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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
最終章 承/壱 人世ノ業、詠イ奏デルハ『厄災遊戯』――『厄災少女』、愛憎劇ノ其ノ果テニ
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行間ε/断章Ⅱ

 ――【警告】

 本文書は現存する複数の文章の断片を繋ぎ合わせ、一つの文書として成立するように修復・復元されたものです。本文書の内容には致命的な誤りが含まれている可能性があります。これより先に進む場合、本文書によって被るあらゆる不利益に関する責任を本書は負いかねますので予めご了承ください。



☆ ☆ ☆ ☆



 私と彼女が出会ったのは煌びやかな劇場だった。

 銀幕によって舞台と客席とに隔たれた私たちは、けれど互いに惹かれあうように目と目が合ったのだ。

 時が、世界全てが凍りついてしまったかのようなあの瞬間、やや薄汚れた衣装に身を包み、頭をすっぽり覆うフードで顔を隠した町娘風の彼女の瞳は――しかしキラキラと星の瞬く夜空のように輝いていて、私は私を愛する他の凡俗たちとの違いにとても高揚したのを覚えている。


 ――私の目を焼き焦がした、紫色の空に金色の砂粒を散りばめた美しい星空のような――夜空色の瞳。


 ……あぁ、あの子は違う。ただ私の為に私を愛するだけの彼らとは根本から異なっている。

 きっと、私とあの子は対等な友達になれるのだわ。 

 

 そんな確信めいた予感に背中を押されるように、私は上映後、彼女の姿を探してすぐさま劇場を飛び出していた。

 着替えも化粧も落とさぬまま、突如街角に現れた私の姿に群衆はどよめき、騒ぎ立つ。

 方々より降り注ぐ無遠慮な視線と無思慮な愛を、私は当然のように無視して受け流し、何かに取り憑かれたようにみずぼらしいフードを被った町娘の後ろ姿を追い駆けた。

 

「――待って!」

「……? わら……こほんっ、…………わたし、ですか?」


 呼び止め、振り返った少女はやはりどこにでもいるような村娘の格好をしていた。

 フード付きの貧相なケープを深めに被って顔と紫色の美しい髪の毛を隠す彼女は、自分に声を掛けたのが私だと知るとその美しい夜空の瞳を驚愕に見開いて、


「え、エディエット様……? ど、どうかなされたのですか? な、なにかわたし、気づかぬうちにご無礼を働いてしまったですか……?」

「いいえ。違う、違うわ、違うわよ。だからそんなに怖がったりしないで? ……ねえ。アナタ、お名前はなんて言うの?」

「え、と。……わたしは、ドーラです。ただのドーラ、エディエット様が声を掛けてくださるなんて勿体ない、田舎から出てきたばかりのしがない奉公人でございます」


 はにかむように儚く微笑んで、少女――ドーラは、私にぺこりと頭を下げた。


 それが全ての始まりで、私が私の運命と出会った瞬間だった。






 ――星の煌く夜空色の輝き。

 美しい彼女の瞳に、人々に愛される私はきっと魅入られた。



☆ ☆ ☆ ☆

 


 ドーラの奉公先を無理やりに聞き出した私は、それから頻繫に彼女の元を訪れるようになっていた。

 ドーラの奉公先の主人も私の大ファンで、私が彼女の元を尋ねている間は、彼女は仕事から解放されるようになっていた。

 そのお礼に次回公演分のサイン入りチケットを渡してあげたら、泣いて喜ばれ、最近ではますますドーラの仕事の拘束時間は減っていた。

 給与は変わらず与えるように約束させたので、あの子は私に泣いて感謝すべきだと思う。


「ふふ。それにしてもおかしいわよね、私がちょっと頼みこんだだけで、今や奉公人のアナタがご主人からこんなふうにおもてなしを受けているなんて。まるで立場が逆になっちゃって、いつからそんなに偉くなっちゃったのかしらね? ドーラは」

「も、もうっ、からかわないでください。エディエット様~っ」


 客間のソファで寛ぎながら出された紅茶を味わう私に、ドーラは唇を尖らせ、どこかいたたまれない様子でカップを手に椅子の上で縮こまっていた。

 客間には私専用のティーカップが備え付けてあり、私の持ち込んだ茶葉が常備されている。この部分だけを切り取っても、私がどれだけこの場所に入り浸っているかがよく分かるだろう。


 私の来訪と共に彼女が二人分の紅茶を淹れて、そのまま二人でお話をするのがお約束になっていた。

 ドーラのカップの中で湯気を立てる紅茶には未だ口を付けた気配はなく、この状況に対して割り切れない彼女の心情が窺える。

 冷め切る前に根負けした彼女が「もったいないから」と紅茶を飲み始めるのもいつもの事なので、これも彼女なりの雇い主に対する精一杯の誠意なのだろうと思う。


 けれどそれも当然かしら。

 奉公先の主人にスコーンやパウンドケーキを用意させ、彼らが仕事をしている間に私と一緒にくつろいでいるのは、生真面目な彼女にとっては物凄く居心地が悪いに違いないのだから。

 

 ……それに、そんな彼女の葛藤と、誘惑に負けて紅茶を口に含んだ瞬間の幸福そうな頬の緩みを見る事も大好きなのだけれど、それを言ったら流石に引かれるかしらね?

 

「いいじゃないの、ご主人も喜んでいるのだし。私がくつろいでいいと言ったのだから、アナタもそう硬くならずに砕けちゃいなさいな。どうせ同じ時を過ごすのなら、心から満喫した方がお得よ? ええ、それがいいわ、いいわね、私が良いと言ったんだから是非そうなさい」

「それは、そうですけど……」 

「私が帰った後に、いじめられる訳でもないんでしょう?」

「うぅ……それも、はい。旦那様はとてもお優しい方なので……」


 我ながら意地悪な質問。

 困ったように給仕服の裾を掴む彼女も可愛らしくて、ついイタズラ心が加速していく。


「だったら問題はないでしょう? それとも、私と一緒にお茶を飲むのは嫌? もしかして……ドーラは私の事が嫌いに――ハッ、私と一緒にいると仕事がサボれるから、だからドーラは私と仲がいいふりをしてご主人を騙して……」


 よよよ、としなを作って崩れ落ち、さらにそこから会心の演技をみせると、ドーラが勢いよく椅子から立ち上がる。

 カップに注がれた熱い液体が、ぽちゃんと水音を立てて彼女の右手のなかで跳ねた。


「そ、そんな事あるわけないじゃないですか……!? もうっ、いい加減にからかうのは辞めてくださいっ、ドーラだって怒りますからね」

「ふふふ、冗談冗談。そうね、そうよね、そうなのよね。頑固で真面目で、優しくて融通の効かない石頭のアナタがそんな事する訳ないって事くらい、私はちゃあんと分かってるわよ。かわいいかわいいイイ子のドーラちゃんっ」


 顔を真っ赤にして怒るドーラの頬を突いて、心の底からの笑みが溢れる。


 こうしてドーラをからかって遊んでいる時間が、私にとっての至福の時間だ。

 何を言ってもひたすら頷き、肯定し続けるイエスマンではない。時に笑い、時に驚き、時に怒って、時に悲しむ。


 私の言動に対して情緒豊かで多彩な心からの反応を見せてくれる彼女だけが、誰からも愛される私と真に対等に向き合い付き合ってくれる唯一人の友人なのだから。


「……あの、エディエット様。それって褒めてるんですか? 貶してるんですか?」

「あら、どっちでもいいじゃないそんなの。私からの言葉なんだから、アナタは無邪気に喜んでいればいいのよ、いいのだわ、それでいいんじゃない?」

「むぅ、釈然としない……」


 ただ自儘に、あるがままに振る舞える。


 私が本当の私であれるのは、彼女を前にした時だけだった。



☆ ☆ ☆ ☆



 あくる日、私は出会い頭にドーラの手を掴むと、真顔でこう言った。


「決めた。私、アナタを買うわ」

「へ?」


 そう決意したのは、彼女との出会いから二年の月日が流れた頃だったか。

 私はだらしなくぽかんと口を開けるドーラの手を引きながら、

 

「もうご主人にも話は通してあるわ。お代はいいです、なんてふざけたことを宣うから、これまでの迷惑料含めて沢山サービスしてあげたら泡吹いて倒れてたけど……まあ幸せそうだったし別に問題ないわ、ないわね、ええないでしょう。はい、だから行くわよ、今日からアナタも私の屋敷で暮らすんですから」

「ちょ、あ、え、……あのあのあのエディ!? いつも以上に横暴かつ傍若無人すぎてわたしも空いた口が塞がらないと言いますか、状況を全く呑み込めてないのですけど!?」


 あわわと今更ながら慌て出して、奉公先の屋敷の出入り口にて急ブレーキを掛けるドーラ。私はウンザリとした表情で背後を振り返って、


「もう、とろい子ね。だから言っているじゃない。アナタは私の家でお手伝いという名のお喋り相手として暮らすのよ。やったわ、やったわね、やったじゃないの。これで見事に三食昼寝付き無職の誕生よ。働かないで食べるご飯はさぞ美味しそうね?」

「……こ、心が痛過ぎますっ、エディは私を喜ばせたいのか虐めたいだけなのかどっちなんですか!?」

「うーん、両方かしら」


 イタズラげに笑い適当に切って捨て、「せ、せめて働かせてください~」と引きずられながら涙を流して懇願する憐れな少女を馬車に押し込む。

 そのまま人攫いの如くドーラを乗せた馬車は私の暮らす屋敷へと向かい、到着と同時、私は彼女に与えた個室に着替えと共にドーラを押し込んだ。


 私の言葉が全て冗談ではないのだと彼女が実感するのは、奉公人にあった荷物が私の屋敷に運ばれてきた時の事である。




 ――■■■■■■■■■■■■■■■ザザザザザザッザザザザザザザザザザザジジジジッ、……ガガッガガガガガ―――――


 っ――時系列、視点不明の記録

 


 ある日の事です。談話室で二人でお茶を楽しんでいると、エディエット様は私におっしゃいました。

 

「ねえ、ドーラ」

「はい、なんでしょうエディ」


 敬称を禁止された私は、まるで友達にそうするかのように彼女の名前を呼びます。

 ……いいえ、きっと私と彼女は他の誰よりもずっと前から友達なのでしょう。ただ、私の方から堂々とそれを言い出すのは、少しだけ気後れしてしまうと言いますか、憚られるというか何というか……ともかく私は彼女が命令してくれなければ彼女を気軽に愛称や名前で呼ぶ勇気もない臆病者なのです。


 そんな私に、エディエット様は尋ねます。


「どうしてアナタはいつもフードやキャップで頭や顔を隠しているの? お仕事中はともかく……私と二人きりの今だって、外そうとしないじゃない。ねえ、どうしてなの?」 

「それは……」


 私は返事に困ってしまいます。

 これも結局、私に声を掛けてくださったエディエット様と違って私が臆病者だからなのです。

 私は、私と仲良くしてくださっているエディエット様に対してすらも、この素顔を見せる事を躊躇っている。

 エディエット様は、私のことを対等に友達として見てくれているのに、私は彼女に隠し事ばかり……それも全ては、私が自分を信じる事のできない臆病者だからなのです。


「ふぅん、なにか理由があるみたいね。それって、私にも言えないこと?」

「……いえ、これは、わたしが弱虫の臆病者だからなのです。エディに嫌な思いをさせていたら謝ります。でも、わたしがエディを……エディエットを嫌っているとか、そういう訳では決してありません。顔も録に見せようとしない女の言葉です、信じて貰えないかもしれませんが、それだけは、分かっていて欲しくて……だから、その……」


 言葉を探して、必死に気持ちを伝えようとします。けれど、必死になればなるほどに舌は空回り、想いは正しく形を取ってくれません。

 そんな私に呆れ返ったのか、ついに失望したのか、エディエット様は冷たい声色で突き放すように、


「嫌よ、嫌ね、嫌だわそんなの絶対許さない」

「……そう、ですよね。ごめんなさい、わたし、ただの使用人の分際で付け上がった事を――」


 ――はらり。私の頭を覆っていたフードが、エディエット様の指先に弾かれ背中に落ちてしまいます。

 そうして露になった私の顔と――フードの中に仕舞い込んでいたおぞましい紫色の長髪が、開放感に浸るようにさらりと空気に踊りました。 



「……あぁ、な、んで。……わ、たし……わたしは――」



「――やっぱり。なんて可愛い顔と、奇麗な髪の毛……」



 必死に隠していた秘密を知られた事に絶望し、啞然とする私以上に心ここにあらずな面持ちで、エディエット様は私の髪の毛を、目を奪われたように凝視し優しく撫でつけてそれから。


「……ふふふ、うん。満足。やっぱりアナタ、世界で二番目に可愛いいんじゃない?」

「……エディ?」

「アナタは必死に隠していたみたいだけど、ごめんなさいね、知っていたのよ。アナタの髪の色の事。ちらりと見えただけだけど――想像通りに綺麗で驚いてしまったわ。いいえ、ちょっと嫉妬してるかも」


 エディエット様は私の髪の毛を、忌々しい紫の髪を見て、当たり前のように微笑んでいたのです。


「許さないなんて言ってごめんなさい。けど、今アナタを許したわよ、ドーラ。それからこれは命令なのだけど、私の前ではその可愛い顔を隠すのは禁止ですからね。何を遠慮しているのか知りませんけど、アナタは堂々としていたほうが可愛いわ。ええ、私が言うのだから間違いないわね」


 傲慢で我儘で自分勝手。エディエット様の行動はいつだって自分の為で、人の気持ちなんてまるで考えていなくって――なのにどうして、こんなにも心惹かれるのでしょう。


 私はその時のエディエット様の笑顔を、世界で一番奇麗で可憐な笑顔だと思ったのでした。
















 ……嗚呼、このお方と知りあえて……『■■』になれて本当に良かった――


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