第十七話 迷い道の進軍Ⅱ――裏切り者の進軍
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翳した指の隙間から漏れる光に目を焼かれるような、そんな感覚を覚えた。
陽射しが強い。
まだ真昼間だと言うのに辺りには人っ子一人見当たらず、夏休み真っ盛りのネバーワールドは不気味な静寂に包まれていた。
ぱちぱちと炎の弾ける音が時折耳に入り、今自分たちのいるこの場所が非日常である事を嫌でも再確認させられる。
至る所から死の匂いが立ち込め、鼻孔を撫でる。
だからと言って、その程度で顔色を変えるような彼女らではない。
幾度となく戦場を駆け抜けてきた彼女らにとっては慣れ親しんだ感覚だったからだ。懐かしいとさえ言える、血と絶望のこびり付いたクソッタレな戦場の匂いだ。
「――ル、おいシャルトル! テメェ聞いてんのか!?」
「んですかうっさいなぁー。はいはい聞いてます聞いてますよぉー。何でしたっけ? スカーレのみっともない髪の毛をイメチェンを兼ねて緑色に染め直すって話でしたっけ?」
「そんな話一瞬たりとも出てねえよ!! やっぱり全っ然人の話聞いてないだろ!」
「人に話を貰いたかったら話を聞く価値のある人間になる事から始めてくださいよ、スカーレ。はい、じゃあまずは簡単な二足歩行の練習からぁー。はい、ワンツーワンツー」
「アタシは元来二足歩行だ馬鹿シャルトル! それとも何か、テメェの目にはアタシがオオカミか何かにでも見えるってのか?」
「見える見えない以前に、鬱陶しいからあんまり見たくないです。あとオオカミとかちょっとカッコいい系の動物に例えてくるとことか腹立たしいからやめてください自意識過剰さん」
「テんメェ……ッ!!」
今シャルトル達が向っているのはパーク内北東側(地図上右上)の『メープルマウンテン』という名前のエリアだ。
著しく緊張感に欠ける両名だが、これでも彼女らは戦場の真っただ中にいて、なおかつ、絶体絶命の状況を打破する為にかなりの速度で移動中であったりする。
走りながら大声を上げても全く息が乱れていないのは地味にすごいのかもしれないが、些かというかかなり緊張感に欠ける。
いつも通りの自然体といえば聞こえはいいかもしれないけれど、それにしたってもう少しなんとかならなかったものか。
「こら、二人ともそろそろいい加減にしなさい。これは遊びじゃないのよ?」
めずらしく真剣なトーンでの注意がセルリアから飛ぶ。ようやくセルリアの頭が真面目なモードに切り替わったのだろう。
……最初の爆発があってから大分時間が経っているので遅すぎるくらいだが、セルリアにしては早い方だというのだから恐ろしい。
「シャルトルちゃんもダメよ~。スカーレちゃんの話、全然聞いてなかったでしょ~?」
「ちゃんと大事なとこは聞いてましたよぉー? 要するに、私達が面倒事を押し付けられたって話でしょ?」
肩を竦めて、適当に嘯くシャルトル。
その、とことんどうでも良さそうな態度にスカーレは溜め息を吐いて、
「あのなシャルトル。お前、いくらなんでもやる気無さすぎだろ……」
「だってぇー、つまんないじゃないですかぁー。なんで私達天下の背神の騎士団が害虫駆除に繰り出されなきゃいけないんですかぁー」
「今更んな事言ったって仕方ねえだろ。もう決まっちまったんだからよ。そりゃ、アタシだってムカつくテロリスト共をぶちのめしたかったけどさ、アタシらの役目も重要なんだし、決まった以上やるしかねえだろうがよ」
ぶぅー、とシャルトルは不満げな表情を浮かべて、
「納得いかなーい。やる気でなーい。つまんなーい」
そんな風に子供のように駄々をこねるシャルトルを見てセピアがニヤリと笑い、
「……な」
ボソリと、そう呟いた。
即座に反応したのはセルリアだった。
「……なるほど~、セピアちゃんよく気が付いたわね~。シャルトルちゃんてば、東条勇麻と別行動する事になっちゃったからやる気がなくなってしまったのね~」
「……ぶふっ!!?」
「あー、そういう事かぁ。なるほどね。納得がいかないってのは、折角合流できた東条勇麻と一緒に行動できないのが不満だから言ってたのかぁ。へぇ、そうかそうかー」
反撃の起点を見つけたスカーレがここぞとばかりに嫌らしい笑みを浮かべて畳み掛ける。
さっきは変に遠慮してしまったせいで、シャルトルへの反撃のタイミングを失うどころか流れ弾が被弾したスカーレに、もう遠慮も容赦も無い。
「そうかそうか。じゃあこのスカーレ様が連絡とってやるから、今からシャルトルだけ東条勇麻のトコに行ってもらうか。そっちの方がやる気が出るって言うんなら、仕方ねえよな?」
スカーレはおもむろにスマホを取り出すと、
ゆっくりと、まるでシャルトルをいたぶるように番号を押していく。
口を開けたまま真っ赤になってプルプルと震えていたシャルトルが、ついに耐えきれなくなって爆発した。
ぐるぐると目を回しながら早口で、
「いいい意味が分かんないし! 別に私は、単に強いヤツ相手に大暴れしてやりたかっただけですから! ここでなんで東条勇麻が出てくるのかさっぱりです! ……す、スカーレの馬鹿! ああもう! そんな目で見るなぁああああ!!」
ニヤニヤと、粘り付くような周りの視線に耐えかねたシャルトルは半ばヤケクソ気味に、
「ああもう! 分かった分かりましたよ!! やる気だせばいいんでしょ、出せば! やってやろうじゃないですかぁ! 害虫駆除だろうがゴキブリ退治だろうが、ドンときやがれってんです!」
煽る事に慣れてる反面、集中砲火を喰らう事への耐性が低いシャルトル。
セルリアが可愛いペットかオモチャでも見るような瞳を向けている事にすら気が付かず、シャルトルは顔を真っ赤にして叫びながら三人の前を進む。
東条勇麻たちとの情報の共有は、シャルトル達にとって正直なところかなり有益な物だった。
もとよりプライベートで遊びに来ていた彼女達にとって『ユニーク』と名乗るテロリストは全くもって未知の存在だったからだ。
勿論仮に情報が無かったとしても、四人で乗り込めばそう簡単に負ける事はないだろう。
それでも相手の情報を知っているのと知らないのとでは、被害の出方に雲泥の差が付く。
ユニークの連中はアリシアの持つ神器『天智の書』によって丸裸にされたも同然だ。
同然なのだが……。
「連中の神の力……。ほとんど詳細不明って、どういう事なんですかね。スペックシートにも超簡単な事しか載ってないですし、これじゃあ対策立てようがないじゃないですか」
「あん? どういうって、そりゃ……珍しい神の力なんじゃねえの? まだ研究が進んでいないような。『ユニーク』なんて名乗ってる連中だしな。ほら、アタシらの神の力だって、詳しい事は分かってないんだろ?」
シャルトル達四姉妹の持つ『始祖四元素』もかなり特殊な神の力だ。
炎や風など、操っている属性からしてメジャーな神の力だと誤解されがちではあるが、そういった普遍的な力とは根本的な所が異なっているのだ。
おそらくは同一の力を持つ者はいないであろうレベルで。
「私達と一緒、ね。という事は案外、『唯一無二』って事かもしれないわね~」
「ん? ごめん、セルリア姉。どういう意味だかさっぱりわかんないんだけど……」
眉根を寄せ首を傾げるスカーレに、本来の調子を取り戻したシャルトルが言う。
「ほら、研究者の連中も言ってたじゃないですかぁー。私達の神の力が特殊すぎて分類不能だからとかいう理由で『唯一無二』だのなんだのって。てっきりその場での思いつきを適当に言ってるのかと思ってましたけど、案外スラングとして研究者達の間では浸透してるんですかねぇー」
「……なっ」
「センスがないって? それを言っちゃお終いでしょーよぉー」
適当にため息を吐きつつ、シャルトルは少し視線を鋭くする。
「それにしても高見秀人、ですか」
「アイツらに言わなくて良かったのか?」
「そういうスカーレだって言わなかったじゃないですかぁー」
シャルトルの反論に、返す言葉もありませんと目を瞑って肩を竦めるスカーレ。
シャルトルは翠の瞳に、推し量る事のできないような複雑な感情の色を浮かべて、
「……何を考えてるか分からない男です、油断だけはしないようにしましょう。奴がユニーク側に付くと言うのなら、最悪──殺してでも止めます。それが、私たちの役目ってヤツなのでしょう」
後半、重々しく告げた言葉がシャルトル達の心に重くのしかかる。
だがそれでも、シャルトルは言い切った。
倒すではなく、殺す、と。はぐらかすのではなく、明確に。
そこには、言語化できない覚悟のような物が確かにあった。
「まあ、そうならない事を祈るしかないわね~。彼を殺してしまったら、きっと恨まれてしまうのだろうし」
恨まれる、とはきっと東条勇麻たちの事を指して言っているのだろう。
高見秀人を――友達を殺されたら、きっと彼らは黙ってはいないだろう。
それこそ、決定的な決別が訪れるかもしれない。
彼らは裏切られてなお、高見秀人の事を信じて――いや、信じようとしている。
なよなよといつまでも都合の良い過去に縋って、往生際が悪いと言えばそれまでだが、そこまでして他者を信じようと思える心が、シャルトルは少しばかり羨ましい。
それは基本的に自分たち本位でしか物事を考える事の無いシャルトル達四姉妹にはない物だ。
「とか何とか言っているうちに、目的地さんが見えてきましたよ」
言葉の通り、シャルトル達の目の前には今現在の目的地である『メープルマウンテン』が聳え立っている。
天界の箱庭の技術力で作った人工の山で、三〇分に一度、火口から噴火という形でメープルシロップが噴き出すようになっている。
そういったふざけた所を除けば、人工物とは思えないそれなりに堂々とした容姿の山だ。
メープルマウンテン内部には人気ライド系アトラクションである『メープル・ザ・ラビリンス』がある。ゲストは地底船を模したモグラの鼻のようなドリルのついた車体に乗り込み、『幻のメープルの泉』を求め、メープルマウンテン内部を探索する。途中クリーチャーと遭遇しつつも、命からがら高速移動によってメープルマウンテン内部から脱出する、と言った内容である。
ネバーワールドの目玉アトラクションの一つと言うだけあって、中はかなり広い。
そしてここに、シャルトル達の目的の物がある可能性が高いのだ。
「天智の書も便利ね~。こんな事まで分かってしまうなんて」
「いや、あれは単にアリシアのスペックが高いんじゃねえか?」
アリシアが高スペックだというのはスカーレの見解だ。
確かに『天智の書』はかなり強力な神器だ。
およそ情報収集の分野で、あれ以上の活躍ができる物はきっとこの世に存在しないだろう。
しかし、あの神器が契約者に与えてくれるのはあくまで純粋な知識その物だ。
その情報や知識を、解析分析し、戦術や戦略へ練り込む所まで昇華させるのは契約者の技量なのである。
その点、あのアリシアという少女は完璧に天智の書を使いこなしていると言えるだろう。
なにせ、寄操令示に関する様々なデータを集計、分析し、寄操の行動パターンから心理状況、ある程度の思考パターンまでも丸裸にして見せたのだから。
「な」
「いやいや、セピア。胸はわたしの方が勝ってるとか、そういう話じゃねえから。てか、その辺りのスペックだってアイツとお前じゃ大して変わんね……っていでッ! おいセピアいきなり脛蹴るなよ!」
「なっ」
どうやらセピアとしてはそこだけは譲れないらしい。
ふん、とそっぽを向き、かなり気にした様子で己の断崖絶壁をぺたぺたと確かめるように触っている。
「っな……」
揉めば大きくなるハズ……と不機嫌げに言われても、揉める程の量が無いのではどうしようもないと思うのだが……。
と、セピア以外の誰もが思ったが、そんな事を言えばまた蹴られるのは確実なので、それ以上は誰も何も言おうとしなかった。
「でもアリシアの予測の通りの場所にいたとしたら、拍子抜けもイイとこですよねぇー。なにせ、ソレさえぶっ壊しちまえば、もうあのテロリストどもの言いなりになる理由が丸ごと消えちまう訳ですもん」
あんまり早く終わっても欲求不満ですぅー、とぶーたれるシャルトルにセルリアが笑って。
「そこはポジティブに考えましょうシャルトルちゃん。無駄に一般人を巻き込む可能性がなくなれば、あとは何を気にする事なく全力で戦えるのよ~?」
「ほうほう、確かにそれは魅力的ですねぇー。けどどうせなら殺し合いが本格的に始まる前に厄介事は片づけたい物です」
「まあ、何にしてもこのスカーレ様が全部燃やし尽くしてやるだけだ。さっさとお仕事終わらせて、アタシらも戦争のお残り物にがっつかせて頂くとしようぜ」
「そうね~。『起爆虫』、なんて物騒な物にはさっさとご退場頂きましょうか。アリシアちゃんの予測が正しければ此処に『ホスト』がいるのだから」
ユニークのメンツのほとんどが、そのスペックシートに詳細不明の文字を連ねる中、寄操令示だけはまともなデータが揃っていた。
途中で理解不能と研究を放棄された彼らとは違い、神の子供達として上層部に直接管理、研究される事になった寄操のデータはかなり丁寧に取られていたのだろう。
まず一つ判明した事が寄操の神の力。
『冒涜の創造主』。
細かい論理や仕組みは専門知識の無いシャルトル達には理解できなかったが、あの気持ちの悪い半透明の虫達を創造し、操っているのが寄操令示だという事。
そして彼らの言う『起爆虫』という名前の物騒な虫もまた、寄操が操っている虫の一種であるという事だ。
無から有。
人間による生命の創造。
まさに神をも恐れぬ所業であるが、それが本当に可能なのかどうか、事実なのかどうかもこの際重要ではない。既に数多の虫達がネバーワールドを覆い尽くしているような状態なのだ。肝心なのは、敵の駒である大量の虫達の存在が今も健在であるという事実だけ。
それに、発生源がどこの誰だろうと遅かれ早かれ叩き潰す事に違いはない。
ここでシャルトル達が気にすべきは、寄操令示が一度に直接操れる虫の数には制限があると言う事だ。
若干傾斜が出てきた道を進み、巨大な洞窟の入り口をくぐる。
メープルマウンテンの入り口はパッと見本物の洞窟のようになっているが、そこはあくまでアトラクション。ごつごつした壁面や所々から滲み出るメープルシロップなど、それらしい雰囲気を出す演出はしっかりしているが、内部にもしっかりと灯りが灯っていて視界に困る事はない。
メープルマウンテン内部の侵入には成功、未だ妨害を受ける気配もない。
囮役を買って出た東条勇麻たちが上手くやってくれているのかもしれない。
とは言え、目的地はここではない。
シャルトル達が目指すのはあくまで山頂付近。最初は山の岸壁を登る案も出されたのだが、目立ちすぎる為に却下された。
メープルマウンテンの山頂へと登る道は本来存在しないが、アトラクション内部を進めば到達できる。
場所が場所だけに一般の通路を通っていたらたどり着けるような場所ではない。
「天智の書が引っ張り出したスペックシートによれば、寄操令示が一度に直接操れる虫の数は五〇〇匹。それに比べ、起爆虫の数は二五二〇。明らかに容量オーバーだ」
「でもそれあくまで直接操る場合の数。複雑な命令を聞く事はできないけれど、あらかじめ簡単ないくつかの命令をプログラミングした虫ならいくらでも作れる。……とかいう話でしたっけぇー?」
寄操の造り出す虫にはいくつかのタイプが存在する。
自身で状況を判断する思考能力を持ちながら、寄操からの指示を受けて複雑な命令までこなす事の可能なタイプA。
複雑な命令を理解、実行する事はできないが、あらかじめプログラミングされた命令に従って自律行動するタイプB。
複雑な命令も、自律行動も出来ず、ある特定の信号に従ってその機能を発動するだけのタイプC。
大きく分けてこの三つの虫が存在する。
「アリシアちゃんの予想によると起爆虫はタイプC。つまり、タイムアップと同時に、起爆虫に爆破の命令信号が飛ばされ、爆発するっていう事ね~」
「でもそうすると、寄操令示には一度に操れる数に制限がある以上、一度に二五二〇匹もの虫に信号を飛ばす事なんてできっこねえ」
「ならどうするか、話は簡単です。末端にあたる“起爆虫”を操る『ホストコンピューター的な役割を持たせたタイプAの虫』を一匹用意してソイツを寄操令示が操れば片が付きます」
「なんだかリモコンを操作するリモコンみたいな話ね~。あら。そういえば、いちいち回りくどくて面倒臭い所とか、まるでシャルトルちゃんそっくりじゃない~?」
「いちいち私で例えないでください!」
「まあ要するに、『ホスト』は寄操の指示を物理的に増量して届ける中継スポットみたいなモンか。……寄操が二五二〇匹なんて膨大な数にいちいち指示を飛ばす必要なんざねえ。その『ホスト』役の一匹に支持を出せば、あとはソイツが勝手に爆破の信号を“起爆虫”達に飛ばしてくれる。寄操は社長室の豪勢な肘かけ椅子の上で踏ん反り返っていればいいって寸法だ」
ならシャルトル達はどうするか。
答えは簡単だ。
「つまり、この『ホスト』の役割を与えられた虫をぶっ潰しちまえば、それだけでネバーワールドの爆破を阻止する事ができるって訳だ。爆弾の導火線を切っちまうようなモンだな。表で派手に暴れるのもいいが、裏で人知れず暗躍するってのも、正義側に立つスカーレ様としては中々に燃える役割じゃんかよ。なんか、ニンジャみたいでちょっとカッコいいしな!」
「爆破を阻止できれば状況はこちらが大きく有利になります。人質の安全を確保できるタイミングが一瞬でもあれば、外部からの援軍も呼び寄せやすくなりますしねぇー。まっ、せっかくやるんですしぃ。オイシイ所、全部裏から掻っ攫ってやりましょうかぁー」
アリシアの読みが正しければ、その『ホスト』の役割を与えられたタイプAの虫が、このメープルマウンテンの山頂付近にいるのだと言う。
東条勇麻たちができるだけ派手に戦い相手の注目を引きつけ、その間に虫の方を潰すのがシャルトル達の今回の仕事だ。
セピアがトテトテと小走りしながら先頭に出ると、当たり前のような顔で関係者以外立ち入り禁止のロープを飛び越え、禁止区画へと入っていく。
三人もそれに続く。
本来ならアトラクションの車体が進むようなコースを、彼女達は足元も見ずにすいすい進んでいく。
「なんにしても、天智の書ってやっぱりチート性能よね~。戦う前から相手についてここまで調べられるなんて、はっきり言って反則だわ~」
「まあ、その反則使って罪なき人々を救い出そうって言ってんですから、神様だってお怒りにはならないでしょうよ。いわば公認チートですよ。公認チート」
時折緊張感もくそもない会話を交えつつ、四人は順調に進んでいった。
セピアなど、ぶかぶかのロングコートのポケットから取り出したアメ玉を空中に放り投げ、口でキャッチする遊びを飽きる事無く繰り返している。
沢山アメ玉を詰め込みすぎた結果リスみたいにほっぺたを膨らませてから、じゃりじゃりがりッ! っとそれを一気に噛み砕く音が響いた。
シャルトルにスカーレ、それセピアとセルリアも、アトラクション内部の豪華な飾りつけや、終盤にかけて配置されている独特の形をしたクリーチャー達を見て楽しむ余裕すらあった程だ。
まだ電気が通っているのか、電子制御のクリーチャー達が動いたり咆哮を上げるたびにいちいち四姉妹達から歓声が上がった。
☆ ☆ ☆ ☆
PM 14:28:33
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しばらく歩き、少し開けた場所に出る。
不意に先頭を歩くセルリアがその足を止めた。
否、セルリア含め四人全員が何かを察知した。
……目で見て分かるような明確な変化がある訳ではない。
ただ、これまでの経験と勘が、危険信号を発しているのだ。
場に漂う空気が違う。
何かが──いる。
何か、重要なスイッチが明確に切り替わっていくような感覚がヒヤリと肌を撫でていく。
ゴクリと、誰となく唾を飲み込む音。セルリアが無言で背後を振り向きもせずに鋭く片手を上げる。
たったそれだけの動作で、他の三人が瞬時に意識のギアを一段階切り替える。
短くセルリアが名前を呼んだ。
「セピアちゃん、スカーレちゃん」
それだけで意志の疎通は十分だった。
セピアが意識を集中させるように目を瞑り屈み込むと、右の掌で優しく撫でるように地面に触れた。
スカーレも同様だった。静かに意識を研ぎ澄ますと、セピアと同じように瞳を閉じて集中力を高める。
そして一〇秒後、
地面に伝わる振動と、熱源から敵の存在を探知したセピアとスカーレが二人同時に叫んだ。
「ンな!」
「前方、距離十五! 数は一!」
「シャルトルちゃん」
「了解ッ……しっましたぁー! おらぁーっ! ぶっ潰れろぉー!!」
先手必勝。
まるでセルリアからの指示が来るのを分かっていたかのように、シャルトルの腕全体が瞬時に風に包まれる。
力任せに振り回すと同時、腕の軌道をなぞるように生じた複数の真空弾が息つく暇もなく連続的に放たれる。
点ではなく、面を覆い尽くすような複数の弾道。
指示から攻撃まで、タイムラグほぼゼロの完璧な迎撃が、凄まじい勢いで指定の座標に殺到する。
轟ッ! という音。
着弾した真空弾の衝撃にアトラクションの一部が崩れ、腹の底に響くような轟音がアトラクション全体を揺らした。
埃が舞い上がり視界が遮られる。標的がどうなったのか、これでは確認できない。
「うわっ……テッメ、シャルトル! ちょっとは考えて撃ちやがれ! このスカーレ様の立ってる場所まで崩落したらどうすんだよ!」
「平気ですよ。私がセルリア姉ちゃんとセピアの事を助けますしぃー」
「なるほどなお前が助けるんだったら……っておいアタシは!?」
「二人とも、まだ終わってないわ~。無駄口叩かないの」
セルリアの言葉の通り、前方からこちらに向かってくるゆったりとした足音が聞える。
かこん。かこん。
ゆるやかで、余裕さえ感じさせる規則的な音の響きは、四人に息が詰まるような緊張感を植え付ける。
かこん。かこん。
足音の主は、己の存在を隠す事もなくむしろ周囲に喧伝するかのように堂々と音を鳴らし続ける。
その余りにも不用心な行動に、シャルトルは眉を顰めた。
舞い上がった埃が視界を覆ったタイミングで姿をくらまそうと思えば、いくらでもできたハズだ。
仕留めたとシャルトル達に思い込ませ、油断したところを奇襲したり、いくらでもやりようはあっただろう。
もっとも、スカーレの熱源探知やセピアの振動探知をくぐり抜ける事ができたかは微妙な所だが。
だが仮に、襲撃者がこちらの手札を知っていたら?
この距離で身を隠す事が無意味だと、知っているとしたら。
だとしたら、隠れる事もせずに堂々と姿を晒す事にも一応の納得がいく。
「もしくは、よっぽど自分の強さに自信がある馬鹿か、ってところですかねぇ」
前者の場合、それが誰であるかの予想はついている。
そしてシャルトルの予想を、その襲撃者は裏切らなかった。
「よぉ、お久しぶりだな四姉妹。ちょっと前の北ブロック支部防衛線以来か?」
背の低い、猿っぽい顔をした男だった。
細められた目、短めに切り揃えられた髪の毛。
見慣れた顔だった。
シャルトル達のよく知る人物だった。
下手をすれば、勇麻達よりも目の前の男との付き合いが長い可能性すらある。
彼らは家族同然の絆で結ばれているハズだった。
それなのに。
「悪いけど、ここから先にはちょっとばっかし通してやる事はできねえぜい。関係者以外立ち入り禁止ってヤツだ」
「……高見秀人。よくのうのうとアタシらの前に顔出せたな、テメェ」
「へへ、そんな露骨に嫌そうな顔すんなって、そんなに俺っちを悦ばせたいのか?」
「チッ、変態が……」
ゴミを見るような冷たい目で吐き捨てるスカーレに高見は楽しげだ。
「話には聞いていましたが、こうして実際に目の当たりにすると、改めて衝撃を覚える物なんですねぇー。目の前の光景をこの目で直視して、ようやく現実として受けとめた自分のおめでたい頭に驚きです。心のどこかで、きっとまだアナタを信じていたのでしょう」
「そりゃどうも。サプライズが成功したのなら俺っちも満足だ。女の子に喜んでもらえて光栄だよ」
「相変わらずの減らず口ですねぇー。ま、私はアナタのそういう所、別に嫌いじゃありませんでしたよ?」
「あら? そりゃ意外。ここにきて俺っち人生初のモテ期到来か!?」
くだらない事を言い合いながらも、標的に勘付かれないように、ひそかにシャルトルは掌に力を込める。
間合いを調整するかのように、一歩、また一歩と後ろへ。
この男の恐ろしさはシャルトル達もよく知っている。
長期戦は不利だ。まだ相手が本気を出さないうちに一気に畳み掛けて決める。
シャルトルはチラリとスカーレの方を見る。
アイコンタクトだけで意志の疎通をはかり、そして、
誰よりも先に動いたのは、高見秀人だった。
「な!?」
「!?」
四人の中間地点に割り込むように突如、高見の姿が視界に出現する。
「チッ、“今回は”空間移動かよ!?」
驚愕の色を浮かべる四姉妹を無視して、高見が素早い挙動で腰を落とし地面に突いた左手を軸にコンパスのように回転。
円運動で四人全員に足払いを掛ける。
素早い挙動にかろうじでスカーレとシャルトルが短い跳躍で対応。
反応速度で劣るセピアとセルリアは足払いを諸に受けてバランスを崩し、地面に倒れ込む。
しかし高見が狙っていたのは、むしろ高見の不意打ちに反応した二人だった。
足払いの直後、すぐさま空間移動を発動。
跳躍直後の空中で無防備な姿を晒すスカーレの背後に回ると、背中目掛けて痛烈な中段蹴りを放つ。
「うぐ……っ!?」
背中からの強い衝撃にスカーレの息が詰まり、そのまま繰り出される高見のニ撃目が彼女の身体をシャルトル目掛けてはじき飛ばした。
が、風を操り空中で既に体制を立て直していたシャルトルは、左に身体をずらして飛んでくる妹の身体を難なく回避。
後方で愉快な騒音と蛙の潰れるような無様な悲鳴が聞こえ、唸るような喚き声。ついでシャルトルの行動を糾弾する声が響いた。
「……て、シャルトル! お前なんで受け止めねえで避けるんだよ! 痛えじゃねえか!」
後ろの騒がしい声を、シャルトルは無視した。
腕を振り切った直後の高見はすぐさま次の行動には移れない。
完全な無防備。
いける。
この距離は、完全にシャルトルの間合いだ。
シャルトルはそんな確信にも似た感情に従い、神の力を発動。
高見の首を狙って、鞭のようにしなる不可視の風の一刀が、亜音速でもって繰り出される。
「おお、怖!?」
高見の身体が再び掻き消え、身代わりに直撃を受ける事となったアトラクションの内壁が凄まじい音と共に粉微塵に砕け散る。
高見の姿が、シャルトル達の正面五メートルほど先に再出現。
それを予測していたかのように、無数の水の槍と全てを焼き尽くす巨大な炎の渦が殺到する。
水の槍が容易く鉄を引き裂き、凶暴な炎熱の塊が触れた物全てをドロリとオレンジ色に溶かし尽くす。
しかし高見はこれすらも連続での転移で躱し、空中――シャルトルの頭上に自らの身体を投げ出すと、そのまま落下の勢いを上乗せした強烈なかかと落としをシャルトルの脳天にお見舞いした。
激痛。
ついで視界が揺れ頭の中で星が弾けたような錯覚。
口からクラッカーを詰め込んで、紐を引いたらこんな風になるかもしれない。そんな考えが現実逃避気味に頭によぎる。
身体の平衡感覚を完全に失い、シャルトルは前のめりに地面に倒れ込んだ。
高見は疲れたように息を吐いて、
「まだ慣れないってのに……、頭痛くなるからあんまし連続で使わせるなっての」
しかし高見が地に足を着けたその瞬間だった。
「!?」
高見の足の裏が床に触れた瞬間。アトラクションの床が盛り上がり粘土のように形を変え、意志を持つかのような動きで高見の足首に噛みついたのだ。
続いて天井、壁、さらに床が次々とひとりでにうねり、盛り上がって、生き物のように高見の全身に噛み付き始める。
あっとういう間に高見の両腕両脚は、アトラクションの床や壁によって拘束されてしまう。
壁と壁の間に挟まれるような圧迫。予想外の痛みに、高見の顔が歪む。
「へぇ、セピアの仕業か……っ!」
視線の先、ニヤリと無言で笑う黒髪パッツン少女を見て、高見が場違いにも愉快そうに呟いた。
足払いを受け、地面に倒れた瞬間からセピアは神の力による干渉を開始していたのだ。
セピアは数十秒と掛からずにアトラクション内部の床や壁、天井を構成するアスファルトなどに含まれる成分や鉱物を完全に掌握。
今やアトラクションを覆う全ての床や壁や天井は、セピアの手足も同然の状況となっていた。
抜け出そうともがこうにも、要所要所の関節を押さえられた高見は身動き一つまともにとる事ができない。
そして、確実に身動きを封じられた高見目掛けて、
「さぁて、覚悟はできてるのかしら~。高見クン? ……これで終わりよ」
血なまぐさい戦場には似合わない、ほんわかした雰囲気の声が聞こえた。
背筋がぞっとするほどの暖かさの声は、まるで死出の贈り物だ。
“敵”を葬る事に、迷いはなかった。
セルリアが腕を振るうと同時、狭いアトラクション内部すべてを埋め尽くし飲み込むような水流が、高見目掛けて押し寄せた。
凄まじい勢いと物量で押し寄せる水は、もはや質量による突進でしかなかった。
物量による、圧倒的な破壊。
床や壁によって身体を固定されていたハズなのに、お構いなしだった。強引に力技で大地の拘束を引きちぎり、高見の身体が衝撃に押し流される。
トラックの衝突にも等しい衝撃を受け吹き飛ぶ高見の身体を、セルリアの操作する水流が絡まるように捕縛し逃がさない。
そのまま魚を釣り上げるかのように水流ごと高見を振り回し、手頃な壁にモーニングスターが如く数回激突させる。
肉と骨を打つ鈍い音が鳴り、水渋きに混じって赤い渋きが舞った。
「それで? アナタには色々聞きたい事があるのだけれど? きちんと話してくれるのかしら~?」
まるで縄のように水流で高見の身体をきつく縛り上げたセルリアが、にこやかに微笑みかける。
高見秀人も相当の使い手ではあるが、彼女達四姉妹を同時に相手にするのは、流石に分が悪い。
高見自身、その事は分かっていたはずだ。
それを承知で四姉妹に挑み掛かるのは勇敢なのではなく無謀としか評しようがなかった。
その無謀の結果が、今目の前に広がる光景だ。
セルリアの操る水流の先で、上下逆さまに宙に揺れる高見秀人は、しかし不敵な笑みを崩さなかった。
「くくく……あははははははははっ!」
「随分余裕だな高見秀人。そのダメージじゃ集中が乱れて空間移動も満足にできねぇだろうによ。それとも何か、この状況を覆せるとでも本気で思ってんのか?」
哄笑をあげる高見に、苛立ったようにスカーレが問いかける。
セルリアの水流で縛られている高見は常にその身体を高圧で圧迫されているような状態だ。
骨は軋み肉体は悲鳴を上げているだろう。
複雑な演算と高度な集中が命の空間移動は繊細な神の力だ。
身体中を激痛が走っているだろう今の高見では、まともに力を行使する事はできないだろう。
それも、空間移動に慣れていないであろう高見の場合はなおさら気を使うハズだ。
しかしそれでも警戒を解かないスカーレの掌では、ボーリングの玉くらいの大きさの超火力の火球が渦を巻いている。直撃すれば骨すら残さず溶けるであろう、超高エネルギーの圧縮火炎弾。不審な動きがあればいつでも高見を消し炭にできる状況だ。
「……いやいや、俺っちもまだまだ詰めが甘いと思ってさ」
「詰めが甘いも何も、私たち四人を相手に一人で勝てると思ってしまったのがアナタの敗因です。アナタは確かに強い、けれどこの数的優位を覆せる程では無かった。ただそれだけです。その事実を見極めきれない時点で、アナタは二流だ」
シャルトルは高見の首筋に風の刃を突きつけて、
「さあ、吐いてもらいましょうかぁー。洗いざらい全てを。どうして私たちを裏切り、『ユニーク』などというふざけた組織についたのかを」
問題の確信。
“背神の騎士団メンバー”高見秀人の裏切りの理由。
この男の処分を決める前に、それだけは吐かせる必要がある。
そして何より、同じ志を共有したハズの仲間としてシャルトルは目の前の男が許せなかった。
情け容赦をするつもりなど毛頭無い。
背神の騎士団は仲間の絆を重視する。
メンバーは皆が皆愛すべき家族であり、同時に志を同じくする戦友だ。
シャルトルたちはそんな組織の甘ったるい雰囲気が好きだったし、そんな甘ったるい組織の馬鹿共が好きだった。
団長に救われた者同士。分かり合えるものだとばかり思っていた。いや、分り合えた物だとばかり思い込んでいた。
シャルトル達は常に飄々と振舞うこの男の事が嫌いじゃなかったし、むしろ共に居て無言が心地よいような、そんな関係でさえあった。
だからこそ、許せない。
裏切りは悪で卑劣で、最も忌むべき行為だから。
愛は憎悪へ、
信頼は怒りへ、
戦友は敵へ、
変わってしまった物は、もうきっと取り戻せないけれど。
それならば、せめてものケジメはこの男の仲間だった自分達がつける。
例え、東条勇麻たちに恨まれようとも関係ない。
これは、シャルトルたちの問題なのだから。
なのに、
「甘いな、シャルトル。相変わらず甘ったるいよ……背神の騎士団は」
「負け惜しみなら、もっとみっともなくキャンキャン吠えたらどうなんですかぁ? そっちのほうが私たちとしては楽しめるんですけどぉー?」
「お前らは俺っちを捕らえた時点で有無を言わさずに殺すべきだったんだ。他でもない、俺っちの神の力を知るお前らは、俺っちに時間を与えるべきじゃなかった」
「ハッ、何見当違いの事を言ってやがる。テメェの“ストック”の残りが何なのかは知らねえが、テメェの扱う力は根本的に出力が下がる劣悪品だ。忘れたか? アタシらもテメェと同じ『Aマイナス』なんだぜ? テメェの力がまともに通用すんのは格下までだ。同格のアタシら相手にこの状況。一対一ならともかく、力技での正面突破なんてできる訳ねえだろ」
スカーレの言葉の通り、高見秀人の力では己の身体を縛るセルリアの水流を力技で突破する事はできない。
かつての仲間だったからこそ、高見の恐ろしさも、そしてその実力も把握しているつもりだ。
そして十中八九、今の高見秀人の状況ではシャルトル達四人を真っ正面から打ち破る事などできはしない。
それなのに、
そのはずなのに、
「違うんだよなぁ、問題はそこじゃあないぜい。なぁシャルトル。俺っちに対して不用意に神の力を晒す事の意味を、お前らまさか知らない訳じゃあねえだろうな?」
あくまで変わらない高見の態度に、シャルトルの額を一筋の冷や汗が流れる。
ハッタリ?
いや違う。この男は何らかの確信を持って言葉を口に出している。
まさか……。
「アナタ……まさか」
「そう。そのまさかさ」
高見秀人は、薄く細められた瞳に危険な光を灯して笑っている。
まるで、イタズラのタネを披露する子供のように。
対するシャルトルの表情は極めて冷めた物だった。
シャルトルの行きついた高見のそのアイデアは、起死回生の一手どころか焼け石に水の、意味をなさない愚策でしかない。
そんな事も分からない程に落ちぶれたのか? と冷ややかな嘲弄さえ帯びる視線で高見を見て、
「理解に苦しみますねぇー。そんな事をしても無意味だと言うことがどうして分からないんですぅー? アナタが操るのは所詮は下位互換。だったら、絶対に勝つのは私たちでしょ?」
「なら、試してみるか?」
「はぁ、……本気、なんですねぇー。正直がっかりです。私の知っている高見秀人は、こんな無意味な事をする愚か者じゃなかった。背神の騎士団を裏切って、落ちぶれる所まで落ちましたね。……ぁーなんかテンション下がっちゃったなぁー。まあ、やりたきゃやってみればいいんじゃないですかねぇー。どうせ無駄だと思いますけどぉー」
「おい、シャルトル! どこ行くんだよ!」
「後はスカーレに任せますよ。そんなつまらない人の相手はしたくないですし、私は見学に回るんでよろしく頼みます」
著しくやる気を削がれたシャルトルが、高見に背を向け投げやりな調子でそう答える。
首筋に充てられていた風の刃が、シャルトルの意志により周囲に溶けるように霧散する。
しかしその選択は、もしかするとこの戦いにおける最大の愚策だったのかもしれない。
高見の事を警戒していたスカーレの意識がシャルトルへと、ほんの一瞬移る。
そしてそれを見た高見が口の端を笑みの形に歪めたのと、黙考していたセルリアが何かに気がついたのはほぼ同時だった。
ハッ、と顔色を変えてセルリアが叫ぶ。
「……マズい! スカーレちゃん、シャルトルちゃん! 高見クンの意識を奪っ──」
殆ど悲鳴に近いその声を。
「──もう遅い」
ニヤリ、と。
高見秀人の勝ち誇った声が、遮った。
直後、四姉妹を唯一無二たらしめている特殊な神の力、『始祖四元素』がその奇跡的なバランスを著しく崩し──
──大きく弱体化したシャルトル達はその九〇秒後、高見秀人一人の前に完全敗北を喫した。
『ホスト』破壊の任務は失敗。
起爆虫。そして起爆虫の起爆システムの中核を担う『ホスト』共に健在。
戦闘により激しい損傷が見受けられるアトラクション内部に、彼女達の姿はもうどこにも見当たらなかった。




