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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第二章 涙空ノ咎人
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第*話 何気ない会話、その違和感 

 夜の潮風が男の顔を撫で、口に咥えたタバコの煙が、月明かりの夜空に揺れては溶けるように消えていく。


 高校生になったら屋上で昼飯を食べたり友達と雑談したり彼女といちゃいちゃしたりできると思っている小中学生は多そうだが、決してそんな事はない。

 なぜなら屋上は大抵の学校で鍵が掛かっていて使用禁止だし、屋上の鍵は学校の先生が管理しているからだ。

 それはつまり、屋上を利用できる可能性が高いのは生徒では無く学校の先生だという事になる。


 そしてそんな特権を利用する教師がここに一人。

 伐採を諦められたボサボサの天然パーマに、死んだように生気の感じられない目と顔、そして蓄えた無精ひげ。

 一見、公務員というよりはパチンコ屋で有り金すべてすられたフリーターにしか見えない風貌の持ち主だったが、彼はまごう事なき教職員だ。

 槙原萌まきはらはじめ。 

 自他ともに認める極度の面倒くさがり屋である。

 

 屋上のフェンスに半身で寄り掛かるようにして、夜の景色を見下ろす。

 槙原は人気の無い屋上がこの学校の中で唯一好きな場所だった。

 

 槙原は何か考え事があったりすると、一人この場所で煙をふかす事が多い。

 そうする事で気持ちを一度リセットし、改めて問題と向き合う。

 どんなに面倒くさくても、大人には逃げられない“仕事”という物がある。だからこそ、槙原は気持ちのリセットを頻繁に行っていた。


(……まあ、出来る事なら全部ほっぽり出してやめちまいたいんだが……そういう訳にもいかないんだよなーこれが。あーめんどくせえー)


 吐き出した紫煙の行く先をぼけーっと眺める。

 そんな風に何も考えないでいい時間は槙原にとっては何よりの至福であった。


「マリア……」

 

 まるで戯言たわごとのようにそんな人物名が槙原の口から漏れた。

 何かに縋るような気弱なその声色は、普段の槙原を知る人物が聞けば似合わないと断言するだろう。

 槙原自身、誰かに聞かれたいとは思っていなかった。

 槙原が唯一、心をゆるめる事が許される相手。その名前を呼ぶ事で、彼は自分を再認識する事ができるような気がするのだ。


 と、一人の時間を満喫していた槙原に、背後から話掛ける人物がいた。


「先生、いい年したオヤジがこんな所でカッコ付けてなーにやってるんすか?」

「チッ……なんだよ、高見か」

「ばんわっすー……って、舌打ちって酷くないっすか!?」


 声に振り向き、槙原は対して興味もなさげに教え子を一瞥すると、すぐに視線を外し、再び煙との睨めっこを再開しに掛かる。

 貴重な時間をこんなクソガキに奪われてたまるか。

 

「つーか高見、お前こんな時間にこんな所で何やってるんだ? お前が怒られるのは勝手だが、俺は巻き込むんじゃねーぞ、面倒臭いから」


 しっしっ、と後ろ手に高見を追い払うジェスチャーをする槙原に、高見は呆れきったような笑いを浮かべて、


「相変わらず教師とは思えない言動だなー、この人は。てかさー先生、確か先生って海外旅行に行ったんじゃなかったっけ? 俺っちの目には全然日に焼けてるように見えないんだけど?」

「ばーか、ちげえよ。アレは学校をいち早くサボる為の口実。俺のバカンスは俺の部屋でのみ発生する特殊イベントだ。グアムなんて行かねえんだよ面倒臭え。お分かり?」

「なーるほどね、でも先生。バカンスを楽しんでた割には疲れ切った顔してるぜい?」


 ニヤリと底意地悪く笑う高見に溜め息を吐く。

 本当にどうしてこんな男を教え子に持ってしまったのだろうか。

 そんな思いが槙原の胸に去来した。


「俺の事なんかどうでもいいだろ。そんな事よりお前は何で学校にいるんだよ。まだ夏休みだぞ」

「俺っちはちょっと忘れ物を取りにきただけっすよ。先生」


 とここで、槙原は高見の顔を見て、すぅっと目を細める。

 高見の表情に何か感じる物でもあったのか、柄にも無い事を言う前準備のように軽く咳払いをして、


「はぁ。……なあ高見、お前が何をしたいのかは知らんが、これは人生の先輩としてのアドバイスだ」


 槙原は面倒臭げにボサボサの髪の毛を掻き毟ると、


「区別はキチンとつけろよ。大事なのはオンとオフだ。俺みたいにな」

「先生は年がら年中オフみたいなモンじゃないっすかー、頭の中とか」

「……あと、年上には敬意を払え。お前の成績を握ってるのはこの俺だ、留年させるぞコラ糞ガキ」


 忠告はしたからな、とでも言いたげにそれだけを告げると、槙原はフェンスから身体を離しその場を後にする。

 遠ざかる疲れ切ったその背中に、ボソリとこぼすように高見は言った。


「それは無用な心配ってやつだぜ先生。俺っちはもう――」


 槙原萌の姿は既にどこにも無く、高見秀人の言葉を聞き届ける人物はどこにもいなかった。

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