第二十二話 広がる戦火の渦Ⅰ――悪戦苦闘
が、がが、ガガガガガッガガガっザザ、ザザザザザザザザッザザ…………………………フッ――
――戦況報告その一。
現在、『ユニーク』の介入により『ネバーワールド』内にて発生した戦闘と、その結果を報告します。
十四時十一分頃。東条勇麻、泉修斗、天風楓、『神門審判』の四名の元に高見秀人が奇襲を仕掛かけますが泉修斗がこれに対応。
奇襲は失敗したかに思われましたがその直後、高見秀人の空間移動により、四名がバラバラの場所へと飛ばされます。
※追記:その後『神門審判』のみ追跡不能。至急、対応策を講じるべきだと判断します。
十四時二十八分頃。背神の騎士団所属の始祖四元素、セルリア、セピア、スカーレ、シャルトル四名と『ユニーク』高見秀人が接触。戦闘の結果、始祖四元素の四名は敗北。各々が、バラバラの場所へと飛ばされています。
次いで十四時四十五分頃、東条勇麻と高見秀人が接触。激しい戦闘の結果、東条勇麻は喉を切り裂かれ敗北。
十四時五十分頃。エリア中央へ向かっていた泉修斗と咀道満漢が接触、随時戦闘開始。
さらに東条勇麻と高見秀人の戦闘の決着とほぼ同時刻、十四時五十五分頃。天風楓と寄操令示が接触。戦闘を開始。
※追記:天風楓の観測は依然続行中。展開によっては些か時期尚早ですが、『神化』の可能性も考慮すべきかと。被験体〇五〇〇二の回収を早急に実行する必要性があるかと。
同時刻。合流した始祖四元素セルリア、セピア両名が『ユニーク』野呂伊草と遭遇。戦闘を開始しています。
十五時零分現在。『ネバーワールド』における総犠牲者数、推定二千人弱。
『神降ろし』における必須最重要数値『憎悪』上昇を確認。目標値まで後五三パーセント。
現状、行方不明の『神門審判』に付いては対処中、ですが大きな問題は無いと予測。その他イレギュラー要素は誤差の範囲内の為、修正可能と判断。
『ネバーワールド』“外”での戦闘についても予測の範囲内にて進んでいます。
全ては『シーカー』様の筋書き通り進行中。
☆ ☆ ☆ ☆
PM 15:00:14
limit 0:59:46
セルリア達四姉妹の始祖四元素はかなり特殊な神の力である。
干渉レベルも極めて高くAマイナス相当。
彼女達を担当した研究者をして『唯一無二』などと言わしめる程であった。
扱う力は大きく分けて四つ。
セルリアは四大元素の水。
セピアは四大元素の地。
シャルトルは四大元素の風
スカーレは四大元素の火。
一見して扱っている力は平凡でめずらしくも何ともないように思えるかもしれない。
だが、彼女達の特異性はそこではない。
それぞれ属性の異なる力を司り操る始祖四元素だが、シャルトル達四人が四人、それぞれその身に始祖四元素を宿している訳ではない。
そもそもだ。
始祖“四元素”という名前から考えれば本来は四つの属性を自由自在に扱う事のできる神の力のハズなのだ。
しかし彼女らは、まるで互いの負担を支え合うかのように、一人につき一つの属性のみを扱う。
他に例を見ない特例中の特例。
奇跡的なバランスの上に成り立っている神の力。
彼女ら一人一人が独立した神の能力者なのではなく、彼女らは四人で一人の神の能力者なのだ。
セルリア達が常に四人で行動を共にしている理由もそこにある。
セルリア達は互いが互いに干渉しあっている為、一人でも欠けてしまうと干渉レベルに大きな影響が出てしまうのだ。
端的に言うと、四人でいないと彼女達の力は劇的に弱体化する。
四人でいる時はそれぞれが単体で干渉レベルAマイナス相当の力を振るう事が出来るのだが、一人欠けるごとにどんどん弱体化し、一人になると干渉レベルがDマイナス程度まで落ちてしまうのである。
今回の作戦を決行するにあたってセルリア達四人と、勇麻達四人にチームが分けられたのは当然と言えば当然だったのだ。
四人まとめておけば干渉レベルAマイナスの戦力が四人分使えるのだ。それをわざわざ振り分けて戦力ダウンさせる理由がない。
だからこそ、高見秀人の策は彼女達に甚大な被害を与えていた。
互いに干渉し合い、奇跡的なバランスで成り立っている始祖四元素。
高見が行った事は実に簡単な事だった。
彼の『劣化複製』を用いて始祖四元素を複製しセルリア達に干渉する事で、それ以上どこも弄りようの無かった黄金比のバランスを強引に崩したのだ。
まるで表面張力で限界ギリギリのコップに、さらに水を注ぐような行為。当然溢れて零れた分の水は失われ、返ってこない。
結果セルリア達は大きく弱体化。一時的に神の力の制御を完全に失い、高見の拘束は解け、そして追い打ちを掛けるように空間移動によってバラバラの場所に飛ばされた。
結論を言うと高見秀人に敗北したセルリア達は一応は無事ではあった。
神の能力者としてはともかく、命の面に関しては。
偶然近くに飛ばされていたらしいセピアとすぐに合流する事ができたのも幸運だった。
と、セルリアは思う。
二人欠けて二人。今現在のセルリアとセピアの干渉レベルはCマイナス程度にまで低下している。
いや、高見によって強引にバランスを崩された事を考慮するともっと低いかもしれない。
だが、それにしても。
「くっ……」
目の前の敵は“手応え”が無さすぎる。
「ほう、ほうほう。もう、おしまいですかな?」
妙に腰の低い、しかし不気味な響きの声が響く。
セピアと合流できたのは確かに幸運だったが、その直後にこんな気味の悪い敵と遭遇してしまったのは不幸と評するべきだろう。
セルリアの眼前、これもまた声と同じで、全体的に痩せこけた酷く不気味な男が立っていた。
年齢は三十代後半と言ったところだろうか。
蒼白な顔面は左右非対称な長髪によって左側が完全に隠れてしまっている。平安貴族のような烏帽子を被り、身を包むのは黒系統の和装。
ギョロリと突き出したカメレオンのような瞳の一つが、長髪の隙間からじぃっとこちらを観察するように眺めている。
さらには頬にどこか呪術っぽいペイントが施されていた。
しまいには額にお札のような物まで貼られている。
装飾過多というか、どこかやりすぎてかえって安っぽく見える不気味さがそこにあった。
とはいえ、一番不気味なのは。
「……な、」
セルリアの隣で苦しげにセピアが口を開く。
そう、彼女の言いたい事は分かっている。
「ええ、分かっているわ。セピアちゃん。いくら私達が弱体化しているからって、全くダメージを受けたような素振りがないのはおかしいって」
既に戦闘が開始されてからかなりの時間が経過している。
こちらの攻撃だって、結構な数が相手に命中しているはずだ。
それなのに、自らを野呂と名乗ったその男は一切ダメージを受けている様子がない。
やはり大きく弱体化したセルリア達の攻撃では歯が立たないとでも言うのだろうか。
まるで掴みどころがない。攻略の取っ掛かりになる物さえ、見えてこない。
「ほう、ほうほうほう。なぜ攻撃が効かないのか分からない、といった顔をしておりますなー。ワタクシの事を、雲のようで掴みどころの無い、不気味な相手だとも思っているようですな?」
「!?」
じとりとこちらを覗き込む瞳で心の中を覗かれているかのような言葉に、セルリアの息が詰まる。
すぐにハッとし表情から動揺を消し去るが、遅すぎた。
前髪で隠れた左目から感じる、じっとりとした舐めるような視線に肌が総毛立つ。
「ほう、ほうほうほう。図星、のようですな。いやはや、こうも簡単だと手応えが無くて困る。……いや、“手応えの無さ”に困っているのはそちらでしたな」
「……ッ、なッ!」
その見透かしたような嘲笑に、セピアが切れた。
そのどこかやる気の無さそうなジト目からは想像できないだろうが、セピアは四姉妹の中でも割と好戦的な性格をしている。
明らかにコケにされ、その上自分たちの攻撃が全く通用しないという状況に、セピアの我慢は限界だったのだろう。
ぶかぶかの袖のロングコートを闇雲に振り回し、地を操る力を駆使して野呂目掛けて石の礫を散弾銃の如く乱射する。
ズガガガガッガガッガガガガガガガガガガガガッ!! と、マシンガンの連射にも勝るような轟音が響き渡る。
至近距離から直撃すれば人の肉くらい容易に抉り飛ばすであろう連撃。
連続する轟音に、しかし野呂は涼しい顔だ。ぎょろりとした目でセルリアを凝視したまま、顔色一つ変えずに接近してくる。
確実に礫は野呂の身体を叩いているハズなのに、まるで効いている素振りを見せない。
嵐のような跳弾が巻き起こり、オレンジ色の火花が細かく散る。
「セピアちゃん、一人で突っ走らないで! 連携でいくわよ」
「なっっ!」
こんな雑魚一人で充分だと言い張るセピアに、流石のセルリアも焦燥を感じていた。
(まずいわね、これじゃ相手の思うツボだわ~。有効打が与えられないんじゃいくら続けても無駄撃ちにしかならないのに)
本来ならセピアの行動をある程度コントロールできるセルリアだが、今はいつもとは状況が違う。スカーレとシャルトルのいない事を起因とする無意識の不安や焦りが、セピアを半ば自暴自棄にさせてしまっているのだ。
このままでは待っているのは自滅の未来。
ここで合流も出来ずにセルリア達が倒れれば、それはシャルトル達にも響く事になる。
何とかしなければ、と、決意を胸にセルリアは今一度状況を整理する。
(今の私が使える技のほとんどは効果が見られない。セピアちゃんもそれは同じ。防御系の神の力? こちらの攻撃を無効化しているのか、それとも……。ん? あれは、何かしら~?)
セルリアが不自然に思ったのは野呂の身体に当たって跳ね返る跳弾だった。
あれだけの跳弾の嵐の中、地面やら壁やらに一切傷ができていないのは、おかしくはないか?
まるで、セピアの攻撃によって得られるハズの結果が、まだ世界のどこにも表れていないような――
しかし、セルリアは違和感に気が付くのが遅すぎたのかもしれない。
「ほう、ほうほうほうほう。そろそろですかな?」
野呂が言った瞬間。
セルリアの身体のあちこちが、真っ赤な血を噴き出しながら抉れて、裂けた。
「がぁぁぁああああああああああッ!!?」
ハンマーを何度も叩き付けられるような痛みを何倍にも圧縮して凝縮したような密度の濃い痛みが、セルリアの身体を瞬時に蹂躙した。
それは一瞬で彼女の身体から意識を奪い、全てを破壊し尽した。
ばたり、と。
セピアが後ろを振り返った時には全てが終わっていた。
「な……?」
意識の無いセルリアの身体が、電極を指されたカエルの脚のようにびくっびくっ、と跳ねる。
あまりの激痛と多量の出血によって身体が痙攣を起こしているのだ。
何が起こったのか、セピアには咄嗟の判断ができない。姉が絶叫ともに倒れた今、彼女にそんな当たり前の状況判断能力は残っていなかった。
ただ、姉の声を聴きたかった。「心配いらないわ~」と、いつもの場違いなまでに明るい笑顔を見て、安心を手に入れたかった。
どこか現実感を失った世界の中。まるで足が地に付かないような感覚を、地を司るセピアは生まれて初めて経験した。
ふらふらと、おぼつかない足取りで、倒れた姉の元へと歩く。
既にセピアの視界に野呂などという男は映っていない。
倒すべき敵である野呂の存在など、セピアの頭の中から綺麗さっぱり消滅していた。
一歩、一歩と、近づく。
やがてソレがはっきりと見えた。
ソレは、戦場に転がっている死体のような有り様だった。それほどに無惨な姿に成り果てた姉。本当にまだ生きているのか、あれだけの状態でいくら神の能力者が普通の人間より頑丈とは言え、生きていくことができるのか?
ズタズタに裂け、抉れた皮膚は、まるで散弾銃か何かを撃ち込まれたような、そんな壊れ方をしていた。
まるで野呂に向けて放ったセピアの攻撃全てをセルリアが肩代わりしたような、そんな姿だった。
柔らかい身体はズタズタに引き裂かれ、ピンクのぶよぶよした脂肪が所々はみ出している。
かなり無理な力が身体に掛かったのか、腕がありえない方向に捻じ曲がっていた。きっとこれは地面から凄まじい勢いで飛び出してくる岩の杭によるダメージだ。そう理解できてしまう。まるで、自分が姉を、セルリアをここまで傷つけたような、そんな錯覚に陥る。
触れた姉の身体は今もまだ温かく、柔らかくて、けれどいつもと違って嫌にぬめっとしていた。
綺麗な顔が無事な分、この変わり果てた肉塊が姉の物なのだとはっきり認知できてしまった事が悲劇だった。
自分の放った一撃一撃が、どんな風にセルリアを壊していったのか、容易に想像できてしまった。
だから、
だから……
「な、……あぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!?」
理論は分からない。
原因なんて見えてこない。人々がエンジンの仕組みを理解していなくても車を運転する事ができるように、理由は分からなくても、この傷が自分の攻撃によってセルリアに与えられた物なのだと、セピアは気が付いてしまった。
野呂とかいう男がどんな神の力を使ってこの現象を引き起こしたのかは分からない。でも、これをやったのは自分だ。
セルリアがまだ生きているのかどうかすら分からない。けれど、この苦しみを与えたのは紛れもないセピアという少女だ。
例え間接的だったとしても、利用されていたのだとしても、間違いなく自分のせいだ。
真っ赤な血の海の中、感情的に拳を握りしめ慟哭する少女に。
追い打ちを掛けるように現実は冷たく突き刺さる。
ずぶり、と。
あまりにも無感動にセピアの小さなお腹を白刃が貫いた。
「けふっ」
痛みの絶叫すらあがらなかった。
唖然とした、どこか間の抜けた表情のセピアの口元から、命が真っ赤な液体となって流れ落ちる。
何が起きたか分からないというような顔で呆けるセピアの視線がぎちぎちとゆっくり一度下に下がり、そしてお腹から跳び出た刃の切っ先を認めると、壊れた人形のように背後を振り返ろうとした。
が、そこまでだった。
力を失って姉の横に倒れたセピアを眺めて、白刃の持ち主である野呂は蒼白な顔面の口の端を吊り上げて、一人愉悦に浸る。
「楽しい悲鳴でしたよ? お嬢さん。それでは、永く良い旅を。さようなら」
それだけを告げ、それ以外は何の意味も無かったとでも言うかのように、野呂はその場を後にする。
「ワタクシも色々と忙しい身でしてね。申し訳ないのですが、アナタ方に構っている暇はないんですよ」
倒れた二人への興味を完全に消失した野呂は、生死確認さえもしなかった。




