したまま、中に入っていく。

 部屋の内装は僕の部屋と余り変わらない。あそこもここと同じく、最高級の一室のようだ。違う点を挙げるとすれば、奥の部屋に繋がっているであろう扉に背中を預ける女性が居ることだ。



【ステータス】

 名前:セラ・レイディアント HP259/263 MP108/108  クラス:騎士

 レベル22

 筋力6.59 体力8.22 技量9.52 速さ11.00 賢さ5.72 魔力7.98 素質1.57

 先天スキル:直感1.77

 後天スキル:剣術2.13 神聖魔法0.90



 ラスティアラと共に試合へ参加した狼の獣人のようだ。

 スノウに似た青い髪が特徴的だ。身に着けている服と装飾品のセンスもスノウと似ていて、民族的な物が多い。ただ、スノウと比べると彼女のほうが濃いイメージだ。全体的に派手で、髪の色も深みのある青だ。


 鋭い目でセラ・レイディアントは僕を睨んでいる。

 ラスティアラやディアブロ・シスとは違い、彼女からは明確な敵意が感じられる。


 ラスティアラは僕がセラ・レイディアントを警戒していることに気づき、薄く笑う。


「そんなに警戒しなくてもいいよ。ここは安全だから」

「ほんとに……?」


 僕はセラ・レイディアントの剣呑な様子を見て、疑問を返す。


「セラちゃんも仲間だから大丈夫。ただ、ちょっと『キリスト』と仲が悪いのは確かだけどね」

「そ、そう……」


 セラ・レイディアントは鼻を鳴らして、そっぽを向く。同時に敵意は霧散した。

 少なくともこの場で交戦する意思はないみたいだ。そして、この場を離れる気もないらしい。

 

 昔の僕は、結構色んな人から恨みを買っていて驚く。

 一体どんな生活を送っていたのか、とても気になる……。


 僕は彼女の存在を受け入れ、すぐに本題を切り出す。


「それで、話なんだけど……。ラスティアラ、すぐに僕の『腕輪』を破壊して欲しいんだ……」

「……『腕輪』の破壊?」


 ラスティアラは不思議そうな顔をする。


 それもそうだろう。

 以前は頑として『腕輪』を守ろうとしていたのに、全く逆のことを言っているのだ。怪しまれるのも仕方がない。


「ああ。色々とあって、すぐにでも記憶を取り戻すべきだと判断したんだ。そして、おまえは僕の『腕輪』を破壊する意思があって、実行に移せる実力もある。どうか協力して欲しい」

「色々とあって、ね……」


 ラスティアラは真剣な表情で思案する。

 説明を端折りすぎたかもしれない。唐突な改心に対する説明がなければ、僕の話を信用してくれない可能性がある。


「ああ、本当に色々とあったんだ。色々なことが積み重なって、大事なものがないって気づいたんだ。いまからそれを説明するから、聞いてくれ――」


 ここでラスティアラの信頼を勝ち取れなければ、頼る相手が本当に限られてくる。僕は包み隠さず話すことに決めた。


 ずっと違和感と焦燥感に苛まれていたこと。

 ラスティアラたち以外にも、僕を『キリスト』と呼ぶ人たちと出会ったこと。

 周囲からの情報と僕の記憶とに齟齬があること。

 そして、僕の深層心理を読み取れるリーパーから注意を受けて、自分のやるべきことを確信したこと。


「――あのときは本当に悪かった。けど、いまの僕なら、ラスティアラの『腕輪』破壊を拒否しない」

「んー、なるほど。ちょっと引っかかるけど、それなら私たちも協力するのはやぶさかじゃないよ。元々、私たちはカナミの記憶を戻すために動いていたわけで……」

「よかった……、それなら――」

「あ、でも、悪いけど条件があるよ」


 すぐにでも僕は『腕輪』破壊をお願いしようとするが、ラスティアラはばつの悪そうな顔でそれを遮った。


「条件……?」

「うん、条件。……ちょっと、うちのディアの機嫌をとってくれないかな? 体調は戻ってるんだけど、精神面がやばいんだよね。下手につつけない状態なんだ」


 ディアという少女を、僕は記憶から呼び起こす。

 初めて会った時に大泣きしていた子で、さらにはレイルさん宅を更地にした危険人物だ。


「えっと、この前、僕を見て泣いちゃった女の子だよな……? 僕が会えば逆効果なんじゃないのか?」

「いや、悪化はしない……と思うよ。『キリスト』はディアの最も信頼している人間だからね。お互いが最初のパートナーで、すごく仲が良かったらしいよ。だから、カナミが優しくしてあげたら、ころっと機嫌も直るはずなんだよ。たぶん」

「え、そんな間柄だったのか……?」


 思いもしない事実を知る。

 あんな爆弾娘を最初のパートナーに選んだ過去の僕の正気を疑った。


「うん、そんな間柄。ただならぬ仲だったせいで、私も色々と苦労したよ……」


 ラスティアラは何かを思い出しながら、疲れた溜息をつく。嘘をついているようには見えない。

 そして、さらに愚痴を零していく。


「日に日に目の光を失っていくディアは、ほんと洒落にならなかったよ。暴走したあの子を抑えた私ってば、まじ英雄。連合国は感謝状を私に千枚は出すべき。私が止めてなかったら、連合国の領土が物理的に削れてたよ?」

「あの子、そんなにやばいのか……?」

「でも、彼女が『腕輪』破壊に協力してくれたら百人力だよ。あんなだけど、神聖魔法の専門家スペシャリストだから」

「……そっか。わかった、話してみる」


 僕はラスティアラの要求を飲む。

 話通りならば、僕の『腕輪』破壊に有益な人物であることは間違いない。


「よかった。それじゃあ、ディアは隣の部屋でいじけてるから。いってらっしゃーい」


 そして、セラ・レイディアントが立っている方向を指差す。

 彼女の背中の扉の奥に居るようだ。


 僕が近づくと、セラ・レイディアントは初めて口を出してくる。


「いいのですか、お嬢様」

「ん? 何が?」

「いまのディア様は危険です。下手をすれば、出会い頭にこの男が死ぬかもしれません。……まあ別に、私はこの男が死んでも構わないのですが」


 そして、とても物騒なことを言い出した。


「カナミなら大丈夫。いや、カナミ以外にはできないんだよ。このタイミングで現れた事に、私は運命を感じてる」

「……現実はお嬢様の好きな物語とは違いますよ? タイミングがいいからと言って、成功するとは限りません」

「わかってる。それでも私は大丈夫だって確信してるんだ。……だから、セラちゃん。道を開けてあげて」


 ラスティアラが懇願すると、セラ・レイディアントは仕方がなく道を開けた。

 隣の部屋への扉が見えるようになる。しかし、その扉を前にして僕の歩みが淀んだ。


 死を予感させるほどの恐ろしい魔力が扉から漏れている。


「キリスト・ユーラシア。もし死ぬとしても、ディア様を正気に戻してから死ね」


 さらにセラ・レイディアントは僕を不安にさせる。

 その辛辣な言葉に、僕は過去の自分が少し気になった。


「……僕、君に何かしたの?」

「ああ、した。屈辱を味わされた」

「そ、それはすみませんでした……」


 僕は謝りながら、扉に近づく。

 そして、その扉のドアノブに手をかけたところで最後の確認を取る。


「えっと、ディアって子の機嫌取るだけじゃないの? 本当に正気じゃないの?」 

「常人から見れば正気でないように見えるかもね。ま、私はディアの気持ちがわかるから意思疎通できるけどね。……ただ、もしかしたらカナミじゃ会話すらできないかも」

「え、えぇ……」

「それでも、カナミなら大丈夫。私は信じてる」


 ラスティアラは無駄な信頼を僕に持っていた。

 何の不安もなく僕を送り出そうとしている。


 僕は不安だらけのまま、扉のドアノブを捻った。



◆◆◆◆◆



 暗い部屋だった。

 全ての出入り口が塞がれ、窓からの光はカーテンに遮られている。


 その暗い部屋の隅にあるベッドの上で、一人の少女が壁に向かって体育座りをしていた。

 しゃっくりを繰り返しながら、鼻をすすっている。


 どうやら、たくさん泣いた後のようだ。

 その原因が僕――『過去の僕キリスト』とやらであることはわかっている。不本意だが、その責任を負い、いまは目の前の少女を助けることだけに集中しよう。


「え、えっと……。大丈夫……?」


 しかし、怖いものは怖い。

 『注視』することで見えてくる情報は物騒なことこの上ない。


 『状態』は錯乱に近く、魔力は民家一つを簡単に吹き飛ばせるシッダルクさんの倍以上はある。場合によっては、この船団全てが吹き飛ぶ可能性すらあるだろう。


「――ああ、わかってる。わかってるラスティアラ。大丈夫。わかってるわかってるわかってるわかってる――」


 ディアちゃんはこちらを向くことなく、鼻声で呟き続ける。


 うん、普通にやばい。


 僕は慎重に言葉を選んでいく。


「ディアちゃん、落ち着いて……。落ち着いて僕の話を聞いて欲しい……」


 僕の言葉を聞いたディアちゃんは、呟くのをやめる。


「ディア、ちゃん……? おまえ、誰だ……――」


 そして、こちらを向いて僕の存在を確認して、固まった。


「――キ、キリスト……?」


 呆けた顔で僕の顔を見つめている。

 その隙をついて、僕はディアちゃんに近づこうとする。


 しかし、それは軽率だった。

 僕の接近を見て、ディアちゃんは赤く充血した目を見開く。


「――ぁ、ぁあ、ああああっ、げ、幻覚なのか? ああ、また幻覚だっ。駄目だな俺は。すぐに都合の良い幻想を作って、逃げ出そうとしてる。それじゃ駄目だ。全然駄目だ。そんな弱さじゃキリストの力になれない。キリストを取り戻せない。わかってるよラスティアラ、わかってるわかってるわかってるっ。やるべきことはわかってるっ。強くならなきゃ! キリストの仲間に相応しいくらい、もっと強くっ!!」


 狂ったような独白と共に、禍々しい魔力がうねる。

 強力な魔法構築の波動を感じ取り、僕は咄嗟に身をよじる。


 そして、僕の身体があった場所に閃光が奔る。


 比喩でも何でもない――暴虐な熱量をもったレーザーの光が通り抜けたのを確認する。僕は服の端が焦げているのを見て、冷や汗を垂らす。


 後方で部屋に穴が空いているのを感じ取る。凄まじい貫通力だ。ここは最上階にある個室なので、魔法は上手く空に向かって駆け抜けた。

 ラスティアラはディアちゃんの魔法で関係のない人に被害を出さないように、ここに泊まっているのかもしれない。


「え、え……? あれ、避けた……?」


 ディアちゃんは僕の回避を見て、きょとんとした顔になる。


「ディアちゃん、落ち着いてくれ……。話をしに来ただけなんだ……」


 僕はゆっくりと優しく語りかける。

 しかし、僕が近寄れば寄るほどディアちゃんの表情は歪んでいく。


「ぅ、ぁあ、ああぁああっ……! その顔で、その声で、俺に話しかけるな! 話しかけるな話しかけるな話しかけるな!!」


 そして、先ほどと同じように禍々しい魔力が部屋の中に充満していく。

 その波動は先ほどよりも強く多い。このままでは、この船が沈んでしまう。


 僕はどうすれば目の前の少女を止められるか、思考を回転させる。


「キリストは俺を『ディアちゃん』なんて呼ばないっ、おまえは偽物だ!」


 僕はディアちゃんの全発言を思い返す。

 そして、いまの彼女が怒っている理由は僕が偽物であることだと判断する。


「ああ、偽物だよ! ディアちゃんにとって、僕は偽物だ! でも、だからって攻撃しなくていい! 僕は君の味方だ!」


 あえて僕は偽物であることを認める。

 その代わり、味方であることを強く印象付ける。


「み、味方……?」

「味方だよ。君の『キリスト』を取り戻すのに協力する」

「俺を惑わせるな……! そんな顔して、『キリスト』みたいなことを言うな……!」

「確かに僕は『キリスト』みたいな顔をしているのに、『キリスト』じゃない。けど、僕は君の敵じゃない。敵意があって、君の前に居るわけじゃないんだ」


 できるだけディアちゃんの立場に立って会話を選ぶ。そして、彼女に足りないものを推測する。いまの僕なら、その気持ちがわかるはずだ。きっと、彼女も僕と同じく、大切な人が遠くに居る状態なのだ。


 話しながら近づき、僕は手を伸ばす。


「大丈夫。きっと君の大事な人は戻ってくる。僕が協力するから」

「戻ってこない……、戻ってこないんだ……! いつまで経っても戻ってこないんだよ……!!」


 苦しむディアちゃんの腕を取る。


「僕が取り戻すって約束する。だから、落ち着いて……」

「は、離せ! こら! 俺に触れるなぁ!!」


 ディアちゃんは僕を振りほどこうとする。しかし、その力は弱々しい。ステータス的に筋力が低いのもあるが、体調的に力が入らないのだろう。

 僕は優しく腕を握ったまま、もう片方の手でディアちゃんの頭を撫でる。


「……大丈夫。落ち着いて」


 いま彼女に必要なのは安心感だと思った。

 それは彼女と同じく大事な人が居ない僕が、いま最も求めているものだからだ。


 知りもしない過去の僕の力を借りて、僕はディアちゃんを落ち着かせる。

 『キリスト』によく似た僕に撫でられ、ディアちゃんは気が緩んだのか涙をこぼし始める。


「う、うぅあぁあぁああ……!」


 そして、そのまま頭を僕の胸に預ける。

 涙を流し、しゃっくり混じりに弱音を吐き出す。


「うぅ、キリストぉ……。私、すごいがんばってるのに、ラスティアラがいじめるんだ……。悪いやつらをやっつけようとしてるのに、あれも駄目これも駄目って言うんだ……。もうどうすればいいか、わかんないよ……」


 泣き続ける。

 何も解らず、ただ僕を『キリスト』と呼んでいる。


 僕は何も返すことができず、ただディアちゃんの弱音を聞き続けた。



◆◆◆◆◆



「もう大丈夫だ、キリスト……、じゃなくてカナミ」


 小一時間ほどディアちゃんの話を聞いて、ようやく僕は解放された。

 その甲斐あってか、ディアちゃんは冷静さを取り戻した。


 ラスティアラの要求を果たしつつ、僕がキリストの記憶を失ったカナミという別人であることを何とかわかってもらった。

 そして、隣の部屋にディアを連れて戻り、僕とラスティアラは本題の続きを話し始める。


「それじゃあ、『腕輪』破壊の話を進めよっか」

「あ、ああ、それはいんだけど……。ディアちゃんはあのままでいいのか……?」


 ディアちゃんは部屋の隅のベッドの上で、毛布に包まった状態でこっちを見ている。どうやら、先ほどの醜態が大変恥ずかしかったようだ。

 落ち着いてくれたのはいいが、こうも距離が遠いのは困る。


 僕が目を向けると、さっと毛布で顔を隠す。

 なんだか小動物みたいだ。

 猫とかリスとか、そんな感じの。


「落ち着いて聞いてくれてたら、何でもいいよ。というか随分と女の子らしくなってくれて、私的に美味しいね。すっごくいいっ!」

「あ、そう……」


 ラスティアラは厭らしい顔でディアを見る。いまにもよだれを垂らしそうだ。


 その僕の視線を感じて、ラスティアラは表情を真剣なものに戻して咳払いをする。


「ごほんっ。……『腕輪』は私とディアに任せてくれていいよ。カナミをボコボコにしたあと、ゆっくりと取り外す予定」

「取り外す? そんな生温いこと言わないで壊してくれていい。遠慮はいらない」

「ん、んー……。遠慮じゃなくて、単純に壊すのが怖いんだよ。何が仕込まれているかわからないからね」

「前に言っていた、自殺する術式とかのことか? けど、そんなのを気にしていたら何もできないぞ?」

「そこは大丈夫。全魔法知識の詰まった私と、世界最高の魔力を持ったディア。私たちが力を合わせれば、時間さえあればどんな術式も解体可能だよ。安全な方法がある以上、時間をかけてでもそれを選びたいんだ」

「なるほど……」


 ラスティアラは最悪を考えて作戦を練っている。例えば、この『腕輪』が爆発物の可能性だって考えているだろう。だから、破壊ではなく取り外すことにこだわっている。


「……わかった。じゃあ、取り外す方向で行こう。それじゃあ、いますぐお願いするよ」


 ラスティアラの方針に同意して、僕はすぐに頼む。


「あ、あぁー……。えーっと、それは駄目だね」

「え?」


 しかし、ラスティアラは首を振った。


「今すぐは駄目。いまここでやれば絶対に邪魔が入るから」

「邪魔?」

「うん。いま、この瞬間もスノウに話を聞かれてるだろうからね」

「え……? スノウに、話を……?」


 思いもしない人物の名前を聞いて僕は驚く。


「スノウの能力なら、この『ヴアルフウラ』全てを盗聴することが可能だよ。たぶん、いまもカナミの音を延々と追いかけていると思う」

「スノウの魔法はそこまでできるのか……?」

「無属性の振動魔法を極めたスノウなら、音に対してなら何でもありだよ。この船団が高級船ばかりなのが痛いね。媒介にできる魔石が多いから、スノウの特殊な魔力をいくらでも浸透させられる。おそらく、どこに居ようが聞かれると思うよ」

「確かに、そう言われればできそうだけど……、本当に……?」


 スノウからは振動を伝える魔法しか聞いていない。しかし、物臭な彼女が自分の魔法を出し惜しみしていた可能性は高い。


 スノウほどの無属性の魔法使いならば、振動を感じ取る魔法を持っているのかもしれない。


「この場で『腕輪』を取り外そうとすれば、スノウは絶対に邪魔するだろうね。いまのスノウってばカナミに相当依存しているから、邪魔のついでに私たちを亡き者にする可能性だってあると思うよ。いやー、ほんと難しい」


 ラスティアラはいつの間にかスノウの状況を把握していた。そして、その事態を僕よりも深刻に受け止めている。


 いまのスノウは殺人を犯す可能性すらもあると思っている顔だ。


「でも、スノウ一人くらいなら、なんとか……」

「『エピックシーカー』のギルドマスターを襲えば、『エピックシーカー』のギルドメンバー全員が相手になるよ。それを命令する権限がスノウにはある。大義名分を与えてしまえば躊躇しないと思う。――それだけじゃない。カナミがラウラヴィアの保護下にあるのも痛い。どんな横槍が入ってもおかしくない。スノウには私とカナミの戦いを察知し、全員に知らせる能力があるからね」


 僕はスノウの能力の厄介さを再確認する。

 まるで僕の《ディメンション》を相手にしているような感覚だ。


 僕の『腕輪』を破壊するには、僕を戦闘不能にする必要がある。それは第三者から見れば、まるで僕を襲っているように見えるだろう。ギルドメンバーどころか、警備兵や善意の第三者まで僕を守ろうとするかもしれない。


 下手をすれば、それに加えてあのローウェンとも戦うことになるかもしれない。ローウェンも『腕輪』破壊には反対している。スノウが声をかければ、誰よりも早く駆けつけてくるだろう。


 その質と量を相手に、ラスティアラとディアちゃんが集中して『腕輪』に取り掛かれるはずがない。

 何より、『腕輪』の呪いで抵抗する僕を短時間で抑えこめる気がしない。


 詰みに近かった。


「くっ……。なら『ヴアルフウラ』を離れて、スノウの能力が届かないところまで逃げるのは?」

「そうなれば、スノウが手段を選ばなくなるよ。迷いなくウォーカー家の力を使い、他の四大貴族にも協力を仰ぐと思う。場合によってはラウラヴィア国とフーズヤーズ国が動くかもしれない。動く理由が、私たちに一杯あるのが痛いね」

「そこまで……、本当にスノウはそこまでするのか……?」

「絶対にするよ。だから、『舞闘大会』を利用しようって言ってるんだよ。前も言ったけど『舞闘大会』の試合中なら邪魔が入らない。このまま『舞闘大会』が進めば、私のチームは四回戦でスノウと当たって、準決勝でカナミと当たれる。上手くいけば、準決勝で何もかもが解決する予定」


 ラスティアラは『舞闘大会』の資料を広げて、トーナメント表を指差す。

 確かに順調に勝ち進めば、その通りになる。


「――そして、おそらく向こうも同じことを思ってるはず。でしょ、スノウ?」


 そして、ラスティアラは誰もいない宙に向けて話しかける。

 確信をもった話し方だった。


「ス、スノウ……、聞いてるのか……?」


 僕も同じく問いかける。

 すると、少しの静寂のあと、部屋の魔石であしらったインテリアの一つが震えた。


 声帯のように震え、人語を発する。


『――うん、カナミ。ずっと聞いてた・・・・・・・


 間違いなくスノウの声だった。


「スノウ……」


 本当は信じたくなかった。

 僕は苦い顔で名前を呼ぶ。


 しかし、スノウは僕を置いて、ラスティアラに話しかける。


『……レヴァン教の現人神。私はあなたを超えます』


 そして、宣戦布告する。

 その声は雪のように冷たい。


「受けてたつよ、スノウ」

『私はカナミと結婚したい。嘘の世界でも、用意された世界でもいい。幸せになりたい……。それだけが私の望みです……』

「うん、わかってる」

『ならば、賭けてください。もし私が勝てば、私たちの結婚を祝福すると』

「やっぱりそういう話に持っていくか……。いいよ、負けたら大人しくしてるよ。負けたら、ね」


 ラスティアラは困ったような顔で、けれど軽く請け負う。

 布団の中のディアちゃんが文句を言いたそうに立ち上がる。しかし、ラスティアラはそれを目で制した。


「やめろ、スノウ! 僕には僕の意思がある。たとえ、おまえがラスティアラたちに勝っても、結婚するとは限らない!」

『……私も私の意思があるって、昔は思ってた。けど、現実は違ったんだ。たった一人の意思なんて、簡単に潰れる。潰れるんだよ、カナミ』


 忌々しくスノウは呟く。


『きっと立場がそれを許してくれない。選択権なんて簡単に取り上げられる。だから、どう足掻こうとカナミは私と結婚することになる。『舞闘大会』が終われば逃げ場はなくなる。あのパリンクロンが描いた絵図だから間違いない。最終的には否応なく、カナミは私と幸せになる。絶対に』


 結婚を語るスノウの声は暖かい。妙な熱が入っている。

 その強引な理論に、僕は返す言葉がなくなる。破綻している理論としか思えない。けれど、スノウはラスティアラを倒せば、僕と幸せになれると信じている。


『――準決勝で会おうね、カナミ。逃げないで。ずっと聞いてるから・・・・・・・・・


 そして、そこで会話は終わった。

 もう僕の言葉は届かない。そんな気がした。


 僕は昨日の説得が何の意味も成していないことがわかり、愕然とする。


「くっ、あいつ……!!」


 僕はもう一度スノウを説得しに行こうかと思った。そう思わせるだけの狂気を、先ほどの会話から感じ取れた。しかし、すぐに思い直す。


 いま出会えば、穏便にことがすまない可能性は高い。それだけの覚悟がスノウにあるとラスティアラは見ている。それに、記憶が戻るまではスノウにかける言葉に中身がないことも痛い。


 ならば、まずはこの『舞闘大会』でスノウの心を挫くことが最善かもしれない。

 いまだけは、堂々と安全に戦える場がある。スノウを挫き、記憶を取り戻したあと、ゆっくりと話すほうがいい。

 ただ、スノウと戦うのがラスティアラたちというのが、少しだけ不安ではあるが……。


「すまない、ラスティアラ、ディアちゃん。スノウに勝ってくれ……。勝って、あの馬鹿を止めて欲しい……」


 僕は身内の恥を頼むように、真剣な表情で呟く。

 しかし、言葉は返ってこない。


 ラスティアラは今にも噴出しそうな顔で黙っていた。ディアは拗ねたように頬を膨らませている。セラ・レイディアントは呆れたような顔で僕を見下している。


「……な、なに?」


 真剣な顔をしていたのは僕だけだった。

 ディアはおずおずと僕に聞く。


「……カナミ。俺たちが負けたら、いまのスノウってやつと結婚するのか?」

「え、えっと、まだわからないけど、そうなる可能性は高い、かも?」

「へ、へえー。そっか、そっかー……」


 ぬるりと、静まっていたはずのディアの魔力が漏れていく。ディアは毛布を被って「そっかー」と繰り返し続ける。


「いやぁ、カナミってば、相変わらず面白いね。私は嬉しいよ。ぷふっ」


 そして、ラスティアラに笑われ。


「死ね」


 セラ・レイディアントに永眠を求められた。


「え、あれ……?」


 僕は思っていた反応と違うことに戸惑う。

 もっと真剣に憤る場面かと思っていたが、妙に空気がおかしい。


 そして、この妙な空気は、その後も長く続いたのだった。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 関わった女の子をヤンデレにする、性格が優柔不断な主人公とか喜劇か悲劇しか見えないのですが!
[良い点] 久しぶりに少しだけ心が落ち着いた回だった。飴って認識で間違いないですよねこれは?
[良い点] メンヘラが過ぎる笑笑
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