第十一話 《魔力点α》ゼムリャ・ゲオルグ【遊戯難度A+】 淫靡艶麗廃墟都市ラグニアⅣ――運命の悪魔は愚かにも願う
薄暗がりの路地裏、ジャングルのように入り組んだ廃墟の森の中。
獲物に狙いを定めた獣のように、怪しく輝く一対の瞳があった。
「あらあら、こんなに警報鳴らしちゃって。ほんと、美味しそうな子ってどうしてこう目立ちたがり屋なのかしらね」
じゅるりと、妖艶に響くのはふっくらとした唇を舐め回す女の湿っぽい舌なめずり音。
この極貧の色町で多くを狩ってきた狩人たる女はくすりと色っぽく笑って、ようやく見つけた極上の目標に照準を定める。
「さてと、よく分からないゲームも始まってしまったコトだし、善は急げとしましょうか。第一お預けなんて性に合わないわ。だって、アタシも子宮が疼いて仕方がないんだもの☆」
いっそ下品に身をくねらせて、淫靡なる都で水を得た魚のように魔性の女が動き出す。
☆ ☆ ☆ ☆
警報が鳴り響く。
「女だぁー! 噂通り、首輪のついてない女がいたぞーっ!」
「盗人の男は殺しても構わない! つうか殺せ! 殺しちまえ!」
「ああ殺せ! 殺せ! 俺の女を奪った男は皆殺しだ!」
「バーカ! あれは俺のモンにするに決まってるだろ! ブ男共は引っ込んでろォ!」
追手による包囲が完成する前に廃墟を脱出したレギン=アンジェリカと貞波嫌忌の両名は、現在スラム街の路地裏を命からがら逃げ回っていた。
「なん、で。……はぁ、ぜぇ、……こうもしつこく追われ、るんだ……っ!」
追いかけてくる足音は大まかに二十前後といった所か。
バタバタと気配も足音も殺さず喧しく迫る追跡者たちは、貞波のような実験都市の暗部を生き延びてきた者からすれば素人と呼ぶべき烏合の衆だ。
だがそれでも、ただの一般人とは侮れない。なにせ貞波たちを追う足音のうち何人かは、何かしらの異能をその身に備えた神の能力者なのだから。
時折、背後で響く炎の爆ぜる音や氷塊の破砕音を耳にしながら、貞波は己の肉体にむち打ちひた走る。
(『魔力点』にはただの人間ばかりじゃなく神の能力者も囚われている……そんな事分かってるけどさ、折角助けてやろうとしてるお仲間に狙われるってのは釈然としないものがあるよッ、本当にさ!)
そもそもこの街を行きかう人々が現実の人間なのかどうかすら分からないが、『魔力点』に囚われた人々が他に見当たらない以上、彼らがその要救助者である可能性はかなり高い。
問題は何故彼らが当たり前のようにこの狂った世界に適応し、住民として暮らしているのかだが……
(……ああ、もう細かい考察は後だ後! ……くそっ、こいつらがこのふざけた世界に合わせて作られた幻だったら後で絶対全員ぶっ殺してやる……!)
路地を駆けながら道端に積み上げられた木箱やごみ箱、空き瓶の山などをわざと崩して後続を妨害しながら進む貞波。
とはいえ、いかに数の利があちらにあろうとも、干渉レベルBマイナスを誇る貞波が少し力が使えるだけの素人複数人を相手に遅れを取るような展開は考えにくい。
それでも彼が逃げに徹するのには理由があった。
貞波が逃げる理由が、頭上より申し訳なさそうな声をあげる。
「すまない……」
神の力を使えなくなってしまった上、身体能力まで普通の人間のソレになってしまったレギン=アンジェリカを貞波嫌忌は現在進行形でおんぶしているのだった。
四肢に高密度の干渉力を纏わせる貞波の死々纏いは下手人の迎撃は出来ても、多数の敵を相手に無力な仲間を護衛するというのは難しい。それが遠距離技持ちなら尚更だ。
ただの足手まといに成り下がったポンコツドジっ子委員長を庇いながらの多対一は分が悪いと踏んでの逃走だ。
とはいえ、貞波にとって一つ計算外だったのは追っ手のしつこさだろう。
既にかれこれ三十分以上、貞波は見知らぬ土地の路地を走り回っている。体感時間はその数倍。精神、体力、ともに疲弊は大きい。
地の利が向こうにあるのも状況を悪くする一因となっており、撒いたと思った端から先回りされていることもザラだ。
その度にルートを強引に変更し、壁を乗り越え廃墟へ侵入し、今となっては自分たちがどこから来たのかどんな道を通ってきたのかもまるで分からなくなっていた。
「くそっ、はぁ……ぜぇ、……スタミナ、マジ、切れるって……」
走り詰めで流石に息が続かなくなったか、貞波は一度息を整えようと立ち止まると肩から壁に寄りかかり身を潜める。バタバタと騒々しく響く足音は、依然耳元に張り付いて離れない。
「……うぅ。本当にすまない、私がふがいないばかりに……」
「そう思うんなら、ちょっとはダイエットしろよ、レギン。お前、マジで重くて無理、ホント死ぬ……っ」
貞波の背中でしゅんと項垂れ、穴があったら入りたい的に縮こまろうとしているレギンに、貞波は容赦も気遣いも欠片もないつもの調子で文句を言う。
するとレギンは真っ赤になってかなり食い気味に、
「な……っ、ききッ貴様、そこは嘘でも重くないと言うべき所だろうが……っ!?」
「はあ? なに、レギンってば俺との間でそんなラブコメっぽいやり取りを期待してる訳? いよいよヤキでも回った?」
「ふふ、ふざけるな! そんなもの期待するかアホ! 私はデリカシーの話をしているんだデリカシーのッッ!」
「馬鹿お前ッ、そんな大声出したら――」
――いたぞ! という声に背中を急かされ、逃走再開。
らしくもないしおらしさを見せるレギンに腹が立って煽ってみればこの有様だった。いい事なしで余計にレギンに腹が立ったので、自分の行いを棚に上げて貞波は舌打ちをする。
「チッ、ほら見つかった……!」
「い、今のは私だけのせいでは――」
「いいから早く!」
本気で言い合っている余裕も無くなってきた。
背中を狙う炎弾や氷弾、爆発音は少しずつ近づいてきている。
少なくない焦燥を覚えながら、それでも貞波はわき目も振らずに走り続け、追っ手の姿が視界に入る度に身を隠すように通路に飛び込んでいく。そして――もう何度目になるかも分からない曲がり角を曲がったその時だった。
ざざざっ……と、走り続けた貞波の足が、擦過音を響かせ停止した。
理由は単純。
「……くっ、行き止まり――よりによって袋小路かッ」
先の路地に飛び込んだ瞬間から妙に分かれ道が少ないなと嫌な予感はしていた。
思い返してみれば、こちらの焦燥を煽るような足音も爆発音も、貞波たちをこの行き止まりの一本道へと誘導するような意図があったと思われるものばかりだ。
油断した。
心のどこかに隙があった。所詮は数だけの烏合の衆だと甘く見ていた自分がいた。
相手の狙いを看破できなかった自分への苛立ちが募る。
焦りと体力の消耗によって集中力がだいぶ切れていた事は否定できない。そうでなければもっと早い段階で敵の狙いに気付く事が出来た筈だ。
「――ヤキが回ったのは俺だったってオチか? 笑えねえって……!」
慌ててその場で旋回し今来た道を引き返そうとするがもう遅い。足音はすぐそこまで迫っている。再び分かれ道にたどり着く前に、どう考えても追手と接触してしまう。
なおも往生際悪く逃げ場を探すも、貞波の飛び込んだ通路は周囲を廃屋の高い壁に囲まれており、逃げ場はどこにも見当たらない。
(チッ、無人の癖に壁が硬い。老朽化もしてねえ……ってこの世界自体がほんの数日前に出来たんだろうから当然、なのか? ……拳に干渉力を付与すれば、殴ってとっかかりくらいは作れるかもだが――)
死々纏いを用いればこの垂直の壁も登れなくはないだろう。が、そもそも攻撃力の底上げは副次的なもの。身体強化系ではない為、発動中に膂力や握力が上昇する訳でもなし。
貞波の力は、本来であれば触れた相手に干渉力の循環不全などの状態異常を与える神の力なのである。
これでレギンをおぶりながらとなると、正直上まで登れるかは一種の賭けになる。
……いや、よしんば登り切れるとしてもこれは悪手だ。なにせ、上まで登り切るまでの間、遠距離攻撃を持った追手に無防備な背中を長時間晒す羽目になるのだ。
どのみち壁をよじ登るのは却下だ。焦るあまり冷静さを欠いている、現実的な案ではない。
数秒の内にここまで思案して、貞波はある意味では諦め、ある意味では覚悟を決めておぶっていたレギンをその場に降ろすと、
「……レギン、ちょっと行ってくる。ここで待ってろ」
短くそれだけ言い残しそのまま走り出そうとした貞波の背中を、レギンの右手が慌てて――しかしほんの裾を握るように遠慮がちに掴んだ。
……その仕草に、僅かに胸の鼓動が早くなるのが腹立たしい。
「ま、待て貞波。お前一人で行くつもりなのか?」
「……当たり前だろ。ポンコツ委員長は足手纏いで役に立たないし、俺が行くしかないじゃん。じゃあ、そういう訳だから」
「待て、貞波嫌忌ッ。まだ話は終わって――」
いっそ酷薄に言い切って己を引き留める手を振り払い、それでも呼び止めようとする声を振り切るように、貞波嫌忌は来た道を全速力で引き返す。
(――って、カッコつけてみたはいいけど……さて、どうすっかな)
代理とは言え逃亡者の集い旗リーダーを務める貞波嫌忌であれば、例え多勢に無勢であろうとも凡百の神の能力者どもを相手に遅れを取ることはない。
だがそれは、あくまで万全の状態・環境で迎え撃った場合の話に過ぎない。
周囲を高い壁に囲まれた一本道、背後に戦えない仲間を庇った文字通りの背水の陣。かつ相手は距離を取って安全地帯から一方的に炎や氷を放ってくる遠距離系ばかりと来た。
身を隠せるような遮蔽物も回避スペースも何もない狭い一本道。遠距離攻撃の手段を一切持たない貞波では、相手の懐に飛び込む前に集中砲火を浴びるのはまず間違いない。
(――この狭さじゃ通路一杯埋め尽くす感じに炎を展開されるだけでぶっちゃけ詰み。んでもって、相手がそれをやらない理由はない。……となると奇策か、それ以前に炎の壁を突破しない限りは相手に傷一つ負わせられない)
自分一人でならばこの状況からでも逃げる事は十分可能だ。だがそれは論外だと端から選択肢より切り捨てる。
自分可愛さに家族を見捨てるくらいなら、貞波嫌忌は輩屋災友の意志を継いでキャラでもないまとめ役などやっていない。言い方を変えれば、己の後ろにいるのが家族でなければまず間違いなくアレを囮にして逃げているだろう。
貞波嫌忌とは、本来そういう人間だ。
(飛び出さずに曲がり角で待ち伏せて、相手が焦れるまで籠城戦――なしだ。ただでさえリミットも分からない爆弾抱えてるうえ、無防備な姉弟たちを放っておけない。周り全てが敵な以上、時間の経過は俺達に味方をしない)
そもそも向こうには焦る必要すらない。ここが袋小路の行き止まりである事を理解している以上、わざわざ危険な曲がり角の向こう側を馬鹿正直に覗こうとはしないだろう。
炎で通路を埋め尽くしながら行進を続けるだけで隠れているコソ泥を始末出来るという寸法だ。
そんな訳で待ち伏せも却下。
となると、残る手段は姿を晒して堂々の強行突破一択か。
(左腕に呪いを集中させ盾にして一点突破――ここを切り抜けられたとして唯一戦える俺が右腕一本になるのはぶっちゃけ渋いが、現段階で他に案がある訳でもない、か……)
駆け足だった足音がゆっくりと獲物を追い詰めるソレへと変わっていく。距離が近い。この角から飛び出せば、おそらくほんの十数メートル前方に敵が待ち構えているだろう。
これ以上距離を詰められれば、あいさつ代わりの火炎放射が狭い路地を埋め尽くすかも知れない。そうなれば近づく事も儘ならなくなり、じりじりと追い詰められて終わりだ。
「……よし、」
覚悟を決め、左腕に紫色のオーラを纏わせた貞波が曲がり角から飛び出す。瞬間、火炎使いらしき男がニヤリと笑って貞波目掛けてその掌を翳して――
「――はぁい。ごめんなさいねぇ。デリバリー〇ルス、『未知の花園』店より出張お試しサービスのお時間で~す☆」
頭上、路地裏を形成するように立ち並ぶ背の高い廃墟の屋上から。その女はそんなふざけた掛け声と共に降ってきた。
「な、なんだ!?」
火炎使いの男の顔面に己の股間を押し付けるような形で男の肩に尻から着地すると、
「あぁん、えっち。そんなところに顔を突っ込んじゃダメじゃない。でも、初回限定サービスでぇ、今ならアタシのスゴテクで昇天させてア・ゲ・ル!」
そのままぐりんと背中をのけ反らせ、太ももと鼠径部で挟み込んだ男を壁まで投げ飛ばす。
ごぢんと鈍い音と共に男は壁に衝突し、白目を剥いて微動だにしなくなる。
「な!? ……テメェ、クソアマの分際で!」
続けざま、慌てて襲い掛かってきた氷使いの拳を逆立ちのような動きで躱して、
「はぁい、サービスショットチャ~ンス!」
そのまま両手を軸にバネを跳ね上げるような蹴りを相手の顎へ叩き込みノックアウト。
脳を痛烈に揺さぶられた男が立ち上がることはやはりない。――瞬時に二人目撃破。
(……うっわ。フランケンシュタイナーで奇襲からのカポエラかよ、えッげつな……)
ドン引きする貞波をよそに、戦闘痴女はノリノリだ。
「あら残念。瞬き厳禁だっていうのに、お客様ったら一足先にベッドで果てちゃったみたいねえ☆ つまんなぁいの。早漏は嫌われるわよ?」
きゃぴん、とウィンクする危険生物。そろそろ年齢を考えろとツッコミたい貞波であったが、それをすると今度は自分がこの女の標的になるという確信があった。
「な、なんなんだこのバ
「はい、今喋ったヤツ死刑ね♡」
ぎゃあああああと響き渡る聞き苦しい男の断末魔、そのあまりの恐ろしさに貞波の背筋が震えあがり玉は縮み上がる。
甘ったるい香りを撒き散らしながら踊り狂うはモスグリーンの長髪と、豊満な胸。躍動するその姿に呆然としながらも戦慄する貞波をよそに、女は主力である神の能力者たちを奇襲によって立て続けに撃破し、主力を失いパニックに陥った残り物を次々と無力化していく。
肢体が舞い踊ることわずか二十五秒。
二十人近い集団をあっと言う間に無力化してみせたその女は、ようやく片付いたとばかりにぱんぱんと手で砂ぼこりを叩いてこちらへと向き直った。
「……まったく、首輪も付けずにこの街を徘徊するなんて、困った姉弟達だわ。あれだけ潜入先では目立っちゃダメだって教えたのに、おねえちゃんの言い付けは守らないとダメじゃない。そんなにお仕置きして欲しいの?」
「や、それは勘弁って言うか……」
「ま、大きな騒ぎを起こしてくれたおかげで探す手間が省けた事については感謝してるんだケド☆」
大きく露出した弾むように豊満な胸と、下半身にはパレオを一枚巻いただけのほぼ水着のようなスタイル。そこから伸びる肉付きのいい扇情的な脚は、男どもを誘う誘蛾灯のような妖艶を振りまいている。総合的に見て妖艶を通り越していっそ下品ですらあるその女に、貞波は心の底からホッと安堵したような笑みを向けた。
「……それはこっちの台詞だよ。マジで助かったわ、リズ姉」
街へ突入したと同時にバラバラになっていた救出組の一人であるリズ=ドレインナックルが、モスグリーンの長髪を靡かせ弟が伸ばした手をしっかりと握り返す。
彼女の表情も、そこでようやく姉らしい安堵のそれへと切り替わった。
「なにはともあれ、合流出来て良かったわ、嫌忌ちゃん。……こんな所で立ち話も何だし、次が来たら面倒よ。レギンちゃんを拾って速くここから離れましょうか」
☆ ☆ ☆ ☆
ディアベラスが目を覚ますと、視界一杯に見知らぬ天井が広がっていた。
(……何度目だぁ、このパターン)
薄暗い、部屋というよりも空き倉庫のような場所だった。
ただっぴろいだけで周囲には何もない。時折砂の落ちてくる天井に灯りはなく、窓も見当たらない。
光源らしい光源は四方を囲む壁のうち正面と思われる一面にぽっかりと開いた長方形の出入り口――おそらく、かつては扉があった部分で肝心の扉は壊れて取り除かれてしまったのだろう――から差し込む光のみ。
それでも空間全てに光りが行き届く訳でもなく、廃墟と思わしきその空間は薄暗闇に満たされている。
そうして再度、視線を正面に戻せば――埃っぽい見慣れぬ石の天井が視界に飛び込んで来る。当然、こんな場所を訪れた記憶はない。夢遊病者になったのでなければ、意識を失っている間に何者かによって運び込まれたのだろう
硬い床に仰向けに寝かされていたディアベラスは、一通り周囲を確認してから起き上がると、軋む身体をボキボキと鳴らしながらその場で大きく伸びをした。
無防備が過ぎると思われるかもしれないが、今回に限ってはそういった心配をする必要はなさそうだ。
身体に掛けられていた申し訳程度の薄い布切れや、身体が五体満足のまま拘束もされていないところを見るに、ディアベラスを此処に連れてきた人間は少なからず友好的な存在だと推測できる。
それに……
(……頭隠して尻隠さずな視線が三つ、かぁ……)
さて、どうすっかなぁとディアベラスは頭を掻きながらしばしの間思案して、思い切ってこちらから声を掛けてみる事にした。
「……かくれんぼも構わねえがぁ、少しばかり先を急いでてなぁ。助けて貰った恩も返してぇ、取って喰いやしねぇから出てきて貰えると助かるんだがぁ」
ディアベラスの声に、出入口から隠れてこちらを窺っていた三つの視線が声にびくんと反応する。
チラリと見え隠れしたサラサラの黒髪が慌てて奥へ引っ込み、可愛らしいおさげも慌ててそれに続く。
が、しかし。
「――あ、待ってミトちゃん……!」
ディアベラスに興味を持ったのか、お団子頭の女の子がひょこりと出入口から顔を出してきた。
(……おいおい、子供だろうとは思っていたがぁ、一〇歳もいってねえんじゃねかぁ? こいつぁ……)
一生懸命身体を隠すばかりで怯える気配が丸わかりな事から何となく察してはいたが、それでも想像以上に幼い事にディアベラスは驚きを覚える。
お団子頭の女の子は、物怖じする様子も無く自他共に認める強面であるディアベラスを真正面から直視して、
「……オジサン、かくれんぼ好きなのか?」
「……あー、なんつうか、さっきのは別にそういう意味じゃねぇんだがぁ……」
……これは困った。何というか、こういう無垢な瞳に浮かぶ期待を裏切るのは、主義に反する。
くりっとした青い目を爛々とかくれんぼの期待に輝かせ、無邪気にこちらを見つめる女の子の純粋すぎる視線に、ディアベラスが困り果てて後頭部を掻いていると、
「あ、あの……」
隠れるのを諦めたのかそれとも覚悟を決めたのか、一度引っ込んだ黒髪の女の子がミトと呼ばれたお団子頭の子を守るように前に出てきた。
彼女の背に隠れていたおさげの子も、彼女を追いかける形で続いて、隠れてディアベラスを窺っていた視線の主たちの正体が露になる。
――三人ともが黒髪碧眼。ヒスパニック系を思わせるよく似た顔つきの女の子たちだった。
年の頃はスピカと同じかそれ以下か。年相応のプリントシャツやシンプルなデザインのスカート、ワンピースやショートパンツにそれぞれ身を包んでいて、危機管理の甘さを含め、一般人である事を伺わせる。
骨格的に十分な食事や睡眠をとれる環境で全うに成長してきた事が窺えるが、ここ数日の生活はあまり芳しくないのか、若干頬は痩せこけ、着ている衣服も薄汚れていた。
おそらく三人は姉妹なのだろう、彼女たちの中で真っ先にお団子頭の子を庇ったサラサラの黒髪が特徴的な長女らしき女の子がぎゅっと胸のあたりに祈るように両手を置くと、それから意を決した表情で大きく一度息を吐き出し、真っすぐにディアベラスを見つめて、
「……えと、あの。おじ様に、お、お願いがあって……その。わっ、わたし達を買って貰っては頂けませんでしゃうか!?」
ワンピースの裾をぎゅっと掴み、耳まで真っ赤にした頭を勢いよく下げて、やや噛みながらも大声でそんな事を叫び始めたのだ。
「……はぁ?」
まさかのお願いに唖然とするディアベラス。
……いや本当に意味が分からない。分からないが――仮に今のをアスティに聞かれでもすればディアベラスは社会的にも物理的にも死を迎えるであろうことは想像に難くない。
ああ見えてアスティは嫉妬しちゃうタイプの女の子だ。それも、ここ数年間の色々な反動で子供相手だろうと大人げなく嫉妬しかねない。
しかも喧嘩になればディアベラスは絶対に勝てないときている。早急にこの混沌とした状況を収めるべきだとディアベラスの本能が囁いていた。
一方、女の子の方はディアベラスの上げた大声を聞いて怒られると思ったのだろう。怯えたように涙を溜めた目をぎゅっと瞑りながら、背後の二人を庇うよう両手を広げて、
「ごっ、ごめんなさい! へ、変な事を言ってしまって。……わ、わたしはどうして貰ってもいい、ので……あの、妹たちは、妹たちだけは、助けて……っ」
「……あ、いや済まねえ。俺の声が大きかったせいで、怖がらせちまったなぁ。別に怒ってる訳じゃねえんだぁ。ただ、少し驚いちまってよぉ。――あー、俺ぁディアベラス=ウルタードってんだぁ。嬢ちゃん、名前は?」
どんな理由であろうと女の子を泣かせてしまうのはよろしくない。
怯える女の子を落ち着かせようと、ディアベラスはその場にしゃがみ込んで女の子と視線の高さを合わせる。
泣きそうな子にこの強面を近づけるのは自分でもどうかと思うが、高い場所から話し掛けるよりは高圧的な雰囲気も抑えられるはず。
ディアベラスはなるべく柔らかい口調で自己紹介をして、少女達にも名を尋ねる。すると、ビクビク震えていた女の子が恐る恐る目を開けて、
「……ミロ。私、ミロです。こっちが妹のロトと、ミト」
少しばかり落ち着いた黒髪の女の子は自身をミロと名乗った。
そして、ミロの背中にくっついて離れないおさげ頭の子がロトで、先ほど好奇心に負けて真っ先に顔を出してしまったお団子頭の子はミトという名前なのだそうだ。
「ミロにロトにミトかぁ、良い名前だぁ。それで、ミロたちが俺を助けてくれたのかぁ?」
気が動転しているであろう少女を落ち着かせる為、出来るだけ優しくゆっくり尋ねる。
それでようやく怒っている訳ではないと分かってもらえたのか、瞳に涙を溜め胸に手を置いたまま不安半分遠慮半分にこくんと頷くミロ。
少女の態度からはまだ緊張と警戒心を感じるが、拒絶は感じない。ディアベラスは慎重に手を伸ばして、嫌がられていない事を確認してからミロの頭を安心させるように優しく撫でながら、
「そっか、ありがとなぁ嬢ちゃんたち。おかげですげぇ助かったぁ。……にしてもぉ、お前らだけで俺を此処まで運んでくれたのかぁ? 重かったろぉ」
やや大袈裟に驚きながら言ってはみたが、子ども三人ではとてもじゃないがディアベラスの巨体を運ぶ事はできないだろう。
ただでさえ意識のない人間の身体は砂袋のように重くなる。ディアベラスのようにガタイのいい男一人を運ぶとなると、かなりの腕力と体力が必要になってくる。
故に、彼女達三人の面倒を見る大人がいるとディアベラスは睨んだのだが、
「あ、それは平気だったんです」
ディアベラスを怖い人ではないと判断してだいぶ落ち着いたのか、黒髪の少女はどこか誇らしげな口調で言いながら、自分の背中に張り付いているお団子頭の子の頭に視線をやって、
「おじ様、路地裏のゴミ置き場に捨てられていたんです。……この街だと、荷物を剥ぎ取られて殺されちゃう人って結構居て」
――なるほど。あの後、道のど真ん中で倒れたディアベラスは身ぐるみを剥され、ゴミ同然に捨てられていたらしい。
起きたら上裸になっていたのもそういう訳かと納得した。とはいえスラム街のど真ん中でぶっ倒れれば当然の扱いではある。未知の楽園出身の身としても特にこれといった怒りも湧かない。
「だから、おじ様の事も最初は死んじゃってる人だと思ったんです。わたし達も、その……ごめんなさいなんですけど、何か役に立つものを持ってないか、おじ様の身体を漁ったりしてて……そしたらロトがおじ様に息がある事に気付いて……あ、おじ様を此処まで運んだのもロトなんです。この子、凄い力持ちなんですよ?」
姉に頭を撫でられ、ロトはくすぐったそうに目を細め身を捩る。その仕草はどこか小動物めいていて、見ているこっちが微笑ましくなる。
そんな可愛らしい彼女が大柄なディアベラスをここまで一人で運んだとミロは言う。
「ほぅ。てことはロトは……神の能力者なのかぁ?」
「はいっ、わたしもミトもなんですけど、ロトは特に凄いんですっ。おじ様の事だって、軽々ここまで運んじゃったんですから」
「へぇ、それはすげぇなぁ。助けてくれてありがとなぁ、ロトぉ」
背中にくっつく妹の頭を撫でながら嬉しそうに妹自慢をする少女の姿に、ディアベラスはサングラスの奥で優しく目を細める。
注目される事が恥ずかしいのか、名前を出されたロトは恥ずかしそうに姉の背に顔を埋めたままやはり出てこない。
時折ちらちらと姉の背中からこちらを覗いているようだが、目が合う度に高速で後ろに引っ込んでしまう。
怖がられているのか嫌われているのか。子供は嫌いじゃない身としては少し淋しくはあるが、ディアベラスとしてはこれくらい警戒心があった方が安心するというものだ。
「しかし、てっきり俺ぁ嬢ちゃんたちの面倒見てるヤツが俺を此処まで運んできたモンだと思ってたんだがぁ……。なあ、お前たちは三人で此処に住んでんのかぁ? 大人の人はどうしたぁ」
瞬間、ディアベラスは自身の軽率な質問を悔やんだ。
ディアベラスの質問に、直前まで笑顔だったミロの表情が明らかに曇ったのだ。
「……お母さんは、その。ここには、いないんです……」
薄汚れた衣服、痩せこけた頬、少し考えれば分かる事だったのに。
俯き、何かを堪えるような少女の反応に全てを察したディアベラスは、自分のデリカシーの欠片もない一言が少女を傷つけてしまった事を恥じ、責めながら、それ以上は何も聞かずに質問を変える。
「そうかぁ。……ミロ、さっき言ってた『私たちを買って欲しい』ってのはぁ、どういう意味だぁ?」
「それは……」
ディアベラスが本題に入った途端だった。言い淀むミロに変わって、
「あのな、オジサン強そうだったからミトたちがオジサンのモノになれば、守って貰えるかなって思ったの!」
もう我慢ならないとばかりにぴょこんと姉の後ろから元気いっぱいのお団子頭――ミトが飛び出してきた。
「でもな、オジサンがもし悪い人だったらどうしよってさっき話してたの。だからな、えと……オジサンはちゃんとイイ人なんですかッ!?」
ミロへの質問に割り込む形で答えたミトは、初対面であるディアベラスにも臆する様子がまるでない。
元気いっぱいな様子や、警戒心皆無な無邪気さからは好奇心旺盛な子供らしい性格である事が見て取れる。
悪意に疎く人の善意を無条件に信じる善良な子供そのものなミトのあまりにあけすけな物言いに毒気を抜かれ苦笑しつつ、ディアベラスは元気いっぱいなお団子頭にポンと掌を置いて、
「いいかミト、それを決めるのは俺じゃねぇ。お前らが自分で見極められるようにならなきゃなんねぇ事だぁ。もし俺が悪い人だったら、俺を此処に連れてきた時点でミトもロトもミロも皆が危ない目に合うことになる。分かるなぁ?」
「うーん? じゃあ、オジサンは悪い人?」
「ま、悪人面なのは否定しねぇよぉ。警戒心ってのは大事だからなぁ、どんなに良さそうなヤツでも知らない人間には気を許すべきじゃねぇ。特にミトは、もうちょいそういうのがあっていい」
わしゃわしゃっと頭を撫でてやると、ミトはこそばゆげにぱっと笑みを弾けさせて、
「えへへ、わかった! ミロ、やっぱオジサンは良い人だぞ! 多分!」
「……にしてもオジサン、オジサンかぁ。まあ仕方ねぇよなぁ、この面じゃあそう見えるわなぁ……」
オジサン扱いは正直ショックだったが、一々拘泥してもいられない。
それに、彼女達が何故ディアベラスを助けあんな事を頼んできたのか、まだ何となくではあるものの少しずつ事情が見えてきた。
(……しかしまぁ、私たちを買って欲しいってのはぁ、女の子の言っていい台詞じゃねえよなぁ……)
ここまで話をしてみた限り、ミロは頭のいい子だ。
自身の放った言葉がどれほど危険なものであるか、理解していないはずはない。それでもそう言わざるを得なかったのは、やはり彼女たちの保護者が此処にいない事に関係しているのだろう。
……さて。ディアベラスには厄災遊戯に勝利し、『魔力点』に囚われた人々とクリアスティーナを助け出すという目的がある。
やらねばならぬ事がある以上、彼女達の事情にこれ以上深入りするべきではないと、ディアベラスの理性は訴えているが――
(――恩を仇で返すのは趣味じゃねぇ。それに乗りかかった船だぁ。ここまで踏み込んだ以上、半端な真似はしたくねぇ……)
気持ちは最初から定まっている。ならば、思案するまでもない。
どの道この『魔力点』をぶち壊して、クリアスティーナも仲間達も囚われた人々もまとめて救わねばならないのだ。幼い女の子の三人も守れず、一体この手で何が守れるというのか。――それに、この場にあの男がいればきっと迷わない、そう思った時点で他の選択肢は消え去っていた。
ディアベラスはいっそ清々しい気持ちで、「よし」と気合を入れて、
「ミロ」
「は、はい。なんですか、おじ様」
「始めに一つ言っておくがぁ、俺はお前らを買うとかそういうつもりは一切ねぇ」
買うとか売るとか、人間をモノ扱いする世界にはもうウンザリだ。
人として正しいとか正しくないとかそんな理屈以前に、『特例研』という管理された幸福という地獄とその結末を知るディアベラスの感情がそれを許せない。
だから、まだ幼く未来ある子供である彼女たちには冗談でもそんな言葉は言って欲しくなかった。……もう、あんな地獄を味わう子供は自分たちだけで充分だと思うから。
故にディアベラスは「俺はお前らを買わない」と強く断言する。
「そう、ですよね……あ、いえ。すみません、無理なお願いをしたのはわたしの方なのに」
お願いを断られたミロは誰の目にも明らかに落胆していた。
目の前で希望が断たれたと思い込んでいる彼女は、今にも泣き出してしまいそうな程にショックを受けてしまっている。
こんな小さな子を泣かしたと知られたら、それはそれでアスティに何と言われるか分からない。ディアベラスは少し慌てて言葉を重ねて、
「だぁー、話の途中で泣くんじゃねぇ。別にお前らを見捨てるだなんて一言も言ってねぇだろぉ」
「え、それって……」
「助けられた恩もある。それを返さねえってのは性に合わねえんでなぁ、お前ら三人くらいどうとでも守ってやる。だがその前に一つ約束しろぉ」
ディアベラスはそこで一度言葉を区切り、サングラスの奥の瞳を鋭くしてミロを真っすぐに見据えると、ミロの肩をしっかりと掴んで、
「……いいかミロ。自分たちを買ってだとか何とか、子供が軽々しく自分をモノ扱いすんな。次おんなじこと言ったら許さねぞぉ。……ロトもミトもだ。この約束、守れるなぁ?」
こくん、と真剣な面持ちで同時に頷く三人。その子供らしい素直な反応に、ディアベラスもようやく相貌を崩して、
「よし、ならお前らは今から逃亡者の集い旗の一員だぁ」
「えすけいぷ、ふらっぐ……? なんだ、それ。おいしいのか?」
「ミトには悪いがぁ、食べ物じゃねぇ。……これはなぁ、家族の証ってヤツだぁ。逃亡者の集い旗を名乗る連中はなぁ、一つの大きな家族になれるんだぁ。だから俺もお前らも、今日から家族だ。家族を守るのは当たり前だろぉ? 俺はお前らを見捨てねぇって約束する。だからお前らも、ちゃんと約束を守ってくれ」
「わかった。ミト、ちゃんと約束守るぞ! ミロもロトも守るよな!」
「わ、わたし、ちゃんとおじ様との約束、守ります……! 約束できます!」
「…………(こくん」
元気いっぱいに両手をあげて約束するミト、ぐいと身を乗り出して約束を守れると宣言するミロ。ミロの背中からちゃんと顔を出して、赤面しながらもディアベラスの目を見てしっかりと頷くロト。
三者三様の返事をしかと確認して、ディアベラスはようやく顔を出してきたロトの頭をこれでもかと撫で回しながらにかりと笑った。
「よし、そうと決まればこのクソッタレな街から一刻も早く出れるように、俺も頑張らなきゃだなぁ」
大きな掌で頭を撫でられあわあわと真っ赤な顔で目を回すロトの様子には気づかないまま、ディアベラスは思案する。
……一時限りではなく、この子達をちゃんと助けると決めたのだ。なら、彼女たちに何があったのか、それを聞かずに先に進む訳にもいかない。
「なあ、ミロ」
「なんですかおじ様? あ、それとも、もうわたし達は家族なんだからお父様とかにした方が……」
「いや、真面目な話だぁ。ちゃんと聞いてくれ。……それから、お父様はなし。却下だぁ」
「えー、お父様いいじゃんー。つまんないのー」
ディアベラスはお父様却下にぶーたれる三女ミトを宥めつつ、少しだけ声の調子を真面目なものへと変えて、
「……ミロ。この街が普通の街と比べておかしいのは分かるなぁ」
「……はい、それは、思ってました。でも、わたし達、天界の箱庭以外の街ってあまり知らなくて……もしかしたら外の街にはこういう所もあるのかもって……」
「その感覚は正しいから安心していい。とにかく、俺はこの異常をどうにかするために此処に来たんだがぁ、ぶっちゃけ分からない事が多すぎてなぁ。……街をどうにかするためにも、今はどんな小さなことでも情報が欲しい」
「それって……」
ディアベラスの言葉に顔を見合わせる三姉妹。これから自分の行いが彼女たちの心を傷つける事になるかもしれないと理解しつつ、それでもディアベラスは三姉妹から目を逸らさずに言わねばならない事を言い切った。
「……無理に話して欲しい訳じゃねぇ。お前らを傷つける事を言ってるのも分かってるつもりだぁ。だが、時間がねぇ。今話せる範囲でいいんだぁ。お前ら家族に何があったのか、俺に教えてくれねぇかぁ」
☆ ☆ ☆ ☆
結論から言うと、彼女たちは天空浮遊都市オリンピアシスの生き残りだった。
真面目で頑張り屋、だけど空回りしがちな長女のミロ。
そんなミロの背にいつも隠れている、恥ずかしがり屋で内気な、おさげが可愛らしい次女のロト。
そして三姉妹の中で一番明るく元気で物怖じしない性格な、お団子頭の三女ミト。
日本人の父とヒスパニック系の母の血を継ぐ三姉妹の年齢はミロが十一歳で、ロトはその二つ下の九歳。ミトはさらに一つ下の八歳。
三人の中でもっとも早く神の力が発現したのが次女のロトで、発覚したのは彼女がまだ三歳の頃だったらしい。
ロトが神能力者である事が判明すると同時に彼女たちの父親はいなくなってしまったけれど、それでも彼女たちは大好きな母と四人で天界の箱庭に移り住み、与えられた最後の楽園で幸せに暮らしていた。
だが、掴み取った幸せな暮らしに何の苦労もなかった訳ではない。研究協力費として街からお金がもらえるとはいえ、三姉妹の干渉レベルは決して高くはなく金額は低い。
単なる人間であるミロの母には補助金は一切降りず、様々な部分で神の能力者よりお金がかかる。
つまるところ、この街で四人で暮らしていくには、支給される分だけではなくある程度の金を稼ぐ必要があったのだ。
ミロの母は子供達に貧しい思いやをさせない為、自分が街に残る為に、毎日夜遅くまで仕事をしていたらしい。
仕事で忙しい母と過ごせる時間は少なかった。唯一の例外が年末年始の恒例となっている家族旅行で、姉妹はそれをいつも楽しみにしていた。
そして今年の年末、大好きな母と四人で三大都市対抗戦を観戦する為オリンピアシスを訪れていた彼女たちは、不運にも『創世会』の引き起こした騒動に巻き込まれてしまう。
クライム=ロットハートによって解き放たれた三億匹のデザインキメラによって巻き起こされた大量虐殺。
観客席にいた彼女たち親子も、あの惨劇の渦中にいた無力で憐れな被害者だった。
彼女たちが助かったのはほんの偶然だったのだろう。だって、一緒にいた母は自分たちを逃がした結果目の前で虫の波の中に呑まれてしまったから。
生と死を分けたほんの数センチに何の意味があったのか、学校の勉強が得意なミロにもその答えばかりは未だに分からない。
逃げてと告げる断末魔を振り切るように三人で走り、瓦礫が積み重なって生じた洞窟のような一角で肩を寄せ合い泣き疲れていた少女たちは、気付けばこの街に放り出されていたと言う。
悄然としながらあてもなく街を歩いていると、怖い男の人に「お前らは首輪と手枷を嵌められ俺のモノになるんだ」と捕まえられそうにもなった。
小さい身体を活かして路地の隙間に潜り込み、男から逃げきる事が出来たのは不幸の中で起こった二度目の幸運だった。
しかし、所詮は幼い子供三人。今まで親の愛に庇護され天界の箱庭という温室の中で育てられてきた無力な子供達が食料も水も与えられず生きていける訳もない。
幸運もそう何度も続かず、身を隠しながら食料を探して路地裏を彷徨っていた彼女たちに限界はすぐに訪れた。
三女のミトが高熱を出して倒れたのだ。
ミロは周囲に必死で助けを求めた。身を隠していた路地裏から這い出て、怖い人たちに捕まるのも覚悟で助けを求めた。
でもミロの必死の訴えを聞いてくれる人はいなかった。
半裸じみた格好の女たちはミロたちに一切興味を抱かず、道行く男にばかりしなをつくって媚びを売る。
あれだけミロたちを狙っていた男達も、「病気を持っているかもしれない子供などいらん」と言ってミロたちにもう見向きもしなかった。
それでも諦める訳にはいかなかった。ここでミトまで失ってしまったら、ミロもロトもこれから先を生きる事に耐えられそうになかったから。
ミトを諦める事は生きる事を諦める事と同じで、生きる事を諦めるには母の死に際の表情が瞼に焼き付いて離れなかった。
叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。
まともに水を飲んでいないカラカラに乾ききった喉で、しゃがれた声で助けを乞う。
それは己の寿命を縮める自殺行為のようであったけど、それでも誰か妹を助けてと。少女は大切な家族を助けるために命を削って無垢に願い続けて――
――そんな願いを聞き届けた人物がいた。
偶然そこを通りかかったその人は、少女たちの叫びに立ち止まると魔法のようにミトの熱を治してくれた。
食料と水で喉の渇きと空腹を癒し、現在ミロたちが寝床に使っている路地裏の倉庫跡に案内してくれたのもその人だった。
その人はミロ達に名も告げず、お礼も受け取らずにそこから消えてしまった。
そして、それからほんの数時間後、勇気を出して食料を探しに出かけた三人はゴミ置き場に捨てられたサングラスを掛けた強面の男と出会う事になるのである――
☆ ☆ ☆ ☆
「――これが、わたし達が此処に来て、おじ様に会うまでに起きた事です」
話を終えたミロは疲れ切った顔をしていた。
「お母さん……」
「……、ぐすっ……」
話を聞いているうちに母親の事を思い出してしまったのだろう。ロトが寂しげにぽしょりと呟きを零しい、いつも明るいミトが泣きじゃくっている。
「……すまねぇ、辛い話をさせちまったぁ」
「いいんです。わたしなんかのお話が、少しでもおじ様の役に立てるなら、それで」
気丈に微笑んで見せる健気なミロと、泣きじゃくる二人をディアベラスはしっかりと抱き締めて、
「……ありがとなぁ。絶対、お前ら三人を元の世界に返してやるから。だから、もう少しの辛抱だ」
安心させるようにそう言い切り――今まで、安心して泣くことも出来なかったのだろう――途端声をあげて泣き始めたロトとミロの背中を優しく撫で続けた。
(アスティや逃亡者の集い旗の馬鹿どもだけじゃねぇ。こいつらも俺の家族になったんだぁ。絶対に見捨てねぇ、必ず助け出してみせる。その為にも、このふざけた厄災遊戯とやらをクリアしなきゃならねえんだがぁ……)
ミロの話から何か手がかりが掴めるかと思ったのだが、厄災遊戯に直接関係しそうな話は聞けなかった。
だが、一つ気になる点がある。
唐突に現れミロたちを救ったという性別も年齢も容姿も名前も一切が不明の謎のヒト。何が目的で、どのような方法でミトを救ったのかも一切が分からない――というより、ミロはその人物についてのみ詳細を何も語らなかったのだ。
彼もしくは彼女が何者なのかも大いに気になるが、その人物に関してだけミロの口から語られた情報が極端に少ない点にディアベラスはどうも違和感を覚えていた。
話し方や表情から、ミロが意識してその事を言わなかった訳ではないという事は分かる。ミロは普通に話していた。普通に話していて、そこに何らかの力――干渉が働いて話せなかった、とでも言えばいいのか。
とにかく、まるでその人物に関する情報の口外を禁ずる暗黙の了解が敷かれているような不自然さに胸がざわつく。
ディアベラスは少し迷って、周囲に自分以外の干渉力を感じない事を確認してから、
「……なあ、ミロ。話に出てきたお前らを助けたっていうヤツについてなんだが――」
――轟ッッ!!
ディアベラスの言葉を遮るように、爆発音が四人の耳を劈いた。




