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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第二章 涙空ノ咎人
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第二十六話 されど終劇は許されずⅠ――演者は知れず操者の指糸で踊り狂う

 勇麻と楓はコンクリ片に埋もれるようにして倒れている天風駆の前にいた。

 既に勇麻は立っている事すら厳しいような状態だったが、無理をしてでも動いたのには理由がある。駆が先の一撃で死んでいないかの確認と、もしできるのなら彼と少し話がしたかったからだ。

 とは言え今の勇麻は一人で歩く事もできない状態だ。勇麻は楓の肩を借りてなんとか駆の前までやってくる事ができたのだ。


 意外な事に天風駆の意識は健在だった。

 三十メートル以上の距離を凄まじいスピードで跳ねるように転がっていったというのに驚きだ。

 だがこれは、別に駆が特別にタフな訳でも無いらしい。 

 もう一人の天風駆の意識が完全に落ちた事で、代わりに元の天風駆の人格が浮上してきたのだろうと、駆自身がそう語っていた。


「まるで憑き物が落ちたような気分だよ、楓」

「お兄ちゃん……」


 天風駆は首を動かす体力も残されていないのか、晴天の夜空を見上げるままそう語りかけた。


「天風駆。アンタ、その、……自分がどういう状態だったか分かってるのか?」 


 勇麻は言いにくそうに、歯切れ悪くなんとかそれだけを絞り出した。 


 もう一人の天風駆。……全てを押し付けられて、自分を裏切った世界への復讐心を滾らせていた天風駆。

 実験中に生まれたそのもう一つの人格の存在を、おそらく天風駆は今日まで知らずに生きてきたハズだ。

 ならば彼が今までやってきた行いも、天風駆は知らない。

 ……その手で、自分の妹を殺めようとした事も。


 勇麻の問いかけに一瞬間があって、


「あぁ、そうだね。彼の存在を認知したのは今日が初めてのはずなのに、不思議と驚きは無いんだ。きっと僕は本当は知っていたんだろうね、もう一人の僕の存在を。知ったうえで目を逸らして見なかったふりをしていたんだろう。それもまた、僕の弱さの一つ、という訳だ」

「記憶は、あるのか?」

「まあ、ね。とはいっても鮮明に覚えているのは最後の最後、楓が僕に殺されそうになったところからだ。その前も何回か記憶が飛んでる部分がある所を見ると、どうやら今日の僕は随分と大暴れしていたらしい」


 そう言って苦笑いを零す駆の顔は、どこか安堵の色を含んでいるような気もした。

 一つの闘いが終わり、その果てに敗北したというのに。その結果に今は満足していると、そう言うかのように。

 天風駆は優しい口調で言葉を続ける。


「楓、僕はね理想の世界を造りたかったんだよ。でもそれはあくまで手段だったんだ。手段であって、目的ではなかった」

「理想の世界が、目的じゃなかった……? でも、お兄ちゃんは……」

「あぁ、そうだね。いつからだろう。手段と目的は入れ替わってしまっていた。僕自身その事に気が付きもしなかったよ。……今になって思うと、僕はどこまでも『彼』の掌のうえだったのかもしれないね」

「もう一人の天風駆に、そうなるよう誘導されていったって事か?」


 勇麻の問いに駆は、


「……どうだろう。ただ一つ言える事は、『彼』という存在を作りだしてしまったのは僕自身だという事だ。つまり、どう言い訳をしようが、今回の件を引き起こしたのは僕という事に変わりはないという事だ。『彼』もまた、僕自身である事に変わりはないのだからね」


 罪を認め、罰を受け入れる罪人にしては、その顔はどうにも晴れ渡っていて勇麻には少し眩しく見えた。

 だから、


「天風駆。アンタの本当の願いは……本来の目的は――」


 天風駆の表情が、かつてあったはずのナニカを懐かしむような哀愁漂う物へと変わる。

 一体自分はどこでそれを見失ったのか、それを今一度問い直しているようにも、勇麻には見えた。


「そう、だね。僕はただ世界の悪意から妹を――楓を守り抜きたかった。神の能力者(ゴッドスキラー)だから。周りと違うから。そんな理由だけで幼い彼女に苛烈な瞳を向ける事を許容してしまうこの世界が、どうしようも無く怖かった。牢獄の中、一人でいつも考えていたんだ。『もしあの時ボールを拾いにいったのが僕じゃなかったら。もしあの時楓の存在にヤツらが気が付いていたら。もしかしたら、ここにいるのは僕じゃなく楓だったかもしれない』と。……そんな事を想像するだけでも怖かった。一人ぼっちになってしまっただろう楓が心配だった。だから僕は、楓が悲劇に巻き込まれる事のない、誰もが幸せで平等な、そんな理想の世界が欲しかったんだよ」


 確かに天風駆は理想の世界を願ったのだ。拙くて非現実的で、子どもの絵空事のようなその願いを。

 だがその願いの始まり、すなわち出発点は妹への愛情だった。

 それなのに、いつしか天風駆は、何より大切なその始まりの気持ちを見失ってしまっていた。


 駆は自分の妹へと手を伸ばそうとする。だが勇麻の一撃をもろに受け、ひしゃげたように捻じ曲がったその腕はピクリとも動かない。

 楓が、堪え切れ無いように嗚咽を漏らす。

 

「……そんな。分かんない。分かんないよ! だって! わ、わだしがっ、お、お兄ちゃんを自分可愛さに見捨てでっ、う裏切ったのにっ、どっどうしてっ!」


 少女には耐えられなかった。だって、苦しいのは、つらかったのは駆のハズなのに。それなのに、どうして少年は牢獄の中で天風楓の身を案じ続けたのか。

 きっと楓には分からないのだろう。

 何よりも簡単で単純なその理由が。


「そんなの、決まっているだろ」


 駆はその顔に優しい笑みを浮かべると、


「僕のたった一人の可愛い妹が、僕にとって他の何よりも大切だったからだ」


 押さえきれない涙が楓の頬を流れ落ちていく。

 それはキラキラと月明かりに優しく煌めいて、宝石のようにも思えた。


「楓、僕を止めてくれてありがとう。この気持ちを、思い出させてくれてありがとう。やっぱりお前は、僕の自慢の妹だ」


 声を押さえる事もせず、楓は兄の胸に顔を埋めて泣き続けた。

 それは一組の兄妹の十二年におよぶ長い長い物語の結末。

 

 天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)の夜空は雲一つない晴天で、雨が降るなんて事はありえなかった。



☆ ☆ ☆ ☆



「とりあえず、これで一件落着、か」


 ボロボロの身体を引きずりながら、こちらの少年もホッと安堵するようにそう呟いた。

 兄妹水入らずの時間に水を差すほど勇麻も野暮な人間ではない。痛みで今にも倒れてしまいそうな身体に鞭を打って、どうにか二人から距離を取った場所まで来ると、疲れの滲み出るような吐息と共に腰を下ろした。

 

 天風駆はおそらくもう大丈夫だろう。

 『主神玉座フリードスキァルヴ』を使った世界の支配を、今の彼が行うとは思えない。

 だって、そこにいるのは何て事の無い。どこにでもいる平凡な一組の兄妹でしかないのだから。


「……さて、と。とりあえず寮に帰ったらアリシアと勇火に――泉は……別にまあいいか。とにかく二人に謝って、お礼も言わなきゃなんないのか。はぁ……怒られるんだろうなぁ。家事も全部まかせっきりだったし、お詫びに豪勢な料理でも作って機嫌を直して貰うしか……いや、しかし! そんな事をすると三人に増えたウチの家計が……っ!」


 つい先ほどまで命懸けの死闘に身を投じていたとは思えない程の所帯じみた発言。死闘を演じた相手である駆がこれを耳にしたらどういう反応をするのだろう。

 とは言え、こっちはこっちで勇麻にとっては死活問題なのだ。

 傍から見ると馬鹿げた話題だとしても、当事者にしか分からない事情という物があるのだ。 

 うーん、うーん、と勇麻が頭を抱えて悩んでいると、

 

 びしり、と勇麻の頭に電流のような物が走って――


 ――『主神玉座フリードスキァルヴ』。そして『今回の事件の本当の狙い、真の黒幕は誰なのか』この言葉を覚えておくといい――


「ッ!!?」


 声。

 それも勇麻が聞いた事も無いハズの男の声が、勇麻の脳内を稲妻の如く駆け抜けていった。

 まだ日常に帰還するのは早い、と。そう告げるかのように。

 

「――はぁっ、はぁっ、っはぁ、はぁはぁ……。今のは、一体……?」


 困惑し、自らに向けて問いかける勇麻。しかしその問いに対する答えなど持ち合わせていない。

 勇麻の記憶には無い。 

 ……ないはずだ。身に覚えがない。気が付かない間に記憶喪失にでもなっていない限りは。

 それなのに、鮮明に聞こえた今の言葉は一体なんだと言うのか。


「くそ、何だって言うんだよ。本当に」


 知らないはずの単語を知っているというこの感覚。実は以前にも一度──アリシアと電話で話している時に──感じた事のある感覚なのだが、今の勇麻の記憶にはその時の事も残っていない。

  

 その事実が事態の異常性をこれ以上なく表していた。


 気味の悪さに背筋に悪寒を走らせつつ、勇麻は言葉の意味について考える。


 天風駆の本当の狙いも、彼を裏で誘導していた真の黒幕も、既に全て出そろっているではないか。

 天風駆はただ妹を世界の悪意から守りたかっただけだし、真の黒幕は裏で彼を誘導していたもう一人の天風駆だ。

 牢獄の中で世界を憎み、復讐を果たす事を願ったもう一人の天風駆は『主神玉座フリードスキャルヴ』の情報を天風駆に垂れ流し、そして彼の誘導に乗せられた駆は、本来ただの手段でしかなかった『理想の世界』を造ることを目的と混合してしまい、その結果今回の事件が起きて――


「――……いや、ちょっと待て。何か、何かがおかしくないか?」


 勇麻の目に鋭い光が灯った。感じた物、それは違和感だ。絶対に見逃してはいけない違和感がそこにあった。

 ……そもそもだ。天風駆は『神の能力者(ゴッドスキラー)』であるものの、外の研究施設に拉致され、そこの研究と実験に巻き込まれ、天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)とは一切の関わりを持たないまま生きてきたはずだ。

 だからこそ、間違った方法で計測された干渉レベルを駆は何の疑いもなく信じていたのだ。天風駆が天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)を訪れたのは今回が初めて。それで間違いない。

 ならば、おかしくはないだろうか。


「天風駆は、『神器』の存在を……『主神玉座フリードスキァルヴ』なんて物の存在をどこで知った? 『天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)』で暮らしていたってそうそう手に入らないような情報を、どうやってピンポイントで入手していたんだ?」


 胸の鼓動が逸る。

 嫌な汗が滲みだし、背中を濡らす。


 自身のその問いかけの答えに、勇麻は既に達している。

 簡単だ。そしてその答えに辿り着いた途端、先の謎の言葉が急速に意味を成してくるように思えた。

 答え自体はとても単純だ。

 なぜ今まで疑問に思わなかったのか、それこそ疑問に思うレベルで。


「……そんなの決まっている。この街の人間が“あっちの天風駆”に吹き込んだんだ。『主神玉座フリードスキャルヴ』に関する情報を全て!」


 情報を吹き込んだ人間が『真の黒幕』。

 であれば、それは誰だ? 一体何が目的だ?

 心臓が締め付けられるような緊張感。

 ここで何かを見過ごしてしまえば、全てが無駄になるという根拠のない確信が勇麻にはあった。


 大前提として『主神玉座フリードスキャルヴ』の情報を持っている人間などそう多くは無い。この街の上層部の人間でもないと、入手は困難を極めるハズだ。

 ならばまた創世会絡みか? だとすると目的は? 創世会であれば天風駆を使う事なく、悠々と『主神玉座フリードスキャルヴ』に手を出せるはずだ。

 違う。創世会ではない。

 

 ならば別の組織が絡んでいるのか? 

 創世会程の権限は無く、しかし創世会にケンカを仕掛ける訳にはいかない立場の、そんな組織が。


「……まさか、『汚れた禿鷲(ダーティーコンドル)』……!?」


 とその時、勇麻の嫌な懸念を肯定するかのように、けたたましくスマホが鳴り響いた。

 勇麻は顔をしかめてスマホの画面を見る。見知らぬ番号だ。出るかどうか迷った時間は一秒もなかっただろう。勇麻は通話ボタンに触れ、すぐさまスマホを耳に当てる。

 

『東条勇麻ですか!?』


 耳に飛び込んできた声はいささか予想外の物であったが、それでも勇麻の知る声だった。


「そういうお前は、……もしかしてシャルトルか? てか、なんでシャルトルが俺の電話番号を――」

『こ、これはセルリア姉ちゃんがチャンスだなんだのとアナタが寝ている間に勝手に……って、そ、そんな事は今はどうだっていいハズです! それよりもスマホのテレビ機能でニュースを見てください!』

「?」


 いまいち要領を得ないシャルトルの言葉に首を傾げていると、受話器の向こう側にもそれが伝わったのか、苛立ちと焦りが混じったような声が飛んできて、勇麻の困惑ごと全ての感情を吹き飛ばした。


『いいから早く! このままでは天風楓がテロリストとして『天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)』中に指名手配される事になるんですよ!?』

 


☆ ☆ ☆ ☆


 

 東条勇麻と天風楓は夜空を駆けていた。

 とはいえ勇麻に空を走る力など無い。

 楓の神の力(ゴッドスキル)、『暴風御手ストームマニュピュレーター』の力で風を操り背中に展開した竜巻の翼。その恩恵を受ける形で、楓と共に夜空を飛んでいるのだ。 

 天風駆も共に来たがっていたが、まともに立ち上がる事すら出来ない状態だった為断念してもらった。

 勇麻から受けた最後の一撃のダメージが大きすぎたのだ。

 色々曰わく付きの人物な為、救急車を呼ぶこともできず、負傷した駆の身柄はシャルトル達に任せてある。

 彼女らも天風駆の応急処置をし安全を確認し次第、応援に駆けつけてくれるそうだ。


「勇麻くん、一体……一体何が起きてるの!?」

「そんなの決まってる、ふざけやがってあの野郎……!」 


 楓の疑問に勇麻は即答した。

 口調には怒りが滲み出ていて、それだけ、ただ事ではない事態が進行しているのを物語っている。


 シャルトルの言っていたことの意味はすぐに分かった。

 というか、どのチャンネルを回しても生中継の臨時ニュースしかやっていなかった。

 取材用のヘリから撮られたであろうその映像。

 そこそこ上空から撮っているらしく、画質はそこまで高くはない。だが顔は何とか判別できるレベルの映像。

 『天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)』の誇る治安維持部隊『神狩り(ゴッドハンター)』を薙ぎ払う少女の姿が、勇麻のスマホの画面には映し出されていたのだ。

 天風楓と瓜二つの少女の姿が。


「楓の偽物が襲撃していたあの施設、おそらくあそこに各博物館から展示品が運び込まれているはずだ。ヤツの狙いはおそらく『主神玉座フリードスキァルヴ』。もしくは同じように紛れ込んでる『神器』。おそらくテレビ画面に映っていた楓の偽物は陽動だ。アレが暴れて注意を引きつけてるうちに別働隊が目的の物を盗み出すんだろう。そしてその罪を楓に擦り付けようとしてるんだよ!」

「!?」

「考えてみればおかしかったんだ。博物館襲撃の犯人が未だに楓だと発覚していない事自体が! この街の技術力なら、すぐにどういう種類の『神の力(ゴッドスキル)』が使われたのか調べがつくハズなのに」


 それが行われなかった理由は簡単だ。

 今日この時、楓に罪を押し付ける為に、汚れた禿鷲(ダーティーコンドル)が『神狩り(ゴッドハンター)』に圧力を掛けていたのだろう。

 そして今回の作戦が成功してしまえば、今までの博物館襲撃事件に関わってきた証拠と共に、奴らの悪行全てが楓に押し付けられてしまう。 


「くそ! どうして違和感に気が付かなかったんだ! 俺も楓も、天風駆だって、全部奴らの都合の良いように誘導されてたって事じゃねえか!」 


 あまりの無能さに、自身に対する怒りが込み上げてくる。

 だが、その怒りをぶちまけている暇も余力も、今の勇麻たちには存在しない。

 一刻も早く、この絶望的な状況を覆さなければならない。


「悪い楓、疲れてるだろうけど急いでくれ! 全てが終わる前に!」

「う、うん。よく分からないけど、分かった!」


 勇麻の言葉足らずな説明では、今の状況なんてほとんど把握できないだろうに、楓は勇麻の形相と滲み出る焦燥から何かを感じ取ってくれたのか、真剣な声で快諾してくれた。

 協力してくれる心強いこの少女の為にも、この緊急事態をなんとかしなければならない。

 人に化けるのが得意な男に勇麻は心当たりがあった。

 そしてその男をぶちのめすのは、他でもない東条勇麻の役目なのだから。


黒騎士ナイトメア……ッ!!」


 絞り出すように漏れた言葉に複雑な感情の色が灯っている事に、すぐ近くにいた天風楓は気が付かなかった。

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 ※※※叡智の蒐集・更新停止に伴い、『天智の書』の余剰リソースを用いた新章が公開されました。
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