第零話 プロローグは過去と現在を繋ぎ、そして未来へ
……やあ、また会ったね。ああ、そうだよ。東条勇麻の物語、その第二章が始まるそうだ。
今度はどんな物語を彼は綴ってくれるのか、私個人としても興味が尽きないね。
さて、無粋な前書きはこれくらいにして。それでは、物語をお楽しみあれ――
「ねえ、待ってよー!」
少年を呼ぶ一つ年下の女の子の声は、どこかいつも不安げで、そこには『どこかに置いて行かれるのではないか』とか『また一人ぼっちになるのではないか』というような、明確な恐怖が根底にあるような気がした。
気がした、とは言っても少年はまだ小学生になったばかり。女の子の言葉から何らかの感情の切れ端を感じはしたが、それを明確な言葉に並び変えることなんて、とてもでは無いが出来はしない。
ついでに言うなら、少年はこの街――『天界の箱庭』に引っ越してきたばかりなのだ。というかこの女の子と出会ったのだってほんの数日前だったりする。
いつ見ても公園で独り膝を抱えて泣いているこの女の子を、少年はどうしても放っておけなかったのだ。
その女の子が抱く恐怖が一体何なのか分からなかったし、何をしてあげればいいのかもよく分かっていなかった。
だけど、それでも、彼女が不安げな声を上げる時は自分が傍にいてあげよう。
この子が何かに恐怖しているのなら、隣で手を握っていてあげよう。
彼女の味方であり続けよう。
そう思った。
「ほら、だいじょうぶだよ! ぼくはここにいるから!」
「ぐす、うん。ありがとう……、……」
「なに?」
「……ううん、何でもない」
差し出した少年の手を女の子はおずおずと握る。それをしっかりと握り返して、少年はニコリと笑った。
「かえで。ほら、行くぞ!」
「……うん!」
泣き虫な女の子の小さく柔らかな手を引いて、少年は今日も元気に天界の箱庭を駆けまわる。
自分の手を握る女の子が、これからは泣き顔で無く、笑顔を自分に向けてくれる事を願って。
誰だって笑っていたほうが、きっと楽しいのだから。
☆ ☆ ☆ ☆
夜の帳の降りた『天界の箱庭』北ブロック第五エリア。
基本学生寮が多い北ブロックではあるが、中央ブロックとの境目がある第五エリアに関しては、同じ北ブロック内でも他と比べて高級感のある建物が多い。
年齢層も少し高めで、高校生と大学生がそのほとんどを占めている。
とは言え、年齢層が高いとはいっても所詮はまだ学生。
深夜一時をまわれば外に出ている人はそう多くはない。
月明かりが照らす、人通りもまばらな学生通りを歩く人影が一つ。
二十歳前後の若い男だった。
男……と言うにはまだ幼げの残る、どこか中性的な童顔の少年は頭上を見上げる。
星の綺麗な夜だった。
少年の金色の髪が、暗闇の中、星の光を受けて煌めいていた。
「時代が変わり世界が変わろうとも、この星空だけはきっと同じように輝き続ける。僕らの世界の事なんて意にも介さずに、傲慢に自らの存在を、光を、放ち続ける。……か」
星の光は何百何千年も前の物なのだと言う。
こうしている今も、遥か太古の星々の輝きが気の遠くなるような長い旅を経て地球に辿り着いたのだと思うと、少しばかり感慨深い物がある。
「随分と遠くまで来た物だよ。正直言って、ここを訪れる事が出来る日が来るとは思っていなかった……。けれど運命というヤツも分からない物だ。まさか僕の求める物が眠る地が、彼女の暮らすこの地だったとはね」
ここまでの道のりは決して楽な物では無かった。
世界を回り、様々な光景を見てきた。
笑顔もあった。けれど、それ以上にたくさんの悲劇を見てきた。
ずっとずっと考えてきた。
自分にできる事を、自分のやるべき事を。
そして答えはこの街にある。
「一二年ぶり、か」
感傷的に呟いて瞳を閉じる。それだけで、あの懐かしい日々が目蓋の裏に浮かんできた。
一人の少女の笑顔。
それだけを想いながら、少年は呟く。
「今度こそ君の笑顔を守って見せよう。僕はその為にここに来たのだから」
あの笑顔を一度だって忘れた日はなかった。
いつだって彼の心の中に彼女はいた。
だから、
その足音を聞いた時、何かが弾けるような衝撃が少年の頭の中を駆け巡った。
音のした方、そちらを振り返るとそこには――




