第二十九話 《魔力点α》ゼムリャ・ゲオルグ【遊戯難度A+】 淫靡艶麗廃墟都市ラグニアⅩⅩⅡ――愛憎反転/反転戦況
――貴方にとって、クリアスティーナ=ベイ=ローラレイとはどんな存在ですか?
『はははっ、今更過ぎる質問だ。アスティは俺の大切な親友だ!!』
『アスティがどんな存在か、だと? あの子は私の自慢の可愛い可愛い最愛の妹というヤツだ……!』
『僕にとってのアスティ? 手のかかる妹だよ。で、俺はあいつの兄だから……ま、基本的には俺の方が偉いかな。だから助けなきゃならないんだよね、兄貴らしくさ』
『おっぱいのおっきな食べちゃいたいくらい可愛い妹☆ って感じ? え、真面目に? そうねぇ……あの子は、優し過ぎるのよ。だから、アタシたちが背負うべき重荷まであの子は背負ってしまう。それを背負わせてしまったのは、アタシ達の弱さが原因なんだけどね』
『……クリアスティーナは私にとっての陽だまりだった。私は、アレの陰で在れればそれだけで満足だったんだ』
『実に面白い女だ、クリアスティーナは。ヤツは機械ではないが機械のように精緻な演算と脆く柔らかな人の心が同居している。俺はそれを美しいと思うのだ』
『レギン氏とアスティ氏の姉妹百合ぐへへ……最近はリリアスもありますぞ!』
『そう……ダナ。アスティ、アタシたちにとって鎹のようなものカナ。あの子いなかったら、アタシたち家族になれなかったヨ。アタシたち逃亡者の集い旗になれなかった思うネ』
『アスティは、リリと裂姫ちゃんを助けてくれたし。だから今度はリリがアスティを助けるし。家族って、そういうものらしいし?』
『アスティがどんな存在かだぁ? ……んなモン、アレだぁ。決まってンだろぉ。俺の女だぁ、アイツはぁ』
逃亡者の集い旗。
かつて未知の楽園に存在した『特例寵児育成研』。
世界各地から非合法な手段によって集められた生まれつき干渉力の高い赤子たちを神の子供達へと育成する事、そして育成のノウハウを確立し高レベルの神の能力者の量産体制を整える事を目的とした研究施設の生き残りである彼らは、世界中から集められた特例の中でさえも突出した個であり、才能の塊のような子供達だった。
極めて特殊で希少価値の高い神の力を有していたり、干渉力がずば抜けて高かったり、力の扱い方が同世代の中では群を抜いていたり……。
『白衣の悪魔の遺産』と呼ばれ恐れられたクリアスティーナを含めた十一人は、やはりその誰もが『特例研』における厳しい生存競争を勝ち抜くに足るだけの理由や素質を、他と比べて突出した何らかの才を有していたと言っていいだろう。
だが、才能とは残酷なもので、そんな彼らの中にも明確な格付けというものは存在する。
例えば――後に逃亡者の集い旗を名乗る事になる彼らの中には、圧倒的な才覚に恵まれた三人の神の子供達候補がいた。
神の子供達への『神化』を最も期待されていた心優しき神童クリアスティーナ=ベイ=ローラレイ。
クリアスティーナに次いで、その実力から有力視されていた悪童ディアベラス=ウルタード。
直接報告書に名前が載る事こそ少なかったものの、その実秘めたる可能性だけならば先の二人すら圧倒的に凌駕する異才、輩屋災友。
そしてその三名の才ある子供の中で最も大成したのがクリアスティーナ=ベイ=ローラレイであり、逃亡者の集い旗とは、神の子供達と化して閉じた幸福を打ち砕いたクリアスティーナを中心に血の繋がり以上の強固な絆と誓いで結ばれた一つの家族なのだ。
彼らはたった一人の妹に全てを押し付け背負わせた臆病で情けない恥ずべき負け犬の集まりであり、再び立ち上がった彼女の隣に並び立つ日を待ち続けた誇り高き逃亡者でもある。
同じ時間を共有し、同じ地獄を共有し、同じ悲劇を同じ絶望を同じ罪を同じ誓いを共有した彼らは、確かに単なる家族を超えた特別な絆で結ばれていると言えるだろう。
だが、家族であるからこそ。
あまりにも距離が近いからこそ。互いに向ける感情の内側に粘性の炎が潜んでいる可能性を否定する事など出来やしないのである。
――貴方にとって、クリアスティーナ=ベイ=ローラレイとはどんな存在ですか?
親友である。大切な妹である。陽だまりそのものであり、優しすぎる子であり、その在り方を美しいと思っている、愛している。
嗚呼、その想いはきっと嘘ではない。真実クリアスティーナ=ベイ=ローラレイは家族から愛される存在だろう。
だが、愛憎とは表裏一体。
愛するが故に、その問いかけによって喚起されるものが決して温かで優しい感情だけだとは限らない。
胸の奥を刺すような疼痛は、脳裏を支配する暗く冷たい感情は、確かに愛する少女へ向けられた負感情であるはずだ。
世界中から集められた例外の中の例外、そしてその中でさえ他を圧倒した三人の天才達。
彼らの圧倒的な才覚に、その力に触れ続けて、比較対象にすらなれなかった他のメンバーの中に劣等感が生じなかったと何故言える?
彼らとて物心ついたばかりの幼い頃は天才として研究者達から期待を寄せられていた者たちばかりなのだ。
見向きもされなくなっていく自分と大人達の期待を一身に浴びる彼らとを比較して、近くにいるのにあまりにも遠すぎる彼等へと鬱屈とした思いが生まれなかったと一体誰が言い切れる?
別格とされた他二人だって例外ではない。
誰よりも近い領域に居たからこそ、己と相手の差異がはっきりと感じ取れる実力差だったからこそ、その僅かなけれど絶対的な格差を見せつけられて溜めこんだ鬱屈とした感情だってあったハズなのだ。
愛憎反転。
愛しているからこそ。誰よりも大好きだからこそ。誰よりも親しく、近くにいるからこそ――許せないと、憎らしく思うこともある。
それこそが、感情という不確定な意識決定プロセスを有する人間という生き物なのだから。
☆ ☆ ☆ ☆
「【愛多憎製】」
――瞬間、エディエット=ル・ジャルジーを中心とした半径五十キロを不可視の力場が放射状に走り抜け、覆い尽くした。
完全詠唱による業の起動。
それは、オリンピアシスで新人類の砦の二人組へ用いた詠唱を省略した簡易劣化版とは比べ物にならない規模と力で世界に干渉する。人類を滅ぼす『厄災』の顕現と同義である。
であればそれはどのような結果を招くのか。
「……アス、ティ……」
ギギギ。
まるで、油を刺し忘れたからくり人形のように、増殖する刃の樹木の群れを相手取っていたレギン=アンジェリカの動きがぎこちない挙動を経て停止する。
勿論、異変が起きたのは彼女だけではない。
拳を撃ち出し刃を砕いた不自然な姿勢のまま固まる貞波嫌忌が。
リリレット=パペッターと連携を取って様々な角度から音波攻撃を加えていたスピカが。
意識の無いディアベラスの面倒を見ていたハズの生生が、戌亥紗が、いつの間にか目を覚ましていたダニエラが、幼いミロまでもが――
体内で不自然に蠕動するナニカを必死に堪えるような切に迫った表情で固まり、それでも耐えきれなかったかのように彼らの首がギチギチと軋むように動いて、その視線が一つの方向へと収束していく。
――〝嫉妬より出ずる愛憎〟が世界に齎す災禍。
それは、己より愛される存在を嫉妬し憎悪する人間として当然の精神活動の誘発と拡張。
感情などという論理的な思考で説明のつかない不確定な要素を意思決定のプロセスとして有する人類は、その誰もが潜在的な『厄災』そのものであり、新たな『厄災』と化す可能性を持っている。
故にその可能性をエディエット=ル・ジャルジーは強引に開花させる。
発生する現象は悪趣味にて悪辣。
エディエットを中心に展開される不可視のフィールド内に生存する人間の嫉妬心の暴走と嫉妬より出ずる憎悪の強化。
それに伴う憎悪対象への殺意の収束――すなわち、己より愛されている存在への殺傷行為の実行。
そんな実にありきたりでつまらない悪意的な悲劇の具現こそが、エディエットの背負いし業の形。
フィールド内にありながら【愛多憎製】の効果から逃れる事が出来るのは〝己が誰よりも愛されているという強い確信〟を持った人間のみ。
他者に対してほんの僅かでも劣等感を抱き、欠片程でも誰かを羨む嫉妬の感情がある限り、エディエットの業からは絶対に逃れられない。
仮に業から逃れる事が出来る人間が居たとして、〝誰よりも愛されている確信〟を持つような人間など、真っ先に嫉妬と愛憎に狂った彼らの殺害対象となり、数の暴力に蹂躙される事になる。
そしてこの場合、地下空間にいる人間の殺意の矛先が誰に向かうのか。
そんな事は一々問うまでもなく――
「――レギンちゃん? 嫌忌くん? 皆……?」
クリアスティーナがどこか現実味のない口調でポツリと呟く。
嫉妬と憎悪に狂う殺意の滲む数多の視線が、たった一人の少女へと殺到した。
☆ ☆ ☆ ☆
――一方、人類ではないが故にエディエットの業の影響を受けなかったノーラは、頭上より俯瞰するように状況を観察、把握しながら次なる一手を模索し思案を続けていた。
彼女の最大の目的はミロ達三姉妹の保護にある。
ロトとミトは意識がない為エディエットの業の効果を受けていないようだが、意識のあったミロは違う。
戦う力など持っていないのに、その瞳に殺意を浮かべてクリアスティーナへ襲い掛かろうとしているミロは流れ弾一つで死んでしまいかねない。
直接彼女を狙われるよりも酷く危うい状況だとノーラは感じていた。
……この状況から彼女をどうやって守るべきか。
『厄災』の少女の思考はそちらへと傾いていく。
しかし、それと同時にこのままではクリアスティーナの身が危ない事も明らかで――
(……わたしは。あのおねーさんを、みすてたく、ない……?)
――当然のように脳裏に浮かんだクリアスティーナを切り捨てミロを助けるという選択肢に拒否感を覚えている自分を自覚して、厄災の少女は選択と行動を躊躇した。
結果として、クリアスティーナ同様にエディエットの業の影響外にあった彼女はこの状況に対して即座に効果的な行動を取る事叶わず、その逡巡が終盤の戦局に致命的な時間を与える事になる。
☆ ☆ ☆ ☆
嵐の前の静けさ。
全てが破綻する間際の不気味な静謐を感じさせる世界の中心で、ケタケタと。クツクツと。美しい夜空色の瞳に狂熱を湛えた一人の女がこれから起きる混沌を心待ちにしてその華奢な肩を震わせているその様は、恐ろしく悍ましい光景だった。
愛憎反転。
憎悪の誘発と拡張により殺意が芽吹いた彼等は壊れた人形のような不確かな足取りで、しかし一歩ずつ確実に彼我の距離を縮めていく。
一人の少女の元へ歩む彼らの目に灯るのは嫉妬であり憎悪でありドス黒く濁り切った澄み渡る殺意。
どうして自分は。何故貴女なんだ。愛されたい愛されたい自分だってもっと愛されたいのに、何故お前ばかりが愛される。もっと私をもっと俺を貴方ではなく貴女ではなく愛されるべきは俺なのに――そんな酷く自分勝手な欲求が膨れ上がり、理性を破壊する。
けれどそれは確かに人間誰しもが有する欲求で、感情で、そんな普遍的な衝動に突き動かされて彼らは最愛の家族へ牙を剥かんとする。
意識はある。記憶は整然と思考は明瞭。人格も正常である事は間違いない。これより自分が行おうとしている事に対する恐怖も戸惑いも拒否感も当然ある。
それでも振り払えないドス黒い感情の奔流に呑み込まれ、決して拒絶できない己の嫉妬と憎悪。そこから生まれる殺意が彼らの理性を穿ち肉体を縛り支配する。
逆らえない。抗う事が出来ないのは、それが決して偽物ではないからだ。
何故ならソレがどれだけ微小であろうとも、その身に生じたクリアスティーナへの嫉妬と憎悪は紛れもない本物であり、つまりそこから出ずる殺意もまた彼ら自身の裡から生まれ落ちた真実に他ならない。
愛憎反転。
嫉妬は誰の心にも。
愛する者を嫉妬し憎む事は人の性――であればどうして彼らが『厄災』足り得ぬと証明できる?
たかが感情。
されど感情。
人は愚かで醜悪で、感情一つで他者の命など塵同然に奪って見せて憚らない、罪深き生き物なのだから。存在そのものが他者を傷つけ迫害する『厄災』なのだから。
そして異変はそれだけに留まらない。
さらに状況は動く。変化し推移する。どれだけ祈り願おうとも、真摯な思いを嘲笑うように望まぬ事態は嘲笑すら伴って訪れる。
どこか諦観さえ滲んだ表情で静かに事の推移を見守っていたクリアスティーナが、自身の空間を支配する力によってあり得ない存在の乱入を察知していた。
「ディア、くん……?」
視力がなくとも、その雄々しく力強い干渉力だけで分かる。
分かってしまう事が何よりも悪辣な仕打ちだった。
クリアスティーナの必死の治療と生生の輸血措置によって一命を取り留めたディアベラス=ウルタード。ほんの数分前まで瀕死の重傷を負っていた未知の楽園最強の漢が立ち上がり、サングラス越しにクリアスティーナを射抜くように見据えていた。
「皆……」
仲間や家族達。そして最愛の人から苛烈な視線を浴びせられる少女が、困ったように茫洋とそう零した直後だった。
「「「――あ、ぁあ……ああぁあああああああああ!! っクリア、スティーナァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」」」
憎悪に呑まれ叫ぶ声が誰のモノだったかは分からない。
ただ、覆らない純然たる事実として、愛すべき家族たちが反転し、その命を刈り取るべく一気呵成に、燃ゆる憎悪に確信めいた笑みすら浮かべてクリアスティーナへと襲い掛って――
――血の華が咲いた。
☆ ☆ ☆ ☆
その瞬間を、エディエット=ル・ジャルジーは満足げに眺めていた。
クリアスティーナ=ベイ=ローラレイを愛する者達が、その命を奪わんと牙を剥く。
その実にありきたりな光景に、日常に、贈り物に、〝嫉妬より出ずる愛憎〟は諦観めいたものを滲ませてほくそ笑む。
……そうよ、そうだわ、それでいいのよ。
人間なんて所詮はそんなもの。
絆も仲間も家族も友情も愛も何もかもがくだらない。誰もが皆、自分が一番大切で自分ばかりが愛されたいと心のどこかで思っている。
だからいらないのだ。
自分以外を愛する者など、自分より愛されている誰かなど。そんなモノは自己の世界に不要なのだと、本当は誰もが心の底でそう思っている。
思っているのだと知っている。そう思った事が欠片もないだなんて、ワタシは絶対に言わないし言わせない。
仮にそんな綺麗ごとを吐ける頭のおかしな聖人がいるのなら、持てる力の全てを持ってその崇高な精神を堕落させてやろう。
両腕で抱えきれない程の狂おしき愛を愛を愛を! 脳まで蕩けるような甘く毒々しい愛を耳元で囁き与え続け、一人では決して得られぬその麻薬の中毒性にドップリと浸らせ溺れさせた後で全てを奪い取り上げて、それでもまだ同じ事がほざけるのであれば――嗚呼、その時は人に仇なす『厄災』として歓迎しようではないか。
そんな人間はもう人間などではない、ただの心無き怪物だ。異常者だ。最早人間とは相容れない、存在するだけで不幸と悲劇をまき散らす『厄災』と何ら変わらないのだと。
だから堕ちろ。貴方達が堕ちてこい。
クリアスティーナ=ベイ=ローラレイも、彼女を愛し彼女に愛されるディアベラス=ウルタードも。仲間だ家族だ絆だ何だと耳障りな綺麗ごとを垂れ流す小蠅の如き凡愚どもも。
裡に秘めた嫉妬と憎悪にその身を焼き焦がし、自らの手で大切なモノを壊して殺して全てを台無しにして絶望してしまえばいいのだから――ッ!
未だに状況を掴めていないのか、殺意を持って迫りくる仲間達に困惑したような緊張感に欠けた表情を浮かべるクリアスティーナ。
視力を失い、相手の干渉力から位置関係を割り出しているであろう彼女にはこのイレギュラーな状況をすぐに理解しろというのは土台無理な話だったか。
憐れな女だと嘲笑が零れる。
悲しい女だと笑みを引き裂く。
ならば無理解のままに愛する家族に裏切られて絶望のままに死ぬがいい。
理性の抑えもすぐにその力を失い、逃亡者の集い旗の誰かから殺意の籠った怨嗟の叫びが発せられる。
それが開始の合図であったかのように、己の衝動に必死で抗うような素振りを見せていた彼らがトンだような笑みさえ浮かべて一斉にクリアスティーナへ飛び掛り始める。
さあ、嫉妬と憎悪に狂った殺戮が、血に塗れた愛憎劇が幕を開ける。
心身共に傷を負って尚気高き少女の表情が今度こそ悲嘆に歪むその瞬間を、エディエット=ル・ジャルジーは夢想して――
「来た」
強い確信に満ちた誰かの呟きが聞こえたような気がしたその直後だった。
地下空間が崩壊するのではないかと思う程の強烈な縦揺れがエディエット達を襲い、実際に天井の一部が轟音と共に崩落した。
「――!?」
地震? いや違う。魔力点の天候や環境、気象などは現実世界から完全に切り離され乖離されている。魔力点を構築するノーラがそういう設定をしない限り、地震が自然に発生するなどあり得ない。
ならば一体何が――
――そして、原因はすぐに判明する。
大きな縦揺れの原因は地中ではなくむしろ地上。
巨大建造物の一部が天井――すなわちラグニアの地面を突き破って、地下空間に突っ込んできたのだ。
(見覚えがあるわ、あるわね、あるんじゃない。アレは確か――)
地下空間へ侵入してきた巨大建造物の先端部分が、所謂船首と呼ばれる船の一部である事をすぐさま見抜いたエディエットは、さらにその船に見覚えがある事に気付く。
間違いない。彼女たち逃亡者の集い旗が拠点として利用していたガレオン船。
名は確か……逃亡者の尻尾号だったか。
だが、何故ここに?
船に残っていた船員はエディエット自ら皆殺しにしたはずだが、生き残りがわざわざ船へと戻っていたのだろうか。
何にせよ、その幸運な生き残り共がエディエットの業を受けて、クリアスティーナを殺す為に船を動かしこの場に駆け付けた?
自身の想像に、状況を忘れ嗤い声すら漏れそうになる。
……仮にそうだとすれば、少女の仲間達からの人望は本当に厚かったのだろう。わざわざラグニアの外からクリアスティーナの為だけに船を動かし全速力でこの場に駆けつける程の絆、信頼、愛情。それは紛れもなく彼女の武器であり彼女だけの宝であると言えるだろう。
クリアスティーナ=ベイ=ローラレイはきっと、逃亡者の尻尾号の乗員皆に愛されていたに違いない。
そして、そんな両腕で抱えきれない沢山の愛こそがクリアスティーナ=ベイ=ローラレイを滅ぼすのだと思うと、おかしくておかしくて堪らない。
愛憎反転。
その目もくらむ程の愛が、エディエット=ル・ジャルジーでは決して届かぬ希望に満ち溢れた温かな輝きそのものが、クリアスティーナを殺すのだ。
それはなんて滑稽でなんて皮肉な結末なのだろう。
愛する者の凶刃に倒れる愛される少女。
その嘆きと無念を想像するだけで、エディエットの中に際限なく昏い愉悦が湧き上がってくる。
真っすぐクリアスティーナへ向けられた船首。そこに装備された巨大な砲は既に充填済みのエネルギーの発射準備に取り掛かっている。
照準は当然、眼前の少女へ。
いかにクリアスティーナと言えども、次元障壁も用いずに砲撃の直撃を受ければただでは済まないだろう。
そして状況を理解していない今の彼女が、仲間からの攻撃に対して防御の態勢を取れるとは思えない。
(……愛刃! 終わりね、終わりよ、終わりなんじゃない今度こそッ!?)
想定外の乱入に驚きはしたものの、状況は何も変わらない。
それどころか、クリアスティーナへの愛がさらにクリアスティーナを追い詰めている。
仲間達の攻撃がクリアスティーナを血で染め上げるその瞬間の訪れを、エディエットは愉悦を浮かべながら眺めて――
――頸動脈を狙う短剣の斬撃が、干渉力の循環を狂わせる呪いと呼ばれるオーラを纏った拳撃が、脳ミソを攪拌する音波の弾丸が、爪糸の先端に岩塊を結び付け振るわれる即席のモーニングスターが、それぞれ四方向から同時にエディエット=ル・ジャルジーを襲った。
「――は?」
思わず漏れ出た声は驚愕よりも困惑と不快の色合いの方が強かった。
何が起きたのか、一瞬、本当に理解が出来なかったのだ。
だが、起きた現象、ソレ自体は実に単純だ。
呼び起こされた殺意のままにクリアスティーナ=ベイ=ローラレイを襲うはずだった逃亡者の集い旗の面々に、気付けばエディエットは四方を取り囲まれており、彼らの放った全力の攻撃がそのままエディエットに全弾直撃したのだ。
勿論さしたるダメージなどない。
エディエット=ル・ジャルジーは『七つの厄災』が一つ、嫉妬と愛憎を司る厄災に、神の子供達ですらない雑魚の攻撃をどれだけ叩き込んだ所でたかが知れている。
彼らの攻撃ではエディエットが纏う魔力の壁を突破出来ず、故に直撃しようとも致命はおろかまともなダメージ一つ与える事さえ叶わないだろう。
だから、受けたダメージなど心の底からどうでもいい。
それ以上に、決して無視できない異常事態が進行している――
「――言ったハズですよ、エディエット=ル・ジャルジー」
クリアスティーナへ砲口を向けていた逃亡者の尻尾号。その船首が、いつの間にかエディエット=ル・ジャルジーの目と鼻の先にあった。
「――ァ、は……?」
大口を開ける砲口を、覗き込むような形になっている事に気付く。そして、機械じみた無機質な野太い男の声が、ふざけた名前と共に合図を告げる。
『――ライアンス・レールガン、発射ァ――ッ!』
致命的な閃光の瞬きの直後、極太の光の柱が厄災の上半身をごっそりと呑み込んだ。




