第*話 蛇足
レインハート=カルヴァートは『背神の騎士団』のアジトの一つで今回の任務の報告書をまとめながら、首を捻っていた。
レインハートがまとめていたのは、今回の黒騎士の戦闘データについてだ。
今回の戦闘で黒騎士を最後の最後で逃してしまったのは自分たちのミスによるところが大きい。
そもそも黒騎士に勝利したのは自分たちでは無く、何の関係もない一般人の少年達だ。
レアードは頑として認めないだろうが、今回の自分たちは足手まとい以外の何物でもなかった。
それはしっかりと反省し、受け止めるべき事実なのだ。
黒騎士を逃したのは痛かった。
だが一方で収穫もあった。
まず一つは黒騎士の戦闘データをたくさん取る事ができたことだ。
これに関しては、正直今回しっかりと黒騎士を捕える事ができていれば必要の無い物だったのだが、逃げてしまったものはどうしようも無い。
次回からはこのデータを参考に、黒騎士を捕えればいい。
そしてもう一つは……
「あのような方達が我々の活動にこれからも協力してくれるとしたら……確かに心強いです。私としては、ただの一般人を巻き込むのは反対なのですが、それがボスのお考えなら、同意せざるを得ませんしね」
レインハートは表情をピクリとも変えずにそう言い切ると、息を吐いて筆を置き報告書を閉じる。
その仕草がやけに色っぽく、敏腕社長の秘書のような妖艶さを醸し出していた。
(それにしても……)
レインハートはやはりどこか納得がいかないらしく、頬に手を当てて思案顔になる。
この違和感……いや違う。
(なんでしょう。今回の黒騎士の行動にはあまりにも無駄が多いような……)
どうにも、今回の黒騎士の戦闘行動には本来必要の無い物まで含まれていた気がしてならないのだ。
黒騎士の目的を果たす為だけなら、あんな風に東条勇麻と長話をする必要なんて絶対になかった。
不意打ちでレインハートとレアードを倒し、混乱している所を突けば一瞬で決着がついたハズだ。
そして東条勇麻だけに使用した『影幻』という幻覚系の技。
あれを使った途端に、目に見えて黒騎士の動きの質が落ちた。
おさらくあの技は、相当なエネルギーを使う大技なのだと予想できる。
これは、何回か黒騎士と戦った事のあるレインハートだからこそ気が付けた事だろう。
東条勇麻たちは勿論。レアードも気が付いていないかもしれない。
戦闘中に使用すると致命的な弱体化をまねく程のエネルギーを消費してしまうというリスク。
『幻影』という技にはそのリスクに見合った効力があるハズ。
……なのだが、
(あの少年にかけた『影幻』という技。正直、そこまでのリスクを払ってまで使う程の効力があったとは思えません)
リスクに対して、得られるメリットが少なすぎる気がする。
東条勇麻に対して幻を見せていた事は分かっているのだが、それで少年は心にダメージを受けるどころか、最終的にはよりいっそう闘志を燃やす結果になってしまっている。
それに、こう言ってはなんだが、あの少年はそこまで脅威的な存在ではない。
特殊な力を持ってはいるようだが、それでも普通に戦ったら一〇〇回やって九九回は勝てる相手だ。
その少年に対してわざわざ莫大なエネルギーを割くのは、どう考えても無駄以外の何物でもないだろう。
極めつけは、わざわざ少年の心を揺さぶる為に『神の力』を使ってまで行われていた変装。
(何か因縁がある相手なのだとしても、流石に意識し過ぎと言うか、……どこかおかしな執着すら感じます)
黒騎士の意図が分からず、首を傾げるレインハート。
だがいくら何を考えても、答えの無い問題の解を導くなど始めから不可能な事で、
多忙なレインハートは諦めるように息を吐いて、再び資料の作成を再開したのだった。
☆ ☆ ☆ ☆
やれやれ、これでようやく本編に入れるってところか。随分面倒な仕事だったが、これでアイツとの約束は果たした。もう貸し借りは無しだ。
にしてもあれは筋金入りだぜ、これは俺の私見だが……まだ完全に解放できたとは言い難いな。
最後の最後でバレちまったっぽかったしな。
……まあいい。俺とアイツの契約はどっちみちこれで終わりだ。
この先あのガキがどうなろうと知った事じゃない。
ここから先は、俺の為、俺自身の目的の為に動くとしよう。
まずはここから始める。
『汚れた禿鷲』。
この組織を俺が乗っ取る。
結構面倒な事になりそうだが、そうすれば自然と俺の目的に近づけるって訳だ。
ああ、イイね。愉しくなってきたじゃねーか。
誰かの掌の上で道化みたいに踊らされるのも、もう終わりだ。
ここから先は、他の誰でもない。俺の掌の上で踊ればいい。
さあ、反撃を始めよう。
全てを捨ててまで掴んだこの機会。
どうせなら最高の結果を叩きだして、上から目線の糞野郎どもに地団駄踏ませてやる。
……面白くなるのはこれからだ。




