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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第三章 災厄ノ来訪者ト死ノ狂宴
86/415

行間Ⅰ

 PM 13:10:28

 limit 2:49:32



 天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)西ブロック第三エリア。

 南ブロックとの境界線があるこのエリアは、外部との交流が疎遠になりがちな天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)において、外からやってくる一般の旅行客向けに開放された貴重な観光エリアだ。

 様々な遊楽施設や観光スポットの集まるこのエリアには、お盆休みを過ぎてなお、外からの旅行客の姿は多い。

 これでもピーク時に比べれば三分のニ以下程度だというのだから、お盆真っ盛りの混み具合は恐ろしい事になっていたのだろう。


 とは言え、それも当然なのかもしれない。 

 何と言ってもこのエリアには天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)の目玉観光スポットの一つ、巨大テーマパーク『ネバーワールド』が屹立しているのだ。


 『ネバーワールド』周辺のエリア一帯は、お土産屋から飲食店に、日帰り温泉サービス付きのリゾートホテルと、見所が目白押しの観光スポットになっていて、常時人々の賑やかな声が絶える事はない。

 今日も今日とて沢山の人が行きかい、各々が観光やショッピングを楽しんでいる。

 しかし今日は、どこか事情が違っていた。


「報告にあった通りですね」

「あぁ、姉さん。これは……」


 『ネバーワールド』周辺。

 観光客などで賑わう場にはそぐわない格好をした男女が一組立っていた。

 この蒸し暑い中、ギラギラと日差しが照りつけているにも関わらず、黒いローブを羽織っている彼女らの姿は明らかに異質で、悪目立ちをしている。


 流れるような金髪に、長いスラリとした脚。日本人が羨むモデルのようなスタイルの美形の女──彼女の名はレインハート=カルヴァート。

 そしてその隣に立つ、これまた高身長のモデル体系の金髪の長髪男──レアード=カルヴァート。

 名前からも分かる通り血を分けた姉弟である彼女らは、天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)の崩壊を企む秘密の組織、背神の騎士団(アンチゴッドナイト)所属の戦闘員である。

 比較的仲の良い(というか割と一方的に弟のレアードが姉にベタベタしている)二人だが、何も今日は観光の為にこんな場所を訪れたのではない。

 

 今現在、諸事情で不在の団長に変わって全指揮権を担っている副団長、テイラー=アルスタイン。

 そして同じく副団長のジルニア=アルスタインの指示で二人は『ネバーワールド』を訪れている。

 ……いたのだが、


 ざわざわと、いつも通りの人々の喧騒に、どこか不安と好奇の色が混じっているのを、レインハートは敏感に察知していた。  

 それは日常の中に突如として現れた非日常への渇望であり、不可侵であるハズの日常を侵される事への恐れと拒絶でもあった。

 まあ要するに、気にはなるけど当事者にはなりたくない、という野次馬根性丸出しの馬鹿共が辺り一帯を覆い尽くしていたのだ。

 傍らに立つレアードも、普通ではない空気を察知して早くも感覚を研ぎ澄ましているようだ。 

 野次馬の群れの視線の先、そして携帯端末のカメラのシャッターの向かう先、そこには本来なら有り得ない光景が広がっている。

 

 視線を細め立つレインハートの眼前には、大人気の巨大テーマパーク『ネバーワールド』が堂々と鎮座していた。

 ただ、平時と明らかに異なる点がいくつか見受けられる。

 ぼそり、と独り言のように呟いていた。


「中は大火事、外には正体不明の謎の黒い壁、ですか……」


 火事でもあったのか、ネバーワールドからは今も尋常ではない量の真っ黒な煙が天に向かって立ち昇っている。

 ネバーワールドに向かって来ているのであろう、数多の消防サイレンの音がレインハートの耳に入り、治安維持部隊である『神狩り(ゴッドハンター)』の姿も沢山見受けられた。

 つい先ほどまでは断続的な爆発音も聞こえていたし、どう考えてもただ事ではない。


 本来ならばこれだけでも十分な異常事態だと判断する事が出来ただろう。

 だが、異常はこれだけには収まらない。

 ネバーワールドのフェンス周りをぐるりと覆い囲むように、高さ五メートル程の漆黒の壁が、地面から湧き出ているのだ。

 まるでネバーワールドの出入り一切を禁ずる結界か何かのように。 

 既に現場付近の『神狩り(ゴッドハンター)』によって簡単な調査が行われたものの、漆黒の壁の材質、発生した原因共に不明。

 重火器は勿論、神の力(ゴッドスキル)で壊す事も出来なければ、壁を越えて向こう側に侵入しようにも、黒い壁ソレ自体が生き物のように蠢き侵入を妨害する為、ネバーワールド内への侵入、そしてその逆も極めて困難な状況らしい。


 中の状況を考えれば、非常に複雑な事態だと言えるだろう。

 テロリスト達が脱出する事もままならない代わりに、『神狩り(ゴッドハンター)』の人間が人質を救出する為に中に突撃する事もできないのだから。

 そしてこの漆黒の壁が展開された理由は、おそらく後者の方だ。


「……天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)はテロに関してとこまで世間に公表するつもりなのでしょう?」

「さあ、どうだろうね。公表しない訳にはいかないだろうけど、ただでさえ神の能力者(ゴッドスキラー)の住む街である天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)への世間の評価は芳しくない。少しでも問題が発生すればすぐに叩かれるからね。今頃上の連中は頭を抱えているんじゃないかい?」

「だとすればおかしな話だとは思いませんか? レアード」

「……やっぱり姉さんも、この正体不明の黒い壁はアイツの仕業だと思うのかい?」

「……思うも何も、私たちが見間違うハズが無いでしょう。光を当てても陰が出来ない、近寄る者を拒絶する漆黒の壁……などと言う意味の分からない物を造り出せる人物を、私は一人しか知りません。けれど、私達の考えが正しいとなると、増々不可解です」


 漆黒の壁は天井まで覆ってはいないことから、もしかすると中の人間は、外の異常に気が付いていないのかも知れない。

 もっとも、レインハート達が知らされた情報が正しければ、中にいる人質たちはそれどころではないのかも知れないが。


「姉さん。どうするんだい? これをやった人物の狙いは分からないけれど、このまま身を潜められると色々厄介だ。どうにかして状況を動かさないとマズイんじゃないのかい?」

「そうですね。……致し方ありません。少々強引ですが、人払いをさせて貰いましょうか」


 レインハートは今一度状況を確認するように周囲に目をやると、違和感の感じられないスムーズな動作で繋がったままの携帯端末を取り出し、表情も変えず一切の躊躇なくこう言った。


「黒米さん、人払いの方、お願いします」


 機械越し、名を呼ばれた黒米からの返事は返ってこない。

 その代わりにレインハートの声に応えたのは耳を劈く爆音と、灼熱の熱風を纏った衝撃波だった。

 レインハート達の上空二十メートル。

 唐突に空が爆発を起こし、衝撃波が野次馬の群れにまで襲い掛かったのだ。

 恐怖と驚愕の悲鳴が上がる。

 その悲鳴を掻き消し、さらに恐怖で感情を上塗りするかのように、爆発は連続して続く。

 対岸の火事を眺めていた彼らは、自身にまで危険が及ぶことは考慮していなかったのだろう。突如として爆発し始めた頭上の空に怯えながら血相を変えて逃げ出していく。

 もしかしたらネバーワールドで起きた爆発と、目の前で起きた爆発とを重ねて、自分たちのいる場所にまで危険が及んでいると考えたのかもしれない。

 まあ、いきなり自分の上空が爆発したら誰だって面食らうか、とどこか現実から一歩離れた位置で状況を静観しながらレインハートは思った。

 『神狩り(ゴッドハンター)』の連中も、一瞬粟を食ったように陣形や指揮に乱れが生じていたが、流石と言うべきか日頃の訓練の賜物なのか、すぐさま体制を整えると、緊急避難警報を発令し、周辺住民の避難にあたりはじめた。

 

 人払いは、およそ十分で完了した。


 周りの人間が避難するなか、その場を微動だにしないレインハート達を不審に思って声を掛けてきた『神狩り(ゴッドハンター)』の連中には少しばかり強引な手段で眠って貰っているが、それ以外は大したアクシデントもない。

 爆発の方も、事前に黒米との作戦前会議ブリーフィング通りの威力で一般人に被害はない。神の力(ゴッドスキル)を利用した、ちょっと規模の大きい爆竹のような物だ。

 パニックが起きてしまったのはこの際必要経費と割り切っておく。

 レインハートは表情を変えぬまま、僅かに安堵したような息を吐き、誰もいないはずの方向に声を掛け始めた。


「さて、これで民間人を巻き込む恐れはありません。やってしまってください。──スピカ」

「はーい! はいはいはーい! レインハートおねーちゃんの頼みだもんね。スピカ、頑張るから見ててねー!」

 

 と、いつからそこにいたのか、ひょこりと小柄な少女がレインハートの横から顔を出した。

 年齢はおよそ小学校中学年くらい。

 黄色いショートヘアーに、日に焼けた褐色の肌。中東やアラブ系の顔立ち。にんまりと天真爛漫な笑みを浮かべる口元からは、有り余る元気が溢れ出ている。なんだかぴょこぴょことした雰囲気の少女だった。

 しかし少女の最大にして異質な特徴は、両眼を覆い隠すように巻かれた白い包帯だろう。

 そう、彼女の視力はほとんどゼロに近い。盲目なのだ。


 スピカという名のこの少女もまた、背神の騎士団(アンチゴッドナイト)の正規メンバーであり、レインハートと達と共に、今回の任務をテイラーとジルニアから任された選抜メンバーの一人だ。

 おそらく、先ほどまではあの野次馬の群れと一緒になってネバーワールドの様子を眺めたり、野次馬達の反応を“見て”楽しんだりしていたのだろう。

 好奇心旺盛な彼女らしくて微笑ましいのだが、一応任務中だという事も忘れないでほしいレインハートにとっては複雑な心境だった。


 にひひと楽しげに笑う口から覗く八重歯が印象的なスピカはびしり、と手を上げて、


「一番スピカ! いっきまーす。せーの、」


 身体を逸らして大きく空気を吸い込み、一息に「わっっっ!!」と大声と共に吐き出した。

 空気が震えているのが分かる程の、凄まじい音量だった。

 広がるのは衝撃波、否、音の波――すなわち超音波だ。

 事前に知っていたレインハートたちはあらかじめ耳を塞いでいたが、それでも鼓膜がびりびりと痛みに震えているのが分かる。

 横ではレアードがうるさそうに耳を塞ぎ嫌そうに片目を閉じていた。

 

 スピカは音を操る神の能力者(ゴッドスキラー)だ。

 『音響領域アコースティカ・レルム』。干渉レベルはCプラス。

 人間の可聴域から外れた高周波、低周波すら使いこなす事によって、極めて高い精度の三次元的な索敵、地形探知などに秀でたサポート系の神の力(ゴッドスキル)だ。

 戦闘に応用できない事もないが、スピカがまだ幼い事も相まってか、基本的に索敵などのメンバーのサポートや後方支援がスピカの主な任務になる事が多い。 


 普通の人間では拾えない高音域、低音域を含んだ特殊な音の波がスピカを中心に辺り一帯へと円形状に広がり拡散されていく。

 そして音の跳ね返り方から、障害物の位置、周辺の地形、潜んでいる人間の数など、様々な情報をスピカは得ていく。

 彼女が起こしている現象はコウモリやイルカなどが行う反響定位エコーロケーションと何ら変わらない。

 が、彼女の扱う音域は彼らよりも広く多彩で、精度と正確さでも軽々と上をいく。 

 本来反響定位(エコーロケーション)には意味がない為に用いられない低周波までをも扱う少女は、やはり既存の物理現象を超越しているのだ。

 盲目の彼女曰く、音を聞くのでは無く、音で色彩や世界を見ているような感覚なのだとか。


「見つけた! えっとね、あそことあそこ。それからあそこも! 全部敵だよ!」


 ガバっと元気よく顔を上げたスピカが慌ただしく三方向を指差す。 

 スピカが大声を発してから僅か二秒後の出来事だった。

 ──速い。

 素直にレインハートは感心した。

 四姉妹なども熱源や振動を使った探知や索敵が得意だったと記憶していたが、ここまでの早さはなかったハズだ。干渉レベルCプラスでこの速度は驚きに値するだろう。

 それとも、盲目だからこその鋭い感覚器官が故に成せる技なのか。


「レアード」

「分かってるよ、姉さん」 


 レインハートは短く弟に声を掛けると、左足を大きく後ろに引き、腰に下げたリーチの異なる二振りの刀の内、大きい方の刀の柄へ右手を当て抜刀の構える。


 レインハートは剣士ではない。

 だから、あくまでも自分のやりやすさを重視した我流の構えを取っている。

 あくまでも、レインハートの用いる刀剣の類は、彼女の神の力(ゴッドスキル)を補助するブースターでしかなく、彼女自身もその事を良く自覚している。

 それこそ、自分のような半端者が少しでも剣の心を語るなど、本職の方に対して失礼だとさえ考えているほどだ。

 だからこそ、彼女は己の間違っている構えをあえて直そうとはしない。


 気持ちを静め、集中力を高める。

 イメージとしては、氷の刃の切っ先を、さらに薄く鋭く滑らかに研ぎ澄ますような、そんな感覚。 

 只でさえ揺れ幅の少ないレインハートの感情が、波一つ立たない物静かな湖面のように均一に静まり返った。


 一瞬の静寂。


 溜めの時間の直後、腰を落とした低姿勢から力強く一歩踏込む。ダン! という力強い音、そして右手が閃き、目にも止まらぬ勢いで刀が鞘を走り加速を持ってして振り抜かれた。

 シュバッ! という空気を裂く小気味の良い音が鳴り、抜刀術解放と同時。レインハートの刀から“斬撃の軌跡が三つに分かれて飛んだ”。

 それは狙いをたがわずスピカが示した三つの座標を正確無比に一刀にて切り裂く。

 が、斬撃が身を潜めた敵を切り裂く直前、スピカの指定した座標から飛び出す影が三つ。

 躱された。

 だが、レインハートに焦りはない。

 ここまでは想定どうり。


「死ね!!」

 

 レアードが腕を横一閃に振るうと同時、地面のアスファルトが弾け、散弾銃のように様々な大きさの石礫が三つの影目掛けて飛び交った。


 ――人影の一つは迫りくる数多の石の弾丸全てを難なく日本刀で弾き返し、


 ――人影の一つはレアードの攻撃に対して防御をする素振りすら見せず、その全てをもろに受けてなおダメージを受けている様子がない。


 ――人影の一つは空中で身を捩って躱そうとして見事に失敗。痛烈な連撃に無様な悲鳴を上げながら受け身も取れずに地面に落下した。


 その光景にレアードの口から笑い声が零れた。

 それは我慢しようとしたにも関わらず、思いがけず漏れてしまったような、そんな雰囲気の嗤い声だった。


「あれで仕留められるレベルのヤツが一人混じっている……? 姉さん、これは思ったよりも早く片付くかもしれないよ?」


 ククク……と堪え切れ無い様子で俯き口元を押さえるレアード。

 気持ちは分からなくもないが、馬鹿にしてはこれから相対し命のやり取りをする敵に対して失礼に値する。


「油断は禁物です、レアード。あれは……その、私たちを油断させる為の罠、という可能性も考えられます」

  

 つまるとこと、思わず敵方であるレインハートがフォローに入ってしまう程にはマヌケな絵面だったという事だ。

 レアードの放った石の礫の直撃を受けた男は、よほど痛かったのか身悶えるようにして叫びながら地面を転がっている。

 これでは逆にフォローに入ったレインハートの格まで疑われそうな有り様だった。

 あまりに品も誇りも何もない。


「痛ってぇ~ッッッ!!? 痛えッ! 痛いっすよコレ!」

「おいおい、マジかよ竹内。アレ躱せないとかちょっとダサイぞ?」 


 若干引き気味にそう言った人影――不気味に笑う不吉な仮面の男に対して、竹内と呼ばれた男が食いつくように反論した。


「だから竹内でも田中でもないんですってば!」

「えー、もう今更なんでもよくね? どうせお前モブるんだし」

「よくないですよ! 名前ってその人にとってはかなり大事な物ですからね!? てかモブるってなんですか!?」


 ギャーギャーと騒がしい二つの人影に、もう一つの小柄な人影――黒いドレスに身を包んだ黒髪の少女がボソリと極めて冷静なトーンで零す。

 

「……フン、どうでもいい。どっちも嫌い。どっちも死んじゃえば良かったのに」

「……てか先輩、この子さっきから怖すぎないですか!?」

「あーもううっさいなー、面倒くせえ。放っとけ放っとけ、あれだよ子犬とかが甘噛してくるような感覚だから。もう適当に流しとけよ」


 ギロリ、という効果音が聞えたような気すらした。

 純粋に、どこまでも真っ直ぐに真っ黒な少女の殺意の視線に、竹内カッコカリがびくりとその背筋を震わせる。

 まるで生まれたての小鹿のように膝をガクガクと震わせ、黒騎士ナイトメアの黒いローブに縋りついて、親を夜中のトイレに誘う子供のように裾をガシガシ引っ張っている。


「(……ど、どの辺りが子犬なんですか! 血に飢えたオオカミですよアレ! 先輩がそんなふざけた事言うから、こっちめっちゃ睨んでますよあの子!!?)」

「馬鹿、お前。俺まで巻き込むな。面倒くせえ。熱視線を送られてるのはお前だ竹下。お前だけ殺されて来い!」


 そんな彼らの様子を“見て”、スピカが無邪気に笑って言う。


「あはは、あの人達ってなんだか面白いねー! ねー、レインハートおねーちゃん?」

「ダ、ダメだ。スピカの教育に悪すぎます。コイツら早くなんとかしないと……」


 頭痛を堪えるかのように頭を抱え、珍しくその表情を歪めたレインハートがそうブツブツと呟いたのだった。

 そんなレインハートの様子に何処からか溜め息が飛ぶ。


「はぁ。……姉さん、姉さん達まであっちのお気楽ギャグ時空に引き込まれてどうすんのさ。相手のペースに乗せられたら負けるよ。なにせ相手は、あの黒騎士ナイトメアなんだしね」


 呆れ半分、姉の可愛さにニヤケ半分という些か気持ちの悪い配分でレアードが口を開いた。

 幸いというか不幸にというべきか、姉と純粋無垢な少女はその事に気が付かない。


「……確かにレアードの言う通りですね。集中力に欠けていました。すみません」

「あのね、スピカはね、ちゃんと集中してるんだよー?」

「そうですね。スピカは偉いです」

「へへへ、でしょー?」

 

 微笑ましいやり取りを見ていたレアードの目がどこか複雑げに細まる。

 スピカの頭をぽんぽんと軽く撫でるレインハートは、心なしか穏やかな顔つきをしているようにレアードには見えたのだ。

 が、レインハートと目が合いそうになるとレアードはすぐに視線を外してしまう。


「さて、と。あーあ、汚れちまったじゃねえかよ。ったく……。と、これまた随分強引な手に出たなー、おい。背神の騎士団(アンチゴッドナイト)の皆さん?」


 パンパンと衣服に付いた汚れを簡単に払い、不気味に笑う不吉な仮面を身に着けた男――黒騎士ナイトメアはいつも通りのかったるげな調子で天パ気味の髪の毛を搔いている。

 ただ気の抜けたその動作とは裏腹に、仮面の奥で鋭く光る二つの眼孔が、仮面の奥を覗こうとする者にどこか本能的な忌避感を感じさせる。

 

「強引? どの口が言っているんだか。ネバーワールドへの侵入、そして脱出。その双方をこんなふざけた力技で封じたアンタだけには言われたくはないね、黒騎士ナイトメア

「凄いだろ? けっこう疲れるんだぜ、これ」


 まるで日曜大工の成果を自慢するような感覚でケラケラ笑う黒騎士ナイトメア

 しかし、彼らの行動はどう考えても不可解だ。


黒騎士ナイトメア。これは一体どういう事ですか?」

「あん?」


 非公式とは言え、『汚れた禿鷲(ダーティーコンドル)』という組織は創世会直属の組織である。 

 であれば、その組織のメンバーであり、本来ならテロリスト達を排除する側であるハズの黒騎士ナイトメアが、一体どうしてテロリスト共の利になるような事を行っているのか。

 確かに『汚れた禿鷲(ダーティーコンドル)』という組織は殺しや盗み、果ては誘拐まで、汚い事や悪事に平気で手を出す組織ではある。

 しかしそれはあくまで『創世会』の利益になるからであって、逆に言えば『創世会』の利益になる事であるならば、悪事だけでなくまっとうな正義を行う事も辞さない組織のハズだ。


「『創世会』は、天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)の外向けのイメージや、神の能力者(ゴッドスキラー)などというある種の危険物を抱えていながら、高い治安を保っているという『安全のブランド』を大切にしていたハズです。――治安の良さが実際の物か情報操作の賜物かはさておき。とにかく、本来なら『創世会』はこの手の不祥事は穏便かつ迅速に解決したいはず。それなのになぜ、アナタ達がこんな事をしているのですか? あれでは『神狩り(ゴッドハンター)』が突入する事もできない。テロリストを逃がさないよう確保するにしても、もっとやり方があったハズです」


 善悪などという観念に囚われない、ただひたすらに『創世会』の手足として動く。

 それが『汚れた禿鷲(ダーティーコンドル)』。

 それならばこそ、目の前に広がる光景がレインハートには理解できない。

 しかしそんなレインハートの内心を知ってか知らずか、黒騎士ナイトメアは何ともくだらなそうに肩を竦めて吐き捨てる。


「俺が知るかよ。生憎様、俺は上層部の思惑だとか計画だとかに全くもって興味ねーんだよ。俺は命令オーダー通り、ここでお前ら相手に時間を稼ぐ。やる事はそれだけだ」

「上からの命令? それは『汚れた禿鷲(ダーティーコンドル)』のトップからの指令ですか? それとも『創世会』からの……? いや、そもそも何故そんな命令が?」

「だーかーらー。俺は知らねえんだよ、何にも」

「何も知らされていない? そんな馬鹿な。アナタのような幹部クラスの人間にまで作戦内容を秘匿するなんて、そんなふざけた話がある訳がない」 


 黒騎士ナイトメアは『汚れた禿鷲(ダーティーコンドル)』という組織の中でも幹部にあたる地位に立つ人間だ。

 『汚れた禿鷲(ダーティーコンドル)』のトップに立つあの老人の右腕とさえ言われている彼が、作戦内容を何も聞かされていないなど、そんな事があり得るのだろうか。


「あー、うだうだ面倒臭えヤツだな。つーかよ、ふざけてんのはどっちだよ。何だそのしょんべん臭いガキは? 背神の騎士団(アンチゴッドナイト)は子守が必要なガキまで引っ張りださなきゃならない程人手が足りてないのか?」


 髪の毛をぼりぼり掻き毟りながらウンザリしたように言う黒騎士ナイトメアに、スピカは頬を提灯みたいに膨らませながら両手を上げて憤慨した。


「スピカはもう小六だもん! 子守なんかいらないんだぞー!」


 心外だと言わんばかりのスピカの声を黒騎士ナイトメアは右から左に流して、


「……はぁ、面倒臭くなりそうだ。できる事なら今すぐ家に帰って縁側で茶でも飲みながら猫の腹でも撫でまわして過ごしたいところだが……」


 黒騎士ナイトメアはスピカの叫びを無視して一歩前に出ると、コキッ、コキッ、と指の関節を鳴らして、


「……しょうがねーから大サービスだ。まとめて掛かってこいよ。俺一人で遊んでやる」


 黒騎士ナイトメアの影が伸び、そこから生えるように生じた一振りの黒剣を掴み取る。

 調子を確かめるように軽く一振り。空気を切り裂く音が響く。


「頼むから、面倒で退屈な戦いにだけはしないでくれよな」

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『天智の書:人ノ章(ベータ版)』
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