新規ダウンロードコンテンツ:非公開の物語③
※※※人類終了により停止していた叡知の収集、更新作業について※※※
観測可能範囲から人類反応の消失を確認した為、本書が行っていた人類叡知の収集作業を現在一時停止中です。
復旧作業の結果、契約者である主とその祭壇を中心に構成された各『魔力点』を繋ぐ『赤い線条』を経由する事で強い感情を擁する物語を収集する事に成功しました。
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それは、弱肉強食の世界へと放り出される前の事だ。
その頃の彼には、まだきちんとした家族がいて、当たり前のように家族の団欒があった。
その団欒の中に、妹がいたのを覚えている。
兄として、何か特別なことをした訳ではなかった。妹が生まれたばかりの頃は自分の方が五つも年上だった癖に母を取られた寂しさと嫉妬からいじわるをした事だってある。
『お兄ちゃんなんだから優しくしなさい』
そんな言葉を一体何度言われた事か。
勿論、妹より何年も早く生まれた以上、自分が兄なのだという事は分かっている。少なくとも、救いようのない馬鹿で愚かな餓鬼だった当時の自分はそんな簡単な事は分かっているつもりだった。
だが、実感が湧いてこない。
妹を自分が守らなければいけないという事は分かるのに、何からどうやってどうして守ればいいのか分からない。
ほんの少し前まで此処にはなかったはずの小さな命に、少年は戸惑っていたのだろう。
そうして、妹を守るという事がどういう事なのか。兄とはどういう事なのか。結局、少年がソレを理解する日はやって来なかった。
小学校入学前の力測定にて、少年が神の能力者である事が発覚したからだ。
それは、温かな家庭を崩壊させるには充分すぎる出来事だった。
神の能力者である事が分かっても母の息子への愛は変わらなかった。けれど、父は違った。
神の能力者差別派の父は、バケモノを産んだ母と彼女が抱く幼い娘とを汚物でも見るかのように蔑み、彼女たちへ対して心を切り刻むような罵倒をいくつも残して家から去っていった。
少年は未知の楽園への移送が決まっており、母は僅か一歳の妹を背負って独りで生きていかねばならなくなってしまった。
少年は世界の破滅を見た。
たった一つの真実が、この世を終わらせる瞬間を。
一変した少年の世界は暴力で他者を蹴落とし、利用する、自分以外の全てを餌か食い物としてしか見ていないようなそんな場所だった。
そんな世界で自分が生きていくのに必死だったが為に、離れ離れになったかつての家族のことなど考える余裕はどこにもなかった。
だけど、最近になってそんな世界も少しは変わって、少年から青年へとなっていた彼も、何かを変えられるようなそんな気がしていたのだ。
世界なんてものが、本当の意味で終わりさえしなければ。
終わった世界で始まった世界は狂っていた。
第二の故郷の弱肉強食が可愛く思える程にここでは弱者に権利がない。価値がない。意味がない。
だから、必死だった。
自分の価値を無くしてしまわないように。喰われることだけは避けられるように。必死で他者を蹴落とし利用し喰い破って来た。
まるで、かつての己を繰り返すように。
だけど、上級奴隷になる事が出来れば。それさえ出来れば、もう一度何かを変える事が出来ると思っていたのだ。
きっかけなんて、些細なものだ。
顔もよく覚えていない、自分と同じ髪色同じ名字を持った妹らしき人物がこの王国にいるという噂を聞いた。ただそれだけの話。
何でそう思ったのかも、結局のところよく分からない。
ただ、兄は妹を守るものだという母の懐かしい言葉が脳裏に蘇ってきて、やり方なんて何一つ分からないけれど兄貴らしい事を一度くらいはやらなければならないような気がしたのだ。
かつてのような自分本位の暴力や裏切りばかりの血に塗れた日々に戻ってしまったとしても、その想いだけは譲れない。揺らがない。そのハズだったのに。
なんてことはない。青年が己自身の胸に誓った約束は、あと一勝を前にしてあっけなく砕け散ったのだ。
……顔も覚えていない妹を助けたい。
兄として生まれたのだから、兄らしいことをしてみたい。
誰かの為の高尚な願いならば、正義の行いならば、善き行いであれば、勝利を得る事が当然であるなどと果たして誰が言ったのか。
何も分かっていなかった。自分は酷い勘違いをしていたのだ。妹と同じかもう少し下くらいの少年に負けて、彼は最大の間違いに気付いた。
この狂った世界に降り立って、かつて弱肉強食の世界を生き抜いた暴力や裏切りばかりの血に塗れたあの日々の自分に戻ったのだと勝手にそう思っていた。
けれど自分はあの頃の自分になんて戻れていなかった。
己が戦う正当な理由を得てしまった彼は、自分の勝利を無意識のうちに信じてしまっていたのだから。
戦うことは生きる事で。生きる事は戦う事だ。
そこに正義も悪もない。正しいから勝つのではない。強いから勝つのだ。そんな単純な弱肉強食の掟を忘れ、自らの境遇や立場に酔って浮足立った青年が敗北するのはおそらく必然だったのだろう。
何か変われるかも知れない。そんなことを想った青年の、それが結末。
何も変わらず、何にも至れない。物語になどなり得ぬつまらない現実だった。
そして、価値を失った敗者の末路というヤツは、物語よりも現実のほうがよっぽど悲惨と相場は決まっているのだ。
この日、敗北を喫したサネ=ナルバエスは剣闘奴隷の資格を失い『プラント』堕ちした。
その後、闘技場や街中で彼の姿を見た者は誰もいなかった。




