第三話 夏休みの安寧Ⅲ――泉修斗は平常運転
「で、こんな所に呼び出して一体なんだって言うんだ?」
それは、高見秀人と共に『北ブロック』と『東ブロック』との境界線あたりまで連れてこられた勇麻の口から飛び出てきた当然の質問だった。
夜の八時を回った無人の公園のベンチに腰掛ける泉に、勇麻の視線は向けられている。
しかし勇麻の問いに答えたのは、泉ではなく高見だ。
「ユーマ、いい加減現実におめめのピントを合わせた方が良さげだぜ? こういう場合は大抵ろくな事にならないって事くらい、シュウちゃんと付き合い長いユーマなら分かるだろ?」
「ああ、確かにその通りだ。でもその上で、これから自分の身に降りかかる火の粉の量くらい知っててもバチは当たらないだろ?」
「……なるほど。さっきのはユーマなりの最低限の防衛線だったって訳か。……さすがは『対泉のスペシャリスト』の異名を持つ男。シュウちゃんの相手をさせたら右に出る者はいないと言われるその実力は確かだったのか……。くそ、どうやら俺っちもまだまだみたいだな……」
何やら勝手に戦慄を覚えているらしい高見。
意味が分かんないし面倒くさいのでそろそろ相手をしたくない。だからと言って無視したところで余計に煩くなるのがこの男なので、返事を返さない訳にもいかずにしょうがなく勇麻は口を開いた。
「意味分からん異名を付けるんじゃねえよ、アホ。聞いた事もないわそんなスペシャリスト!」
「えー。ユーマってば知らないの? ここ数日俺っちの中でかなり流行のトピックなんだぜ?」
「お前の中限定の流行をこっちに押し付けんなよ図々しい。てか、あんまり適当な事言ってると、また泉にぶっ飛ばされるぞ」
口を開けばくだらない事を言い続ける高見に、勇麻は呆れたような眼差しを向ける。
高見が泉の事を煽りまくるのはいつもの事だし、高見自身わざとぶっ飛ばされに行っているようなきらいがあるのも事実だ。
だから今更高見の軽口を止めようとは思わないが、高見の巻き添えを喰らうのは色々割に合わないので、ここらで適当に泉の味方(のフリ)をするのが重要なのだ。
と、ここまでひたすらに沈黙を守っていた泉がようやく声を発した。
「あ? 馬鹿かよ勇麻。俺がそんな小っちゃい事で暴力振るうような最低の人間に見えるって言うのか?」
堪忍袋の小ささと気の短さには定評のある泉修斗が、何かおかしなことを言っていた。
「……真顔で何を言いだすかと思えば。ええっと、それは新しい一発ギャグかなにかか?」
ふざけた発言をしてやがったので、試すように挑発的な発言をかましてみた。
いつもの泉なら確実に勇麻の事を殴りにくるハズなのだが、
「悲しい奴だな。そうやって他人を馬鹿にしてねぇと生きてけないんだな」
ふっと鼻で笑いながら泉らしからぬ事を言い出す始末。
これはいよいよ頭でも打ったか? と勇麻は割と本気で目の前の少年が心配になった。
らしくないどころの話では無い。
「まあ何でもいいか。俺は基本優しいからな。悪口や皮肉の一つ二つ、受け流せない程子供じゃねぇよ」
どうやら今日は特別機嫌がいいらしい。
機嫌がすこぶるいい時に限りだが、泉がこういう状態になる事はある。
何かいい事でもあったのだろう。
……というか、泉の機嫌がいい理由なんて大抵察しがついてしまうので、いち早く家に帰りたい気分になる勇麻。
そんなどんよりムードに移行しつつあった勇麻に、高見がいらん事をこそこそと囁いてきた。
「(おいおい聞いたかよユーマ。シュウちゃんてばきっと『優しさ』って単語の意味を知らないで使ってるよな)ぶぎゃっ!?」
「聞こえてんだよ、アホ」
文字通り、燃える拳骨が高見の上に落ちたのは言うまでもない事なのだった。
機嫌のいい時の泉すら怒らせる高見のそれは、ある意味では一つの才能だと思う。
まるで漫画みたいに脳天にできたたんこぶから煙を上げて倒れている高見をよそに、泉は話を先に進める。
「まあ、いつも通りの高見のアホは置いといて……、なあ勇麻、最近話題になってる博物館襲撃事件って知ってるよな?」
ベンチの上で偉そうに足を組みながら、泉はそんな事を聞いてきた。
勇麻は少し考えてから、
「えーと、あれだろ。確か二週間前くらいからだったかな。……展示物じゃなくて、博物館の施設だけが狙われて壊されてるって奴。一時期は新手のテロ活動とか騒がれてたけど、その割には犯行に対する声明もないし、結局ただの愉快犯じゃないのかって結論のアレ」
最近どのチャンネルでニュースを見ていても一日に一度は目にする事件だ。
知らない方が難しいと言える。
勇麻はそう言いながら、その博物館襲撃事件が頻繁に起きているのが、今自分たちのいる辺りだということを思い出して、嫌な予感が風船のようにどんどん膨らんでいるのを肌で実感していた。
こういう場合は早めに先手を打つのが重要だ。
勇麻は己の直感に従い、先に牽制の一手を打とうとする。
「で、それがどうしたって言うんだ。……まさかとは思うけど、お前もしか
「博物館に乗り込むぞ」
釘を打とうとしたところで発言を遮られ、逆に先手を取られた。
その顔に悪そうな笑みを浮かべる泉を見て、勇麻は本気で額に手を当てる。
ちょっと待ってほしい。
この馬鹿は今なんと言った?
(……うん。ダメだな、いくらなんでも今のは俺の聞き間違いだろ。よし、きっと泉は博物館に行きたいだけなんだ! そうだそうに違いない。でも、今はもう閉館時間だし、それとなく断ってみたほうがいいな!)
何とか無理やり脳内で平和的な解釈をし、勇麻は非常に申し訳なさげに泉に断りを入れようとする。
「えーと、さ。泉、この時間は博物館閉まってるから。中に入れないぜ。また今度来たほうが良くないか?」
「あ? 何言ってんだ勇麻。お前馬鹿か? 閉まってないと乗り込む意味が無いだろ」
馬鹿はお前だ。
そう突っ込みたいのをグッと堪える。
もうひと頑張りする義務が、きっと勇麻にはある。
「……えーと、泉。お前は知らないかもしれないけど、閉館時間に勝手に博物館に入ったら、余裕で犯罪者なんだぜ?」
「それくらい知ってるけど。何か問題あるか?」
「……だよね、うん。ホントはそうだと思ってた」
瞳から何か熱い液体が零れ落ちているような気がする勇麻だった。
「一応念のため聞いておくけどさ、泉君は博物館に行って一体何をするつもりなんです?」
「あ? お前、今の話の流れで分かんないの?」
分かってるから聞いてるんだよ! という心の声を押さえながらこくりと頷く勇麻に、泉は良い顔で答えた。
「決まってるだろ。ノコノコやってきた犯人を捕まえるんだよ。もしくはその為の手掛かり集めだな」
「あ、やっぱりね。うん、知ってた」
うな垂れながら肩を落とす勇麻とは裏腹に、やけにやる気に満ち溢れた顔をしている泉。
どうやら彼は本気らしい。
ついでに凄い張り切ってもいる。
「あれ、俺っちに拒否権とかは存在しないながれ?」
倒れながら頭をさする高見の発言は、毎度の如くスルーされるのだった。
☆ ☆ ☆ ☆
「さてと、張り切って博物館まで来たはいいんだけど……。馬鹿みたいに警備多いな、クソッ」
路地の切れ目から、反対側を覗くようにして観察している泉の苛立ったような声が聞こえた。
彼の言葉の通り、博物館の周辺にはウヨウヨと『神狩り』の人間が集まっており、無線でどこかと連絡を取り合っている。
「『天界の箱庭』内で伊達にニュースのトップ飾ってないって訳だ。さすがにこの警備の群れに突撃ってのは、いくら泉が強くても無謀だと思うんだが?」
内心ホッとしているのをできるだけ表に出さないようにして、勇麻は片目を瞑りながらそう言った。
その言葉に便乗するかのように、高見も軽い調子で笑う。
「さっすがにコレは無理だわなー。いくらシュウちゃんが厄介事大好きのトラブル馬鹿でも、進んで犯罪者に成りに行くような事はしたくない訳だし、ここはちゃちゃっと諦めて、隣の怖いおじさん家にロッケト花火ぶち込むくらいにしておこぜー」
「いやお前それも割と犯罪じゃね!?」
真夏の風物詩でとんでもない行為をしでかそうとしている高見のアホはさておき、泉も流石に『神狩り』に大々的にケンカを売る気は無いらしく、
「はぁ、しょうがねぇ。ここは諦めるか」
その言葉に勇麻がホッと胸を撫で下ろす間も無く、
「しょうがねえから次の場所に行くぞ、勇麻、アホ猿」
泉はそう言い切ったのだった。
「もはや名前ですら呼ばれない俺っち……ん、まてよ。逆に考えると名前を呼ばずとも通じ合う程の信頼関係を築けているという事の証拠なのでバっゴッほ!?」
もはや言葉を挟むのも面倒なのか、泉の高見へのツッコミが無言で殴るだけに変わっているのだが、その事実に誰一人として触れようとすらしない。
呆れたような溜め息を吐きつつ、それでも泉の後について行ってしまう自分がいる事に、自分も昔から変わらないなー、とそんなどこか感傷的な気分になる勇麻だった。
楽しげに先を歩く泉と、それについていく勇麻達。
みんなと大騒ぎする事が大好きなガキ大将と、そんなガキ大将のブレーキ役になりつつも、最終的にはその横に立っていた一人の少年。
メンバーは変わっても、根本的な所は小さなころと何も変わらない。そんな光景。
ただ一つ昔と変わった事と言えば、そんな少年たちを、少し離れた所から優しい目で見守るように眺めていた南雲龍也がもういない事くらいの物だ。
南雲龍也。
黒騎士の仮面の内側にいたあの人物が、南雲龍也だという可能性が無くなった訳ではない。
それでも勇麻は、あの仮面の内側のあの男が南雲龍也の成れの果てだとは思わない。
最初は見事に騙されたし、勇麻と南雲しか知らないような事すら知っていたのも事実だが、それでも勇麻は黒騎士の正体が南雲龍也だとは、少なくとも今は思っていない。
(……ああ、違うな。そう思いたくないってだけなんだろうな)
勇麻が意識を失う直前に確かに見たのだ。南雲龍也の顔が、まるでメッキのようにポロリと剥がれ落ちたのを。
つまり。黒騎士は南雲龍也の顔の下に、また別の顔を持っていた。
そして泉の問いかけに対して放った意味深な発言。
『お前らが見た南雲龍也は確かに南雲龍也だ。けど、黒騎士の正体が南雲龍也なのかと問うのなら、それは違うとだけ答えてやる』
黒騎士の正体が南雲龍也ではないと言い切る為の根拠としては少し薄い気もするが、今の勇麻にはこれくらいしか縋る物が無いのも事実だ。
(結局、俺はあの戦いを経験してなお、過去の亡霊に囚われ続けてる。……ホント、どうしようもないな)
黒騎士の正体が南雲龍也だあるにしろ無いにしろ、勇麻は南雲龍也についてもっと知る必要があるのだろう。
南雲龍也という人物を、そして彼の死について、知る必要がある。
きっと、そうしなければ東条勇麻は過去を克服する事ができないのだろう。
赦しを求めて、義務感に苛まれて、永遠に、正義の味方を演じ続けるのだ。
空っぽだと罵られようと、あの過去と明確な決着を着けるまではきっと心のどこかにしこりとして残り続ける。
そしてそれはガン細胞のようにまた少ずつ、舐るように勇麻の精神を蝕んでいくのだ。
自身に向き合うのも必要だが、憧れにも今一度向き合うべきなのだ。
「おーい、ユーマー。ボケーっとしてるとシュウちゃんにケツぶっ叩かれるぞー」
「お、おお。悪い、悪い」
考え事をしている間に、泉達との距離がだいぶ開いてしまっていたらしい。
慌ててそちらへ駆け寄り、ごまかすように笑った。
コンクリートジャングルの熱帯夜をくだらない冗談を交えながら勇麻達は進む。
人気の無い路地裏や、実験施設が連なっている土地のすぐ横にある、施設で出たごみをとりあえずここに溜めておくのだろう、仮の廃棄所。
ビルとビルの隙間の抜け道。
ここ『東ブロック』は博物館や研究施設の警備を固めすぎたあまりに、そういった重要施設以外の場所の治安はあまり良くなかったりする。
なので、さきほどあげたような場所を通る時には、必ず柄の悪い不良だのに出くわすのだが……。
「あれ、なんか今日やけに静かじゃないか?」
「ああ、確かに静かだ。……博物館騒ぎで『神狩り』の連中が増えたからかも知れねえな。まあ、面倒なクソ共をぶっ飛ばす手間が省けるんだから何でもいいけどよ」
「あれ、シュウちゃんてばそういう面倒なクズ共をぶっ飛ばすのも楽しむような外道な人間じゃなかったっけ?」
「あ? あー、そりゃ気分の問題だよ。今はあんな面倒なだけの連中の相手をするより面白そうな物がすぐそこに転がってるからな。テレビゲームがあんのにわざわざ野球盤に食いつくのも馬鹿馬鹿しいだろ?」
「……。改めて思うけど泉ってホント物騒な奴だよな」
「アホか、なに今更過ぎる事言ってやがる。てか、それにずっと付き合ってるお前もそうとう物好きだと思うぜ?」
「……言われてみればそれもそうだな」
泉の言い分に反論する言葉も見つからずに、勇麻は素直に頷いた。
腐れ縁というか、なんというか。小中高と一緒だとおかしな愛着に似た感慨のような物も湧いてくるものなのだ。
そんな事を言い合っている内に、勇麻たちの眼前に次の目的地が見えてきた。
「ここだ。――第七博物館」
視界の先、闇の中に佇む巨大な建造物の放つ威圧感をその肌に感じる。
夜の学校や夜の病院はよく怪談の舞台として使われるが、夜の博物館を題材にしても怖い物語が作れそうだ。
勇麻はそんな事を思った。
ここには先ほどの場所と違って警備の人影などは見当たらない。
それどころか人払いでもするように、立ち入り禁止の黄色いテープがクモの巣のようにそこらじゅうに張り巡らされていた。
建物自体も、窓ガラスが割られていたり、街灯が根本から折れている物があったりと、破壊の爪痕がいたる所に残っていた。
「一番最初に襲撃を受けた博物館。実質廃墟なここなら、不法侵入にもならないんじゃねえの?」
またもや悪そうに笑う泉の顔を見て、『あ、これは止めても無駄だな』と勇麻は今までの経験でそう思ったのだった。
☆ ☆ ☆ ☆
立ち入り禁止となった博物館の中には、割れた窓から侵入する事ができた。
まるで盗賊にでもなった気分だが、生憎お宝などどこにも見当たらない。
まさにもぬけの殻。
盗賊的に言うならば、同業者に獲物を全てかっさられた後、という所だろうか。
おっかなびっくり先に進んでみるも、監視カメラは動いている様子も無く、その他セキリュティが働いているようにも思えない。
もしかしたら館内に電気を送っていた施設も破壊の被害にあったのかも知れない。
「うっわ、ひっどいなー、これ。これやった犯人さん、本当に人間なんですかいね?」
「床も、壁も、何か馬鹿でかい爪か刀で切り裂いたみたいに傷が走ってるな。……見た感じ、ニュースで言われてるように展示物は壊してないってのも本当みたいだな」
今現在、貴重な文化財である数々の展示物は別の所へ移されているらしく、博物館内に展示品は一つも残っていない。
だが、何かが展示されていたであろう場所には破壊された形跡が一つもなく、犯人が博物館の施設のみを狙って破壊していたのがよく分かるようになっていた。
「だとすると、やっぱり糞犯人の狙いってヤツはよく分かんねぇよな。一体何がしたいんだか。テロリスト様のありがたいご声明は何も無し。かと言って愉快犯にしては大がかり過ぎるし、第一今日まで犯人が捕まってないって時点で、冷やかしの可能性を考えるのはアホくせえ」
照明器具全般が使い物にならない為、泉の指先を松明代わりにして館内を進む。
炎によって照らしだされた大理石の壁は、鋭利な刃物で切り裂かれた段ボールのようにズタズタだ。
これだけ硬い壁をまるで紙のように切り裂くのだから、そうとう強力な使い手なのだと予想できる。
勇麻はその傷跡を指でなぞってみたり、その巨大な傷の全体図を眺めたりして、探偵ごっこでもしているような気分になってくる。
「てか博物館の被害状況から、どんな『神の力』が使われたのかくらい分かると思うんだけどな。ある程度候補を絞ったうえで『神狩り』なら『創世会』から該当する『神の能力者』の資料くらい貰えるだろうし、それでまだ捕まってないって結構深刻な事態なんじゃねえの?」
「ちなみにユーマはどんな種類の力だと思う?」
ニヤニヤ笑いのまま軽い調子で聞いてくる高見に、勇麻は少し間を開けて。
「………………どうだろうな。大理石にここまで鋭く刀傷を残せるって、そうとうな出力が必要だと思うけど。正直これだけじゃなんとも」
「だよねー。俺っちもさっぱり」
頭の後ろで腕を組んで、高見は適当な調子で相槌を打った。
全くもって真剣に考えてるようには見えないのが、なんとも高見らしい。
これで案外本人は真剣だったりするのだが、その見分け方は勇麻でも未だによく分からない。
「案外、犯人が捕まんないのって『創世会』の陰謀だったりしてね」
適当に放ったであろう高見のその言葉に、泉と勇麻の肩がほんの一瞬不自然に揺れた。
だが、その僅かな変化に高見は気が付かない。
泉はできるだけ自然な調子を装って、口を開いた。
「……創世会の陰謀? どういう意味だ?」
「あれ、シュウちゃんてば知らないの? めずらしいね」
泉なら自分の話に乗ってくるだろうと踏んでいたらしい高見が、どこかポカンと間抜けに口を開けているのが妙に癪に障る。
勇麻も出来るだけ自然な調子で話を先に進める。
「そこで泉の名前が出てくるって事は、またなんか都市伝説絡みなのか?」
「あー、うん。都市伝説って言うよりただの噂みたいな物なんだけど、博物館の展示品の中に『創世会』にとって都合の悪い物が混じってたとかで、それを消そうと自棄になった結果がこの襲撃騒ぎだって話」
「あ? ……おい、それだとおかしいだろ。襲撃つっても展示品には指一本触れられた形跡はないって話なんじゃねぇのかよ?」
「それこそカモフラージュだって話らしいよ。これだけ施設をボロボロにされたら保管もまともにできない、だからどこか仮の保管庫みたいな場所に預けなきゃならない。そんな訳で、どっちにしても展示品を一度は外に運び出す必要があるだろ?」
そこまで言われてようやく合点がいった。
「……なるほどな。展示物を外に運び出す際のごたごたに乗じて、意図的にその目障りな『荷物』を回収しちまおうってわけか。業者の中に産業スパイを混ぜるだの事故を装うだの、方法はいくらでもあるもんな」
『創世会』という単語の意味を、本当の形で知っている泉と勇麻をよそに、高見は気楽にケラケラ笑って、
「て言っても所詮はただの噂話だからねー。シュウちゃん、そんな真剣な顔したところで、どうせ今回もハズレだって」
「言ってろハゲ。今回は都市伝説じゃなくて実際に存在する犯罪者が相手なんだぜ? 事件の現場に遭遇さえすれば、そこにいるロリコン野郎を豚箱にぶち込む並みに簡単なお仕事に早変わりだ」
「まあ、事件に遭遇できればだけどね」
聞き捨てならない単語が混じっている上に、違和感なく会話を続けられているという事実に戦慄を禁じ得ない勇麻。
だがここで否定しなければ本当にそれで定着してしまう気がする。
勇麻は自ら地雷に突っ込んでいく感をその身に覚えながらも、馬鹿二人に声を上げるしかなかった。
「おい、とりあえずお前らの中でロリコン化されてる俺をどうにかしてくれませんかね? てか犯罪者とか人聞き悪い事言ってんじゃねえよ! 俺の趣味は決してそっち方面では無い!!」
「断じてとか決してとか言うヤツに限って……ねー」
「ああ、図星突かれて動揺してるだけだぜ、コイツ。俺、さっきの冗談で言ったつもりだったのに、……ちょっと引くわ」
二人して勇麻から距離を取り、口元に手を当てて内緒話モード。
普通に会話の内容モロ聞こえな所に悪意しか感じない。
「お前らこういう時はホント仲良いよな!」
「勇麻、お前がちょっと浮いてるだけだ」
「割とリアルな感じが傷つく!?」
立ち入り禁止の館内に大声が響き渡る。
この日は結局これ以上の進展は無く、結果だけを見れば馬鹿三人が廃墟の博物館で夜遊びをしただけなのだった。
☆ ☆ ☆ ☆
二人と別れた後、勇麻は一人で学生寮のすぐ傍にある公園のベンチにいた。
ほんの二週間ほど前、イルミナルミとの死闘を演じた場所であり、アリシアという名の白い少女との出会いの場所でもある。
勇麻はベンチに浅く腰掛け、背もたれに背名を預けるようにして夏の夜空を見上げる。
ついさっきまで満面の星空が広がっていたはずなのに、今はもう視界一面を灰色のカーテンが覆ってしまっている。
そうやって空を見上げているだけで、勇麻の首筋を汗が流れていく。
夏休みの雰囲気は好きだし、夏という季節は嫌いではない。
それでも夏特有の蒸し暑さというヤツにはかなわない。
勇麻は、どこかどんよりした夜空を見上げて、小さく息を吐いた。
泉と学生寮に帰った後に、わざわざここまで引き返してきたのには理由があった。
「……まさか、な」
紙のように切り裂かれた大理石の壁。
鋭利な刃物か爪で切り裂かれたようなあの傷跡を思い出して、勇麻は一人の知り合いの顔を思い浮かべた。
「いやいや、それはないって。だってそんな事する理由がないだろうが」
勇麻は自分の頭の中に浮かんできた嫌な妄想を首を振って払いのけ、自分自身を説得するかのように独り言を呟いた。
そう。
そうだ。この街は『天界の箱庭』。
異能者たちの最後の楽園。
同じような種類の力を持つ『神の能力者』なんて山ほどいるハズなのだ。
だから違う。
ただ少し似ていただけだ。
そう思おうとした。
だけど。
『ちなみにユーマはどんな種類の力だと思う?』
高見の問いかけに勇麻は一つ嘘をついていた。
『………………どうだろうな。大理石にここまで鋭く刀傷を残せるって、そうとうな出力が必要だと思うけど。正直これだけじゃなんとも』
あの大理石にあれだけの傷を残せる神の能力者を、勇麻は一人だけ知っている。
「楓……。お前、今どこで何してんだよ」
天風楓。
東条勇麻の知る限り最強の『神の能力者』。
勇麻の手に握られたスマホの画面に映る文字が、天風楓に連絡がつかない事を示していた。
天風楓との連絡がつかなくなってから早くも二週間が経過していた。




