表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
最終章 承/壱 人世ノ業、詠イ奏デルハ『厄災遊戯』――『厄災少女』、愛憎劇ノ其ノ果テニ
338/415

他人語り《プレイバック・アザー》/誰よりも真っ直ぐだった少年

 ――届かなかった。


 己の全身全霊を賭けた一撃。

 この刃は仇敵の喉を掻き切るには至らず、その圧倒的な格の差故に自分は敗北した。

 ……身体の内側から飛び出した刃が肉体を蹂躙し、まるで針の筵だ。刃が飛び出す傷口から血が零れていく。間違いなく致命傷。もう、助からない。そう思った。


 だが同時に、まだ自分は生きていた。

 致命傷ではあれど、即死ではない。意識はまだある。体内の干渉力は有り余っているし、力を使う事だって出来る。


 遠ざかる背中は、既に自分に欠片も意識を向けていない。 

 葬り去った塵芥に対する興味など、もう欠片も抱いていないのだろう。


 ならば、まだ自分にも出来る事はあるはずだ。


 この命が尽きるまで、この一手が趨勢を揺るがすには至らずとも、何か。せめて何か逆転の起点となりえるような布石を。

 向かい風に襲われる苦しい戦場に吹く、一陣の希望の追い風となれるような、そんな何かを。


 彼は血が溢れる喉を必死に震わせ、擦れる声で起句を唱えた。


「――……強奪視野スティール・ヴィジョン


 相手の視界を奪い秘密裏に自身と共有する事で、相手の視界を盗み見る技。

 もっと大雑把に言うと、視界を盗んだ相手の見ている光景を、まるで自分が見たモノであるかのようにリアルタイムで追体験できるという技である。

 他の技との併用は出来ず、使用中は視界酔いを防ぐ為に止まっていなければならないが、今の状況ならばそんなデメリットは関係ない。


 直接「厄災」へ一矢報いる事は出来ずとも、自分の仲間達なら。きっとこの一手を最大限に活用し反撃の一矢へ繋げてくれる筈だ。

 ナギリ=クラヤは最後の瞬間までそう信じていた。 




 事切れるまでの四十七分間、壮絶な痛みに襲われながら、彼は決してその意識を手放さなかった。



☆ ☆ ☆ ☆



 ナギリ=クラヤは十八年もの間、己の顔を隠して生きてきた。


 自身の暗黒隠蔽(ダークネス・トーカー)を用いて常に己の顔に暗い影を落としてきた彼の素顔は、ついぞ家族である逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)の面々でも知り得ないある種の七不思議のようなものとして、兄弟たちの中では面白おかしく扱われていた。


 けれど、誰一人として強引に彼の素顔を暴こうとする者はいなかった。

 面白半分に盗み見ようとする者もいなかった。


 ナギリ=クラヤは、そんな彼らの気遣いが、距離感がいつだって嬉しかったのだ――




 

 ――ナギリが己の素顔を隠し続けたのは、何も彼がとびきり人見知りで恥ずかしがり屋だから、という訳ではない。

 確かに、口数も少なく一人で行動する事が多いナギリを単なる人見知りだと誤解する人間は多い。実際、逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)の面々ですらも、その多くはナギリ=クラヤをそういう人間だと思っていた筈だ。


 ナギリ=クラヤは幻覚や目くらましのエキスパート。彼が扱う暗闇と視覚を司る暗黒隠蔽(ダークネス・トーカー)は、相手の視覚に働きかける神の力(ゴッドスキル)だ。

 干渉レベルはBマイナス。幻を見せたり、光を奪ったり、闇で視界を覆ったり。その使い方は多岐に渡る。


 容易に幻覚を見せる事ができるナギリにとって、目で見た光景とは信じるに値しない嘘の塊だった。


 自分程度に歪められ る世界(景色)を、他者がねじ曲げられない道理はない。

 才能ある子供達が集められる『特例研』において自身の力量と立ち位置を客観的に把握していたナギリは、いつどこで誰の手が入っているか分からない目の前の光景、色彩、目で見るもの全てに懐疑的で、何より自分などの手で容易に変えてしまえるモノに価値を見出す事が出来なかった。

 自らの手でそれを歪められるが故に、目に映るモノは簡単にねじまがる紛い物であると彼は考えたのだ。


 視界に広がる世界が気持ち悪くて、

 目に見える全てが嘘臭くて胡散臭くて、

 だからナギリ=クラヤは己という人間を見た目で判断して欲しくなかった。

 そんなものは偽りなのだと信じていたから、揺るがぬ確かなもので己を定義して貰いたかった。




 だから少年は、自らの顔を真っ黒に塗り潰した。




 素顔を黒く塗り潰す事で顔を隠して、嘘を隠して、己という存在の〝見た目〟を消し去る事で、真実ナギリ=クラヤというただ一人の人間を見て貰いたかったのだろう。

 

 けれど、そんな願望は普通の人間には理解されない。


 いつもぐしゃぐしゃと黒塗りされたような表情の見えない顔を、気持ち悪いと嫌悪する者がいた。

 不気味だと怖がる者がいた。

 何を考えてるのか分からないと拒絶された。

 きっと醜い顔を隠しているんだと嘲る者がいた。


 何てことはない。少年は集団の中で孤立した。孤立しながら全てを理解していた。

 例外やら特例ばかりが集められた『特例研』においても、ナギリ=クラヤの在り方は異質で異常だった。これは、ただそれだけの話なのだから。


 けれど、そんなナギリを肯定してくれる物好きが彼の前に現れたのだ。


「――顔を隠しているから気持ち悪い? 皆何を言っているんだ? 何もおかしなことはない、俺達は誰だって仮面をつけているものだろう?」


 その少年は、誰からも慕われる皆の人気者だった。眩く、眩しい光のような存在。暗闇を纏い続ける自身とはまるで正反対のその男は、ナギリを嘲る者達に向けて真顔でこう言った。


「お前達は他者と関わる時、己を一つも偽らないと言い切れるか? 素顔全てをさらけ出していると? 少なくとも俺には出来ないよ。友と少しでも仲良くなりたいと思えば、その為に努力する。そうあれるようにと振る舞う。その努力は仮面だ。〝人に見せている自身と本当の己〟その二つは違うものだ。どれだけ親しくなろうとも、それは変わらん。俺達が一つの個である限り、必ずそこに齟齬は生じる。なぜなら俺達は皆が皆独立した別個の生命体であるからだ。……それがナギリの場合、たまたま目にみえる仮面であっただけの事。俺達とナギリと、一体何が違うと言うのだ?」


 反論も出来ず、そそくさと逃げるように連中がその場を離れて行った後、取り残されたその男はさも当然のように馴れ馴れしく肩を組んでくる。


「ふぅむ。難しいものだな、人間、分かりあうという事は」

「……お前は、ぼくの顔が気味悪くないのか?」

「? さっきも言っただろう。俺とお前と何が違うのだ、と」

「……」

「しかしまあ、お前の仮面は難儀な仮面だとは思うがな。ナギリ=クラヤよ。その黒塗りの仮面は余人に解釈の余地を与えない。万人に対してただ一つ真実のを己を見て貰いたいなどと、そんな純粋な仮面を付けているのはお前くらいのものだろう」


 だが、と男はそこで言葉を一度区切って、勢いよく手を差し出して、


「お前のそんな真っ直ぐさが俺はとても気に入った。――俺は輩屋災友。どうだ、ナギリ=クラヤ。俺の親友ともになってはくれんか?」

  

 塗り潰した素顔を超えて、一直線に心の内側まで踏み込んできたその男、輩屋災友にナギリ=クラヤは救われたのだ。


 そうして、彼を中心に繋がりは増えた。友達の友達は赤の他人だとは思うナギリではあったが、不思議と彼の周りに集まる連中とは気が合うような気がした。


 どいつもこいつも我が強く、一癖も二癖もあるおかしな例外の変人ばかりだったけれど、ナギリ=クラヤは彼らのバカ騒ぎを眺めているだけで、どうしてか心地よかったのだ。

 



 そして、そんな陽だまりの中心には確かにいつも彼女の姿があって――



 

「――ナギリくん、ナギリくん? また食堂を勝手に抜け出したんですか?」

「……」

「ダメじゃないですか、ルールはちゃんと守らないと。急にいなくなられると皆だって心配して――」

「――私に、構う必要は特にないと、以前にも忠告したはずだが……?」

「もうっ、何を言っているんですか? 構うに決まってるじゃないですか。私たちは家族なんですから。それに、姉は弟の面倒を見るものでしょう?」

「……私達は同い年ではなかったか?」

「いいんです、こんな手のかかる人は弟で。それに、妹はリリレットがいるけど、弟っていないんですよ、私。だから、実はちょっと憧れてたりしてて……なんちゃって」


 クリアスティーナは顔を隠すナギリに対してルールを破った事をいちいち注意するような底抜けのお人好しだった。自分のような男に構うと君も孤立する。そう何度言って聞かせても、同い年の彼女は姉ぶって振る舞い、ナギリの手を引いていくのだ。


 ――何て事はない。ナギリ=クラヤも他の連中と同様に、明るく優しい彼女に惹かれ、その触れ合いの中で心を救われていたのだ。



 だから。



 その心優しき少女に救われた時、ナギリ=クラヤは己が見ていた景色(幸福)がやはり紛い物であった事を突き付けられた。


「……なあ、我が親友ともナギリよ」


 管理された幸福(ディストピア)は崩れ去った。


「……俺は俺が憎らしい」


 たった一人の少女によって、 嘘偽りだった閉じた世界は終わりを告げ、残酷な真実が白日の元に晒された。

 未知の箱庭(アンノウンエデン)は白衣の悪魔の支配より解放され、再び自由を取り戻すであろう。



 ――救国の聖女と成り果てた、心優しき少女の悲嘆と絶望を贄に。



「現実から目を背け逃げ続け、我が親友ともクリアスティーナ一人に全てを押し付け背負わせたのだ。俺達が気付くべきだった、背負ってやるべきだった、せめてあの子の持つ荷を支え、分けあう事が出来れば良かったのに……守るべき妹を、助けを求める親友を、俺は救ってやれなかった……ッ!」


 それが罪。


 クリアスティーナ=ベイ=ローラレイではなく、彼等『逃亡者』のみが背負うべき十字架。


 目の前の現実から逃げ続けたナギリ=クラヤ達『逃亡者』が抱える、原初にして終らぬ誓い。


「ならば、次は私達の番だろう。災友」

「……ああ、いつの日か彼女が停滞を打ち破り、再び立ち上がった時。その横に並び立てるように――」

「いつの日かきっと、私たちが彼女の力になれるように――」




 ――その時はきっと、己が命を賭しても、彼女を助けよう。




 傍らの友に告げるでもなく、ナギリ=クラヤは静かに一つの決意を自身に誓うのだった。



☆ ☆ ☆ ☆




 お団子頭が可愛らしい、エセ中華風の喋り方が特徴的な少女が顔色悪く呟いた。


「……吐きソ」


 見知った顔の末路、その死に様を再生するのはいつになっても辛い。

 死の瞬間を再生する際、普段ならば決して見えない筈の『感情』までもが可視化し流れ込んでくる事がある。こればかりはいくら回数を重ねようと慣れる事はないだろう。


 ……尤も、これを見ても何も感じない人間になってしまったら、それこそ自分はもう人ではないナニカになってしまうのだろうという確信はあった。


 だから、この胸の痛みは大切にとっておこう。

 苦しいからと言って、この感情を捨ててしまっては苦しみ以外の全てを失ってしまうのと同義だと思うから。


「――ナギリ君、ごめんネ。君の素顔、つい見てしまたヨ。でも、なかなかいいんじゃないカナ? 少なくともアタシはカッコいい思うヨ。君の願い素顔どっちもネ」


 いつものチャイナ服からお揃いのデザートウェアに着替えた少女は、ラグニアの廃墟のどこかで閉じていた瞼を開けると、祈るような呟きを残す。

 その呟きに、少女の隣で非常用のスティック型チョコレートをバリボリ食べていた恰幅のいい男が食べる手を止めて悲しそうに目を伏せる。


「……そうですか。それでは、やはりナギリ氏は……残念ですな。――しかし、その顔を見るに、彼が残したものに、何かヒントがあったのですかな?」

「うん、お陰様で。ヤツの戦闘シーン沢山見れたネ。それにヒントも。……情報、あればあるほど有利、これ常識ネ。ホントにナギリ君様様ヨ。彼が最後まで頑張てくれなかたら、アタシ達何も手を打てなかたヨ。サトリンの『予見』と合わせれば、アタシ達でも時間稼ぎくらい出来るネ」

「うおぉ……マジでじまですかぁ!? 本来、我氏の予見は『見てしまった光景を回避する』為の基準値として使用すべきモノなのですが…………いやあの、ホントにアレやるの? マジで?」

「もうっ、ごちゃごちゃ言ってないでサトリンも男見せるヨロシ! そろそろ活躍しないと、ホントにただのデブオタで終わるネ!」

「おうふ!? く、クリーンヒットッ、クリーンヒットですぞ生生氏!? し、しかしエセ中華弁の姉からの言葉責めもまた風情があってよきかな……」


 胸を押さえて地面を転げまわるアホな弟を無視して立ち上がると、少女は窓ガラスのなくなった窓から顔を出して空を見上げた。

 

「皆、死んじゃヤダからネ……」


 もうじき夜が訪れる。暗闇が希望を覆い隠してしまう事がないよう、彼の残した意志が仲間たちを照らすと信じて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 ※※※叡智の蒐集・更新停止に伴い、『天智の書』の余剰リソースを用いた新章が公開されました。
閲覧の際は注意事項を確認のうえ、細心の注意を払って頂きますよう、お願い致します※※※
『天智の書:人ノ章(ベータ版)』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ