第二十七話 されど終劇は許されずⅡ――操者は操れぬ運命と対峙する
茶色に染めたボブカットを一房だけ願掛けのように伸ばし、髪留めで留めている少女。
目元に泣きぼくろがあり、穏やかで気の弱そうな印象を周囲に与える少女のように、その姿は見えた。
天界の箱庭の住人ならば、その姿が天風楓という少女に酷似していると気がつくだろう。
その少女に見える誰かは、本来のその顔の持ち主には似合わぬドス黒い笑みを浮かべながら目の前の敵を屠っていく。
背中から生じる一対の黒い竜巻のような翼が振るわれ、重装備に身を包んだ人間の身体が、ゴミ屑のように軽々と吹き飛ばされる。
それはとある少女の力の象徴たる竜巻の翼と似て非なる何かだった。
風を操るのでは無く、まるで闇そのものを振るっているような印象を与えてくる。
闇の翼は触れる全てを拒絶し、薙ぎ払う。
「いやー。手応えがないねーアンタら。こんなのでホントに神様狩る気? 『神狩り』だなんて大層な名前は返上したほうがいいんじゃねーの? はぁ。こちとらお休み返上してわざわざやってきたってのに。……あー、何だかなー」
いかにも面倒臭そうに顔を歪め、少女のような誰かはそう言った。
少女のような声で話してはいるが口調は完全に男のソレだ。
誰かとしては生中継中のテレビにこの姿が映っていれば問題はない。故に言葉遣いまで真似する必要性を感じていなかった。
というか、今回の変装に関しては準備不足でそこまでクオリティの高い物を用意する事ができなかった、というのも大きな要因であったりする。
(そもそも、この『影幻』は変装用の技じゃないってのに、無理しすぎなんだよあのクソジジイめ。しかも今回は参考資料が写真といくつかの映像だけとか難易度上げ過ぎだろ……。実物を見たこと無いってのが一番痛いんだよなー)
結果、実際に彼女を知る人物が見たら一発でバレてしまう程度の仕上がりになってしまったのだが、それでも十分驚異的な精度の変装である事に変わりはない。
遠目からなら、まず間違いなく偽物だとバレる事は無いだろう。
「あーあーあー、なんだよもう終わりかー? ちょっと勘弁してくれよー。面倒臭いの我慢して軟禁抜け出してやってきて、こんなお粗末な連中の相手で俺に満足しろってか? ……ふざけやがってあのクソジジイ、絶対に報酬額跳ね上げてやる」
虫の息で地面に倒れ伏せる『神狩り』の部隊をつまらなそうに眺め、毒を吐く少女。
人数比的にはかなり劣勢だったはずだが、少女に見える誰かにとっては数の差など大して問題ではなかったようだ。
高位の神の能力者を相手に数のみで有利不利を語るのがどれだけ愚かなのかが良く分かる光景だ。
とは言え文句を言っていても仕方がない。
これで少女に見える誰かに与えられた任務はほぼ完了した。後は闇に紛れるように帰投するだけ。
つまらない。本当につまらない仕事ではあったが、久しぶりの仕事だと思えばリハビリには丁度良い塩梅だったかも知れない。
そう思う事で何とか苛立ちを押さえ、少女に見える誰かは踵を返して、帰投の為に姿を眩まそうとして、
瞬間。
「『舞台設定』。――私と彼以外、全ての時は停止する」
声が響き、
世界がモノクロに包まれたまま停止した。
「……おい、冗談だろ?」
ぽつりと呟いた乾いた自分の声が、やけに大きく感じた。
色を失い、温度は消失する。息ができないのに苦しみは無い。音は消え、心音だけが外に一切漏れる事無く身体の中でやかましく響いている。
生物として、世界のあるべき流れから完全に切り離されたのだと、ようやく理解が及んだ。
そして理解した時にはもう何もかもが手遅れだった。
この世界を優しく包み込む法則は綺麗に喪失し、世界が完全に停止する。
感覚という感覚が違和感ばかりを脳みそに訴え掛けているが、もはやどうしようも無い。
たかが一つ異能を扱える程度では、神の領域には届かないのだから。
闇の先、こちらに歩み寄る人影が一つ。
見知った顔だ。だがしかし友好的な相手かと問われれば首を横に振らざるを得ない。
少女に見える誰かは彼を知っている。知りたくもなかったのに、今は知ってしまっている。
それは正真正銘の化け物だった。
この世界に十人といない、天才を越えた異常者の一人。
いや、そもそも本当に人間なのかすら疑わしいような、そんな存在。
その異常者は圧倒的な圧力を周囲に放出していた。……いや、正確には放出しているはずだ、だ。
少なくとも、黒騎士程度では彼から滲み出る力を感じとる事はできない。
それは単に、目の前の人物との間に実力差が有りすぎるからだ。
「……おいおい、確かに手応えがないとは言ったけどよー、何もここまでの相手を用意してくれなんて頼んだ覚えは無いぜ」
少女に見える誰かは疲れたように大きく息を吐きながら、望まれない来客に向けてそう言った。
あくまでかったるげに、面倒臭げに、いつも通りに振る舞う事で目の前の事態を受けてパニックに陥る事が無いように。
対して、来客はその顔に静かに微笑を湛えて、
「私が相手ではお気に召さなかったか?」
「アンタみたいな化け物が出張る場面じゃねーって言ってるんだよ。……干渉レベル『Sオーバー』、『設定使い』」
設定を上書きする者。
世界を言葉一つで自分の都合の良いように書き変え、上書きするなどというふざけきったチートを持つ人の形をした異常。
傲慢にも神に等しい力をその身に宿したその男のような人間を、人は畏怖を込めてこう呼ぶのだ。
『神の子供達』、と。
『設定使い』と黒騎士に呼ばれた純白のスーツに身を包んだ美形の金髪の男は、ふむ、と口元に手を当てて少し残念そうに笑う。
「私にもちゃんとした設定くらいあるんだが?」
「それも『設定』なんだろ? ホントふざけた野郎だ……」
「……君のような男にそれを言われるのは些か心外なのだがな」
少女に見える誰かはもうどこにもいなかった。
つい一瞬前まで彼女のいた場所に、いつの間にか不吉に笑う不気味な仮面が立っている。
黒騎士。裏の世界ではかなりの実力者として知られる彼の飄々とした声に、いつもは見受けられない焦燥の色が混じっていた。
「それで、『設定使い』ともあろうお方がこんな薄汚れた騎士如きに一体何の御用で? 俺の記憶が正しければ、アンタは物事を静観する事を好む人物だったハズなんだが?」
「私が動いた理由、か。……別にそんなに大仰な事をしようとは考えてはいないさ。ただ、私は現状の世界を気に入っていてね。これを意図的に捻じ曲げようというのなら、邪魔くらいはさせて貰おうかという話だ」
『設定使い』はそこで一度言葉を切ると、
「……とはいえ今回の場合は少々事情が変わった、とでも言うべきかな。私個人としては今回の件に関して動く気はなかったのだが……。いやはや、さすがにたったあれだけのヒントで此処まで辿り着けと言うのは、あの少年にも酷な事をしたと思ってね。彼では間に合わないと判断したから、代わりに私がこうして出向いてきたという訳だ」
黒騎士は本当に嫌そうな声で、
「いやー、全くもって言ってる事が意味分からないのはまあ置いておくとして、そんな気まぐれに振り回されるこっちの身にもなって欲しいもんだよ。いやさー、本当に。俺としてはその少年とやらを恨むしかねーわな。こんなクソ面倒臭い相手、仕事じゃなかったら絶対無視して、一っ風呂浴びに銭湯にでも行ってるっつーの」
「一応私個人としては君と交渉をしにきたつもりなのだが……、その様子だと応じる気はない、という事で構わないのかい?」
「あー、俺もそっちのがいいんだけどよ、こちとら一応雇われの身でな。クソ面倒くさいけど、少しでも誠意? みたいなモン見せとかないとタダ働きになりかねないからよー」
黒騎士は適当にそう嘯いた。
まるで友達に悪ふざけするようなテンションで、同意を求めるかのように肩を竦めて見せる。
(……)
そしてあくまで自然に振舞う黒騎士の背後、彼自身の影が少しずつ形を変えていく事に『設定使い』は気が付かない。
細く伸びた黒騎士の腕に当たる部分の影がゆっくりと、『設定使い』の背後に回り込むように蠢く。
狙いは不意打ち。
一撃で意識を奪えなければ黒騎士を待つのは圧倒的実力差による死のみ。
一度でも相手に神の力を使われたら終わり。
神の子供とまで評されるSオーバー。彼らを相手に未だに息をしてられるのは、相手側の好意以外の何物でも無いのだから。
だが、
(せいぜい俺を格下だと侮っていろ。その油断こそが神を殺すって事を教えてやる)
人には神を殺せないと、そう思っているのだろう。
だが、その考えが他の誰でも無い、この黒騎士にまで通用すると思ったのなら大間違いだ。
黒騎士の目的を遂げるうえで神殺しは避けては通れない道。
丁度いい、ならばこの化け物には練習台になって貰うことにしよう。
(ましてやコイツは神じゃない。余りにも巨大な力を持つだけのタダの人間だ。……確かに真っ向勝負で勝つ事は不可能だろうな。でもよぉ、テメェが人間だって言うなら面倒臭いが決して殺せない訳じゃないんだよ!)
『設定使い』の背後で黒騎士の影の先端がその鋭さを増す。
人間の急所を貫き、一撃で破壊する事が容易なほどに。
それは影の槍だった。
『設定使い』は背後の凶刃に気が付かない。
強者であるが故、絶対的だからこそ、油断し慢心し、周囲への警戒が薄れる。
「そうか。それは非常に残念だ、私はあまり戦いは好まないのだが……君が交渉に応じてくれないと言うのならば、多少は実力行使に出な──」
(拒絶の闇に貫かれて死ね)
胸の内でそう念じる。ただそれだけで、殺傷力を極限まで高めた黒騎士の影の槍が弾丸のような速度で飛び出し、『設定使い』の胸を易々と貫いた。
思わず耳を塞ぎたくなるような、瑞々しい肉が弾ける音。その醜い音が『設定使い』の心臓の破壊を物語っていた。
黒騎士には、その汚らしい音が黒騎士の勝利を祝福しているように聞こえた。
噴き出した真っ赤な血霧は、さながら誕生パーティーのクラッカーだ。
目の前の男は、何が起きたのか分からないとでも言いたげな表情をその端正な顔に張り付け、地面に沈んでいく。
「は、」
何が『神の子供達』か。
「はは、」
こんなの心臓を貫けば血を吹き出して死ぬ、ただの貧弱な人間ではないか。
黒騎士は己の口角をさらに吊り上げて、勝利に笑おうとして──
「全く、人の話くらい最後まで聞いて欲しい物だな」
「──ッ!?」
ほんの数秒前に心臓を貫かれたはずの男が、黒騎士の目の前に立っていた。
「そんなに驚いた顔をしないでもいいだろう。仮面越しでも伝わってしまうぞ? 私が何を司り操るか、知らない君ではないだろうに」
「ば……か、な。……冗談じゃねえ。『設定使い』、テメェ、不死身か?」
完璧に隙をついたハズだ。
いかに『設定使い』が別次元の強さを持つ化け物だとしても、殺せば死ぬ人間でしかない。
確かに黒騎士の槍は胸を貫き、『設定使い』の命を散らしたハズ。それなのに、それだというのに……ッ!?
『設定使い』は何ともくだらない冗談を聞いたとでも言いたげな顔で笑い、
「馬鹿な事を言うな。私だって人間だ。死を回避する事はできても、流石に死を乗り越える事は出来やしない。一度完全に確定してしまった死は、取り下げられないという訳だ。それよりも──」
『設定使い』は黒騎士の胸の辺りを指差すと、
「──君は自分の心配をするのが先ではないか?」
「?」
『設定使い』の言葉の意味が分からず、その指のさす先を反射的に目で追っていくと、黒騎士の胸から何かが飛び出している事に気がついた。
──それは、先端が鋭く尖っていて、影で出来ているらしく不思議な感触をしていた。
──それは、黒騎士の胸を背中から突き破るように飛び出していて、なにもかも反射する事のない黒い先端はドロリとした鮮血で赤く染まっていた。
──それは、黒騎士がつい先ほど『設定使い』目掛けて射出した影の槍だった。
──それは、黒騎士の体内と心臓を、完膚なきまでに破壊し尽くしていた。
「ッ!!? ゴがァッ、ゴボッがばぁアァっ!??」
認識した途端、遅れて身体が気付いたかのように、血泡混じりの暖かい液体が口元から溢れた。
明らかに致死量。慌てて仮面の上から手で口元を押さえたがその行動に意味があるとも思えない。
仮面の隙間から、溢れるように赤黒い液体が流れ出ていく。黒騎士の生命力が尽きる。
黒騎士はあまりにも唐突に訪れてしまった終わりに声も出せず──
「──ハッ!?」
「どうした? まるで殺されてから生き返ったような声を出して」
「……今、俺に何をした?」
黒騎士は確かにたった今、自らの影の槍で心臓を貫かれたはずだ。
死んだ。間違いなくあの一撃で黒騎士の生命は終わりを告げていた。
間違いようが無い。痛みといい感触といい、幻覚と呼ぶにはリアルすぎる。
それだと言うのに、まるで消しゴムで間違いを綺麗に消してしまったかのように、身体に空いたはずの大穴が、どこを見渡しても存在しないのだ。
何かをされたのは分かった。でも、それならどうして『設定使い』は黒騎士の命を救うような真似をしたのだろうか。
敵意と警戒心を剥き出しにする黒騎士とは対称的に、『設定使い』は涼しげな顔で、
「君は何やら異常なまでに私に対して警戒を抱いているようだが──別に私は君を殺そうなんて露ほども考えていないよ。今のは強いて言うなら一種の防衛反応のような物だ。あらかじめ、“そういう設定”をして此処へきた」
「……自分に危害を加える者へのカウンター。さしずめ自動迎撃システムって訳か。……けっ、そりゃ大層な事で」
忌々しげに心臓の辺りへ手を当てる黒騎士。
意識の外からの不意打ちすら効き目が無いとなると、この男を正攻法で倒す手段など、存在しないのではないだろうか。
しかし『設定使い』は自分がどれだけ桁違いな力を扱っているか全く自覚がないらしく、
「そこまで警戒する意味が分からないな。君が思っているほど私は万能では無い。何せ非常に制約の多い力でな。現状、君とこうして相対しているだけで、私は既に三つの『設定』を重ね掛けしている。つまり、これ以上の力の追加使用を封じられてしまっている状態だ。……やり方を多少工夫すれば私に勝てるかもしれないぞ?」
その声は微塵も自分の敗北を恐れない者の声であった。
敗北の結果生じるであろう感情を、全く理解できていないであろう声。
それ以前に彼の言葉は酷く機械的で、まっとうな人としての心を感じないのだ。
己が負ける事を全く考慮していないのか、そもそも人などというちっぽけな概念に収まりきらない彼は、人らしい感情を喪失してしまったのか。
どちらにしても──
「……チッ、面倒くさい以前の問題だなこりゃ。俺ァ、アンタみたいなタイプは嫌いだ。気に入らねー」
『設定使い』から視線を外すと、黒騎士は忌々しげにそう吐き捨てた。
感情の見えない非人間的なその思考が黒騎士は気に入らない。
誰よりも感情的な人間であると自負している黒騎士だからこそ、彼は人間の喜怒哀楽を愛していた。
『設定使い』は今│黒騎士が己に向けている視線の意味すら理解できないだろう。
『設定使い』は顔色すら変えずに、
「そうかい。そうやって好き嫌いがはっきりしている所には、私は好感が持てるのだがな。……で、どうするんだい? まだヤル気だというのならば何度でも相手になるが。なんなら君の懐に入っているその『神器』にでも頼ってみるといい。もっとも、ザンドマンの『砂の袋』などという、文字通り子ども騙しの『神器』が私に通用するのならな」
己の手の内が暴かれている事に内心舌打ちする黒騎士。
とはいえ目の前の男が言うように、『砂で子どもを眠らせ、その目玉を抉りとって食べる』という間違った伝承を元したこの『神器』は、成人した大人に対しては効果が薄いという特徴がある。
その情報が知られていなければ牽制くらいには使えたかもしれないが、伝承まで把握されてしまっているのなら無意味だ。当然、これ以上勝ち目のない抵抗も。
「……あー、やめだ、やめやめ。今日はおとなしく退いておく。ここまで頑張れば、流石にあのクソジジイも許してくれんだろ。これ以上面倒くさい事に巻き込まれるのもゴメンなんでな。アンタと遊ぶのはまた今度だ」
「そうか。それは良かった。無駄な血を流さずに済むに越した事はない。私としても君のその判断は大いに助かるよ」
無駄に流れる血がどちらの血を指しているのか、そんな事は考えるまでも無かった。
戦えば結末がどうなるか目に見えている。
そう『設定使い』の言葉が物語っていた。『設定使い』にとって、黒騎士如きでは殺意を向ける対象にも入らない。
その事実に、黒騎士の表情が仮面の中で歪む。
裏の世界では顔と名前が知れ渡り、悪夢の名前通りに対峙者に恐怖を植え付けてきた。黒騎士の強さと恐ろしさを否定する言葉に、黒騎士の表情が酷く歪む――笑顔に。
黒騎士として積み上げてきた誇りを崩された。
まるで黒騎士が子供であるかのように、『設定使い』に相手にされなかった。
不意打ちすら完全に封じ込められ、情けすら掛けられた。
だがそれがどうした?
その油断は、慢心は、黒騎士にとって『設定使い』の寝首を搔くチャンスに他ならない。
端から真っ向勝負で勝てるとは思っていない。
それなら路傍の石ころと捨て置け。注意する価値も、わざわざ眺めておく価値も無いと、意識の端から切り捨てて貰って結構。
『設定使い』が黒騎士の事を侮れば侮る程、黒騎士の刃がヤツの首元に近づくのだから。
自分の目的の達成の為に、いちいち手段にこだわっていられる程、黒騎士は子供ではない。
そんなくだらない物は、倫理も正義も情熱も何もかもを全て捨て去ったあの時に、殺意の炎の中にくべた棺桶と共に灰塵と化している。
「『設定使い』。……アンタに俺を殺す気が無くても、俺にはアンタを殺すだけの理由があるって事を忘れるなよ」
「ほう。それはまたどうして? 君に何かをした覚えが全く無いのだが」
こんな黒騎士の宣戦布告すら、この男はすぐに忘れてしまうだろう。
だが、それでいい。
それでいいからこそ、黒騎士は殺意を抱いて笑っていられる。
記憶にすら残らないような雑魚キャラとして、神にも近しい存在へと、気軽にこう宣戦布告する。
「なーに、そんな複雑な話じゃねえさ。単に俺がアンタを嫌ってるってだけだ。……殺してやりたいほどにな」
そう言い終わると、これ以上話すことは何も無いとばかりに、『設定使い』に背を向けて黒騎士は歩き出す。
「最後に一つ。少し聞きたい事がある」
視覚外の後方から、歩く黒騎士に声が掛けられた。
無視。歩き続ける。
「今から三か月ほど前、シーカーの『三本腕』の一人、白衣の男が何者かによって殺されたそうだ。……確か君の目的は『汚れた禿鷲』トップの座に着き、シーカーに近づく事だったと記憶しているが、君は――」
黒騎士は『設定使い』の言葉を最後まで聞かずに、自分の影の中にゆっくりと沈み込んでいった。
「黒騎士。存在自体がイレギュラーな男、か……」
ただ一人、モノクロの風景に取り残された『設定使い』の最後の呟きは、誰の耳にも届かないのだった。
「ああも感情的になるとはな。悪魔に魂を売ったような男だと聞いていたが……存外ヤツも普通の人間なのだな」




