第七十二話 一月五日 記録XIV――敗走、さりとてそれは致命的な終わりではなく
現実世界時刻:二〇XX年 一月五日 午前零時十五分。
座標:《魔力点γ》天界の箱庭ヘヴンズガーデン【遊戯難度B】停滞飽和未來域・支配領キガ。
覇食の館、王の広間。
☆ ☆ ☆ ☆
「ワハハハハハ!! 呆気ないやっちゃなぁ。まるで羽を捥がれた虫けらやで、今のジブン」
地上数十メートルの高さから硬い水晶の床に叩きつけられ、苦痛に喘ぐ天風駆をマクシミリアン=ウォルステンホルムが愉悦に見下ろしている。
それは、考え得る限り最悪の展開だった。
『厄災』を前に勝算すらあると豪語していた傲慢な青年に突き付けられた、残酷な現実。
アベル=ブルボンによって右の太ももの存在を喰われた結果、天風駆は『光の術師』による光の粒子化を封じられた。
駆がマクシミリアン=ウォルステンホルムの展開する厄災遊戯から逃れる事が出来ていたのは、彼が文字通りの〝光速〟だったから。
光速移動を失った駆に、最早勝ち目はどこにもない。
「ほな、これで終わりや。天風駆」
勝ち誇る『厄災』に、返す言葉が見つからない。
右足は以前として動かない。
光の粒子化――天風駆が唯一勝機を見出していた光速移動も封じられた。
迫りくる二柱の『厄災』。
完全なる四面楚歌。
逆転の目はない。
反論の余地もない、正真正銘のゲームオーバー。
ただ敗北は許されないと、絶対に譲ることのできない想いだけが募っていく。
「……くっ、はぁ、はぁっ……楓、僕は……こんな所で終わる訳には――」
故に、天風駆の決断は早かった。
「――いかないだろうがぁああああああ……っ!!」
己の髪の毛を切り離し、レーザービームように解き放つ『光の短剣』。
半ば実態のない、光の熱量そのものである剣を生成しその手に握った駆は、そのまま一切の躊躇いなく自らの右足を太ももの付け根から切り落とした。
――ぼトリ、と。
付け根から切り落とされた人間の右足と、血生臭い断面からじわりと広がる赤い海。
迸る激痛に、喉を突き破って絶叫が外へと飛び出したがっている。視界でノイズにも似た星が幾重にも弾けた。思考が痛みに侵されていく。
全て、妹への想いで封殺した。
右足を切断したショックで碌に演算など出来ないはずの脳を強引に稼働させ、自らの身体を光の粒子と化して即座にその場から離脱を図る。
対して、己の頬にまで飛び散った血に驚愕を浮かべていたマクシミリアンは、すぐさま駆の意図に気付き舌打ちと共にその逃亡を阻もうとして――
☆ ☆ ☆ ☆
『天界の箱庭』と呼ばれる島がある。
神の能力者の保護・管理。そして、神の力と呼ばれる超常の神秘を科学の力によって解明・再現することを目的として設立された神の能力者最後の楽園と評されるその島は、外の世界から完全に隔離された太平洋上に浮かぶ実験都市だった。
都市とはいえ、どこかの国に属している訳ではなく、かといって正式に国家として認められている訳でもない。
一応、世間一般には国連の管理下にある、という認識になっているのだが……実情は少し違っていた。
誕生以来、五十年もの長きに渡り天界の箱庭は一国と同等かそれ以上の強い権限と独自性を維持し続けている。離島の一都市が国連ですら容易に手出しが出来ない程の力を持つに至ったのは、やはり神の能力の管理、研究に関する独自のノウハウを有していた事が大きかったのだろう。
世界終末の四十五日間による混乱がひとまずの収束を見せた頃の事だ。当時、世論が異能者排斥に大きく傾く中で、神の能力者という火薬を懐に収めておく事は各国の指導者たちにとって非常にリスキーな賭けであり、ともすれば玉座を狙う輩に餌を与える行為になりかねなかった。
よって各国政府は莫大な補助金を支払う代わりに、自国で管理しきれない神の能力者の殆どを天界の箱庭に預け、その個体から得られる研究データの開示を要求した。
協議の結果、天界の箱庭側は各国政府の要求を一部吞み、研究データの一部を開示。
各国は開示されたデータを元に自国の研究機関で神の能力者を管理・運用する為の方法を確立しようと躍起になった訳だが――世界各国の研究機関では未だに神の力の適切な制御・育成方法すら確立されていないのが現状だ。
アメリカや中国、ロシアなど一部の国が大規模な予算をつぎ込んで進めていた超人兵士計画も今となってはその悉くが失敗に終わっている。
実験都市を除いてしまえば、神の能力者に関する研究なんてどこもそんなもの。
五十年前、世界終末の四十五日間から常に神の能力者研究の最先端に立ち続ける天界の箱庭と世界との溝は縮まるどころか広がるばかりだ。
神の力関連の問題に関して、世界各国が天界の箱庭に依存している事は否めない。
それに加え、天界の箱庭の技術力は神の能力者を研究する過程で独自の発達、進化を果たしており、一般的な外の世界のそれと比べて数世代以上の開きがあるとも言われている。
事実、天界の箱庭から世界中へと輸出される電子製品や工業製品は莫大な富と価値を生み出し続けていた。
無暗に介入し怒らせた場合の危険度と、放置する事で得られる恩恵。
二つを天秤に乗せた結果、世界平和の為に存在と存続を黙認されている超法規的機関――天界の箱庭がその独自性を保っていられた理由に関しては、そんな認識で間違いないはずだ。
――『世界平和の為? ……フッ、おかしな事を言うものだな。お前たちがこの都市の存在を黙認したのは己が利益の為であろう?』
などと、人類を慈しむような嘲笑を浮かべた都市の創設者がかつてどこで零したそんな言葉は、果たして世界の本質をしかと見抜いていたのかもしれない。
そんな世界の片隅に、強者によって蹂躙され捕食される定めにあるはずだった少女と少年がいた。
「――はっ、ぜえ、はぁっ、は――ー―――っ」
ピアを抱えたまま大通を一瞬で駆け抜け舗装さえされていないむき出しの地面をさらに駆け、ただっ広い大地にポツンと佇む小屋の陰に倒れ込むように飛び込むや否や、鳴羽刹那は薄汚れた小屋の壁にもたれかかって荒い吐息を刻んでいた。
『厄災』の居城内部にいる間は気付かなかったのだが、東の空に陽が昇っていて、鳴羽は眩しさに思わず目を細める。
二人が『プラント』への侵入を開始したのは月が雲間に隠れた深夜の事。あれから数時間は経過しているが、日の出にはまだ早い。
『魔力点』ごとに時間の流れにズレがあるが故の結果なのだが、鳴羽やピアにその事に気付くだけの余裕があったかは疑問だった。
「せ、刹那くん……!? だだだっ、大丈夫、ですかぁ!?」
つい先刻まで彼に抱きかかえられていたピア=ナルバエスが慌てた様子で鳴羽の腕の中を脱し、心配そうに尋ねる。
紫髪を三つ編みに束ねた胸の大きな少女の頭頂部には猫耳がピンと屹立し、臀部では同色の尻尾が控えめに揺れていた。
焦燥と憂慮を浮かべるピアの頬には半透明の猫のヒゲが三対ピンと張っていて、鳴羽の肩を揺する両腕は手首から先がネコ科動物の前脚と化している。
そんな、ふさふわとしたピアの毛並みと肉球の感触に、鳴羽は額に脂汗を流しながらも虚勢を張るように無理やり笑みを浮かべる。
「……大、丈夫……だ。ピカっちがスゲー奴……っ、だったからな。ちょっと、キツめの『揺り戻し』が来てる、だけだ……っ」
鳴羽刹那の刹那捕縛は選択した対象を基準とし、その対象よりも一つ多くの行動権を得る強力な神の力だ。
鳴羽が指を鳴らす事をトリガーに発動し、効果が持続する時間は最長で六十秒かつランダム。
持続時間に関しては完全な運任せであり、さらには短時間の間に連続で力を使用し続けると『揺り戻し』と呼ばれる副作用――簡単に言ってしまえば、突如として硬直状態に陥るリスクがある。
そして今まさに、鳴羽刹那はその『揺り戻し』によって身動きのとれない状態にあった。
(感覚的には一〇秒くらい、ってトコだよな。……ああ、多分そうだった)
それが今回、天風駆を対象とした刹那捕縛が持続した時間。
持続時間は完全なランダム。それ故に、この一〇秒という時間が純粋な時間切れなのか刹那捕縛の対象となる人物がこの世からいなくなってしまったからなのか、判別がつかない。
身体の自由を奪われたままの鳴羽は、息を整えながら思考を巡らせる。
苦手分野ではあったが、何もやらないよりはいい。
バカの考え休むに似たりと言うし鳴羽自身頭で考えるより先に行動するタイプではあったが、身体が動かない以上、動かせる部位は頭くらいしか残っていない。
(……いや、『揺り戻し』で刹那捕縛が途中中断させられちまったって事は、少なくともあの時点でピカっちはまだ動いていたって事だろ?)
『厄災』二柱――特に距離も速度も関係なく鳴羽を捉えたあのマクシミリアン=ウォルステンホルムを前にして一〇秒もの間捕まっていないという事は、それ以上の時間を逃げ続ける事も十分可能だと考えていいだろう。
もう片方の『厄災』がどんな能力を有しているかは分からないが――
(――『暴食』、だっけか? 確か。……ようは、めっちゃ大食いって事だよな? スッゲー量の飯食べるって事は動きはあんま速くなさそうだし……)
……おそらく、生きている。はずだ。多分。
論理的思考によって導き出された結論というよりは、ほぼほぼ鳴羽の勘のようなものだが、鳴羽とピアを助けてくれたあの神の能力者がそう簡単に殺されるとはどうしても思えない。
彼もまた、鳴羽達同様に無事逃走に成功したと考えるべきだろう。
ならば、鳴羽刹那が次にやるべき事は、もう一度彼と合流を果たす事。彼と別れた城の方向へと戻るべきだ。
必ず加勢に戻ると誓った。彼が今どこにいるかは分からないが、一度約束した以上はそれを反故にする訳にはいかない。それが男と男の約束というものだからだ。
それに、そもそも鳴羽たちの目的は『プラント』を探索し、改造されてしまったピア達の肉体を元に戻す方法を見つける事にある。
『魔力点』間の行き来の方法を理解している訳ではないが、マクシミリアンの支配する『魔力点』に戻る為にはあの魔城へと挑む必要がある。
勿論、無事に彼との合流を果たして、万全の準備と対策を整えた後の話になるだろう。
「ほ、本当に大丈夫なんですかぁ……? な、なんかさっきから刹那くんの身体、びくびく痙攣してるんですけど……」
「……心配、すんな。『揺り戻し』も、もう収まるから。――ネコっち、それより。ここはどこだ……?」
命懸けで逃げる時間を稼いでくれた天風駆に報いるべくがむしゃらに走った為、どこをどう走ったかまるで覚えていない。
当然、現在地がどこなのかも分からない。まず確認すべきはそこからだ。
献上奴隷として『プラント』に捧げられ愛玩用に肉体を改造――後天的に獣の身体的特徴を付与されているピアは、ただの人間だった頃と比べて過敏になった感覚器官で周囲を警戒しながら、
「ええっと……わ、私たちがさっきまでいたお城なら、あっちに見えはするんですけどぉ……」
小屋の陰から顔を覗かせたピアが、指で方向を指し示し、ようやく身体の自由を取り戻した鳴羽も這うような形で顔を出して、その方向を見やる。
鳴羽たちが先ほどまで『厄災』と対峙していたであろう巨大な城は随分と小さく、朝陽の中にその姿を落としてまるでミニチュアのように視界に映っていた。
どうやら、かなり離れた位置まで移動してきたらしい。
僅か一〇秒程度の発動で、これだけの距離を進んだとなると、刹那捕縛の基準となった男の速度がどれだけ規格外かよく分かるというもの。
そんな遠方からでもその存在をしっかりと目視する事が出来たのは、
「あのお城、あんなに大きかったんですね。……うぅ、遠近感がおかしくなりそうですよぉ~」
城が想像以上の大きさだった事――おそらくは、日本の首都東京の東京スカイツリーや東京タワーにも引けを取らないレベルである――に加え、城より背の高い建物が周囲に見当たらない事が大きな要因だろう。
というか、自分たちの現在地――周囲は緑の田畑ばかりで建物が殆ど見当たらない為、嫌でも目に入るのだ。
そもそも二階以上の建物の数が極端に少なく、両手両足の指があれば数えるのに事足りそうだった。
ここから見ると背の高い立派な建造物ほど城とその付近に密集していて、そこから離れる程に建物自体が少なく、小さく、みすぼらしくなっていく。
「うーん。なんかアレなんだな。この辺りは、城がある場所とだいぶ雰囲気が違うなー」
城内部にいた時は当然気付かなかったが、城の周囲はかなり発展しているようだった。というより、全ての富や文化、技術力などを含めたこの世界のリソースの全てがそこに集中しているようにも思えるのだ。
聳え立つ山脈のような中世ヨーロッパ風の城が異質なのか、まるで防風林のように城の周囲を囲うように聳え立つビル群がおかしいのか。
頭が悪い鳴羽でも流石に引っ掛かりを覚える、それ程までに異様な世界観だった。
「た、多分ですけど、今私たちがいるのはこの島の外周付近なんだと思いますよ。ほら」
ピアにつられて反対方向へ視線を向けると、ただっ広い大地の終わりとどこまでも続く水平線が目に入る。なるほど、確かにここは島であるらしい。
と、言うか。
「島の中心部からだいぶ外れちゃってる場所だから、雰囲気が違うのもそのせいかもなって思ったんですけどぉ……刹那くん……?」
「……んー? この景色……?」
唸り声をあげながら鳴羽は首を傾げる。
違和感、ともまた異なる何かが鳴羽の頭の隅に引っ掛かる。眉を顰め今度は逆側へと首を傾け、その違和感めいた何かを必死に言語化しようとするが……
「……あ、そうか! 分かったぞネコっち!」
「へ、え? な、何が、ですか? 刹那くん……?」
「見覚えがあるんだ! この景色に」
閃きと共に叫んだのは、違和感ではなく既視感。
頭の隅に引っ掛かった感覚の正体を言い当て、子供のように鳴羽は騒ぐ。
では、見覚えのあるこの場所が一体どこであるかという話になってくるのだが――
「――その通りです。ここはアナタも勝手知ったる馴染みある場所のはずですよ、鳴羽刹那」
「誰だ!」
鳴羽が答えに自力で辿り着くその寸前。
背後から突如として投げかけられた女の声に、鳴羽はピアを庇うように抱き寄せて、瞬時に臨戦態勢へと入っていた。
抱き寄せられたピアが驚嘆と歓喜の入り混じったどこか場違いな悲鳴をあげるが、鳴羽の意識は既に謎の声へと集中している。
なにせ、名乗ってもいないこちらの名前を知っていたのだ、その時点で十分に怪しい。
尤も、鳴羽の記憶にないだけで既に知り合いであるという可能性は否定できないのだが――
「――いや、やっぱり知らねえ奴だ。離れてるのに喉元に直接刃物を突き付けられてるみたいな……こんなスッゲー感じ、俺は知らないぜ。アンタ、何者だ?」
殺気ではない。敵意や悪意がある訳でもない。
ただ、姿見えぬその人物の刃が、距離を無視して鳴羽の喉笛を引き千切る可能性――そんなものを感覚的に嗅ぎ取った、とでも言えばいいだろうか。
人物の顔を記憶出来ず、顔と名前が一致しない。そんな鳴羽刹那が人との出会いを覚えておく為に培った、他者の特徴的な行動や雰囲気で人物の情報とを紐づけする能力。それによる第一印象としては、その人物は些か血生臭さが勝り過ぎていた。
いかに能天気でお気楽な鳴羽刹那とて、流石にこの状況では無警戒とはいかない。
「姿も見せずに失礼しました。一方的に名前を知られている状況を看過できないのは当然の事ですよね、すみません。まず先に、こちらから名乗るべきでした」
対して相手は、鳴羽の警戒も尤もであると自らの非礼を詫びるような言葉を口にすると、コツコツと。物陰から足音を響かせて、二つの人影が顔を出した。
一人は流れるような金髪を靡かせるスタイル抜群のモデルのような長身の美女。
そしてもう一人は同様に整った顔立ちをした長身の金髪男だった。
「私は背神の騎士団所属、レインハート=カルヴァ―ト。同じく、こちらは弟のレアード=カルヴァ―トです。鳴羽刹那さんとピア=ナルバエスさん――で、よろしかったでしょうか?」
「おう、俺は鳴羽刹那だぜ。で、こっちはネコっちだ」
「え、と。はい、確かに私はピア=ナルバエスです、けどぉ……?」
鳴羽からネコっちという渾名での紹介を受けたピアが、もじもじと恥ずかしげに身を竦めながら訂正するように名を名乗ると、レインハートは真剣な眼差しで頷いて。
「鳴羽刹那さん。ピア=ナルバエスさん。『魔力点』攻略の為、私たちにお二人のお力を貸しては頂けないでしょうか。敵の手中に落ちてしまった私たちの天界の箱庭を、神の能力者の楽園を取り戻す為にも」
そんな事を告げたのだった。
――そう、ここは天界の箱庭。
人知を超えた超常の神秘を扱う魔城にして、化け物と恐れられ迫害された子供達を匿う為の神の箱庭。
存在が立証されてしまった神秘と、魔法のような技術力。
金の匂いのする甘い蜜を垂れ流し、富と権力、何よりその〝力〟に目の眩んだ大人たちから様々なモノを毟り取り、膨れがった黄金の島。
神の能力者最後の楽園などと謳われるこの島が、言葉通りの真っ当な楽園であるはずもなく――実験都市に囚われた子供らは皆が皆、大なり小なり搾取される実験動物として管理されている。
喰うか喰われるか。
搾取する側とされる側。
端的に言ってしまえば、世界も。世界から隔離されたこの街も、『魔力点』と相成り成立した支配域も、全ては同じ話だった。
つまるところは弱肉強食という名の暴飲暴食。
この世界には喰う人間と喰われる人間しかおらず、その本質は決して変わらない――
――【暴因亡食/遊戯廻死】
厄災遊戯:『虫悔い謎かけ』
人類の飽くなき暴食により資源は枯渇し星は枯れ果てた。
汝、裁定を越えんとする者よ。人類種がこの惑星の支配者に相応しきことを、その身に宿す可能性の正しさを今ここに示せ。
《設問》
《問》を参考に下記の文章(1)を読み解き、【】に当てはまる言葉に従って勝利条件を達成せよ。
《問》フランスのカオは?【】
(1)
サンド、セカイに義路珍はオちた。
ヨンドメのカノウセイをそのミにヤドすモノよ。フサワしきホウホウでキキンのボウショクをタダしくショケイし、ケッしてイヤされぬウえをミたせ。
タダし。オとすべきヤイバをアヤマつことなかれ。ソはハメツのヒキガネナリ。
主催者:〝飢饉の暴食〟
参加者:神の能力者
制限時間:無制限。
参加者勝利条件:上記条件の達成。
参加者敗北条件:上記条件の未達成。もしくは死亡。
※主催者と参加者の立場はあくまでルールの上に平等で公平であり、遊戯ゲームの進行に著しい影響を及ぼす『神性』の影響を遊戯ゲーム中に限り無効にするものとする。
停滞飽和未来域・支配領キガ。
天界の箱庭に生じた『魔力点』に囚われた事の証明であるかのように、鳴羽刹那とピア=ナルバエスの両名の脳裏に新たな『厄災遊戯』の条文が浮かび上がっていた。
☆ ☆ ☆ ☆
「――チィッ。まさか喰われた脚ィ切り落として逃げよるとは……トカゲかジブンはァ……ッ!」
戦場に唯一残された獲物の残骸を見下ろして吐き捨てるマクシミリアンの声に怒りが滲む。
塵芥の穢れた血が自らの頬に跳ね飛んだ事実にさらに頭に血を昇らせ、頬を拭った右手を拳に変えて近くの壁を癇癪のように殴りつけた。
水晶の壁が、まるで障子紙か何かのようにいとも容易く凹み、破れ、砕ける壊れる。
一方、自らの居城が八つ当たりによって破壊されたアベル=ブルボンは、壊れた壁の事など気にも留めず天風駆が右脚を切断して逃げおおせた事実にブルブルと身体を震わせ、口元を手で覆い隠して
「……ああ、何たる冒涜か。何たる不条理かッ。このように食べ物を粗末にする行為、私は断じて許せないっ。自ら切り落とした脚ならば、自分で食べればよろしいでしょうに! 何故残していくのです、何故食べないのです。食わず嫌いなど人として最悪だ! このように肉を無駄にして……ああ、なんて嘆かわしい事か。なんと悍ましい事か。この肉の一切れで、一体どれだけの飢えを救う事が出来るのか……! きっと彼は考えた事もないに違いない!!」
食を冒涜する天風駆の所業に嘆きと怒りを露にするアベル=ブルボン。苛立ちを隠し切れないマクシミリアンの隣に並んだ『厄災』は激昂の表情から一転、理知的に思えるモノクルの奥の瞳を常人には理解不能な熱に輝かせ気持のいい笑顔を浮かべると、殺気すら漂わせるマクシミリアンに一切の空気を読まずにこう尋ねた。
「いかがでしょう、マクシミリアン殿。この駄肉。せっかくですから頂いてみては? 食材を、命を、尊い犠牲を無駄にしない為にも。是非……!」
「……いらんわ、こんな不味そうなモン。ジブンが食えばええやろ」
おそらくは善意百パーセントの提案に、マクシミリアンは視線を合わそうともせずに吐き捨てる。
己の好意を拒絶されたアベル=ブルボンは、表情を変えずに頷いて、
「そうですか。では」
足元の駄肉を、躊躇なくその足裏で踏み潰した。原型がなくなるまで、徹底的に。
足元のアリの群れを蹂躙する子供のように無邪気に。残酷に。
「おや。お気に入りの靴が汚れてしまいましたね。これは失礼。私としたことが、お客人の前で不作法を」
「……ジブン、食べ物を粗末にするのはどうこう言ってのに食わんのか、ソレ」
「はて? 〝光〟の実食ならともかく、何故私がこのようなゲロ不味そうな駄肉を食わなければならないのですか?」
マクシミリアンの質問の意味が分からないと。心の底から不思議そうに真顔で首を傾げている眼前の貴族の男に、マクシミリアンは耐えきれずに噴き出した。
そして。
「……ふ、ははは……わははははははははははははははははははは!! ええわ、やっぱ面白いでジブン! ジブンみたいなヤツと組めて、ワイは幸運や」
呵呵と笑い、気の置けない友人にそうするように荒々しく肩を組んで、マクシミリアン=ウォルステンホルムは先までの苛立ちが噓のような上機嫌な声を上げる。
逃げる事しか能のない天風駆などどうでもいい。このイカレ狂った『厄災』と手を組んだ、この収穫があればいくらでも美味い酒が飲める。
(……〝強欲が果ての騒乱〟、まずはジブンや。ワイのピスを我が物で所有物と宣うその〝傲慢〟、まずは叩き潰してやらんとなぁ。……ああ、そしてその後はジブンもや、アベル=ブルボン。ワイに残飯を食べさせようとしたその不遜、その〝傲慢〟、しっかりとそのやっすい命で償って貰わんとなァ……?)
何が『七つの厄災』。何が『裁定戦争』か。
くだらない。馬鹿馬鹿しい。笑ってしまう。まるで必要性を感じない。
人類種が惑星の支配者に相応しいかを裁定する?
そんなの相応しいに決まっているだろう。この惑星唯一の人類種である『人間』マクシミリアン=ウォルステンホルムが、マクシミリアン=ウォルステンホルムを惑星の支配者に相応しいと保証するとも。
故に、唯一の『人間』であるマクシミリアンを差し置いて地表をのさばる塵芥どもは悉く消え去ってしまえばいい。
『裁定』など必要ない。全て不要だ。廃棄しろ。
『七つの厄災』などと謳われる有象無象も必要ない。
唯一にして至高。
このマクシミリアン=ウォルステンホルムただ一人が在ればそれだけでいい。
厄災の贈り物に必要なのは〝生死支配す傲慢〟のみ。
他の『厄災』は全て不要だ。邪魔だ。目障りだ。
傲慢にもこのマクシミリアン=ウォルステンホルムと対等であると主張する『厄災』どもは全て殺そう。そうしよう。
マクシミリアンは、匣から零れ落ちたその瞬間からそう決めていた。
『厄災』の鏖殺。その実行の準備が整った今――マクシミリアンが、たかが王国一つにかまけている理由はどこにもない。
「さあ、侵略を始めようや。騒乱がお好みなら腹一杯食わしたるで。なんせワイは商人や。需要ある所に供給あり、ってなァ……!」
「ええ参りましょう、進みましょう! 果て無き食の探究へ! 食こそ人の本質。喰らう事で私たちは生かされているのだから!! 満たされぬを満たし、潤されぬを潤す為に! 是が非でも私は『厄災』を、〝強欲が果ての騒乱〟を食べたいッッ!!」
様々な思惑を腹の奥底に抱えながら、二柱の『厄災』は同じ惨劇を瞳に映して侵攻を開始する。
標的となるのはチリ南部、ウルティマ・エスペランサ湾に面する観光の街プエルト・ナタレスに生じた『魔力点β』
〝強欲が果ての騒乱〟アレクサンドロスが支配する理想郷エピスィミ・ア・リスィア。
人々が己が生存を賭けて殺し合う楽園へ、『厄災』が降り注ぐ。




