第六話 背神の騎士団《アンチゴッドナイト》Ⅰ――再会
黒米の案内で連れてこられた空き倉庫内には、地下への隠し階段が設置されていた。
隠し階段は明らかに後付けされており、おそらくは地下の施設諸共、背神の騎士団のメンバーが作ったのだろう。
その秘密基地めいた光景は、否応無しに勇麻のテンションを上げ、子どもの頃に泉達と作った、木の上のログハウス型秘密基地を思い出させた。
「へー。なんて言うか、雰囲気あるね、ここ」
勇火が独り言のようにそんな感想を漏らす。
天空と地下。場所こそ正反対だが、そこに存在するロマンはいつまでも変わらない。
男は誰しも──大人も子供も関係なく──秘密基地が大好きな生き物なのだ。
そんなどこかノスタルジーな感想を抱きながらも、勇麻は一抹の不安を覚えていた。
暗くて狭い階段を下りながら、勇麻は先頭を行く黒米に話し掛ける。
「なあ黒米さん。こんな事聞くのも今更感がすごいんだけど、俺たちにこの場所教えちゃってよかったのか?」
背神の騎士団は『創世会』……つまりこの『天界の箱庭』と敵対している組織である。その存在は都市伝説で語られるほどで、いくつもの得体の知れない噂話を隠れ蓑にするように、この街で暗躍を続けている。
謎に満ち溢れ、多少関わった勇麻達ですら、彼らの目的も、彼らが正義なのか悪なのかも、結局よく分からずじまいだ。
というか、一応組織に所属しているハズのアリシアでさえほとんど何も知らないらしいのだから驚きだ。
そんな謎と秘密によって守られている組織の秘密のアジトらしき所に突然招待されれば、誰だって多少は不安になる。具体的には「あれ、俺ってこの辺りで口封じの為に殺されたりしないよね? ね?」といった具合にである。
そんな勇麻の不安を察してか黒米は軽く笑うと、
「大丈夫ですよ、心配はいりません。確かにこの地下への階段を造ったりしたのは我々ですが、そもそもここはウチのアジトではありませんから」
「え、そうなのか? それにしてはコレ、そうとう凝ってると思うけど」
「ああ。少なくとも一日やそこらで造れるような物じゃあ無さそうだよな」
驚く勇麻と泉の反応も予想していたのだろう、黒米は台本を読むようにスムーズに説明をする。
「言ってみればここは臨時の簡易アジトのような物です。方法は企業秘密ですが、この場所を造るのに一日も掛かっていません。例え奇襲があったとしても、その気になればいつでも放棄できるんですよ。だから、もし仮にアナタ方から情報が漏れたとしても、そこまで問題はありません。ただ、その瞬間アリシア様の監視対象がいなくなってしまうので、彼女の任務が今日で終わりになるだけです」
「サラッと怖い事言ってません!?」
情報漏らしたら消すぞと言外に言われて、飛びのくようなリアクションを取る勇麻に黒米は笑って、
「冗談ですよ、冗談。まあ悪意があってのことなら話は変わってきますが、先日のアナタ方の活躍はレインハートから報告で伺っていますし、そのような事をしない人物だと判断されたからこそ、この場所に呼ばれた訳ですしね」
黒米の口から出てきた一つの単語に、勇麻の喉が鳴った。
幸い黒米はそれには気が付かなかったようだが、勇麻が少なからず緊張している事は分かったらしい。
勇麻の突然の沈黙を、口を出さずに見守ってくれている。
「黒米さん。その、……少しお願いがあるんだけど」
「なんでしょう。私のような下っ端にできることなら、いくらでもお申し付けください」
「いや、そんな大それたお願いをするつもりは無いんだけどさ、その……俺だけ先にレアード姉弟に合う事ってできたりしますかね?」
「ええ、構いませんよ」
二つ返事で了承してくれた事にホッとする勇麻。だが泉は何の事だか聞いていなかったので、
「あ? おい勇麻。なんでお前一人なんだ?」
「泉センパイはいいんんです。話がややこしくなる未来しか見えないから。それに泉センパイには一番偉い方に挨拶をするという大事な役目があるじゃないですか。だから我慢しておいてください」
「おい、……最近お前の弟、俺の扱い方がだいぶ雑なんだが」
「そんな事ないだろ。お前の俺の扱いよりはマシだと思うぜ」
「そうそう、きっと気のせいですよ」
そんな事を言っている内に階段も終わり、目の前に鉄の扉が現れる。
黒米は、鍵も掛かっていないその扉を普通に開けて三人を招き入れた。
中に入るとそこは、結構大きな部屋だった。
冷房は掛かっていないようだが、地下にあるからか、室内は涼しい。
灼熱の地上と比べたら天国だ。
大きめのソファに背の低い高級そうなテーブル。壁にはいくつかの絵が飾られていたりする。壁際には食器棚と冷蔵庫も置いてあり、食器棚の中には高そうなティーカップや湯飲みもあった。
どうやらここで客人をもてなすらしい。
応接間というやつだ。
「では勇麻さんが用事を済ませている間、お二人は応接間でくつろいでいて貰えると助かります」
「はい。わかりました」
「おい、勝手に話進めてるんじゃねえよ、このガキ。俺はそれでいいなんて一言も――」
「泉センパイ、後で兄ちゃんがラーメン奢ってくれるそうですよ」
「――今言った所だ。さっさと用事済ませて来いよ勇麻」
「……そこで俺を使う所が何ともお前らしいよ、勇火」
気づいたらラーメンの奢りが確定していて、帰るころには炒飯やら餃子やらも奢る羽目になってそうでガクガク震える勇麻をよそに、勇火はニッコリ笑顔で手を振っている。
「では勇麻さん、こちらです」
黒米は、いくつか繋がっている通路の内の一つに勇麻を案内すると、泉と勇麻にもお辞儀を一つしていった。
黒米に案内されて訪れた部屋は、先ほどのと比べると質素で小さめの物だった。
生活に最低限必要な物を集めたらこうなるだろう、という感じの部屋だ。
だが、生活感に溢れてるという点でなら、こちらの部屋の方が勝っていると言える。
「……何の用だい。君の顔を見る事なんて二度と無いだろうと思っていたんだけどね。東条勇麻」
二人分のベッドに、小さめのテーブル。
イスも二人分だ。
そしてその内の一つに腰掛けた人物が、敵意を剥き出しに勇麻へと鋭い視線を向けている。
「レアード=カルヴァート、レインハート──」
「貴様! 気安く姉さんを名前で呼ぶな!」
ガタッと音を立ててイスから立ち上がったレアードを、姉のレインハートが片手で制した。
相変わらず表情に笑顔は無く、彼女の考えている事を読み取る事はできない。
だが、少なくとも弟の方とは違って敵意は無いようで、
「いいんですレアード。名前は私が許可したのです。会話をするのに、いちいちフルネームでは長すぎます」
「し、しかし……」
「レアード、彼は敵ではありません。むしろ私達に協力してくれた恩人なのですよ?」
諭すような姉の言い方に、次第にレアードは小さくなっていき、
「姉さんがそう言うなら……」
諦めるようにボソボソ何かを呟きながら、レアードはイスに座り直した。
相変わらず姉の言う事はよく聞く男だ。
レインハートはレアードがおとなしくなったのを確かめてから、改めて勇麻に向き直ると、
「それで?」
「え?」
「そこに座ったらどうですか? 何か私達に用があったからわざわざこの部屋に来たのでしょう?」
そう言いながらレインハートは立ち上がり、食器棚の中からコーヒーカップを取り出すとインスタントのコーヒーを淹れ始めた。
お湯をカップに注ぐ音と、立ちのぼる湯気がどこか家庭的で暖かな雰囲気を作りだしていた。
それは戦場で見てきたレインハートからはあまり想像できない光景だったので、思わず食い入るように見つめてしまう。
レインハートは慣れた手つきで淹れたコーヒーを、小さめのテーブルの上に置いた。
湯気の立ちのぼるカップを置いて何か満足でもしたのか、それきり何も言わないレインハート。
目の前に出されたこのコーヒーは飲んでいい物なのかどうかの判断がつかず、困惑していた勇麻に意外な所からの助け舟が出された。
「……チッ、姉さんがわざわざコーヒーを淹れてくれたんだ、礼くらい言ったらどうなんだ」
真夏にホットコーヒーですか? とかツッコんだら殺されそうだ。主に弟に。
勇麻はそんな失礼な事を考えながら、カップをその手に取った。
「……あ、ああ。それもそうだな。わざわざすまない、レインハート」
「いえ、これくらい客人に対して当たり前の礼儀です。それよりも、本題に入っては? この後も予定が入っているのでしょう?」
勇麻はこくりと頷くと、カップの中の黒い液体を一口、口の中に含む。
インスタントの癖に普通においしい。
コーヒーは淹れ方一つでおいしさが変わるという話を何かの漫画で読んだ気がするが、インスタントにも適用するのだろうか。
「アンタ達への用件はただ一つだ。俺は、この前の黒騎士の件で謝罪がしたい」
勇麻はコーヒーカップをテーブルの上に置くと、一度息を吸って、頭を下げた。
「俺のせいで、アンタ達にまで色々迷惑をかけてしまった。本当にごめん。……この前は有耶無耶のまま終わっちまったから、どうしてもこれだけは言いたくて」
「ですが、前にも言った通り謝るのは私たち『背神の騎士団』の方であって、アナタ方はむしろ被害者だと――」
「それでも――」
戸惑うようなレインハートの声を勇麻が遮る。
「例えアンタ達がそう思っていようとも、俺も謝らないと気が済まない。だから、本当にごめん」
勇麻は再び深く頭を下げる。
こちらの気持ちが伝わったかも、こんな物でわだかまりが解決するのかも勇麻には分からない。
それでもこれは必要な儀式なのだ。
今後、背神の騎士団とどう関わっていくことになるにしても、きちんとケジメはつけておいた方がいい。
例え、それが独りよがりでただの自己満足でしかないとしても。
「ああ、全くその通りだよ。こっちは君達の妨害のせいでどれだけ時間を食わされた事か……。あれがなければ黒騎士の追跡を受ける事も無く、安全にアリシアをアジトまで運べていたかもしれないのに」
「レアード、アナタはまた……」
頭を下げる勇麻に、レアードは切り捨てるようにそう言った。
言葉の切れ端からは敵意が、その口調からは悪意が感じられる。
だがそれでも、それが東条勇麻のあの戦いにおける評価だと言うのならば、甘んじて受け入れるしかない。
勇麻はこちらを気遣うレインハートを言葉で制する。
「いいんだ、レインハート。……レアード、アンタの言うとおりだ。俺が馬鹿みたいに乱入しなければ、あんな事にはならなかったのかもしれない。それは一つの可能性としては十分に考えられる事だし、アンタが怒るのも無理ない事だ」
「ああ、君の言うとおりだとも。本当に反省して欲しいよ」
「ああ……」
「それだけじゃない。姉さんに無礼な口を聞いたどころか拳を向け、あまつさえ殴り飛ばしもした。君は嫁入り前の女性に自分が何て事をしたのか、本当に分かっているのか?」
「……」
「その上アイツだ、あの火達磨男! アイツだけは許せない。散々姉さんの事を馬鹿にしたような態度取りやがって……あんな野蛮な男と友人だとは。類は友を呼ぶって日本の言葉は本当だったんだね」
「……………………」
「その上なんだい、僕が気を失っている間に気安く姉さんの事を名前で呼ぶような仲になっていやがると来た。不潔だね、馴れ馴れしい。……やはり、女を殴るような男は節操もないときたか。僕にとってはまさに悪夢だよ、君は――」
その瞬間。レアードに言葉の追撃を受けて、ふるふると小刻みに震えていた勇麻の動きがピタリと止まった。
それは勇麻の頭の中の何かが綺麗にプツリと切れた事を表していて――
「――ごちゃごちゃ煩いんじゃこのシスコン野郎がぁぁぁぁぁぁあああああああああああああッ!?」
ついに爆発した。
「もう無理だ。レインハートはともかく、お前に謝るのがバカバカしくなってきた。……大体いっちばん初めのヤツ以外、まともな文句がねぇってどういう事だよ!! お前の文句の四分の三以上が自分の姉ちゃん関連なんですけど!! なにか弁明したい事はありますか、シスコン戦闘員殿!!」
図星を突かれたのか、レアードは顔を真っ赤にすると音をたててイスから立ち上がった。
「は? は? はぁ? い、意味が分からないね。ぼ、僕のどの辺りがシスコンだって言うんだい? お、弟が姉を守るのは家族として当然の義務で――」
「この歳になって姉貴と同じ部屋で寝てる奴をシスコンと呼ばないで一体誰を呼ぶんだよ! てかさっきから目の焦点全然あってないからね、ブレッブレだから。めっちゃくちゃ動揺してるのがバレバレ!」
猛烈な勢いで唾を飛ばし合う二人。
そんな馬鹿二名の様子を見ながら、レインハートは額を手で押さえ、呆れたように天を仰ぐしかなかった。
どんどんヒートアップしていく二人、ついには昭和のコントのように、互いの顔がほぼゼロ距離にまで近づいている。
ほぼゼロ距離で額をぶつけ合いながら暴言を飛ばし合う二人。
やがて、口論では劣勢だと踏んだレアードは唸り声を上げて、
「ぐ、……さっきまで僕に頭を下げてた分際で……もう許せない」
「何だよ、やろうってのか? ……いいぜ。そっちがその気なら受けて立ってやるよ!」
小さな部屋の中で文字通り、血で血を洗う決闘が始まらんとしていた。
二人は、まるで何かに弾かれたように互いに距離を取る。
勇麻は怒りで燃え上がる『勇気の拳』を岩の如く固く握りしめ、レアード=カルヴァートは部屋の地面から岩の剣を生成し上段に構える。
両者は至近距離で火花を散らし、無言のにらみ合いがしばらく続く。
互いにタイミングの読み合い。
ここをしくじれば勝敗は決し、一方的な攻撃を受け続ける事になりかねない。
一触即発の空気の中、互いの殺気が部屋中に充満していく。
そんな殺伐とした空気を、彼らの頭上から脳天目掛けて降ってきた二つの金ダライが粉々に打ち砕いた。
頭の先からつま先まで、衝撃が一息に駆け巡る。
レアード=カルヴァートと東条勇麻。それぞれの頭にピンポイントで直撃した金ダライは、そのまま床に落下すると、弾けるようにその場で砕け散った。
周囲へ光の粒子が飛び散った。
酷くシュールな光景だが、当事者の二人からしたら、たまった物では無い。
いきなり降ってきた予想外の衝撃と痛みに悶え転げる二人。ギャグの一言で片づけるにしてはそれこそオーバーキルな威力だった。
金ダライ芸をする芸人は割と身体張っていたんだなー、と現実逃避気味にそんな事を思う勇麻。
(いったた……意味が分かんねえよ。金ダライって、一体誰が――)
頭をさすりながらそこまで考えた所で、部屋のドアノブがくるりと回転した。
開いた扉の先、立っていたのは一人の男だ。
一八〇センチはあるだろう大きな身体。色のくすんだ、疲れたような金髪。サングラスをかけ顎鬚をはやした中年のその男は、どっからどう見ても日本人ではない。
その男は、口元にタバコを咥えながら部屋の中をぐるりと一度見渡すと、ニヤリと笑みをその顔に浮かべて流暢な日本語でこう言った。
「随分と仲良くなったみたいで、おじさん安心したよ。……けど、ここは一応仮とは言えアジトなんでね、あんまりドタバタ騒がれると色々困る訳よ。分かるかな……?」
ポカンとしながら眺めていると、その視線に気が付いたのだろうか男は頭を搔いて、
「ああ、スマンスマン。自己紹介もしてなかったね。でもまあ、そっちの用事も済んだみたいだし、こんな所で立ち話も何だ、そろそろ本題にはいんないかい?」
男は笑みを少し強張らせて困ったように、
「ていうか、正直に言うと君のお友達が退屈まぎれに暴れ出しかねないんだよね」
☆ ☆ ☆ ☆
カルヴァート姉弟の部屋を出て、勇麻が案内されたのは少し大きめの部屋だった。
会議場に使われているような大きなテーブルに、高価そうな椅子がいくつも並べられている。
こちらはどちらかと言うと、組織内での大事な話合いに使いそうな雰囲気だった。
すでに泉と勇火はその高そうな椅子に座って待っていた。ちなみに黒米はその横で何も言わずに静かに立っている。
勇麻も泉の隣の席に腰を下ろした。
男は吸っていたタバコを灰皿に擦り付けて、潰すと、
「さて、と。とりあえず自己紹介でもしておくべきかな。えー……ゴホン。俺はテイラー=アルスタイン。一応、『背神の騎士団の副団長を務めている者だ」
テイラーは勇麻達の顔を一通り見渡してから、
「まずは我らの団長の呼びかけに応えてくれてありがとう。『背神の騎士団』副団長として心からお礼を申し上げる」
そう言って頭を下げる男に、泉は強めな語調で尋ねた。
「で? その、俺らを呼んだって言う一番のお偉いさんはどこにいるんだ?」
待たされたのが不満だったのか、心なしかイライラしているようにも見える。
対するテイラーは落ち着いた様子で、慌てる事も無く柔らかな物腰で対応する。
「いやー。本当に申し訳ない。団長は今任務で忙しくてね、こっちには顔を出せそうにないんだ」
「チッ、気に食わないぜ。人の事をこんな所にわざわざ呼んでおいて自分は顔すら見せないってのかよ」
「……泉センパイ落ち着いてください。目の前の人だって十分に偉い方なんですから……ッ」
勇火は泉の耳元で囁くように、小声でそう言った。
それを受けてテイラーは気持ちよさげに笑い出す。
「はははっ、元気がいい子ども達だ。……まあそれに、偉いと言ってもそんな大した物じゃないしね。我々のボスは出かける事が多いから、その間の指揮をまかされてるってだけなんだ」
「でもそれって全権代理って奴だよな?」
勇麻の問いにテイラーは頷き、
「とは言っても、おじさん一人でここのアクの強いメンバーを纏めるのは無理な話だよ。俺がこんな頼りない感じなんで副団長がもう一人いるくらいだからね。だから世間で言う全権代理って程、俺に全ての権利が集められてる訳じゃない」
「もう一人? 三人ならともかく二人だと、三権分立じゃないけどさ、片方に勢力が偏ったりして組織的に色々と面倒な派閥争いとか起きるんじゃないの?」
「ああ、その心配ならいらないよ。そのもう一人の副団長様はかなりおっかなくてね。おじさん、逆らう気にもなれないから、派閥争いなんて起こりようもないんだ」
たははと、どこか気恥ずかしげに頭の後ろを搔くテイラーに泉はこれ見よがしに舌打ちした。
誰が相手だろうとブレない泉の態度に苦笑しそうになるのを懸命に堪える。
勇火はさっきからハラハラしているみたいで、せわしなく視線が泉とテイラーの間を行ったり来たりしている。
「おい、こんな頼りない奴が幹部で本当に大丈夫なのかよ」
「まあテイラーさんは騎士団の中でも古株ですからね。団長からの信頼も厚いんですよ。それにこう見えて相当の使い手なんですよ?」
「おい黒米、こう見えては余計だろう、こう見えては」
「……これは失礼しました」
テイラー=アルスタインの実力は、完全なるブラックボックスだ。
勇麻がいままで出会ってきた大物と彼には、決定的な違いがある。
例えば黒騎士。身近な例だと天風楓。そして黒米やカルヴァート姉弟と対峙した時に感じた、圧倒的強者の持つ一種のプレッシャーのような迫力を彼からは何も感じないのだ。
彼が戦っている姿もその力も、予想も想像もできない。
正直に言って、この男が背神の騎士団の副団長だと言われても、失礼な話だが勇麻は少し首を捻ってしまう。
「まあ、おじさん戦闘は得意じゃないし、頼りないってのは事実だけどね。その代わりに俺以外のメンバーが強い奴ばっかりだから、バランス取れてていいと思うんだけどね」
「そこまで開き直られるといっそ清々しいな……」
一周回って尊敬するという調子で泉はそう呟いた。
テイラーはタバコの先端を灰皿で軽くリズムを取るように叩く。
「まあ、くだらない話はこの辺りで終わりにして、そろそろ話を先に進めたいんだけど……いいかい?」
テイラーはサングラスの奥の瞳をギラリと輝かせて、そう言った。
いや、訂正しよう。……確かに、テイラー=アルスタインが時々見せるその仕草には、底が知れない物があるかもしれない。サングラスで表情を隠し、何を策略しているかも分からない男を前にして、勇麻は改めて気持ちを引き締めようとした。
何と言っても相手は背神の騎士団の全権代理。警戒していて損をする事はないハズだ。
そんな勇麻の緊張感は、
「ここか根暗サングラス!」
部屋中に響いたそんな罵倒と、蹴り開けられたドアの発する轟音とで粉々に打ち砕かれてしまったのだった。
「ひっく。おい! アタシとの約束すっぽかして何やってんのよ、このアンポンタン! ……ひっく」
部屋の誰にとっても予想外の出来事だったのだろう。テイラーは額を押さえて力なくうな垂れているし、黒米は騒動に巻き込まれないように、音も無くいつの間にか部屋の隅へと移動している。
予想外の闖入者は二十代半ばくらいの年齢の美女だった。
肩にかかるくらいの赤い髪の毛は無造作に伸び散らかっていて、あまり丁寧に手入れをしている印象はない。その割に前髪は眉毛が見え隠れするくらいの長さに整えていて、勝気な釣り目が顔を覗かしている。
身長は勇麻と同じくらいで、女性としてはかなり大きな部類に入るだろう。
勇麻より年上の大人の女性……と言うには上品さからかけ離れた格好をしているのが少し勿体ない。
磨けば光り輝くだろうに本人にその自覚が無いのだ。
こんな時間から酒でも飲んでいたのか、綺麗な顔は真っ赤に染まっていて、酔いが回っているのか身体はフラフラと揺れ動いている。
スタイルが良いにも関わらず、肩の部分のずれ落ちたヨレヨレのタンクトップにホットパンツ一枚というラフというか、露出度の高すぎる格好をしていて、目の置き所に困る。
綺麗な生脚は太腿の付け根のところまで見事に露出。脚が長いのがいい方向に災いした結果、誘蛾灯のように怪しく男を誘惑している。
下半身以上に危ないのが胸元だ、零れんばかりに豊満な胸がタンクトップを隆起させているせいで色々ヤバい事にななってしまっている。胸の部分に布を持って行かれるせいで丈が足りなくなっているのか、おへそがこんにちは。特に胸の谷間が丸見えな辺りが非常にマズイ。
一言で総括するとハンパなくエロい。
男子勢の視線が確実にエロいお姉さんに釘付けになり、そしてその後ゆっくりと首を回して一同揃って説明を求めるような視線をテイラーに向けた。
テイラーは困ったように頭をがしがし掻き毟り、
「あー。ええーと。これ、紹介しなきゃダメな流れなの?」
直後エロいお姉さんがヘッドロックをテイラーにぶちかまし、男どもが乳に潰され窒息しかけているテイラーの状況に色々な意味で戦慄する、という混沌とした事態が発生したのだった。




