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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第三章 災厄ノ来訪者ト死ノ狂宴
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第十四話 何事にも準備が必要Ⅰ――集結

 PM 12:58:33

 limit 3:01:27



「『ユニーク』の連中は俺達がぶっ飛ばす。だからアンタは、そこで夢でも見ながら待っていてくれ」


 東条勇火はその声を聞きながら、壊れたように固まっていた。 

 胸の中で感情が膨れ上がる。単に感心しているのでもない、嫉妬や苛立ちさえ混じりあい、自身に向けられるのは恥の感情だ。

 それは自分には決して不可能な事をやってのけた者に対する羨望の眼差しであり、嫉妬の炎だ。

 そして自身に対するどうしようもない劣等感だった。

 しかし勇火は、その感情の名前も知らなければ、胸を裂くソレに折り合いをつける術も知らない。


 それでもただ一つ。分かる事がある。

 東条勇麻も泉修斗も天風楓もアリシアのような女の子でさえも、覚悟を決めている。

 自分の命を懸ける覚悟、ではない。

 ネバーワールドに囚われた人全ての命を背負って戦う覚悟、だ。 


「見ての通り勝負はついた。これ以上何か文句あるヤツがいんなら今出て来い。今度はこの俺が相手をしてやる」


 バシッ、と泉が拳と掌を打ち合わせると火が散った。

 文句はおろか、雑音の一つすら上がらない。

 誰もが黙ったのを見て、楓もアリシアも勇麻の元へと駆け寄っていく。

 奇操令示をを倒す為に、すぐにでも行動を開始するのだろう。

 

 けれど、


(なんで……)


 東条勇火は、


(なんで皆、なんでそんな……! そんな風に、動けるんだよ……ッ)


 立ち上がろうとすら、思えなかった。


 怖い。

 どうしようもなく怖いのだ。


 ユニークの連中とやり合って、自分が死ぬのが怖い? 

 当然それだって怖い。

 結局のところ、東条勇火はただの中学生に過ぎない。

 『偽装電流ダミーエレクトロ』などと言う異能の力を力を宿していようが、その本質はまだ十四やそこらの子供でしかない。

 だから戦うのも、死ぬのも怖い。  

 それはごく当たり前の事で、そういう感情を持っている事は、別段恥ずかしい事ではない。

 

 でもこれは違う。 

 勇火から立ち上がる意志すら剥ぎ取ったこの重苦しい圧力は、死の恐怖とはまた毛色の違う何かだ。


 勇火は黒騎士ナイトメアとの命懸けの戦いを乗り越えたという、普通の中学生にしては極めて希有な経験を持っている。

 あの時だって、命を懸ける事に恐怖がなかった訳ではない。

 むしろ逆だ。

 文字通り死ぬほど怖かった。

 できる事なら今すぐ逃げ出したかったし、叶うのならば、自分が戦う事無く決着がついてくれる事を期待していた。

 それでも勇火は必死に恐怖を押し殺し、泉や兄に追いつきたいから、アリシアという少女を助ける力になりたいから、命を懸けて戦いに身を投じたのだ。


 でも今回は状況が違う。

 負けたら自分とは何の関係も無い人達が、何人も何人も殺されるのだ。

 自分のせいで。

 自分が負けたせいで、多くの人が命を落とす事になるかもしれない。そう思うと、もう身体は動かなかった。

 兄も、泉も正気じゃないとしか思えない。

 一つのミスが、たった一度の敗北が命取り。

 こんなの、背中に赤ん坊を背負いながらライフルを持って銃弾飛び交う戦場に飛び込むような物ではないか。

 考えただけで吐き気がする。

 そんな重荷を、たかが中学三年生でしかない東条勇火が背負える訳がない。

 ましてやそんな精神状態で、まともに戦える訳がなかった。 

  

 東条勇火にはできない。


 人質全ての命を背負って戦うなんて真似は、できない。


 命を背負う責任と重圧プレッシャー

 

 自分以外の人達の命を、その肩に一身に背負う行為。

 平凡な学生でしかない東条勇火には不可能だ。肩に背負った重荷で、歩く事はおろかまともに立つ事すらままならない。

 

 だから、膝を抱えて俯いているしかなかった。

 立ち上がれない自分が情けなくて、情けないと思う反面、その現状を打開しようともしない自分に対する嫌悪感で、頭がどうにかなりそうだった。


「……兄ちゃん、」

 

 だから、掠れたような声しか出なかった。

 俯いた視界の端、かすかに映った見慣れた靴が、勇火の目の前に勇麻が立っている事を告げていた。


「俺は……」


 バカにされると思ったのに、意外な事に勇麻は何も言わない。

 何も言わず、黙って勇火の言葉の続きを待っている。

 それが何故か悔しかった。

 情けないと、臆病者だと、そう罵って欲しかった。叱ってほしかった。

 ぎりりっ、と砕けるほどに歯を食いしばる。

 ともすれば漏れ出そうになる嗚咽を、勇火は懸命に堪えた。

 言葉の続きは何も出てこない。


 東条勇火の無力さを、受け入れないでくれよ。

 何をビビっているんだと、叱ってくれよ。


 そう叫びたかったのに、喉は細かく震えてか細い吐息を吐き出すだけだった。


「勇火、」


 やがて、勇麻が先に口を開いた。

 しかし、勇火が期待していた言葉が兄の口から発せられる事はなかった。


 ぽん、と縮こまる肩に手を置かれて。


「お前には店内ここの守りを任せたい」

「……え?」


 間抜けな声と共に顔を上げた先に映った兄の顔に、東条勇火は絶望した。


「奴らは人質には手を出さないとは言ってたけど、それでも心配は心配だ。だからいいか、ここの皆はお前が何があっても全力で守れ。外は俺達が何とかする。……任せたからな、勇火」

 

(そんな顔で、そんな風に……そんな事言わないでくれよ……ちくしょう)


 勇麻は、まるで今にも泣き出しそうな子供を心配するような気遣わしげな笑みで、労るように勇火の事を見ていたのだ。

 そして、そう声を掛けられ内心ホッとしている自分がいるという事に、勇火は気がついてしまった。


「……あっ、」


 優しく声を掛け、離れていく背中に勇火の手が一瞬伸びる。

 しかし中途半端な位置で止まった指先では、兄の背中を掴む事はできない。

 離れていく。

 兄の背中が。


 違う。

 勇火は首を横に振る。

 勇麻は勇火が恐怖している事に、気が付かないふりをしていてくれた。

 役割を与える事で、お前は逃げた訳ではないのだと、そう周囲に示してくれた。

 でも違うのだ。

 勇火は兄にそんな優しさを求めていた訳ではなかったのに。

 

 東条勇火では、東条勇麻の力には成れない。

 少なくとも東条勇麻は、勇火の力が必要だとは思っていなかった。

  

 臆病者が噛み締めた唇から、鉄の味が口の中に広がった。



☆ ☆ ☆ ☆


 

「はぁ……、なあおい勇麻」

「ん?」

「お前……馬鹿だろ」


 開口一番、呆れたように泉は吐き捨てた。  

 勇麻は何の脈絡もないその発言に、困惑したように眉を寄せ、


「はあ? 何だよいきなり」

「チッ、何でもねえよ……」

「?」


 もしかしてコイツは勇火を連れてこなかった事について言っているのだろうか?

 確かに、戦える仲間は多いに越したことはないだろう。

 だが、あの状態の勇火を連れて行く事はできないという事くらい、誰にだって分かるハズだ。

 勇火は、『ユニーク』と戦う事を恐れていた。

 ただでさえ危険な賭けなのだ。無理強いなどして取り返しの付かない事になった日には、勇麻は自分が許せなくなる。

 泉は呆れ果てたように溜め息をついて、それ以上は何も言おうとしなかった。

 勇麻としても、今はそんなことを追求している時間はない。

 結局、泉が何を言いたかったのかの詳細も分からないまま、話題は本題へと移る。


 今現在、勇麻、泉、楓、アリシアの四人は、人質の集められているハンバーガーショップから出て、建物の影で円になっていた。

 店内から出たのは監視カメラを警戒しての策だが、どの程度効果があるかは分からない。

 というか、相手側が監視カメラなどに頼っているかは微妙な所だ。

 あの気持ちが悪い半透明の虫のような生き物に監視全てを任せている可能性の方が高い。

 とりあえず、楓に『風の衣』を少し大きめに展開してもらい、音が漏れるのを防ぐ事にした。

 全員の周りを風の流れが覆っている事を確認して、改めて全員の視線が勇麻に集まる。


「……状況を確認しよう」


 勇麻が落ち着いた声で切り出した。

 

「現時刻は午後一時三分。タイムリミットまで三時間を切ってる」 

「っつても、三時間もあれば、本来なら五人全員)ってお釣りが来るような時間だけどな」

るって……。もう、相変わらず泉くんは物騒だなー」

「うむ。だが、妙に顔とセリフがしっくりくる。物騒が似合う顔なのだ」

「でも口の割りに本当は優しいんだよ? 泉くんは」

「うむ、知ってるのだ。私も沢山助けて貰ったぞ」

「……おいそこの女二人、それは俺をおちょくってんのか? あ?」


 二人の言葉にこめかみをヒクつかせる泉。

 「あ、あはははは、」と誤魔化すような苦笑いを浮かべる楓を尻目に、勇麻は話の軌道を元に戻す。


「まあ、確かに泉の言うとおり、神の能力者(ゴッドスキラー)同士の戦闘なんて、どんなに長引いても一時間ちょっとくらいが限界だろうな。それ以上は集中力も持たないし、何よりエネルギーが底をつくよ」

 

 楓も同意見らしくこくこくと頷く。

 エネルギーの消費という点において、楓の神の力(ゴッドスキル)はかなり燃費が良く、持久戦にも対応できるようになっている。 

 とは言え、よほどの実力差が無い限り、どんなに逃げに徹しても一対一の戦闘が一時間以上続く事はそうそう起こり得ないと考えていいだろう。

 楓からの反論がないなら、まず間違いは無いはずだ。

 どこか調子を狂わされた様子の泉は髪の毛をポリポリと掻き毟り、


「とは言え、それは向こうが大人しく戦闘に応じてくれればの話だ。もし隠れたり、逃げに入られたりした場合、人気俳優並みの過密スケジュールになっちまう。……が、まあそれについては今は後回しだ」

「だな。それより先にやっておくべき事が──」


 と、ここで話の腰を折るように着信音が鳴り響いた。

 発信源は……勇麻のスマホだった。

 再びリズムを崩された泉が露骨に嫌そうな顔をする。


「わ、悪ぃ……」


 泉はそれに答えず、視線だけでさっさと出ちまえと告げてくる。

 勇麻は素直にそれに従い、ズボンのポケットからスマホを取り出す。

 すると、なにやら見覚えのある人物の名前が画面に表示されていた。


「……シャルトル?」


 そのワードに楓の肩がピクリと微かに反応し、残り二人は揃って何のことだか分からんと首を傾げた。



☆ ☆ ☆ ☆



 PM 13:08:54 

 limit 2:51:06



「いやー、まさか本当にネバーワールドに来てたなんて驚きですよぉー。私全然気が付きませんでしたぁー」


 白々しいまでの満面の笑顔でシャルトルはそう言った。


「いや気が付かないもなにも、お前ら物陰から俺らの事伺ってギャーギャー騒いでなかったか?」


 勇麻の極めて冷静なツッコミに、シャルトルの笑顔が急速冷凍したかのように固まり若干引きつる。

 しかしそれでも笑みを崩さず、シャルトルはまるで何も聞かなかったかのように話を続けた。

 いっそ清々しいほどの強引さとメンタルの強さである。


「……な、なんか“たまたま”セピアがそれらしい影を見かけたらしくてですねぇー、それでダメ元で電話してみたって訳なんですよぉー」

「ダメ元ねぇ……」


 こいつらは確実に勇麻達が来ている事を知っていたと思うのだが……シャルトルは、その事実を意地でも認めたくないらしい。

 理由はよく分からないが、これ以上掘り返しても時間の無駄なので、ここは勇麻が大人になって相手の設定に合わせてあげるべきなのだろうか。


「……それで、コイツらがさっき言ってた協力者だって言うのか? それも背神の騎士団(アンチゴッドナイト)の? ……ケッ、全員女じゃねえか」

「おい、このつり目短髪は礼儀ってもんを知らねえらしいぜ、セリルア姉」

「あらあら、それは困ったわね~。でもスカーレちゃんも昔はこんな感じだったわ。でも、今はもう大人なんだからこれくらい見逃してあげたらどうかしら~」 

「あ? どういう意味だそりゃ」

「そのまんまの意味だってんだよ精神年齢一二歳」

「……そうかよ。そんなに死にたいなら、今ここで火葬をあげてやるが?」

「み、みなさん……あのー、これから協力する訳ですし。ケ、ケンカはよしませんか? ね? ね?」

「あらあら。二人とも、もうケンカが出来るほど仲良くなったのね~」

「ええと、あなたが火に油を注いでた気がするんだけど……」

「……ンな」

「む、なんだお主は。今わたしのどこを見て鼻で笑った?」

「な……」

「むむ、だからなぜわたしの胸を凝視するのだ」

「あ、アリシアちゃんも落ち着いて、大丈夫。まだ諦めるような時間じゃないよ。希望はあるから……!」

「むむむ、楓。今のは流石に私もカチンと来たぞ」


 目の前の収拾のつかない状況に、ふう、と勇麻は一度息を吐いた。

 呼吸を整え、心を落ち着かせ、目の前の光景を今一度しっかりと確認する。

 が、これで困ったのはシャルトルだ。

 

「……あ、あのー。どうしたんですかぁー? もしもーし」


 直前まで会話をしていた勇麻の突然の奇行に、若干戸惑ったように声を掛けるシャルトル。呼びかけても反応がない勇麻の顔の前で手を振るオマケつきだ。

 勇麻はそれらを全て聞き流して大きく息を吸い込むと、


「おっまえらいい加減にしろーっ! こんな時にごちゃごちゃ言い争ってねえでさっさと人の話を聞けぇええええええッ!!」


 頭をかち割るような勇麻の怒号に、シンとその場が静まり返る。

 身体の底から大声を上げた勇麻の若干荒い息遣いだけが、場に聞こえている。

 勇麻に皆の視線が集まる。勇麻の思いが、声が、無秩序な集団に届いた瞬間だった。

 そしてついに彼ら彼女らは心を一つにする。


「「お前のがうるさいんじゃボケぇええええええええええええッ!!」」


 なぜかさっきまで一触即発状態だったスカーレと泉がステレオで怒鳴り、同時に勇麻に殴り掛かった。

 ボコボコにタコ殴りにされる勇麻を見て、セルリアが何故か「あら? お祭りかしら? 楽しそうね~」などと場違いな事を呟き、ニコニコ笑いながら普通にリンチに加わる。

 セピアに至っては完全に悪ノリだ。

 ニヤニヤと薄く笑いながら、げしげしと勇麻の頭をつま先で小突いている。


「………………ハッ! ご、合法的接触のチャンス!?」


 よく分からない事を叫びつつシャルトルまで突撃していく。

 唐突に始まった馬鹿騒ぎに、楓は着いていくことができない。

 いきなりの事態にただただ口を開けて唖然とする楓に、それらの喧騒を眺めていたアリシアがマイペースに一言。


「ふむ。何だか勇麻がゲームセンターの太鼓の超人さんみたいな事になっているのだが……。止めないでいいのか?」

「……はっ!? ちょ、皆さん、あの、やめてあげてください。ゆ、勇麻くんをそんなに殴ったら頭が……ば、馬鹿になっちゃうから……」


 おろおろしながら必死で静止を呼びかける楓。しかしそのか細い声は周りに届かない。

 どんどん顔が腫れていく勇麻と、そして勇麻の助けを求める声が切れ切れに聞えて、楓が半パニック状態と化す。

 しかし静止の声は全くもって届かない。

 いよいよ涙目になる楓。


「え、えっと。ええっと……も、もうっ、暴力はやめてくださーーーーいっ!!」


 半ばヤケクソ気味に展開、解放された竜巻の翼が、勇麻含めて楓とアリシア以外の全てを吹き飛ばす事になるのは、言うまでもない事なのだった。

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