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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第二章 涙空ノ咎人
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第二十四話 VS.光の術師《シャイニング・アルス》Ⅲ――疑惑と真実

「アンタ、そもそも本当に『神の子供達(ゴッドチルドレン)』なのか?」


 勇麻の放ったその問いに、天風駆の表情が初めて空白を作った。

 怒りでも驚愕でもそれ以外でも無い、正真正銘の空白。

 それはあまりにも想定外の事を問われたから、という訳ではない。

 わざわざ答える必要性を感じない程に当たり前の事を言われた為、このタイミングでその質問を問い掛けられた事を正しく認識できなかったからだ。

 数秒のラグがあり、遅れて駆が問いかけの意味に気付く。

 スイッチが入ったみたいに、呆れたような、勇麻を馬鹿にするような表情が駆に戻ってきた。


「いきなり何を言い出すかと思えば……僕が本当に『神の子供達(ゴッドチルドレン)』なのか、だと? 馬鹿馬鹿しい……。それなら、その身を持って確かめてみろよ!」


 東条勇麻の視界を染めるように、白い閃光が弾ける。

 光の粒子へと己を変換した駆は、この世界の誰もが追いつけないスピードで世界を駆ける。

 一秒を何千何万にも切り分けたうちの一コマ後、瞬間移動と見分けのつかない速度で標的の懐に潜り込む。 

 まさに閃めく閃光の如く。

 光の粒子だった天風駆が次の瞬間には実体へと戻り、東条勇麻の鳩尾目掛けてアッパーカットを繰り出していた。

 人間に反応できるようなタイミングでは無い。

 拳が人肉に食い込む音が響く。

 思いっきり鳩尾を打たれた東条勇麻はその場に崩れ落ち──なかった。

 

「なんだと!?」


 アッパーを放った駆の右手首が力強い手に掴まれる。

 当然、それができる人物など一人しかいない。

 東条勇麻だ。

 既に身体はボロボロ。ダメージの蓄積が激しいのか、口の端からは赤い血が一筋垂れている。その顔は苦痛に歪み、痩せ我慢しているのが丸分かりだ。

 だがそれなのに、東条勇麻は笑みすら浮かべていた。


「言ったろ、致命的な欠陥だって」


 勇麻は勢いをつけるように上体を逸らし、身体をキリキリと弓のように引き絞って反らすと駆を掴む左手を強く手前に引いた。

 同時に逸らして溜めた力を解放するように、勢いよく額を突き出す。

 当然駆との距離は縮まり、強烈なヘッドバッドが駆の額を強打した。


「がぁっ!?」


 鈍い音。じんわり広がる衝撃に駆が地面へと崩れ落ちそうになる。

 が、その身体が何かに縫い付けられたかのようにガクンと止まる。

 理由は簡単。

 東条勇麻は駆の手首を掴んだまま離さない。

 

「ま、……ず!?」

 

 駆が何かを言う前に、倒れかけた身体が再び手前に引き寄せられ、


「――耐えられるものなら、耐えて見せろ。……だっけか?」


 今度は勇麻の右のストレートが顔面深く突き刺さった。

 ゴッシャアッァァ!!  

 凄まじい轟音と共に、天風駆は跳ねるように地面を転がった。


 ドロドロになって地面を転がり、ようやくその勢いを止めてから、天風駆は顔を血塗れにしてふらふらと立ち上がる。

 ダメージに顔を歪めながら、駆は意味が分からないとでも言いたげに首を振った。

 

「なぜだ。どうして、僕の攻撃に対応する事ができる!? ただの『神の能力者(ゴッドスキラー)』如きが、どうして!?」

「分からないのか?」


 対してその疑問の答えを知る勇麻はさして興味もなさげに、


「アンタの速度は確かに脅威的だ。目視じゃ絶対に捉えられないし、こっちの攻撃だって普通にやってたんじゃまず当たらない。けど、攻撃の瞬間とその直後のアンタのスピードはゼロだ。そして次の攻撃に移るまでに微かなタイムラグがある。確実に隙が出来ると分かっていて、そこを狙わない訳がないだろ」


 天風駆は自身の身体を光の粒子に変換し、光の速さで移動する事ができる。

 だが、攻撃の際にはどうしても光の粒子化を解き、速度をゼロまで殺す必要がある。

 つまり駆は攻撃の度に光の粒子化を解き、攻撃後はまた光の粒子と化し光速移動をして、というサイクルを繰り返している事になる。

 そして実体化しての攻撃から、次の移動の為の光の粒子化までの間に僅かなタイムラグがあることに勇麻は気が付いていた。 


「攻撃直後のタイムラグだと……!? そんなの無理だ。できる訳がない。僕の攻撃で君が体勢を崩している間に、そんな物はすぐに終わってしまうんだぞ!?」


 実際、インターバルの時間は一秒からどんなに長くても二秒程度。

 駆の言う通り、普通ならば駆の攻撃をまともに受けた直後の勇麻に狙えるようなタイミングでは無い。

 だが、


「全て受け切ればいい。全て耐えきって、倒れなければ、俺にも攻撃のターンくらい回ってくるハズだ」

「全て耐えきるだと?……コケにするのも……大概にしろよ!」


 怒号と共に背後に回り込んだ駆の後頭部への一撃。

 殺意を込めた裏拳気味の一撃に、勇麻の身体がグラつく。

 しかしそれだけだ。

 意識を奪い取る勢いで放った攻撃を、しかし東条勇麻は耐えきって見せる。

 耐えきり、倒れず、攻撃直後にできる隙を突いて確実にダメージを与えてくる。


「くっ……そがぁぁあああああああッ!!」

 

 何度やっても結果は同じ。

 駆の一撃がノーガードの勇麻に直撃し、それを受けても体勢を崩さない勇麻からの手痛いカウンターが駆の身体を吹き飛ばす。

 何度も地面に転がり、何度も手痛い反撃を喰らった。

 こんなにも自分に抗う存在との相対は、天風駆にとって力を手に入れてからは初めての事だった。

 苛立ちが、怒りがふつふつとわき起こる、その感情を攻撃に乗せ、目障りな男を打ち砕かんとする。


 駆の渾身の右ストレートがモロに勇麻の顔面に叩き込まれた。

 鈍い音が炸裂し、僅かに勇麻の身体が後ろによろめく。

 だが勇麻の右手が駆の服の裾を掴みとってその場に踏みとどまると、まるで駆側に倒れ込むようにして左腕でラリアットが見舞われる。

 喉が潰される。呼吸ができない。殴打とはまた種類の違う痛みが駆の身体を走り抜け、苦痛に呻く。

 閃光。鈍痛。鈍痛。そしてまた閃光。

 その単純な繰り返しで二人の戦場は成立していた。

 お互いに防御が成立せず、超至近距離でノーガードで殴りあう。

 時折織り交ぜられる光の短剣も全て喰らっているというのに、目の前の敵は、東条勇麻は倒れない。

 パッと赤い血が互いの頬に飛び散り、互いの拳は互いの血潮で既に赤く染まっていた。

 息は荒く、地面に倒れる度に立ち上がる事が億劫だ。


 本来ならば、肉弾戦では『勇気の拳(ブレイヴハンド)』による身体能力の底上げのある勇麻が圧倒的に有利なのだが、両者は未だに互角の打ち合いを続けている。

 理由は単純だ。

 勇麻に蓄積しているダメージ量が圧倒的に多いからだ。

 『勇気の拳(ブレイヴハンド)』による強化に、ボロボロの肉体がもうついて来ない。 

 一撃で魔王を両断できるだけの力があっても、それを込められた聖剣がひび割れ壊れかけているのでは満足にその力を振るう事ができないのと同じ。

 今の勇麻は『勇気の拳(ブレイヴハンド)』による強化ありで、並みの『神の能力者(ゴッドスキラー)』と同程度の腕力しか発揮する事ができない。 

 もし今の東条勇麻に『勇気の拳(ブレイヴハンド)』が無ければ、彼は既に立ち上がる事すらできなかっただろう。

 それくらい極限の状況に彼は立っていた。


 互いの一撃の攻撃力はここにきてほぼ互角。

 その結果、両者の戦いは泥沼の体を成していた。


 またも互いに顔面に一撃を貰い、両者がよろめく。

 駆は息も絶え絶えに後ろへ数歩たたらを踏むと、ぐらりと傾き片膝を付いた。

  

「何故、だ。僕は……神の子供達(ゴッドチルドレン)だぞ。その僕が、たかだか一神の能力者(ゴッドスキラー)に、ここまで……」


 東条勇麻も、膝に手を当てていた。


「はぁ、はぁ、……。天風駆……」


 絞り出すような声が駆の耳に聞こえてきた。


「確かにアンタは強い、でも、アンタは神の子供達(ゴッドチルドレン)なんかじゃない」

「……」

「なあ天風駆。そもそもアンタ、一体どこで『干渉レベル』の測定をしたんだ?」

「……僕がどこでこの神の力(ゴッドスキル)に目覚めたのか、僕の事を調べたのなら君だって分かっているハズだ」


 駆は無言を肯定と受け取り、


「……僕の干渉レベルの測定をしたのは、そこの研究者どもだ。最も、気が付いた時には何故か全員死んでいたけどな」


 その言葉に、何故か一瞬勇麻の眉が訝しげに動いたように見えた。

 が、目の前の少年はすぐにその表情を戻してしまう。


「まあ憎かったアイツらが死んだのはいい気味だが……それがどうした? 僕が『神の子供達(ゴッドチルドレン)』でないと、なぜ君が言い切れる? それとも、またお得意の挑発か?」


 駆の言葉に東条勇麻が何かを考えるように一瞬押し黙った。

 駆は勇麻が口を開くのを黙って待つ。相手の話を素直に聞いてやる義理などないが、今の駆には体力を回復させる時間が必要だったのだ。

 だが次の瞬間勇麻から告げられた言葉は……。 



☆ ☆ ☆ ☆



「僕が『神の子供達(ゴッドチルドレン)』でないと、なぜ君が言い切れる? それとも、またお得意の挑発か?」


 天風駆はどうでもよさそうに勇麻にそう言った。

 駆がこの話に付きあっている理由は、おそらくは体力を回復させる時間が欲しかったからであって、勇麻の話になど全く興味がないのがよく分かる。

 天風駆は自分を神の子供達(ゴッドチルドレン)だと本気で信じている。長年オオカミの群れで育てられた人間の子供が、自分をオオカミだと思い込んでしまうように。

 だから、大前提は覆らないと思っている。

 決まりきった事を、わざわざ掘り返す事に興味が持てないのだろう。

 ならば、興味を持ってもらえるような話をしてやる。そう勇麻は心の中で呟く。

 勇麻は少し目を閉じ間を開けて、


「……じゃあ逆にアンタに聞こう。『天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)』でも何でも無い、『神の力(ゴッドスキル)』に関する何のノウハウもメソッドも持たないただの素人連中の出したデータが、どうして正しいと言い切れる?」

「……なんだと?」

「長年海外を旅していたアンタは知らないのかも知れないけどな、『神の力(ゴッドスキル)』関連の研究で成果を上げている施設なんて『天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)』を含めても世界に三つしかないんだよ。それ以外の研究施設なんて、理論も何も分かっていないまま、『よく分かんないけど、とりあえず一通り試してみよう』で人の身体を滅茶苦茶に切り刻んでいるだけだ。そんな所の研究員が出したデータが正しい訳がないだろ」

「そんな……馬鹿な。アイツらは、巨額の資金を裏ルートで受け取り、秘密裏に国家からの支援を受けていたような規模の研究所だったんだぞ」

「国が『神の能力者(ゴッドスキラー)』を持て余してるからこそ、『天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)』みたいな所に人が集まるんだろ。……というか、まともな研究じゃなかった事はアンタが一番分かっているハズだ」


 駆は俯いたまま無言だ。


「楓はな、アンタの事を止める為に死ぬ気だったんだよ」

「……」

「アンタのやっている事がどれだけ他人を傷つける事なのか、それを理解して欲しかったんだと思う。実の兄が『神の子供達(ゴッドチルドレン)』になって帰ってきたんじゃ、戦って止める事もできない。だから楓は自分の死を持ってして、アンタの目を覚まさせようとしたんだ」

 

 けれど、と勇麻は言う。


「楓が予想していたよりも、アンタは弱かった。彼女が全力で戦えば勝ててしまうくらいに。でも、それでも優しいあの子は最後までアンタを倒すという選択肢を選び取る事ができなかった。何の疑いも無く自分を神の子供達(ゴッドチルドレン)だと信じている兄に現実を突きつけるって選択肢だって楓にはあったハズだ。けれどそうはしなかった。大切な兄を心身共に傷つける事なんて彼女には出来なかったし、アンタが連れ去られた時の事に関して負い目も感じていたんだろう。だから彼女は手を抜いて、わざとアンタに殺されようと決めたんだ」


 勿論、最初は楓も全力で戦ったハズだ。止めるべき自分の兄が神の子供達(ゴッドチルドレン)なのだ。もとより勝ち目のない戦いだという事は理解している。

 全力で挑み、その結果敗北して命を落とせば、それで問題はない。

 楓はそう考えたのだろう。

 だが、戦っていく中で、楓は気が付いたのだ。兄の実力が自分以下だという事に。


「……」


 正直、楓の動機については勇麻の脚色も混じっていたが、大きくは外れていないと思う。

 アリシアから聞いた天風楓と天風駆の過去。そして楓の態度からおおよその予想はつく。

 なにより、天風楓の全力なら駆を倒す事ができるというのはまず間違いない。両者の強さを知る勇麻には、それが痛いほどに分かってしまう。

 ……勇麻は知る由もない事だが、事実、天風楓は途中から『風の衣』を纏わずに戦っていたのだ。


「天風駆、アンタは『神の子供達(ゴッドチルドレン)』でも無ければ、選ばれた人間でも無い。……アンタの理想は、始まる前から壊れているんだよ!」

「……」


 それは言外に告げる最後通牒。

 もうこんな馬鹿げた事はやめろ、理想を掲げる人間に対し、理想を棄てろと、そう言い放つ行為。

 しかし、勇麻とて理解はしているのだ。

 人には、頭では分かっていても譲れない何かがあるのだという事を。


 だからこれは形式上の挨拶にも似た、形だけの警鐘だ。

 きっと二人は、二人の意志と意地は、どちらかがどちらかを完膚なきまでに叩き潰さない限り、潰える事は無いのだから。

 

「くふふふ……」


 なのに、


「ふはっ、ふははは……あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっはははははははははははッ!!」

「え?」


 理解ができなかった。

 

 理想を否定された天風駆の口から溢れ返ったのは、歪んだ哄笑だった。

 愉しげに、本当に心の底から愉しげに、天風駆は嗤っている。

 今までの勇麻に対する彼の行動から考えて、ここは激情するべき場面のハズだ。まるで何かが切りかわったかのように、天風駆という人物が壊れる。

 狂笑するその青年は明らかに異常。

 その整った顔立ちを醜く歪め、天風駆は声も高らかに叫ぶ。


「そうさ、お前の言う通りだよ。東条勇麻。俺は『神の子供達(ゴッドチルドレン)』でもなんでも無い。ただの哀れな実験の被害者だ。お前の言うように、俺の理想は始めっからぶっ壊れてたんだよ!! 誰もが幸せな理想の世界? 人々を導く王となる? くだらねえ、まったくもってくだらない! そんな物ある訳ねえだろ! ミカンの山から腐ったミカンを一つ取り除いた所で何になる? もうその腐敗はまわりに移ってるんだよ。もはや完全に取り除くのは不可能なほどにな!」

 

 くだらないくだらないくだらないッ!!! 

 そう言って、天風駆は自分の理想全てを否定した。

 子供の頃、図画工作の時間に作り優秀賞を貰った作品を、何の感慨も抱かずゴミ箱に捨てるように。

 あまりにあっさりと、自らを貶めた。


 確かに方法は間違っていたかもしれない。それでも、彼の語る正義への思いは、けっして大きく間違ったものだとは思わなかったのに。

 それなのに、天風駆は自らそれを否定してしまう。

 地面に転がった親友の頭を泥に塗れた靴で踏みつぶすような愚行にして蛮行。自身の否定。


 驚愕に固まる勇麻は、


「お前……」


 何とかして絞り出すようにこう言った。 

 

「……誰だ?」


 一瞬、駆の顔から愉快げな笑みが消える。

 唖然とした表情と無表情とが視線を交わし合い、


「ぷっ」


 堪え切れ無かった笑いが漏れた。


「ぷはっ、……あははははははははははははははははははははッ! あぁ、凄いな。“俺”がさっきまでの天風駆とは別人だってよく分かったな」


 駆は興味深げな視線を勇麻に向けていた。

 まるで値踏みするようなその瞳に、勇麻の背中が寒気を覚える。

 

「そうさ。俺はあの甘ったるい男とは違う。俺は、『実験』と呼ばれたあの拷問の中で生まれた、天風駆のもう一つの人格。言うなれば、『天風駆の弱さの集合体』って所か」


 立ち上がる事すら辛いハズなのに、まるで肩の荷を下ろしたかのように軽やかな足取りで、天風駆は勇麻に歩み寄る。


「だいたいよぉ、あんな弱っちい七歳そこらのガキが『実験』の苦痛に耐えられる訳がねえだろ? 『アイツ』が今日まで生きているのも、正気を失わなかったのも、苦しくて辛い事全てをこの俺が『アイツ』の代わりに被ってやってたからに過ぎねえ」


 天風駆の弱さの集合体。

 その言葉の示す意味は、つまりは今この場にいる天風駆は、彼自身の弱さの身代わりであるという事実。

 悪意を敵意を苦しみを悲しみを辛さを憎しみを、それら全てから逃れる為だけに、泥汁を飲ませ続ける為に一種の生贄として生まれた人格。

 幼き頃の天風駆が、生きて行く為に防衛本能として生み出したもう一つの自分。それこそが、この天風駆だった。

  

「理想の世界も、『神器』の事も、何もかも! 俺がいなければもう一人の天風駆は――『アイツ』は、思いつきもしなかったハズだ。綺麗事しか能の無い、あの軟弱者にはな。『アイツ』がここまで来れたのは、全部俺がそうなるように誘導してやったからだ! それをアイツは『自分は選ばれた』だの『確定した未来』だの『神の子供達(ゴッドチルドレン)』だのと無邪気に信じやがって、ホント馬鹿じゃねえの。自分の中に自分が知りもしない情報が浮かび上がってきたら普通おかしいって思うだろ。おめでたい頭っていうか、なんて言うか……。我ながらホントに気持ち悪かったぜ」


 天風駆が一歩近づく度に、勇麻は無意識の内に同じ分だけ後ろに退いてしまう。

 恐怖ではない。

 嫌悪感。目の前の男に近寄りたくないという感情が、自然と勇麻の足を後ろに下がらせていたのだ。


「くくく……そういやお前、何て言ってたっけ?」

「?」

「ほら、アレだよアレ。……ええっと、兄貴は自分の下のモンを守るモンだとか何とか言ってたよな?」

「……それが、どうした」


 駆は口を横に大きく引き裂くと、


「ホント、くっだらねえよなぁ。自分以外の他者なんて全部ぶっ殺す対象でしかねえだろうが」

 

 ニヤリと裂けた口からドロドロとした闇が噴き出した。

 それは悪意を持って空間に広がり、まるで神経を犯す毒のようにじわじわと世界を穢していく。壊していく。 

 その姿に、勇麻の中に生じていた疑問の一つに対する答えを見つけた気がした。


「……あの時楓を殺そうとしてたのは、アンタの方だったんだな」

「そういう事だ。意識ある時に身体を乗っ取るのは色々手前だし疲れるからよ、あの戦いに手を出すつもりはなかったんだけどな。……あまりに楽しそうだったからついな」

「……なんでだ。なんで実の妹を殺そうとする。血の繋がった兄妹じゃないのかよ……ッ!」

 

 怒りを秘め、叫びを押し殺すような低い勇麻の問いに、


「俺は自分が好きだ。このどうしようも無く、どうしようもない“この”自分が好きだ。だから俺は俺以外の全てを憎む。“この”自分では無い物など、全てがぶっ殺すべき敵だ。親も、妹も、赤の他人も、もう片方の俺も! 俺は全てが憎い。憎いんだよ。俺は全てに裏切られた者だ。だから壊す、これは俺からのささやかな贈り物。俺を拒む世界へのちょっとした復讐ってヤツだ」


 天風駆は自分に酔ったような心酔しきった笑みを浮かべていた。

 きらきらと輝くその瞳には、きっと何も映していないのだろう。

 自己陶酔に溺れるその美少年が、勇麻の瞳には酷く醜く哀れに映る。


「それが……アンタが『主神玉座フリードスキァルヴ』を求めた理由だって言うのか? 理想の世界を求めた天風駆では無く、アンタの目的だと」

「目的ってほど崇高な物じゃないさ。言ったろ、これはささやかな贈り物なんだよ。俺を裏切り続けた世界に対する俺からのプレゼントだ」

「プレゼント……だと?」

「ああ、そうさ。折角世界を支配できるっていうんだ。だったら、俺は俺の好きなようにやってやろうって言ってるんだ。気の向くままに殺し、壊す。明確な目的も何も無い、ただただ怠惰の中で気まぐれに終わりゆくそんな怠惰な世界。あぁ……楽しいだろうなぁ」

「……狂ってるよ、アンタ」


 首を横に振りながら、呆然とした様子で勇麻はそう零した。

 しかし駆は嗤うばかり。

 

「狂ってるって? この俺が? くくくっ……あはははははははははははははははははははははははははははははははははっはははははははッ!! いいや違うな。狂ってるのは俺じゃない、俺をこんな風にした世界が狂ってるんだよ。悪いのは俺じゃない、この世界だァ!」


 それは何と傲慢で、とてつもなく自分勝手な責任転換なのだろう。

 確かに彼の人生は幸福とは呼べない物だったのかも知れない。だけど、それを言い訳に自分の罪や弱さの責任全てを世界に押し付けるのは絶対に間違っている。

 自分が不幸だったからって、それ以上の不幸を辺りへ押し付けて憂さ晴らしする事が認められていいハズがない。


 天風駆が述べるのは極論だ。

 究極の自己中にして被害妄想だ。

 自分自身が何を行おうと、そこに原因は存在しない。

 全てはこの世界が悪いのだと、その一言で全てを片付けてしまう。

 どれだけその手を血で汚そうとも、被害者面をして素知らぬ顔を続けているのが、今の天風駆だ。

 そんなのは努力をしない言い訳であり、敗北への保険であり、悪の許容だ。諦める事を是としているだけだ。

 そして何より、この世界にはどんな理不尽に直面しても決して諦める事無く、最後まで必死に抗い続けた少年少女達だっているのだ。

 駆の発言は、そんな勇敢なる戦士たちへの冒涜だ。 

 あの地獄の光景を見た勇麻だからこそ、天風駆の横暴を見逃すわけにはいかない。

 

 そんなふざけた道理がまかり通ってしまう世界は認めてはならないのだ。

 もし、もう一人の方の天風駆の野望が達成されれば、理想の世界よりなお酷い世界が出来上がってしまう。

 握られた拳に、痛いくらいの力が籠る。


「負けられねえ。自分のやってきた事すら受け止められないアンタみたいな臆病者には、絶対に……ッ!!」


 駆は一しきり腹を抱えて笑うと、その両手を天高く掲げる。

 口から唾を飛ばしながら、くすんだ金髪の男はこう叫んだ。


「さあ始めようぜ正義の味方(とうじょうゆうま)ァ! お前が俺を倒せればめでたくハッピーエンド。俺がお前をぶち殺せば楽しい楽しいバッドエンド! 糞みてぇにくっだらない、志も名誉も誇りも何も無い! 血みどろに腐りきった戦いを!」  

「……ああ、ここで終わらせてやるよ信念無き復讐者(あまかぜかける)! 理想を掲げたあいつの誇りを、その想いを、これ以上穢させはしない!」 


 止める。

 楓の為に、そして、何と言っても理想を信じ続けた天風駆自身の為に。

 この男は、東条勇麻が何としてでも止めなければならない。

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閲覧の際は注意事項を確認のうえ、細心の注意を払って頂きますよう、お願い致します※※※
『天智の書:人ノ章(ベータ版)』
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