第五話 平穏と不穏とは紙一重Ⅱ――カウントダウンは既に
大型テーマパーク『ネバーワールド』。
天界の箱庭随一の観光スポットであり、街の外の一般人を受け入れている施設の一つでもある。
一般人への配慮と、トラブルの対策として、基本的にパーク内での神の力の使用は禁止。(元来、天界の箱庭内では干渉レベルC以上の神の能力者による許可のない神の力の全力使用は禁止されているのだが、こちらはお世辞にもあまり守られているとは言えないのが現状)
しかもそれを情報操作とイメージ戦略のみで達成してしまったのが、『ネバーワールド』という一大テーマパークである。
さて、ここでそんな情報操作の一つに『ネバーワールド』に関するこんな都市伝説があるのをご存じだろうか。
『ネバーワールド』内で『神の力』を使ってはいけない。
そんな愚かな真似をしよう物なら、きっと今に倒れてしまうよ。
怖い怖い神様の、邪悪な儀式の生け贄として。
☆ ☆ ☆ ☆
「――なんて都市伝説、今どきどこの誰が信じるんだかな」
警備員として──いや、何らかの形で『ネバーワールド』に勤務する人間の耳には、嫌でもこの手の都市伝説が入ってくる。
が、警備員としてパーク内の隅から隅まで把握する事になる彼らにしてみれば、耳に飛び込んでくる都市伝説のどれもこれもが、何の根も葉も無い、くだらない噂に過ぎないと分かるだろう。
閉園後のパーク内を散々歩き回り、裏方の事情にも精通しているスタッフにとっては、ほとんどの都市伝説はくだらないお笑い話なのだ。
今回もそんなくだらない話の一つだ。
そう言って笑った大八木に、しかし同じ警備員用の服を着た同僚の小嶋が食い下がった。
「いやいや、お前な、一概に馬鹿にもできんぞ。俺の知り合いの友達がな、その都市伝説の真偽を確かめる為に、パーク内で神の力を使おうとしたんだってよ」
「知り合いの友達って、また微妙に遠いな。……それで? その友達とやらは儀式の生け贄になって帰らぬ人になったってか?」
「いや、流石にそんな事にはならなかったさ。でも、当日その友達がパーク内で倒れて病院に運ばれたらしくてね。ネバーワールドに行く前日にその話を聞いてた知り合いはそりゃ驚いて、もう大急ぎで搬送された病院に見舞いに行ったんだと」
でも何か様子がおかしいんだ、と小嶋は言う。
「医者の話では熱中症だって言われたらしいんだけど、別に脱水症状が出た訳でも発熱があるわけでもない」
「ならなんで倒れたんだよ?」
大八木の当然の疑問に小嶋は興奮した様子で、
「なんでも、全力で神の力を使おうとした途端、急に身体中の力が抜けてその場で気絶しちまったらしい」
「なんだそりゃ」
「さあね。でも本人の話によると、感覚としてはマラソンを走りきった後とか、遠泳直後、あとは──神の力を使いすぎた時と似たような感覚だったらしい」
思わずゴクリと唾を飲み込む大八木に小嶋は、
「その上、それ以上は病状に関する説明も処置も病院側からは一切無しで、回復しきってもいないのに、次の日には強制的に退院させられちまったんだと。……偶然が重なったにしては、嫌におかしいとは思わないか?」
むむむ、と唸る大八木。
相変わらず都市伝説を肯定する気にはなれないらしく、理性と感情の狭間で悶えているらしい。
そんな同僚に畳み掛けるように小嶋は、
「しかもだ。その友達がネットの掲示板にその実体験を書き込もうとしたらしいんだが、急にパソコンの調子が悪くなってネットに接続できなくなったらしいぞ。携帯端末の方も差しあわせたようにアウト。……これも単なる偶然だと思うか?」
しばらくの間、仕事も忘れて黙考していた大八木は、やがて口を開いた。
「とりあえずだ。倒れた云々の真偽はまあ置いてく。そのうえで、要するにこの話ってさ、お前の知り合いの友達ってヤツが、都市伝説に関連する情報を発信しようとして、それをよく思わない何者かによって妨害されたかもしれないって話だよな」
「まあ、そうだな」
すると大八木はイタズラげにニヤリと笑って、
「だったらお前、この話を人に言いふらすのって、あんまり良くないんじゃないのか? ……あーあー、お前もどっかの誰かに狙われるかもなー」
「ま、まっさかー。ネットに載っけようとした訳じゃねーし、平気だろ。……平気だよね? あれ? なんかちょっと怖くなってきたじゃねえかよ……」
あっはっはー、夜道には気をつけろよー、などとふざけあっていた二人は、
不意にびちり、という音を聞いた。
「?」
小嶋が音源の方を振り向く。
振り向く、というより視線を下に下げた、と言う方が正しいかもしれない。
とにかく、音源は自分の足元から聞こえてきたのだから、当然下を向く羽目になる。
別段音に対して警戒心を抱いた、という訳でもない。
音に対してただ身体が反射的に反応しただけだ。
だから小嶋は視界に映った物を見て眉をひそめた。
「なん、だ、これ……?」
それは生き物だった。
硬いコンクリの地面を、まるで柔らかい泥か何かのように突き破って現れた、半透明な生き物。
まるで芋虫に強靭なバッタの後ろ足を生やしたような、そんな気味の悪い形状に小嶋の肌が粟立つ。
そしてその嫌悪感を吐き出す暇も無く、
「あ」
耳障りな金切り声をあげながら、気味の悪い謎の生物が小嶋目掛けて襲いかかってきた。
☆ ☆ ☆ ☆
勇麻たち一行が次に向かったのは『バターハーバー』という名前のエリアである。
入園ゲートのあった『ブレッドシティ』の下――全体としては左下にあるエリアである。名前からも分かるように港町を模したエリアで、水(?)に関連するアトラクションが多く存在している。
エリア内には『マーガリン川』なる名称の川――ビジュアルは至って普通。ただ設定上はドロドロした高温のマーガリンが流れているらしい――も流れていて、そのマーガリン川に由来するアトラクションも多かったりする。
「な、なあ、泉……」
震えを無理やり押さえた、どこかうわずったような声だった。
「な、なんだよ、勇麻」
勇麻に返事を返す泉の様子も何やらおかしい。返す言葉に毒もキレもない。
そもそも今の泉の関心は完全に勇麻から他の物に逸れていた。
泉は隣の勇麻に視線を向ける事もなく、ただただ、下を凝視している。
「これ、ヤバいヤツだよな。まさかこれ死んだりしないよね? ねえ? ねえ!?」
「ぎ、ぎゃあぎゃあうるせえヤツだな。な、なにビビってんだよ、勇麻」
それはまさしく奈落と表現する他ない光景だった。
視界の先では、泉と勇麻を一息に呑み込まんと、ザアザアと音を立てながら終わりが大口開いて待ち構えている。
二人は明確に死を感じ取り、ゆっくりと近づく終わりに、ただ震えているしかない。
縛り付けられ、固定された身体では現状からの脱出を図ることも困難。
周囲に二人以外の人影はなく、助けを呼ぶことも絶望的。
まさに八方塞がりだった。
こうしている間にも、明確な死は、まるで二人を焦らすかのようにゆっくりと歩みよってくる。
二人の乗った船体が、地獄の淵に乗り上げる。あと少し進めば、二人を乗せたまま、真っ逆さまに落下していくのだろう。
「いやいやいやいや! ちょ待って、ホント待って、いや馬鹿だって馬鹿だって!」
「は、はは、あはははっ、だらしがねえな勇麻! こ、こんなの全然怖くねえだろお前――ってやっぱりちょっと待っ」
ぞわぞわした嫌な感覚が勇麻を蝕む。
隣の泉が息を呑む音が聞える。
ふっわっ。という、お腹の中身が全て浮かび上がるような不快感が勇麻の腹をくすぐり、直後。
水の落ちていく音を掻き消すように、
「「――っぎゃぁああぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」」
――円形のバターを模したボート型のコースターに乗り込んだ二人は、そのまま滝壺へとほぼ垂直に落下していった。
二人の魂の大絶叫は、虚しくも滝壺の中へと掻き消えて行ったのだった。
☆ ☆ ☆ ☆
今夏からオープンした新アトラクション『マーガリン・リバー・マウンテン』は大好評なのだった!
「馬鹿だってあのアトラクション! 何が『マーガリン・リバー・マウンテン』だよ! 滝壺に垂直落下とか頭おかしいって! しかもあれ、ジェットコースターと違ってレールとか敷いてないんだぜ!? 俺らボートにベルトで身体固定されたまま十数メートル下の滝壺に自由落下しただけだぞ? 全体的に雑じゃねなんか!!」
「とりあえず、これだけは間違いなく言えるって事が一つある。……あのアトラクションの設計者は頭のネジが絶対にどっかにぶっ飛んでやがる。あぁ、それもとびきり大事なのがな!」
顔を真っ青にして、それでもどこか興奮気味に語る野郎二人は、落下時に盛大な水しぶきを被ったせいかびしょ濡れだった。
折角の遊園地だというのに、何が悲しくてこんなにもむさ苦しい組み合わせになってしまったのだろうか。
そういえば、楓が話しかける隙すら与えない神速の勢いでアリシアを誘って、連れ去るように列に並んでいったのだが、そんなにアリシアと一緒に乗りたかったのだろうか。
「自転車のジャイロ効果じゃねえんだよ。絶対に転覆しないだの、姿勢維持機能だなんだ最新科学てんこ盛りで、落下中もボートがひっくり返る事はないって言われてもさぁ、命綱も、こう……目に見えて分かるような安全装置も何もないじゃん! その状態で十メートル以上のダイブ決めろとか、そんなの怖すぎるって!」
「とりあえず子ども向けのテーマパークにあっていい破壊力じゃねえだろクソ……」
泉はびしょ濡れになった衣服が鬱陶しいのか、身体をブルリと震わせ不機嫌そうに眉を寄せる。
普段なら神の力で一瞬で乾かせられるのにとボヤいている辺り、流石の泉も暗黙の了解を破るつもりはないらしい。
勇麻たちがネバーワールドの予想以上の恐ろしさに戦慄していると、続々と後陣が出口から出てきた。
「だ、だぁー。俺っち、ほ、本当に死ぬかと思ったぜ……」
「い、生きて帰ってこれた……。よかった。最後の瞬間が高見センパイと一緒とか、死んでも死に切れないですもん」
「またまた、どーしてこう、俺っちの周りには照れ屋さんがこう多いのか。男のツンデレなんて流行らないぜ?」
「……いや、冗談でも気持ち悪いです。高見センパイ」
「先輩に対して辛辣なその態度。……最近の若者は礼儀がなってないって言うけど、こう現実として改めて直面するとなぁ……。俺っちは悲しいぜい」
「やだなー高見センパイ。俺、基本的には年上の人に礼儀正しいですよ?」
「あれ? それ暗に俺っち例外宣言されてね?」
こっちもこっちでフラフラしながら出てきたところを見るに、受けたダメージはかなり大きかったようだ。軽口をたたく余裕があるあたり、勇火あたりは勇麻たちより絶叫系(というか垂直落下)に耐性があったのかもしれない。
神の力で空を飛んだりした経験があるからだろう。
空を飛んだり落下したりなんて、分類的には単なる身体強化系に過ぎない神の力の勇麻では味わえない感覚だ。泉も似たような所だろう。
そして女の子組の方と言えば。
「あ、アリシアちゃん!? し、しっかりしてーっ!」
「か、楓。私の事はもういい。楓……お主だけでも、生きて……」
テクニカルノックアウト状態のアリシアを、ぴんぴんした様子の楓が肩を貸す形で支えている。いや、もう肩を貸すというか、アリシアが楓の背中に思いっきり圧し掛かっているような状態だ。
ぴくぴくと震えるアリシアは明らかに瀕死状態で、先のアトラクションがどえだけオーバーキルな代物かをこれでもかと示していた。
そしてその様子を眺める馬鹿どもは、
(あ、透けてる)
(透けてやがるな……)
(ラァっキぃぃぃィィー透ケテレンブルクゥゥぅぅぅぅううううううううううッ! フォぉおおおおーッ!!)
(す、すけて……)
水しぶきで濡れ濡れの透け透け状態になった楓の、年相応の女の子らしくふっくらと盛り上がり始めた上半身に目を釘付けにさせていたのだった。
水に濡れて、身体のラインにぺたりと張り付く白ブラウスと、そこから透けて見える、白を基調としたピンクのリボンのワンポイントが可愛らしい清楚な下着が何とも眩しい。
「……なあ勇麻」
「なっ、なんだよ」
突然の泉の問いかけに、ハッとして勇麻が慌てて視線を離す。
「夏って……いいな」
その一言で全てを悟った勇麻は、
「ば、馬鹿野郎! それ以上言葉にするのは危険だ! 光の速さでシスコン王子が飛んでくるぞ!」
☆ ☆ ☆ ☆
奇操令示はふらふらとした足取りで『トースターコースター』の出口から出てきた。
「いやぁ、酷い目にあったよ。うん。並んでる途中でトーカちゃんは消えちゃうし、そのせいでシングルライダーと間違われて心の準備も出来てないのにアトラクションに放り込まれるし。うん。というか予想より全然速いし、怖かったよ。うん」
何とか休憩用のベンチに辿り着き、倒れ込むようにして背もたれに体重を預ける奇操。
ぐでーっ、と脱力しきってジェットコースターの余韻に浸っていると、
「……ごめんなさい、私、いつの間にか……」
今の今まで誰もいなかった空間から、消え入りそうな弱々しい声が聞こえて、気が付けばそこには長い前髪で表情を隠した薄衣透花が立っていた。
「あ、トーカちゃんてばそこにいたのか。うん。全然、これっぽっちも気が付かなかったよ。うん。でもあれだよね。まるで空気や酸素のように当たり前にそこにいるっていうかさ、トーカちゃんが僕の傍にいるのが当たり前の事すぎて、逆にそのありがたみに気が付かないみたいな事なんだろうね。きっと。うん。なんて言ってみたりしてね」
「……当たり前、私、奇操さんの傍……」
奇操の言葉を確かめるように、普段よりも小さな声で呟く薄衣。
普段の声でさえ聞き取るのが困難な彼女の囁きは、奇操の耳には届かない。
だが、奇操の方も別段薄衣の返事を求めている訳ではないらしい。
奇操としては、一人で勝手にベラベラと喋れれば満足なのか、そのまま話を進めようとする。
「まあいいや。それで結局、トーカちゃんはジェットコースターに乗れたの?」
質問にこくこくと首を縦に振る薄衣。その様子に奇操は満足げにうんうんと頷き、
「それなら良かったよ。怖かったけど、楽しかった事には変わりはないしね! うん。あの感動を仲間と共有できる僕はきっと幸せ者だ。うん。それに、せっかく遊園地に来たのにジェットコースターに乗らないなんて、海水浴場に遊びに来たのにえっちな水着のお姉さんの谷間をガン見しないくらいにもったいないもんね!」
女の子の前で言うような感想ではないが、寄操はそんな事気にした様子もなくぺちゃくちゃぺちゃくちゃと捲し立てるように口を回す。
人生初のジェットコースターが予想外に楽しかったらしく、はしゃぐ奇操。
そんな奇操に対して、
「で、奇操さん。それが言い訳って事でいいんですか?」
何やら肩を怒らせてそう詰め寄る高校生くらいの女の子がいた。
紫色に染めたボブカットが眩しい、活発そうなその怒れる少女に奇操はにこやかに笑いかけて、
「やだなー、満漢ちゃん。そんな怖い顔しないでよ。うん。可愛いお顔が台無しだよ? 女の子は──満漢ちゃんは笑ってた方が魅力的に見えるんだぜ?」
「やだなぁ、奇操さんてば。満漢ちゃん誉めたって何も出ないですよー? ……って、そうじゃなくて! 合流予定時間を一時間半も過ぎてる事と、その間、このトップアイドル満漢ちゃんを独りぼっちで待たせ続けた事についての弁明はそれだけですかって聞いてるんですーっ!」
「うん」
「うん……って、開き直らないでくださいーっ!」
「えー、だって、嘘付く訳にもいかないし、やっぱり仲間には隠し事をせずに正直に話すべきだと僕は思うんだよね。うん。だからごめんね満漢ちゃん。君に寂しい思いをさせたなら謝るよ。うん。でもジェットコースターの誘惑には勝てなかったんだ! ごめん、満漢ちゃん! 君よりジェットコースターを選んじゃうような駄目な僕でごめん!」
「それ満漢ちゃんの魅力がジェットコースター以下って言ってません!?」
「うん。そうだけど」
「だから開き直らないでフォローくらいしてくださいーっ!」
ぽかぽかと可愛らしく奇操を殴りはじめた自称トップアイドルの少女。奇操は少女の猛攻を避けようと、伸ばした掌で少女の頭を押さえつけて拳から距離を取りつつ、
「僕が悪かったよ満漢ちゃん。うん。今度から浮気はもうしないって誓うから許してよ」
「まず満漢ちゃんたち付き合ってませんけどね! あと、それを浮気って呼ばないでください! このトップアイドル満漢ちゃんが人以外に負けたみたいじゃないですかーっ!」
「分かった分かった。なら、こうしよう。うん。今日のお昼は満漢ちゃんの好きな物、僕の財布がもつ限り何でも奢ってあげるから。うん。だからね。許してよ満漢ちゃん」
奇操がそれを言い終わった時には既に拳の嵐は止んでいた。
その代わりに、目をまん丸と見開いた少女が、
「ほ、ほほほほ本当ですか奇操さん!? 絶対ですよ! 今更嘘でしたなんて言ったら、満漢ちゃん奇操さんを代わりにむしゃむしゃ食べちゃいますからね! 絶対の絶対に絶対ですからね!」
口から涎を垂らしながら、物凄い勢いで奇操目掛けて身を乗り出してきた。
奇操は女の子の開いた口から滝のようにこぼれ落ちる涎を避けつつ、
「ああ、約束だ満漢ちゃん。僕の財布の上限額まで、君が食べたい物を奢ってあげるよ。うん。ただし、それ以上は無理だからね。そこは分かってくれるね?」
「はい! 了解しましたーっ!」
さっきまでの怒りはどこへやら、ビシッと敬礼まで決めて、まるで餌付けした犬のような従順っぷりを発揮する少女。
その様子に奇操は楽しげに笑い、
「さてと、それじゃあ少し時間が遅れたけど、ここからは予定通り行くとしよう。うん。じゃあまずは……咀道満漢ちゃん。きみの報告から聞こうかな。うん」
「はい! 了解です! 仰せのままに!」
咀道はやけにハキハキとした返事を返してくる。
寄操が昼食を奢ってくれるのがそんなに嬉しいのか、咀道の表情にいつもの二倍程の真剣さが宿っているような気がした。
咀道は、手にしているタブレット端末に目を落として、ハッキングにより入手した現在のパーク内の映像全てに目を通しながら口を開いた。
「まず、進捗報告を。寄操さんの生成した起爆虫ですが、予定通りパーク内に侵入した模様です。同じく先行突入させた偵察用の虫もパーク内に入ったのですが、こちらはトラブルがあったみたいです」
「トラブル? 何があったんだい?」
「はい。ネバーワールドの警備員二人に目撃されたみたいですね」
「ああ、なんだその事か。うん。その報告ならさっき僕の所にも来たよ。きちんと“事後処理”までしてきたみたいだから、大した問題はないよ。うん。まあその内バレるだろうけど、もうその時にはバレても問題ない状況になっているだろうしね」
「なるほどです。他に質問などなければ、満漢ちゃんからの報告は以上で終わりになっちゃいますけど」
「うん。僕からは特に何もないかな。後は予定通り進めるだけだし。トーカちゃんは?」
と、誰もいない空間に話を振ると、
「……私も、何も、無い」
ヌッ、といきなり顔を出した薄衣が短くそう答えた。
いきなり現れた薄衣に流石に驚いたのか、咀道の動きが一瞬フリーズする。
が、すぐに思い出したようにこう付け加えた。
「あ、そうだ。彼も予定通りパーク内に入ったみたいです。満漢ちゃんはまだ今日会っていませんけど」
「まあ彼はちょっと変わった性格の子だからね。うん。一人でいたいっていうなら、作戦決行まではしたいようにさせてあげよう。折角の遊園地なんだし、皆が好き勝手に自由に楽しまないと損だもんね! うん」
冗談でも何でも無く、至って真面目なトーンでそう言った。
まともな神経の人間が聞いていたら、お前がソレを言うか、とツッコミたくなるような言葉を吐く寄操。
だが今この場にまともな人間などどこにもいない。三人が三人とも、イカレタ価値観の持ち主だった。結果、そのふざけた発言も当然の如くスルーされる。
この場では寄操令示という少年の言葉が正しく、それ以外は全てが間違いなのだ。
彼が是と言えば是だし、否と言えば否なのだ。
感情の塗りつぶされたような漆黒の黒目を大きく見開いて、奇操は笑う。
底なし沼のような全く感情の浮かばない瞳で、笑み、という名の顔の歪みを作り出す。
「あぁ、楽しみだな。うん。どんな風に綺麗に壊れてくれるんだろう。この街は」




