第九話 救いのない現実Ⅱ――宣告
最初に沈黙を破ったのは、泉修斗だった。
「おい勇麻、これからどうする?」
目立つ行動を取るなとこちらに釘を打っていた癖に、と思って周りを見渡したが、例の気味の悪い半透明な生命体の姿は見当たらない。
どうやら、全員を監視しなければならない関係上、今は勇麻達から離れた場所にいるようだ。
となると、最初から泉は、監視の目が無くなるこのタイミングを伺っていたという事になる。
……まあ、大人しく敵の指示に従うようなタマではないと思ってはいたが、泉修斗はこちらの予想以上に殺る気満々らしい。
先ほどまで冷静に勇麻を鎮めていたのが嘘みたいに、殺気が漏れ出ている。
「……どうって……?」
しばしの沈黙の後、質問に質問で返す勇麻に、泉はもう一度溜め息を吐いて、
「いつまであの訳分かんねえテロリスト野郎の指示に従うつもりなのかって聞いてるんだよ」
泉は今のこの状況が我慢ならないらしく、イライラを必死で押し殺そうとしているのがよく分かる。
誰かの指図やら命令やらを受けるなど、確かに泉修斗が嫌いそうな事だ。普段gガキ大将よろしく命令(?)を飛ばす側にいる泉からしてみれば、偉そうに上から目線指示を飛ばされるこの状況が、まず我慢ならないのだろう。
そこまで分かったうえで、勇麻は冷静に対応する。
泉がアクセル役に回るなら、今の勇麻はブレーキ役に徹するべきだろう。
と、考えられるくらいには、勇麻の頭も冷えていた。怒りの炎が鎮火した訳ではない。荒々しく燃え盛る爆炎から、静かに高温を滾らす青い炎へと変遷したような感覚だった。
「……今動いても状況を改善できるとは思えない、あのテロリストの言った事がハッタリにしろそうじゃないにしろ、今ここには俺達以外にも沢山の人がいる。そんな場所でおかしな行動を取ってみろ、俺達の軽率な判断で一体いくつの命を失う事になると思ってる?」
「今動くのは得策じゃないって意見も分からなくはねえ、理解はできる。けどよ、このままズルズル言いなりになってどうするんだ? 状況は変わらないばかりか悪くなる一方だ。どっかのタイミングで、リスク覚悟で動くべきなんじゃねえのか? それに今はチャンスだ、ヤツはバラけてる連中を、きわめて早急に何か所かにまとめたがってる。これがどういう事か、馬鹿でも分かるだろ?」
「……少なくとも、人がそこら中にバラけてる今の状況をテロリスト側が好ましく思っていないのは確かだろうな」
「そうだ。ヤツは早くこの状況から脱したいと思っている。それは今のこの状況が自分にとって不利だと感じてるからじゃねえのか? そして今は幸い移動中だ。これだけたくさんの人の流れを管理しきるなんて芸当、そうそうできるモンじゃねえハズだ。ヤツの監視体制にも必ずどこかに綻びが生じるハズだ。そこを突けば、なんとかなるかもしれねえ」
勇麻の意見をある程度肯定したうえで、それでも移動中の今に行動を起こすべきだと主張する泉。
ただ暴れたいだけのようにも見えるこの男だが、実はかなり冷静に戦況を分析できる人間だという事を、勇麻は知っていた。
だが、今回ばかりは泉の意見に賛同はできない。勇麻は首を横に振って、
「連中だってそんな事くらい分かってるハズだ。今こうして会話ができるような隙が生じている事自体、反乱分子をあぶり出す為の罠の可能性が高い。今動けば間違いなく連中に捕捉されるぞ」
「ならどうするって言うんだ? このままおとなしく連中の楽しいオモチャになるのを待ってるって言うのか?」
「そうだよ。状況が整うのを待つべきだ」
「状況が整う? 勇麻お前ふざけてんのか? わざわざクゾ野郎共にとって都合のいい状況にしてどうするよ?」
「パーク内の人を誘導し、予定通りに何か所かにまとめきった直後、山を一つ越えた安堵から必ず気が抜ける瞬間があるハズだ。人間の心理上、勝利を確信した時に確実にできる隙。そこを突く」
「気が抜けた瞬間? ハッ、おいおい勇麻、そりゃ素敵なテロリストが目の前にいてくれないと成立しない作戦だろ。居場所の知れないテロリストさんのご機嫌をどうやって窺うつもりだ?」
泉は勇麻の意見を鼻で笑うと、口の端を歪めながら勇麻に当たるようにそう言った。
勇麻は泉の反論に対して切り替えるように、
「それなら逆に聞くが、今動いたところで何ができるって言うんだ? 俺達は敵の居場所も、正体も、人数も、目的も、何一つ分からないんだぞ? そんな状態で動いたところで状況が好転するとは思えない。いいか泉、今のお前は半ばヤケクソになってるぞ。少し落ち着けよ」
ビシリ、と否定を突き付ける。しかし泉も引き下がらない。イライラと、額に青筋を浮かべて、
「勇麻、テメェは馬鹿か。お前の言ってるその問題は、楓ひとりで全部クリアできんだぞ?」
確かに楓の神の力、『暴風御手』ならば、ネバーワールド全体の人の流れを風で察知し、行動パターンの違う人間……すなわち犯人を割り出す事も可能かもしれない。
でもそれだって完璧な精度で一〇〇発一〇〇中で犯人グループを特定できる保障がある訳ではない。そもそも人数が分からないのだ。もしかしたら、指示誘導され歩いている一般人の中に紛れ込んでいる可能性だって否定はできないし、そもそもこのパーク内にいるとも限らない。
今は不確定要素が多すぎる。
「……不確定要素が多すぎる。楓の神の力で敵の位置を探るのはともかく、まだ行動を起こすべきじゃないだろ。多分目に見えないだけで今が一番警戒のレベルが高いハズだ。バレたら終わりの一発勝負なんだぞ? そんな危険な橋を渡るようなタイミングじゃないだろ」
「チッ、だからリスクは背負うべきだって言ってんだろうがッ、この先ピンチはあってもチャンスがあるとは限らねえんだぞ? 石橋を叩いて渡る前に、後ろから追いかけてくるオオカミに齧り付かれたら何の意味もねえ。ここを逃したら、それこそもう終わりかもしれねえんだ! お前状況が分かってんのか!?」
泉の言葉に、勇麻が苛立つ。
状況が分かっているのか、だと?
分かっているからこそ東条勇麻は、爆破されたアトラクションに飛び込まずに今もここに留まっているのだ。
勇麻だって、本当だったら今すぐあのふざけたテロリスト野郎をぶっ潰したいし、助けを求める人たちを助けに行きたい。
けれど、自分の浅慮な行動が大勢の命を危険に晒す事が分かっているから、自分の無力さに歯を食いしばり、悔しい思いを懸命に耐えているのに。
それを状況が分かっていないだと?
思わず大声を上げながら胸倉を掴んでいた。
「そっちこそ状況分かってんのかよ? 沢山の人の命が掛かってんだぞ!? そんなにスパスパ決めていいような事かよ!」
当然泉修斗がやられっぱなしで黙っているハズがない。
勇麻の手を乱暴に払いのけると、そのまま思い切り突き飛ばした。
勇麻の身体が大きくグラ付く。
「テメェは口だけ達者でやる事のクソ遅え政治家か? そんな建前聞きたくねえよんだよハゲ。ビビッてんじゃねえよ! どっちにしても俺は今動くぞ。もう我慢できねえ。あんなふざけたクソ野郎の言いなりになるのはゴメンだ!」
「泉ぃ、テメェ……ッ!」
エスカレートする両者の言い合いに幕を下ろしたのは、意外な事に楓だった。
「……二人とも。その、先に謝っておくね、ごめんなさい。……わたしの神の力で犯人を捜すのはちょっと無理みたい」
「なに?」
楓の言葉に、殴り掛かりかけていたのを一時中断した泉が短くそう返す。
楓は若干額に汗を浮かべて、
「今、軽く『風の眼』でネバーワールド全体の風の流れを読んだんだけど、風の流れに人為的な物が紛れ込んでいて、犯人の居場所を割り出すのは難しいと思うの。出力を上げればあのくらいの妨害、なんて事はないけど……でも、それだと神の力を使ってる事がバレちゃう」
人為的な風による妨害。
つまりそれは、
「何かしらのジャミングみたいなモンを受けてるって事か?」
「……うん、そういうことになるのかな」
犯人が居場所を探られない為にわざわざ風に工作を施したとしたら、それは天風楓の存在を意識しての事だろう。
つまり楓がネバーワールドを訪れているという情報を相手は持っている、という事だ。
だが天風楓が来ると分かっていて、なおかつその脅威を理解している人間が、わざわざ彼女のいる今日犯行に及んだのは何故だ?
天風楓は有名人だ。『最強の優等生』などと呼ばれる彼女の実力を知らない神の能力者など、この天界の箱庭にはいない。
もし計画を実行する前の時点で、彼女の存在が明らかになったなら、普通は決行日を改めるなどして、彼女を回避するのが得策だと思うのだが……、何か今日でなければならない理由でもあるのだろうか。
それとも、楓の存在に気が付いたのが遅かったとか……?
「楓の力を封じた。……つまり楓の存在がテロリスト側にバレてるって事か。……クソが!」
同じ結論に至ったらしい泉が悔しげに吐き捨てる。
しかしこれで状況はどうにも出来なくなった訳だ。
またふりだしに戻った。動くタイミングを失う。
これはいわば我慢比べだ。
自分たちにとって都合のイイ目が出るまで、ひたすらダイスを回し続けるしかない。
「とりあえず今は指示に従うしかないだろ。それに高見だって心配だ。人が集まる場所に行けば、あいつにも会えるかもしれない」
「チッ、クソが……」
露骨に舌打ちし、毒を吐く泉。未だ行方が掴めない高見の話を出されると弱いのだろう。泉だって口には出さないだけで高見を心配しているハズだ。
一応その案で行くことを承諾したのか、それ以上泉が何かを言ってくる事はなかった。
雰囲気は最悪。だが状況はもっと最悪だった。
分かっている。泉の言い分だって決して間違いではない。彼の言う通り、もうこれ以上のチャンスがやってくることはないのかもしれない。
けれど、今は駄目だ。
もし仮に勇麻や泉が今何かしらのアクションを起こして、それが露見したり失敗したりした場合、その失敗の責を、巻き込まれる形で全く関係のない人々まで払うことになる。
それも、
命、という最悪の清算方法で、だ。
このタイミングで再び爆発が起きたら、次こそ人々は心のタガを失ってしまうかもしれない。
恐怖と不安から理性の糸が千切れ、パニックに陥り、暴動でも起きてしまえば、多大な犠牲者が出てしまう。
それは駄目だ。
勇麻自身何か良いアイディアが浮かんでいる訳ではない。
だがそれでも、
(……何か、何か違うやり方があるハズだ。もっと、こう“俺だけにヤツらの敵意全てを集める”ようなやり方が……そうすれば、俺がヤツらの注意を引きつける事ができれば、ここには今楓も泉もいる。いくらでも打開の手段はあるハズなんだ。問題は、情報が少なすぎる事。せめて連中が何者なのかについて掴めれば、アリシアの『天智の書』で色々と調べる事もできるかもしれないのに)
こういう事態に陥った時、真っ先に自分自身を犠牲にしてでも全てを解決しようとしてしまう悪癖。それは明らかに南雲龍也の影響なのだが、その事に勇麻自身は気が付かない。
何の疑いを持つこともなく、無意識の内に自分を事件を解決する為のピースの一つのように扱ってしまう、その異質さ。
英雄の役目を、南雲龍也の代役を果たさなければならないと思い詰め続け、過去の亡霊に縛れら続けたが故の末路。
既に、東条勇麻という少年は反射的にそういった行動を取るようになってしまっているのだ。
過去に決着を着け、自分の心の内から湧き上がる何かの為に拳を握りたい。
そう願った少年がいた。
理由無き理不尽に怒りを覚え、無差別に人々を傷つけた巨悪を打倒せんと、自身の命すら顧みずに拳を握って立ち上がる。
でも、
……果たしてそれは、本当に東条勇麻という少年の本心なのか?
心からそうでありたいと願った姿なのか?
それすらも分からず、“それすら分からないという事実”にすら気が付けず、東条勇麻は拳を握る決意を固める。
☆ ☆ ☆ ☆
勇麻達が集められたのは入場ゲートのある『ブレッド・シティ』のパーク内でも極めて大きなレストランの一つだった。
期せずして出入口に近づく事になった訳だが、これを指示した声の主には何か狙いでもあったのだろうか。
とりあえず周囲を見回してみる。店内に張られたメニュー表を見る限り、元はハンバーガーなどのファストフードを中心に販売していた店のようだ。
「ピーター=サンのワクワクハンバーガーショップ……ね」
店名はネバーワールドの世界観に合わせた物なんだろうか……。それにしてもパンの妖精がパンで作ったハンバーガーを食べるって……、と勇麻は若干辟易する。
店内はイスやテーブルなとが脇に乱雑に押しやられ、先導されてきたゲスト達は店内の中心に固められていた。
一応、申し訳程度にスタッフがゲストに対応しているのが見えるが、流石にこれだけの非常事態のなか、マニュアルに書いてある事がどれだけ役にたつのかは疑わしい所だった。
その場で膝を抱えて座って待機。という指示が出てから幾分か経っているのだが、未だにテロリスト側に動きは見られない。
まだ他のゲスト達の移動が終わっていないのかもしれない。
泉はいっこうに進展の無い状況に、じれったそうに組んだ腕を人差し指でトントンと一定のリズムで叩き続ける。
嫌な静けさと人の息を殺した息遣いの中、その些細な音はよく響いた。
何も起こらない。けれど勇麻達の関われない水面下で何かが確実に進行している。
そんな状況の中、ただ黙って座っている事しかできないというのは、予想以上に精神に来る物があった。
時間の経過が酷く緩やかだ。
スマホの画面を覗き込む間隔はどんどん短くなり、デジタルの数字を追う視線には、だんだんと苛立ちが募りはじめる。
だから、唐突に動いた状況に勇麻達は対応する事ができなかった。
「やあやあ」
それはあまりにも突然で、何の脈略も無い登場だった。
しいて言うのならば、平和な日本で出会い頭にショットガンを持った凶悪犯とぶつかってしまうような、予期せぬ衝撃。それも確実に状況を悪化させる類の、だ。
そいつは中学生くらいの可愛らしい童顔の少年だった。
その少年は、この状況でニコニコと気味の悪いくらい薄っぺらい笑みを、その人形のように整った顔に張り付けていた。
横に裂けた口元と、まるで光を反射しない闇そのもののような感情の感じられない無機質な瞳が、ただただ不気味で気持ち悪い。
「皆さん、こんにちは。元気してたかな? うん。いやぁ、色々とご協力ありがとうね! うん。僕の指示通りに大人しく黙って動いてくれる腑抜けと腰抜けばかりで、僕としてはとても楽チンに事が進んで嬉しい限りだよ! ……ここまで従順だと君たちが羊か何かの家畜かと勘違いしてしまいそうになるんだけど、一応君たちは人間なんだよね?」
中性的な髪型の少年は、可愛らしく首を傾げて、そう尋ねる。
そこに悪意や敵意は無く、単純に気になった疑問を尋ねたくらいの響きしかなかった。
いきなり過ぎる展開に言葉の出ない勇麻達を尻目に、少年はツカツカと歩みを進め、どんどん店の奥へと入ってくる。
少年は、その後ろに何人か人間を従えていた。
一人は鮮やかな紫色に髪を染めた、勇麻と同じくらいの年齢のショートカットが活発そうな少女。
ニヤニヤと気味の悪い笑いを浮かべる男の後ろで、キョロキョロと楽しげに店内の様子を眺めている。
まるで遊びに来たかのようなその態度には、やはり真剣味も自分達がやっている事に対する罪の意識も、何も感じられない。
もう一人は酷く不気味な男だった。
全体的に痩せこけていて、不自然なほどに蒼白な顔面。
左右非対称な長髪は前髪が左側だけやけに長く、左目は完全に隠れていた。
平安貴族のような烏帽子をかぶり、黒系統の和装に身を包んだその男の頬には、どこか呪術的なペイントが施されていて、胡散臭い不気味さを醸し出している。
そして……もう一人は。一瞬その存在に気がつかなかった。
まるでいきなり降って湧いて出たかのように、気が付いたら勇麻の視界に存在していた。
そんな表現でもしなければ言い表せないような女だった。
今でも意識して見続けようとしないと、途端に意識の端から弾かれてしまいそうな、そんな希薄さを秘めている。
歳は二十代前半くらいだろうか。
長く伸びた前髪が、まるで貞子みたいに女の表情を隠している。
存在感の薄さ、猫背気味なのと相まって、本当に幽霊みたいな女だ。
ジッと観察していると、勇麻の視線に気がついたのかコテリと小首を傾げた。
まるで呪われた日本人形の様な動作に、ゾワリと、得体のしれない悪寒が背筋を走った。
「さてさて、何から始めようかな。うん。こういう時は自己紹介から始めればいいのかな? うん。そうだね、そうしよう。やっぱり人間、最低限の礼儀を失っちゃあお終いだしね! 親しき仲にも礼儀あり、なんて言葉もあるけれど、それって親しく無い人にはより礼儀を尽くすべきって意味だもんね! うん。という訳で、まずは初めまして! ネバーワールドを訪れの皆さん、僕の名前は奇操令示。一応これでも『ユニーク』って組織のリーダーをやらせて貰っています。これからよろしくね!」
どういう方法を取っているのか、マイクも放送用の器具も無いのに、奇操の声はパーク中に響き渡る。
スピーカーから本人の後を追うように流れる音声がうるさい。
「えーと、さっきも言ったと思うのだけれど、一応もう一度言っておくね。うん。ほら、聞き逃しちゃった人とか、何かの勘違いだと自分の耳を信じていない人もいるかもしれないからさ、最終確認ってヤツだよ」
奇操は、まるで周囲の反応を楽しむかのように、集められたゲスト達をねっとりとした視線で舐めまわす。
寄操は、愛しい人を受け止めるように両手を真横に広げて。
「僕は──僕たち『ユニーク』は、俗に言うテロ組織ってヤツだ。うん。ここネバーワールドは、僕たち『ユニーク』が占領した。僕たちの要求はただ一つ、中央ブロック第一エリアにある『創世会』本部の爆破。……この要求が二四時間以内に呑まれなかった場合、ここにいる人質全てをもれなく皆殺しにしちゃう事を約束するよ! 」
誰からの声も無かった。寄操令示ただ一人の声が通った後、耳が痛くなるような静寂だけが周囲に残った。
『今から二十四時間以内に創世会本部が爆破されなければ、パーク内の人質全てを殺す』。絶望に声を詰まらせる人々を前に、少年は笑顔でそう宣言したのだ。
その要求がどれだけ無茶で、通るハズの無い事を理解出来てしまったからこそ、人々の顔に残ったのは絶望と恐怖だけだった。
八月十九日、午後零時半。
一人の少年の宣言と共に血みどろの地獄が始まった瞬間だった。




