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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第二章 涙空ノ咎人
59/415

行間Ⅳ

 目が覚めると、そこは荒れ果てた空き地だった。周囲に何とも味気のないコンクリートの建物が立ち並ぶ中、その何もないスペースはどう見ても不自然で、何らかの用途があったであろう事を窺わせる。 

 その用途が一体何なのかまでは分からなかったが。

 どんよりとした曇天が、少年の頭上一杯に広がっている。

 日中だというのに、太陽は出ておらず、少し肌寒い。久しぶりに空を見上げたというのに、曇り空だなんて、味気なさすぎる。それが恨めしくて、少年は大空の主役を隠す灰色のカーテンを力なく睨み付けた。

 とここで、


(太陽、曇り空、肌寒い……? って、あれ? 建物の外にいるのか?)


 少年は自分があの腐り果てた研究所の外に出ている事に気が付いた。

 なぜか地面の上に直接倒れていた少年は、震える手で地面をついてなんとか立ち上がると、辺りを見渡した。


「ここは……」


 見覚えのない場所だった。

 いや、違う。

 正確には一度だけ少年はこの場所を通っている。目隠しをされた状態だった為、景観などはまったく記憶にないが間違いない。

 なぜなら、少年の目の前には少年が監禁されていた実験施設が堂々と建ち並んでいたからだ。


「どうして……、なんで? 外に、出られたんだ……?」


 喜びや安堵よりも先に、少年の胸中には困惑があった。

 それも当然だろう。

 七歳の春先、妹と遊んでいた公園で拉致されてからここに連れてこられ、およそ二年間もの間。

 少年は太陽の元に出る事なく、研究実験、監禁されてきたのだから。


 有名な話がある。

 子供のゾウに幼い頃から重い鉄球の足かせをつけて飼育する。

 勿論、子どものゾウではその鉄球を引っ張って移動する事はできず、重りについた鎖の範囲でしか動く事ができない。

 そしてこのゾウが成長して大きくなった時、小さな足かせをはめるだけで動く事を諦めてしまうのだと言う。

 勿論、大人のゾウならば小さな重りを引きずって移動する事など容易だ。

 だが、子どもの頃に足かせに抵抗する事の無意味さを学んでいるゾウは、自分の抵抗の無意味さを知り、諦める事を学ぶのだという。

 どうせ自分には無理だと、どんな小さな足かせでも、諦めてしまうという訳だ。


 今の少年の心理状態は、そのゾウの抱くそれに似ていた。

 最初の頃は何度もこのふざけた研究施設から脱出しようとした。

 意地でもここから逃げ出して、妹に会いに行くんだと、そう決意もした。

 けれど警備は厳重で、何度試そうとしても無理だった。

 脱出を企てていた事がバレる度に懲罰を受け、そのあまりにも高い壁に何度も絶望したのだ。

 そうしているうちに、いつの間にか少年は無意識の内に脱出を諦めるようになっていたのだ。

 

 それがここへ来て、いきなり外へ放り出されたのだから誰だって困惑するだろう。 

 何か裏があるのではないか? と疑ってしまうのが人間というものだ。


「と、とりあえず何が起きてるのか情報を整理しよう」


 そもそも少年は、意識を失う前何をしていたのだったか?

 ……そう、確か、いつものように人体実験に駆り出されていたハズだ。

 確か研究員の一人が、人間の力で扱える神の力(ゴッドスキル)の限界数値についてどうとか言っていたが、少年にはよく分からなかった。

 少年は確かに神の能力者(ゴッドスキラー)ではあったが、神の力(ゴッドスキル)に関する知識など人並み以下だ。

 本来、普通の神の能力者(ゴッドスキラー)は、天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)でそう言った自分の力や自分自身についての事も学ぶのだろうが、少年は天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)へ行く直前に攫われ、ここへやって来たのだ。

 神の力(ゴッドスキル)に関する知識なんて、ワイドショーで齧ったような半端な物しか持ち合わせていなかった。

 

「でも、僕は実験を受けていたはずなのに、どうしてあんな所で倒れていたんだろう?」


 立ち上がった少年は、恐る恐る辺りを探索するように見渡す。

 ……誰もいない。

 人影が見当たらないとか、そういう次元ではない。

 人がいる気配がしなかった。

 

 無人島、ゴーストタウン、そんな単語が思い浮かんだ。

 

 ぶるりと、少年の背筋が震える。

 とりあえず、このままここに居ても埒が明かない。ここから逃げるにしても、何かしら地図のような物は欲しい。それに単純に今この実験施設に何が起きているのかが少年は無性に気になったのだ。

 少年はよし、と小さく呟いて覚悟を決めると、建物の中を探索し始めた。


 恐る恐る、ごくゆっくりとした動作で扉を覗き込むとそこには――


 ――心臓を一突きに貫かれた、白衣を着た研究員の死体と虚ろな瞳と目があった。

 白衣の男は口から血を垂れ流し、顔は苦痛に引き歪んでいる。死ぬ直前の苦痛が、その表情から嫌と言うほど伝わってきた。


「うわぁああああああああっ!?」

   

 驚き、思わず大声を上げて、倒れ込むように尻餅を着く。

 声を上げてから慌てて口を押さえたが、もう遅い。

 あれだけ大声を上げてしまったら、絶対に誰かに気が付かれてしまう。

 焦り、慌てて物陰に飛び込むようにして隠れる少年。

 目を瞑り、頭を腕で抱え込み怯えたように丸くなる少年。いつ追撃者が現れるか分からない恐怖が、じわじわと少年の時間の感覚を狂わせる。


「……」


 だが、いっこうに悲鳴を聞きつけた研究所の人間の怒号が聞える様子はない。

 おかしく思った少年は顔を上げ、物陰から周囲を窺う。

 やはり、人が出てくる様子はない。


「あ、れ?」


 やはり、おかしい。

 というかそもそも、あんな所でどうして研究員が死んでいるのだろう。

 この研究施設において、白衣の服を着ている人間というのは、実験体として扱われている人間にとってそれだけで恐怖の象徴だ。

 その恐怖の象徴が血を垂れ流し目を剥いて死んでいる。それが表すのは一体……。


 怖気づく心をどうにか保ちながら、少年はさらに建物の奥深くへ入っていく。

 入口近くの死体の横を通り抜ける時、なるべき視線をそちらに向けないようにした。

 自分を苦しめていた人間が無様に死んでいるという事実。流石に死んだ男に同情する気にはなれなかったが、かと言って腹を抱え、死体を指差して笑えるような精神は持ち合わせていない。

 普通に気分が悪い。

 

 人気のない施設内をさらに奥へ、奥へと進んでいく。

 うす暗く冷たい雰囲気のある廊下を進む。予算の削減なのか、大分離れた距離で等間隔に並ぶ蛍光灯は、電球が切れかかっているのか、光が弱かったり、明滅を繰り返したりしている。

 ぺたぺたと、自分の足音だけが耳に響く。

 やはり人の気配を感じられない。

 普段は牢と実験室とを往復するだけの生活なので、廊下を歩くという経験があまりないのだが、それにしても、ここまで人が通らないのは異常だ。

 入口の死体といい、いったい何が起きたというのだろうか。


 少年の疑問の答えは、やがてすぐに分かる事になる。

 廊下を真っ直ぐに数炭続け突き当り、一方向の曲がり角に辿り着いた。

 そこまで来て、なにやら鼻が曲がるような強烈な異臭が少年の鼻をついた。

 異臭は少年の進行方向から漂ってくる。おそらくは曲がり角を曲がった先に何かがあるのだろうか。それにしても、この嫌な臭いは一体何だろう。

 どこか覚えのあるような匂いに顔をしかめながら、しかし少年は引き返そうとは思わなかった。

 そして、角を曲がった先。


 極彩色の世界が、眼前に広がっていた。


「ひィッ!?」


 悲鳴すら上げられなかった。

 辺り一面血。

 鼻を刺した強烈な臭いの正体は濃密な血臭だったのだ。

 そしてその血臭の直接的な原因は、少年の足元に大量に転がっているかつて人だった大量の肉。

 血を流して絶命した死体が、おそらく十数人分はあるだろう。

 ビクつきながら観察してみると、全員が全員、何らかの刃物で何度も何度も切り裂かれて殺されたようだ。


「誰がこんな事を……」


 中には見覚えのある顔も何人か見受けられた。

 少年の身体を好き勝手に弄りまわした研究者だ。

 入口付近の死体と同じように、その死に顔には恐怖と苦しみが張り付いていた。

 刃物で内臓が傷つけられたと言うより、大量の出血が原因で命を喪失したのかもしれない。それくらいに男の身体のあちこちには切り傷があった。

 手元には拳銃が握られていたが、この様子では抵抗は無駄に終わってしまったようだ。

 先ほどの入り口の男と違い、直接関わりのあった憎い男の死に、少年の胸中が激しく揺れ動く。  

 少年は一言だけ「自業自得だ、くそったれ」と呟いて、大量の死体の山を跨いで越えていく。 

 少年は聖人君子ではない。自分の事を家畜か実験用のモルモットのように扱ってきた相手を憎むなという方が無理な話だ。

 


 探索を続けていくつか分かった事がある。

 まず、この研究施設に生きている人間は少年を除いて誰一人いない事。

 少年以外にも実験体として連れてこられた子ども達もいたハズなのだが、彼らもまた何者かの襲撃にあったらしい。

 驚愕に目を見開いたまま、二度と動かぬ物と成り果てていた。

 彼らの口はもう何も語らない。

 ここで何があったのか、誰がこんな事をしたのか。それを語る事が出来る人間は、この施設にはもういなかった。

 

 手がかりは見つからず、結局、この研究施設で何が起きたのかを知る手段は失われた。

 だが一つ、少年は新しい情報を手に入れていた。

 

「……これは」


 それは研究者の一人が抱えていたとあるレポートだ。

 打ち込みの途中で慌てて持ち出したらしく、文章自体は中途半端に書きかけだった。

 だが、それは少年にとって大きな意味を持つレポートだった。


「……神の力(ゴッドスキル)名『光の術師(シャイニング・アルス)』。推定干渉レベル……『Sオーバー』、以後、被検体五〇六を神の子供達(ゴッドチルドレン)と呼称する……?」


 その時はまだ、少年はその単語の持つ意味が分からなかった。


 そして少年は気が付かない。

 自分の着ている簡易な手術着が、誰かの返り血で真っ赤に汚れている事に。 

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