第七話 背神の騎士団《アンチゴッドナイト》Ⅱ――会談
乳に押しつぶされて窒息しかけるという、一部の男性の憧れを体験していたテイラー=アルスタインがようやく解放されたのは、エロいお姉さんの突撃からおよそ五分後の事だった。
他人から見たら羨ましい事この上ない光景だが、本人からしたら堪った物じゃなかったのだろう。
かなり苦しげで息も絶え絶えになっているテイラーに、エロいお姉さんはなぜかかなりご立腹のようだ。
「おい、アンタぁ! アンタだよアンタこの根暗サングラスぅ! ひっく。アタシとの約束を無視しといてその態度はなんだって言ってんのよぉ! ひっく」
真っ赤な顔をより赤くしながら怒鳴り散らすエロいお姉さんに、テイラーは息をなんとか整えながら、
「いやいや、約束って何の事言ってるんだか俺にはさっぱり――」
「――この甲斐性無し!! ひっく。 アタシがどれだけ楽しみに待ってたと思ってんだよぉー!!」
「うげぅ!? 痛い苦しい痛い痛いジルニアさんてば襟元掴んでガクンガクン揺らすの止めてっ!」
「うるせーこのバカぁー!」
勇麻たちはそんな目の前の修羅場をポカンとした顔で見ながら途方に暮れるしかなかった。
泉までもが文句を言わずに固まっている所に事の異常さを察して欲しい。
固まる三人に、いつの間にか勇麻たちの近くまで戻って来ていた黒米が申し訳なさそうにこう言った。
「なんかすみませんね。多分ですけど、あと一〇分くらいはこのやり取りが続くと思われるので、気長に待っていただけると幸いです」
こうしてる間にも、テイラーは襟元を掴まれてがくんがくんと揺さぶられ続けている。
まるでドップラー効果のように彼の声が遠ざかったり近づいたりしているのは、きっとそのためだ。
イライラしていたはずの泉でさえも、その恐怖の光景を前に黙ってこくりと頷くしかなかったのだった。
☆ ☆ ☆ ☆
「あはははははははははっ、なんだよ、それなら最初っからそう言えばいいのによー」
「痛いっ、痛いって! ジルニアさんてばまだ酔ってませんかい!?」
十数分後、先ほどまでとは打って変わって上機嫌なお姉さんに背中をバンバン叩かれながら、テイラーは不満を口に出す。
だがジルニアと呼ばれたその女性はテイラーの言葉など全くもって耳に入っていないようで、ゲラゲラ笑いながら背中を叩き続けていた。
「いやあ、まっさか日付を間違えるとは、アタシとした事がうっかりしてたね。悪い悪い」
「俺の記憶が正しければ割と毎回勘違いしてる気がするんですけどね、ジルニアさんや」
「まあまあ、細かい事は気にすんなって!!」
ばしっっっ!! と一際強い力で、未だに文句を言っている男の背中を叩く。
テイラーの悲鳴を無視して、ジルニアと呼ばれるエロいお姉さんは勇麻達の方へと向き直ると、ニカっといい笑顔を浮かべながら、
「いやー、アンタ達にも済まない事をしたね。なにせ酒が回ってたもんだからさ、アタシちょっと酒癖がアレでな」
「自覚はあるのに辞めないんだよな、この子は」
「っるさいっなー。あれは自分へのご褒美だからいいんだよ。……ああ、そうだ。アタシはジルニアってんだ。よろしくな! えーと……」
勇麻たちが何者で何故ここにいるのかもジルニアは分かっていないらしく、そこで言葉に詰まってしまう。
そんなジルニアにテイラーが助け舟を出した。
「ジルニア、彼らがこの前の『黒騎士』の件の解決に協力してくれた少年達だよ」
「ああ、アンタらがあの! へぇーなるほどねー。パッと見そんなに強そうには……あっ、でもこの子とかなかなか強そうじゃん」
ジルニアは値踏みするように勇麻たちを眺めた後に、その細くて綺麗な人差し指をビシッと泉に突き付けた。
そして間髪入れずに、
「こっちの子らは大したことなさそうだな。なんっつーか、地味だね。見た目とか」
「……」
「……」
いきなりストレートな暴言だった。
まだ酔っているせいでもあるんだろうが、それでももう少し歯に衣着せて欲しかった。
まあ弟の勇火の方はともかく、勇麻の実力については彼女のおっしゃる通りなので、何も反論できないのだが。
げんなりしたような顔を浮かべる東条兄弟を尻目に、泉はご機嫌な笑顔を浮かべている。
肘で勇麻のわき腹をつつきながら小声で囁く。
「……おい、勇麻聞いたか? この姉ちゃん、人を見る目あるぜ」
「は? どこがだよ、こんなただの暴力馬鹿にしか目が行かない時点で見る目の欠片も……ごめんなさい嘘です冗談ですボクタチトモダチボウリョクヨクナイ」
ああん? と不良みたいにこちらを睨む泉に、思わず両手を上げて降参のポーズを取ってしまった。
こういうときはとりあえず速攻で謝るのが吉なのだ。
「ジルニア、いきなり失礼な事を言うんじゃない」
「へーへー。分かりましたよーだ」
テイラーの諭すような口調に、ジルニアは口をすぼめて生返事。
まるで親子のようなやり取りだと勇麻は思った。
というかこの二人、さきからやけに親しげだ。背神の騎士団という組織は、案外アットホームな感じなのかも知れない。
そんな事を考えて、
「いやぁ、本当に済まないね。ウチの嫁がお騒がせしてしまって……。あいつ酒が入るとどうしようも無くてさ。悪気はないんで、許してやってくれるとありがたいんだけどね」
いやぁはははは、と申し訳なさそうに頭を搔くテイラー。
しかし勇麻達はそれどころではなかった。
その口から出た衝撃発言に、今日一番の驚きが三人の間に巻き起こったのだ。
思わず声を揃えて勇麻達は叫んでいた。
「「「嫁!?」」」
「おいおい、そんなに若く見えるってかー? やめてくれよ、お世辞が下手くそだねーアンタ達。ウォッカ呑むかい?」
照れたように頬を搔いて酒を進めてくるジルニアは無視して、勇火はその顔に驚きを張り付けたまま、
「嫁って、……テイラーさんとジルニアさんは結婚なされてるんですか?」
「ん? ああ。まあそうだな」
照れる素振りもなく、あっさりと肯定するテイラーに、勇麻は正直驚きを隠せない。
「え? マジで!? ジルニアさんと歳の差いくつあんの?」
二〇代半ばくらいに見える若々しいジルニアとは対照的に、テイラーの年齢はどう若く見積もっても四十代前半くらいにしか見えない。
勇麻の予想が正しければ二〇歳近く歳の差が離れているカップルだという事になる。
「歳の差か、……あんまり言うとまた怒られるし、おじさんは黙秘権を使っておこうかな」
「つってもアタシとこの人じゃ一〇歳くらいしか変わんないけどね」
「……テイラーさんが一体何歳なのか、全く予想できない……」
「いや、俺はテイラーさんが老け顔なだけの可能性をだな」
「可能性も何も、そっちに決まってんだろ。馬鹿かテメェら。時々いるだろ? 中学生なのに通勤中のサラリーマンにしか見えないヤツ」
「うん。さりげなく人の心削ってくるね、君たち」
普通に傷ついてそうなテイラーがどことなく不憫だった。
なにはともあれ、予想外の事実である。
「てかこのおっさん、絶対尻に敷かれてんだろ。弱そうだし」
明らかに余計なひと言を放った泉の額を、勇麻はとりあえずひっぱたいておく。
あ? と、泉は青筋を額に浮かべながら、反撃とばかりに勇麻のほっぺを思いっきりつねり始める。
ここまでがお決まりのテンプレなので、隣にいた勇火はいちいちそちらには取り合わない。
椅子に座りながら取っ組み合いを始めたアホな年上二人を放置して、さっさと会話を進める。
「ここに居るって事は、ジルニアさんも背神の騎士団のメンバーって事でいいんですよね? 夫婦で背神の騎士団のメンバーなんですか?」
勇火の問いにジルニアは不敵な笑みを浮かべながら、はち切れそうな胸を張って自慢げに答える。
「ああ、そうさ。アタシも背神の騎士団の一員だよ。ついでにボスが留守の時とかは副団長もやってるけどな」
「ジルニアさんも!? 夫婦揃って副団長なんですか!?」
予想外の告白に驚きの声を上げる勇火。
その声に反応して泉と勇麻の取っ組み合いも一時中断する。
アホ二人は互いに互いの頬を引っ張りながら、
「「ヒフニハはんも、ふふはんひょうはの?」」
「ああ、ジルニアは俺と違って強いんでね、彼女のほうが人を纏めるのに適しているし、実質的には彼女が副団長みたいな物だね」
訳のわからない日本語をその口から繰り出す二人に、テイラーは苦笑しながらそう答えた。
ジルニアもダンナの発言に気をよくしたのか、にんまり笑顔で嬉しそうに赤毛を掻き毟って、
「確かにウチの根暗サングラスはひ弱で頼りにならないからなー。ま、組織の指揮だの指示だのそういう細かいのは全部ダンナに丸投げしてるんだけどね。そういうのはアタシあんまり得意じゃないからさ」
ジルニアの説明に、いつの間にか取っ組み合いを辞めていた勇麻と泉はそれぞれ頷いて、
「なるほど。夫婦で役割分担が出来てるって事か」
「なるほどな。さっきおっさんが言ってた、おっかなくて誰も逆らえない副団長ってのがジルニアさんの事だったのか。まあ確かにキレたら誰の手にも負えなさげだな」
「……おまっ、だからお前はなんで初対面の目上の人を煽ってくんだよ! 例え事実でも言っちゃ悪い事もあるだろ!」
「……どっちもどっちだとおじさんは思うんだけどね」
またも余計なひと言を口走る泉。
もはや確実にワザとやっているとしか思えない馬鹿の頭を、勇麻は自分の事を棚に上げてスイカ割り並みのテンションでぶっ叩く。
けっこう痛かったのだろうか。あ? と今度は眉間にしわを寄せながら若干キレ気味の泉と、再度乱闘が開始された。
だがジルニアはその発言についてはさほど気にしないようで、特に泉に食いつくこともなく、
「まあアタシらがコンビで副団長やってんのは、神の力の相性がいいからっていうのもあるんだけどな」
そう言いながら乱闘する泉と勇麻の方を見て、パチンと指を鳴らす。
すると、ジルニアの右手の真上。その辺りの空間が急速に歪み始めた。
空間が歪む……いや違う、その空間に何か、極小の粒子のような物が集まっているのだ。
それは次の瞬間に弾けるような音を立てて光をまき散らし、何も無かった空間に二つの金ダライが現れる。
空中に置き去りにされた金ダライは、そのまま地球の重力法則に従い地面に落下――
――しない。
テイラーがやれやれと本気でめんどくさそうに呟き、指を鳴らす。
それだけの動作で。
風を切るような音と共にその場から金ダライが存在を消失させたかと思うと、次の瞬間には取っ組み合いをしていた勇麻と泉の脳天にピンポイントで落下していた。
「ぎゃ!?」
「っぎゅふ!?」
鈍い音を立てながら金ダライが脳天に直撃し、痛みに悶えるアホ二名。
役目を終えた金ダライは地面に墜落すると、細かい光の粒子となって粉々に飛び散ってしまった。
勇麻に関しては本日二度目だったのだが、不意に来るこの痛みには慣れられそうもない。
「今のは……?」
金ダライの瞬間移動という、非常にシュールだが無視できない光景を目撃した勇火は、もはや今日何度目かも分からない驚愕に目を見開きながら、譫言のようにそう呟いた。
勇火のその疑問に、ジルニアは軽い調子で笑う。
「気になるのかい? まあ、さっきのあれがアタシとダンナの神の力、『物質創造』と『物質転移』だよ」
「……まあ、その辺りは後でもいいいだろ。時間もそんなに無い訳だし本当にいい加減、そろそろ本題に入りたいんだが……。そこの二人もいいかい?」
その単語が一体何を表すのか、テイラーに説明する気はないらしい。
未だに痛みに悶える二人に確認を取るようにテイラーはそう言うと、その笑みを深めた。
どうやら、そろそろ真面目な話を開始しなければならないようだ。
☆ ☆ ☆ ☆
テイラーの指示で、黒米が全員の前にキンキンに冷えた炭酸飲料の入ったグラスを並べていく。
地下という事もあって冷房無しでも充分快適な室内だったが、喉は乾いていたので勇麻にとっては非常にありがたい差し入れだった。
それは泉や勇火も同じなようで、二人ともグラスの中の黒い液体をおいしそうに喉の奥に流し込んでいる。
テイラーも一口飲み物を口に含み喉を湿らせて、
「さて、まず本題に入る前に一つ」
場を区切るようにそう言った。
そしてテイラーは勇麻たちを一通り見渡してから、
「……この前の黒騎士の件、本当にすまなかった。君たち一般人を巻き込んだのは我々の過失だ。これはどれだけ謝罪したところで許される事ではない。そしてありがとう。君たちのおかげで無事、任務を成功させることができた」
そう言って立ち上がると、その場で深々と頭を下げた。
年長の男に頭を下げられた勇麻は慌てて、
「いや、だから謝られる覚えも、感謝されるいわれもないんだって。この二人はともかく俺に関しては邪魔しかしてないし、俺らを巻き込んだって言うけど、危険を承知で勝手に首を突っ込んだのは俺らの方だぜ?」
「向こうが謝るっつってんだから、勝手に謝らせとけばいいのによ」
「泉センパイ、ちょっと黙ってて」
頭の後ろで腕を組み、ボソっと呟く泉を勇火が窘めるようにそう言うと、泉はめんどくさそうに息を吐いた。
泉はあまりこの話に関心が向かないらしく、一人で指遊びを始めてしまう。
「例えそうだとしても、関係のない子どもを危険な目に遭わせてしまったことには変わりはないんだよね。大人として、取るべきケジメも責任もあるって話さ」
「でも……でも。悪いのは俺のほうで、謝るべきなのも俺の方なのに、こんなの……」
「まあまあ、その辺りの事についてはさっきカルヴァート姉弟と話、付けて来たんでしょ? ならさ、今度はこっちにケジメ付けさせてくれてもいいんじゃないかい?」
「でも……」
納得のいかない様子の勇麻に、ジルニアは肩を竦める。
「ほら、車と自転車の交通事故みたいなモンよ。信号を無視してたのが自転車のほうでも、罪を問われるのは車のほうだろ? それと似たような話さ。アンタらが勝手に事件に首を突っ込んで勝手に危ない事をして勝手にケガしたっつっても、アタシらには責任者として責任を取る義務があんだよ。実際にどっちが悪いかはこの際関係ないのさ」
「まあ、そういう事だ。それに過程がどうであれ、君たちの活躍でアリシアちゃんが助かった事もまた事実だ。だから……これを受け取ってほしい」
テイラーは懐をがさごそと漁ると、よく家庭でも見かけるような茶色の封筒を取り出した。
中身は勿論、
「な、……受け取れる訳あるか、こんな大金!」
一万円札の束を前に、思わず後ずさるようしてに勇麻はテイラーが差し出した封筒を押し返した。
パッと見、一〇〇万円はありそうな厚さだった。受け取れる訳がない。
「ん? 慰謝料と感謝の気持ち含めてコレだけだぞ? むしろ少ない額だと思うんだけどね」
「いやいや感覚麻痺ってるでしょ!? 一〇〇万はあるぞ?」
「そうか……残念だ」
テイラーはあまり残念ではなさそうな声色でそう言うと、封筒を懐にしまった。
泉がどこか惜しそうな顔で封筒の行方を追っている気がするのは、多分勇麻の気のせいだろう。いや気のせいであってほしい。
テイラーはやれやれと首を振ると、
「さてと、まあ受け取らないだろうとは思ってたけどね。まあ、謝礼の気持ちはまた別の機会に何らかの方法できちんと伝えるとして。ここから先は、少し本題の方にも触れていくとしようか」
「なに、アンタ。あの話本気だったの?」
「……ああ、まあね」
どうやらジルニアは、その『本題』とやらについてテイラーから既に話を聞いているようだ。
当然、勇麻達は何も知らない訳で。
「本題?」
「なに、君たちにとっても興味のある話だと思うんだけどね」
「興味のある話、ですか」
「ああ、そうだ。例えば、そう……」
テイラーはそこで一度言葉を切り、意味ありげな笑みを浮かべると、
「南雲龍也の事、とか」
そう言ったのだった。
「な……っ!?」
その単語を聞いた途端、勇麻は呼吸が止まるかと思った。
先の戦いの報告がカルヴァート姉弟からいってるとは言え、なぜこのタイミングでその名前が出てくるのか、理解し難い震えが勇麻に走った。
心が泡立つ。
まるで尻に火をつけられたかのように落ち着かない。
それは泉と勇火も同じだったようで、突然出てきた名前に、二人とも平静を保てなくなっているようだ。
勇麻は思わず椅子から立ち上がりながら、テイラーを問い詰めるような勢いで、
「アンタ、南雲龍也について何か知っているって言うのか? それは、つまりこの前の黒騎士の正体が……」
だが勇麻の言葉をテイラーは遮る。
「おっと、勘違いしてもらっちゃ困るが、そっちの方については何も分かっていないよ。なにせ、黒騎士の身柄は捕え損なってしまったからね。背神の騎士団から提供できる南雲龍也に関する情報は、黒騎士の正体の件とは全くの無関係な物だよ」
「……それはつまりどういう意味だ?」
これまで全く話合いに参加する気の無かった泉が、不意にそんな問いをテイラーに投げかけた。
何か引っかかるところがあるのか、その声は少し平時よりも鋭い。
対するテイラーは全く動じず、ふぅと疲れたように息を吐くと、問いに問いを重ねる。
「どういう意味、とは?」
「とぼけるんじゃねぇよ。黒騎士関連じゃないってんなら、何でお前らが南雲龍也の情報を持っていやがる。あの人は九年前に死んでる人間だ。わざわざ過去の資料でも掘り返さない限り、俺らも知らないような情報がゴロゴロ出てくる訳ねぇんだよ。だから聞いた、……お前ら何を狙ってる?」
「ちょ、泉センパイ。何もそんな好戦的にならなくても……」
暴走気味の泉を慌てて宥めようとする勇火の手を、泉は鬱陶しげに払いのける。
「わざわざ俺らと接触する為に南雲龍也の情報を調べたってんなら、狙いは何だ? 南雲龍也の情報を餌に俺らを釣ろうってんなら、先に用件を言いやがれ。話はそれからだ」
「……」
唖然とする勇麻たちを余所に、泉泉はそう言い切ると、鋭い視線を目の前の男に向ける。
テイラー=アルスタインは泉の問いに答えようとしない。難しそうな顔をしたまま、視線から逃れるかのように目を瞑っている。
沈黙が降り、室内には寒気のするような緊張感が走っている。
自分の呼吸音一つすら騒がしいと感じてしまいそうな、そんな中。
「……ぷっ、くくく……」
その静寂を破ったのは、一人の女性の口から漏れた含み笑いだった。
必死に我慢しようとしたのであろうその音は、次第に大きくなり、やがて隠す事なくジルニア=アルスタインは腹を抱えて哄笑した。
「くくく、あはっ、あははははははははははははははははははははははははh!! いやー。イイね。面白いじゃん! こっちの考えは全部お見通しってワケね」
ジルニアはその瞳に涙さえ浮かべながら、
「テイラー。これもう全部バラさないと無理なんじゃないの? この子ら、そんなに馬鹿じゃないみたいよ」
テイラーは妻の言葉に大きく溜め息を吐いたかと思うと、
「あー。分かったよ。おじさんの負けだ。泉君のおっしゃる通りさ。……まあ餌とは言え、彼についての情報を握っているのは事実だということは理解しておいて貰いたいけどね。まあそういう訳で君たちに一つ、用件がある。それを今から正直に話すよ」
これでいいかい? と確認を取りながら、両手を上げて降参のポーズを取ったのだった。
「は、最初から素直にそうしてりゃいいんだよ。下手な芝居こきやがってクソが」
泉は満足げにそう吐き捨て、偉そうに足を組んだ。
相変わらず態度のデカい男だが、今言及するべきはそこでは無い。
隣に座っていた勇麻は、驚きと尊敬の眼差しを込めて、
「……ってか泉、お前スゲエな。いつの間にそんなに頭いいキャラみたいな論破術身に着けてたんだ!? 校長先生の話とかすぐ寝ちゃう子のお前が!」
「うるっせえよバカ! 元からテメェより頭はいいからな俺は! 真面目に授業受けないだけで!!」
それに、と泉は一度言葉を区切ると。
「龍也絡みになるとテメェがとことん使い物になんねぇ事は証明済みだったからな、勇火にやらせる訳にもいかないし、この場は俺が何とかするしかねぇだろうと思ったんだよロリコン野郎」
「……うっ、一部を除いて反論できない……」
痛いところを突かれてうな垂れる勇麻を無視して、泉は改めてテイラーに向き直る。
「で、結局。用件ってのは何なんだ?」
かなりストレートな切り出し方だと勇麻は思った。
泉らしいと思う反面、その無駄な駆け引きをしようとしない態度からは、テイラーへの圧力も感じる。
こっちが腹を割って話そうと言うのだから、そちらも搦め手でくるような事はするなよ、という無言の圧迫だ。
そしてテイラーが正直に『用件』の内容を話すなら、交渉くらいには乗ってやる、というアピールでもある。
泉らしく、なんとも態度がでかく上から目線だ。
テイラーは炭酸飲料を一口含むと、
「この際だ、単刀直入に言わせてもらおう」
テイラーは胸ポケットからタバコを取り出し、それにライターで火をつける。
先端が赤く輝くそれを口に咥え、肺の中に煙を流し込むように吸うと、一呼吸置いて紫煙を吐き出す。
テイラーはまだ吸いかけのタバコを目の前の灰皿にぐりぐりと押しやると、ニヤリと笑い口を開いた。
「君たちに一つ提案がある。……『背神の騎士団』に入る気はないかい?」




