第一〇話 不穏な雲行きⅡ──邂逅
ザ、ザザッ……ザザ、ザ……
臨時ニュースです。
今日深夜二時頃、『天界の箱庭』東ブロック第三エリアの博物館が何者かによって襲撃されていた事が分かりました。
館内の貴重な展示品などに傷は無く、大きな損害を受けたのは施設の設備や博物館の建物自体との事です。
今回襲撃されたのは『第五博物館』で、ここ数週間のうちに破壊行為の標的にされた博物館はこれで計九つとなっており、これまで立て続けに起こっている『連続博物館襲撃事件』と関連がある物として『神狩り』は捜査を進める模様です。
犯行時周囲には人がいたようですが、一般人、警備員、また周辺で警戒を強めていた『神狩り』にも怪我人はありませんでした。
また、残念ながら犯人の姿を捉える事はできなかったものの、これまでの事件と同様の手口から、何らかの思想を持つ同一犯の犯行の可能性が高いとの事です。
『神狩り』では今後も犯行は続くのでは、との意見が出されており、これまで以上に警戒の強化をはかる物と思われます。
また、今回の事件について犯罪心理学を研究している大木場小西教授は……ザ、…ザザッ……ザ、ザザザ………………………………………………。
☆ ☆ ☆ ☆
特に誰かが見ている訳ではないのだが、東条家では朝のビージーエム代わりに適当なチャンネルを流している事が多い。
テレビから垂れ流される朝のニュース番組は、最近話題の『博物館襲撃事件』について、住民の不安をあえて煽るような大げさな報道を続けていた。
美人キャスターとの相乗効果で、視聴率上昇でも狙っているのだろうか。
画面の中では美人キャスターの隣で、犯罪心理学専攻だかなんだかよく分からない偉そうなおっさんが、厳しい表情でろくろを回しながら何かを語ってた。
これまでの犯行から考えて、無関係の人間に被害が及ぶとは思わないのだが、犯罪心理学のお偉い先生様はよっぽど犯人を残虐無比な殺人鬼に仕立てあげたいらしい。
くだらない話を続ける脂ぎったオヤジは無視して、座卓の上の卵焼きを一つ口の中に放り込む。
適度な甘味が口の中に広がる。普通にうまい。
今日の朝飯当番は勇火だったので、卵焼きの出来からしてやはり一味違う。
勇麻の隣ではアリシアが無表情に、しかしとめどなく箸を動かし、卵焼きや野菜炒めを口の中に放り込んでいく。
無表情……というか食べるのに夢中過ぎて表情を作るのを忘れているとでも言えばいいだろうか。
無我夢中のアリシアはほっぺたが膨らむ程食べ物を詰め込み、まるでリスみたいになっている。
表情の変化が少ないから分かりにくいが、どうやらご満悦のご様子だ。
あれじゃ喉に詰まるんじゃないか、とするだけ無駄な心配をしてしまう。
犯罪心理学の先生の話も終わったらしく、お天気お姉さんの出番がやってきたようだ。
「むむ、明日は晴れ……ん? 雨なのか? これは結局どっちなのだ?」
食べ物を呑み込んだアリシアが難しい声を出しながら画面と睨めっこをしていた。
頭に疑問符を浮かべながらアリシアは勇麻に向き直り、画面を指差して。
「むぅ……勇麻。この天気予報とは別の『天気予知』、とは一体何なのだ?」
「あー『天気予知』ね」
『天気予知』とは『天界の箱庭』などの『神の能力者』が暮らす街のみで採用されている、少し特殊な天気予報の事だ。
普通の街ではまずやっていなし、採用しようにもやりようがない。この街独自の取り組みだ。
アリシアが知らないのも無理は無い。なんといっても普通のテレビ局――街の外のテレビ局――じゃ絶対にやっていない事だし、この天界の箱庭でもやっている局はごく一部だ。
「『天気予知』ってのはだな、簡単に言うと予知系統の力を持つ『神の能力者』に天気を予知して貰おうっていうやつだ」
だが、そもそも予知系統の力を持つ『神の能力者』の総数が少ない上に、予知より普通の天気予報の方が当たるという、何とも微妙な試験的な企画だったハズだ。
そのハズなのだが……。
「最近、妙に当たるよね。天気予知。しかもかなりピンポイントで」
「……干渉レベルでも上がったんじゃないの?」
予知、とは言っても完璧に未来を予知できる『神の能力者』なんて存在しないらしい。
何でも、『予知』というのがそもそも『確定した一つの未来』を見せる物では無く、『いくつかある未来の可能性の内の一つ』を見せる物らしい。
要するに予知した未来以外にも様々な分岐ルートが存在し、今後の行動によってどのルートに入るかが変化する物なんだとか。
干渉レベルが高くなればなるほど、いくつものルートの未来を見る事ができ、より確率の高い予知ができるという訳だ。
また、干渉レベルによってどれくらい先の未来を見れるかも変わってくるらしい。
……と、まあここまですべて友達の受け売りなのだが。
「それで結局、今日は晴れるのか? それとも雨が降るのか?」
天気予報は最高気温更新だとかなんとか、天気予知は一部地域で土砂降りだとか何とか、それぞれあべこべな事を言っていた。
「うーん、……半袖短パンで傘でもさしとけばいいんじゃない? いっその事水着とか」
結局の所、情報源が二つあっても迷うだけで良いことなんて何も無いのだった。
☆ ☆ ☆ ☆
「うーん、これはあれですよねぇー」
「ええ。あれですね~」
「あぁ、あれだな」
「……な」
何者かの襲撃により廃墟と化した東ブロックの博物館。
立ち入り禁止のテープを軽々と超えた向こう側に、四人の少女が立っていた。
「ねえねえセピアセピア、セピアはコレどう思いますぅー?」
何も展示品のない博物館がよほど物珍しいのか、そこら中をキョロキョロ見渡しながら落ち着かない様子でそう尋ねたのは、翠の瞳をした、綺麗なブロンドのセミロングの髪の少女だった。
年はおそらく高校生くらいか。
彼女の活発そうな印象を反映してか、緑系のティーシャツの裾を縛ってへそを出し、下はホットパンツという、なかなか露出の高い格好をしている。
話している言葉は日本語だが、見た目はどうみても日本人には見えない。
その少女にセピアと呼ばれた黄色の髪留めを付けた黒髪前髪パッツンの少女は、機嫌が悪いのかどこかブスッっとした顔のまま振り向くと、
「ンなっ。」
とだけ答えた。
「だよねだよね。やっぱりそう思いますよねぇー」
この暑さにも関わらず、袖の余るほど大きなロングコートに身を包むセピアはジト目のまま翠の瞳の少女に頷く。
会話らしい会話はなかったように思われるが、両者の間では意思の疎通はできているらしい。
「何でもいいだろそんな事。大事なのは、このスカーレ様の強さを見せつけるに足る相手かどうかって事だ」
自信に満ち溢れた声でそう言い切ったのは、真っ赤な髪の少女だ。
男みたいなベリーショート。
無造作ヘアー、というよりただの寝癖にも見えなくもない。自分の身だしなみにあまり頓着しないタイプの人間である事が窺える。
勝ち気で大きな緋色の瞳には、確かな自信が満ち溢れていた。
ただ、なかなか残念なセンスの持ち主なのか、大きく『漢気』とプリントされたティーシャツに、ミニスカートという何ともアンバランスな服装をしていた。
周りに比べて一際貧相なまな板を張るスカーレに、一際大きな胸を持つ少女が柔和な笑顔を浮かべる。
「あらあら、スカーレちゃんてば張り切っちゃってて、相変わらず可愛いわね。でもでも、この前みたいに勢い勇んでいきなり地面の出っ張りに躓いちゃう、なんて展開は、お姉ちゃんちょっとハラハラしちゃうな~」
「なっ……、セルリア姉!?」
セルリア姉、と呼ばれた碧い瞳の少女はやたら露出の高い青系の服装をしていた。
腰の辺りまである艶やかなブロンドの髪、内側から衣服を押し上げる大きな胸。
おっとりとした雰囲気といい、異性からの人気が高そうな女の子だ。
「あー。あれ見事にパンツ見えてましたもんねぇー。もうお婿……もといお嫁に行けないレベルで」
「う、うるせえ! ばかシャルトル! あ、あれは相手を油断させる為の策略だったんだよ!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐスカーレと翠の瞳の少女──シャルトルを慈愛に満ちたような瞳で見つめながら、セルリアは満足そうに頷いて、両手を合わせると。
「まあまあ、スカーレちゃんとシャルトルちゃんは相変わらず仲がいいのね~。お姉ちゃん、妬いちゃうわ」
「セルリア姉にはこれが仲良いように見えんのかっ!?」
「無駄だよスカーレ。セルリア姉ちゃんは無自覚でこういうの言う人ですから」
顔を髪の毛と同じくら真っ赤にしながら叫ぶスカーレに対して、シャルトルは気にしたら負けだとでも言うように肩を竦めると、破壊された壁面に手をついた。
その破壊の表面をなぞるように触り、
「それよりもさ、そろそろひと暴れしたい気分になってた所なんですよぉー。今度の相手はかなり強敵っぽいし、私達が出張っても問題無いと思いますけどぉー?」
「シャルトル。アンタこの前は前線やるの嫌がってなかった?」
「だからぁー、気分が変わったんだって。今は前線で暴れ回りたい気分なんですぅー」
セルリアはニコニコ笑顔のまま首を傾げて、
「でもでも、私達だけで勝てるのかしら~?」
「……な、」
「『一人一人ならともかく、私達四人が揃えば負けるはずが無い』ってセピアも言ってるし、大丈夫じゃないですかねぇー?」
シャルトルは気楽な感じでそう言うと、その横でスカーレも不敵に笑った。
「セピアの言う通りだ。そのふざけた犯罪者にアタシらの力を見せつけてやろうぜ」
☆ ☆ ☆ ☆
傘を持っているのが馬鹿馬鹿しいくらいの晴天だった。
「本当に雨降んのか、コレ」
額に玉の汗を浮かべながら、ウンザリした様子で勇麻はそう呟いた。
頭上から降り注ぐ日差しは強烈で、時間を追うごとにキツさを増している。
既に時刻は午後三時。一番日差しがキツい時間帯に入っていた。
茹だるような暑さに、恨みを込めて頭上を見上げる。雨の振りそうな気配どころか、雲の一つすら空には浮かんでいない。
真っ青な晴天だ。
「夏なのに入道雲すら浮かんでないとか、頭おかしいだろ……」
日陰を求めて徘徊するゾンビのようになりつつ、それでも勇麻は歩く足を止めない。
「その場の流れとはいえ、協力するって言っちゃったし、何もしない訳にはいかないよなー」
今現在、勇麻が向かっているのは東ブロック第三エリアにある博物館の一つ、『東第五博物館』だ。
そう、ほんの十数時間前に何者かによって襲撃された博物館だ。
既に『神狩り』が事件後の現場を調べているので、めぼしい手掛かりは何も残ってはいないと思うのだが、それでも一応だ。
それに、学生寮にいてもやることが何も無い、という事もある。
要するに暇人なのだ。
(それに、少し頭の中を整理しときたかったし。丁度良かったのかもな)
学生寮にいても今はアリシアの邪魔になるだけだろう。
ならば勇麻は勇麻で、できる事をするのが得策だ。
背神の騎士団の事や博物館襲撃事件の事やらで、最近の勇麻の頭はいっぱいいっぱいになってしまっている。
出すべき結論を出す為にも、己の考えを見つめなおす時間というのは必要だ。
なにせ事は今後の勇麻の人生に、ひいては泉や勇火の人生にも関わってくる事なのだ。
短慮な行動は控えるべきだ。
(『背神の騎士団』。彼らが悪い人達じゃないって事は分ってはいる。でも、本当に信じても平気なのか? ……いや、俺は結局それを言い訳に逃げてるだけなのか)
『創世会』にケンカを吹っかけてしまった勇麻達に、安全な居場所などないという事は分かっている。
正直実感は湧かないが、事実『創世会』直属の部隊である『汚れた禿鷲』の戦闘員を倒してしまった時点で、きっとそれは確定しているのだろう。
勇麻としても『創世会』のやっている事は許せない。
『南雲龍也の代役』としてそう思う訳では無い。
アリシアの友人として、アリシアの過去を知る一人の人間として、『創世会』のやってきた行いは許せないのだ。
だから『創世会』と敵対する事自体は必然的な事だとも思っているし、同じように『創世会』と敵対している『背神の騎士団』の一員になってしまおうという考え方はあながち間違いではないとも思っている。
だけど、
(結局ビビってるのかなー、俺。なんていうか、明確なラインを踏み越える気がするっていうか、どうしても躊躇しちまうんだよなー)
明確なライン。
表と裏の境界線とでもいうべきか。
『背神の騎士団』の仲間になるという事は、もう後戻りはできないという事だ。
『創世会』の、ひいてはこの『天界の箱庭』の敵として、この先を生きて行くこととなるのだから。
(泉の野郎は特に何にも考えてないみたいだし、勇火は全部俺にぶん投げてるし、はぁ……、俺にどうしろっていうんだよ)
じめっとした思考を展開しながらも、勇麻の足は止まることなく目的の博物館へと向かっていく。
既に背中までびっしょりで、汗を吸ったティーシャツが背中にぺったりと張り付いていてエアコンの効いた学生寮に帰りたいが、ここまで来て何もせずに帰るっていうのも馬鹿みたいな話だ。
蝉の音をビージーエムに、ただひたすら歩いていく。
と東ブロックとの境界が近づいてきた時だった。
「あれは……、楓か?」
勇麻の視線の先数メートル。
一部道が広くなっている踊場のような場所で、ベンチに腰掛ける茶髪の少女がいた。
この距離で見間違えるハズもない。見慣れたその顔、その少女を勇麻は知っている。
二週間以上もの間連絡のつかなくなっていた少女、天風楓がそこにいた。
(これは……もしかして色々とチャンスなんじゃないのか?)
襲撃された博物館の傷跡、楓と連絡の取れなくなった時期と被っている『博物館襲撃事件』の発生日、最新の防犯システムなど紙屑当然に突破する強力な『神の力』。
勇麻の中で渦巻いているこの嫌な予感、それを払拭するために、そしてこのモヤモヤした気持ちから抜け出す為にも、天風楓との接触は今の勇麻にとっては願ってもいない幸運だった。
楓はベンチの背もたれに体重を預け、天を仰ぐようにして座っていた。
疲れ切っている様子で、どうやらこちらに気づいていないようだ。少し近づいてよくよく見てみると、目を瞑っているのが分かった。
その様子に、真面目な場面であるにも関わらず、勇麻の頭にある案が浮かんだ。
その顔にニヒッと悪い笑みを浮かべると、少し戻ったところにある自動販売機までコソコソと移動する。
小銭を投入ボタンをプッシュ。ごとんっ、という音がしてキンキンに冷やされた缶ジュースをゲット。
勇麻はそれを右手に持ったまま、抜き足差し足忍び足でゆっくりと楓の座るベンチの背後へ回り込みを開始する。
バレないようにそーっとそーっと忍び寄る。
目を瞑る楓の素肌にはしっとりと汗が浮かび、スカートから伸びる白い太腿が眩い。割と際どい所が見えそうになっていて視線が一瞬そこに釘付けになる。なんだかいけない物を見ているような気分にさせられてしまう。
なんとも無防備だ。
思わずゴクリと生唾を呑んでしまってから首をぶるんぶるん横に振る。
思春期男子特有の邪な考えを蹴り飛ばして、改めて先ほど思いついたイタズラを決行すべく缶を握った右手を構える。
「あらよっと」
言葉と同時。ぴと、っと冷たい缶ジュースを楓の首に押し当てた。
「ひゃっ! にゃわぁっ!?」
突如首筋を襲った冷たさに、天風楓は奇声を上げながらベンチから転がり落ちて頭を地面に強打した。
思わず目を瞑りたくなるような鈍い音が、勇麻の耳に聞こえてきたのだった。
転げ落ちた拍子にスカートの中身すなわち可愛らしいリボンの装飾のある白いレースのパンツをばっちり見てしまったのだが、これは黙っておいた方がお互いの為になりそうだ、と心の中のアルバムにしっかりと焼きつけながら、そう思う勇麻なのだった。




