行間Ⅰ
今からおよそ五〇年前、変化は突如として起こった。
ギリシャのとある田舎町で物理法則の限界を超える超常の力──後に『神の力』と呼ばれる異能を宿した人間が確認されたとの報告が挙げられたのだ。
最初は誰もがその情報を疑った。
真剣に受け止めない者、鼻で笑い飛ばす者、反応は様々なものだったが、どれも否定的な物ばかりだった。
だが、最初はたった数件しか確認されなていなかった異能力者の報告が、わずか一週間で数百万人分にも及んだ時点で大パニックが起きた。
後に言う『世界終末の四十五日間』だ。
それまで普通だった人間が、突然漫画やアニメの世界のようなおかしな力に目覚めて暴れだす光景は異様としか言いようがなかった。
ある者は掌から炎を吹き出し、またある者は自分の身体の大きさを自在に操れるようになった。
海で呼吸する者、宙を歩く者、鉄を食べる者。
秩序は崩壊し、世界を暖かく支配していたはずの法則とやらは全て意味の無い物に変わり果てた。
世界を縛っていたルールは崩れて壊れ、世界中が混乱に包まれた。
あれ以上に混沌という言葉が似合う光景はなかなか無いだろう。
それぐらいに世界は変わり果ててしまったのだ。
白人、黒人、黄色人種、男、女、老人、若者、子供、赤ん坊、学校の先生、歯医者、警察、パン屋のおじさん、エトセトラ……。
力に目覚める人間は様々で、いつ誰がどんな力に目覚めるのか誰にも分からなかった。
ある者は己の力に歓喜し、またある者は己の強大すぎる力に恐怖した。
ある者は自分は化け物になってしまったと嘆き、ある者は自分達は神になったのだと狂喜した。
最悪なのは犯罪者が力を手にしてしまった場合だった。
何人もの犯罪者が牢を破壊、脱獄し、たくさんの死者が出た。
人々が異能の力を持つ人間に恐れを抱き、化け物扱いし、差別が始まるのに時間はかからなかった。
異常な人間を炙り出しては集団で拷問にかけ殺す。
まさに中世の魔女狩りだ。
どこの誰が力に目覚めたらしい、あの一家は全員が化け物になっちまったらしい。呪われているから近づくな。
そんな噂ばかりが広まった。
異能力者の疑いを持たれた一般人が、拷問され殺される事もあった。
身内から異能力者が出た者が殺されるケースなんて、別に珍しくも無かった。
最初の一人が発見されてからわずか1ヶ月と少しで、世界は壊滅的な混乱へと追い込まれた。
誰もがもう人類は駄目だ、とそう思っていた。
だが、そんな中で化け物と化した人々を救ったのが、後に『天界の箱庭』と呼ばれる街だった。
好き勝手に暴れまくる犯罪者達を独自の兵器で全て鎮圧し、いきなり訳の分からない力に目覚めてしまい途方にくれる人々を次々に保護していった。
保護された人々が、自分の力を暴走させないよう、『神の力』を研究する為の施設を完成させ、化け物と化した彼らに自分を保つ術を与えた。
異能力者達の人権を勝ち取り、化け物達は人としての自由を得た。
やがて、彼らが保護された島は『神の能力者最後の楽園と、そう呼ばれるようにまでなったのだ――
――現在、この世界に生まれてくる子供は皆『神の力』を宿している可能性を秘めている。
外の世界は未だに異能の力に対して理解が少なく、力を宿していると分かれば赤ん坊にさえも冷たく当たる。
彼らが本当の意味で幸せな生活を送れる日が来るのか、それは分からないが、それでも彼らは同じ異能を抱える同胞と共に、太平洋に浮かぶ孤島で生きている。
天界の箱庭で笑いあい、時にはケンカもして、世界から切り離されようともそれでも生きている。
『神の力』が確認されて五〇年が経った今でも、この異常な力が発生した原因は解明されていない。