行間Ⅲ
漫画みたいな鉄格子の付いた窓から眺める月。人が人としての尊厳すら保てないような、こんな腐れ切った場所から見る月でさえとても綺麗で、その存在が今日一日の嫌な出来事を全て洗い流してくれるような気さえした。
「……」
少年がこの監獄のような実験施設に連れてこられて早くも半年が経過していた。
実験は過酷さを増し、少年に掛かる負担も日に日に増えていく。
それなのに、以前よりも少年には心の余裕が生まれていた。
壊れる寸前だった心が、どうにか平静を取り戻しつつある現状に、誰よりも驚いたのは自分自身だ。
慣れ……とも違うと思う。相変わらず実験は嫌いだし、こんな牢に閉じこめられるモルモットのような生活に慣れたいなどとは思わない。
だが、現に少年の気力は回復しつつあった。
研究者も少年の状態に揃って首を傾げているらしいが、嬉しい誤算の原因を解明しようなどと思う人物もいなかったので、結局原因は不明のまま。
一つ、少年に心辺りがあるとすれば、最近よく実験中の記憶が完全に飛んでしまう事くらいだろうか。
気を失っている、のとも違うと思う。
実験が始まったと思うと、瞬きをした次の瞬間には終わってしまっている。というのが一番近い状況だろうか。
要するに、実験中に感じているはずの苦痛や痛み、それらの情報が完全にシャットアウトされている状態なのだ。
とにかく少年に掛かる心的負担は、事実上激減していた。
体力的な負担は変わらないので時折休息が必要なのは変わらないが、研究者達にとっても少年は大切な実験体なので、その辺りの配慮に関しては心配する必要はなかった。
不満があるとすれば、こちらの健康に配慮しているのなら、もう少し清潔な部屋が欲しいという事くらいか。
「はぁ……それにしても退屈だなぁ」
不満を零すだけの元気が戻った少年は、自分の膝を抱えてそう呟いた。
「……楓、お前は元気にしているのか?」
脳裏に浮かぶ妹の笑顔が、彼の支えだった。
いついかなる時も忘れた事はない、妹の幸せ。
もしここから出る事ができたのなら、もし妹に再び会う事ができたなら、どれだけ幸せな事だろうか。
そうしたら、今まで寂しい想いをさせてしまった分を取り戻すのだ。
そう少年は心に決めていた。
「きっと、いつか……」
手が届くかも分からない希望。
それでも人は、目の前にソレが見える限り、手を伸ばし続けてしまう生き物なのだから。




