第二十五話 《魔力点α》ゼムリャ・ゲオルグ【遊戯難度A+】 淫靡艶麗廃墟都市ラグニアⅩⅧ――厄災VS厄災/光届かぬ少女はそれでも希望を見る
――結論から言って、クリアスティーナ=ベイ=ローラレイの空間転移は間に合わなかった。
未来予測にも近しい人智を超えた超演算の果てに達成される座標の書き換え。
神の子供達によるその絶技が実行されるよりも早く、エディエット=ル・ジャルジーによる致死の斬閃は放たれた。
故に、彼女が目撃する物は無惨な屍と化した最愛の人。愚かな子供と共に真っ二つに切り裂かれたディアベラス=ウルタードの惨殺死体である――ハズだった。
「……またね、まただわ、またなのねッ! 嗚呼、貴女はいつだってワタシの邪魔ばかりする……ッ!」
既に手遅れである事実など知らぬまま必死にディアベラス救出を試みるクリアスティーナ。一度座標の書き換えに失敗し、立て直しを図った彼女が次に行ったのは逃亡者の集い旗の面々の座標を個々に計算し己の元へと一斉に移動させる転移方式――ではなかった。
精神的な部分からくる不調、依然として不安定な自身の神の力。何より限りなく時間がない切羽詰まった現状。
それらの要因から演算時間の短縮と簡略化を考えた彼女は、二度目の挑戦では個々人の座標や数秒後の行動を個別に予測演算するのではなく、ある程度密集している仲間達の座標を内包する空間を一つの塊として認識、タグ付けし、空間ごと引き抜くような形での一斉転移を実行したのだ。
例えるのならば、地面から雑草を引き抜く際に雑草をピンポイントで引き抜こうとするのではなくシャベルで雑草が根を張る周囲の土ごと掘り返すようなものだと言えばいいだろうか。
ともかく。この方法であれば複数人をまとめて転移させられる為、個別に演算を行うよりも同時並行的に処理する項目が減り脳へ掛かる負荷は少なく済む。
それに伴い演算時間も大幅に短縮される。
「でも……そうね、そうよね。そうなのよね。そうでなければつまらないッ! ねえ、貴女だってそうよね、そうなのよね、そうなんでしょう!? ワタシと同じでこの時を待っていたのでしょうッ!? ワタシと貴女で殺し愛うこの瞬間を! そうなんでしょう!? パンドラァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!! 愛刃ッ! 愛刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃ッッ!!!」
個では無く個を内包した空間を一つの塊と見立て、それら複数の塊の座標を書き換える一斉転移は一度目とは異なり確かに成功した。
故に、この空間にはラグニア内部に侵入し生存している逃亡者の集い旗の面々がほぼ勢揃いしている。
命の危機にあったディアベラスを庇おうとした少女。ここまで裏方に徹してきた生生と竹下悟に、眠ったまま意識の戻らないダニエラ=フィーゲルとミランダ=フィーゲル。そんな彼女たちを守る戌亥紗にスピカとリリレット=パペッター。貞波嫌忌とレギン=アンジェリカ。少女二人を抱えたリズ=ドレインナックル。そして、厄災を前に命を落としたサマルド=ドレサーまでもが、空間単位で切り取り転移させたが為に、この地下空間へと招かれている。
クリアスティーナの良く知る仲間達が、彼女の力によってこの場への一斉転移を果たしていた。
しかし、二度目で見事成功したとはいえ一度の失敗は致命的な遅れとなって、無慈悲な現実を彼女に突きつける。
――そうでなければおかしいのに。
結果として周辺の空間を――壁面の凹凸一つに至るまで――完全に掌握するクリアスティーナが見たものは、その場に呼び寄せられた者達にとっても全くもって予想だにしない光景だった。
「――ふれるな」
「――刃刃刃……はぁ?」
胸に刃を突き立てられ、真紅に沈むディアベラスと。
彼の悪魔を庇うように立つ震える少女。
そして、そんな愚かな少女を護らんと、振るわれた厄災の致死の刃を受け止める小さな人影が、一つ。
猫のように髪の毛を逆立たせ、目の色を変えて眼前の敵を見据えるソレは、底冷えするような殺気立った声で〝嫉妬に出ずる愛憎〟へと告げる。
「――おまえが、このこに、ふれるな」
あり得ない、と。クリアスティーナは目の前の光景をそう断ずる事が出来なかった。
確かにそれは想定外の事態ではあった。ギリギリで最愛の人の危機に間に合うか、それとも一歩届かずに最悪の結末を迎えるか。
二つに一つの未来を頭の中で思い描いていた所に突如として現れた『厄災の介入』という第三の可能性。
己の予測を裏切るその未来図に、少なからず動揺はある。
だが、どうしようもない理不尽に怯える幼子を守らんとするその姿に、パズルの最後のピースが嵌る瞬間を見たような納得感を抱く自分がいるのだ。
「もう、だいじょうぶだよ」
〝貧困に生ずる色欲〟ノーラの不可解な言動を思い出す。
魔力点を統べる『厄災』でありながら殺意も敵意も害意すら抱かず、あまつさえ疑問を尋ねたり忠告してみたり人とコミュニケーションすら取ろうとする姿を。
攻撃を受けても碌な反撃もせず、クリアスティーナ達を悠々と見逃し消えてしまった事実を。
ダニエラとミランダを再会させ、親子の愛情を確かめるだけ確かめて、結局殺しもしなかった事を。
他者を〝おかーさん〟と呼んでみたり、母の存在を気にしたりと、しきりに見せた母親に対する執着を。
「あなたを〝きずつける〟すべてを、わたしがたおすから」
「こんどはきっと、ちゃんと〝まもって〟みせるから」
「わたしが、やりたかったことを。やれなかったことを、おもいだしたの。だから、こんどは――」
『厄災』という理不尽に晒され、死の淵に立っていた少女を守る『厄災』。
幼い外見をしいたノーラの行いは、傍から見ると一見不釣り合いで、彼女の言動を思い出してもどこかあべこべで、『厄災』の少女が求めるものとは配役が違っているように思える。
それなのに、そのはずなのに――
「このこは、わたしがまもる。おまえなんかにはふれさせはしないッ、ぜったいに! 〝嫉妬より出ずる愛憎〟エディエット=ル・ジャルジー、おまえはわたしがおわらせる……ッ!」
――この奇跡はきっと間違いなんかではないのだと、クリアスティーナ=ベイ=ローラレイはそう思った。
次瞬。エディエット=ル・ジャルジーへ追撃を掛けるべく、吠えた幼女の姿が霞と消えた。
それがスキル『曖昧模糊』を利用した瞬間移動だと理解したのは、おそらく対峙する『厄災』のみだっただろう。
そして、理解できるのなら対処も可能だった。ノーラの痛烈な一撃に地下牢獄の壁にめり込んでいたエディエットは、口端から血を流しながら歓喜の叫びをあげていた。
「……愛刃ッ! 愛刃刃刃刃刃刃!! ワタシから全てを奪った貴女が人を守るですって!? 面白い事を言うのねぇ、パンドラァアアアアアアアアアアアアアアア! ――突き立て、我が嫉妬と憎悪は刃の如く!」
愛おしい誰かを抱き留め受け入れるように。
最愛の誰かとの再会を喜ぶように。
呵呵と笑って、厄災はその全身から全方位へ致死の刃を勢いよく伸ばしていた。
「!」
一気呵成に膨張する刃の鱗。
一瞬でウニを連想させる形態へ変貌した厄災目掛け全速で突っ込んだノーラがどうなるかなど、わざわざ論じるまでもないだろう。
呪詛じみた詠唱と共にエディエット=ル・ジャルジーの肢体より生み出される刃は人間を斬る為に最適化がなされた刃である。
一個人へ特化した対人最凶の刃。
目の前の憎き敵の首を断つ為だけに、その都度産み落とされる唯一無二の特別性。
暴風のように膨張する刃の元へ、ノーラはブレーキを掛ける事も間に合わずに自ら突き進んでしまう。
そうして、大口を開けた致死の刃へ跳び込んだ幼女の褐色の柔肌はズタズタに切り裂かれ、その小さな身体に詰め込まれた中身を盛大に路面へぶちまけて――
「――刃、ァ……?」
直後。血反吐をぶちまける事になったのは、〝嫉妬に出ずる愛憎〟の方だった。
乱立する刃の群れへ跳び込んだノーラは、何故か傷を負わなかった。減速する事もその身を切り刻まれる事もなく速度そのままに右の拳を振り抜いた。
拳撃音はまるで砲声。『厄災』として自身が有する膨大な魔力を惜しむことなく注ぎ込んでいるのか、小さな拳に込められた魔力が今までとはまるで違う、文字通りの桁違い。
狙い違わずその左胸を撃ち抜いたその拳弾は、『厄災』が常時その身に纏う魔力障壁を撃ち抜くに十分な威力を秘めていた。
すなわち――
「ごぶ、ぎゃぐぁぁあああっ!? ガ、ぎィぃアばァあア……っぅ!」
――いつぞやの意趣返しとばかりに、ノーラの右拳がエディエット=ル・ジャルジーの胸を貫き、その心臓を握り潰していた。
《189ターン経過》
【エディエット=ル・ジャルジー】
落殺 圧殺〇 炎殺
刺殺〇 殺害〇 轢殺
殴殺〇 水殺 斬殺〇
《189ターン経過》
【ノーラ】
謀殺 爆殺 絞殺
斬殺 殺害○ 殴殺○
銃殺 刺殺 毒殺
「……あ、愛刃!? なに、これ。……血? ワタシの……血ィ!?」
その結末に、絶世の美女を象る厄災の喉が引き攣ったように蠕動した。
憎悪が、憎悪が憎悪が憎悪が憎悪が憎悪が憎悪が憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪がッッッ! エディエットの中で蛇のように蜷局を巻く巨大な感情が無視できぬ状況に鎌首を擡げ、自らの絶対の刃を跳ね除けた小さな『厄災』をねめつけ狂おしげに燃え猛る。
ギリ、噛み締めた唇から血が流れ出る事にも構わず、美女は狂おしい程の愛憎にその身を焼き焦がしていく。
「……あり得ない、わ。……何故……どうして、どうしてよ、どうしてなのよォぉおおッ!! どうして貴女は死んでいないのかしらワタシの刃に触れたのにワタシが貴女を殺す為に貴女と殺し愛をする為だけに用意したとっておきの唯一無二の刃で全身串刺しにして虫の標本みたいに加工してから優しく丁寧に少しずつ手足を捥いで風穴を増やしてゆっくりと時間を掛けてたっぷり貴女もワタシも満足いくまで嬲ってあげようと思っていたのにどうしてどうしてねえどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてなのかしらあはッ、愛刃刃刃刃刃刃刃――ッ!!?」
口から血塊を吐き出しながら、信じられない現実を受け止めきれずあまりの嚇怒に肩を震わせ哄笑するエディエット。
その死を確認したビンゴカードがターンを一つ進め、ノーラの頭上のカードに印が刻まれる。
生温かい肉に埋まった腕を引き抜きながら、距離を取らんと大きく後方へ飛び退くノーラ。その腕に返り血が一滴たりとも跳ねていないという事実が、エディエットの疑問への答えでもあった。
『次元障壁』。
支配する者の誇る最硬防御がノーラの身体をいつの間にか包み込んでいる。
致死の刃嵐を寄せ付けず、返り血の一滴すら許さない文字通り次元の異なる絶対防御。
厚さ一ミリにも満たない半透明の薄膜が、個に特化した絶命の刃が幼女の無垢なる肌を傷つける事を許さなかったのだ。
それが誰の仕業によるものかは、ノーラとて理解していた。
幼き厄災の少女は怒りに燃えていた瞳を驚きと困惑に見開きながら、視線を彼女へと送る。
対して、この決定的な好機を演出した最強の一角を担う少女は、己の足元にディアベラスと少女を転移させながら、この場の流れを決定付ける一言を発した。
「……ノーラ、私達で貴方を援護します! この子は任せて……!」
「ワタシと……ワタシとパンドラの殺し愛を邪魔するのはお前かぁああああああああああああああああああああああああッ!!」
☆ ☆ ☆ ☆
――クリアスティーナの宣言が、その場に一つの絶対的な流れを与えていく。
ラグニアに散らばった仲間達を空間ごと引っこ抜くように自身の元へと転移させたクリアスティーナ。
例えるならば、雑草を一つ一つ引き抜くのではなく、シャベルで周囲の土ごと掘り起こすような強引な方法によって空間転移を成功させたのだが、この手法には問題が一つ存在する。
タグ付けした空間ごと切り取って手元に引き寄せてしまう為、敵味方の区別なくその空間内にいた人間全員を転移させてしまうという欠点があるのだ。
しかし、今回に限ってはそれすらも自分達の優位に働くとクリアスティーナは考えていた。
ラグニア内部において、クリアスティーナ達はラグニアの法則に応じた能力の弱体化が発生している。
しかし、ラグニアの法則が作用しない――すなわちラグニア内部から外れているこの地下空間でならば、ラグニア内ではその力を発揮できない彼女達も万全の力で戦う事が出来るのだ。
敵味方の区別なく空間丸ごと刈り取る強引な空間転移によって、クリアスティーナは自らが有利な戦場へと『厄災』を引き摺りこむ事に成功したのである。
さらに、詳しい理由は分からないが『厄災』同士の仲間割れまで起きている状況だ。これを利用しない手はないだろう。
「……そういう事ネ、アスティ。だったら仕方ないカ。用意したシナリオから大幅ズレるが――ぶっちゃけ、『厄災』の手も借りれるナラ借りたいヨ」
想定外すぎる状況に冷や汗を流しながらも、生生はその顔に不敵な笑みを浮かべて、
「――皆ッ! エディエット=ル・ジャルジーに厄災遊戯を一つ以上展開させるナ! 彼女の問いかけ絶対否定しろッ! アタシ達もアスティと〝貧困に生ずる色欲〟を援護するネ!」
これまでの情報から鑑みて、〝嫉妬に出ずる愛憎〟の厄災遊戯攻略の必須条件は絶対に複数の厄災遊戯を同時展開させない事。
彼女の頭上にビンゴカードが二枚以上ある限り、厄災遊戯の仕様上、正当な手段で『殺し愛』に勝利してもエディエット=ル・ジャルジーを殺す事は不可能になってしまう。
故に、ただ一人の参加者に周囲の人間が協力し、一対一の厄災遊戯でありながら実質多対一の状況を生み出し、全員で一つの厄災遊戯をクリアする事。
それこそが殺し愛の攻略法なのだから。
……とは言え、流石の生生も『厄災』の少女を厄災遊戯に勝たせるべく援護する事になるとは夢にも思わなかったのであった。
☆ ☆ ☆ ☆
「……ノーラ、私達で貴方を援護します! この子は任せて……!」
「ワタシと……ワタシとパンドラの殺し愛を邪魔するのはお前かぁああああああああああああああああああああああああッ!!」
「……」
クリアスティーナの宣言に、『厄災』は激情を露わにした。
クリアスティーナの言葉に、『厄災』は言葉を返さなかった。
……ただ、言葉などよりよほど分かりやすい行動による返答が実行された。
「――突き立て、我が嫉妬と憎悪は刃の如くァアアアアアアア!」
美しい豪奢な金髪が翻る。
厄災遊戯の仕様で即座に死から復活したエディエット。胸に空いた風穴も塞がっており、心臓を握りつぶされたのが嘘のようにその動きは十全。
足裏から刃を生やし、莫大な速度で成長させる事により加速を果たす『厄災』が、人智を超えた怪物の挙動でクリアスティーナへ斬りかかる。
繰り出されるは点の軌跡で対象の命を穿つ刺突。爆発的な足裏の刃の膨張によって、弾丸と化して距離を詰める『厄災』は、そのまま腕から伸びる刃で神の子供達の喉を貫かんとする。
対するクリアスティーナも、目は見えなくとも空間を掌握する事で相手の攻撃の初動を掴んでいた。
――速い。
見てから動いて躱せるような速度ではないが、転移を用いれば回避は余裕だろうとクリアスティーナは瞬時に判断。
しかし、クリアスティーナの足元には傷を負ったディアベラスと無力な少女がいる。単なる回避は得策ではないだろう。
二人ごと転移させれば問題はないかも知れないが、まだ咄嗟の演算に不安定さが残る以上あまり無茶はしたくないというのが本音だった。
転移に失敗し、三人揃って無防備を晒すような事があっては目も当てられないだろう。一瞬の思考でそう結論付けたクリアスティーナはすぐさま眼前に『次元障壁』を展開しエディエットの一撃を防ごうとするが――
――割って入った小さな影が、クリアスティーナを突き飛ばしていた。
「え」
振り下ろされる刃。抵抗らしい抵抗もなく、甲高い破砕音と共に砕ける絶対防御。
先の一幕でエディエットの斬撃を完封したはずの防御があまりに呆気なく破られたのを目にして、愕然とするクリアスティーナ。
そしてそのままクリアスティーナの命を奪うはずだった斬撃を素手で受け止めてみせたノーラが、エディエットを見据えたまま忠告する。
「あぶないよ、〝おねーさん〟。この〝やいば〟はノーラじゃなくて〝おねーさん〟にむけられてるから、〝さわる〟と〝しんじゃう〟よ」
「……どうしてその女を殺す邪魔をするの、するのよ、するのかしら!? おかしいわ、パンドラ。ねえ、分かるでしょ、分かるハズよ、どうして分からないの!? そいつがワタシと貴女の殺し愛を邪魔してるのに……!?」
激情し美しい金色の髪を振り乱し、夜空色の瞳を血走らせて唾を飛ばすエディエット。
対するノーラは冷たい灼熱の嚇怒を湛えたまま、エディエットの斬撃を押し返さんとする。
エディエット=ル・ジャルジーの矛先が、クリアスティーナからノーラへ再び向かった。そこから先は咄嗟の判断だった。
その拮抗に時間を得たクリアスティーナは、すぐさまディアベラスと少女を安全な場所へ移動させるべく丁寧に時間をかけて演算を行い己ごと転移を実行。
ぶつかり合う厄災から大きく距離を取って、ひとまず戦闘から離れてディアベラスの治癒に専念する事を選択する。
これは、ノーラが少女を気にせずエディエット=ル・ジャルジーとの戦闘に集中できるようにする為でもあり、ディアベラスを救うという彼女の本懐を果たす為の行動でもあった。
援護をすると言ったのも本心ではあるが、物事には優先順位というものがある。心苦しいが、しばらくの間は同じ厄災であるノーラにエディエットを抑えて貰うしかない。
「あ……あぁ、おじ様、おじ様ぁ……っ! ごめんなさい、わ、わたしっ、もう嘘なんてつきません。いい子になります、なりますから……ぅう、いやだぁ。おじ様、お願いだから死なないで……っ」
「大丈夫、大丈夫です。ディアくんは私が絶対助けますから。――誰か、この子をお願いします!」
『厄災』達から離れた位置で意識のないディアベラスの止血をしながらクリアスティーナが叫ぶ。
自身を責め、泣きながらディアベラスに縋りつこうとする少女を気にかける余裕が今のクリアスティーナにはない。
それだけ、ディアベラスが負った傷は酷いものだった。すぐさま治療を開始しなければ手遅れになってしまうくらいに。
「私が必ず助けます。だから――」
地下空間に地上の光は届かない。
夜星の輝きすら拒む薄暗闇の中、手元でさえ碌に見えない悪環境で一体何が出来るのか――しかし皮肉な事に視力を失ったクリアスティーナにはそんな悪条件など元より関係がない。例え日中であろうとも、彼女はもう太陽の明かり一つ認識する事だって儘ならないのだ。
だがクリアスティーナ=ベイ=ローラレイは神の子供達。
支配する者の力で空間を掌握・支配する彼女に掛かれば、その目に光が映らずとも顕微鏡レベルでの精密作業すら可能となる。
「――お願い、死なないで……ッ!」
以前、ディアベラスの肉体と魂が分離してしまった際に、傷ついたディアベラスの肉体を正常な時間の流れから切り離された異次元空間へと閉じ込める事で肉体の劣化を防いだ事があった。
そしてクリアスティーナは、細胞単位でのズレすら許されない超精密な空間転移を応用した肉体の再生などにも長けている。事実、彼女はこの技術でエカーテミニア・オクタコースナーとの戦闘中に千切れ飛んだ腕をすぐさま再生させることに成功しているのだ。
例え致命傷であろうとも、自分ならばディアベラスを助ける事だってできるはず。
クリアスティーナは持てる技術を総動員して、致命を負ったディアベラスの命を必死に繋ぎとめようとする。
あれだけ怖れていた失明による現実との乖離を突き付けられる事による不安も、恐怖も、孤独感も今は何も感じない。感じるだけの余裕がない。
ただ、最愛の人が腕の中で冷たくなっていく最悪の恐怖だけが、クリアスティーナの心に孔を穿ち血を流させる。
(……大丈夫。助かる。貴方を愛し貴方の愛する私が付いてるんです、助からなきゃ、おかしい。――幸い、心臓に刃は届いてない。大きな血管の修復を最優先に、細胞レベルで足りないパーツを余所から回して命を持たせるッ。千切れた場所を次元障壁で繋ぎ合わせて止血。それから――)
同時に複数箇所の処置を行うよりも、可能な限り時間を掛けて正確性と確実さを優先するべきだろう。
今にも壊死しそうな部位を時間の流れの異なる異空間へ切り離し退避させている間に敗れた血管を縫って取り繕い、一つ一つ優先順位に応じて修復修繕を終えていく。
神の力を用いた顕微鏡レベルの精密作業。天才外科医だろうと物理的に不可能な曲芸じみた即興の外科手術を一人で行い、どうにか最愛の人の死を押し留める。
間違いなく最善は尽した。
しかし失われた血液は、流れ出た体力ばかりはどうしようもない。
(……私に出来るのはここまでだ。あとはディアくん自身の体力に賭けるしか……)
せめてここで輸血が出来ればと、額の汗を拭うクリアスティーナの顔が焦燥と悔しさに歪む。
そこへ――
「――アスティ」
「リズ姉? それに、生生も……」
「全く、そんな泣きそうな顔しないの。こんな時だって言うのにゾクゾクしちゃうじゃない☆ ……子供のおもりが必要なんでしょ? ここはアタシ達に任せて、あの子の援護に行ってきちゃいなさい」
困ったような泣き顔の少女――ミロの頭に手をやりながらリズが言う。
クリアスティーナの神の力によって突然街の地下に転移させられてパニックに陥ってもおかしくないというのに、モスグリーンの長髪を妖艶に靡かせる姉は既に現状を正しく把握しているのか実に落ち着き払っていた。
それだけではない。クリアスティーナの顔に走る三条の傷跡を見てもリズは一々騒ぎ立てず、まるで何事もなかったかのように普段通りに接してくるのだ。
彼女が時折見せるこういう所には敵わないと素直に思う。
「リズ姉。確かにディアくんの傷は塞がりました。でも、血が足りないんです」
こちらに対する気遣いすら感じさせないその自然体に、クリアスティーナ自身も自分の現状を忘れ、今まで通り自然に会話をしていた。
むしろ、この状況を産み出した張本人であるクリアスティーナの方が、ディアベラスの予断を許さぬ状況に冷静さを失いそうなくらいだ。
「これ以上、私に出来る事がないなんて分かっているんです。……でも、今のディアくんを置いていくなんて……」
「血が足りないって? ふっふっふ、ここは非戦闘員としてサポート術ばかり磨いてきたアタシに任せるネ。逃亡者の集い旗全員分の輸血キッドを持ち運んでる生生さんに感謝するヨロシ」
「……!」
この展開を予想していたとばかりに胸を張る生生の言葉にクリアスティーナの表情がぱぁっと喜色に染まる。その分かりやすさにリズは思わず苦笑を零しながら、妹の背中を優しく押した。
「ま、そういう訳だから。この子達を見るついでに可愛くもない強面な弟の面倒も見てあげるわよ。……お互い、自分の言葉にくらい責任を持ちたいじゃない?」
既にクリアスティーナの宣言により、逃亡者の集い旗の面々は動き始めている。彼女の言葉通り、『厄災』を攻略する為に『厄災』の援護に回っているのだ。
だが、事の発端であるクリアスティーナを欠いた彼らの動きにはやや迷いが見え、その動きは精彩を欠いているようにも見えた。
「……分かりました。ディアくんと子供達のこと、お願いしますね。リズ姉。――それから、生生。一つお願いがあります」
「……分かっタ。それはこっちでどうにかしておくヨ。多分、そろそろ〝彼女〟も目覚めるだろうしネ」
短く伝言を残し終えると、言外に告げる姉たちの瞳に頷きクリアスティーナ=ベイ=ローラレイは戦場へと戻っていく。
大切な妹を支えようと立ち上がる彼等の隣に肝心のクリアスティーナがいないのでは、逃亡者の集い旗もカッコもつかないだろう。
再会を喜ぶのも、互いの無事に歓喜するのも後で良い。今は、互いにやるべき事を。
そんな妹の背を見守りながら。
『厄災』に勝利する為に『厄災』と共に戦うその光景は、異質で歪だが決して悪いものではないなと、リズ=ドレインナックルは素直にそんな事を思った。
☆ ☆ ☆ ☆
「……それで、本当にやるのカ?」
「ええ、躊躇う理由なんてどこにもないでしょ。アタシ、これでもお姉ちゃんなのだし。怪我をした弟の手を握ってあげるなんて、当然の事じゃない?」
意識のない弟の顔からサングラスを外し、その強面を覗き込むリズ=ドレインナックル。
「まったく、アナタもアスティも。本当に手の掛かる……」
いつだって自身の快楽に正直な自己中心的な快楽主義者は、本当の姉のように穏やかな表情で、その寝顔を眺めていた。




