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異世界迷宮の最深部を目指そう  作者: 割内@タリサ
3章.報われない君が為に
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101.『一ノ月連合国総合騎士団種舞踏会』南エリア第一試合


 北西の国エルトラリューと南西の国ラウラヴィアを区切る川『フウラ』。

 海と見紛うほどの広さに美しい透明な水質を持ったフウラ川は、僕の世界でもお目にかかれない国宝級の大自然だ。


 フウラ川へ近づくにつれ、すれ違う人が爆発的に増えていく。

 だが、いつかの祭りのときよりかは人が少ないように感じる。


 ――いつかの、祭り……?


 正体はわかっている。

 おそらく、過去の僕の経験だろう。

 慣れた感覚で、その頭痛を振り払う。


 僕はラウラヴィアの北端にある小さな港から、川渡しの小船に乗る。

 数十人ほどの客を乗せた小船は、ゆっくりと川の中心へ向かっていく。そこには、これから戦争にでも行くのかと思わせるほどの量の船が並んでいた。その内の一つである豪華な巨大船の横につけると、小船がロープを使って持ち上げられていく。

 こうして、連合国の人々は『ヴアルフウラ』にやってくるようだ。


 少しばかりハードルの高い祭りだと思った。

 いつかの祭りのときは無料で見て回れたが、今回は『ヴアルフウラ』に入るだけで船代がかかる。


 僕は歩く人々の顔を確かめながら、周囲を見回す。


 まるで陸地の上にいるようだった。

 隙間なく無数の船が並んでいる上に、揺れも小さい。そのため、海上に居るという実感が湧かない。どちらかといえば、『ヴアルフウラ』という島に上陸したような気分だ。


 『ヴアルフウラ』には身なりのいい人間の方が多いような気がした。

 やはり、入場料にも似た船代がハードルを高くしているのは間違いない。


 すぐに僕はお祭り気分を掻き消し、《ディメンション》を広げる。

 とりあえず、強そうな人を片っ端から『注視』する。そうしている内に、目的のラスティアラも見つけることができるだろう。


 僕は資料を片手に歩きながら、船と人を把握していく。


 資料によれば、船団は四つの区域で分けられているらしい。いま僕は、東西南北に分けられた船団の北エリアに居る。


 『舞闘大会』の出場者たちも四つのグループに分けられており、各エリアで勝利を重ねたチームのみが中央の巨大劇場船で戦えることになっている。


 僕は『舞闘大会』の細かなルールを流し読む。

 正直、そこまで僕はこの大会に入れ込んでいない。他にも特殊なシステムがあったものの、僕は詳しくまでは読まなかった。いま重要なのは『ヴアルフウラ』の中央は特別扱いになっているということだろう。

 

 僕は目を中央に向ける。

 そこには巨大な豪華客船が、砦のようにそびえ浮かんでいた。

 他の船とは材質も大きさも段違いだ。さらには、魔力の密度も違う。船内の魔石の使用量が多いのかもしれない。だが、それ以上に、そこに乗っている人々の質が高いというのもあるはずだ。


 僕は中央付近を重点的に調べることを決めた。


「――魔法《ディメンション・多重展開マルチプル》……」


 そして、その調査は日が暮れるまで、延々と行なわれていく。

 ラスティアラを見つけたらすぐにやめるつもりだったが、空が赤みを帯びるまで探しても彼女たちを見つけられなかったのだ。


 さらに言えば、僕と戦いになりそうな人も少なかった。

 そもそも、『エピックシーカー』のヴォルザークさんよりも強い人すら稀なのだ。各国から集まった猛者たちだが、迷宮探索を生業にする連合国の人たちと比べると錬度が低い。よくよく考えれば、腕に自身があれば『舞闘大会』以前から連合国に来ているだろう。


 僕は溜息をつきながら、資料と《ディメンション》に意識を集中させる。

 可能性がありそうなのは『最強』の名を冠する男、スノウの兄グレン・ウォーカー。


 いま丁度、『ヴアルフウラ』内の貴族たちが集まっているホールで挨拶回りをしているところだった。ただ、彼は僕とスノウをくっつけたがっている節がある。それにパリンクロンとも仲が良さそうだったので、協力してくれる可能性は低いだろう。


 次に可能性がありそうなのは『剣聖』の名を冠する男、フェンリル・アレイス。


 彼もグレンさんと同じホールに居た。

 初老のお爺さんだが、その身体は全く衰えていない。《ディメンション》でなくとも、その身体の筋肉の厚さを見て取れる。そして、その鋭い眼光は多くの貴族たちを畏れさせている。彼もグレンさんに負けず劣らない実力者だろう。


 しかし、《ディメンション》で様子を見る限り、フェンリル・アレイスはグレンさんと仲がいい。もしかしたら、グレンさんに義理立てして話を聞いてくれないかもしれない。何より、地位の高い人にはお金で依頼することができないのが厄介だ。どう二人きりになって、どう話を切り出せばいいか、正直全くわからない。


 この二人は望みが薄い。

 常に貴族たちに囲まれ、護衛の数も多い。

 僕は仕方がなく、ラスティアラ・フーズヤーズとディアブロ・シスをもっとよく探すことにする。

 しかし、前日の夕方になっても彼女たちは現れなかった。フウラ川全域を《ディメンション》で探し続けているが、影も形もない。


 僕は《ディメンション》を展開したまま、与えられた部屋に移動する。

 資料によるとラスティアラたちのチームは、明日の朝から西エリアで試合があると書かれている。そのときを狙って話しかけるしかない。


 そして、できれば試合中でなく、安全なところで『腕輪』を破壊してくれるように頼みこもう。それで、僕の『腕輪』の問題は終わりだ。そのあと、順に仲間たちの悩みを解決してあげられたら理想的だ。


「ふう……」


 部屋に入った僕は、溜息と共に剣を抜く。


 豪華な部屋だ。おそらく、本来は国賓レベルの人のための部屋なのだろう。魔石を使った高級家具ばかりで、そのどれもが単品で一般市民の年収ほどの価値はある。

 そんな部屋の中央で、僕は剣を『腕輪』に当てる。


 ラスティアラが現れるまで、ただ時間を消費するわけにもいかない。

 色々と試して、条件を確認しようと思う。


 例えば、身体を自分で拘束して、右手だけ自由にしている場合だ。その状態で右手だけに集中していれば、案外あっさりと破壊できるかもしれない。他にも眠気で意識が朦朧としている場合も試してみたい。


 僕は『持ち物』から拘束できそうな縄を取り出して、両足を縛り始める。

 一応、《ディメンション》でラスティアラの到着を待ちながらだ。

 今日中に接触できれば、それに越したことはない。


 こうして、僕は『腕輪』を壊すため、部屋の中であらゆる方法を試し続けていった。



◆◆◆◆◆



 僕は鈍い痛みを頭部に感じて、泥のような眠気を振り払う。


 目を開けると、見えたのは見知らぬ天井だった。

 ゆっくりと身体を起こそうとして、両足が拘束されていることに気づく。

 

 僕は状況を理解する。

 昨夜、実験を限界まで挑戦していくうちに意識を失ってしまったようだ。結局、いつまで経ってもラスティアラは現れなかったため、実験は翌日まで及んでしまい、『舞闘大会』当日だ。


 左腕はロープでベッドにくくりつけられているので、唯一自由になっている右手を動かす。


「人に見られたら誤解されるな……」 


 僕は呟きながら固く縛られたロープを解いていく。

 その途中、部屋にノックの音が響いた。


「すみません。アイカワカナミ様、よろしいでしょうか?」


 《ディメンション》で確認したところ、『舞闘大会』を管理する係員が部屋の前で待っていた。


 僕は慌てて拘束を解き終える。

 すぐに身なりを整えて、扉を開けた。


「お、お待たせしました。相川渦波です」


 そこには白色のフォーマルな服装の女性が深々と礼をしていた。

 係員の女性は、すぐに事務的な口調で説明を始める。


「『一ノ月連合国総合騎士団種舞踏会』の本選出場者であるアイカワ・カナミ様にご連絡です」

「はい。お願いします」

「ラウラヴィア国の代表であるアイカワ・カナミ様は初戦を免除されています。いわゆるシードですね。よって、午前ではなく、午後に北エリアの闘技場船までお願い致します」

「……わかりました」

「ご連絡は以上です。アイカワ・カナミ様の御健闘を祈っています。それでは」


 簡潔に用件を伝え、女性は去っていった。

 その背中を見ながら、僕は《ディメンション》を広げて情報を集め、いまの時間と状況を把握する。


 すっかり空は明るくなっていた。気持ちのいい晴天の朝だ。

 どの船上も、多くの『舞闘大会』観戦客で賑わっている。


 どうやら、あと少しで『舞闘大会』の第一回戦が始まるらしい。

 軽く《ディメンション》を張り巡らせる。


 ローウェンは南エリアの闘技場船で試合に備えている。

 リーパーは船団の中にはいない。もしかしたら、『舞闘大会』には全く参加しないつもりなのかもしれない。

 スノウは『エピックシーカー』のテイリさんと一緒に居た。西エリアの闘技場船控え室でテイリさんに慰められている。近くには居心地悪そうな顔のヴォルザークさんもいた。

 少し前に聞かされていたが、ギルド『エピックシーカー』の代表としてこの三人も『舞闘大会』に参加することになっている。昨日のこともあってかスノウのことが心配だったが、テイリさんとヴォルザークさんに任せていれば、ひとまずは大丈夫そうだ。


 すぐに僕は目的の少女たちも探す。

 資料によれば、ラスティアラたちの初戦は西エリアで行われる。

 しかし、《ディメンション》で探せども姿を見つけられない。当日になっても、まだラスティアラたちは現れない。船団全体を探したが、それでも影も形もない。


 僕は少しだけ焦りながら、西エリアに足を運ぶ。

 ラスティアラたちの試合が行われる闘技場船の中へ入っていき、周囲を観察する。ちなみに、出場者は特別待遇で入場料は取られなかった。


 闘技場船は他の船と造りが大分違っていた。

 見るからに丈夫に造られており、その物々しさから元は軍艦であることがわかる。その巨大戦艦の甲板を改造して、円形闘技場を上に乗せた形だ。


 闘技場の造りは僕の持っていたイメージと大差ない。全体は円筒のような形になっていて、雛壇状に客席が並べられている。そして、中央には運動場ほどの砂地の舞台があり、どの客席からもよく見える。ただ、一つだけ違うとしたら装飾だ。

 過度な宝石の装飾がされており、下を見れば多くの『魔石線ライン』が引かれている。これは僕の世界では見られない特徴だ。


 席は全て埋まっていた。ギリギリにやってきた僕は、立ち見するしかなさそうだ。

 僕は一番高くて遠いところで背を壁に預ける。ただ、頭上には貴族用の特別席が用意されているので、厳密には一番高くて遠いわけではない。


 試合開始まであと少しだ。

 資料によればラスティアラの試合は初戦だ。あと数分も過ぎれば、ラスティアラたちの不戦敗になってしまう。


 そして、観客たちがざわめく中、とうとう時間は試合開始の時刻を過ぎる。

 しかし、時間になっても試合は始まらず、観客たちのざわめきが強くなる。


 本当にラスティアラはいないようだ。

 何らかの手段で《ディメンション》から逃れているのかと思い、ここまで足を運んだが無駄足だったようだ。


 僕は『ヴアルフウラ』外へ探しに行こうと腰を浮かせたところで、司会者の声が闘技場に響いた。


「――ご来場の皆様、申し訳ありません。予定していました『一ノ月連合国総合騎士団種舞踏会』西エリア第一試合ですが、まだラスティアラ・フーズヤーズチームが到着しておりません。よって、十五分の猶予時間の後、ラスティアラ・フーズヤーズチームを不戦敗として第二試合を行わせて頂きます」


 遅刻しているラスティアラの処遇のアナウンスだ。

 とても小さな声だが、闘技場全体へ確かに響いた。

 その仕組みが気になり、《ディメンション》で注意深く観察する。


 司会者はスタンドマイクに似たものを握っていた。とはいえ、材質は鉄ではなく宝石だ。その緻密な細工から特殊な術式が仕込まれた魔石であることはわかる。そして、その魔法道具は闘技場に張り巡らされた『魔石線ライン』と繋がっている。


 スノウの振動魔法に似ている。

 高価な魔法道具と『魔石線ライン』という環境があれば似たことができるらしい。司会者が喋るたび、足元の『魔石線ライン』が振動している。


 便利なものがあると感心しながら、僕は司会者のアナウンスを聞き続ける。

 どうやら、ラスティアラは即失格ではないようだ。猶予時間が少しだけあるらしい。せっかくなので、僕はギリギリまで待つことにする。


 もしかしたら、あの陽気な少女は、狙ってギリギリのタイミングに登場する可能性がある。


 そして、僕は待ち時間で他のエリアの試合を観戦することにする。

 僕の《ディメンション》があれば、東西南北の全試合を同時に見ることも可能だ。


 僕は南エリアに意識を集中させていく。見るならば、参加者の中で最も強いであろうローウェンの試合を観戦したかった。


 《ディメンション》が広がり切り、南エリアの闘技場船もここと変わらぬ造りであることがわかる。そして、同じように席は満杯。

 西エリアは進行が手間取っているが、南エリアはつつがなく進んでいた。


「――『一ノ月連合国総合騎士団種舞踏会』南エリア第一試合、開始します!」


 第一試合が丁度始まるところだ。


 悠然と立つローウェンの前方に、三人の男女が武器を構えている。


 僕は手元の資料に目を通しながら、三人の男女の詳細を把握していく。名の通った探索者たちのようで、闘技場の観客たちの声援も多い。いや、下手をすれば闘技場の全員が探索者たちを応援しているかもしれない。


 連合国から見ればローウェンは無名に近いので仕方がないだろう。

 それを彼が気にしている様子はなく、面白そうに対戦相手の出方を待っていた。


 対し、探索者たち三人も待ちに徹している。

 いや、正確には攻撃の準備を進めている。


 探索者のパーティー構成は陣形と外見から簡単に見て取れる。魔法使い然とした男が後方で詠唱を続けていて、剣と盾を持った男女二人が魔法使いの壁となっている。


 基本に忠実な戦術だ。

 詠唱の長い大型魔法を主軸にした迎撃陣形だろう。


 時間をかければ大型魔法が飛んでくる。しかし、無策に魔法使いを狙っても、前衛の二人によって邪魔をされる。

 基本にして王道、ゆえに隙はない。ちょっとのレベル差くらいはくつがえすであろう素晴らしい戦術だ。


「――けど、ローウェンが相手か」


 全て無意味だろう。


 そう思わせるほどに、いまのローウェンは気力が充実していた。

 相変わらず、魔力は少ない。しかし、その存在感と重圧はかつてないほど濃い。下手をすれば、出会ったときよりも調子が良さそうだ。


 そのローウェンは薄い笑みを張りつけたまま、全く前に出ようとしない。

 それを見た観客たちは、ローウェンを小馬鹿にした野次を飛ばす。


 それもそうだ。

 素人目から見ても、ローウェンの戦い方は愚かだ。


 後方で魔法使いが詠唱している以上、時間をかければかけるほど不利。

 そして、ローウェンがもたついている間に魔法使いの大型魔法が完成する。


「――『荒れ狂う智』『時を結べ』! ――《フェティアリティ・ウッズ》!」


 完成と共に、光の粉が舞い散った。


 《ディメンション》で魔法を解析しているため、その正体が僕には解る。あれは魔法の種子だ。恐ろしく緻密に練り上げられた木属性の魔力の結晶。


 魔法の種子は闘技場の砂地に撒かれ、瞬時に芽吹き、空をも覆いそうな大樹へと成長していく。

 無数の大樹たちは生命を持った人形のように蠢き、次々とローウェンに襲い掛かる。


 その木々の攻撃をローウェンは面白そうに避けていく。

 常人から見れば、その圧倒的質量に圧殺されるとしか思えないだろう。しかし、彼は身のこなしだけで全ての攻撃を捌いていた。


 襲い掛かる枝の先端を鼻先でかわし、鞭のように払われた太い枝を跳んでかわす。そのかわした枝を足場にして、四方八方からの攻撃をさらにかわす。裏を掻いた地面からの根による攻撃も、未来が見えているかのようにかわす。――かわしてかわして、かわし続ける。


 その異常な状況を観客たちは理解し、同時に熱狂する。

 ローウェンは体術だけで観客全員を魅了していた。


 そして、会場の盛り上がりを確認したローウェンは、近くに落ちていた小枝を拾う。大樹同士が擦れ合い、散らばった欠片の一つだ。


 その小枝をローウェンは右手でしっかりと握り、立ち止まる。


 当然、足を止めたローウェンに大樹たちは殺到する。

 それを見た観客は声をあげる。悲鳴も混じったそれは、足を止めることは大樹たちの攻撃で圧殺されると同義であることを理解していたからだ。


 探索者三人は勝負が決まったと確信し、闘技場の観客たちも次に訪れるであろう凄惨な光景に目を覆おうとした瞬間――


 ――スパッと軽い音が鳴り、無数の大樹たちが横にずれる・・・。 


 そして、全ての大樹は横に真っ二つとなって、次々と崩れ倒れていく。


「――え?」


 司会者が呆けた声を出す。

 それは闘技場全員の心境を代弁していた。


 誰も何が起こったのか理解できていないのだ。


 しかし、答えは単純。

 ローウェンは小枝に『魔力物質化』で刃を作り、それで闘技場全体を・・・・・・軽く払っただけ。


 ただ、その一連の動作が速すぎた。

 そして、現実味がなさすぎた。

 ゆえに、誰も理解が追いつかない。


 闘技場を支配していた全ての木々が倒れていく中を、ローウェンは悠然と歩いていく。

 それは幻想的で、酷く恐ろしい光景だった。


 対戦相手は我に返り、近づこうとするローウェンに前衛の二人が襲い掛かる。

 剣を持った前衛二人がローウェンと接触する。


 しかし、『史上最強の剣士』であるローウェンに接近戦を挑めば結果は明白。

 接触した次の瞬間には、前衛二人は手の甲から血を流し、剣を地面に落としていた。

 ローウェンは二人を置き去りにして、後衛の魔法使いの傍まで歩く。


 小枝を魔法使いの眼前に突きつける。


 魔法使いは冷や汗と共に笑った。

 その圧倒的な力の差の前に、彼は笑うしかなかった。


「――は、ははっ、降参だ」


 それを聞いたローウェンは軽く息を吐いて、小枝を地面に放る。

 そして、観客席の一角に手を振った。


 そこには、いつかの孤児院のシスターと子供たちがいた。子供たちは驚いた表情を満面の笑みに変えて、歓声をあげる。


 それに合わせて、闘技場全体が歓声に包まれる。

 その音量に負けぬよう、司会者も声を張る。


「――ロ、ローウェン選手! 勝利条件を満たしました……!! ローウェン選手の勝利です! 優勝候補にも挙がっていた強豪チームを、たった一人でくだし、無名の剣士が二回戦進出……!!」


 さらに歓声は大きくなっていく。

 その称賛の嵐は、まさしく『栄光』と呼ぶに相応しい。

 『栄光』の頂上ではないが、その麓にローウェンは足を踏み入れた。それは間違いなかった。


 けれど、ローウェンの異常な存在感は薄まらない。

 未だに濃いままだった。


 確かに、いまローウェンは笑顔だ。けど、同時に寂しそうでもあった。

 心の底の笑みではない。


 闘技場の中央で笑顔を振舞うローウェンは、どこか息苦しそうにも見えた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] もし現剣聖とその1000年前の先祖が戦うことになったらなんかすごいアツいな
[良い点] ラスティアラの作戦かな?なんで遅刻してるんだろう
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