第一話 記憶に残る一日の始まりⅠ――突撃!ネバーワールド!
八月一九日。
天気は快晴で絶好のレジャー日和。
そう、今日はとてもとてもレジャー日和だ。こんな日に家にこもって宿題なんてもったいない真似をするほど、東条勇麻は真面目人間ではない。
だって夏休みだ。
学生にとって夏休みとは本来遊ぶ為にあるハズだ。
それがここ最近は頭のおかしい奴らと命懸けの死闘を演じたり大怪我して入院したりの繰り返し。こんなの絶対に間違っている。
少なくとも、普通の高校二年生の送る青春というやつでは無い。
もうそろそろいいだろ? 夏らしいイベントが一つくらいあったって。
そしてそれを楽しんでも罰が当たるなんて事はないだろう?
……そんな訳で! なんやかんや色々あって、有無を言わさず遊園地なのだった!
南雲龍也の過去やら覚悟を決めるやら背神の騎士団やら、そういう難しいお話は一回捨て置く感じなのだ!!!
要するに、流石に疲れたのでシリアスさんにはしばしの間お休みして頂こう、という訳である。
「はっはっはっは! やってきましたぜぇ! 『ネバーワールド』!」
「おいクソ勇麻ァ! お前年甲斐もなくはしゃぎ過ぎだって! 馬鹿に見えるぞこのバーカバーカ!」
「何を言ってるやら泉くん! おまえこそ目の下にクマできてるのバレバレだからな、前日眠れないってお前、遠足前夜の小学生かよ! このお祭り騒ぎ大好き野郎!」
「あ? 違えよバーカ、これはアレだよ。今日が楽しみじゃなさすぎて逆に夜更かししてただけだから。いっそ寝坊してもいいって思ってたレベルだぜ俺は!」
「その割には集合場所に着いたの俺と同じで一番だったじゃねえかよ」
「あ? 文句あるのかよクソ勇麻。別に俺がいつ集合場所に来ようが俺の勝手だろうがよ」
朝の九時だと言うのに、いきなりテンションが最高潮な少年が二人。
片方は赤茶に染めた短髪に虎のような鋭いつり目の少年、名前を泉修斗と言い、もう片方の平々凡々な少年、東条勇麻の幼いころからの友人だ。
意味の無いハイテンションから意味の無いハイテンションなケンカに発展しつつある二人に、その他四人は完全に置いてけぼりを喰らっていた。
「あのー……。二人とも、せっかくネバーワールドに遊びに来たんだからケンカはやめようよ……、ね? ね?」
若干おどおどした挙動で二人に静止を呼びかける少女の名前は天風楓。
優しそうで可愛らしい顔立ちに、目元の泣きぼくろが印象的な女の子だ。おそらくは今日の為に奮発したのであろう、新調した白のブラウスに下ろしたての若葉色のフレアスカートから覗く、スラッとした脚が眩しい。髪は茶色に染められていて、一房だけ伸ばした髪の毛を後ろで束ねている。
そんな楓の言葉に、東条勇麻にそっくりな、だけど若干兄よりも顔つきが整っている年下の少年と、いつも通り首から歴史を感じさせる古書を下げ、白いワンピースに身を包んだ純白の肌と髪の、宝石のように美しい碧い瞳をした少女とが言葉を返した。
「……楓センパイ、この二人は放って置いていいよ。今テンションマックス過ぎておかしい事になってるだけで、じきに勝手に楽しみ始めるから」
「そうだぞ楓。弟くんの言う通りなのだ。勇麻と泉は仲良しだからな。今もきっと仲良くじゃれ合ってるだけなのだ」
「ええっと、アリシアちゃんまでそっち側に付いちゃうと、いよいよこの二人を止める人がわたししかいなくなっちゃうんだけど……って、アリシアちゃんってばキラキラ目を輝かせて勝手にどこかに行こうとしないで!」
楓たちのやり取りも耳に入っていないのか、依然騒がしいやり取りを続ける勇麻と泉。
そしてそんな二人を見て、止めようとするでも放って置こうとするでも無く、呆れたような溜め息を吐く猿っぽい顔の人物が一人存在した。
どれくらい猿っぽいかと言うと、動物園のチンパンジーの檻の中にいたら二度見しないと気が付かないレベル。
その人物は、まるで哀れな生き物を見るかのように争う両者に優しい視線を投げかけて、何かを達観したかのように額に手を当て静かに言葉を零した。
「……全く、いつの世も争いってもんは醜いもんだぜー。当事者どもはこれがドングリの背くらべだって事に気が付かないんだからな。いくらネバーワールドに遊びに来たからって、そんなトコまで子供にならないでもいいってのに、お二人とも気合が入ってますねー。まあ既に大人な俺っちとしては、そんな君たちが眩しいんだ・け・ど!」
語尾の区切りと小馬鹿にするような腰の動き、それが争う二人の目に移った途端、怒りと拳の矛先が一瞬で変更された。
「「お前はいちいちうざったいんだよこのアホ猿!!」」
「何で俺だっぐぼべぇえ!?」
勇気の拳と火炎纏う衣なんて物騒な力を持つ神の能力者達両名の放った一撃に、高見秀人が天を舞う事になるこの一連の流れまでが既に様式美なのである。
もはや誰も二人の高見への制裁に突っ込まないあたりに貫録を感じて欲しい。
あの『身体は優しさでできている』と噂されている天風楓が止めようとしない時点で、事の異常さを察していただけるハズだ。
「くっ、お前ら……さてはあれか、ついつい好きな子にいじわるしちゃう系男子だろ? まったくもー、俺っちがそういうのに敏感だから良かったものの、もし鈍感なヤツだったら嫌われてますぜ、お二人さん」
びよーんと跳ね起きてすぐさま己の復活をアピールする高見。
勇麻と泉のテンションの高さを馬鹿にしていた癖に、十分鬱陶しいテンションのふざけた猿顔の友人を、勇麻と泉はしばらく白い目で見つめて、
「なあ勇麻、今日コイツ誘ったアホはどこのどいつだ?」
「さあ? なんか誘ってもないのに気づいたらここにいたんだよな」
「予想以上に対応が冷めたい!? 夏休みなのに俺っちの体感温度がおかしい事になっちゃうよ!?」
愕然とした様子でオーバーなリアクションを取る高見を置いてずんずんと人ごみの中を進んでいく一行。
「ってあれ!? なんか今日は皆一味違うみたいだぜい!? ちょっと待ってくれー。おーい。皆さん俺っちを忘れてますよー!」
いつもと違い自分のペースに持っていけない事に首を傾げつつ、人ごみの中に消えていく勇麻たちを必死で追いかける高見。
今日という今日は、いちいちこの馬鹿の台詞に腹を立てて構ってやる余裕はないのである。
勇麻たちは今現在、とあるテーマパークを訪れている。
『ネバーワールド』。
天界の箱庭西ブロック第三エリア。南ブロックとの境界線のあるこのエリアのおよそ三分の一以上の面積を使って建てられた超大型テーマパーク。それがここ『ネバーワールド』だ。
小さな子供のいる家族が多く暮らし、子ども向けのレジャー施設なども充実している西ブロックにおいても最大級のレジャースポットである。
ネバーワールドは世界中で大人気のアニメ映画作品、『ネバーワールド』の世界観を完全再現したテーマパークだ。
内容は確か、緑の帽子を被ったパンの精霊ピーター=サンに導かれ、パンと子どもの国ネバーワールドを訪れた“朝はパン派”の子ども達三人の冒険と、ネバーワールドに攻めてきた、“朝は白米派”の海賊ふっくら船長との戦いを描いた心温まるアクション超大作……とか確かなんかそんな感じだったはずだ。
勇麻は直接映画を見た訳ではないので詳しい事は知らないが、逆に言えば映画を見たことのない勇麻ですらここまで内容を把握できるほど世間に浸透しているともいえるだろう。
ちなみに勇麻が知るネバーワールド関連で一番有名な話は、愛と勇気だけが友達のあの方のパクリ作品なのではないか? という苦情が上映当時に大量に押し寄せ、その指摘に製作陣が開き直って『いっそパクリに見えるレベルで思いっきりオマージュしてます』などというメッセージを相手方に送ったなどという嘘か本当かも疑わしいぶっとびエピソードだ。
いろんな意味で話題を掻っ攫っていった超問題作なのである。
正直勇麻としては何でこんな作品が流行ったのかさっぱり謎なのだが、まあ人気が出ているという事はどこかに需要があったのだろう。
それにテーマパークとしては普通以上に面白い場所ではあるので、この際細かい事を気にするのは止めるのが賢い選択というヤツだろう。
そんな訳で、勇麻達一行はアリシアへのお礼&勇麻と楓、そして泉の退院祝いという名目でこの遊園地を皆で訪れていたのだった。
とはいえ、何も最初からこの馬鹿みたいにお金の掛かる遊園地に来るつもりだったのではない。
始めは今回の件で色々迷惑を掛けてしまったアリシアへのお礼という事で、勇火も入れて三人でどこかに遊びに出かける予定だったのだ。
勿論、居候を加えてパワーアップした東条家の炎に包まれた家計を前にしては、そこまでお金の掛かる所へ行くことはできるはずもない。当然、ネバーワールドは入園料から何まで高すぎる為、最初から意識の外に除外され、候補にすら上がってなかった始末である。
そんな時に楓がネバーワールドのチケットを持って東条家に遊びにやってきたのだ。しかもチケットを五枚も持って。
都合の良い事というのは本当に起きる物なんだなー、と勇麻は目の前で起きた奇跡に感動を覚えた程だ。
ちなみにチケットの出所は楓と提携しているスポンサーからだとか。
なんでも高レベルの神の能力者にはスポンサーが付く事はそれほど珍しくないらしい。
……女子高校生にスポンサーってどうなのよ……と一瞬思ったが、それはそれ。
タダでネバーワールドのチケットが手に入ったのだ。文句を言うなんて罰当たりな真似ができるはずもない。
……ちなみに今回、勇麻達一行は六名でネバーワールドを訪れている訳だが、一枚足りないチケットがどうなったのかは察して欲しい。
まあ流石に全額負担はかわいそうなので半額は勇麻たち皆で払ったが、高見秀人は自腹を切ってここまで来ながらこの扱いである。
不憫と言えば不憫だが、彼の言動にも原因があるので一概に擁護するワケにもいかなかったりする。
「酷いぜユーマもシュウちゃんも! 俺っちを置いてくなんてよー」
「酷いも何も、今日はオマケに構ってる暇は無いんだよ。開園ダッシュしくじると、人気アトラクションの優先券が取れなくなっちまうんだぞ」
「そういう事だ、猿。はぐれるお前が悪い」
一言で断じるように言い切った泉と勇麻に、しかし高見は不敵に笑い、
「ふっふっふ……。そう、俺っちとシュウちゃんはいつでもどこでも仲良しこよしのハッピーセットみたいなモンだもんな! そりゃもうはぐれる訳にはいかないってモンですよー!」
「あー、そうだな。もう何でもいいよ面倒臭え死ね。あ、そうだ。ついでにフリートースターの優先券人数分取って来いよ奴隷」
いつもなら面白いくらい煽り耐性の低い泉のこの反応に、高見は驚愕したように大袈裟に身体をのけ反らせる。
「雑っ!? ってかいくらなんでも扱いが酷くないっすか? しかも何のついでか分からないぜい!?」
オマケ呼ばわりの上、この適当な扱いには流石に心外な様子の高見が抗議の声を上げるが、男三人は高見の講義に対してなんらかのリアクションを返すつもりはないらしく、反応は薄い。
一方の女性陣、アリシアと楓はパーク内のマップを片手に、何やら楽しげにこれから回るアトラクションの計画を立てているようだ。
「――でな、私としてはこのアトラクションの次はこっちに乗ってみたいのだ」
「アリシアちゃん、これ結構怖いと思うんだけど……本当に大丈夫?」
「む、問題はないのだぞ楓、絶叫系の練習ならきちんとしてきたのだ」
「練習?」
「うむ。公園のブランコを克服した私に、もう怖い物はないのだ」
「……ええっと、アリシアちゃん。レベル一のスライムをやっと倒した所なのに、いきなり大魔王に殴り込みかけるのは流石にどうかと思うんだけど……」
「む、せめて立ち漕ぎをマスターしてから来るべきだったか……」
「いやぁ、根本的なところで躓いてる気がするんだけど……」
「あ、高見センパイ。優先券取って来てくれるなら、はいこれ。全員分の入園チケット。これないと優先券取れないんで、一応渡しときますね」
「……え、マジで俺っちが一人で取りに行く流れ?」
とどめとばかりに勇火からの一言が突き刺さる。
恐ろしく理不尽な指令に戦々恐々する高見を無視して、一行は目的のアトラクションへと進んでいく。




