第零話 闇夜に浮かぶ少年の笑み
東条勇麻の物語もついに第三章へ突入だ。……さて、今度はどんな私好みの物語が味わえるのか、楽しみだね。
……ん、ところで私がどこからこの物語を眺めているのかって? そんなの決まってるじゃないか。
――最高の特等席からだよ。
まだ声変わりも始まっていない、少年の声だった。
「うん。やっぱり見晴らしがいい所っていうのは最高だね。なんかこう……自分の悩みだとかが酷く矮小に思えるっていうか、世界の大きさの前に全てがどうでもよくなるんだよね。うん」
誰に話しかける訳でもなく、独り言のようにそう口にした中学生くらいの童顔の少年。
どこか可愛らしい幼さの残る、くりっとした大きな丸い瞳が特徴的な少年だった。
海風を受け、中性的な印象を与える長さの髪の毛が揺れ動く。視界に風に揺れる髪の毛が掛かっても振り払おうともせずに、まるで魅入られたかのように少年は眼下の世界を凝視し続けた。
美しく、なんとも幻想的な光景だった。
色とりどりの光の乱舞。ユニークな形をした幻想的な建物の数々。楽しそうに笑う沢山の人々の声が、少年のいる場所にまで届いてくる。
いままで雪と氷ばかりに閉ざされた灰色の世界ばかりを眺めてきた少年にとっては、何とも心奪われる光景だったのだ。
感嘆の吐息が無意識に漏れるのも仕方のない事だろう。
それほどまでに、地上数十メートルから見下ろす、綺麗にライトアップされた遊園地という光景は少年の心を奪っていたのだ。
地上数十メートルを飛行する“半透明な巨大な甲虫”の上に立つ少年は、同じように虫の上に立ち、隣に並ぶ少年に話掛けた。
「タカミンには本当に感謝してるよ。うん。僕にこんな素晴らしい景色を見せてくれるなんて……ありがとうね!」
「お礼なんていらないって。俺っちは俺っちで、できる事をしてるだけなんだしさ。それに、ほら……俺っち達は仲間だろ?」
高校生くらいの年上の仲間の言葉に、その少年はまだ可愛らしい顔をキラキラと輝かせながら、嬉しげに宣言する。
「そうだね! 仲間って素晴らしいよ。うん。僕は今日改めて仲間の素晴らしさを実感した! うん。だからね、決めたよタカミン!」
見る者に、笑えないくらいに恐怖を感じさせる笑みを浮かべて、しかしその漆黒の瞳はこれっぽっちも笑ってはいない。
「ここの遊園地、僕らで全部ぶっ壊そう! うん。たった今そう決めたよ。やっぱりさ、綺麗な物は壊してなんぼだと思うんだよね。ほら、花は儚く散るからこそ美しいとか言うでしょ? うん」
その少年、寄操令示は夏休みの予定を嬉々として友人に語る子供のように、心底楽しげにそう言った。
一応断っておくが、寄操令示は殺人大好きの頭のおかしい狂人ではない。ただ彼は、綺麗な物が好きで気持ち悪い物が嫌いなだけな、至って普通の人間だ。
……少なくとも本人は何の疑いも無くそう自負していた。
寄操令示は美しい物が壊れる時の儚い美しさを知っている。
人が命を落とすときの、魂の燃え上がるような最後の輝きを知っている。
ただそれだけの話。
破壊行為や殺人行為を正当化しようとしている訳でもない。
ただ綺麗だから。だから壊す。それが悪い事だとか、どれだけの命が犠牲になるかとか、そういった本来一番大切でなければならない事が二の次なのだ。
それが寄操令示という少年の行動理論。
そしてそんな自分自身を至って普通だと思っている事が、この少年の異常性を何よりも示していた。
「それにさ、きっとこの遊園地を壊せばあの人も喜んでくれると思うんだよね。うん。『三大都市対抗戦』で僕達『新人類の砦』の勝利を確実にするためにも、妨害工作は必要だと思うんだよ! ……そうだ、イイい事思いついちゃった! どうせならこの街ごと壊れて貰おうよ。『天界の箱庭』が脱落すれば、後は『未知の楽園』の奴らだけになるもんね! そうすれば僕らの勝利は決まったも同然だよ。うん」
「俺っちたち『ユニーク』の目的への布石ってヤツか?」
「そういう事だね。うん。タカミンを加えて五人になった、僕ら新生『ユニーク』の初仕事だ! 頑張るぞー!」
握り固めた拳を天突き上げ、弾けるような笑顔で大量虐殺の相談をする寄操。
しかしその、くりっとした大きな黒目だけは笑っていなかった。
昆虫の複眼のように感情の映らない無機質な瞳。その瞳の中に寄操令示は絶景を映して、
「決行日は今日から五日後の八月二十日! 僕ら『ユニーク』の皆でこの超巨大遊園地、『ネバーワールド』を乗っ取ろう!」
秘密の作戦の実行を告げる子どものように無邪気に叫んだ。




