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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第三章 災厄ノ来訪者ト死ノ狂宴
89/415

行間Ⅱ

PM 13:57:36

limit 2:02:24



 それは、黒騎士ナイトメアの宣言の直後の出来事だった。



 凄まじい勢いで振り下ろされた白刃を、漆黒の刀身が受け止める。

 美しくも激しく火花が散る。

 剣戟音が鳴りひびき、ドス黒い殺意と殺意が視線を通して交錯し、ぶつかり合う。

 じりじりと、音をあらげる鍔迫り合いのさなか、黒騎士ナイトメアがとぼけたように飄々と笑う。


「いやー、さ。確かにまとめて掛かってこいとは言ったよ。言ったんだけどよー。確かお前は俺の部下だった気がするんだけどなー、イルミさん?」


 黒いドレスに身を包んだ黒髪の少女――イルミの背後からの必殺の斬撃を、黒騎士ナイトメアは振り返りもせず、咄嗟に背中側に回した黒剣の刀身で受け止めてみせたのだ。

 少し首を回してみれば、息の掛かるような距離にあるイルミの顔は殺気立ち怒りに歪んでいる。

 正直言って色々と身に覚えがありすぎる黒騎士ナイトメアとしては、こういう展開も予想はしていたのだが、いざ本当に勃発すると頭を抱えたくなる程度には面倒臭い案件だった。

 大きく溜め息を吐きたくなるが、そんなふざけた態度を取ってはイルミの感情を刺激しかねない。


 どう見ても無理のある体勢のままイルミの全力の一太刀を受け止め、それでも黒騎士ナイトメアは余裕を崩さない。

 その事実が、二人の力量差を端的に表していた。


「あー面倒くせえな。……いい加減に、……しろッ!」


 黒騎士ナイトメアの影が生き物のように蠢いた。

 何本もの鋭い漆黒の槍が黒騎士ナイトメアの影からイルミを迎撃せんと飛び出し吹き荒れる。

 それはまるで刺殺の暴風。吹き荒れる影の槍は、僅か数秒で標的を針のむしろへと変貌させる。

 しかしイルミもまた相当な手練れだった。

 いち早く危険を察知したのか、地を蹴って高く飛び上がり、そのまま足場も何も無い空中を、何度も掴むように蹴って大きく後退する。

 まるで入れ替わるようにさっきまでイルミの姿があった位置を、影の槍が次々と喰い貫いていく。


「チッ、涼しい顔しやがって……相変わらずイカれ狂ったガキだぜ」


 黒騎士ナイトメアの言葉の通り、イルミはまるで何もなかったかのような何食わぬ顔をして地上三メートルくらいの所に日本刀を片手にケロリと立っている。

 黒騎士ナイトメアの頭上に立っている為、スカートの中身たる年相応の白いパンツが丸見えなのだが、本人が気づく様子は無い。

 

「不意打ち、失敗……。ナルミ、ごめんね。アイツの首、落としそこなっちゃった」


 一人ごごちに、何やらブツブツと恐ろしい事を言っていた。


「……随分と仲が良いみたいだね」

「だろ? ウチじゃ適度なスキンシップが推奨されてるからな」

「うっかり味方を斬り殺しかねないスキンシップか。羨ましい事この上ないよ」


 皮肉に笑うレアードに適当な言葉を返すと、黒騎士ナイトメアは首だけで後ろを振り返り、


「おいイルミ。俺を殺そうとするのは別に構いやしねーんだがよ、余計な事をすればするだけ姉の立場が危うくなるってのは分かってるのか?」

「……」

「よし。分かってるならそれでいい。なら姉サマの為にも、お前が今やるべき事を考えろ」

 

 言葉の代わりに露骨な舌打ちが返ってきた。どうやら黒騎士ナイトメアと口を利く気は微塵もないらしい。

 イルミは未だにギョロリと凄まじい形相で黒騎士ナイトメアを睨んではいたが、一応の納得はしたようだ。

 それ以上は何も言わず、沈黙でこれ以上の戦意が無いことを示している。

 黒騎士ナイトメアは面倒臭げに髪を掻いて、再び意識を眼前の三人に戻す。


「ゴタゴタは終わりましたか?」

「ご丁寧に待っててくれたのか? 相変わらず甘いな、レインハート。弱っちい癖に心掛けだけはご立派に一流だ」

「弱いからこそ。未熟だからこそ、です。心身共に正々堂々と正しき道を歩んだ先にこそ、真の強さがあると私は考えていますので」


 レインハートの生真面目すぎる物言いに、黒騎士ナイトメアは辟易したように呻いて、


「うえ、堅苦しくて面倒くせえーヤツだなー。なんか蕁麻疹じんましん出そう」


 ふざけた言葉の応酬が不意に途絶える。


 徐々に高まる緊張感。

 空気がビリビリと震え、湧き上がる闘争心が黒騎士ナイトメアの心を満たしていく。

 彼我の距離は二〇メートル。互いが全力で駆け出せば、あっという間に詰まるような距離でしかない。

 全てを拒絶する影の黒剣。その切っ先を下に向け、ダラリと脱力したような構え。

 対するレインハートは刀を鞘へ。

 左脚を後方、腰を低く落とし、再び抜刀の構えをとる。

 黒騎士ナイトメアの後方、イルミと部下の男も臨戦態勢に入ったのが気配で分かった。

  

 無言の睨み合いが続く。 

 一見、微動だにせずに固まっているようにしか見えないかもしれない。

 だが既に勝負は始まっている。

 先の読み合い、腹の内の探り合いが、こうしている今も水面下で激しく行われているのだ。

 

 最初に動いたのは──


「すぅぅ────わっっっ!!」


 ──スピカだ。


 きぃいいいんっっっ! と耳鳴り。音、不快感。とにかく聴覚を通じて異物が脳内に入り込むような気持ち悪さ。

 目がくらむような、足元がおぼつかない感覚が黒騎士ナイトメアを襲った。


 最初、何が起こったのか理解が追い付かなかった。


 起きた出来事だけを簡潔に述べるとこうだ。

 黒騎士ナイトメア含め、『汚れた禿鷲(ダーティーコンドル)』側三名の意識が身体から乖離しかけた。

 

 まるで金属バットで頭を思いっきりぶん殴られたような衝撃が黒騎士ナイトメアの脳髄を走り抜け、視界がぐらりと揺れる。

 痛みではない。ただ、何らかの異常が黒騎士ナイトメアの脳に決して小さくないノイズを走らせ、思考能力に深刻なダメージを与えたのだ。

 結果、黒騎士ナイトメアに大きな隙が生じる。

 時間にしてはたった数秒。

 しかし、その数秒が戦場においては命取りになる。


「――っ!?」


 ノイズが消え去り、我に返った時には既に十数もの斬撃が黒騎士ナイトメア目掛けて飛来していた。

 レインハートの距離を無視した長距離斬撃だ。

 先手を取られた。

 黒騎士ナイトメアはあの程度の攻撃で隙を作った自身の甘さに舌打ちする。

 どうやらまだまだ戦闘勘が鈍っているようだ。


「チィッ!」


 正面の一撃を黒剣を下から上へと払い上げるように叩き斬る。剣を振り上げてがら空きになった胴体へ飛ぶ二撃目――間に合わない。

 ならばと黒騎士ナイトメアは己の影からもう一本剣を生成。

 二本目を左で振り抜きざまに横に大きく振るい迫る二撃目を弾き飛ばし、返す刀で同じ軌道を水平に切り戻す。

 さらに流れるような動作で右の剣を上から下へと振り下ろした。剣撃と剣撃。火花が散り、続けざまに飛来した三、四撃目を切り伏せる。

 まだ来る。

 五、六、七、八、九……それ以降は数えるのをやめた。

 止まる事のない斬撃の雨を、黒騎士ナイトメアは完全に捌き切る。

 時には首を捻って斬撃を躱し、右の一振りで叩き切り、弾き返した斬撃で飛来する新手の斬撃を相殺する。ステップと体捌きで躱せる物は躱し、回避が不可能な攻撃のみを確実に弾き、切り裂いていく。

 それでも対処しきれない斬撃には自身の影を操り、ピンポイントでガードする。

 凄まじい速度で食いつき、追いすがり、食い下がる。

 既に周回遅れの分は取戻し、レインハートの放つミリ単位で正確な斬撃に黒騎士ナイトメアが後れを取る事はない。

 だが、


「……攻撃パターンが変わった? あーあーあー、面倒な真似をしてくれやがって……」


 レインハート自身、このままでは黒騎士ナイトメアに巻き返される事を理解している。

 だからこそ、レインハートはひたすらに時間稼ぎに徹していた。

 ミリ単位の正確な狙いで軌道を計算して黒騎士ナイトメアの行動をある程度まで誘導する事により、最短最速で追いすがる黒騎士ナイトメアの行動を抑制しているのだ。

 

「どうですか。アナタが馬鹿にしたスピカの力は……!」

「……どいつもこいつも面倒臭え、いい神の力(ゴッドスキル)持ってやがるよ、ホント」


 呆れと素直な賞賛の混じったような声を珍しく思ったのか、レインハートの無表情が微かに動いた。。

 だが所詮は鬱陶しいと思う程度。

 いくら彼らが頑張ったところで、黒騎士ナイトメアは自分がこの三人に敗北するビジョンが思い浮かばなかった。

 

 迫り来る斬撃を捌きつつ、黒騎士ナイトメアは視線を周囲にめぐらせる。

 部下の田中もイルミ(イルミはだいぶ余裕がありそうだが、好戦的な性格が災いし、接近してくるレアードに気を取られすぎている)も、レインハートの放つ斬撃の回避に手間取っているようだ。

 飛ぶ斬撃のほとんどは黒騎士ナイトメアを狙っている為、本来ならば余裕をもって回避しきれる程度の厚みしかないハズなのだが、イルミ達へ接近したレアードがレインハートの遠距離攻撃を上手く使いながら攻撃を仕掛けてくる為、それを許さない。

 結果としてイルミ達はレアードの攻撃と意識の外から飛来するレインハートの斬撃に対応しなければならず、後手後手に回っている状況だった。

 そして思考を阻害するかのように絶えず響く頭痛。

 黄色い髪の少女が口をパクパク開閉させているのが黒騎士ナイトメアの視界の端に映る。

 おそらくあの少女――スピカが何らかの方法で、こちらの集中力を削りにきているのだろう。

 音を操る神の脳力者(ゴッドスキラー)であるだろうあの少女ならば、人の耳では聞き取れない高周波や低周波なども操れるに違いない。特殊な音波でこちらに対して妨害を掛けているのだ。

 黒騎士ナイトメアは少し考えてから部下たちに向けて叫ぶ。


「おい、イルミ! 田中! その背ぇ高ノッポに付き合うな! 大きく迂回して横から回り込め! 潰すのはレインハートかそこのガキんちょだ。そいつは後回しでいい! レインハートの斬撃の範囲外から回り込め!」

「だから田中じゃないんですってばー!」 


 黒騎士ナイトメアの指示に従うようにイルミと田中仮が斬撃を潜り抜けつつそれぞれ左右へと走る。二手に分かれた為レアード一人では対処しきれない。

 レアードが分かりやすく苛立ちを見せる。

 その様子に、分かりやす過ぎなんだよ若造が、と内心笑い、レインハートの斬撃に対処する剣戟のスピードを少しずつ上昇させていく。 

 レインハートが斬撃を生み出すより早く、黒騎士ナイトメアの黒剣が閃く。

 追い抜き、追い越し、上回る。


「俺に対して遠距離戦を選んだのは正しい選択だったがよ、ちょっとばかし火力不足だったんじゃねーのか?」

「くっ……!」

「俺を釘付けにするのはいいが、実質的な戦闘員がお前んトコの弟一人じゃイルミ達は倒せねえよ。アレの機動力は相当なモンだ。あのガキンチョの妨害があっても、そうそう捉えられるモンじゃねーだろうよ」


 ロボットのように無感情だったレインハートの顔が、苦虫を噛み潰したような表情へと歪んでいく。

 自分たちの策が破綻していくのを肌で感じ取っているのだろう。明確な敗北の匂いを。

 斬撃を捌きながら少しずつ距離を詰める黒騎士ナイトメアとレインハートの距離は既に一〇メートルを切っている。

 飛ぶ斬撃による足止めも、あと数十秒も保つまい。均衡が崩れればカルヴァート姉弟如きどうとでも片がつく。

 黒騎士ナイトメアは仮面の奥でニヤリと笑って、


「火力不足、ですか。それなら――こんな火力なら如何でしょうか?」  

 

 穏やかで丁寧な物腰の男の声を、聴いた。


 直後だった。


 突如、黒騎士ナイトメアの立つその座標上で高密度のエネルギーが膨れ上がったかと思うと、その倍以上の速度で収縮。

 それも外へ外へ逃げようとするエネルギーを無理やり押し込める形で、だ。

 圧縮され逃げ場を失った高エネルギーは、行場を求めて――


 ――カッッッ!!


 眩い閃光が煌めき、超爆発。


 ドンッッッ!!! という腹の底に響く重たい爆発音が響き渡り、真っ黒な爆炎が上がる。

 しかし、凄まじい威力の爆発だったにも関わらず、爆風や衝撃波が周囲のレインハートやレアード、それにイルミや黒騎士ナイトメアの部下の男を薙ぎ払う事はない。

 まるでその空間に上から蓋でもしてあるかのように、爆風と衝撃波が周囲に巻き散らされる事なく、黒騎士ナイトメアがいた座標上に留まって暴虐の限りを尽しているのだ。

 衝撃波が吹き荒れるたびに爆炎と黒煙がおかしな形に歪み、揺れる。明らかに物理法則を超越した、そんな奇妙な光景。

 衝撃波の暴力が全ての黒煙を薙ぎ払う。 

 黒く煙たいカーテンの中、小さなクレータ上に抉られた爆心地に、衝撃波と爆風の嵐をもろに喰らい、ベコベコに歪んだ真っ黒な球体が佇んでいる。

 その球体の表面がまるで脱皮か何かのようにボロボロと崩れ始め、その中から、さらに薄い黒膜に覆われた仮面の男が顔を出した。


「なるほど。影をその身に纏わせていましたか……。あの一瞬の時間で見事な判断。流石ですね」


 間近の建物の陰からの新手の声に、黒騎士ナイトメアは忌々しそうに笑い、


「……最初の爆発。もしやとは思ったが、警戒しておいて正解だったぜ。――久しぶりだなぁ、黒米くろごめ


 旧知の宿敵に、懐かしさと精一杯の憎悪を込めて再会の言葉を贈った。

 

「ええ、お久しぶりです。黒騎士ナイトメア。こうして直接相見(あいまみ)えるのは二年ぶりでしょうか?」


 比較的整った顔立ちの、しかしどこか地味な男だった。年齢は二十代後半くらいから三〇に差し掛かるかどうかと言った所。

 耳にかかるかかからないかくらいの長さで切り揃えられた黒髪、身体の線は細く痩せ型で、とてもじゃないが強そうには見えない。

 どちらかと言うと、朝のカフェテリアでモーニングコーヒーでも飲みながら読書でもしていそうな、インドア派の見た目をした男。


「出来る事なら、そのまま俺の記憶の中の人間になってて貰いたかったんだがなー、はぁ。人生って奴は中々どーして、上手くいかないもんだ」

「そうですか、私としては再戦リベンジの機会を待ち望んでいたのですが……。どうやら嫌われてしまったようですね」

「あー、アレだ。お前のムカつく面ァ眺めんのはご免だが、お前の泣きっ面を見れるってんなら悪くもねーかもな」


 黒系の衣装に身を包んだ背神の騎士団(アンチゴッドナイト)でも古参にあたるその男は、穏やかそうな表情に一種の自信を覗かせているように見えた。


「私の泣きッ面、ですか。それなら私は、その仮面の奥の素顔をそろそろ見てみたいですかね」

「……生憎だがソイツは無理な相談だな」

「?」


 黒騎士ナイトメアは己に纏わせていた影の膜を己の右手に収束させ、一振りの黒剣を創り出すとそれを構えて、まるで脅すように、


「今から九年前。俺が悪夢ナイトメアなんて物へとこの身を墜としたあの時に、素顔なんて物は棺桶の中に棄てて燃やした。仮面の裏に何か残ってるとすれば、ソイツは抗いようの無い絶望だ。この世の悪夢そのものだ」

「なるほど。仮面の内側の素顔はなんとしても知られたくない、と。しかしそう言われては余計に気になるのが人と言う物。今ここで、暴かせて貰いましょうか」


 黒騎士ナイトメアは見当違いな黒米の物言いに、仮面の奥で鼻で笑った。

 何も知らない無知な子供を笑い、どこか心の底では羨むかのような笑みだった。


「抜かせ若造、どっちにしてもお前じゃ役不足だ」

「なら、確かめてみましょう。私とアナタの二年間を。アナタという悪夢を乗り越える事で」

「相っ変わらず面倒臭えな……!」

  

 黒米と黒騎士ナイトメア

 共に強力な神の力(ゴッドスキル)を持つ強者同士。そして、過去に幾度も刃を交えた宿敵同士。

 決着をつけるべく、全身全力の激突が始まる。

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