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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
最終章 承/壱 人世ノ業、詠イ奏デルハ『厄災遊戯』――『厄災少女』、愛憎劇ノ其ノ果テニ
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第十三話  《魔力点α》ゼムリャ・ゲオルグ【遊戯難度A+】 淫靡艶麗廃墟都市ラグニアⅥ――誰しも皆、守るべきを胸に抱いて

 ――口の中から鉄錆びの味がする気がした。

 肺が焼け爛れ、脚が今にもポロリと零れ落ちそうだ。

 身体が重い。

 力が出ない。

 唐突に下腹部を襲い、今はナリを潜めている意味の分からない激痛も、脳裏に浮かんだ謎の手配書も、襲い来る全ての理不尽が走る少女の心と体力を削っていく。

 希望の香りはどこにもない、蔓延する絶望の芳香に、泣き出しそうになる。


 深く考えれば考える程、自分が取り返しのつかない袋小路の最奥へと迷い込んでいる気がしてしまい、終わりの見えない苦痛が肉体と心とを蹂躙して「何もかもを諦観の底へ沈めてしまえ」と耳元で悪魔が甘く囁いてくる。


 それでも、例え状況がどれだけ絶望的なのだとしても、腕の中に温もりだけは絶対に手放さないと決めていた。

 だから走り続ける事が出来た。


「……大丈夫だよミランダちゃん。お姉ちゃんがずっと付いてる。だからきっと、大丈夫だから……!」


 未だ目を覚まさないミランダ=フィーゲルを腕に抱き、少女――戌亥紗は孤独に『魔力点』を走り続けていた。


「泣かない……泣くもんか、私が泣かなきゃいけない理由なんて、一つもないんだ……! だって、ダニエラさんはちゃんと……ちゃんと約束してくれて……っ」


 おかしい。どうしてか視界が歪むのだ。頭に声が響いては、戌亥の涙腺が壊れんばかりに熱くなる。


 ――『すまないねえ、戌亥紗。アンタも大変な時だって言うのに、ダメな母親のエゴに付き合わせる事になっちまって』

 ――『……私なら大丈夫です。 ミランダちゃんも、ちゃんと最後まで守ってみせます。だから……きっとこの子を、迎えに来てあげてくださいね……!』

 ――『……ああ、きっと』


 走りながら彼女との最後のやり取りを思い出しては泣き出しそうになる。……同じ事を、一体何度繰り返しただろうか。

 ダニエラ=フィーゲルの覚悟を受け取り逃亡者の尻尾(ラストカウンター)号を降りてからどれだけの時間が経ったかも分からない。

 意識を失ったままのミランダを腕に抱いて走り続け、いつの間にか二人は砂漠の真ん中にぽつりと浮かぶ街『ラグニア』内部へと侵入していた。


「何だろう、ここ。……街? にしては、廃墟だらけだし……うぅ、紗さん、ゴーストタウンとかそういうのは勘弁願いたいんだけどな……」


 錆びれた廃屋ばかりが立ち並ぶ、街の外周部。人気のまるでない枯れ果てたスラム街に、自分たち以外の人の姿はまるで見当たらない。

 街へ入るまでは、戌亥同様に逃亡者の尻尾(ラストカウンター)号から命からがら飛び出した人々の姿も視認できる距離にあったはずなのだが……どうやら完全にはぐれてしまったらしい。


 己の嗅覚のみを頼りに少しでも危険な香りの薄い方へ薄い方へと軌道を修正しながら滅茶苦茶に走った結果、戌亥紗とミランダは『魔力点』で完全に孤立してしまっていた。


 ……それが何を意味するのか、危険な香りを避ける術のない人々がどこへ辿り着いてしまったのか、もっと自分が声を大にして、皆を導いていればよかったのではないか。

 押し寄せる無意味な仮定と今更の後悔に、戌亥の胸中を刺突にも似た鋭い痛みが駆け抜けて――


 ――挫けそうになる心を寸での所で繋ぎ止めたのは、腕の中の温もりだった。


(……ううん、落ち込んでなんかいられないもんね。私は、私に出来ることを。今やるべき現実から逃げずに戦わなきゃなんだ……!)


 ぶるんぶるんと、水浴びをした犬のように大きくかぶりを振って戌亥は意識を切り替える。自分一人絶望して諦める訳にはいかないのだ。今の戌亥の腕の中には、命がけで託されたモノが確かにあるのだから。


(ダニエラさんに言われたように、ひとまず落ち着ける場所を……二人で身を隠せるところを探そう)


 心身共に憔悴しているであろうミランダを横にしてやりたいというのもあるが、それだけではない。戌亥とて体調が万全な訳ではないのだ。

 そんな状態で子供一人を抱え、数十分にも及ぶペース無視の全力疾走。正直に言えば今すぐにでも足を止めて休みたかった。


 もとより彼女が心に負った傷は深く、沈む心に引きずられるように身体も重く調子は最悪に近い。今後の効率を考えても休息は必須だろう。


 いつも以上の〝冴え〟を見せた彼女の常人を超える嗅覚も――それが、特定の感情をキーワードとした『神化』という現象により、己の中の壁を突破し干渉レベルが一段階上昇した結果である事に戌亥は気づかなかった。皮肉な事に、大切な人間の喪失が齎した絶望と悲嘆が、彼女にこの地獄を生き抜くための力を与えていた――どういう訳かこの『街』に入ってからはからきしだった。


 身体の動きも鈍く重くなり、うまく力が入らない。抱えていたミランダの身体も一気にずっしりと重く感じ始めていた。


(うーん、どっちに進めばいいのか全然分かんないな。何の匂いも感じない、こんなの初めてだ……)


 ここまで第六感に近い超常の嗅覚で危険な匂いを回避し、さらにもっと漠然とした『こっちに行けば状況がよくなる匂い』なんてものを無意識のうちに嗅ぎ取って行動していた戌亥は、此処に来て導たる匂いを完全に見失い、途方に暮れていた。


 ――しかし、彼女をこの地点まで確かに導いた『嗅覚超過オーバーセンス』が嗅ぎ取った予感は本物だった。


 右も左も分からぬ未知の土地でフラフラと彷徨っている途中、ある物に気付いた戌亥紗は思わずその場で立ち止まって、


「これ、は……」


 彼女がそこで見つけたものは――



「――地下への、隠し階段……?」



☆ ☆ ☆ ☆



 闇が落ちたように暗い場所だった。

 微かに光を放つのは、等間隔に壁面に設置された小さな蝋燭の灯りのみ。手と手が触れるような距離で、ようやっと相手の顔をしっかりと判別できる。独りでは心細さで一歩も進めなくなってしまうような道を、少女たちは行く。


「どうだし、見つかりそうだし?」

「う~ん、どうかなー。とりあえずここから届く範囲だと、それっぽい場所はないみたいだよ、リリちゃん」

「じゃあ進むし。効果範囲を出たらもう一回、お願いしても平気だし?」

「うん! スピカはねー、まだまだ全然平気だよ! 歌を歌う元気だってあるもん!」


 『ラグニア』に侵入したリリレットとスピカが転移トバされた先は、じめじめとしたうす暗い巨大な牢獄の中だった。

 運がいいのか悪いのか、逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)のほとんどがバラバラに分断される中、二人だけは同一の場所にトバされた――という訳ではない。


「……それにしても、ちゃんと合流出来て良かったし」


 確かに、リリレットとスピカの転移先は同じ牢獄の中だった。

 だが、二人が合流したのはつい先ほど。『ラグニア』侵入から三時間以上が経過してようやっと巡り会えたのだ。

 それも、スピカが音響領域アコースティカ・レルムを用いて遠くまで響き渡る大声で歌い続けてくれていなければ、合流はまず不可能だっただろう。

 リリレットは走りながら微かに耳朶を揺する友達の歌声、その音源を必死に辿って、どうにかスピカを見つける事が出来たのだから。


「うん。リリちゃんがちゃんとスピカの声を聞いて、スピカを探してくれたおかげだよ。ありがとね、リリちゃん! ちゃんとスピカを見付けてくれて!」

「べ、別にリリは……た、たまたまスピカが近くに居たから合流を優先しただけだし。そういうセオリーなだけだし」


 無邪気に笑う盲目の少女の真っすぐな言葉に、リリレットは己の頬が朱色に染まっているのを悟られぬようそっぽを向いてぶっきらぼうに返答する。

 そんな誤魔化しすらも、音で世界を見るスピカには聞き取られているのだろう。――嬉しそうに跳ねる、この心臓の鼓動と共に。


 隣を歩く少女の楽しげなスキップと鼻歌がその何よりの証拠だった。


「でも、ここってどれくらい広いんだろうね、リリちゃん」


 二車線道路程度の幅がある道を、音響定位(エコーロケーション)で周囲の地形を把握しながら進んでいると、唐突にスピカがそんな事を尋ねてきた。

 

「私たち以外にも、沢山の人がいるみたいだけど……」


 そんなスピカの言葉とは裏腹に、どれだけ通路を進んでも、誰かとすれ違う事はない。

 それもそのハズ、彼女たちが歩く大きめの幅の道をメインストリートとして、そこから横合いへと無数に枝分かれするように伸びている小径が小部屋のような空間へと続いており、無数に存在するそれらの空間に大勢の人々が身を寄せ合って過ごしているのだ。

 スピカが言及している沢山の人とは、彼らについてだろう。


(確かに沢山人はいるし。けど、あの人たちはもう……)


 彼らの事を思い出すリリレットの表情は、苦虫を嚙み潰したように歪んでいた。


 彼らが過ごす小部屋には仕切りや錠のかかった鉄格子がある訳ではない。檻はおろか仕切りの一つすら存在しない。

 それなのに、彼らはその空間から一歩も外へ出ようともせず、それこそまるで刑の執行を待つ囚人のようにじっと動かないのだ。


 スピカ同様、リリレットとて彼らの存在には気づいていた。

 スピカと合流後、彼らと接触を図った事もある。

 ……しかし、リリレットは彼らとの遭遇時に、スピカの耳を咄嗟に塞いでやり過ごす羽目になった。


 まさか、スピカが盲目で良かった、などと思わなければならない日が来るとは思わなかった。そして、二度と抱きたくない最低な感情だと己の傲慢な思考を唾棄したものだ。


 座ったままぼーっと虚空を眺める彼らの顔には疲労と絶望――そしてそれらの感情とはかけ離れた堕した快楽とが色濃く表出していたのをリリレットは覚えている。

 声を掛けて返ってくるのは、思わず総毛立つような心ここに非ずな不気味な薄ら笑いだけ。涎や排泄物を垂れ流し、狂ったように突如として自慰行為を始める彼らに、人間性など残っている筈もない。


 彼らは人として〝とうに死んで〟いた。

 いくつかの例外を除いて他人に対する興味が薄い自覚のあるリリレットですらその末路に感じる事がある程に、それは人間が辿るべき結末ではなかった。

 終わりの訪れない終わり。己が犯した罪と冒涜を彷彿とさせるその光景はリリレットの胸中に複雑な黒い感情を渦巻かせる。

 こんな残酷で醜悪な仕打ちを、リリレットはスピカに聞かせたくなかったのだ。


(……なんて言って、結局こんなのは自己満足だし。耳のいいスピカが、真相に気付かない訳ないし)


 そう、意識して拾おうとしなければ、仲間との合流に全神経を集中させている時であれば、スピカとて彼らの発する音に意識を裂こうとは思わないだろう。


 しかし今彼女はリリレットと合流し、余裕がある。そんな状態でリリレットがあからさまに彼らの事を隠そうとすれば、嫌でも気にしてしまうのが人間という生き物だ。


 彼らがどういう状態にあるか、おそらくスピカはもう気づいてしまっている。

 それでも彼女が明るく振る舞っているのは、リリレットの気遣いを無為にしない為だろう。


 年下の友達を気遣った筈が自分が気遣われているという情けない状況に、リリレットは己の無力さを痛感して落ち込みかけ、それからぶるぶると首を振る。

 こんなことで落ち込んでしまえばそれこそ情けない。それに、考えてみれば、自分が落ち込む必要なんて欠片もないではないか。


 悪いのはリリレットではなくて、こんな気持ち悪い世界を創った『厄災』とやらに決まっているのだから。


(……こんなふざけた地獄、やっぱり許せないし。一刻も早く、皆と合流して元凶を断つし……!)


 理性なき獣の如く――否、獣ですら持つ野生や生存本能すらも打ち砕かれ、自儘に悦楽に浸り続ける彼らは、完全に心を砕かれた廃人と化していた。

 魔力点を構成する『厄災』の中には『色欲』を司る者がいたはずだ。これも、おそらくはそいつの仕業なのだろう。


「……ねえ、リリちゃん。リリちゃんはどのくらいだと思う? 未知の楽園(アンノウンエデン)何個分くらいなのかな?」


 倒すべき敵を、全ての元凶を改めて意識し決意を新たにしたリリレットは、どこまで続くかも分からない道の遥か先――見通す事のできない闇のさらに奥を睨み付けながら、


「私たちが思っている以上に広いのは間違いないし。なにせ――」


 ――そう、なにせ彼女たちが転移させられたこの場所は、『ラグニア』の地下に広がる超巨大な地下牢獄なのだから。


 そして、おそらく地上の街と同等の規模を誇るこの地下牢獄に収監されているのは、地上から消えてしまった人類の一部に違いなかった。


 息が詰まるような空気、身に覚えのある閉塞感。幸せを幸せと認識できず、不幸を幸せと誤認するような歪な世界。

 ここは、人間という家畜を閉じ込めておくための牢獄だ。

 得体の知れない快楽漬けにして狂気に堕とし、人々から生きる気力も抵抗する気概も奪い、得体の知れない『儀式』発動の『養分』となる日まで飼い殺しにする家畜小屋。


 人を人と思わない人外によって作られた一つの地獄の形。かつての管理された幸福(ディストピア)を彷彿とさせるこの地下空間の何もかもが、リリレット=パペッターは気に喰わない。


「此処には、地上の街を合わせて全人類の五分の一近い数の人間がいるハズだし。どれだけ広いのかなんて、考えてたら心が先に潰れるだけだし」


 だから、本当にリリレットがスピカと合流できたのは運が良かったのだ。

 スピカの音響領域アコースティカ・レルムとて、音の届く範囲には限りがある。地下という密閉空間が味方をしたとはいえ、数十キロや数百キロと離れていたら合流はまず不可能だったはずだ。


「……うーん。でも、スピカがお外から見た時はそんなに大きそうな街には見えなかったけどなー。ねえリリちゃん、やっぱりこの上って砂漠だったりしないの?」

「……逃亡者の尻尾(ラストカウンター)号には、各種レーダーも載ってるし。私たちが不時着した地面の真下にこんな空間があれば、ライアンスが真っ先に気づいてるし」


 だから考えられるのは、『魔力点』の中でも明らかに隔絶されていた、『街』の地下にこの迷宮じみた地下牢獄が広がっているという可能性。


 その場合、空間そのものに細工がされているパターンも大いに考えられる。

 外からの見た目よりも広大な土地を有する街など、それこそ未知の楽園(アンノウンエデン)で生まれ育ったリリレット=パペッターにとっては親近感すら覚える程に身近な話だ。


 ……クリアスティーナがいれば、この辺りの詳細についてもっと詳しい情報を得る事が出来ただろう。だが、今のリリレットたちはそのクリアスティーナの行方を捜索する側だ。彼女の助力を得る事は出来ない。


 どれだけ広いのか見当も突かない異界の地での人探し。

 それがどれだけ不可能に近い行いであるか、リリレットは顔にも口にも出さないだけで、大海原に落とした一滴の涙を見つけ出すような無理難題だと思っていた。

 もし隣にスピカがいなければ早々に心が折れて、今頃は全てを諦め立ち止まっていたかもしれない。


(……そんな弱音吐いてちゃ、裂姫ちゃんにも笑われるし。リリの方がお姉さんなんだし、スピカを引っ張って、元気づけるくらいじゃないとダメだし……!)


 ピンクのツインテールを尻尾みたいに振りまわして弱気をぶるんと振り払い、気合を入れ直すリリレット。


 気持ちを切り替えた所で、この広大な街でクリアスティーナとディアベラスを見つける事が無理難題なのは変わらない。

 だが現状、それ以外に縋る物もないのも事実なのだ。無力なリリレット一人ではどうにもならない問題である以上、自分の知る中で最強の存在である神の子供達(ゴッドチルドレン)二人に頼らざるを得なかった。


 ――自分も彼らのように強くなりたい。


 そう思う反面、二人に対する悔しさのような感情は微塵も沸いてこない。

 自分と彼らの間の隔絶を嫌と言う程に知っているリリレットの中には、クリアスティーナとディアベラスは特別なのだという諦観が根付いている。


 そして、だからこそ自分のような人間は二人に追いつくことはないのだという確信があった。

 だって、クリアスティーナが神の子供達(ゴッドチルドレン)になった時、ディアベラス=ウルタードはそれを理由に彼女を救う事を諦めたりなどしなかっただろう。


 自分にはそれがない。


 強くなりたい、大切な友達を安心させられるように強く生きたい、今度は失わないで済むように、強くなりたい。

 そう思えども、心のどこかで己の限界を悟っているリリレット=パペッターでは、決して神の子供達(ゴッドチルドレン)にはなれはしないのだ。 


 結局、地上への出口を求めて地下牢獄を進むリリレット=パペッターは、他人任せに他力本願に自分以外の誰かが目の前の問題を解決してくれるのを待つ事しか出来ないのかも知れない。


 ……と、真っ暗闇で二人きりの行進がこのまましばらく続くかと思われたその時だった。


「……っ!」


 音響領域エコーロケーションを行っていたスピカの肩が、ぴくんと跳ねるように動いた。


「スピカ……?」


 今までにないリアクションに、リリレットは訝しむような表情と言葉に、僅かに期待を滲ませて、


「……ねえ、リリちゃん。スピカ、出口見つけちゃったかも……」


 驚きと喜び、そして興奮が入り混じったような呟きが盲目の少女から漏れた、その時だった。

 ザッ、と。

 スピカたちが今しがた通過したはずの背後より、あり得ない足音が響いた。


「――何だし!?」

「――だれっ!?」


 ぐりんっと。勢いよく背後を振り向いた少女たちに、それはゆっくりと口を開いた。


「…………リリレット? スピカ……?」



☆ ☆ ☆ ☆



 彼女がそれを見つけたのは、偶然以外のなにものでもなかった。


 薄らと継ぎ目のある地面を不審に思った戌亥紗が軽く探りを入れると、偶然どこかのスイッチを押したのか、あまりに呆気なく扉は開き地面をくり抜き地下へと続く隠し階段が現れたのだ。


「――地下への、隠し階段……?」

 

 ……否。偶然を呼び寄せるに至った要因ならば確かにある。

 無自覚のうちに『神化』を果たし、『嗅覚』の域に留まらない第六感的な超感覚を得た戌亥紗の嗅覚超過オーバーセンス

 街へ侵入するまでのルートを無意識のうちに算出した彼女の驚異的な嗅覚が導いた、ある意味必然の偶然ではあったのだろう。

 『ラグニア』へ侵入すると同時に力を失った嗅覚は、しかし確かにこの場所へと少女を導き届けたのだから。

 

 だが、人が深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているものである。

 そういった悪魔的な帳尻合わせを行う世界の悪意(システム)を疑ってしまう程には、この世界は人間に優しくはなかった。

 

 だって、誰に予想出来ただろうか。





 

「――ねえ、おねーさん。そこで、なにをしているの?」






 厄災遊戯と呼ばれる大勢の人間と世界の運命を左右する大きな物語の中で、さしたる出番も無い端役でしかない筈の彼女の元に、『災厄ラスボス』が現れるなどと。



「――あ、あっ、うぁ……ごぁ……っ!?」


 声を掛けられるまでもない。何の脈絡も前兆もなくソレが背後に現れた瞬間、戌亥紗は冗談抜きに呼吸が止まり腰が抜けてその場に崩れ落ちた。


 背後に立つ『厄災』が放つ、埒外の神威に身体が痺れて、息の吸い方を忘れたのだ。


 ……『厄災遊戯』中、己より高位の『神性』持ちを害する際に生ずる本能的な忌避感情は発生しないようになっている。

 だがそんなものは関係ない。『神性』による権限などなくとも、『厄災』はただそこに存在するだけで人の心をしけたマッチ棒のように折っていく。

 

「みつかっちゃった? みつけちゃった? ふつうにしてたら〝ここ〟にはたどりつけないはずなのに……すごいね、おねーさん。おねーさんはどうやってここをみつけたの?」

「わ……た、ひ。ぃ、あ……ぁ……」


 声が出ない。喉が潰れてしまったように、掠れた呻き声の欠片ばかりが零れていく。

 意味を成さない言葉。腕の重さに、抱く温もりに、焦りが募る。守らなきゃ、この子だけは何が何でも守らなきゃ。

 何か、何かとにかく意志を伝えなければ。敵対の意志はない事を。

 抗うつもりはない事を。

 戦うつもりはない事を。

 刃向かうつもりはない事を。

 問いかけられたのだから答える、そんな当たり前の事も出来ず、礼儀知らずだと思われた瞬間が自分だけではなくこの子の命日になってしまう――



「――それはなぁに? おねーさん」



 声は出ない。意志を言葉で伝える事はできない。

 だから。

 戌亥紗はミランダ=フィーゲルを庇うように抱きしめて、丸まった無防備な背中を『厄災』へと晒した。


「……っ!」 


 これが、今の彼女に出来る精一杯の意志表示。


 戦う意思がない事を示し、ミランダだけは助けて欲しいと情けなくも慈悲を乞う。


 生殺与奪を相手に預ける完膚なきまでの降伏宣言。

 怯え竦んだ少女に出来る事は命乞いのみ。

 超常の存在と対峙した時、無力な人間は祈る他取るべき行動などないのだから。 


 恐怖からか、余りに力強く抱きしめられたためか、腕の中のミランダが、うなされるように独り言を零す。


「……かあ、ちゃん。俺が、守る……」


 その言葉に、戌亥の背後の『厄災』が僅かに眉を潜めた。


「かあちゃん? ……おかーさん? ――なぁに、それ……」


 死んだ魚の目のような虚無を湛えた黒目を見開いて、戌亥紗と彼女が抱くミランダ=フィーゲルを『厄災』の少女は射抜くような視線でじぃっと見据えている。


 一歩。どこか覚束ないふらりとした足取りで、幼い少女の形をした『厄災』が戌亥紗とミランダの元へと迫る。


 グキリ、と。細い首を折れてしまいそうな程に傾げながら、



「おねーさんはどうしてそのこをまもっているの? 愛しているの? おかーさんは、そのこを愛するものなの? おかーさんはまもられるものなの? おねーさんは、そのこのおかーさん? おねーさんは、おかーさん?」 



 自分で言って、首を振る。


「ううん、ちがう。おねーさんは、ちがう。そうじゃない。なら、わたしは……わからない。どうして、なにが……いたい……だって、わたしは――」


 ブツブツと意味不明の言葉を呟きながら『厄災』の少女が血走った目で手を伸ばす。

 その小さな手のひらが、触れただけで人間の命などあっさり奪ってしまえるであろう『厄災』の掌が、矮小なる人の子らへと迫って――








「――やらせません」


 刹那、ピアノ線じみた極細の糸が、開かれた地下への入口より迸り戌亥紗とミランダ=フィーゲルの身体にぐるりと巻き付くと、獲物を奪うように『厄災』の前から二人を掻っ攫った。


「な、なに!? ――きゃっ」


 視界がブレたと思った次の瞬間尻もちを着く戌亥紗。

 糸に身体を巻き取られ、地下空間へと引きずり込まれた。そう理解する間もなく混乱の極みにある戌亥が聞いたのは、ここ数日で幾度となく耳にした聞き覚えのある少女の声だった。 


「戌亥紗とミランダ=フィーゲル、無事回収だし!」 

「さっすがリリちゃん!」

「リリレット、そのまま二人を退避させてください。スピカ、この戦いは貴方が鍵です。作戦通り、お願いしますね」

「りょーかいだよ! スピカに任せて、クリアスティーナおねーちゃん!」


 そのまま糸ごと振り回されるようにして、戌亥とミランダは近くの小道へと乱雑に投げ込まれる。

 以前、危機的状況は継続している。急に復活した戌亥の嗅覚が、『厄災』の危険すぎる濃密な死の香りに警報を鳴らし続けていた。

 未だ何が起きたか理解しきれていない戌亥の耳が捉えたのは、すぅうう――っと、大きく息を吸い込むような音。

 そして、


「――わぁあああああああああああああ――ッッ!」


 きぃいいいんッッ! と、脳髄に突き刺さるような爆音が炸裂した。


 超大音量でぶちまけられた音波振動波ハイパーボイス

 指向性も強烈な振動による破壊でもない。ただただ他の全てを消し去る大音量の音の洪水。

 その意図は、ノーラと名乗る少女の形をした『厄災』が持つ出鱈目な致命を引き起こすと予測されている『愛死輝ル?(キーワード)』を防ぐ為の妨害音波だ。


 そうして、回避も防御も不可能な理不尽な一撃死を避ける舞台フィールドを整えた少女は、ここに開戦の狼煙を上げる。


「――空間転移が貴方だけの専売特許だとは思わない事です、『七つの厄災』〝貧困に生ずる色欲〟」


 耳朶を聾する音波振動波ハイパーボイスが密閉空間を埋め尽くす中、凛とした少女の声だけが確かな存在感を誇示するように響き渡った錯覚があった。

 その直後だった。

 十メートルほどの距離があったはずの『厄災』がすぐ至近に出現した事を戌亥の嗅覚は捉えていた。


「え?」


 それは、次元と空を司るとある少女の座標書き換えによって、『厄災』の少女の位置が強引に上書きされた結果引き起こされた現象。

 神の力(ゴッドスキル)による強制空間転移。


 ――位置の書き換え、一体何処に?


 決まっている。


「はぁあああああッ!」

 

 裂帛の気合が音の渦の中で燃え猛る。


 『厄災』の少女が強制的に転移させられた先は――『次元障壁ラ・ティオ』を纏わせた神の子供達(ゴッドチルドレン)の少女――クリアスティーナ=ベイ=ローラレイの拳が向かう終着点だった。


 ゼロコンマ一秒後に迫る拳を躱す術は流石の『厄災』にもなかったか。視界を埋める拳に、死んだ魚のような虚無の瞳を彼女は見開いて、


 がッッッ、――肉を打つ原始的な音が響き渡った。

  

 『次元障壁ラ・ティオ』と呼ばれる厚さ一ミリにも満たない障壁が、最硬を誇る守りであるならば、その最強の盾は転じて最高硬度の鈍器となるのもまた道理。

 クリアスティーナの繰り出した痛烈な拳の一撃は、正真正銘の最硬の一撃として『厄災』の少女の頬を確かに捉えていた。


「――ァあああああああああッ!」


 脳が焼き切れるような異質な痛みに耐えるように、少女が咆哮を上げる。

 この一撃が単なる最高硬度の一撃というだけではない事は、『厄災』である彼女がクリアスティーナの拳を躱せなかった時点で想像がつく。

 それも当然、彼女が放ったこの一撃は『支配する者ディメンション・オブ・ルーラ』としての技量の全てが組み込まれた超高度な一撃でもあるのだ。


 踏み込み、腕で振るうのではなく腰の捻りと体重移動、そこから生み出される全ての運動エネルギーを最大効率で収束させ、完璧に対象へ伝播させる事が可能なタイミング。

 拳の威力が最高点へ到達する地点。

 それら条件に合致するように相手の座標を書き換え、強制的に転移させて躱す余裕すら与えずに無二の一撃を叩き込むそのスタイルこそが、クリアスティーナ=ベイ=ローラレイが開発した特殊戦闘フォーマット『勝利支配す乙女の腕ルーラ・オブ・ザ・ビクトーリア』。


 戦闘中に己の行動全てを俯瞰的に把握し、動きを最小の空間単位で捉えながら相手の〝次の瞬間〟の座標を推移する戦況に応じて予測し瞬時に書き換える。

 瞬発的な演算力が求められる為に脳への負荷が大きく――特に両者が激しく動く近接戦闘では――多用する事が出来ないクリアスティーナ固有のその戦闘術式は、未知の楽園(アンノウンエデン)から脱出する際の演算経験を元に対人戦闘用にスケールダウンさせたものだった。


 対『厄災』戦においては〝憤怒たる災禍〟を相手取った際に、クリアスティーナはディアベラスと連携したうえで似たような戦術を取っている。

 だがあれは、あくまで既に転移先が設定済みのワープホールを設置し、ディアベラスの悪魔の一撃フォルティナ・ディアブロの性質を用いて砲撃の始点を出口に持ってきただけの簡易的な代物に過ぎず、難度の差はわざわざ述べるまでもないだろう。

 

 まだまだ実戦使用には程遠い、たった一度の使用で脳への負荷が限界を越える試作段階に過ぎない博打技。

 だがそれでも、『厄災』を相手に出し惜しみをしていたら一瞬で命を落とすということを、クリアスティーナはその身をもって思い知らされていた。


 だからこそ、〇か一〇〇かの賭けに彼女は打って出たのだ。

 そして、ただ拳を当てただけで『厄災』に勝利できると考えているとすれば、それこそ噴飯ものの愚か者に違いない。


 あくまで拳での直接接触は目的ではなく勝利への過程。

 この一撃は、負けない為ではなく勝利する為の布石に他ならない――


「――『次元障壁ラ・ティオ逆展開リバーシ、完了ッ」


 クリアスティーナは『厄災』に直接接触を果たしたその瞬間、己に展開していた『次元障壁ラ・ティオ』を逆展開――触れた場所を起点として『厄災』を瞬時に『次元障壁ラ・ティオ』内部に閉じ込める。


 ……普通に『次元障壁ラ・ティオ』で『厄災』を囲もうとしても、おそらくは空間転移で逃げられてしまう。

 だからこそ、回避不能の拳の一撃と共に叩き込む。

 次元と空間を司るクリアスティーナの干渉力で満ちた空間、それはディアベラス=ウルタードの『運命の悪魔は宣告するソルス・ディアブロ・プロフェシオ』と同様、彼女の法に支配された一つの小世界と化している。


 彼女は彼女の世界に君臨する神として、その絶対の法則を不敬な侵入者へと振りかざし――〝貧困より生ずる色欲〟。その空間転移を、逃走手段を封じ、さらに狭い密閉空間内へと閉じ込めた。

 

「まだッ、だァ……!」


 必殺を封じ、逃走を封じ、身動きを封じた。

 ならば残るは最後の一押し。ここで彼の『厄災』へ引導を渡すのみ――ッ。


 勝負を決めるべく、クリアスティーナは莫大な干渉力を刹那のうちに練り上げ、頭上に掲げし右腕を号令が如く一閃。


 絶叫と共に、振り下ろした。


「――『空間圧搾フランジット・トラクトス殺傷結界・(キル・オー)連続多重展開バーポイント』ッッ!!」


 『厄災』を閉じ込めた次元障壁ラ・ティオ内部を、空間を捩じ切る歪な斬撃が乱反射した。


 それは、シンプルが故に防御不能の必殺の刃。空間ごと相手を捩じ切り引き裂く斬撃は、いかなる手段を用いようとも防ぐことはできない。


 その斬閃を前にして唯一生き残る可能性があるとすれば回避のみ。

 しかし、次元障壁ラ・ティオ内部に閉じ込められ、空間転移すらも封じられた状態。いかに『厄災』と言えども、逃げ場が一切存在しない空間で歪な斬閃の乱舞を受ければ、生存は困難を極めるだろう。

 

 ……これで終わる。


 高位の『神性』を持つ存在であろうとも、自分たち神の子供達(ゴッドチルドレン)ならば彼女たち『厄災』に致命を負わせることは出来るハズ。


 『特異体』と異なり『神性原典』までは持たないと予測されている『厄災』が相手ならば、勝ち目はある。


 そんな希望的観測を確信へ――単なる事実への変えるべく、クリアスティーナ=ベイ=ローラレイは都合七〇もの空間圧搾を放っていた。


「……はぁ、はぁ、…………」


 スピカの音波振動波ハイパーボイスが止み、暗闇の戦場に再び静寂が訪れる。

 『次元障壁ラ・ティオ』が内側からから破られた気配はなく、空間転移が行われた形跡もない。

 となれば、七〇もの致死の斬閃を、かの『厄災』は全てその身に受けたという事になる。


 戦いの終わりを思わせるその空気に、荒い息を吐くクリアスティーナが僅かに弛緩。リリレットも、全身に巡る緊張の糸が解け始めていた。


 だから、これで決着が付かなければおかしいのに。






「――ッ!? リリちゃん、おねーちゃん! まだ終わってない!」


 響き渡るスピカの叫喚。最後まで警戒を切らさなかった少女の一声に、内臓を圧迫するような圧倒的な『神性』の圧が健在である事――目を逸らしていたその事実に誰もが遅れて追い付いた。


「――すごいね。おねーさんは、わたしにさわってもこわれないんだ」

「ッ!?」


 次元障壁ラ・ティオに閉じ込め動きを封じた筈の『厄災』。

 〝貧困より生ずる色欲〟ノーラは、クリアスティーナに殴られた頬をしきりに気にするように触りながら、彼女たちの背後にぽつりと佇んでいた。

 

「そん、な……空間転移の形跡なんて、確かにどこにもなかったハズなのに……」

「でも、これじゃあわたしはこわせないよ? ……ううん、ここじゃあわたしはころせないよ? わたしはきらいなばしょだけど、ここはわたしの〝ほーむ〟だもの」

「――っ。リリレット! スピカ!」


 刹那、我に返ったクリアスティーナはリリレットとスピカを庇うように、二人の前に転移。

 無意味と知りつつ、両手を広げ威嚇するように、


「やらせません……っ!」

「……?」


 クリアスティーナから放出される凄まじい剣幕と殺気に、しかしノーラは臆した様子も無くただ首を傾げるばかり。ドブ底めいた光のない黒瞳が、クリアスティーナと彼女が庇う二人をじぃっと観察する。

 そして、唐突に口を開いて、

 

「どうして?」

「え?」

「どうしてかばうの? あのおにーさんみたいに、そのこたちを愛しているの? おねーさんは、ふたりのおかーさん?」

「……お母さん? いえ、私は……。貴方は、いきなり何を……?」


 ノーラは、訝しげに眉を潜めるクリアスティーナの問いには答えず、まるで時が止まったかのように数秒の間微動だにせず停止して、それからぶるぶると玩具の人形のように首を振る。


「ううん、やっぱりちがう。〝かく〟のおねーさんもやっぱりちがうよ。……けど、わたしにふれてもこわれなかったおねーさんならわかるのかな? わたしにおしえてくれるのかな? ……ううん。でも、だめだよね。おねーさんは〝ここ〟の〝かく〟にしなきゃなんだから。だから、ひとまずは――」



 ――おそとにでよっか。


 そんな言葉が聞こえたと思った時には、クリアスティーナ達は太陽の照りつける地上に立っていた。


「……ッ!?」

「わたし、〝あそこ〟はきらいだな。だから、おねーさんたちも、もういっちゃだめだよ」


 相変わらず空間転移や座標の書き換えが行われた形跡はない。クリアスティーナの知り得ない、もっと他の方式が使われているのだろう。

 そうでなければ、いかに『厄災』といえどクリアスティーナの『次元障壁ラ・ティオ』に閉じ込められた状態から何の形跡や痕跡も残さずに転移できる訳がない。


「〝あそこ〟はこわいところだから。わたしはずっと〝あそこ〟にいたけど、おねーさんたちはまだいっちゃだめなの。ちゃんといっしょに〝げーむ〟であそんでくれなくちゃいやだよ?」


 茫然自失と立ち尽くすクリアスティーナに、隣に立つスピカとリリレットの焦燥が一気に加速する。


(……不味いし、今のアスティは……!)


 姉を庇うように咄嗟に前に出る妹たちに、しかしクリアスティーナの反応はない。棒立ちのまま、怯えたように震えているだけだった。


 誰の目にも明らかな異常事態。だが『厄災』は、クリアスティーナ達の事情など顧みずにその在り方を自儘に振りまく存在だ。


 ノーラの無邪気で無垢で虚無な瞳が、クリアスティーナを照準する。

 そうして、『厄災』が破滅を告げる一歩を踏み出そうとして――

 











「――あ、みつけた。あれが……」




 

 …………ん。




 


 

 最後の方を聞き取る事も出来ぬまま、その呟きは風に流され消えていった。



「……」



 後に残ったのは、呆然と立ち尽くす三人と、ぺたりと地面に座り込んだ二人。計五人の少女たちのみ。


 ……この沈黙を破ったが最後、この都合のいい幻想が壊れて、最悪の現実に引き戻されるのではないか。

 そんな非現実的な妄想が邪魔をして、誰もが中々声を上げる事が出来ずにいた。


 しばらくして、息をする事も忘れていたリリレットが、ようやく途切れ途切れの声を絞り出す。


「――なんだし、アイツ。いきなり、消えた……?」

「スピカたち、助かった……の……?」


 それは、拍子抜けする程にあっさりとした幕切れだった。


 今までの死闘が夢や幻覚だったのではと疑ってしまう程に何の脈絡もなく、〝貧困に生ずる色欲〟ノーラはクリアスティーナ達の前から忽然とその姿を消したのだった。

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