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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
最終章 承/弐 人世ノ業、詠イ奏デルハ『厄災遊戯』――醜ク愚カナ『人間』ノ物語ヲ貴方ニ
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第四十六話 一月三日 記録Ⅲ――女王起源/原初の恐怖にはじまりて

 〇月□日(土曜日)

 監禁十六日目。二日ぶりにエリザが監禁房を訪れた。どうも神の力(ゴッドスキル)の干渉力や精度を測定する検査やその準備で忙しかったらしい。

 これからしばらくは訓練も休みになるとの事だが、それにしてはいつもに増して沈んでいるように見える。それとなく理由を尋ねてみると、久しぶりに例の男の子に会ったからのようだ。

 どんな事を話したのかについては固く口を閉ざして喋ってくれなかったが、しばらく関係のない雑談をしているとおもむろに世界の平和について尋ねられた。

 漠然とした問いかけは子供特有のものだろうか? 自分なりに真摯に言葉を返したつもりだが、エリザの揺れる瞳がどうにも不安と焦燥を掻き立てる。


  

 〇月〇日(火曜日)

 監禁十九日目。思った以上に交渉が難航している。というより、進展がない。どうやらこちらの予想以上に施設の研究者たちは例の神の子供達(ゴッドチルドレン)の男の子に掛り切りらしい。

 というのも、ここ数日エリザはかなり長い時間を監禁房の前で過ごしている。施設の研究者から職員を含め、多くが例の男の子の神の力(ゴッドスキル)の検査や測定に関わっていて、上へ下への大騒ぎらしく、今まで三日に一度のペースで私の元へ交渉に訪れていた職員もまったく顔を見せなくなった程だ。

 私の監禁の長期化の話になるとエリザは喜んだが、次の瞬間には私の目の前で喜んでしまった事に罪悪感を覚えて謝り、私の事を心配してくれた。

 エリザは自分の感情だけではなく、相手の気持ちもちゃんと考える事が出来る優しくて聡明ないい子だ。彼女との関わりが深まる度に、こんないい子達が不当な差別と苛烈な排斥を受けている現状は間違っていると強く感じる。

 取材中に特定の個人に入れ込んでしまうのは記事の客観性を損なう行為だと分かっているが、それでも彼女の為にも神の能力者(ゴッドスキラー)達の境遇改善に向け、自分に出来る事に全力で取り組もうと決意を新たにした。




 〇月◇日(水曜日)

 監禁二十二日目――








☆ ☆ ☆ ☆








 ――この日も、エリザベスはミクの元を訪れた。

 とくにこれといった目的がある訳ではない。

 ただ、施設の中で彼女が唯一安らげる場所がミクの元である以上、大人たちの姿がなくなった今、自然と少女の足はそこへ向かうようになっていた。

 

「こんにちは。ミク、遊びにきたわ」

「あら、こんにちは、エリザ。今日も訓練はお休みなの?」

「うん、今日も指示あるまで自由行動だって」

「それで今日も此処に来た、と。アナタも物好きな子ですわね、エリザ。自由時間が増えたなら、その分もっと楽しいことをして遊んでもいいと思いますわよ? 例えば、他のお友達と遊んだりとか――」

「いいの、わたしはミクとお話するのが楽しいんだもん。……それとも、ミクはわたしと話すのつまんない?」

「……ごめんなさい、少し意地悪を言い過ぎましたわね。何を隠そう、わたくしの毎日の楽しみはエリザとお話をする事ですもの。だから、そんな悲しそうな顔をしないで、ね?」

「……うん。わかった。しょうがないから許してあげる。えっとね、それでね、ミク――」


 ――何気ない話をする。


 昨日、眠っている間に見た夢の話。

 今日、眠っている間に見たい夢の話。

 明日、眠っている間に見るだろう夢の話。

 取るに足らない夢と空想の話を重ねていく。


 エリザベスは夢が好きだった。

 何を恐れることもなく、何に怯える必要もない。

 現実世界では独りでいることを望む彼女が、唯一友達と一緒に在れる場所。

 夢の中では彼女は独りぼっちじゃなかった。友達と仲良く話して、笑って、一緒に遊ぶ事が出来る。

 自らの全てを曝け出しても何も壊れずに済む、夢と空想の世界だけが彼女が自由でいられる場所だったのだから。

 

 そして、そんな大好きな話を心置きなく話す事ができるミクの事が大好きだった。


「ねえ、ミク。さっきあんなことを言ったのは……」

「――エリザ、違いますわ。わたくしは、ただ……」

「ううん。いいの、わたし分かってるよ。ミクがここから出て行っちゃったら、わたしはまた独りになっちゃうから。だからミクは、わたしに他の友達も作って欲しいと思ってる。わたしを心配してくれてるんでしょう?」


 ……今まで、誰にも打ち明けてこなかった事がある。

 エリザベスはいつだって何かに恐怖を覚え、沢山のモノに怯えていて、でも目の前の彼女だけは――未久島未来だけは怖くなかったから。


 だから、彼女にはもっと、自分を知って貰いたいと、生まれて初めて思ったのだ。


「……あのね、わたし。人が怖いの」


 ぽつり、ぽつりと。

 雪解けの水が屋根から滴るように少しずつ、ミクは時折押し黙るようにして休憩を挟みながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく。


 ミクはエリザベスを急かしたりしない。

 黙って、優しく頷いて、ゆっくりとミクの中の思いが言葉という形を見つけるのを待っていてくれる。


 そんなミクの心遣いが嬉しくて、二人の間を流れる沈黙の時間すら愛おしくて、エリザベスは懸命に自分の中にある想いを言葉という形にはめ込んでいく。


 誰かに想いを伝える為に。

 自分の想いを伝える為に。


 それは、孤独であることを望んだ少女が初めて自ら望んで得ようとする繋がりだった。


「わたしの神の力(ゴッドスキル)はね、人の敵意とか、悪意とか……他者を傷つける為の力。そういう力の矛先を感じ取れるの」


 隣にいる人が他者を傷つける力を持っていると分かってしまう。

 優しいと思っていた友達が暴力の衝動に打ち震えている事に気付いてしまう。

 友達だと思っていた誰かの敵意に勘付いてしまう。

 他者を虐げ支配しようとする両親の傲慢で残虐な暴力性を理解してしまう。


 だから人が怖い――訳ではないのだと、エリザベスは寂しそうに笑った。


「わたし、分かるの。わたしがその気になれば、その人達全部を支配して、その力を思い通りにできてしまうんだ……って」


 自分に向けられる力全てを支配する力。

 それこそが、彼女に宿った神の力(ゴッドスキル)なのだと、エリザベス=オルブライトはその力を御しきる前から己の本質を理解していた。

 そして、そんな力を最初からその身に宿していたからこそ、誰かを支配する事に何ら興味が湧かなかったのだ。


 彼女にとって転機となったのは小学校への入学だ。と言っても、小学校そのものではない。

 入学前の力測定スキルスキャンそこで判明した娘に宿る力の正体を知り、彼女の両親は壊れたのだ。


 〝何故それだけの力がありながら、私たちを支配しようとしなかったのだ〟

 検査を担当した医者を口止めした彼らから言われたのは要約するとそんな事で。

 怒りと羞恥と憎悪と恐れと絶望。それら負の感情をないまぜにして、真っ赤になって遠巻きから唾を飛ばす彼らの姿はあまりにも痛々しくて見苦しかったから、そんな疑問に真面目に答えようとも思わなかった。


 ――馬鹿馬鹿しい。

 彼らからの問いかけに抱いた感情はただそれだけ。レベルカンストの勇者が、今更始まりの街周辺のスライム駆除に躍起になってどうすると言うのか。そんな退屈な作業に精を出す馬鹿はいない。その逆に、レベル一のスライムから攻撃を受けて痛がるカンスト勇者だっていない。

 だから、彼らをその力で支配する気にもならなかった。

 

 同時にそんな娘の達観をこそ、彼らは恐れた。 

 他者を支配し意のままに扱える力をその身に宿しながら一向に誰も支配しようとしない我が娘を、しかし生まれてから今まで支配するように高圧的に育ててしまった自分たちの未来とその末路を悲観して被害妄想を積み重ね、実の娘に殺される恐怖に怯えるだけの毎日に、彼らの精神はどんどん擦り切れ壊れていってしまったのだ。


 そんな風に自分のせいで壊れていく両親を見ているのが嫌で、エリザベス=オルブライトは自らの意志で未知の楽園(アンノウンエデン)へ。そしてこの施設へと引き取られたのだ。


 ……躾以上虐待未満の行為を繰り返す両親を愛していたのかなんて、今となってはよく分からない。

 ただ、エリザベスは両親を恨んだことも憎んだことも嫌った事もなかった。


 高圧的で支配的な態度も過剰な躾も暴言も暴力も、その全てがエリザベスの気紛れ一つで無為に帰す儚い幻だと知っていたから、その様を滑稽であるとさえ感じ、憐れんでいたのだ。

 もしかすると、両親に向ける『可哀想』という感情をこそ、幼い頃の彼女は両親への『愛情』と勘違いしていたのかもしれない。


 冷たく、射殺すようだと両親が恐れた彼女の視線が殺意ではなく道端のアリ見下ろすような無関心と憐憫が合わさった類いのものだと彼らは最後まで気付けなかったように。

 

「わたしの力は人を傷つける事しかできないわ。その人の人格を無視して、力を縛りつける力。……ううん、力を支配できるわたしという存在そのものが常に誰かの心を縛ってしまう。だから、わたしは人と関わるのが怖い」


 他者を支配する者(ジブン)が怖い。


 他人を傷つける事しか出来ない、血の繋がった家族ですらも壊してしまう自分が恐ろしい。


 有象無象(自分以外の人々)無価値スライム扱いしておいて矛盾するようだが、それでも彼女は他者の命そのものまで否定し蔑もうとは思えなかった。

 だから、勇者は勇者の剣を抜かないのだ。

 だって、彼女がその力を振りかざせば、周囲の有象無象スライムはそれだけで恐怖に壊れてしまうから。

 だからこその恐怖であり、忌避感だったのだろう。


 それはどう足掻いた所で彼女の本質が命を破壊(否定)する者ではなく命を支配(肯定)する者だったからなのか。それとも――


「敵意をぶつけられた時、わたしはその人をどうしてしまうか分からない。でも、ミクはそうじゃなかった。戦う力も持っていなければ敵意もないミクだけは支配しようがないからなのかな? だからこんなにも一緒にいて安心できるのかな……?」

「エリザ、アナタ……」


 こうしている今も未久島未来からは敵意も害意も暴力性の欠片も感じられない。

 それがエリザベスの心を安心させると同時に、彼女がこの世界の何よりも輝いて見えるのだ。自分では支配出来ない未久島未来という少女にこそ、エリザベス=オルブライトはどれだけ大きく綺麗なダイヤモンド以上の尊さと価値を覚える。

 そして、こんなどうしようもない自分を明らかにした今、全てを知ったミクから失望の眼差しを向けられる事が何よりも恐ろしかった。

 生まれて初めて大好きになった人に嫌われるのが、怖かった。


 ……どうしてこんな事を喋ってしまったのだろう。今更になって、そんな苦い一抹の苦い後悔を覚えるくらいには。


「ねえ、ミクはこんなわたしが怖いって思った? 思ったわよね、きっと。でも、いいの。最後に、誰にも言えなかった事を言えたから、わたしは――」

「――馬鹿にしないでほしいですわね」


 諦めたように俯き自嘲していたエリザベスの耳朶を、そんな凛とした声が震わせる。


 驚くようにして顔を上げたエリザベスの視界に飛び込んできたのは、自信に満ち溢れた満面の笑顔。

 そして、エリザベスを優しく包み込むような、柔らかな慈愛の視線だった。


「ねえ、エリザ。わたくしがどうしてジャーナリストになろうと思ったのか、アナタにはまだ話していませんでしたわね」

「う、うん。真実を伝える人だっていう事しか、聞いてないわ」 

わたくしは、皆で仲良く笑い合える世界になったらいいなと思って、ジャーナリストになりましたの」


 ミクは幼い頃の出来事をエリザベスにも分かるように語って聞かせた。

 小さい頃、好きな男の子がいたこと。その子が普通の人間ではなく、エリザベスと同じように異能の力を宿した神の能力者(ゴッドスキラー)だった事。

 ……それが原因で悲しいお別れをした事。

 そしていつか、彼が神の能力者(ゴッドスキラー)だった為に起こってしまったような悲しい出来事が世界から無くなればいいなと思った事。

 全てを赤裸々に。一切の誤魔化しも脚色もなく、全て、話した。


「……もしかしたら、わたくしの夢は最初から世界平和で、それを実現したくてこういう道についたのかもしれませんわね」


 囁くような呟きがエリザベスの頬を撫でていく。それは、どこか触れる事を躊躇わせる音色を伴っていた。

 未久島未来が語った夢。

 彼女が語る未来とは神の能力者(ゴッドスキラー)も人間も関係なく笑っていられる世界だった。

 それを子供でも分かるように言語化した時、それは『世界平和』という至極単純な単語となってミクの口から自然と零れ落ちていたのだ。

 

 勿論、それがいかに難しい事か彼女は分かっている。それでも、エリザベスを前に変に格好つけて現実的に大人の目線で自分の気持ちを誤魔化すことを彼女は良しとしなかった。

 勇気を出して打ち明けてくれた目の前の女の子の想いに応える為にも、ただシンプルに、己の心の裡にある幼い少女のような無垢な想いをまっすぐ伝えねばと思ったのだ。


 ……先の呟くような言葉は、自身が思わず口に出したあまりにも壮大な単語への自嘲だったのだろう。

 ――諦めろ。

 そう大人に言われてへそを曲げ意固地になる子供のような、一切自分の落ち度を認める気も主張を鞍替えするつもりもない、反抗期のお嬢様(じゃじゃ馬姫)の当て付けだ。



「皆で、笑い合える……世界平和……それって、本当に叶うの?」


 未久島未来は差別や偏見、それらを原因とする争いも悲劇もない世界になればいいなと自分は心の底から本気で願っていて、そんな馬鹿げた絵空事の為に活動しているのだと、彼女はエリザベスの対等な友人として、自分の青臭い夢を少しだけ恥ずかしそうに語ってくれた。

 だから、自分も真摯であろう。真面目に本気で全力で、世界を変えたいと願うこの人に、嘘をつかずに向き合おう。そう思ったからこそ、そんな当然の質問が口を突いて出る。


 だって、『平和』……なんて言われても、あまりうまく想像できない。それが『世界』なんて大きな規模になったらそれこそさっぱりだ。誰もが仲良く、差別や偏見もなく皆で笑い合える世界なんて言われてもちっともピンとこなくて、それが何だか、どうしようもなく怖いと思った。


 ――『世界』なんて簡単に、いつでも支配できる。

 そんな全能感に酔っていたのが恥ずかしくなってしまう程に、エリザベスはミクの言葉に不安を覚えた。……それはきっと、『支配』から『平和』へ目的が変わったからなのだろうが、自身の細かい心の機微にまだ幼い彼女は気付かない。


「……どうでしょうね。確かに、アナタが自分ひとを怖いと思ったように、世の中にはアナタがた神の能力者(ゴッドスキラー)を恐ろしいと思っている人がたくさんいます」


 世界平和がミクの願いであるとするならば、やはり自分がミクの隣にいるのは相応しくないのではないだろうか。

 そんな暗い気持ちが再度どす黒い津波となって押し寄せて来て、


「けれどわたくしはそうは思わないわ」


 まるでエリザベスの心を読んでいるかのようなタイミングで、未久島未来はエリザベス=オルブライトを怖いとは思わないと、エリザベスの目を見たまま真っ直ぐに告げてきた。

 だから、否定なんてして欲しい訳がないのに、


「……どうして、なの?」


 その眩しいくらいの真っすぐさに思わずそんな言葉が漏れた。


「どうして、そんな風に言い切れるの? わたしがその気になったら、きっと世界だって滅ぼせちゃうんだよ? 誰よりも簡単に、平和な世界なんて壊せちゃうのがわたしなんだよ?」 


 エリザベスの力は力を支配する力だ。

 それは使い方を誤れば世界を騒乱と悲劇に満ちた混沌にも――エリザベスには詳しいやり方までは分からないが――うまく使えば争いの根絶と平和にも繋がるだろう。

 だが、純然たる事実として彼女は生まれついての支配者であり、それもおそらくは己以外の全てを蔑ろにし強引に従える暴君としての素質を有してこの世に生まれた怪物である事は否定しようがない。


 力そのものに罪はない。

 そんな言葉をよく耳にするが、はじめから他者を支配する事が前提の力などという罪深い力は、存在そのものが世界にとっての毒なのだ。


 エリザベスは自身の怪物性を自覚していた。

 己とその力により人を傷つける事を恐れ、それ故に支配によって平和に至る可能性ごと己の力の使用を放棄しようとしていた。


 正義と平和を成す力を持つ者がそれを振るわない怠慢が悪なのか善なのか、結局彼の問いかけに答えられなかったエリザベスには答えが分からない。


 けれど、世界平和を夢見るミクからしてみれば、エリザベスの存在そのものが世界を壊してしまう悍ましい存在である事は間違いないだろう。

 そして、それだけではないのだ。

 エリザベス=オルブライトとは、目の前にある『平和』という可能性を手を伸ばす努力をするまでもなく放棄しようとする許し難き怠惰な悪魔なのではないだろうか。

 ……そう、彼女にとっての自分を予想する事は出来た。


 だから、嫌われる。

 そう思っていたのに。

 覚悟だって、ちゃんと、決めていたのに。

 それなのに、それなのに一体どうして――……。


「だって、アナタはちゃんと人の痛みが分かる子なんですもの。自分の力を怖いと思えるアナタならきっと大丈夫。力の使い方を間違えたりしないって、わたくし信じられますわ」

「分からないわ……そんなの、だって、わたし……」


 ……わたしは、そんな風に思って貰えるような、誰かの信頼に応えられるような強い人間じゃない。ただの臆病な弱虫なんだって、否定しようとするのに。


「分かる、分かるわ。そんな風に自分を疑い続けるアナタが、どれだけ自分の力に悩んできた優しい子かって事くらい。だってわたくし、真実を追い求めるジャーナリストなんですもの。わたくしの瞳に見抜けない真実コトなんてありませんわ」


 エリザベスの否定を、未久島未来は許さない。許さず、その馬鹿げた自傷をねじ伏せるように全てを肯定で包み込む。

 安心させるような優しい口調で受け入れられて、そんな風にイタズラげな笑みを見せられてしまったら、もう否定なんて出来なくて、限界になったモノが瞼の奥から溢れてきてしまって、

 

「う、ぁ……うわああああああぁぁんっっ!! ミクぅっっ……!」


 気づけば少女の身体は動いていた。

 目の前の鉄の柵など無視してミクに温もりを求めるエリザベスに、ミクもまた鉄柵越しではあるが微笑んで応えた。


 柵越しに額を重ねる。

 伸ばした手が檻の中で優しく包み込まれる。初めて触れるミクの掌は優しくて暖かくて、エリザベスよりも大きく頼もしかった。


「うぅ、ううう……こわがっだ、き、嫌われるんじゃないかって、こわがっだよぉおおおおおお……ッ」


 それは生まれて初めて感じた種類の恐怖で。だけど、今となってはそんな恐怖さえも愛おしく思えるのが不思議で、嬉しくて。


「大丈夫ですわ、エリザ。他の誰が何と言おうともわたくしは信じていますもの。だから、アナタを怖がったりなんかしませんわよ」

「……すん、ぐずっ。……ひぐっ、神の能力者(ゴッドスキラー)、を……?」

「いいえ。わたくしの大好きなお友達、エリザという優しい女の子を、ね」


 人間と神の能力者(ゴッドスキラー)、彼我の間に横たわる壁は依然として厚く高い。

 両者の間には無理解が広がり、和解の時はまだ遠い。

 けれども冷たい鉄の柵越しの抱擁の光景は、彼女たちの望む未来を明るく暗示し照らすような、そんな温もりと希望に満ち溢れていた。























「ねえ、ミク」

「ん?」

「いつか……ぐすっ、いつか、わたしが大きくなったら、ミクの夢を叶えるの、協力しても、いい……?」

「……ええ、勿論。待っていますわ、いつまでも。だってわたくし、アナタを信じていますもの」

「そしたら……もし、ミクの夢が叶ったら……えへへ、こんな柵なんてない所で、一緒に遊べるかな」

「ええ、どこへだって行けますわよ、きっと。隔てるモノの何もない平和な世界で、沢山の人たちと仲良くなれますわ。エリザなら」























☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 ――悲劇には二つの種類がある。


 予測不能の悲劇と、起こるべくして起こる悲劇だ。


 前者に関してはどうしようもない。

 運命のイタズラ。最悪の偶然。不運。天災。回避することなど不可能な神の悪意を感じる玉突き事故であるそれらはともかく――後者、起こるべくして起こる悲劇に関しては諦めきれないものがあるのは事実だ。


 なにせ、放っておけば間違いなくそうなる事が分かった上で回避できなかった、何らかの怠慢や過失により起きてしまった、回避可能な悲劇なのだから。


 呪うべき対象が明確な天災など人災だろう。

 巻き込まれた被害者たちにとってもたまったものではない。怨嗟の声の一つや二つはあげたくなるし、化けて出てこられても文句も言えない。


 そして、今回の件に関して言えば、それは後者であるに違いなかった。


 なにせ、神の能力者(ゴッドスキラー)を保護し管理する実験都市の一つ、新人類の砦アドバンスフォートレスは、〝彼〟をまるで掌握できていなかったのだから。


「裏でコソコソやるのもそろそろ飽きちゃってさ、うん。本当はもう少し我慢するつもりだったんだけど、ついうっかり。まあでも、なんでも完璧に思った通りに事をこなす子供なんて気持ちが悪いものね! うん。これくらい不出来な方が可愛げってものがあるとは思わないかい?」


 全てのはじまりは高い素養を持つ子供達が集められる小学校だった。


 更生の為に送り込んだクラスの壊滅から始まり、最終的には一学年の生徒職員全滅にまで至った最悪の事件を皮切りに、彼を御する事は不可能であるという結論を都市は出してしまった。

 それが全ての終わり。


 一向に手綱を握り切れないまま試行錯誤を繰り返し、そのどれもが不発に終わり無駄な犠牲を重ねるばかりとなった今、彼は目の上の瘤として様々な研究施設をたらい回しにされている状況にあった。


 優秀、有能、天才……今更そんな言葉では彼を評価しようもないだろう。 

 したところで意味がない、と言うべきか。


 ソレは非凡であり異質であり異常であり特異、文字通りの規格外だった。

 干渉レベルSオーバーの名は伊達ではないのだと実験都市中にその名を知らしめた幼き怪物は、既に大人達の思惑を離れ、自由にその純粋無垢な暴威を撒き散らしている。


「確かに、自分から発芽してくれれば話はもっと簡単だったんだけどね、うん。まあそこはソレ。仕方がないよね! 物事、うまくいかない時は何をやってもうまくいかない物だし、そこで不必要に自分に責任を感じて自分を追い込む事はないって思うんだよね、うん。だって僕は一生懸命頑張った訳だし、その努力を責める事なんて誰にも出来やしないって思わないかい? 勿論、自分自身にもね! うん。僕は皆に優しくしたいし、それは僕自身にも優しくありたいって事なんだけど……うん。僕の言いたい事ちゃんと分かるかな? まあ要するに、自分に優しくできないヤツが他人に優しくなれるなんて思わないって事なんだけどさ、うん!」


 彼は天災だ。故、止まらない。止められない。

 天災であるが故に誰にも彼を処分する事などできやしない。

 自らの主すらも脅かす厄介なソレは都市という肉体に巣くった癌細胞にほかならず、しかし既に制御下にはない無限増殖するその細胞は切除する事すら困難を極める。


 ブラッドフォード=アルバーンによる支配を免れた『争世会』の裏側。実験都市の上層部の奥深く様々な闇の跋扈する都市の暗部ですらも彼を完全に持て余しているのが現状であり、故に暗部に身を置く施設のどれか一つが対症療法的にその貧乏くじを引き続けるしか打つ手がないのだ。

  

「だからさ、これは誰が悪かったとかそういう話じゃないと思うんだ! うん。誰かを悪者にして、そいつに責任を押し付ける事は簡単だけどさ、それって虚しいだけだと思うんだよね。うん。押し付けられた人は単純に可哀想だし、押し付けた側だってきっといつまでたっても苦しいままだよ、うん。僕はそういうの嫌だなって思うな! うん。だって、そういうのって綺麗じゃないだろう?」 


 彼がその施設を訪れたのは半ば以上は偶然の産物であった。

 たまたまあてがわれた次の揺り籠に、たまたま〝彼女〟が居ただけ。

 そこに深い意味などない。運命なんて介在しようもない、本当に単なる偶然、最悪の事故だった。


 だが、その偶然をわざわざ捨て置いてやるほど、実験都市が産み落とした天災はちっぽけな人間たちに対して優しい存在ではなかった。


「――それで、さっきからお話が全く見えてこないのですけど……アナタはわたくしに一体何の御用があるのかしら? 少年くん」


 ――監禁二十五日目。

 節目となるこの日、未久島みくしま未来みくが捕らえられた監禁房を訪れたのは銀髪赤眼の愛らしい友人ではなかった。

 

「はじめまして、未久島未来おねえさん! 僕の名前は寄操令示。君が探していた実験都市の秘密ってヤツらしいよ?」 


 神の子供達(ゴッドチルドレン)


 その未知との遭遇は、未来がこれまでの人生で築き上げてきた価値観を粉微塵に粉砕するだけの衝撃を齎すものであった。

 なにせ――



(――この子が、寄操令示。あの子が拒絶を示した神の子供達(ゴッドチルドレン)の男の子……)



 未久島未来は、生まれて初めて出会って一目見ただけの相手を差別し(あきらめ)たのだから。



(……対話もせずに何かを判断するのは早計、ですって……?)



 率直に言って絶句した。

 神の能力者(ゴッドスキラー)に関する差別を無くそうと活動する彼女は、これまでも様々な神の能力者(ゴッドスキラー)と出会ってきた。

 世の中の人間と同じで全ての神の能力者(ゴッドスキラー)が善良ではない事も分かっている。実験都市の表と裏に触れる中で、綺麗事だけでは切り抜けられない現実に直面した事だってある。

 それでも、こんな存在に遭った事はないと断言できる。


 

(……笑ってしまいますわね。今まで語っていた自分の理想が、いかに無知で無邪気な子供の絵空事かをこんな子供に叩き付けられるなんて思ってもいませんでしたわ)


 ダラダラと。額を流れ落ちるのは冷や汗か。こわばる顔面の筋肉。今、この幼い少年を前にして笑顔を浮かべられている自信が未来にはない。

 心臓は火でも放たれたかのように激しく脈動しているのに、どうしようもなく寒い。彼女の中に眠る本能が、これまでの人生で最大限の警鐘を鳴らしている。

 アレとは■■■な、と。■■ればお前は――■■。


 ……この子は他の神の能力者(ゴッドスキラー)とは違う。根本からして異なっている。

 己と己の心を守る為、目の前の男の子が『怪物』であると、未久島未来はそう差別せざるを得なかった。


 そして、その判断は決して間違いではなかった事を、未久島未来はすぐさま思い知る羽目となる。


「うん。まあ、そんな事は心底どうでもいいんだけどさ、うん。今日は僕からおねえさんにお話があって会いに来たんだ。僕の大好きなエリザベス=オルブライトちゃんの事でね! うん」


 言って、少年は何かを監禁房の前に放り投げた。

 べちょりと、落下と共に響く汚い水音の中に微かに金属音が混じる。

 頼りなく明滅する照明が生み出したうす暗がりの中、紛れた金属音の正体が監禁房を開ける鍵である事に気付いてから、自分の脳ミソがもっと前に気付くべき何かを意図的に遮断しているような違和感を覚えて――


「――づっ!?」


 鍵を握っているソレが肘から千切れた人間の腕である事に気付いた。凄惨な断面に想像力が無駄に働き、鼻を刺す濃密な血臭が重なり今頃になって咽返りそうになる。

 逆流する胃の中身を吐き出さずに済んだのは、これでも未来がそれなりに実験都市の闇を見てきたからか。それともそのタフな精神性故か。


 顔面蒼白になって口元を抑える未来の反応に、何故か寄操は親しみを覚えたように笑って、


「あはは、吐きそうになるほど喜んで貰えるなんて、僕としても頑張ったかいがあったよ。やっぱりほら、ちんことリアクションは大きければ大きいほど嬉しいものだからね! うん」


 ――僕について来て。

 そう身振りで示す寄操に、未来は躊躇しながらも檻の中から手を伸ばして死体の腕から鍵を捥ぎ取り、血で滑る鍵を使って監禁房の外へ。

 晴れて自由の身となった未来は一瞬そのまま寄操令示から逃走する事を考えたが、


(……あの子、確かエリザの事で話があるとか言ってましたわよね)


 嫌な予感どころの話ではなかった。

 神の子供達(ゴッドチルドレン)――というよりも寄操令示という存在について認識を見誤っていた未来が言うのも何だが、どれだけ楽観視してもアレを彼女に近づけて何か良い事が起こるとは思えない。


 アレの後に付いて行くのは死ぬほど恐ろしいし絶対に御免被りたい所だが――廊下の返り血めいた床や壁の水玉模様には目を瞑って――大人として、何より彼女の友として。彼女をこのままに自分だけ逃げるという訳にはいかないと結論付ける。

 恐怖を飲み込んだ未来は慌てて寄操の後を追いかけるべく、未来は震える身体を必死で動かし前へ進む。


 一方の寄操令示は未来が逃げるなどと微塵も思っていなかったのか、後ろを欠片も気にすることなくマイペースに歩みを進めていた。

 未来はコツコツと響く靴音になるべく意識を集中させて――内側から崩壊したような爆散死体が散らばる廊下を二人で歩いている事に、凄惨な人の死に意識が向いてしまわないように――黙々と少年の後についていく。


 居心地の悪い沈黙が続く。

 極度の緊張から多量の脂汗が噴き出してくる。

 まるで未来のことを構わない寄操令示の歩みには迷いがなく、一切周囲を見ることなく真っ直ぐ前だけを見据えて微動だにしない視線がどうしようもなく気持ち悪い。

 やがて、無言でいることに耐え兼ねた未来は、僅かな逡巡を振り切るようにして進む背中に声を投げかけていた。


「……アナタはどうして、あのような事を――いえ、ごめんなさい。愚問でしたわね。アナタたち施設に預けられていた子供達が、非人道的な扱いをを受けていた事は知っています」

「ヒジンドウテキ? っていうと、具体的にはどんな?」

「えと……その、……アナタたちが実験動物のような酷い扱いを受けていた事について、ですわ。さっきの腕はその報復、なんですわよね……?」


 それは、恐怖と拒絶を訴える本能をどうにか押し殺して、一筋の光を見出そうとするかのような問いかけだった。

 一度は理解不能と切り捨てようとした怪物を前に、それでも人間としてあくまで理性的に目の前の存在と対話を試みようとする彼女の不屈を讃えるべきか、この状況でも曲がらぬ志を褒めるべきか。


 ただ一つ確かなのは、


「実験動物? あはは! 何ソレ、面白い冗談だね! うん」


 そんな努力は全て無駄だったという事だ。


「他の子のことはよく知らないけれど、僕は彼らにとっても良くして貰っていたよ? うん。毎日三食ご馳走が出てくるし、好きな時間に寝て好きな時間に起きていい。宿題だってないんだぜ。それにアニメやゲームだって見放題のやり放題さ。勿論エッチなヤツもね! うん」 


 祈るような思いで投げかけた言葉は、少年の空虚な笑い声によって即座に完全否定されていた。


 差別され抑圧され、不当な酷い扱いを受けていた。だから、その苦しさから逃れる為、生きる為に人を殺した。


 心の底から期待していたそんな言い訳を――生きる為? それこそあり得ないだろう。断末魔すら許さない徹底的な殺戮が散らばる廊下の惨状からは、命を奪う行為に対する嬉々とした感情しか伝わってこないと言うのに――少年は自ら切り捨てて、歩み寄ろうとしていた未来の理解を無理解でもって突き放す。


「僕さ、エリザベスちゃんの事が好きなんだよね。うん」


 かと思えば唐突に真剣な空気を纏い始め、寄操はそんな事を未来に打ち明け始める。


「……好きって、その……男女の惚れた腫れたの話ですか?」

「うん。そうだよ。一緒にいたいとか、食べちゃいたいとか、壊したいとか、そういう好きだ」


 会話の温度差について行けない。

 目の前の存在が、子供のように笑って死を語る死神なのか、意中の子と仲良くなりたいだけの子供なのか判別が――死神違うあれは人の形をした悪魔――つかない。


 距離感が掴めない。

 正体が掴めない。

 思惑が掴めない。

 どう接することが正解なのか――逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ今すぐ逃げなきゃ私もアアなる嫌だ死にたくなんてない早く逃げなきゃ殺さないで――未久島未来には分からない。


「でも、どうやら僕は彼女に嫌われちゃったみたいでさ。まだ告白はしてない訳だから玉砕した訳ではないんだけどさ、うん。このままじゃあ多分彼女は僕には振り向いてくれないと思うんだよね」


 でも、そういう理由なら。少しくらいは協力してあげても構わないのでは――やめろやめろ馬鹿なことはよせ今すぐ逃げなきゃ本当に手遅れに――ないだろうか――


「うん。だからね、未来おねえさんには協力して欲しいんだ。エリザベスちゃんが僕に振り向いてくれるようにさ!」






「あ」






 ――本当は分かっていた。

 ソレが『怪物』であると理解した瞬間に、こうなる事は分かっていたのだ。

 だって、彼女の本能はずっと未来にその未来を告げていたではないか。

 アレとは関わるな、と。関わればお前は――死ぬ。……と。


 廊下の終端、開けた視界の先。

 寄操令示に連れられた未来が踏み込んだ先は、子供達が自由時間を過ごす為の中部屋ルームだった。バスケットコート一つ分ほどのその空間に広がっていたのは、屍山血河より尚惨い醜悪怪奇な生き地獄。醜悪かつ冒涜的な最後の晩餐だった。


 蠢く奇々怪々な虫の海と、そこに沈みもがいて足掻く生きた人々がいる。

 施設の大人が、神の力(ゴッドスキル)をその身に宿した子供達が、異形の虫の海の中で虫を食って喰われている。


 口から、鼻から、目から、耳から。

 身体中の穴という穴から内側に入り込む虫虫虫虫虫虫。まるで自ら人間に食われるようにして身体を犯す蟲の群れに、人間が内側から喰われていく。


「――んん~っっ、んッ、ウッ!? んン、ンンン~~~~ッッ!!?」

「ウっ、ンン!! んんゥウウンンん~~~っっ!!?!?」

「~~~~~~~~っっ!!??」


 まるで餌を頬袋に詰め込むリスのようにパンパンに膨れ上がった口。

 閉じる事すら儘ならず、馬鹿みたいに大開きになった口から多量の虫が濁流の如く溢れているような状態では、声はおろか呼吸すら成立しないに決まっている。

 最早苦しみの呻き声一つあげる事すら許されない、人間の踊り喰いがそこにあった。


 そして、その絶望には果てがない。


 地獄から一人、誰かが立ち上がった。中身を喰われ脳まで蟲と化した人間の形をした虫たちが、次の獲物を求めて人間の肉の塊を操作しているのだ。

 蟲の海の中一人また一人と新たな主人を得た屍人が立ち上がり、フラフラと頼りない足取りで新たな犠牲者を求めて施設内を徘徊していく。


 

 連鎖する捕食。

 連鎖する地獄。

 終わらない増殖。

 果てのない無限地獄。



 これこそが寄操令示がエリザベス=オルブライトを振り向かせる為に用意したサプライズなのだと、理解を拒んだ事こそが全てを理解し(あきらめ)ている証だった。

 

 廊下に落ちていた死骸はまだ幸せだったのだ。

 腕を切り落とされたり、出血多量によるショック死だったり、人間らしい苦痛の中で死ぬという最後の尊厳ばかりはどうにか守られたのだから。


 独りで進んだ死出の道、それは地獄への片道旅。

 虚無めいた空っぽの笑みを張り付けた愛らしい案内人こそが今宵の地獄を創り上げた鬼であり、誘われるまでもなく最初から施設という名の胃袋の中に居た未久島未来が救われる結末など初めからどこにもなかったのだ。


「それじゃあ未来おねえさん。エリザベスちゃんを目覚めさせる最後の一押し、お願いね」


 一瞬だった。

 目にも止まらぬ速さで振り抜かれた寄操令示の腕が未来の胸の中心をあっさりと穿って、細胞単位で少年の腕を構成していた小さな蟲達がボロボロと崩れるようにして肉の内側で脈動して、


「……ごめん、なさい。エリザ。わ、たくし――」



 ――アレと出会った時点で、こうなる事は分かっていた。心なんてとっくに折れていた。アナタの事すら諦めてしまったその事実から、最後の瞬間まで都合よく目を逸らしていただけ。 

 だから、謝らないと。そうしなきゃいけないのに。



 イカレ狂うような地獄の苦痛と共に、心臓から食事がはじまっタ。








「――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だァあぁぁああああああああああああ!!?ひっ、こひ、来ないでぇッ、わ、わたぐじ、なか入ってこなおボェええええええええええええええぇぇええッッ!!? ―――――――――――――――――――――――――――――――、





 絶叫が終わる。

 命が終わって、終わりのない地獄が始まる。

















 給湯室で見つけたカップヌードルにお湯を注ぎ、タイマーの目盛りが一秒ずつ減っていく様を首を左右に振って眺めながら、少年はワクワクと事が成るのを待っていた。 


「――さあってと、やるべきことはやったし後は待つだけかな! うん! ……何分で終わるかな? これが出来上がって食べ終わるまでには終わるかな? 気になるなー、楽しみだなぁー。僕と同じ神の子供達(ゴッドチルドレン)って、どんなのなんだろうね! うん! 最強をも支配する最弱によってもたらされる平和かぁ……なんだか興奮してきたよ! だってさ、もし世界平和なんてものが実現したとしたらさ、うん。それをぶち壊すのって一番楽しくて綺麗で凄い事だって思うんだよね! うん!」


 この後、新人類の砦アドバンスフォートレスの研究施設の一つが内側から崩壊を迎える事になる。


 危険な思想を持つ実験体により壊滅した研究施設の後始末、つまりは暴走した寄操令示モルモットの駆除を命じられた暗部組織の傭兵部隊が現場に到着するまでの僅か一時間の間の出来事である。



☆ ☆ ☆ ☆




 今宵、一人の少女(灰かぶり)を変身させる魔法が解き放たれた。

 カボチャの馬車の魔女ではなく、純粋無垢な悪魔の手によって。


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