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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
最終章 承/壱 人世ノ業、詠イ奏デルハ『厄災遊戯』――『厄災少女』、愛憎劇ノ其ノ果テニ
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第二十一話 《魔力点α》ゼムリャ・ゲオルグ【遊戯難度A+】 淫靡艶麗廃墟都市ラグニアXIV――笑顔は眩しく勝利を彩って

「だからよぉ、早く帰ってこいよ馬鹿野郎。英雄とか偽物とか、そんなどうでもいいことぁ抜きにして、また皆で笑って話せりゃそれで文句なんざねぇってんだぁ、俺もアスティも……っ」


 全てを砕く悪魔の拳が〝嫉妬より出ずる愛憎〟を打ち破った。


 『七つの厄災』と『神の子供達(ゴッドチルドレン)』。

 共にその身に超常を宿す存在による、世界の行く末を占うかのような死闘。

 『裁定戦争』の第一幕において、勝利の女神という名の偶然は、知恵と勇気を振り絞り遥か格上へと全霊を賭して挑んだ悪魔に微笑んだ。


 エディエットが身に纏った刃の鎧を突き破り、そのまま肉体をも貫通した『悪魔(ディアブロハンド)の拳(/ベルクーテオ)』は、『神性』の格差による絶対的優位性を失った『厄災』の命を奪うのに十分な威力を秘めていた。


 肉体を穿たれたまま十数キロ先の岩壁に叩き付けられたエディエットの上半身は半ば千切れかかっているような有様で、胸の真ん中には直径三十センチはありそうな空洞がぽかりと空いている。

 『厄災』の心臓は、跡形もなく消滅していた。


「ほんと、大馬鹿野郎がぁ……」


 達成感と疲労に力が抜けて、どかりとその場に座り込むディアベラスの息は荒く。崩れ落ちた膝は笑っている。

 左脚の負傷が酷く、もう歩く事はおろか立つことだって儘ならないだろう。

 干渉力も完全に底を突いていた。見た目以上にボロボロでギリギリの戦いだったのだ。 


 人類が『厄災』を打ち破り勝利した。

 それはまさに奇跡的な快挙であり、大番狂わせにして値千金の大勝利に他ならない。

 しかし、そんな歴史に刻まれる偉業を達成した張本人に、その実感は全くと言っていい程なかった。


 なにせ、未だに自分が勝てた事が信じられないくらいなのだ。感覚と感情が現実においついていない。どこかフワフワと足元すら覚束ない感覚も、今は疲労が塗り潰していってしまっている。

 

「……参ったなこりゃあ、マジで立ち上がれねぇ。貞波達に迎えに来て貰うしかねぇかぁ……」


 あれだけ全力で『逃げろ!!』などと叫んでおいて、何とも格好が付かないが仕方がない。

 このままでは道の真ん中で寝てしまいそうなのだ。


 まだこの『魔力点』の『厄災遊戯ゲーム』を攻略した訳ではないが、今日くらいは贅沢を言ってベッドでゆっくり寝かせて貰いたいと少々本気で思うディアベラス。

 我儘を言って弟たちをこき使うのも、今日一日くらいは許されるだろう。 

 ああ、それから心配を掛けてしまっただろうミロ、ロト、ミトにはちゃんと謝らなければ……


 ……なんて事を考えながら、ディアベラスは貞波たちに距離を無視した念話を繋いだ。



☆ ☆ ☆ ☆



 ――『七つの厄災』と『神の子供達』による世界の趨勢を占うが如き死闘が幕を開けるその少し前まで時は遡る。


「ホッ、」


 なんて掛け声と共に屋根の上から跳躍する人影が一つ。

 二.五メートル下の地面にカッコよくポーズ付きの着地を決めて――びぃいいんっ、と全身に伝わる衝撃に身体を震わせ、その場に蹲る彼女は運動が大の苦手だった。


 彼女の名前は生生しょうじょう

 他の逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)の面々と合流せず、ディアベラスの念話にも応じずに単独行動を取っていたエセ中華少女はこの時、状況を打開すべく動き始めていた。


「イタタ。慣れないコトはするものじゃないネ。でもマ、危ないのも居なくなて、ようやく合流できるンだ。少しテンションあがても仕方ないヨ。――さて、サトリンの方も何とかうまくやて欲しいケド……」

 

 彼女がこれまで他のメンバーと合流せず、初期段階で合流できた竹下悟と共に裏で動いていたのには当然理由がある。


 まず第一に『魔力点』における情報収集。

 これは当然、自分達がラグニアで生き残る為に必要な事でもあり、その時点では仲間との合流を積極的に考えられるだけの余裕がなかったという事も彼女らが現時点に至るまで仲間達と合流しなかった事の遠因になっている。

 ――ちなみに、ラグニアで最初に合流を果たした突入組が彼らで、『予見』をうまく利用した竹下悟が男共に捕らえられる前に生生を見つけていたりと、男性陣の中で唯一問題が発生する前に女性メンバーと合流するというファインプレーをしていたりする。


 合流した二人は早々にラグニアの情勢を理解し機転を利かせ、主人と娼婦の演技をしながら堂々と街中で情報収集を開始。その際、実は二人はレギンや貞波とニアミスしていた。

 早々に娼婦の売買ルートの一部を抑えていた二人は、偶然にもレギンが売られようとしている事を知り、最終的に自分達の元へ売られるように裏で動いていたのだ。

 しかし、これまた偶然その場に居合わせた貞波がレギンを救出した事によってその合流策もご破算に。結果的にはそれで良かった、というのが現時点での二人の見解である。


 少し話が逸れてしまったが、彼女らが合流を避けた理由はもう一つある。

 第二の理由、それは生き残る為の情報収集段階で得た情報から、彼女と竹下悟は『厄災』との接触を全力で避けるべきだと判断した為だった。


 非戦闘系の神の能力者(ゴッドスキラー)である二人では『厄災』に太刀打ちできない以上、これも当然の行動であるように思える。

 しかし彼女たちは『厄災』と接触し得る可能性を極限まで減らす為に、ラグニア内部で発生する騒ぎからも距離を置いた。

 その騒ぎの中心には確実にラグニアにとっての異分子であり侵入者である逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)の面々がいる事が分かっていて、だ。

 つまり、彼女たちは『厄災』と接触しそうな仲間達との接触すらをも徹底的に避け、騒動や事件に直接かかわるのでなく常に傍観者としてラグニアの裏側で暗躍を続けた。

  

「……と、あまり気張っても仕方ないネ」


 直接的な接触を避けていたとはいえ、生生は自身の他人語り(プレイバック・アザー)で仲間達やその周辺状況は逐次把握していた。

 大局の変化に最も気付きやすい彼女がこのタイミングで合流を判断したのは、当然ラグニアの状況に大きな変化が見られた為だ。

 

 まず、最大のイレギュラーとも言える『厄災』と『厄災』の対立。

 〝貧困に生ずる色欲〟ノーラの見せる不可解な行動。

 クリアスティーナの不調。

 そして街中で殺戮の限りを尽くす〝嫉妬より出ずる愛憎〟エディエット=ル・ジャルジー。


 この戦い……否、この厄災遊戯ゲームで生生たちは個で全を凌駕する『厄災』と対峙しなければならない。

 自然災害そのものを相手取るような無茶無謀。『逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)』の総力を結集しなければ勝利は難しいだろう。

 だがそれでも、最終的には神の子供達(ゴッドチルドレン)であるディアベラスとクリアスティーナ二人の突出した力が必ず必要になる事もまた確か。


 その上でどうしても解決しておきたい問題がクリアスティーナの身に起きている不調であり、生生は彼女との合流のタイミングをかねてから図っていたのだが、クリアスティーナの直近の過去を再生出来ないタイミングなども多々あり――最初、彼女が死んでしまったのではないかと慌てに慌てた――そのせいで彼女の現在地を掴めなかったり、居場所が分かっても彼女の周囲の状況から合流が難しかったりと、条件がうまく嚙み合わない歯がゆい時間が続いていた。


 しかし、先述した状況の変化によって、今は合流に適した条件が揃っている。

 まず、クリアスティーナの現在地が判明している事。

 彼女たちの周囲をうろついていた『厄災』の影が消えている事。

 厄介なエディエットがだいぶ離れた位置で騒ぎを起こしている事。

 それら様々な条件を鑑みた結果、安全かつ確実に合流が出来るこのタイミングを逃す手はないという結論に達した訳だ。

 ……ラグニア侵入と共に離れ離れになっていた逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)の面々が、ディアベラスとクリアスティーナの元へそれぞれ結集しつつある事も良い知らせだった。

 事が上手く運べば、このまま逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)が全員合流出来るかもしれない。


「よっ。皆、久しぶりネ……って程でもないカナ?」


 頭の中で考えを纏めながら、彼女達の数秒前の人生を数分おきに確認しつつ辿り着いたその場所に彼女達はいた。


 周囲を警戒するリリレット=パペッターとスピカ。

 横になって穏やかな寝息を立てているダニエラ=フィーゲルとミランダ=フィーゲル。そんな彼女たちに穏やかな顔で膝枕をしている戌亥紗。

 そして、家屋の壁に背中を預け瞳をじっと閉じているクリアスティーナ=ベイ=ローラレイ。

 

「――っ! ……なんだ、生生か。……合流、随分遅かったし」

「ヤー、ごめンごめン。こっちも色々あってナ、遅くなてしまったヨ」


 びくんと肩を震わせてから、来訪者が見知った家族である事にホッと息を吐き出すリリレット。

 生死不明で行方知らずの家族との再会という、割と感動的なシチュエーションの筈なのだが、この二人とあってはリアクションはこの程度だ。

 特定の人間を除いて他者に対する興味が薄いリリレットと、それに輪を掛けたようにどこか達観した視点を持つ生生では、生まれる感動も生まれない。配役ミスと言う他ないだろう。

 スピカや戌亥は驚き、それからまるで自分の事のように顔をぐしゃぐしゃにして生生の無事を喜んでくれた。こっちはこっちで生生は飄々としているのだが、感情のメーターが高い彼女達はもう既に泣き出しそうだ。自分の身をこんなにも案じてくれる人がいるのはありがたいと、どこか客観的に評価を下しつつ、生生は笑顔で彼女達と再会を喜びあう。


 ……さて、彼女達の反応を見るに、スピカや戌亥紗の神の力(ゴッドスキル)で生生の接近をあらかじめ知っていたという事はなさそうだ。

 とはいえ、彼女たちはラグニア内部の法則の影響下にある為、神の力(ゴッドスキル)を使えないのは当然だとも言える。

 スピカやリリレットがこの街で神の力(ゴッドスキル)を使えるという状況の方が極めてイレギュラーなのだと考えるべきだ。

 つまり。


(うーん、あの地下空間がラグニア内部と判定されないの、やっぱビンゴみたいネ) 


 クリアスティーナの直近の過去を他人語り(プレイバック・アザー)で再生出来なくなっていた時間に何があったのか。

 しばしの時間を経て再生可能になってから、生生は既にその時間のクリアスティーナの人生を再生して確かめている。

 結果、クリアスティーナの直近の過去が見れなくなっている間、彼女がラグニアの地下空間――すなわち人々を閉じ込めている地下牢獄にいた事が判明しているのだが……これが一体何を意味するのか、生生の神の力(ゴッドスキル)を知る者であれば、すぐに答えに辿り着けるはずだ。


 生生の他人語り(プレイバック・アザー)は目視した事のある人物の人生を遡り、映像として再生することの出来る神の力(ゴッドスキル)だ。

 その人物の人生を見る力である以上、その力が及ぶ範囲はその人物の生前までに限られてくる。

 例えば、死亡したナギリ=クラヤの死後を彼女は見る事は出来ないし、逆に死んでしまう直前までの彼の人生を生生はいつでも見る事が出来る。

 その特性を利用して、ナギリは死の直前まで神の力(ゴッドスキル)を使い、生生に貴重な情報を齎したのだ。


 生生の他人語り(プレイバック・アザー)でクリアスティーナの〝とある時点から先の人生〟を見れなくなったと言う事は、〝その時点から先のクリアスティーナ〟は他人語り(プレイバック・アザー)の閲覧可能範囲外――つまりは死亡状態にあると判定されていた事になる。

 しかしその後、死後判定がされて再生が不可能だった部分――つまり死亡状態にあると判断されていた期間――も能力で再生・閲覧ができるようになり、クリアスティーナの死亡判定は誤判定であったという事が明らかになった。


 要するに、クリアスティーナが地下にいる間、他人語り(プレイバック・アザー)は彼女が死亡したと誤認していたという事になる。

 ……実はディアベラスの距離を無視した念話がクリアスティーナに繋がらなかったのも、彼女が地下空間に居たタイミングと重なるものがあるのだが、流石の生生もそこまでは知り得ない。


 ラグニアの地下空間を冥府や冥界に当て嵌めているのではないか、という生生の考察はこの辺りの情報が根拠になっていた。

 ……尤も、それが厄災遊戯ゲーム攻略に役立つのかと言われると曖昧に首を傾げざるを得ないのだが、それでもどこかで役に立つ可能性は捨てきれないと頭の隅に留めておく。


 と、リリレット達からやや遅れて生生の存在に気付いたらしいクリアスティーナが、壁に背を預けたままで顔をあげた。


「……生生、良かった。無事合流できたのですね」


 瞳は固く閉じられたまま。やはり反応も鈍く、佇まいもどこか彼女らしくない。

 彼女の身長以上の長さのある美しい金髪も平時の色艶を失っており、心身共に疲労が大きく伸し掛かかっているであろう少女は、酷くやつれてしまっているように見えた。

 そんな上から下まで眺めるような生生の無遠慮な視線に気付いたのか、クリアスティーナは僅かに身を固くして、


「……あ、その。すみません。驚き、ましたよね。……実は、私――」

「――アスティ、言わないで大丈夫ヨ。アタシ大体把握してるネ」


 動揺するつもりなんてなかったのに、生生の反応はクリアスティーナをきっと傷つけた。それでも謝罪の言葉だけは呑み込んだ。

 そんな言葉は生生の自己満足で、クリアスティーナをさらに傷つける優しい刃でしかない。自分を守る為に妹を傷つける恥知らずにはなりたくなかったのだ。


 知っていたはずの事なのに、覆らない現実として目の前に突きつけられると人の心はこうも揺らぐ。

 己に残る人間らしさ、という名の弱さを自覚しながら、生生はまどろっこしい事は抜きにして単刀直入に本題に入る事にした。

 今のクリアスティーナに対しては、余計な気遣いをしない事が最も重要だ。


「ねえ、アスティ。そろそろディア君達と合流したいんダ」

「え、でも……」

「出来るネ、アスティの力あれば」

「……っ」


 凛々しく美しいクリアスティーナの顔が生生の何気ない一言に苦悶に歪む。

 彼女もラグニアの法則下にあり、神の力(ゴッドスキル)を万全に使えない。だが、その制約から逃れる手段を彼女は知っていて、いつだってその力を行使できる筈なのだ。


 だが彼女はそれをしない。分かっていながら動けない。

 立ち竦み、前に進めなくなっているクリアスティーナの背中を押せたかもしれないダニエラは現在意識がなく、リリレットはクリアスティーナの事を必要以上に気遣ってしまう為にその役回りは担えない。スピカや戌亥紗は言わずもがなだ。


「ホントは、いつでも出来たネ? アスティさえその気なれば」

「……やめて、ください」


 だから、こうなる事は最初から分かっていた。

 分かっていて、その役回りを果たす為に此処に来た。


 これから、自分の言葉は深くクリアスティーナの傷口を抉るだろう。

 生生の大切な妹は苦しみ、悲しみ、絶望し、その昏い負の感情に呑み込まれて、深く傷つくかもしれない。


 それでも、妹の為に妹を傷つける事に、生生は一切の躊躇いを抱かない。


 自分が悪者になって、この子がもう一度立ち上がって前に進む事が出来るなら――


「ねえ、アスティ」

「生生、お願いです。私――」


 ――逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)は、立ち上がった彼女の隣に何度だって並び立つ自分達は、クリアスティーナの苦しみも絶望も悲しみも、その隣に立って分かち合い受け止めるべきだと思うから。

 縋るような妹の弱々しい懇願の言葉を無視して、生生は端的な事実を口にした。




「――顔が傷つき目が見えなくなった自分をディア君が好きでいてくれるか、そんなに不安カ?」




 遠方、貞波達と合流を果たしたディアベラスが、突如飛来したエディエットと遭遇し戦闘を開始する中。

 もう一人の神の子供達(ゴッドチルドレン)の戦いが、時を同じくしてその幕を開けていたのだった。



☆ ☆ ☆ ☆



「――は、はは! あの野郎ッ、マっっっジでやりやがった……ッ! 絶対に戦うなってアレだけ忠告してやったってのにホント馬鹿だろ! しかもそのまま厄災ぶちのめすとかさらに馬鹿か!? ……はは、あはははははははは!! こいつはいい、傑作だ! うちのディア君は厄災クラスの大馬鹿野郎だ!」


 ディアベラスからの念話を受け取った貞波達は、自分達が敵本拠地への潜入任務で隠密行動中である事も忘れガッツポーズをしながら大いに沸き立ち騒いでいた。


「ほ、ほんとに勝ったのか? ……ディアベラスが、厄災に?」

「……念話する余裕があるって事は、そういう事なんじゃない?」


 呆然とした表情で口を開けて立ち尽くすレギンにリズ=ドレインナックルが、子供二人を担ぎながらも大人びた色艶ある所作で肩を竦める。

 とはいえリズ自身も高揚と興奮を隠し切れないらしく、その表情は常と異なり少女のようなあどけなさが差していた。


「は……はは、凄い。凄いじゃないかディアベラス! 一人で厄災を一人倒したって事は……ええと、あとはもうアスティを取り返して二人で戦えば楽勝なんじゃないのか!?」

「ははは! バーカ馬鹿レギン! そんな簡単な話な訳ないだろばーか! レギンはだからレギンなんだよ!」

「な、ん、だ、と、貞波嫌忌ーっ! 貴様、ちょっと私の機嫌がいいからって何を言っても許されるとかそんな事は全然ないのだと言う事を思い知らせてやろうか今すぐにっ!?」

「いだ、いだだだ! バカ、お前両頬をつねるなだだだだ」


 自分達の陥っている状況も忘れてぎゃーぎゃーとじゃれ合い始めるアホ二人に、呆れながらも「今だけね」とほほ笑む長女。

 そしてそんな逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)の内輪ノリに完全に置いてけぼりを喰らってしまい何がどうなったのかよく分かっていないミロが、リズにディアベラスの無事を尋ねたくてオロオロとしていた。

 そして、そんな幼い少女の様子に気づかないリズではない。子守りの仕事を放棄したアホ二人に一瞬だけ恨めしげな視線を送るとため息を吐いて、


「……大丈夫よ。アナタのおじ様はアナタとの約束をちゃんと守ったわ」

「っ! そうですか……おじ様、良かったぁ……」


 その言葉に少女の顔がぱぁっと安堵と喜色に輝く。

 そんな素直なミロの分かりやすすぎる反応にリズはくすりと笑って、


「老け面で強面なディア君がこんな小さな子にまで懐かれるなんてねぇ。でも、こっちまで悪い気はしないから不思議ね」

「? あ、あの……?」

「なんでもないわよ、こっちの話。さて、それじゃあアホ二人も連れて、勇者サマをお出迎えに行きましょっか」


☆ ☆ ☆ ☆



 自らの世界の片隅で、ノーラは膝を抱えて拗ねたように独り縮こまっていた。

 

 暗闇と光の狭間。地上と地下の境目。人々の行き交う色町の狂騒の隙間。

 そこがどこなのかと問われれば、全てでありどこでもない。

 この世界において、ノーラは普遍的な存在としてどこにでも存在している。


 ――『曖昧模糊』。

 それはノーラの擁する特性の一つであり、『スキル』という形で常時発動しているノーラの固有魔術オリジンの一つのようなものだ。

 故に独り膝を抱えて丸くなるノーラは、このラグニアのどこにでもいるしどこにもいないとも言える。 

 それこそ揺蕩う水面に映る月のように、その存在はどこか希薄で虚ろだった。

 

「……おなかいたい」


 お腹が痛くて頭もズキズキした。

 あの時から……神の子供達(ゴッドチルドレン)のおねーさんにおかしな事を聞かれてからずっとだ。ずっとずうっと、頭とお腹が痛みを発している。


 ――ノーラ、貴方は一体、何を求めているのですか?


「そんなの、わからない。ノーラがしりたいよ……」


 ノーラには分からない。

 自分が何を求めているのかなんて、考えた事もなかった。

 

 ただ、ノーラはずっと知りたかったのだ。

 頭の奥底にこびり付いて消えない単語の意味を。

 



 ――『おかあさん』。




 たかが言葉一つが、どうしてこんなにも己の胸を締め付けるのか。

 知りたくて知りたくて知りたくてたまらなくて、知りたいと思ったから、それを知る為に色んな事をしてきた。でも、分からない。

 結局、おかーさんという存在も、おかーさんという存在がくれるという〝愛〟も。少女にとっては妖しく霞む霧と同じ。姿形がなく、掴む事さえ儘ならない、よく分からないナニカでしかない。


 だというのに――どうして自分は、いつまで経ってもそのよく分からない存在に固執し続けているんだろう?


 痛むお腹を抱きながら、愛を知らない『厄災』の少女は、己の理解不能の感情から目を逸らすようにぎゅっと瞼を瞑り痛みが過ぎ去るのを待っていた。



☆ ☆ ☆ ☆



 貞波達の干渉力の反応は、思ったより近くにあった。

 どうも、移動しながら戦っている間に逃げる彼等に近づいてしまっていたらしい。

 念話によると三分もしないうちに駆け付けられるとの事だった。


「……づ、ってて……だぁ、座ってんのもキツイってのぉ」


 座ったまま削がれた脇腹と左足を庇うようにゆっくりと背中を壁に寄りかからせて、これでは建物から貞波達を逃がした意味がないなと、貞波達を待ちながら一人自身の戦い方を反省するディアベラス。

 どうにか勝てたとは言え、エディエットとの戦いはそれ以外に意識を割いている余裕など欠片もなかったのも事実だ、仮にもし追い詰められたエディエットが貞波達を人質に取るような展開になっていたらと思うとゾッとしない。


 結局、『厄災』を一人倒した所で己の考えの足りなさと修行不足とを痛感させられるのはいつもと何ら変わらない。

 完璧とはいくら必死に追い求めようとも決して手に届かず、だからこそ感じる悔しさが明日のディアベラス達をもう一歩だけ成長させる。

 きっと、これはそういうものなのだろう。


 だがそれでも、少しは追い付けただろうかと思う。


 あの完璧なんてものには程遠い、ボロボロの背中に。今度は自分が背中を見せる事が出来るだろうかと思うのだ。

 

「……まあ、でも。ひとまず今はぁ、テメェの守りたいモン守り通せるかっけえ男にならねぇとなぁ」

 

 物思いに耽るディアベラスを邪魔するように、駆けてくる足音が響く。

 聞きなれた喧しい妹の声と、性格の悪そうな弟の笑い声、そして気に入らない姉の声。そこに控えめな少女の声も混じっていて、改めて少女たちとの約束を守れた自分に安堵する。

 立ち上がる力なんてもう欠片も残っていないと思っていたのに、笑顔に染まった家族の顔を見ていると何だか無駄に力が沸いてくる気がするのだ。


「よっ、と……!」


 ディアベラスはグッと臍の下に力を入れて、両手を地面について感覚の消えかかっている左脚を庇うように身体を起こし、凭れていた壁に手を突きつつも自力で立つと。


「おい、お前らぁ。あんまはしゃいで転ぶんじゃ――あ?」











 ――じわり。


                         赤が。







 胸の真ん中で、              




                               呪いが身体を侵食していくように。






 ゆっくりと広がって――














                        




                   ――その中心に、刃が突き立っていた。








「……すまねぇ、しくじったぁ。お前らぁ……逃げ――」









 直後。憎悪の咆哮が世界に轟いた。








「――ワタシを……殺していいのは…………■■■■だけだぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」

 

 




 ――胴体が引き千切れ、心臓が消し飛んだ筈の女が、いた。

 五体満足で愛憎を吠える彼女の頭上、まだビンゴが達成されていないビンゴカードがくるくる回って浮かんでいた。






☆ ☆ ☆ ☆





 第二十一話 《魔力点α》ゼムリャ・ゲオルグ【遊戯難度A+】 淫靡艶麗廃墟都市ラグニアXIV――笑顔は眩しく勝利を彩って





 第二十一話 《魔力点α》ゼムリャ・ゲオルグ【遊戯難度A+】 淫靡艶麗廃墟都市ラグニアXIV――笑顔は眩しく勝利を彩って/厄災遊戯されど終わらず





☆ ☆ ☆ ☆



  厄災遊戯ゲーム:『殺し愛(ラブ&ロール)

 愉しく仲良く殺し合って死因ビンゴを沢山揃えよう!

 【ルール】

 ・この遊戯ゲームは、ターン制ビンゴバトルです。主催者、参加者には九つの死因が記載されたビンゴカードが配布されます。死因を集めてマスを埋めて、定められたターン内により多くのビンゴを獲得したプレイヤーの勝利となります。

 ・プレイヤーは自身のビンゴカードを見る事はできません。対戦相手のビンゴカードのみ閲覧可能です。

 ・主催者と参加者のどちらか一方が人を殺すと一ターン経過します。遊戯ゲームの仕様上、一ターンに殺害可能な人数は一人まで。主催者か参加者どちらか一方のみしか人を殺す事が出来ない為、殺人のカウントは早い者勝ちとなります。

 ・原則、遊戯ゲーム中の参加者並びに主催者は死亡する事を認められていません。降参を宣言した場合にのみ、死亡を認めます。その場合、降参を宣言したプレイヤーの敗北となります。

 ・九ターンで勝負がつかなかった場合、サドンデス方式を採用します。

 ・敗者は死亡します。


(カード例)

 刺殺  絞殺  爆殺


 毒殺  殺害  斬殺


 撲殺  銃殺  焼殺    


 主催者:〝嫉妬より出ずる愛憎〟。

 参加者:■■■■(あの女)

 制限時間:無制限。

 参加者勝利条件:ビンゴの成立数で対戦相手を上回る。

 参加者敗北条件:勝利条件不達成。

 ※主催者と参加者の立場はあくまでルールの上に平等で公平であり、遊戯ゲームの進行に著しい影響を及ぼす『神性』の影響を遊戯ゲーム中に限り無効にするものとする。



【現在続行中のゲーム:2ゲーム】


《187ターン経過》

【エディエット=ル・ジャルジー】

 落殺  圧殺〇 炎殺


 刺殺〇 殺害〇 轢殺


 殴殺〇 水殺  斬殺〇  




《14ターン経過》

【エディエット=ル・ジャルジー】

 抹殺〇 射殺  食殺


 暴殺  殺害〇 刺殺〇


 絞殺  撲殺〇 黙殺



☆ ☆ ☆ ☆






 『厄災遊戯』は決して勝ち目なき遊戯ではない。だが、もっと根本的な話――『人類』は『厄災』を滅ぼせなどしないと知れ――






 ――神々の慈悲に縋り『厄災遊戯ゲーム』という遊戯の舞台に立ってようやく、矮小なる人は『厄災』に勝利しうる可能性を得られるのだから。




 

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