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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
幕間/side黒騎士
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第七十五話 悪夢の騎士と回想録 一月二日Ⅱ――遊戯とナンパとものぐさ騎士の考察

 厄災遊戯:『虫悔い謎かけ(ワームイーター)

 人類の飽くなき暴食により資源は枯渇し星は枯れ果てた。

 汝、裁定を越えんとする者よ。人類種がこの惑星の支配者に相応しきことを、その身に宿す可能性の正しさを今ここに示せ。


《設問》

 《問》を参考に下記の文章(1)を読み解き、【】に当てはまる言葉に従って勝利条件を達成せよ。


《問》フランスのカオは?【】


(1)

 サンド、セカイに義路珍はオちた。

 ヨンドメのカノウセイをそのミにヤドすモノよ。フサワしきホウホウでキキンのボウショクをタダしくショケイし、ケッしてイヤされぬウえをミたせ。

 タダし。オとすべきヤイバをアヤマつことなかれ。ソはハメツのヒキガネナリ。


 主催者:〝飢饉の暴食〟

 参加者:神の能力者(ゴッドスキラー)

 制限時間:無制限。

 参加者勝利条件:上記条件の達成。

 参加者敗北条件:上記条件の未達成。もしくは死亡。

 ※主催者と参加者の立場はあくまでルールの上に平等で公平であり、遊戯ゲームの進行に著しい影響を及ぼす『神性』の影響を遊戯ゲーム中に限り無効にするものとする。




☆ ☆ ☆ ☆



 『厄災の贈り物(パンドラ)』より世界に溢れ出た『七つの厄災』。


 突如として世界中に生じた『魔力点』。 


 そして、人類がこの惑星の支配者として相応しいか否かを見極めるべく『探求者シーカー』の手により齎された試練――『裁定戦争』。


 世界が滅び、人類が絶滅するか否かという瀬戸際にあって尚、その男は頑として自らのペースを崩さないでいるように思える。


「あー、あー、あー、こんなに汚れちまって……俺の一張羅になんつー事をしてくれるんだお前らは……」


 黒騎士ナイトメア――頭の後ろで腕を組みつつ、飄々とバーサク姉妹の追撃を躱した仮面の男は、世界の滅亡よりも無駄な運動で体力を浪費したことの方が問題だとでも言いたげに、まるで言うことを聞きやしない元部下たちの愚痴を垂れ流していた。


「……ったくよー。目の前の上司に白昼堂々殺害予告かまして、それを本当に実行するヤツがいるかー、フツー? あー、いや。居たわ此処に。俺の目の前に。しかも二人も」


 本人たちの目の前で口にするのは、目の前で殺害予告をされたことへ対する当てつけか。 

 妹の方の斬撃を躱す際に着いてしまった黒のローブの土埃を払い落しながら、心底面倒くさそうにぼやく元上司に、しかし元部下たちはツンとすまし顔。まるで取り合う様子もなければ、取り繕うつもりもない。


「あら、酷い言い掛かりねぇ。そんな命令をイルミにした覚えはないわよ? ただ、ちょっとだけ。そう、ほんの少し。うっかり口が滑って『あの元上司様さっさと死んでくれないかしらね~』っていう心の声が漏れてしまっただけだもの」

「……私も同じ。ナルミの独り言に、身体が反応して手が滑っただけ。終わった事に一々うるさい。殺すよ?」


 十徳を問い詰めるナルミを茶化してはイルミから鋭い殺意を向けられ、そんな危うい綱渡りを心配性の後輩が見つめて、時折口と手が滑る姉妹に殺されそうになる。

 そんなほのぼのとしたやり取りも、ここまでくると最早お約束めいてきた感がある。

 

 とはいえ、姉妹の苛立ちも仕方がないのかもしれない。


 世界の終焉に人類の滅亡。

 今時B級映画でも見かけない、一周回っていっそ陳腐にさえ聞こえてしまう緊急事態を前にして、

あのナルミとイルミでさえ顔色を変えているというのに――あるいは、自らを中心に世界が回るべきだと思って憚らない彼女達だからこそ、人一倍当事者としての意識も強いのかもしれないが――黒騎士ナイトメアに関してはこの『魔力点』を訪れてからというもの、いまいち覇気が感じられなかった。


 自由奔放に自堕落で、悠々自適に傍若無人。

 常と変わらない飄々とした黒騎士ナイトメアの態度に、危機感の欠如を覚えるのは当然と言えば当然の事だろう。

 だが、それはあくまで表面上そう見えるというだけの話に過ぎない。


 悪夢ナイトメアを名乗るその男が、何も考えずにただ十徳十代の後ろをぬぼーっと歩いている訳がない。男の本性を知る者であれば、迷わずそう考えるだろう。


(……ここまでいくらか住民を見かけたが……なるほどな。何となく見えてきた)


 実際、ナルミの文句に軽口を叩き返している今この瞬間も、黒騎士ナイトメアは笑みを広げる仮面の隙間から周囲を伺い情報を収集し続けている。

 思考のリソースは周囲の観察に五割、得た情報の解析と考察に四割、会話に割かれるリソースは一割未満。

 だからこそ、こんな緊急時でもその口からはアホな軽口しか飛ばない訳だが……バーサク姉妹からの評価がどうなろうが知った事ではない黒騎士ナイトメアに今の態度を改めるつもりは特になかった。

 というよりも、長年コルライ=アクレピオスの目を欺きながら暗躍を続けていた黒騎士ナイトメアにとって、本心をひた隠しに道化を演じるその言動は最早癖のようなものだった。


(……つっても、『魔力点』云々に関しちゃ、あんまやる気がねーのも事実なんだが……)


 情報収集はありとあらゆる活動の基本であり基盤だ。

 面倒事を嫌い軽薄な態度と口調で何事をも煙に巻く黒騎士ナイトメアではあるが、その実彼は己の目的の為であれば微に入り細を穿つような入念かつ繊細な下準備を怠らない。決してそれを周囲に悟らせはしないというだけで、計画的で実に抜け目のない男である。


(……が、『魔力点』に興味がなかろーと、現状避けて通れねー道でもある訳だ。なら、さっさと終わらせる為にも、もうちょい気張ってやりますかねー。クソ面倒くせーが……)


 例えば今だってそうだ。

 適度に入る小休憩の時間に木陰を見つけては妹に手で風を送らせて優雅に寛いでいるナルミを横目に、「ちょいとテキトーなねーちゃんナンパしてくる」と言い残して皆の元を離れた黒騎士ナイトメアが行うのは住民との接触だった。

 ナルミとイルミのゴミを見るような視線は無視である。


 当然、目的は情報収集。

 『厄災遊戯』、ひいては『魔力点』の攻略はひとまず後回しという方針になった訳だが、情報が集まればその限りではない。

 黒騎士ナイトメアとしては、手早く情報を集めて『魔力点』の現状を詳らかにし、自らの目的を遂げる為に自分が成すべき行動の指針を早急に定めたい。

 仮に必要であるならば、『魔力点』も最速で攻略する腹積もりだ。

 『厄災』とかいう連中が神の子供達(ゴッドチルドレン)以上の存在だろうが関係ない。神殺しを掲げる以上、『特異体』の下位互換でしかない『厄災』に怯えている暇などありはしない。

  

「あー、そこなお嬢さん? それは一体何をしてらっしゃるんで?」


 ……女性に声を掛けてはいるので、広義の意味ではこれもナンパなのかもしれないな。

 思考の余白でそんな事を考えつつ、ただっ広い畑で作業をしていると思しき女性に声を掛ける。

 すると、


「あん? 見て分からないかい? 収穫だよ収穫。」


 土にまみれた腕で額の汗を拭いつつ、茶色の布で作られた簡素な衣服で全身を覆った瘦せた女から、そんな投げやりな言葉が返ってくる。

 何やら屈んで農作業をしていた女は言いながら上体を起こして、そこでようやく黒騎士ナイトメアの全身をその視界に収めたらしい。

 眉をひそめた怪訝そうな表情で黒騎士ナイトメアの格好を改めて下から上までぐるりと見やって、


「というか珍妙な格好だね……何なんだい、アンタは。この辺りでは見ない顔だけど……」

「あー、それはアレだ。実は俺は旅の者なんだが、この辺りを訪れるのは初めてでな。それで地元の人に色々と分からん事を尋ねようと思って――」


 予め用意しておいた五秒で考えた適当な言い訳を口にすると、途端に女が顔色を変えた。

 バッと、衣服が汚れるのも構わずその場で勢い良く膝をついて頭を深く深く、それこそ地面についてしまう程に深く下げ、多分に恐れを孕んだ震えた声で、


「も、申し訳ございません……っ。ま、まさか上層の方がこのような第一次文明層へやって来るとは思わず、ご無礼な口の利き方を……!」

「――、第一次文明層、ね」


 気になる単語だ。

 層とはいうが、この『魔力点』は天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)を元にして形成されている。当然、階層状になっている訳ではない。

 ならば単純に身分を指す言葉か。同時に領域エリアを分ける言葉でもありそうだが、さて……。


「あー、いや。別に気にする必要はねーよ。俺の方こそ、大事な収穫の最中に声を掛けて悪かったな」

「い、いえ。とんでもございません。寛大なお言葉、感謝いたします……!」


 黒騎士ナイトメアが上層とやらの人間だというのは完全に相手の勝手な勘違いな訳だが、情報を集める上では都合がいい。

 否定も肯定もせず、ひとまずこの流れに乗っておくのが吉だろう。


「あー、んな事よりも、だ。なあ、アンタに幾つか聞きたい事があるんだが……」


 道中、住人たちを観察する中で確認すべき点、尋ねるべき事柄については既に頭の中でまとめてある。

 後は不審がられない範囲で、できる限り多くの情報を引き出すだけだ。


 黒騎士ナイトメアは、あくまで気軽な調子で、


「上層の人間がこのあたりに来るってのはやっぱ珍しいのか?」

「え、ええ。上層の方は私たちとは生活様式が異なるとかで、めったに下の文明層に来る事はないと伺っております。はい」

「ほーん、なるほどなー。ちなみここでの生活様式ってのはどんなな訳よ」

「じょ、上層の方にお聞かせして面白いような話ではないかと存じますが……」

「まー、まー。そう言わずに。下々の人間の暮らしっつーのに興味があってさ」

「は、はいっ。私どもは朝は七面鳥の鳴き声と共に目覚め、井戸から水を汲み、畑を耕し、夜の訪れと共に床に就く。そのような暮らしをしております……っ」

「へー、七面鳥ねえ。……あー、そういえばアレだ。アンタら、飯は何を食ってんだ? 収穫したてのそのじゃがいもなんかを使った料理とかか?」

「い、いえ! とんでもございませんっ。これは税として領主様へ納める作物でございます。私ども下層の農奴が雑穀がゆ以外の食物を口にするなど……っ」


 その後も、恐縮しきった様子で素直に答えてくれる女へと適当な質問を幾つか重ねていく。


 とは言え新たに分かった事はそれほど多くはなく、有益な情報としては第一次文明層という単語と、その言葉が黒騎士ナイトメアの予想通りに『魔力点』に暮らす住民の階級を指すと同時にその階級の人々が生活をする領域の事を指していると判明した事くらいだろうか。

 ちなみに、この階級と領域はは第一次から第三次まで存在しており、さらにその最上位に領主様と呼ばれる『厄災』と、その『厄災』が暮らす城とが存在するらしい。


 後は殆どがこれまでの黒騎士ナイトメアの推測を裏付けるだけの確認作業に終わり、第一次文明層と呼ばれる彼らの生活水準を大まかに把握出来た事が全体を通しての今回の収穫と言えるだろう。


(……領主による支配、与えられた土地の耕作とそこで収穫された作物の徴収……よーするに税金は物納、つまりは貨幣経済ではなく物々交換によるやり取りか。階級制度、ここで言う第一次文明層は平民――つーよりは農民やら農奴って所か。領主と農民の関係性は封建制度のソレだな。特別歴史に詳しい訳でもねーが、となると文明レベルと生活様式的には中世ヨーロッパあたりが一番近いか? いや色々と混ざってる気もするっつーか、問題はコレだよな)


 さて、第一次文明層に関する文明レベルや生活様式は中世ヨーロッパあたりに近いのではないかと睨んだ黒騎士ナイトメアだったが、その考えを妨げる明確な点が一つある。


 ここまで歩く中でも幾つか見かけた、どうもこの『魔力点』内部に点在するらしい〝ソレ〟が何であるか、専門知識を持たない黒騎士ナイトメアでも嫌という程に分かってしまう。


「あー、ところで。アンタらは〝アレ〟をどう思うよ?」


 畑が連なる光景の中で明らかに浮いている〝ソレ〟を指さし、不自然ではない範囲で尋ねてみると、


「はぁ、どうと聞かれましても……ギロチン……ですよね? 処刑用の……」


 やはりと言うか案の定というか、女は質問の意図が分からないといった表情で首を傾げてその装置の名を答える。

 本来、こんな畑ばかりの中にある事自体が異質であるはずのギロチン。しかし女はソレがそこにあるのは当然であり、特別思う所は何もないといった様子だった。


(――ギロチン。フランス革命において人道の観点から開発され、結果的に処刑される人間の数を爆発的に増加させた皮肉な処刑器具。仮にこの第一次文明層の世界観を中世ヨーロッパとするなら、こいつが此処にあるのはおかしい――が、『厄災遊戯』のルールからして、そっちに関連する何らかの装置ギミックと見るべきか。……チッ、こちとらバリバリの理系だっつーの。時代考察なんざやらせんじゃねーよクソ面倒くせー)


 ともかく、明らかに例外的なギロチンはひとまず保留としよう。 

 黒騎士ナイトメアは、ここまでで得た情報を頭の中で整理しつつ、頭の中に浮かべた次の質問を最後にしようと決めていた。


「――あー、そうだ。最後に一つ。アンタ、ここでの暮らしは長いのか?」

 

 そんな、何気ない風を装った黒騎士ナイトメアの問いかけに「何故そんな当たり前の事を尋ねるのだろうか?」と、女は困惑の色をその表情に浮かべながら、


「え、ええ。生まれてから二十六年間、ずっとこの第一次文明層で暮らしております。私以外の者共も、生まれた層から出たことなどないと思いますが……」



☆ ☆ ☆ ☆



「……あぁ、それで。首尾はどうだったんだい? 黒騎士ナイトメア


 木陰で休憩中のナルミ達の元へ戻ろうとすると、不意打ちのようにそんな言葉を横合いから投げかけられ、黒騎士ナイトメアは思わず声とは反対方向に飛び退いた。


「――うぉ……って、なんだお前か。いきなり横から生えてきやがって、タケノコみてーな野郎だな」


 地面に足裏を付けず念動力サイコキネシスで僅かに浮遊しながら移動する十徳は、全く音を立てずに無音で接近してくる。

 このメンバーの中でも干渉力はずば抜けて高いハズなのだが……念動力サイコキネシスの応用で周囲に漏れ出る干渉力を抑え込み隠蔽でもしているのか、戦闘時以外は何故だか気配が希薄なのだ。

 そのうえ、木陰に寄りかかるようにして身を隠されてしまうと、こうして喋りかけられるまで全く存在に気付かない――なんて事態が容易に起こる。


 謎多き神出鬼没な最強ぱっつん無表情ショタ……一体どこまでキャラを上乗せする気なんだろうか、この男は。

 仮面越しだからバレないだろうと無遠慮な視線を送る黒騎士ナイトメアに、やはり十徳は何の反応も返さない。


 ……が、黒騎士ナイトメアが声を掛けられてから数秒が過ぎて十数秒を数え始めた所で、


「いや長えーわ。お前から話しかけておいて何固まってんだ」


 ツッコミ待ちだったのか何なのか無反応のまま一言も喋らずにいた十徳に、つい我慢の限界に達した黒騎士ナイトメアの方から喋りかけてしまう。

 何だか無性に負けた気分だ。……まあ、十徳十代相手にペースをつかめないのはいつもの事ではあるのだが。


「……あぁ、すまない。タケノコに例えられたのは生まれて初めての経験だったのでね、新鮮な気持ちに浸っていたんだ」

「……いや、お前のそのセンスだけはマジで理解できねーわ」


 どういう心の動かし方なんだと、適当な軽口で様々な面倒事を煙に巻いてきた黒騎士ナイトメアにしては珍しく心の底からのドン引きだった。


「……あぁ、僕のことはまあいいんだ」


 そんな黒騎士ナイトメアの様子に、十徳は空気を切り替えるように一度言葉を区切ってから、


「それで、〝ナンパ〟の方はうまくいったのかい?」


 理解不能な明後日の方向性のセンスを披露したと思ったらこれだから本当に頭に来る。

 黒騎士ナイトメアは、自分と十徳との背中の間に木の幹を挟むような形で寄りかかりながら、


「……別に、大した収穫はねーよ」

「……あぁ、なんだ。振られてしまったのか。それは残念だったね」

「仮面で素顔を隠してる男に興味はねーってよ。とはいえ、あちらさんもお化粧の下のスッピンは見せちゃくれなかった訳だし。まー、おあいこってヤツだな」

「……あぁ、なるほど。その様子では、今回は額に口づけもなしかい?」

「あー、そりゃやる意味がねーわ。今回に限っては」


 十徳の言葉に黒騎士ナイトメアは心底鬱陶しそうに仮面の前で手を振る。


「記憶を封じられてるだけならともかく、ありゃあ頭ン中ガッツリいじられちまってるだろうな。いくらか際どい質問で揺さぶりを掛けてみたが、まるでブレがねーんだわ」

「……ああ、それはつまり」

「そーいう事だ。元の記憶なんざ残ってねーよ。ありゃ空だよ、空。空の領域に嘘が詰め込んであるだけだ」


 女とのやり取りを思い出し、黒騎士ナイトメアは仮面の内側で忌々しげな渋面を浮かべていた。

 たかが数日前に発生したこの『魔力点』で生まれ、この『魔力点』で育ったのだと黒騎士ナイトメアに語った女の言葉に嘘の気配はない。

 当然だろう。彼女のような従順な第一次文明層の人間が上層からやってきた人間へ嘘など付けるはずもない。

 この『魔力点』で長い時を過ごしてきた彼女には、この『魔力点』の常識が、法則が染み付いている。

 この『魔力点』を支配する領主を頂点に置いた階級制度は絶対であり、逆らえば自らの身に訪れるのは破滅であると、本能レベルでその身に刻み込まれている。


 だから彼女が黒騎士ナイトメアへと語った内容はその全てが噓偽りのない真実だ。


 ……少なくとも、彼女の認識の中では。


「『影抜き』は対象の記憶を『映像』っつー形で影に焼き付け抜き取る技だ。『映像』が脳内に保存されてねー状態で使っても意味がねーし、ここの連中に使っても植え付けられた虚偽の記憶を掴まされるだけだろーよ」

 

 洗脳か記憶の改竄か。そもそも人格や魂の次元からして書き換えられ、全くの別人と化してしまったのか。

 元の彼女がどんな人間であったかを知らない黒騎士ナイトメアには判断出来ないが、どの道もう手遅れだ。彼女の真実は既に喰い尽くされ、都合のいいように挿げ替えられている。

 この『魔力点』で生きてきた記憶を持つ彼女に真相を話しても信じないだろうし、そもそも黒騎士ナイトメア達にはこの『魔力点』で過ごした彼女の記憶が噓なのだと証明する手段がない。

 

「……あぁ、それで〝虫喰い〟なのだろうか」

「あー……? いきなり何の話だ?」

「……あぁ、いや。たいした事ではないんだが、厄災遊戯の名称……『虫悔い謎かけ(ワームイーター)』と言っただろう? 『魔力点』で暮らす人々の状態と掛けているのではないかと、ふと思ってね。君の推測が正しければ、彼女らはまるで中身だけを虫に喰われて空になったドングリだ」

「随分と笑えねー皮肉だな。スッカスカの空の頭がドングリってか? だがまー、的を得てはいるかも知れねーわな。厄災とかいうヤツがそこまで考えてたかどうかはともかく」


 なんにせよ、後味の悪い話だが……黒騎士ナイトメアには関係ない事だ。

 なにせ黒騎士ナイトメアの記憶は失われることなく、確かに元の現実を見据え、過去を抱え、未来を憎悪して、このおかしくなった世界の終りを認識する事が出来ている。


 とはいえそんな認識にすら、最早究極的には意味がない。

 なにせ、これは悪魔の証明だ。

 自らは正気である自覚している黒騎士ナイトメア達でさえも、自分たちの記憶が連続しているというこの自覚が噓である事を――もしかしたら既に空の頭に埋め込まれた噓の記憶なのかもしれないという可能性を――絶対に有り得ないと否定する事は出来ないのだから。


 それでも、自分たちの記憶の連続を前提とした上で警戒すべき点があるとすれば、それは黒騎士ナイトメア達の記憶が今後新たに喰われて奪われる可能性に関してだろうが……記憶を喰われる条件に関しては、黒騎士ナイトメアの中に既に一つ仮説がある。


「……あぁ、だがそうなると、気になる点が一つ生じる」


 そんな黒騎士ナイトメアの思考を読んでいるかのように、十徳はピンポイントでその考慮すべき部分へと切り込んでくる。


「僕らのように正常な記憶を維持している人間と、彼女らのように中身を喰われてしまう人間。それらを分けるものは何だと思う?」


 そんな十徳十代の問いに対して黒騎士ナイトメアは、吐き捨てるように。


「簡単だろ。遊戯参加者の欄にご丁寧に説明があるじゃねーか」


 そう、この場合。記憶を保持している人間と喰われてしまった人間とを分ける指針は実に容易い。


 遊戯参加者であるか否か。


 つまりは厄災遊戯ゲーム参加の条件である神の能力者(ゴッドスキラー)か否かこそが、記憶を保持できるかどうかの条件となっている可能性が高いと黒騎士ナイトメアは見ていた。


「……あぁ、そうだろうね。遊戯を攻略する以上、参加者プレイヤーの視点は俯瞰的――この『魔力点』が本来の現実から外れた異常な世界であると認識している必要がある。その逆に、参加者プレイヤーの資格がない一般人は記憶を奪われ世界の住人として配置されてしまう。強制的にNPCのポジションを与えられるという訳だ」


 黒騎士ナイトメアの回答を受け、一切の淀みなく、流れるように補足の言葉を並べ立てていく十徳十代。

 黒騎士ナイトメアに何を尋ねるまでもなく、その程度のルールは最初から把握していたのだろう。


 正解を教えるのではなく、正答へと思考を導く様はまるで教師のようで、その上から目線に腹が立つ。

 黒騎士ナイトメアが答えを持っていると確信し、自らの正しさを疑いもせず答え合わせをするようなその傲慢な言動はやはり気に食わないが……やはりこの男は優秀だ。神の力(ゴッドスキル)を抜きにしても、極めて高い能力を持っている。

 ひとまず今はこの男が味方である事を黒騎士ナイトメアは喜ぶべきなのだ。そして存分に利用しよう。

 腹が立つ分、改めてそう思わせるだけのものが十徳十代にはある。


「……あぁ、それで。これから先はどうするつもりなんだい?」


 十徳としても、ひとまず聞けたい事は聞けたのだろう。今度はそんな問題提起をしてくる。


「『魔力点』に関する情報もだいぶ集まったようだし、『厄災遊戯』の攻略に乗り出してみるのも悪くないとは思うけれど――」


 ――今後の方針をどうするか。

 先の話し合いでは、ひとまず『魔力点』の攻略は後回しにするという事になったが……十徳の言うように、この『魔力点』で活動する上に必用な基本情報は集まりつつある。実際に『魔力点』攻略に動きながら、不足している部分に関する情報収集も並行して継続する。攻略を急ぐのであれば、そんな方針も悪くはない。

 黒騎士ナイトメアは少しの間黙考して、

 

「……いや、まだ整理しきれてねー部分もある。もう少し様子を見るつもりだ。今回得た情報も、ナルイルどもにはまだ伝えねー。バーサク姉妹に先走られて面倒な事になるのは勘弁だからな。お前も余計な事喋んじゃねーぞ?」


 言いながら、黒騎士ナイトメアはこの話はこれで終わりだとばかりに体重を預けていた木の幹から背中を剥がす。


「……あぁ、理解した。では当初の予定通り、ひとまず僕の用事に付き合って貰うという事で構わないかい?」


 確認するようにそんな事を尋ねてくる十徳の横合いを通り過ぎて、数メートル先の木陰で休むナルミ達の元へと向かいながら、黒騎士ナイトメアは心底面倒くさそうに右手をひらひらと振って、


「ああ、問題ねーよ。こっちとしても、外周部……第一次文明層以外の上層ってヤツは見ておきたい所だし、使える駒は多いに越したことはねーからな」



☆ ☆ ☆ ☆



 そう言って離れていく心と顔に仮面を纏う男の背中を、十徳十代は茫洋とした瞳で眺めていた。


「……」


 ものぐさで軽薄。飄々と昼行灯然としただらしない姿をあえて協力者たちに晒しながら、憎悪と怨嗟の炎にその身を焼き焦がし続ける男の仮面の奥の表情は、きっと絶えずその痛苦に歪んでいる。

 そんな地獄の苦しみはおくびにも表には出さず、男はだらしのない元上司として双子の姉から痛烈な嫌味を貰い、妹の方からは相変わらずに強烈な殺意を注がれて、そんな危なっかしいやり取りをする放っておけない先輩として、後輩の部下からは心配そうな眼差しを向けられている。


 殺伐としながらも、どこか妙な温かみを感じる。そんな奇妙で信じ難い無二の光景がそこにはあって、必ずその中心にいるその男はいつだって笑みを浮かべていた。


 不吉で不気味な、貼り付けただけの仮面の笑み。それでも確かに、見る者の角度によっては楽しそうに笑っているようにも見える、そんな笑顔を。


 ならば男が素顔を隠すその訳は。


 不気味に笑う不吉な仮面は。

 

 周囲を欺くペルソナであると同時に――


「――黒騎士ナイトメア。君と僕とは確かに似ているのかもしれないけれど――……あぁ、それでも君は、僕とは違う。前に進む事も後ろへ戻る事も出来ずにいた僕とは、決定的に……」

 

 十徳十代と黒騎士ナイトメア

 似た者同士かもしれない自分と男の確かな差異を視界の中に見出して、十徳十代はその瞳を優しく細めるのだった。

 

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