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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第三章 災厄ノ来訪者ト死ノ狂宴
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第二十話 無慈悲に開かれる戦端Ⅲ――神の子を騙りし冒涜者と風纏う天使 

 PM 14:55:25

 limit 1:04:35



 どれもこれもスケールが桁違いだった。

 様々な種類のパンを模した山盛りのクッションに埋もれるように可憐な少女のキャラクターが巨大なハニトー型ベットの上で微笑んでいる。

 彼女の寝室なのだろうか、他にも巨大なバターナイフの姿見や、薄い食パンを重ねて作ったらしいチョコソースで文字の綴られた日記帳などが見て楽しむアイテムとして至る所に配置されていた。

 また部屋に置かれたアイテムのどれもこれもが人間よりも巨大な物ばかりで、それに合わせてか部屋それ自体が異常に大きい。天井まで二十メートル。縦横一辺がそれぞれ五十メートル以上はあるだろう正方形の巨大な部屋は、まるで自分が小人になったか、それとも巨人の国に迷い込んだか錯覚してしまいそうになる。

 とはいえそれらが配置されてるのは部屋の壁際の一部のみ。他の部位はほとんど床が丸出しの状態になっている。

 部屋の床面に敷かれた溝は、トロッコの進むレールだ。レールは部屋を大きく一周回るように配置されており、それがこれまた巨大な扉の先へと続いている。

 この特異な風景から理解できるだろうがこの部屋はただの部屋ではない。アトラクションの一部なのだ。

 食パンで作られたトロッコに乗って、ネバーランド特有の世界観を楽しむライド系アトラクション『妖精マーガリットのパニックブレッド』は小さい子供に大人気のアトラクションだ。


 その本来なら賑やかで楽しげな声で溢れているハズの空間が、今は無情に荒らされ、不気味なまでの静寂に包まれていた。


 部屋の中、天風楓はある一人の人物と対峙していた。


 視線の先にいるその人物。巨大な扉の前に立ちふさがるようにして立っているその少年。

 その人物の事を認識した。ただそれだけの事で、心臓がバクバクと際限なく暴れ出しマラソン直後のような悲鳴をあげる。

 嫌な汗が噴き出し、身体中が異常を訴えているのが分かる。

 意味が分からない。

 なぜこんなにも、身体が震えるのだろう。


 その時抱いた感情を、天風楓の語彙力では言葉にする事ができなかった。

 嫌悪、恐怖、否。もっと根源的で全ての大元となる、生命体としての本能的敗北からくる畏怖のような、対峙する事それ事態を拒絶する感覚。

 戦う前から絶対的な格付けが存在するという厳しい現実に直面し、しかし少女は退くことなどできない。

 柔らかで色素の薄いその肌を、ぎゅっと握り締めるようにつねり、痛みで恐怖を追い出そうとする。

 そこまでして恐怖を押し殺して彼の前に立ちふさがる理由が、楓にはあった。 


「いやぁ、僕ってさぁ、こう見えて戦闘とかからきしダメなんだよね、本当に。うん。それでさ、君たちの中で一番厄介なヤツって言ったらどう考えても君じゃない? うん。タカミンから色々聞いてるよ。干渉レベルAプラスの頂点にして、空間全てを掌握する『風』の操り手。天風楓。……正直、君に好き勝手に暴れ回られるのが一番困るんだよね、うん。『最強の優等生』さん?」


 まるでのっぺりとしたマネキンのような笑顔だった。

 生理的に不愉快な、なんともし難い気味の悪さを周囲に突きつける笑み。

 眼窩に収まった気味の悪い黒が、値踏みするようにこちらを見据えている。

 寄操令示。

 ネバーワールドを占拠し、ゲスト全てを人質に取って理不尽な要求を突き付けてきたテロリスト、その親玉。

 神の子供達(ゴッドチルドレン)と呼称される例外中の例外の化け物であり、ネバーワールドに囚われた人々を救うためには、絶対に誰かが倒さなければならない難敵。

 事実上の最終関門。

 そんなこの戦いにおける最大の鍵を握った男が、天風楓の目の前に佇んでいた。


 ――高見秀人の神の力(ゴッドスキル)によってどこか別の場所に飛ばされた。

 楓がその事実を理解するのに、そう時間は掛からなかった。

 次に携帯が繋がらない事に気が付き、自分の神の力(ゴッドスキル)で周囲の状況を簡単に探り、自分の位置情報を大まかに掴む。

 そして自分の現在地が地図上右下のエリア、『シュガーアイランド』にあるアトラクションの一室である事と、少なくとも付近半径五百メートル以内に楓の仲間の姿が見当たらない事を掴んだのだ。

 予想外の来訪者が楓の元を訪れたのはその直後だった。

 目の前に現れるその瞬間まで、楓の『風の眼』でも捉える事のできなかった、その危険な少年が。


 寄操は楓に向けて微笑みかけている。それなのに、感情の一切見えない漆黒の瞳だけが全くもって笑っていない。

 そんなアンバランスな童顔の少年の問いに、しかし楓は内心の怯えをひた隠して答える。


「干渉レベルSオーバーの人にそんな事言われても、皮肉にしか聞こえないかな。……それに、わたしは別に強くなんかないよ」

「へぇ、じゃあ君は、どうしてそんなにカッコいい顔をして僕の前に立ちふさがっているんだい?」


 昆虫の複眼のように無機質な瞳を輝かせて、寄操は興味深げに楓を見つめる。まるで子供が先生に教えを乞うような、そんな純粋な興味の色を湛えた、純黒の瞳。

 対する楓は、いつもは弱気の色が見え隠れする優しい瞳に決意の色を浮かべて、


「わたしを助けてくれたあの人達が、わたしを助けた事を誇れるようなわたしである為」


 迷わずそう言った。


「『俺達が命を張って助けた女は、こんないい女なんだぜ』って、そう言われるようなわたしでありたい。あの人達が命を懸けた事は、間違いなんかじゃなかったんだって、何年か後にあの人達が胸を張ってそう言えるような、そんなわたしでありたいから。だから、たとえ格上のアナタが相手だろうと、わたしは逃げない。ここで逃げたら、あの人達に合せる顔がないから」


 かつて己の妹を命懸けで助け、その助けた妹から裏切られた一人の少年がいた。裏切られ、見捨てられてなお、その少年は一人の兄として妹の事を思い続けた。


 かつて、とある事件に巻き込まれた少女を心配してくれる一人の少年がいた。その少年は少女から酷い言葉を投げかけられ、傷つけられて、それだというのに最後まで少女の隣に立つことを諦めずに、絶体絶命のピンチに駆けつけて少女を絶望から救ってくれた。

 

 彼らの命懸けの行いが、馬鹿で何の価値もない愚かな行為だったと、そう評されて欲しくない。

 楓自身は自分の事をそう大した人間だとは思っていない。

 弱虫で怖がりで、引っ込み思案の恥ずかしがり屋。その癖一丁前に他人に嫉妬して、何と浅ましい人間だろうと思う。

 けれどもそれではだめなのだ。

 勇麻や他の人達に助けて貰ってばかりの自分のままで良いハズがない。楓だって彼らの支えになりたい。

 役に立ちたいし、これまでの恩だって返したい。

 楓を命懸けで救った彼らが貶められない為に、天風楓は彼らが胸を張って自慢できるような、そんな天風楓にならなければならないのだ。 


 ……いや、本当はそうじゃない。

 きっともっと単純なのだ。


 単純に大好きなあの人達の力になりたい。


 その為に、天風楓は彼らを支えられるだけの強さが欲しいのだ。神の力(ゴッドスキル)などと言う表面上の強さではない。

 もっと、根本的で何よりも大切な物、彼らが持っていたような強さ。 


 すぐには無理なのかもしれない。

 天風楓は泣き虫で弱虫だから。でも、それでも。そうあろうとすることならできる。

 強くある事に挑む続ける資格くらいは誰だって持っている物なのだから。


 ならなければならない、ではない。

 楓自身がそうなりたいと、強く望んでいるのだ。

 それが、その選択こそが。

 天風楓の見つけた、強さへの一つの回答。

 

「あの人達ならきっと、こうすると思うから」


 周囲の空気の流れが、変わった。

 雰囲気は勿論の事、だがそれだけでもない。物理的にも、である。

 楓を優しく包み込むように、停滞していた風がその周囲を流れる。

 大気の流れを通して空間の一部となり、その流れ全てを掌握する感覚。

 屹然きつぜんと、抗いがたい怪物に抗う少女は、己の背中に力を集約しつつ寄操に告げた。

 それは宣戦布告。

 神の子供などとさえ謳われる高位存在に対する、明確な敵対行為。

 かつて神の子供達(ゴッドチルドレン)を騙った天風駆のような偽物ではない。

 正真正銘の化け物に、背中に一対の翼を生やし天使のような姿に変貌した少女は、真正面から立ち向かう。

 

 しかしその化け物は楓の宣戦布告に対して、拍子抜けするような白々しい拍手で応じた。


「うわー、凄いなー。かっこいいなー。惚れそうだなー! 惚れ惚れして感激のあまり泣いちゃいそうだよ! うん。まるで映画の主人公みたいだ。うん。僕は感動した。心を動かされたよ。うん。こんなに清々しい気分になったのは初めてだ。それが君を救ってくれた人達への、君なりの恩返し、という訳なんだね! うん」


 寄操は欠片も感情の籠っていない賞賛の言葉を並べ立てると、一転。

 

「僕だって心ある人間だ。だから君の決意に心を動かされて白旗を上げるのも吝かじゃあないんだけれど、こう見えて僕には僕を信じて付いて来てくれた仲間がいるんだ。うん。やっぱりさ、こんないい話を聞いた直後にその彼らを裏切る訳にはいかないじゃない? うん。だからここは僕も君に倣って、友情パワー? とかなんかそんな感じの物に頼ってみる事にするよ。こんな事をするのは心苦しいけれど。うん。ほら、友達ってヤツは互いの不足を補い合うためにあるんでしょ?」


 まるで棒読みな台詞に楓も表情を曇らせる。

 この男は、口から出る言葉が本心なのか何の心も籠もっていない虚言なのかの判断がつかない。


「……なにが言いたいの?」

「うん? そんなに難しい話をしたかな? まあ単純に僕は君みたいな子と戦いたくないんだ。というか戦わない。だって、直接戦えばきっと負けちゃうしね。うん。あははは、そんな胡散臭い物を見るような目で見ないでよ。傷つくだろ? ……確かに干渉レベルは僕の方が上だけれど、単純な戦闘力なら君の方が遥かに上さ。うん。そもそも干渉レベルなんて物は『世界に干渉する力』を示した単位の一つでしかない。戦闘力まで測れるような、万能な定規ではないのさ。うん。……ってあれ? いつの間にか話が逸れちゃったな」

 

 やけに雄弁な寄操。だが思い返してみれば、この少年は最初からこんなふざけた調子だった。

 よく喋るには喋るのだが、結局、目の前の男の言いたい事がよく伝わってこない。

 困ったように眉を寄せる楓は、交戦の意志が薄いらしい敵を刺激しないようにおそるおそる口を開く。


「戦わないって言うの? な、なら。降参するって意味……?」

 

 どこか様子を窺うような楓の問いを、寄操は面白い冗談を聞いたように笑って一蹴した。


「まさかっ! 始めに言ったろ? 天風楓ちゃん。君に好き勝手に暴れられると迷惑なんだって。うん。だからさ、君には悪いんだけど、時間を稼がせて貰うよ?」


 一体どういう意味? と、口に出しかけた楓の言葉は――次の瞬間視界に飛び込んできた光景によって強制的に塗りつぶされた。


 扉の前に立っていた寄操令示、その背後の巨大な扉が耳障りな開閉音と共に開いた。

 そこから大小様々な手足が次々と伸び、屋内アトラクション内部に踏み込んできたのだ。

 まるで洪水のような物量。しかし侵入してきたそれは、多量の人の群れ。

 そう理解した時には、既に数え切れない人数が部屋の中に入り込んでいた。


「紹介しよう。うん。僕の“お友達”さ。名前はええっと……リサちゃんとかコタロウくんとか、多分そんな感じだから適当に呼んでね。うん」


 つぎつぎとやってくる来訪者達はどんどんとその数を増やし、最終的には巨大な部屋を埋め尽くし、楓の周囲をぐるりと取り囲むような形になっていた。

 

 凄まじい数だった。

 しかし、それにしてもどうしてこんな所に人が?


 普通の状況ならば、このくらいの人だかりはネバーワールドじゃ珍しくもない。

 パークを遊びに訪れた人々が、屋内アトラクションに足を運んだ。平時ならばそれだけで済むだろう。

 だが今は状況が違う。 

 パーク内を訪れた人は皆、人質として監禁され、テロリストである『ユニーク』のメンバーに抗う以外の身の自由を封じられているハズなのに。

 そして抵抗をしいない限りはその身の安全も約束されるハズなのに。

 それがなぜ……。


 とここで、楓の疑念を先回りして封じるように寄操が言った。


「ああ、抵抗せずに部屋にこもってる人には手を出さないって約束を破った訳じゃないよ。うん。僕は約束を守れる人間だ。だから安心してよ。うん。この子達は、“ゲームが始まる前にあらかじめ”僕の方で捕えておいた“お友達”さ。うん。ほら、やっぱり友情パワーってさ、そんな短時間じゃはぐくめない物でしょ?」

 

 酷い屁理屈だった。

 何をどう安心すればいいのか分からず、絶句し混乱する楓。

 それに何より、どこか様子がおかしい。

 目測で軽く数百はいるであろう人の群れ。

 その群れに属する誰もが、明らかに正気を失っているのだ。

 瞳は白目を剥き、だらしなく開いた口からは涎が滴り落ちる。手や首はまるでゾンビのように力無く垂れ下がり、足取りもよたよたと危なっかしい。

 時折頭や顔の中を何かが這いずりまわっているかのように、血管が不気味に脈動し、顔の形が不自然に歪

む。

 そして時折その口から漏れる苦しげな呻き声が、楓の胸を締め付ける。

 大人も老人も、小さな子供もいる。中にはこの騒動でケガをしたのか、応急処置もされていないケガ人や、体の不自由な人。果てにはお腹の膨れた妊婦と思わしき人までいる。

 人としての尊厳なんて、ひとかけらも気にかけられてはいない、生きた屍たち。

 寄操に対して漠然と恐怖に近い感情を感じていた楓の胸に、ぽつりと、絶対に許せないという怒りの念が浮かんだ。


 ……酷い。

 理屈や原理などは分からない。 

 ただ一つ確かなのはこの場にいる人達は、やりたくもない事を寄操令示によって無理やりにやらされているという事。

 確かに湧き上がる怒りを抑え、天風楓は笑顔の少年を睨みつける。


「……アナタ、この人達に一体何をしたの?」

「トモダチになってって、そう頼んだだけさ。僕は何もしていないよ。うん。こう見えて僕はとってもか弱いんだぜ? 蚊のように惨めで弱い僕には、何もできないよ。……ただそうだなぁ、君はハリガネムシって知ってるかい? うん。カマキリを踏みつぶすと腹から出てくる、文字通り針金みたいに細長くて気持ちの悪い寄生虫なんだけどさぁ?」


 無邪気なまでの悪意無き笑み。まるで親か兄妹かに、自分のうんちくを披露するかのような、そんな声色だった。

 場違いで空気を読めていない言動が、寄操令示の異端さを際立たせている。

 そして楓には彼の言葉の意味に心当たりがあった。

 アリシアの『天智の書』に書かれていた寄操令示の神の力(ゴッドスキル)、それは……。


「アナタ、まさか……ッ!」

「その反応、僕の神の力(ゴッドスキル)が何なのかを知っているのかな? うん。まあいいや、多分君の予想は正しいよ。簡単に言うと、彼らの頭の中に寄生虫を埋め込んで、生きたまま脳みそをちょろっと操っているだけさ。うん。理性自体は残してたハズなんだけど、自分の意志に逆らって勝手に身体が動く感覚に心が耐えられなかったのか、みんな発狂しちゃったけどね。うん。脳から発せられる信号に身体は逆らえないから、仕方がないのにね」


 『冒涜の創造主プラスハディア・クレアトール』。

 干渉レベルSオーバーを誇るその神の力(ゴッドスキル)の効力は、魂と生命の創造。

 つまり、寄操令示は自由自在に“虫”を造り出し操る事ができるのだ。

 無から有を生みだし、命を弄ぶその力は神への冒涜に他ならない。

 なるほど、確かに寄操の言う通り。“世界に干渉する力”としては最大級の物を持っているだろう。命そのものを司るなんて、尋常な事ではない。

 文字通り、神業であり世界を左右する程の力なのだから。

 そんな巨大な力が、こんな人間の手に渡ってしまった事が悲劇以外の何物でもなかった。

 そしてその人の身には余る強大な力によって造られた光景が目の前にある。

 

 天風楓は気が付かぬうちに寄操令示の造り上げるグロテスクな世界に足を踏み込んでいたのだ。


「酷い……」


 口元に手を当て、思わず悲壮な声を零す。

 一体、どんな気持ちだったんだろうか。意識のあるままに己の脳みそが気持ちの悪い虫によって蝕まれて犯され、自分の身体が自分の言う事を聞かなくなっていく様は。

 まるでガン細胞が健常な細胞を犯していくように、脳みそを通じて気持ちの悪い虫が血管を伝って身体中を這いずり回り、好き勝手に侵されていく感覚は。

 想像したくもない事を想像してしまい、胃のあたりから何かが喉元にせりあがってくるのを感じた。

 うえっ、とえづき、ぐっと口に手を当てたまま堪えるも、口の中に一瞬で酸っぱさが広がった。


 しかし寄操はそれこそ理解ができないと言った風に、ぎちぎちと首を傾げていた。

 あともう一押しでぽきりと折れるんではないかという首の角度で、


「酷い? これ以上ないくらいに丁重な扱いだと思うけど? うん。生かしたまま自我も意識も奪わないで、身体だけ借りるなんて、僕の人形トモダチとしてはかなり優遇されてると思うんだけどなー。うん」 


 根本的に価値観が違う。

 楓は絶句するほかなかった。

 おそらく寄操令示は本気で彼らの扱いを丁寧で優遇された物だと信じている。そこに悪意や嫌がらせのような邪心を読み取る事ができないことが、他の何よりも楓は恐ろしかった。

 寄操令示と天風楓。

 今現在同じ場所に立っている両者の見ている景色は、決定的なまでに違っていた。

  

「アナタ、おかしいよ……。こんなの、間違ってるよ、絶対に」

「うん。別に僕が間違っていようがいまいがそんなのは何だって構わないんだけどさ、うん。僕の人形トモダチまで全否定されるような事を言われちゃうと、流石に頭に来るんだよね。うん。でも僕ってこれでも他人に優しくて器の大きな人間って事で『ユニーク』じゃ通っててさ。うん。だから、今頭を下げて謝るのなら許してあげるけど?」


 ぞくりとする視線が注がれ、本能的に身を竦めたくなる衝動に駆られる。

 逆らい難い圧力。

 干渉レベルSオーバーという、人智を超えた存在の持つ独特のオーラのような物が、所詮は規定内の優等生に過ぎない天風楓に襲いかかる。

 

 けれど、天風楓はそれらの衝動を跳ね除け迷わず即答した。


「──謝らない」

「なに? 何て言ったの? よく聞こえなかったから大きな声でもう一回言ってくれないかな?」


 何度だって言える。


「謝るべきはわたしじゃない。……赦しを請うのは──アナタだ」

「……そうかい。うん。分かったよ。君の選択を尊重しよう。うん。そんなにお望みとあらば、僕の自慢の虫と人形トモダチの織り成す人形演舞パペットダンスにお付き合い願おうかな! うん」


 寄操の声を合図に無数の人間が全方位から楓目掛けて襲い掛かる。


「せっかくだ。面白くなるように一つルールを決めよう。そうだね──今から三十分。君が彼らの攻撃を耐える事が出来たなら、彼らを僕の虫の支配から解放する事を約束してあげてもいいよ。うん」


 線の細い一人の少女を押しつぶす為に迫る人の波という異常な光景が眼前一杯に広がる。

 それを。 


「――単純な物量でわたしを圧倒できると本気で思ってるの?」


 一人の少女を中心として巻き起こった風が、迫りくる全てを吹き飛ばした。

 しかもそれだけではない。吹き飛ばした人達がケガをする事のないように、落下する寸前で優しく風のクッションで受け止めている。

 思いやりに溢れた優しい風が、襲い掛かっては吹き飛ばされる人々を次々と受け止める。

 楓に襲い掛かってくる彼らは敵なんかじゃない。

 この人達だって、寄操令示の被害者なのだ。身体の中に虫を埋め込まれ、やりたくもない事を強制され、正気を失ってしまった人達。

 こちらの都合で一方的に傷つけるなど、あってはならないのだ。


「約束、忘れないでよね」

 

 それを見た寄操が、素直に感心したような声をあげた。


「へぇ、やっぱり凄いな。うん。『最強の優等生』の名は伊達じゃないって事か」


 でも、と一度言葉を置いて、


「その優しさが命とりになる事もあると思うんだよね。うん」 


 パチンと指を鳴らす。

 ただそれだけで第二次攻撃の波が、たった一人の少女を押し潰すべく迫りくる。 

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