第六十八話 一月五日 記録Ⅹ――VS.『七つの厄災』〝強欲が果ての騒乱〟/遊戯終幕
――肉体は崩壊した。
空間さえも終焉の破壊に呑み込まれ、最早そこには何もない。
破壊が全てを席巻し、虚無すら失われた終わりの果て。
かつて世界だった跡地に漂っている死した己の意識を、客観的に頭上から俯瞰しているかのような摩訶不思議な感覚があった。
……どこからが死でどこからが自己なのか。
肉体という軛から解き放たれ輪郭を失い世界との境界が曖昧になった今、その答えは案外すぐそこにあるような気がした。
「――、」
全てを塗り潰す黒一色の視界――否、肉体は消失しているのだから、視界などという概念も当然ありはしない。
であればそれは、闇さえも認識できない無なのだろう。
五感にて認識可能なものが何も存在しないが為に――もしくは、五感の悉くを喪失したが故に――在りもしない網膜に直接映し出されるようなその暗闇は、意識の生み出したバグのようなものなのか。
ともすれば、それこそが逆説的に己の意識の存在を、健在を、実在を、証明する唯一の事象なのかもしれない。そんなことを思う。
……いや、唯一というのは言い過ぎたか。
この無において、己の生存を確信させる事象がもう一つだけあった。
『――守備側プレイヤー:アレクサンドロスの死亡を確認。守備側プレイヤー:ロジャー=ロイの勝利の為、「賞品」の移動は行われません。《エンドフェイズ》へ突入します』
それは、魔性の音色だった。
音を受け取る耳は愚か、身体を根こそぎ持っていかれたというのに、脳を甘く蝕み蕩けさせる天使の如き美声が、ありもしない耳朶を妖しく揺すっている。
今の自分は振動に関して過敏にいっそ過剰なまでに反応するようになっている。だから、意識を攪拌する魔力を孕んだその声が、振動となって空気を震わせていく様が目に見えるようだった。
『――お疲れ様です。予定されていた全試合が無事に終了いたしました。集計の結果、白星の数が同数となった為、遊戯ゲーム主催者:アレクサンドロスの敗北とし、参加者:ロジャー=ロイから奪った「賞品」の返却を行います』
その声は、まるで祝福のように――いや、事実それは祝福だったのだろう。
人と厄災が互いの全てを奪い合う第二の遊戯、『覇名彙徴問愛』。
進行役として、そして審判役として。両者の死闘を見届けた非人間めいた絶世の美少女が、まるで勝利の女神のような微笑みを浮かべたような、そんな気がして――
――【Congratulations! winner:ロジャー=ロイ】
遊戯終幕。
勝利者を告げるアナウンスを合図に、漂うばかりの意識が捻じ曲がり、命が蘇り、そして――世界が裏返った。
☆ ☆ ☆ ☆
現実世界時刻:二〇XX年 一月五日 午前一時十一分。
座標:《魔力点β》プエルト・ナタレス【遊戯難度B】理想郷エピスィミ・ア・リスィア。
密林エリア。
☆ ☆ ☆ ☆
ぼんやりと滲む世界に少しずつピントが合っていく――
気付けば、ロジャー=ロイはそこに立ち尽くしていた。
「――、――――――――。……あ――?」
第二遊戯の為に異空間へと飛ばされていた意識が肉体へと回帰したのか。それとも、再構築された肉体に再度意識が宿ったのか。
正確な原理や理屈は分からないが、ともかく目を覚ましたロジャーがまず感じたのは、遊戯の中で喪失したはずの各部位の感覚――すなわち、五体満足な己の肉体だった。
反射的に、己の身体へ目を落とす。
右目。左腕。耳。舌。
……大丈夫。欠けている部分は一つもない。全ては、収まるべき所へと収まっている。
闇ではなく認識不能が故の黒。虚無すらない無に取り残されていた意識や五感もはっきりしている。何も問題はない。
次にロジャーは周囲を見渡した。
視線の先に焼け落ちたような地平線はどこにもなく、視界を覆うのは濃く深い緑だ。
呆けたように立ち尽くしているロジャーの周りは、鬱蒼と木々の生い茂る密林に突如として生じた空白地帯となっていた。
その不自然な闘技場は、 アレクサンドロスの手に落ちたユーリャの手によって作り上げられたものだった訳で――そんな目の前の景色が意味する所は、ただ一つ。
「戻った、のか……?」
ロジャー=ロイはアレクサンドロスの欲望が形となったあの異界結界を脱出し、無事現実世界へ帰還する事が出来たのだ。
「……ふぅ――――」
自身の身体と周囲の景色をもう一度確認するように眺めて、思わず安堵に弛緩したような長く深い息が漏れた。
それでようやく、自分がアレクサンドロスの第二遊戯『覇名彙徴問愛』を攻略したのだという実感が少しずつ湧き上がってくる。
「……戻ってこれたんだな、本当に」
二重の意味でロジャーはそう呟く。
異空間からの脱出という意味は勿論だが、なにせロジャーの身体は一度は原形が残らないレベルで崩壊したのだ。
こうして五体満足の肉体に戻ってこれた事にホッと胸を撫で下ろすのも当然の反応だろう。
そして、ロジャーの五体がこうして無事復活を果たしたという事は――
「――ロジャー……っ!」
「ユーリャ……!」
声のした方向に、慌てて振り返る。
するとそこには、叫び、駆け寄る勢いそのままにロジャー=ロイへと飛びかかるようにして抱きつかんとする人影があって、
「ぬおっ、待てお前それは――ッ!?」
最早突進と言っても過言ではない二十四歳女児の全身全霊の抱っこアタック。それを真正面から受け止め何とか持ちこたえようと両足で踏ん張るロジャーだったが、心身共に疲労困憊のアラフォーにはそこが限界だった。
そのまま押し倒されるように諸共地面に倒れ込んでしまう。
「痛っつつ……おいおい勘弁してくれよ秘書艦様、こちとらもう四〇超えてんだ腰やっちまうだろ。つうかお前もいい歳して何やって――」
「――よがっだぁ……っ、生き、てる……生きてるよぉ、この馬鹿ぁああああああぁ……っ」
ロジャーの文句を遮るように、胸を締め付ける優しい慟哭があった。
「……ああ、本当に」
ユーリャ=シャモフ。
ロジャーが無差別に撒き散らした終焉の破壊に呑み込まれ、跡形もなく崩壊・消失したはずの彼女もまた、ロジャー同様に五体満足の生還を果たしていたのだった。
☆ ☆ ☆ ☆
全てを諦めた諦観の果てに訪れた、ロジャー=ロイの神の子供達への『神化』と、『神化』直後の暴走状態。
ロジャーは、力の制御をあえて手放し意図的に暴走を加速させる事で自分やユーリャ諸共アレクサンドロスへ破壊の概念を叩きつけ、辛くも最終戦の《バトルフェイズ》に勝利し〝強欲が果ての騒乱〟アレクサンドロスに対して値千金の引き分けを掴み取った。
一見、そうしたロジャーの行動は自身やユーリャの死を前提とした、無茶で無謀な賭けのようにも思えるが、実際はそうではない。
ロジャーの策は第二遊戯:『覇名彙徴問愛』を最大限利用したものであり、その勝算――行動の根拠と言うべきものは、遊戯のルールにしっかりと記載されている。
――『・賭けた『賞品』の移動後、バトルフェイズにて負った負傷などが自動的に治癒される。ただし、遊戯ゲームによって奪われた『賞品』は回復しない』
――『・一〇回戦が終了して白星の数が同数だった場合、遊戯を仕掛けた主催者の敗北とし、奪った『賞品』を参加者へと返却します(扱いとしては無効試合となり、遊戯勝利の報酬は支払われません)』
これらの文章が意味するのは、遊戯中のバトルでどれだけダメージを負おうがどんな大怪我をしようが関係ないという事。
そして、負けさえしなければアレクサンドロスに奪われたモノを取り返せるという事。
敵味方まとめて破滅へ導くロジャーの無差別破壊は、これらのルールを加味したうえでの策であり、犠牲を前提とした特攻などでは断じてない。
……そう。良くも悪くも『覇名彙徴問愛』は遊戯だった。
人の生き死にという自然の摂理などよりも強制力こそが遵守されるあの異空間は、強制力に反する死をも拒絶するだけの力を持ってた。
それが結果的にロジャー達にとって有利に働いた。
例えば、遭遇した時点で既にアレクサンドロスの手に落ちていたユーリャは、此度の第二遊戯においてアレクサンドロスの所有する『賞品』の一つとして扱われているような状態だった。
アレクサンドロスの賞品としてカウントされている以上、《バトルフェイズ》でどれだけ負傷しようとも、終了と同時にユーリャが負った全ての傷は回復する。
それは、肉体全てが崩壊し消滅してしまうような致命傷だろうと関係ない。
ロジャーはそんな彼女をアレクサンドロスから奪った状態で遊戯を引き分けで終え、ユーリャをアレクサンドロスの支配から解放する事に成功したのだ。
全てを諦め、破壊する。
大切な人の死を前提としたする諸刃の剣を振るって尚こうしてユーリャを抱きしめる事が出来たのは、第二遊戯『覇名彙徴問愛』の強制力があったからこそ。
こうした特殊な条件下の戦闘でなければそもそもロジャーは最初の一手でアレクサンドロスに殺されていただろう。
ロジャーの悉くを奪い尽くさねば満足出来ない。そんな慢心とも言えるアレクサンドロスの強欲こそがロジャーの勝因となったのだ。
「ひぐっ、ぐず……ロジャー、死ぬ気だって。わたし。分かって……だけど、それをわたしが、止めちゃだめだって思って。だ、だから……」
分厚い胸板に押し付けるように顔を埋めたユーリャからくぐもった嗚咽が溢れ出す。
ユーリャが垂れ流すそれは、涙なんて綺麗な言葉で片付けられるようなものじゃない。
凛々しく生真面目な優等生は、その整った顔立ちを涙やら鼻水やら涎やらとでぐしゃぐしゃに汚して、子供みたいに泣きじゃくっている。
「……あー、分かった、分かったから。大丈夫。生きてる、生きてるから」
「ぅ、……ロジャーを、わたしが縛りたくなくて。……すんっ。もう。二度と会えないんじゃないかって……だから……っ! うぅ、……うわぁぁあああああああああん!!」
「オジサンが悪かったって、だから二十四にもなって泣くんじゃねえよ。女子がしていい顔じゃねぇぞ、ソレ。お嫁にいけなくなったらどうするつもりだ、全く」
「……うるさい、です。セクハラ、ですから、そういうのも。いつか、絶対に訴えてやります……だから、その前に死んだら許しませんからぁ、絶対……」
ぴたりと密着し、ロジャーの胸の上で震えるユーリャの体温を心地よく感じながら、仰向けに寝そべるロジャーは木々によって切り取られた空を見あげ独り言ちる。
「……全部終わってから、改めて刺されるくらいは覚悟してたんだけどなぁ……」
すると、拗ねたような返答が返ってくる。
「しませんよ、そんな事。私が貴方にする訳ないじゃないですか」
「……俺はお前の英雄じゃないぜ」
「しつこいですね、もう聞きましたよ。年を取ると同じ事ばかり繰り返すんですから、すっかりおじさんですね、ロジャーも」
「『争世会』の犬として我が身可愛さにお前の両親を殺した。エアルの野郎に言われるまで……お前の顔を見ても、名前を知っても思い出せすらしなかった鬼畜野郎だ。お前に刺されたって文句は言えねぇ」
「……確かに、当時は辛かったです。きっと、一番最初にその事実を知っていたら、貴方を憎んだかもしれません。でも、そうはならなかった。ならなかったんですよ、ロジャー。私と貴方は」
幸運にも、私とロジャーの出会いはそうはならなかったのだと、僅かなボタンの掛け違いで破綻していたであろう運命に感謝するようにその言葉を嚙み締める。
「私は、それ以上を貰いました。奪われた以上を貴方に――」
「――それでも俺は、お前を……大切なものを諦めた。諦めちまったんだよ……ッ」
アレクサンドロスを倒すため、『覇名彙徴問愛』を攻略する為には、ユーリャを諦めるしかなかった。
だからといって、それがユーリャを傷つけていい理由にはならない。ならないのだ、絶対に。
「……お前を守れた。血に塗れたクソみてぇな人生の中で、それは唯一手に入れた綺麗なトロフィーみたいなもので……だからお前の存在は、俺にとっての光だった……」
けれどその光も失われた。自らの手で、壊してしまった。
遊戯の中とはいえ、与えた死の痛みと恐怖は本物だ。その地獄の苦痛をロジャー=ロイは自らの意思でユーリャに押し付けた。ユーリャが今生きているのは結果論に過ぎず、ロジャーがユーリャを殺したのだというその事実は揺るがない。
ロジャー=ロイは、否定のしようもなく愛する人を、ユーリャ=シャモフを手に掛けた。
守れなくて、助けられなくて、彼女を見捨て、諦めた。殺したのだ、この手で。
「だから俺は……お前にそんな風に思って貰える資格なんて――」
それなのに。
「いいじゃないですか、別に。諦めたって」
そんな事は大した問題ではないのだと、ロジャーに殺されたはずのユーリャはそう言うのだ。
「諦めたっていいんですよ。当たり前です、それくらい。だって、私も貴方も、人間なんですから」
女王騎士。
最強無敵の女王の槍。
恐れ知らず
どれほど大仰な名で呼ばれようとも、女王の正義の体現者として君臨しようとも、ロジャー=ロイは人間だ。人間であることを、ついぞ彼は放棄できなかった。それをユーリャは知っている。
「最初から最後まで、ただ一つの目的を完遂する兵器みたいに生きる必要なんてどこにもないんです」
ユーリャは涙と鼻水とでぐしゃぐしゃになった顔を両手でごしごしと拭い、ロジャーの胸に埋めていた顔を上げ、迷いなくそう言い切る。
「弱さも醜さも諦観も、きっと罪じゃない。諦めたっていいんです。私達が人である以上、完璧になんてなれないんですから」
「違う……そうじゃないだろう。これは、そういう話じゃねえはずだ」
「辛くて、苦しくて、もうダメだって諦めて……それでもいつかもう一度。もう一度自分の足で立ち上がって前に歩き出せれば、それでいいんです、人間は。だから、どうかロジャー、貴方も諦めてしまった自分を許してあげてください」
「……許せる訳がねえ……ッ。俺はお前に、絶対に許されないことをした。だから……」
「仮に、それが罪だったとしても関係ないです」
――全くこの人は、ほんとうにしょうがないんだから、なんて。聞き分けの無い困った子を見るような呆れ混じりで、けれど少しだけ嬉しそう、そんな笑みを浮かべながら、ユーリャ=シャモフはロジャーの瞳を真っ直ぐに正面から見据える。
「貴方の弱さも醜さも諦観も、私が受け止めます。全部、全部。こうやって抱きしめます。私が許します」
「俺は……お前を殺したんだぞ?」
「それでもです」
と、ユーリャはそこで一度言葉を切って。
「それでも私は、貴方を愛しますよ。ロジャー=ロイ」
先の戦いの中では伝えることの許されなかった言葉を、大きく成長した胸の奥で燃える感情を、今度こそ確かな言葉としてはっきりと形にした。
赦さないでくれと、ユーリャ=シャモフを優しく拒絶したロジャー=ロイの言葉をそれ以上の強い意思で拒絶し上書きすべく、精一杯の勇気を振り絞って。
「だって私達は、お互いを思いあって支え合うかけがえのない家族で――」
それでいて、これ以上ロジャー=ロイをユーリャ=シャモフが呪い、その運命を縛ってしまう事がないように。
「――家族は、家族の罪を赦すものですから」
どこかはにかみながら、それでも心の底からそう口にしたユーリャに、一度は己の全てを破壊したロジャーもまた、吹っ切れたように清々しく笑った。
「……そうか、俺はお前の英雄なんてモノじゃなくて――」
他の誰でもない。ユーリャ=シャモフが、そう言ってくれるのなら。
もう一度ここから、はじめてもいいのだろうか……?
憧憬の英雄などではなく、女王の正義を体現する兵器でもなく。
一人の人間としての、人生を。もう一度……
「――家族だったか。俺は……」
「ええ、とっくの昔に。今まで、ずっと」
呟くようなロジャーの気づきを肯定するように頷いたユーリャは、一度ロジャーの上から退くと、倒れたままのロジャーへと手を差し伸べる。
家族として支え合うのだと。そうする事が当たり前だと言うような暖かな笑顔で。
「ほら。立てますか、ロジャー」
ロジャーもまた、そんなユーリャの気持ちに応えるようにその手を取ろうと手を伸ばして、
「……ああ、悪い。助かる――」
「――ククク……、ハハッ、」
差しこまれた乾いた笑いが、幸福な結末に待ったを掛けた。
「――この声……っ」
「ユーリャ。離れてろ」
ビクンと、背筋に走った悪寒にユーリャが反射的に身体を震わせる。
ロジャーはすぐさまその場で飛び起き、ユーリャを庇うように右腕を横合いへ広げ一歩前へ歩み出ていた。
「ロジャー、一人では危険です。私も……ッ」
「いいから、下がってろ。我らが秘書艦様の手を煩わせるまでもねえよ。……少なくとも、今のコイツはな」
二人の精神を搔き乱す不快な嘲りを含んだ笑い声は、ロジャーの目前およそ十数メートルほど先から響いている。
その声が誰のものであるかなど、一々考えるまでもない。
「……人間風情に引き分けておいて随分と余裕そうだな。それとも何か、この程度はハンデだって強がってみるかよ、〝強欲が果ての騒乱〟アレクサンドロス」
先ほどまでのロジャーと同様、地面に仰臥する人影があった。
第二遊戯の主催者として、引き分けのペナルティを負い身体能力と体力のおよそ五割。
さらには右の肺を奪われ肺機能の一部を喪失している炎髪の美丈夫は、力なく地面に手足を投げ出し地面に大の字を描き額に脂汗を浮かべながら、それでも不敵な笑みを讃える事をやめようとはしない。
「――くふふ、ははははは……っ! あー、余裕。余裕かぁ、余裕ねぇ……」
ふらりと幽鬼のような足取りでその場に立ち上がり、意味深な笑みで言葉を濁すアレクサンドロス。
まだ先ほどのダメージが抜けきっていないのか、引き分けによって様々なモノを奪われている影響なのか、ぶらぶらと脱力しきった四肢は風に吹かれる柳のように掴みどころ無く揺れ動いて、なんだか気味が悪い。
「相変わらず不愉快な野郎だ。自分で自分を追い込んだっつーこの間抜けな状況を理解してねえって訳でもないだろうに、一体何がそうおかしい。諦めると笑い出すタイプか?」
「いや、別に? ただ……ククク、そうだなぁ、」
ユーリャと言葉を交わしている間も、その存在を忘れていた訳ではない。むしろ第二遊戯終了直後から、常に襲撃を警戒していた。
なにせ相手は人類の天敵にして意思を持った災害、『七つの厄災』が一つ。〝強欲が果ての騒乱〟アレクサンドロスなのだ。例えどれだけ力を奪われ喪失していようと、存在そのものが人類にとって脅威である事に変わりはない。
状況を鑑みれば遊戯終了直後にすぐさま追撃を仕掛け、トドメを刺すべきだったのかもしれない。
それでも、ロジャーはそうしなかった。いや、出来なかった。
神の子供達への『神化』と意図的な暴走の影響――もっと言ってしまえば自らの力を駆使して自らの肉体を粉微塵に破壊するという最大級の自傷行為が、ロジャーの心身に悪影響を与えていない訳がない。
それに加えて、今のロジャーには遊戯中にアレクサンドロスから奪った『賞品』がある。
急激な変化は身体に違和感を与え、様々なエラーを吐き出す。例えるのならそれは〝酔い〟のようなものだった。
(……どの道決着は付けなきゃならねえ相手だ。出来ればもうちょい寝ていて貰いたかったんだが――)
《バトルフェイズ》で負った負傷は全て回復するとはいえ、遊戯終了直後のロジャーは、まともに戦えるような状況にない。
そしてそれは、今も変わらない。
「いいぜ。今度こそ、終わらせてやる」
まだ遊戯は終わっていない。
あくまでロジャーが実質的な勝利を収めたのは第二遊戯の『覇名彙徴問愛』。
プエルト・ナタレスに生じた《魔力点》βにて、《魔力点》の発生直後から開催されている『厄災遊戯』:『欲物狂争』は未だに継続中。
だが、状況がロジャーに有利である事に変わりはないはずだ。
欲物狂争では神の力は使用不可。
異能に頼らない純粋な身体能力、戦闘技術で競うこの遊戯で肝心要の身体能力を奪われているアレクサンドロスと、そのアレクサンドロスから奪った身体能力や体力が上乗せされているロジャー=ロイ。
おまけにロジャーは『神の子供達』へと『神化』を果たした事で、素の身体能力も向上しているような状態だ。
油断や慢心をしていい相手ではない事は分かってる。
肉体に起こった急激な変化によって、様々なバランスが崩れている。身体の調子は決して万全ではない。
勿論、厳しい戦いにはなるだろう。
だが、それらの要素を差し引いても、今のロジャーには負ける理由が見当たらなかった。
半身になって拳を構えるロジャー=ロイ。
第二遊戯の直前に得物の槍は砕かれてしまった為、徒手空拳で戦うしかない。その時点で弓兵であるアレクサンドロスに対して不利を強いられることになるが、距離を詰めて矢を放つ隙を与えず攻め続ければ何も問題はない。
いかにアレクサンドロスが近接戦闘さえ弓矢で戦うイカれた技量の持ち主とはいえ、今はその技量を支える身体能力が半減しているのだ。強化されている今のロジャーならば、単純な身体能力でアレクサンドロスを圧倒できる。
だというのに、対峙するアレクサンドロスはクツクツと堪えきれなかった笑い声を歪めた口の端から零すばかりで、最低限の構えすら取ろうとする様子がない。
無防備で隙だらけな棒立ちのままだ。
最初は挑発か何かかと考えたロジャーだったが、どうやらそういう訳でもないらしい。
眼前の『厄災』からは戦意が欠片も見受けられない。
「……終わらせる、か。いや、その必要はないと思うぜ、ロジャー=ロイ」
「? 何を言って……」
「だってよ」
訝しげに眉を顰めるロジャーに、やはりアレクサンドロスは心底愉快そうに笑いを漏らすばかりで、
「もう終わってるぜ、その厄災遊戯」
「――……は?」
再度、思考に空白。
言葉の意味が、分からなかった。
なのに。
それなのに。
どうして、なのだろうか。
次の瞬間、まるで、アレクサンドロスの言葉の正しさを証明するかのように、そのアナウンスはロジャー=ロイの脳内に鳴り響いていた。
――【game is over:ロジャー=ロイ】




