第七十七話 悪夢の騎士と回想録 一月三日Ⅰ――焚き火と見張りと『厄災遊戯』、攻略開始
現実世界時刻:二〇XX年 一月三日 午前二時四十一分。
座標:《魔力点γ》天界の箱庭ヘヴンズガーデン【遊戯難度B】停滞飽和未來域・支配領キガ。
旧・天界の箱庭中央ブロック第三エリア
☆ ☆ ☆ ☆
簡易テントの壁面に背中を預け、仮面の白に燃ゆる炎の赤が乱反射する。
炎の揺らめきには気分を落ち着け心を穏やかにするリラックス効果があると言われており、科学的にもその効果は証明されているらしいが――
『――君たちは「試作型」という言葉に、聞き覚えはあるかい?』
『……「試作型」。都市伝説において。所謂、はじまりの神の能力者とされる存在を指す単語』
『……あぁ、そうだね。その通りだ。試作型、だなんて』
『……あぁ、そんな事は絶対にあってはならない。あってはならないからこそ――』
繰り返し脳裏をよぎる十徳十代の言葉の切れ端に、黒騎士は胸の内で独り言ちる。
(……あー、クソ。全くもって落ち着かねー……)
この一、二週間。碌に休めていない肉体には対抗戦から続く疲労が蓄積している。
折り重なった疲労は鉛のような眠気となって着実に黒騎士の意識を侵しており、既に思考は茫洋として覚束ない。
フワフワとした浮遊感に襲われている心身共に現実味がなく、今にも夢の世界へと飛び立ってしまいそうだ。
だというのに、とてもじゃないが眠れる気がしない。そんな酷い矛盾の中に黒騎士は一人取り残されていた。
(……分かってる。休める時に休めもしねー奴が生き残れる程、戦場は甘くねーって事くらい……)
だが、頭では分かっていてもどうにもならない事もある。
特にそれが自身の感情に起因する問題である場合、黒騎士は感情を決して無視する事が出来ない。
何よりも人間の喜怒哀楽を――自らの想いを尊び、大事に思うからこそ自らの意思で地獄の業火へ飛び込んだこの男にとって、感情とは燃え上がらせ発露するべきものであって、胸の奥へと閉じ込めておくべきものではないのだから、一度抱いてしまった感情を見なかった事になど出来る訳がない。
ましてやそれが、黒騎士を悪夢足らしめている根幹に大いに関係する事柄なのであれば尚の事だ。
(……試作型。全てのはじまり、俺達の運命を決定づけたもの、か……)
眼前で揺れる炎のように、消える事無く燃焼を続ける黒騎士の感情は、炎の揺らめきを眺めている程度で収まるような安っぽい代物ではない。
それでも夜風に当たれば少しはこの昂ぶりも収まるだろうと、自ら志願した見張りではあったが――結局意識がある内は昼間の十徳の話について考えてしまう為に意味がなく、それについて思考を巡らせている間は意識が途切れる事もない。
かと言って特別頭が冴えている訳でもなく、意識は重い眠気に絶えず侵され半睡眠と半覚醒とを行ったり来たりするものだから、当然考えなんてまとまらない。
明日からの『魔力点』攻略に関して名案は愚か案の一つも浮かばないというのが現状だった。
例えるのなら、栓を開きっぱなしにした蛇口だろうか。
桶やコップを用意している訳でもなく、垂れ流し状態になっている蛇口の水はどこに溜まることもなく、ただひたすらに流れ落ちていく。
消耗するだけ。何一つとして残らない。
なんて無意味な悪循環、と。仮面の内側、自嘲する笑みにもキレがなかった。
暗く冷たい夜の風は黒騎士の胸の内で燃える炎に新鮮な酸素を、脳内で幾度となく繰り返される十徳の言葉は注がれる燃料となって、その胸中の想炎を強く大きく育んでいく――
(――……、)
繰り返す意識と無意識の中、夢想するのは妄執とすら言える己が悲願。
刃を肉に突き立てる生々しい幻想の感触が、夢現の掌に現れては消えていく。
その感触を離してしまう事が許せなくて、逃げられないようにぎゅっと拳を握り込む。
爪が手のひらに食い込み、血が流れる。その自罰的で自虐的な痛みが心底心地よい。
――赤。赤。赤。
視界で揺れる炎の赤が、あの男が傷口から吹き零す鮮血に、断末魔の叫喚に重なっていき、その光景を一層強く幻視する。
感情を感情で塗り潰していく。
滑稽な仮面で覆い隠して尚その隙間より漏れ出る強烈な想念が、炎となってこの身を焼き焦がしていく感覚――
「――く、ははは……」
嗤う。
無理にでも。無理やりにでも。
仮面に覆われた男の口元が、男の意思に従って不気味に笑う不吉な仮面と同様に歪な弧を描き出す。
(……ああ、そうだ。俺はこれでいい。クソみてーな現実を前に絶望してやる時間なんざ、俺にはねーんだから。だから、せめてヘラヘラ笑って悪を貫け)
世界の真実など関係ない。
既に自分はこれ以上なく悪趣味な特異体どもの自作自演の真実に辿り着いていて、だから十徳十代から聞かされた事柄に対する動揺はそう大きくない。
大きくないはずだったのに……。
当事者と共に改めてその事実を突き付けられた。
ただそれだけの事に心を大きく動かされている。そんな自分がいる事実が、黒騎士にとっては耐え難い屈辱であり拭い難い敗北でもあった。
(……何の為にテメェはここにいる? 全てはあのふざけた連中を……神を気取るクソ野郎どもを残らずぶち殺す為だろうが。最初から覚悟はしてたはずだろーが。分かり切った事実を突き付けられた程度のことで、今更日和ってんじゃねーよ悪夢)
今更何を聞かされた所で、過去は変わらず全てを奪われたという現実は揺るがない。
もしもの話やたらればを言った所で虚しいだけだと知っている。それは、何の価値もない、非生産的な行いだ。
絶望など遥か彼方へ過ぎ去った過去であり、悪夢を冠する自分にとっては無意味で無価値な感傷だ。
執念と妄執、憎悪の感情を燃料に、復讐という名の炎をその身で燃やす黒騎士がそんなものに囚われる意味も必要もどこにもない。
全ては狂おしい程に希った我が宿願、復讐の成就。この命はただそれだけの為に――
その時だった。
「――……あぁ、だいぶ揺れているようだね、黒騎士」
微睡と覚醒の境、夢と現の狭間で独り悪夢に浸る男へと、不意に横合いからそんな言葉が投げかけられた。
黒騎士は仮面の下で静かに閉じていた瞳をスッと開き、歪む口元を引き締めて声の主へと億劫げに視線をやる。
「……何の用だよ、十徳十代」
声の主――いつの間にか黒騎士の傍らに佇んでいた童顔の少年十徳十代が、眠たげな半眼に炎を映してじぃっと黒騎士の事を見つめている。
黒騎士としては珍しく苦手な手合いだった。
相変わらず何を考えているのか分からず、ペースが掴みづらい。高い干渉力の持ち主ながら、声を掛けられるまでまるで接近を気取らせないその神出鬼没さも、鏡を覗き込んでいるような錯覚を刷り込んでくる凪いだ瞳も、やはり無性に気に食わない。
「見張りの交代なら必要ねーと言ったはずだぜ」
極めて個人的な理由で見張りを買って出た黒騎士ではあったが、自分から言い出した以上は半端な仕事をするつもりはないし、よもや体調を気遣われるような間柄でもないはずだ。
「……あぁ、特別用件がある訳ではないよ。ただ、目が覚めてしまってね」
「おいおい、なんだよそりゃ暇人か? 年寄りの早起きっつーにも、流石に早すぎるだろーが」
呆れたように言いながら手にした端末を確認する。『魔力点』に時間という概念が正常に存在するのであれば、時刻は深夜午前二時四十分を回った所だ。
ナルミやイルミ、田中何某も今頃それぞれのテントの中で寝息を立てている頃合いだろう。
「いくら暇だからって雑談を楽しむような仲でもねーだろうに。……あー、それともアレか? 既にボケが回りはじめてんのか? 頼むから勘弁してくれよ? 寝惚けて徘徊とかそーいう面倒くせー事は」
「……あぁ、生憎だけれど、僕の脳細胞は君以上の若さを保っているからね、その心配は皆無だ」
「なんだよ、今度はいきなりテメェーの若さ自慢か? ますます爺くせーな、十徳十代」
相手の神経を逆なでるような黒騎士の嘲笑にも、やはり十徳十代は微塵も気にした素振りを見せない。
それどころか、そんな黒騎士の様子にどこか得心が言ったように頷いて、
「……あぁ、今日はやたらと絡んでくるものだな、黒騎士」
むしろ、十徳十代の発した言葉に黒騎士が口を噤む。
三日月に笑う仮面の隙間から覗く血走った瞳が、烈火の如き怒りを湛えて少年をねめつけている。
けれどそれだけ。
振りまかれる怒気に反して貫かれる恨みがましい沈黙が、黒騎士の敗北を何よりも雄弁に物語っていた。
「極度の面倒くさがり屋である君が、自ら進んで見張りをやるなど言い出すものだから、少し気になってはいたんだ。用件はないと言ったが、強いていうならそれが理由だ」
「……ハッ、修学旅行ン時の引率の先生かよ。お前は、メンドくせー」
内心の動揺や苛立ちをこれ以上見透かされるのを拒むように、黒騎士は十徳から視線を外して、呆れたように嘆息しつつ右手を鬱陶しげに振りながら、
「大きなお世話を通り越して鬱陶しいっつーの。年長者ぶりてーんなら、イカレ狂ったバーサク姉妹とモブ男相手にやっとけ。生憎俺は生徒って年齢でもガラでもねーんでな」
「……あぁ、それなら丁度済ませた所だ。皆、よく眠っていた」
適当に叩いた軽口に頷かれ、黒騎士は思わず呆気にとられた顔で十徳を再度見やる。
相変わらずなつまらなそうな真顔を見るに、どうやら冗談で言っている訳ではないらしい。
まさか本当に連中が寝入ったかどうかを確認していたなどと、流石に予想外というか十徳十代のその行動は理解不能の領域にある。
黒騎士は呆れと驚き、ついでに感心を入り混ぜたような複雑な声色で、
「……お前、まさか姉妹のテントにも入ったのか? よく殺されなかったなっつーか、よくイルミに勘づかれなかったな。アレの警戒心と本能はマジで野生の獣並みだぞ?」
「……あぁ、僕の念動力を用いれば、一切音を立てずに行動する事も可能だ。感知に優れた神の能力者ならともかく、五感が鋭い程度の相手ならどうとでもなるさ」
難なく言ってのけた十徳十代だが、言葉ほど簡単な事ではないだろう。
確かにイルミは特別感知に優れた神の力を有しているという訳ではないが、アレの獣じみた本能には天性のものがあるし、姉のナルミだって就寝中の室内にワイヤーを張り巡らせるくらいの警戒心はあるはずだ。
罠と獣、二重構えの守りを掻い潜ってテントに侵入し姉妹の寝顔を拝むのは、かなりの高難易度と言っていい。
少なくとも、黒騎士に十徳と同じ事が出来るかと言われれば、首を横に振らざるを得ないし、そもそもやりたくない。
「相変わらず気持ち悪いくらいの汎用性だな。……ま、あの話を聞いた後じゃ、その万能っぷりも不思議にゃ思わねーがよ」
「……あぁ、それは過大評価というものだ。僕にだって出来ない事はそれなりにある。万能と呼ぶべきは僕ではないよ。それに、テントとはいえ屋根と毛布のあるまともな寝床での睡眠は久しぶりだろう。いつもより睡眠が深くなってしまうのも無理はない」
「あー、まあ確かに、壁が崩れて屋根のねえ廃屋よりは幾分かマシだし僥倖ではあるんだろーが……」
言いながら、周囲を見渡す黒騎士の視界に映るのは、
「……正直、有難さよりも不気味さが勝る光景ではあるわな」
テント。
辺り一面に展開された無数のテントの群れだった。
――現在、ナルミやイルミ、ついでに田中何某らと無事合流を果たした黒騎士は十徳十代の案内で『魔力点』の中心地、中央ブロック第一エリアへ向かう途中、中央ブロック第三エリアの一角に腰を落ち着けている。
中央ブロック第三エリアは二等辺三角形のような形状をしており、高級百貨店や料亭、一流企業のオフィスビルなどが立ち並ぶ大人の街として有名なエリアだ。
先日黒騎士達が一夜を過ごした工業色の強い南ブロック第三エリア。
そしてファミリー向けの西ブロックにおいてやや高級志向の住宅地が立ち並ぶ西ブロック第四エリアが、二等辺三角形の等辺を挟み込むような形で隣接しており、黒騎士達が身を潜めているのはそれら三つのエリアの丁度境目にあたる地点だった。
エリアの境界と言っても何か物理的な目印がある訳でもない。
その為、こういったポイントは、得てしてどのエリアの特徴にも合致しない中途半端な空白地帯として公園などのパブリックスペースとして利用されている事が多く、例に漏れずこの辺り一帯は貯水池を兼ねた美しい自然公園になっているはずだった。
しかし『魔力点』化の影響か、かつての景観は見る影もなく、今となっては荒れ果てただけのただっ広い土地に墓標のように無数の簡易テントが立ち並ぶ、どこかの災害地の避難所めいた歪な空間と化していた。
それだけならばまだ良かったのだが、問題なのはそのテントが悉く無人であるという事。周囲には人っ子一人見当たらず、当然のようにテントの中にも誰もいない。
その癖、テント内には綿の衣服やくたびれた毛布に時代を感じる文庫本、欠けた食器にフォークなどの食器類に空になったガラス瓶。さらには罅の入った鏡など、人々が生活していた形跡だけが雪の日の足跡のように残っているのだからやたらと気味が悪い。
とはいえ、今の黒騎士たちにとっては好都合である事に違いはない。
無人のテントは一夜を明かす為の一時的な拠点として、残された物資は回収したりと有効活用させて貰っていた。
黒騎士の眼前で煌々と燃え上がる焚き火も、そんな戦利品の一つであるのだが……。
「……それよりも――十徳十代。お前、気付いてるか?」
「……あぁ、君の言いたい事はおおよそ見当がつく。この『魔力点』の法則あるいは境界……ああ、そうだな。もっと分かりやすく焚き火の話とでも例えようか」
「分かりやす……? いや、お前のその独特な例えのセンスはともかくとして……まー、そういう話だわな」
これまでの無意味な会話から一転。意識を切り替えるように一段階声のトーンを落として尋ねると、当然のように十徳は黒騎士の意図を汲んだ言葉を返してくる。
流石というか何と言うか、やはりこの男は神の力に限らず能力が高い。
「この三日間、それなりにこの『魔力点』を歩いて、住人からも話を聞いて……その上で気付いた事がある。つーか今日、ここに来て確信に変わったつった方が正しいか」
封建制度にも似た一領主による支配体制。
第一次、第二次、第三次と存在する階級制度と領域。
与えられる土地の耕作と、そこで収穫された作物の九割以上を徴収する重い税制。
質素な食事と貧相な衣服。
貧しい暮らしを強いられる下層階級である第一次文明層の人々。
全体的に中世ヨーロッパを彷彿とさせる文明レベル。
それらの要素をざっと見回して黒騎士が真っ先に考えたのは、各文明層を分ける基準。
この『魔力点』の根本的な法則に関してだった。
「……あぁ、確かにこの無人のテント群は大きなヒントだった。テントの持ち主達がどこへ消えてしまったのかはともかくとして、残された物品から得られた情報は大きい」
外周部――この『魔力点』に住まう人々に言わせると『第一次文明層』と呼ばれるこの領域は、貧民街と呼ぶには田んぼや畑などやけに緑が多く、家屋や人々に使われる日用品は木材を拙い手作業で加工したもの――つまりは手工業による物品。あるいは、拾った物品を再利用――それも廃車を寝床代わりになど本来の用途とはかけ離れたその場しのぎ的な使い方で――しているという印象が強かった。
けれどテントに残された物品は綿製品の衣服や毛布にガラス製の瓶に鏡などは明らかに人以外の手によって加工された工業製品――それも一定以上の水準で量産されていると思われる――が目立っている。
「どれもこれも外周部では見られなかったものばかり。端的に言って、場違いであり異質。……あー、異質っつー話なら、一次文明層からチラホラ見かけたギロチンもだが……」
文明レベル的に異質、という意味で言えば『魔力点』内に点在するその処刑器具にも触れるべきだろう。
――断頭台。
フランス革命において人道の観点から開発され、その迅速な処刑速度から皮肉にも処刑される人間の数を増やしてしまった処刑器具。
仮にこの第一次文明層の世界観を中世ヨーロッパと仮定するのであれば、本来あるはずのない異物。
外周部の端の方から第二次文明層との境界付近まで歩いてみた中で、その処刑器具を黒騎士は幾つも見かけている。
田畑の隣や、広く殺風景な荒野のど真ん中、あるいは立ち並ぶ住居に並ぶような形で、本来そこにあるべきではないものが当然のように鎮座しているその光景は、外部の人間である黒騎士達からしてみれば異常そのもの。
しかし、『魔力点』の住人たちは違和感なく受け入れている様子だった。
……そして、このギロチンに関しては、十徳十代の生体模写が調査を行った結果、ある重大な仕様が判明している。
「……あぁ、確かにあのギロチンはこの『魔力点』においても飛びぬけて異質で異常な代物だった。件の機能も、十中八九今回の『厄災遊戯』に関連する仕掛けだろうね」
「相手は『厄災』とかいう人外の怪物。参加者側にこれくらいのハンデがねーとまともな勝負にならねーんだろうし、仕掛けだろうっつー点に関しても同意見だ。……尤も、ここまで露骨で罠を疑わねーよーな脳内お花畑ちゃんはまずこの遊戯で生き残れねーだろうとも思うがな」
ギロチンに施されたとある仕掛けを考慮すれば、ギロチンは今回の『厄災遊戯』、ひいては〝飢饉の暴食〟を打倒する上で極めて重要な役割を担う可能性がある。
とはいえ、あくまで可能性程度に留めておく必要があるだろう。
なにせ、ギロチンとその仕掛けの存在は参加者にとって有利に働きすぎる。
遊戯の勝利条件――〝厄災を正しく処刑する〟という遊戯の難易度を考えれば、参加者の助けとなる装置を各所に配置するのも分からなくはない。分からなくはないが……人類より生まれ落ちた業などと自らを騙るような連中が、安易な救済措置を素直に用意するとは思えない。
「少なくとも、このギロチンが単なる善意によって用意されたもんじゃねーって事だけは確かだろーな」
「……あぁ、そうだろうね」
今回の厄災遊戯――『虫悔い謎かけ』と言ったか。
あれの問題文からして、『ギロチン』が重要なキーワードになっている事だけは疑いようがない。
だからこそ、絶対に何かしら裏があるような気がしてならないのだ。
『ギロチン』はあくまでキーワード。それがそのまま遊戯の解答になっているなどと――『厄災』が主催する『厄災遊戯』に、そんな生易しい展開が用意されている訳がないのだから。
……ともあれ、今は『ギロチン』という例外よりも、だ。
「話がやや逸れちまったが、今重要なのはテントの持ち主どもと第一次文明層の連中は根本的な部分からして異なってるっつー点だ。……で、お前も俺と同様の考えだと思っていーんだよな?」
「……あぁ、そうだね。テントの持ち主たちは、第一次文明層の人間ではない。……おそらくは第二次文明層の人々だろう」
第二次文明層の住人だったのであろう彼らが何故第一次文明層との境目でテントでの生活を余儀なくされていたのか、そしてその姿がどこにも見当たらない現状についてなど、考えなければならない部分は他にも山ほどあるが、それはひとまず置いておく。
重要なのは彼ら第二次文明層のとある部分が第一次文明層のそれとは隔絶した領域にあるという事。
「……あぁ、丁度この辺りか。この辺りが境界線になっている」
黒騎士に同意するように頷きながら、十徳は数百メートル先にポツリと浮かぶ明かりを指差す。
闇夜に浮かぶ明かりの正体はガス灯だ。
だが、十徳が指し示したのはガス灯単体ではなくそれを含む周辺一帯。何もない荒れた荒野に突如として現れた文明の香りそのもの。
それは、本来の天界の箱庭には存在しない施設だ。レンガ造りの建造物と、その建物を始点として並行に伸びる二条の鋼――軌条、つまりはレールと呼ばれるものだった。
「――蒸気機関車」
敷かれたレールの上を走るそれこそが、農業を中心とし炎に頼った生活を送る第一次文明層との決定的な違いであると、十徳十代は黒騎士が至ったものと同じ答えを告げる。
「工業製品を一定以上の水準で量産・製造するだけの技術力を持ち、蒸気と化石燃料をエネルギーとして利用している第二次文明層は第一次文明層の人々とは生活レベルが――いや、もっと言ってしまえば、文明のレベルに大きな隔たりがある。その象徴を一つ挙げるとするならば……あぁ、やはり蒸気機関車に尽きるだろう」
第一次文明層における農業と炎。
第二次文明層における工業と化石燃料、そして蒸気機関。それらを結びつけるように各所に点在するギロチン。
未だに要素の集まりでしかないように思えるが、そうではない。厄災遊戯:『虫悔い謎かけ』の内容と併せて考える事で、うっすらとだがこの『魔力点』の法則性が見えてくる。
「農業の第一次文明層、そして工業の第二次文明層……全く異なる特徴を持つ二つのエリアを見れば、第三次文明層に何があるか……まー、アホでもだいたいの検討はつくわな」
――そして、この『魔力点』……ひいては『厄災遊戯』のテーマと呼べるものさえも。
「……あぁ、『魔力点』の法則性、そして『厄災遊戯』のテーマが見えてきた今、これ以上様子見に回るのも効率が悪い。――黒騎士」」
「そーだな。正直言って、死ぬほど面倒くせーが――」
促されるように名前を呼ばれた黒騎士は夜空を見上げながらそう前置きをして、
「――十徳十代。やるぞ、お前の在庫を確保次第だ」
「……あぁ、それじゃあ」
「ああ。俺達も本格的に『厄災遊戯』攻略に動く。連中がどこに居やがるかも分からねー今、このクソ面倒な厄災遊戯とやらを攻略する以上の近道は転がってないみてーだしな」




