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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
最終章 承/壱 人世ノ業、詠イ奏デルハ『厄災遊戯』――『厄災少女』、愛憎劇ノ其ノ果テニ
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第九話 《魔力点α》ゼムリャ・ゲオルグ【遊戯難度A+】 淫靡艶麗廃墟都市ラグニアⅡ――遊戯開始/肉欲苦界・羨望憎悪

 気付いた時には、ディアベラス=ウルタードは雑踏の中に放り出されていた。


「――ハッ、ぁ……ッ!」


 呼吸する事を忘れていたらしい。

 いきなり肺一杯に酸素が飛び込んできて身体が驚いたのか、おかしな声があがる。

 

「なん、だぁ……ここはぁ」


 瞬き一つ。ほんの一瞬暗く閉ざされた視界が再び世界を捉え直した時、直前まで自分がいたはずの景色は跡形もなく消滅していたのだ。

 ……ディアベラスのすぐ傍らにあった、大切な者達の存在さえも。 


 塗り替えられた景色は、淫靡で官能的な異様な空気に満ちていた。 

 強烈な日差しに照らされる乾いた大地に立ち並ぶのは、虚飾と欲望にまみれた一夜限りの愛の城。煌びやかなネオン、妄想を駆り立てるような意味深な記号を盛り込んだ看板の数々に、明けない夜の街という言葉がしっくりと嵌った。

 視界を埋め尽くすように歩くのは、どれも過度に肌を露出した服をさらに着崩し胸や脚を強調するような女ばかり。

 だが、華美で豪奢な建造物群と異なり、その蠱惑的に熟した身体に纏う衣装は奴隷のそれと見紛うように貧相なものが多く目立つ。

 その美しい容姿に見合う衣装を着ているのは、街行く女の中でもほんの二、三割。一握りしかいないようだった。


 総じて異質。かつ、どこか違和感を覚える荘厳ながら雑多な街並み。ここは淫靡で豪奢な色町でありながら、貧しく枯れた馴染みあるスラムのようにも見えた。

 そして、そんな些細な違和感などまとめて掻き消すような強烈な刺激が五感を介して絶えず飛び込んで来るのだ。

 汗の滴り落ちる胸の谷間を見せつけ、扇情的に微笑む女がいた。情欲を沸き立てんとする妖艶なで挑発的な唄声が絶えず耳に届いて三六〇度から鼓膜を犯す。鼻孔を刺激する吐き気を催す程に甘ったるいピンクの香りに思考がグラつき正気を失いそうになる。


 ――混乱する。何が起きたか分からない。考えがまとまらず、思考は停滞を続けている。 

 あからさまな〝干渉〟の気配を察したディアベラスは、一度瞳を閉じて、大きく口で深呼吸を繰り返した。


 ディアベラスを惑わしているのは五感からの情報と、不意を突かれた心の動揺によるものが大きい。

 外部の情報を意図的にシャットアウトして、ノイズを掻き消し、状況を再確認する事で思考の安定を図る。


(思い出せぇ。此処に来るまでに何があったぁ、俺は何故こんな場所にいる……)


 ……そう、ディアベラス達は『特異体』による人類終焉を回避する為、逃亡者の尻尾(ラストカウンター)号でゼムリャ・ゲオルグの『魔力点』へ突入した。

 ゴムの塊のような感触を力技で強引に押し切り突き破り、見事、内部へと侵入を果たしたのが三日の深夜の事。

 大丈夫、確かに覚えている。思考は正常に機能しはじめた。なにせこれはほんの五秒も前の出来事なのだから忘れる訳がない――



「――おにーさん、だいじょうぶ? かおいろ、わるいよ」


 眼前、鼻と鼻が触れ合い吐息が交差するような距離。


「ッッ!!?」


 視界一杯に広がる褐色の肌と死んだ魚の瞳じみた退廃的な虚無の黒瞳に、ディアベラスは一瞬で総毛だった。


「お前、七つの厄災の――」

「? ななつのやくさい? わたしのなまえはノーラだよ。おにーさん」


 全身の毛を逆立たせて一挙に五メートル以上後ろへ飛びずさったディアベラスに、ノーラと名乗った褐色の童女は瞳孔を開き切ったままキョトンとした表情で小首を傾げている。そこに喜怒哀楽といった感情がない訳ではないのだが、こちらを見る表情は感情の起伏が薄くどこか掴みどころがない透明感のようなものを感じさせる。

 無垢な童女からは悪意や敵意、こちらを害し騙そうとするような意図は一切感じられず、ディアベラスは一瞬彼女が別人かとも考えたが――


(――薄汚れた襤褸切れに包まれた褐色の肌、死人みたいに底なしの虚無の黒眼に紫がかった伸び放題の黒髪。それに何より、対峙しているだけで全身の毛穴が開いていく心臓を鷲掴みにされたような圧倒的な重圧プレッシャー……! 馬鹿か俺ぁ、間違いようがねぇだろぉ。こいつぁ、あの時の……!)


 音が消え、あれほど甘い匂いを感じていた嗅覚が麻痺する。ディアベラスは世界から褐色の幼女以外の色が消えたような錯覚すら覚えていた。

 『七つの厄災』が一つ。

 〝貧困に生ずる色欲〟ノーラは道端で見つけた珍しい虫でも観察するような興味津々の視線をディアベラスへと向けたまま、その場を一ミリも動こうとしない。

 じりじりと、ほんの僅かずつ後退するディアベラスはこのまま逃げられるかと思考したが、


「ねえ。さっきからどうしてそんなにきょろきょろしているの? おにーさん、なにか〝さがしもの〟?」

「ッ!?」

 

 右隣。

 凶悪な存在感がほんの一瞬曖昧になったかと思った直後、それはディアベラスの右隣から上目遣いにディアベラスの顔を見上げていた。

 ――逃げる? あり得ない。そんな事は不可能だ。この正体不明の少女は、そもそもクリアスティーナによる座標書き換えの空間転移に付いてきた挙句、クリアスティーナが発動を気付けない次元での空間転移を行ったみせた怪物。

 距離など関係ない。存在を認知された時点で、己の生殺与奪権は目の前の童女の掌の中に常に握られているのだと、本能が抗う事を拒んでいる。


「あ、わかった。おにーさんはあのおねーさんのことさがしているんでしょ? そうだよね、だっておにーさんはおねーさんのことをしんじゃうくらい愛しているんだもんね」


 ポンと手を叩いて納得を示すノーラの反応に、ディアベラスに恐怖と期待の色が同時に浮かぶ。

 消えてしまったクリアスティーナがどこにいるのかを、彼女が知っているのかもしれないという期待は、けれど同時に最悪の展開へと繋がる恐怖でもあって――


「――だいじょうぶ、すぐにあえるよ。だって、おにーさんもおねーさんも〝ぎしき〟につかうたいせつな〝かく〟だもの。……わたしにはよくわからないけど、愛しているひとと〝はなればなれ〟になるのはつらいよね? だからほら、いっしょにいこうよ。おにーさん」


 そんな期待を読み取ったかのように小さな手が差しだされる。

 物騒な内容の言葉とは裏腹に、紅葉のように小さく愛らしい手だった。不思議な透明感を張り付けた童女は、相も変わらず開き切った瞳孔をディアベラスに向けている。そこには悪意も敵意も害意もその一切が感じられない。ただただ善悪を知る前の無垢な闇がどこまでも広がっているだけだった。


 この手を取ればディアベラスはクリアスティーナに会えるのかもしれない。

 だが、それを取ったが最後ディアベラス=ウルタードという人間の尊厳ある生は終わりを告げるのだという確信があったから。


「……生憎だがなぁ、俺ぁ儀式とやらに使われる気も、核とやらになる気もねぇんだぁ。お前の手なんざ借りるまでもねぇ、アスティは俺一人で見つける」


 無駄だと知りつつ反射的に一歩後ろに下がるディアベラス。

 目の前の童女が見た目そのままの童女ではないと分かっていても、敵意も害意も感じられない無垢な彼女の手を乱雑に払うのは気が引けた。

 だから、警告。

 拒絶の意思をはっきりと示し、次は容赦はしないという意志表示。――それが、本能的に彼我の優劣を察してしまったが故の精一杯の威嚇行為であることに、ディアベラスはとっくに気づいている。

 結局自分は、たった一人でこの怪物と明確に敵対することを恐れている。戦えば死ぬ、間違いなく殺される。痛いくらいに頭の中で鳴り響く警鐘を、神の子供達(ゴッドチルドレン)であるディアベラス=ウルタードは振り払えない。


 そんな拒絶の態度に、ノーラはまたも不思議そうに首を傾げる。本当に理由が分からないと言った様子で彼女は、


「いやなの? ふーん。でも、おにーさん。〝ここ〟にはいってきたじてんで、ておくれだよ。もう、おにーさんは〝ここ〟の〝かく〟になるしかないんだよ?」

「……、それは一体どういう――」


 ディアベラスは疑問の言葉を最後まで続ける事は出来なかった。


「――『アポス』、解崩アニグマーデ――」


 ノーラが歌うようにそう唱えた直後、

 

「ぐぅっ!? ……がっ、ぁあああああッ!?!」


 猛烈な激痛がディアベラスを襲ったからだ。

 下腹部。膀胱のあたりに激痛が走り、思わずその場で膝を突き、身体をくの字に折り曲げる。

 今まで年相応の童女の無邪気で無垢な声が、それを囁くように歌う間だけ退廃的な妖艶さすら帯びているようだった。


「――悦に狂え快にアンコス・イント・エスジ溺れよ天上楽土ィモウス・トレ・ラステ・唯我独愛(モーノ・アガーペ)――【沈湎暴色アンコス・ギ・アナファーテェ】」


 痛みは膨らみ続ける。

 膀胱の真下。ガンガンと内側から炉で熱した灼熱の金槌で叩かれるような激痛が体内に響き渡る。


「おにーさん、いたい? おなかいたいの? ……ふふ、はじまったみたいだね」

「……ばぁ、づぅ……テメェ、今一体、何をしたぁ……ッ!?」


 脂汗を流し激痛に喘ぐディアベラスに対して、ノーラは自分のお腹を撫でている。その姿と所作にどこか違和感を覚えるディアベラス。しかしそれが何なのか思い当たる前に、ノーラはお腹を撫でながら歌うように、


「〝ここ〟はね、わたしの〝せかい〟なの。だからね、おにーさんが〝ここ〟にきちゃったじてんで、おにーさんの〝しきゅう〟には〝ばくだん〟が〝せっと〟されるんだよ」

「――、」


 一定の領域に踏み込んだ者の子宮に自動的に爆弾がセットされる。

 幼い童女の口から飛び出すには、あまりにも物騒な言葉。

 しかもディアベラスは男。子宮など当然ある訳がない――と思われるかもしれない。が、実は男にも子宮は存在する。


 元よりヒトの胎児の身体の基本形は女性であり受精後の胎齢六、八週あたりまでは男女両性の性器に差異はなくどちらの性へも分化できる能力をもっている。

 お腹の胎児は性染色体の働きによって後から身体に変化が起こり、決定された性別に従って内性器や外性器を形作っていく為、男の身体には女性の身体の特徴が名残として残っているのだ。


 性染色体の働きによって女性の内性器――子宮へと変化するミュラー管と呼ばれる器官の名残。ディアベラスが激痛を覚えている個所は、紛れもなくその部位にあたる。


「……ふざけ、やがってぇ……ほぼ無条件で、問答無用に体内への強制干渉……破格が過ぎんだろぉがぁ……っ」


 単純に言ってしまえば、結界内部――『魔力点』内へ侵入した者へ問答無用で科せられるペナルティといった所か。

 形のない呪いのような強制干渉である為、防御も回避も不可能。あの口ぶりだと『魔力点』へ入った瞬間に体内にセットされ、ノーラの先の詠唱によって起動するのだろうか。

 あまりに反則じみているが、此処が彼女の――『七つの厄災』が司る世界であるというのなら、それぐらいの特権行為が認められていてもおかしくない。

 なにせここは、彼女が彼女自身にとって都合のいいように構築した、彼女の法則ルールで満たされた世界のはずなのだから。

 

「〝ばくだん〟は、だんだんおおきくなるんだよ。〝ふうせん〟みたいに、すこしずつふくらんでいくの」 


 彼女は爆弾を「ふうせんみたいに」と言った。膨らみ続け大きくなり過ぎた風船は内側からの圧に耐えきれずに破裂する。

 ……子供らしい無垢な残酷さを感じる嫌な例えだ。爆弾を植え付けられた者が辿るであろう末路がロクでもない物である事だけは確かだろう。


「〝ばくだん〟が〝せっと〟されているかぎり、おにーさんはわたしの〝せかい〟からでられない。〝ばくだん〟が〝せいちょう〟しきったら、おにーさんしんじゃうかな? きっとしんじゃうね。でも、おねーさんといっしょにしねるとおもうよ? ……ねえ。わたしにはよくわからないんだけど、愛するひとといっしょにしねるってうれしい? うれしいの?」

「……テメェ、アスティにも……これを……ッ!?」


 今の壮絶な痛みをクリアスティーナも受けている、そう思っただけで頭が沸騰するように熱くなり、湧き上がる怒りにディアベラスは痛みに喰いしばった歯をぎちりと鳴らす。

 愛する人を不当に傷つけられた怒りに恐怖すら忘れる。今すぐにでもゼロ距離から悪魔の一撃フォルティナ・ディアブロを目の前の怪物目掛けて叩きこんでやりたい。だが、下腹部を蹂躙する痛みと熱がディアベラスの集中を掻き乱す。神の力(ゴッドスキル)はおろか、立ち上がることすら叶わない。


 至近から殺気を向けれたノーラは、やはりと言うべきか大して堪えた風もなく、


「おにーさん、おこってる。いっしょにしぬのはいやなのね」

「……あたり、……まえッ、だろぉ……ッ」


 返事をするだけでも苦しい。一言発するのに、細胞が一万個死滅し、血を吐き出すような痛みが走る。

 一方のノーラは、近所のお兄さんに遊んでもらっているくらいの感覚なのか、その場でくるっと回ってから手を腰の後ろで組んで、地面に這いつくばるディアベラスを覗きこむように、


「ねえ、おにーさんは〝ここ〟からでたいんだよね? だったら、わたしたちと〝げーむ〟をしてよ。〝たからさがし〟の〝げーむ〟」

「……ゲーム、だとぉ……?」

「うん。おにーさんたちがかてたら〝ここ〟からみんなをだしてあげるよ。そのかわり、まけたらちゃんと〝かく〟になってね?」 


 無邪気に、無垢に、一緒にかくれんぼをしようと、遊びの約束を取り付けるような気軽さと親愛をもって童女はすうと息を吸い込むと、




 ――ころころころころさがしもの――




 ――わたしはずっとさがしてる。あなたはずっともとめてる。だれもがきっとほっしてる――




 ――わたしはだぁれ。あなたはなぁに。さがしものはなんですか?―― 




 ――うたうしょうじょはひとりぼっち。からっぽだからひとりなの。ひとりだからからっぽなの?――




 ――たからものをくださいな。わたしのだいじなおもちゃばこ。たたいてふってもおとはなし――




 ――だからみつけてくださいな。わたしのだいじなおもちゃばこ。なかみをあたえてくださいな――




 退廃的な鈴の音色が。




「――無限の玩具箱(パンドーラ・ボックス)解崩アニグマーデ



 遊戯の開幕を告げた。

 


「――【肉欲苦界/遊戯快死(ゲームスタート)】」



 それは、聞くだけで人の心を虜にしてしまうような、魔性の響きを持った歌声だった。

 童謡のようなその歌をノーラが歌い終えた途端、立っていられない程だった下腹部の痛みが急速に引き始める。

 焼き鏝と化した灼熱の金槌でめちゃくちゃに暴れられるような瞬間的な激痛から、ジクジクとした持続的な痛みへとシフトし異物感のような嫌な感覚と熱だけが残っている。

 痛みが軽くなっただけで、体内にセットされたという爆弾は消えた訳ではないのだろう。おそらく、こうしている間にも最後の瞬間へと向けて少しずつ膨張を続けているハズだ。


「それじゃあきまり。やくそくだから、やぶっちゃやだよ?」

「――ま、待てッ、俺はまだンなモンやるだなんて一言も……ッ!」


 立ち上がれるまでに回復したディアベラスが叫んだ時には、ノーラの姿は視界から消え失せていた。現れた時同様、まるで初めからそこにいなかったかのような華麗な空間転移は、距離を無視した偶然の死を敵対者に与えるディアベラスと言えどもどうする事もできなかった。


「……」


 雑踏に音が、匂いが、色が戻る。

 街を行き交う人々は相変わらず淫靡で扇情的で、たった数秒前の邂逅が嘘だったかのような賑わいに満ちていて――その刹那だった。

 ディアベラス=ウルタードの脳裏に、鼓膜を突き破るような激痛と共に手配書のようなイメージが浮かび上がり刻まれたのは。








 ――厄災遊戯ゲーム:『■宝探し(トレジャーハント)

 【指名手配書】この〝せかい〟で最も価値ある唯一無二の宝を暴き出し、迫る災いの魔の手より抱き守れ。

 主催者:〝貧困に生ずる色欲〟、〝嫉妬より出ずる愛憎〟。

 参加者:『魔力点』内部で存命の人類全てに参加資格あり。

 制限時間:子宮内部の腫瘍ばくだんが破裂するまで。

 参加者勝利条件:制限時間内に上記条件を達成。

 参加者敗北条件:死亡。

 ※主催者と参加者の立場はあくまでルールの上に平等で公平であり、遊戯ゲームの進行に著しい影響を及ぼす『神性』の影響を遊戯ゲーム中に限り無効にするものとする。




(なん……だ、これ……)


 痛みに、意識が遠のく。脳裏に浮かびあがった正体不明の手配書の存在に疑問を抱くまでが限界だった。



 ――そうして、ディアベラスの意識は再び闇の底へと落ちて行った。



☆ ☆ ☆ ☆



 『魔力点』突入直後行方不明になったクリアスティーナ=ベイ=ローラレイとディアベラス=ウルタード。

 『七つの厄災』の手によって『魔力点』の『核』になろうとしている二人の神の子供達(ゴッドチルドレン)救出の為、逃亡者の尻尾(ラストカウンター)号からは少数精鋭の救出部隊が動く事となった。

 

 救出部隊:救出組・貞波嫌忌、レギン=アンジェリカ、リズ=ドレインナックル、/救出部隊:バックアップ組・生生、竹下悟、スピカ、リリレット=パペッター。

 以上の七名からなる少数部隊で行方不明となった二人の捜索、『魔力点』内部での情報収集、そして二人の救出を行わなければならない。

 時間的猶予がどれくらいあるかは不明。

 当然、一朝一夕で何とかなる任務だとも思わないが、それでも時間との勝負になるであろう事は明白だった。

 竹下悟や生生の強力もあり、すぐさま必要な準備が整いこの『魔力点』の中心と見られる市街地へ向かった一向は――



「……まあ、そうなるよね」



 ――極貧の色町内部へ一歩踏み込んだ途端、空間転移と思しき現象によってバラバラに分断されていた。


神の子供達(ゴッドチルドレン)相手に出来るんだから、そりゃ俺達雑魚なんて訳もないに決まってるわなー。……へ、これがほんとの神隠しってか? いやぁ、つまらない笑えない冗談じゃないの三重苦。早速帰りたくなってきた……」


 魔法だか魔術だか知らないが、『特異体』も『七つの厄災』も人外のバケモノ過ぎてつくづく嫌になる。


 冷や汗を垂らしながら引き攣った笑みを浮かべる貞波は、路地裏の建物の陰に身を寄せ辺りを窺いながらそう独りごちる。

 手先の器用な竹下が作ったというお揃いの対砂漠用のデザートウェアに身を包んだ貞波は、口元を覆うスカーフを鼻まで上げ直しながら、ローブマントに付随したフードを被り直す。

 辺りに仲間の姿はない。はぐれないようにわざわざ手まで繋いで侵入したというのにこのザマだ。

 ご丁寧にと言うべきか、当然のように無線は繋がらない。故障か離れ過ぎている為かの判断は付かないが、現段階で使いものにならないという時点でどちらでも一緒だった。


「……つか、ここ何処なんだ? 俺の頭が容量不足で記憶が一部飛んでった、とかじゃない限り正門から堂々乗り込んだはずなんだけど……」


 目を醒ますと、貞波はこの路地裏に倒れていた。

 貞波たちは唯一周囲で侵入可能だった正門と思わしき巨大な石門から街へ入ったはずなのだが……やはり周囲にそれらしいものは見当たらない。少なくとも入口付近ではない事だけは確実らしい。

 

「わざわざご親切な送迎どうもご苦労様ですよ、今度お礼に未知の楽園(ウチ)の名産品送るよ。街の残骸クッキー(がれきのやま)とかどうよ? 角に頭ぶつけて死んでくれるとなお嬉しいんだけど」


 依然として現在地は不明。転移からどれくらいの時間が経っているのかも分からないが、太陽の傾き加減からしてそこまで長い時間ではない筈だ。せいぜい一、二時間といった所だろうか。

 ……もっとも、それだけの時間があればバラバラにはぐれてしまった仲間達が全滅していたっておかしくはない。


「それにしても色んな意味で凄まじい街だな……」


 貞波嫌忌とて未知の楽園(アンノウンエデン)で暮らしてきた身だ。スラム街の空気には慣れているつもりだったが……何というか、ここの空気は貞波の知るそれらとはがらりと違うのだ。


(ま、俺だって男の子ですし? こういう大人の街に興味がない訳じゃないけどさ――)


 表通りに広がっている光景は、異様な熱気を孕んでいた。

 一切の整備がなされていない凸凹の目立つ悪路、折り重なる下手くそな子供の積み木のような歪な家屋。崩れかけの廃屋を再利用して造られたものを店舗として利用しているのか、屋根の崩れた無人の家屋に品物を広げる商人たち。道端にはゴミが溢れ、不衛生な汚水が側溝を流れている。貞波が身を隠している路地裏よりは日当たりが言い分マシ、くらいな印象だ。

 これだけならばよくあるスラム街を彷彿とさせる雑多な街並みで済むのだが、ここが異様な点は空気に満ちるのが腐臭や異臭では無く胸やけするような甘い香りだという点――もしくはその原因に尽きるだろう。


 ――一言で表すのならば、極貧の色町。

 貧しいから身体を売るしかなかったのか、身体を売るような事しかできないから貧しいのか。

 ともかく、今にも崩れそうなボロ屋が雑多に並び立つ中に、時折貴族の別邸と身がまうような豪奢な建造物が紛れており、現代的なネオンまでが真昼間からギラギラとした輝きを放ちその存在を主張している。

 おそらく、街の中心部に行けばボロ屋と豪邸の比率も変わってくるのだろう。ここは六対四くらいでボロ屋が多いが、不自然な程に豪奢な建物ばかりが居を構えるエリアもあるハズだ。……当然その逆もしかりだろうが。


 意味深な記号で存在をアピールする看板も、卑猥な言葉ばかりが並ぶ商店のポスターも、全てが男の情欲を刺激する為に作用している。

 そして何より――道行く裸同然の女性たち。


「……確か、『魔力点』ってのはそこを支配する『厄災』の性質によって特性が変わるんだったよな。かなりの変態野郎が此処の主って事か?」


 なにせ道行く女性は局部に軽く布を巻いたような裸同然の者ばかり、その癖ボロボロの廃屋で店を構える店主の男や女を侍らせ道を歩く男ばかりがまともな身なりをしているのだ。 

 男女比はおよそ三対七。

 この世界を創造したやつは、キモデブクソハゲ性欲モンスターに違いないだろう。


 ……とはいえ、娼婦街などこの世界にはいくらでもある。需要があれば供給が生まれるモノであり、そういった商売の是非に対して自分がどうこう言う気は全くないし、それどころか健全な男子としてそういういかがわしいお店に興味がないと言えばそれは嘘になる。

 だが、そんな貞波が嫌悪感を隠せないでいる最大の理由の一つは……


「……うぉえ、またかよ気持ちわっる。真昼間から表で堂々乳繰り合うなっての、見せつけられるこっちの気持ち考えたことあんのか!? テメェのティッシュ塗れの汁臭い汚部屋でヤっとけよハゲジジイども……っ!」


 これもしばらく街の様子を観察していて気付いた事なのだが……道行く彼等は誰一人として通貨を持っている様子がない。この街全体に言える事なのか、この通りに限ってなのかは分からないが、誰一人、金を払って商品を買っている人間が存在しないのだ。

 では、店先で売られている商品をどうやって買っているのか。店を構える店主は全員が例外もなく男。ならば答えは単純だ――


 瑞々しいマンゴーを売っている八百屋の脂ぎった店主の手を自分の豊満な胸に向かわせ揉みしだかせ、いやらしい手つきで顎を撫で回しながら耳元で言葉を囁く塾れた肉付きをした白い肌の妖艶な女がいる。


 高身長の仏頂面で魚を売りさばく商人の股間に上目遣いで物欲しげに手を這わして物乞いするスレンダーな東欧美女が。


 いやらしい笑みを張り付けている肉屋の店主は、そのむっちりと短い手で胸の布を剥ぎ取った東洋系の可憐な双子を両隣りに侍らせ肩に回した腕で双子の胸を揉みしだいている。


 偉そうに店先に座っているだけの癖に汗を搔いたなどと宣う上裸のぼっちゃん刈りの汗を、ぶよぶよの脂ぎった身体に舌を這わせて舐め取る小柄な褐色美女たち。


 道を歩く男達は、一歩進むごとに半裸の女どもに声を掛けられしなだれ掛かれ、挙げ句の果てには道端で行為に及んでいる男女の群れまで現れる始末だった。

 

(――ここまで来るとぶっちゃけ吐き気がするだけだわ……てか普通にキモい、無理。つーか、この無法地帯っぷりでちゃんと女の子の甘い香りが漂ってるのがびっくりだよ。これでイカ臭い匂いが充満してたらマジで吐いてる自信があるね。ああ間違いない)


 欲望に溺れ肥えきった男共は生きる為に必要な餌をチラつかせては果実を喰い漁り、女どもは発情しきった目で媚を売り身体を売って、男共から可能な限り全てを搾り取らんとしている。

 街中に響くのは淫靡で醜悪な雌共の嬌声。迸るは卑猥で下品な体液と男共の欲望の猛り。最早隠す気など欠片もなく、愛も純な想いも此処にはありはしない、ただ快楽と欲望の赴くまま衝動的に身体を重ねる理性なき獣の群れがあるだけだ。


(……吐き気の正体が分かってきた。ただ気色悪いだけじゃない、この正常を捻じ曲げて無理やり作ったような常識の歪さそのものがどうしても気に喰わない)


 これまで観察を続けてきてようやく言語化できそうな違和感と不快感の原因に、貞波は顔を顰める。

 明らかに異常な光景を日常として幸せそうに享受している街並みは、貞波に思い出したくもない光景を想起させるに十分だった。


 ――金がないなら身体で払え。女の価値などその肉体にしかないのだから。

 それが、胸糞悪くなる程に桃色で醜悪なこの世界を生きていくための絶対のルールだった。

 

 人間としての常識が捻じ曲がった歪な空間と、それを当たり前のような顔して許容している住民たち。

 ここまで記号として揃っていると、狙っているのかと尋ねたくなる。逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)の面々に対する煽りとしてはまさしく効果覿面というヤツだろう。

 そうして自覚した不快感と嫌悪はいつしか怒りへ、その怒りの感情はこの景色を生み出した存在へと向けられていく。


 ……キモデブクソハゲ性欲モンスターめ、と悪趣味な世界を作った『厄災』に貞波は敵意を新たに唸って、はたと何かに気付く。

 

「……いや待てよ。この光景に当てはまるとしたら『色欲』だろ? 『色欲』って確か、アスティの話じゃまだちっこいガキだって話だったけど……?」

 

 『厄災』を名乗る七人の個体の身体的特徴については、既にディアベラスやクリアスティーナから逃亡者の尻尾(ラストカウンター)に乗り込んだ全員に周知されている。

 『厄災』を直接見てない以上実物をこの目で見るまで断言はできないが、そもそも『厄災』側にキモデブクソハゲ性欲モンスターが居たなどという話は聞いた事すらない。


 ……まあ、その辺りの細かい話は自分一人でしていてもしょうがない。

 ここがどんな世界なのか大まかに観察することもできた訳だし、面倒事に巻き込まれる前に仲間と合流し落ち着ける場所を見つけるべきだ。

 

「……となると、ここは事前の約束通り、情報収集しながら正門に一旦戻るしかない、か。はー、これぞまさしく二度手間。俺はダンジョン探索系とかは自分の近場から順番にコツコツ調べてくタイプだってのに、マジ苛つくなぁ~もうっ」


 メンバーがバラバラに分断される状況も、無線が使いものにならない場合も当然想定済みだ。

 本来であればこういう時の集合場所になるのが拠点なのだが、拠点を確立する前に分断された場合や拠点を襲撃された際の緊急集合場所も用意しておくのがセオリーである。

 外からパッと見た所、特に目立つランドマークがある訳でもない枯れた街だ。一番確実そうなのが正門だった。

 バラバラになってからそれなりの時間が経過してしまっている為、仲間が待っている可能性はそう高くはないが、自分達にだけ分かるメッセージを残している筈だ。

 とりあえず馬鹿どもとの合流を第一課題(タスク)とした貞波は、人通りの多い大通りを避け、このまま路地裏を伝って街の外周沿いに正門を目指そうとして、


「――っ、なん、」


 どくんっ、下腹部に妙な熱と鼓動を感じると同時、頭の中に手配書の体裁を取ったおかしな文字列が浮かび上がってきた。

 




 ――厄災遊戯ゲーム:『■宝探し(トレジャーハント)

 【指名手配書】この〝せかい〟で最も価値ある唯一無二の宝を暴き出し、迫る災いの魔の手より抱き守れ。

 主催者:〝貧困に生ずる色欲〟、〝嫉妬より出ずる愛憎〟。

 参加者:『魔力点』内部で存命の人類全てに参加資格あり。

 制限時間:子宮内部の腫瘍ばくだんが破裂するまで。

 参加者勝利条件:制限時間内に上記条件を達成。

 参加者敗北条件:死亡。

 ※主催者と参加者の立場はあくまでルールの上に平等で公平であり、遊戯ゲームの進行に著しい影響を及ぼす『神性』の影響を遊戯ゲーム中に限り無効にするものとする。





「づっ……」



 走る眩暈、身体のバランスを保てず、足を滑らせた貞波は堪らず地面に倒れ込む。

 その際、隠れていた建物の陰から顔が出てしまい、大通りの光景が偶然視界に飛び込んだ。そこで目にしたものに、貞波嫌忌は思わず、


「……はっ、冗談――」


 ――キツイっての。と、最後まで言い切る事が出来なかった時点で、貞波の動揺の大きさが分かるだろう。

 この街がどういう街であるかは貞波も知っている。

 内部の様子は遠目からとはいえあらかじめ望遠鏡で確認しているのだから、憤りや嫌悪こそ覚えどいちいち驚くことはない。

 その筈なのに……


 ……ボロボロになって、下着のみの状態で枷と首輪を嵌められ鎖に引かれている見覚えのあり過ぎるあの少女は――



「――レギン……?」



☆ ☆ ☆ ☆



 唐突に始まった『■宝探し(トレジャーハント)』。

 もし魔術に詳しい者であれば、これがゲームの体を装った一種の契約であり儀式魔術に近いモノであることを看破する事が出来ただろう。


 『魔力点』の『核』として神の子供達(ゴッドチルドレン)を機能させるには『魔力点』内部へ彼らを取り込んだだけではまだ足りない。そこからさらに一定の手順を踏む必要が出てくる。

 人間を『核』……生命力を生み出し供給し続ける事で『魔力点』を維持する電源バッテリーとする為には、生きたままその身体を魔術的な部品として加工する必要があるからだ。


 しかし『七つの厄災』はあくまでも一つの厄災が形を成したモノであり、ありとあらゆる魔術を操るパンドラのように万能という訳ではない。

 むしろ一つの方向性に突き抜けたピーキーさこそが彼女達の特徴とも言えるだろう。

 簡潔に言ってしまえば『七つの厄災』達は儀式魔術は勿論、人間を『魔力点』の『核』へと加工するなどという繊細な作業を行うだけの技術や魔術を有していないのだ。


 そして、だからこその『遊戯ゲーム』なのである。 

  

 『厄災遊戯』と呼ばれるこれらの権能は、元々『厄災』たちが所有していた能力ではない。

 彼女たちが持つ『厄災』としての特性――『アポス』を一つの魔術儀式として捉え『厄災の贈り物(パンドラ)』が再構成して与えた権能だ。

 『厄災遊戯ゲーム』の形態は参加者の規模や質によって比較的自由に変更されるが、各『厄災』が持つ『アポス』を再構成した物である以上、その本質は変わらない。

 例えば〝貧困より生ずる色欲〟であれば『肉欲苦界』。

 例えば〝嫉妬より出ずる愛憎〟であれば『羨望憎悪』。

 どんな形態と名称を取ろうとも、その本質テーマは決して変わらない。背負った宿業は変えられない。


 そして、この権能の最大の特徴は、遊戯の勝者に一度だけ自由に事象を書き換える権利が与えられる、という点にある。


 限られた一定空間内――例えば今回の『魔力点』のような結界の内部――でしか使用できないなど、いくつか制約こそあるものの、彼女たち『七つの厄災』は自身に設定さ(与えら)れたこの遊戯形態の権能を使用する事でパンドラの持つ万能性を一時的に再現する事が可能になる。


 今回、『厄災』側の勝利報酬として定められた『事象の書き換え(報酬)』は〝神の子供達(ゴッドチルドレン)の核への加工〟。

 ディアベラス達神の子供達(ゴッドチルドレン)側の勝利報酬は〝魔力点の崩壊と脱出〟になっている。


 この遊戯ゲームは一種の契約でもある為、両者間での決定事項は『魔力点』の主である『七つの厄災』達にすら反故とする事は出来ない。

 仮にディアベラス達がこの遊戯ゲームに勝利すれば、実際に『厄災』が支配するこの『魔力点』は消滅するだろう。


 この異界の神に等しい存在であり遊戯ゲームの主催者であるハズの『厄災』側がここまで対等な条件を呑まなければならないのは、この遊戯が『厄災の贈り物(パンドラ)』から与えられた権能である事が大きい。

 

 簡単に言ってしまえば『厄災遊戯』という万能の権能自体がパンドラが『厄災』にかけた保険なのだ。

 自身と同等の力を与え反乱でも起こされたら面倒だからと、パンドラは『七つの厄災』に与えた万能にある種の縛りや制約を設けたという訳だ。

 本来であれば『神性』差により生ずる上位存在を害する事への忌避感情すらも、厄災遊戯ゲーム中は厄災遊戯ゲーム進行の妨げになるとして封じられている。『厄災遊戯』を用いる事で万能を得た代償に、『厄災遊戯』を行う際の彼女達は人の手でも打倒可能な存在にまで成り下がるのである。



 とはいえ、権能に与えられたその縛りも相手が厄災の贈り物(パンドラ)である事を想定したものである事を忘れてはならない。 



 公平な条件で『七つの厄災』に挑む。

 一見、挑戦者有利に思えるこの条件も、しかし、その公平という条件そのものが生命体としての圧倒的な性能差による不平等からのスタートである事を忘れてはならない。








 ――さあ、遊戯ゲームは始まった。勝者は一人、宝を探せ、奪え、そしてその手に抱き守れ。

 唯一無二の宝。確かにそれはこの〝せかい〟で最も価値ある物で、正真正銘『人類』の希望である。故に――『厄災』に奪われる事を決して許容してはならないのだから。







☆ ☆ ☆ ☆












 『厄災遊戯』は決して勝ち目のない遊戯ゲームではない。だが、もっと根本的な話――『人類』は『厄災』を滅ぼせなどしないと知れ。


















 第九話 《魔力点α》ゼムリャ・ゲオルグ【遊戯難度A+】淫靡艶麗廃墟都市ラグニアⅡ ――遊戯開始/肉欲苦界・羨望憎悪



 第九話 《魔力点α》ゼムリャ・ゲオルグ【遊戯難度A+】 淫靡艶麗廃墟都市ラグニアⅡ――遊戯快死(・・)/肉欲苦界・羨望憎悪




☆ ☆ ☆ ☆




 退廃的な歌う少女の鈴の音が響くのと同刻。



 ――『ワタシの愛の箱(パンドーラ・ボックス)解崩アニグマーデ



 また一つ、同一の『魔力点』内部にて重なり合うようにもう一つの厄災遊戯ゲームが開幕を告げた。



 ――【羨望憎悪/遊戯皆死ゲームスタート




 厄災遊戯ゲーム:『殺し愛(ラブ&ロール)

 愉しく仲良く殺し合って死因ビンゴを沢山揃えよう!

 【ルール】

 ・この遊戯ゲームは、ターン制ビンゴバトルです。主催者、参加者には九つの死因が記載されたビンゴカードが配布されます。死因を集めてマスを埋めて、定められたターン内により多くのビンゴを獲得したプレイヤーの勝利となります。

 ・プレイヤーは自身のビンゴカードを見る事はできません。対戦相手のビンゴゲームのみ閲覧可能です。

 ・主催者と参加者のどちらか一方が人を殺すと一ターン経過します。遊戯ゲームの仕様上、一ターンに殺害可能な人数は一人まで。主催者か参加者どちらか一方のみしか人を殺す事が出来ない為、殺人のカウントは早い者勝ちとなります。

 ・原則、遊戯ゲーム中の参加者並びに主催者は死亡する事を認められていません。降参を宣言した場合にのみ、死亡を認めます。その場合、降参を宣言したプレイヤーの敗北となります。

 ・九ターンで勝負がつかなかった場合、サドンデス方式を採用します。

 ・敗者は死亡します。


(カード例)

 刺殺  絞殺  爆殺


 毒殺  殺害  斬殺


 撲殺  銃殺  焼殺    


 主催者:〝嫉妬より出ずる愛憎〟。

 参加者:■■■■(あの女)

 制限時間:無制限。

 参加者勝利条件:ビンゴの成立数で対戦相手を上回る。

 参加者敗北条件:勝利条件不達成。

 ※主催者と参加者の立場はあくまでルールの上に平等で公平であり、遊戯ゲームの進行に著しい影響を及ぼす『神性』の影響を遊戯ゲーム中に限り無効にするものとする。






 ……あぁ、ワタシの厄災遊戯ゲームが始まった。血が滾る、熱が沸き上がる、身体が疼いて仕方がない。

 殺す。殺す。殺すのよ、殺すのね。殺すのでしょう? ……そう、ワタシはあの女を殺す。■■■■(あの女)はワタシがこの手で皆殺しにしてやるんだ。■■しくて、憎らしくて、だから今度こそワタシの手でその心臓を握り潰したいの。だってそれが――


















 ――それこそが、たったひとつのワタシの願い。

 ……そうよ、そうよね、そうなのでしょう? ねえ、誰か。教えてよ。答えてよ。ワタシは――



☆ ☆ ☆ ☆



 寝起きから食事の用意に後片付け、それから船内の掃除にと雑事に奔走していたミランダはようやっと一息ついていた。


「んっ、んん~づがれだぁー」



 大きく伸びをして、張り詰めた気合を抜くように息を吐き出す。それで一気にふにゃっとしたミランダは、食堂のテーブルに突っ伏して疲れ具合を表現する。

 しばらくそこでぐだーと液体みたいになっていると、厨房から厳つい見た目の若い男が出てくる。

 

「お嬢、お疲れ様っす。これ、お茶とお茶菓子っす」

「お、サンキューな。悪いな休み時間なのにお茶の用意まで頼んじまって」

「いいんすよ。それに、戌亥さんのお見舞いもお嬢のお仕事だ。なら、俺達ばかり休んでもいられねえ」

「別に仕事なんかじゃねえよ。母ちゃんに頼まれてはいるけど、単純に俺が戌亥の姉ちゃんとお茶したいってだけだしな」


「お嬢、お勤め頑張ってください! あ、お茶は大変熱くなっているので零さないように!」と大袈裟に手を振られるので苦笑いで「分かってる!」と応えつつ、用意して貰ったお茶やお菓子を載せたお盆を抱えて食堂を後にする。


「……ああ、お嬢。また裸足で……足で扉を開けるなんてはしたないですよ!」


 盗賊団が行儀についてとやかく言うなと思いながら、いつも通りに生返事だけは返しておいた。 

 向かう先は戌亥紗がいる個室だ。だいぶ元気になってきた事もあり、戌亥本人は個室の一つを自分が使い続けている事をよく思っていないらしいのだが、ダニエラに遠慮すんなとごり押しされて出れずにいるらしい。

 休憩がてら戌亥の部屋に赴き一緒にお茶をしてお喋りするのが最近の日課なミランダからすれば嬉しい話なのだが、戌亥からすれば居心地が悪いのかもしれない。


「……遠慮なんてしないでいいのにな。もう家族みてえなモンなんだから」


 逃亡者の尻尾(ラストカウンター)号に乗る二〇〇余名の人員は、この地上に残った最後の人類だった。

 『魔力点』に突入したとはいえ、その事実は変わらない。

 いわば自分たちは運命共同体。勝っても負けても恨みっこなしの、史上最大の大博打に挑む大馬鹿集団なのだとダニエラはミランダに言っていた。


「皆、頑張ってるのかな……」


 目覚めてすぐにディアベラスやクリアスティーナを擁する実働部隊が、『魔力点』の中心と見られる市街地に早速奇襲を掛けたとの話をミランダたち一般乗員は事後報告されている。

 自分たちに一言の挨拶も見送りの言葉言えずに行ってしまった事に皆が不満と不安を覚えたものの、船長のダニエラにも何も言わずに行ってしまったという話を聞いた時はそれ以上に誰もが驚いたものだ。

 ……もっとも、彼らが無断で船を抜け出し奇襲を決行した理由が「船長のダニエラが付いて来たがると困るから」だと報告された時は、船員が一斉に爆笑すると共に納得の空気が一気に降りてきたのだが。

 

「アタシはテメェと相手の力量差も分からず駄々をこねるようなガキじゃねえ」とダニエラは憤慨していたが、彼女を知っている盗賊団の面々からすれば「いざとなればやりかねない」という評価で満場一致だった。


 ミランダとしてもダニエラ……母が残る事になったのは素直に嬉しいニュースだった。

 正直な話、団員たち以上に、母が自ら戦場に飛び込んでいく姿をミランダは予感していた。その予感が外れ、また一緒に船で生活できる事は嬉しかった。

 例え仕事で忙しかろうと今はいいと思える。一緒に居て、たまに頭を撫でて抱きしめてくれる。それだけでミランダは良かったし、このいつ滅ぶと分からない世界でも母の隣なら安心する事が出来たから。


「だいぶ、静かになっちったな……」


 ほんの十数人減っただけなのに、やけに船内が静かに思える。

 いつも馬鹿みたいに笑っているディアベラスも、ギャーギャー喧しいレギンも、和葉や拳勝も今は船にいない。

 勇麻だって、ミランダに何も言わずに彼らと一緒に行ってしまった。特にその部分に関しては、ミランダ的にも不満が残る。第一、同じ船に乗っていると言うのに戌亥の部屋で会った時以来、勇麻とは碌に会えてもいないのだ。


「まったく、ユウマめ。未来のお嫁さんをほったらかしにするなんてよ。出かけるにしても挨拶くらいしていけってんだよ。……これは帰ってきたらお仕置きしないとだな」


 ふふんっと楽しげに呟いて、どんなお仕置きをしようかと妄想に耽るミランダ。勿論、あんまりにも痛いのはかわいそうだが、優しすぎてもダメだ。甘やかさずちゃんと反省してもらえるような、適度なイタズラ……もとい罰は何がいいだろう。あ、せっかくだから戌亥と相談して決めようか。

 考えごとをしていると、戌亥の部屋まであっというまだった。


「おーい、戌亥の姉ちゃーん。今日も遊びに来たぜー!」 


 今日の議題も決まりご機嫌なミランダが、いつも通りに起用に足でドアノブを回して扉を開けると、 


「……姉ちゃん?」


 いつもならベッドの上で半身を起こして窓の外を眺めている戌亥の姿が、どこにも見当たらない。

 ……あれ? と、不審に思ったミランダの足元から声がした。


「ミランダ、ちゃん……」


 ベッドから降りようとして倒れたのだろう、今にも吐きそうな真っ青な顔をした戌亥紗が、陸にあげられた魚のように床上でもがいていた。


「ちょ、どーしたんだよ、姉ちゃん!? 何で倒れて……また具合悪くなったのか!? ……待ってろ、今先生呼んできてやるから……!」

「待って……!」


 鬼気迫る叫び声に、ミランダの足が止まる。

 戌亥は吐き気を堪えるように口元を押さえながら、脂汗の浮かぶ深刻な表情でミランダの瞳を見据えて、


「お母さん、に……ダニエラさんに、伝えて。……このまま船にいたら、皆が危ないって」

「戌亥の姉ちゃん……? ど、どうしたんだよ、いきなり。何を言って……」

「匂いが……危険な匂いが近づいてる。……あぁ、ダメ。来ちゃう。吐き気がする死の匂いが、凄い勢いでこっちに迫って――」


 ――大きな瞳に涙を溜め、吐き気にえずきながらガタガタと震える戌亥紗の様子に、何をすればいいのか分からず呆然としてしまうミランダ。


 そんな立ち尽くす少女を覆うように、突如として大柄な人の影が差したのはまさにその時だった。


  

☆ ☆ ☆ ☆
















 ぽたぽた、と。赤い雫が落ちる。



















「何、故……」


 開いた口から滴り落ちる液体は赤く。零れ落ちる声は酷く震え掠れている。

 ナギリ=クラヤは己が死にかけている理由をはっきりとその目で認識しつつ、何が起きたのか理解が追いつかないでいた。




「――いいんじゃない? そうやってコソコソ惨めに隠れていれば」




 冷たく突き刺さる金髪の美しい女の声に、死神の刃が首筋に当てられたような寒気が走る。

 まるで蛇に睨まれた蛙だった。動けない。今すぐ逃げなければ殺されるというのに、動こうという気にならない。身体が、理性が、本能が、戦う前から目の前の存在に屈してしまっている。


 どうして此処がバレたのか、そこからして分からない。

 隠蔽工作は入念に施した。

 墜落地点にはダミーを設置したし、逃亡者の尻尾(ラストカウンター)号自前の光学迷彩の上から重ね掛けする形で〝船体を見ようとすると船体を認識できなくなる〟処理を施している。相手の視覚へ干渉する類の技だが、ナギリが相手に直接神の力(ゴッドスキル)で働きかけている訳ではない為、隠蔽事態に気付かれにくい。船内にいる限り干渉力が漏れる心配もない為、探知はほぼ不可能な筈だったのに。


 それでもナギリが己の干渉力を押し殺して船外で見張りの任についていたのは何か嫌な予感を感じていた為か――



「――自分は無害ですよって小動物みたいに可愛らしく主張して、ねぐらに籠って庇護欲を煽っていればいいんじゃない? どうせ、そうする事でしか貴女は生きていけないんだろうし? だったらその他大勢有象無象はその他大勢有象無象同士群れて群れて互いの傷を舐めあってみっともなく生に縋りついていればいいんじゃないの? ええ、惨めな貴女たちにはそれがお似合いね、お似合いよ、お似合いなんじゃない? 常に頂点に立つワタシにはあまり関係ないことなのだし。ええ、でも……やっぱりダメね、ダメだわ、ダメなのだわね。一つだけ、どうしても許せない事がある、あるの、あるのだもの。だって、ねえ、どうして貴女達(あの女)はワタシより沢山愛されてるのよ愛して貰っているのよ愛し合っているのよ愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛をォオオ!!!! おかしいでしょうそんなの許せないでしょうこんなの間違っているでしょう間違いは正さなければいけないのに誰も正さないからだから仕方がないから本当はこんなことするのは嫌だけどでもワタシがやらないとワタシが貴女達(あの女)を殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して皆の目を、貴方の目を覚まさしてアゲルぅからァ!? 愛刃アハ! はははははははははははははははは!!!!」

「――ッ」


 女の狂笑に、硬直していた身体が自由を取り戻す。既に一閃を貰っている身、どの道そう長くは保たないだろう。やるならば即断即決の一撃暗殺以外に勝機はない。

 ナギリは咄嗟に自身を暗闇で覆い、相手の視界から瞬時に逃れると、手の中で翻した暗器でそのバラの茎のように細い首筋を掻っ捌こうとして、


(――ッ! 手が、これ以上動かない……!? この女を害する事を、私の肉体が拒絶して――)

厄災遊戯ゲームエリアの外でワタシの『神性』に抗えると思ったの、思ったのね、思ってしまったのね? ……それは、ふふふ。ざぁんねん―」


 退くも抗うも、この場に残った時点であらゆる全てが手遅れだった。


「――『突き立て、その(エ・スイェシ・)嫉妬と憎悪は刃の如く(ギア・ナ・カターラ)』」

「……ご、ぶっ……」


 ――嫉妬と憎悪に暴れ狂う刃が、女からは見えていないハズのナギリ=クラヤを体内から蹂躙し尽した。


「……ふふふ。あははははは!!! ……逃がさない。殺し愛わないなんて許さない。貴女達(あの女)は全員、ワタシの厄災遊戯ゲームでワタシの手で殺してアゲルんだもの! だから、まずは一人。残りの間違い(いのち)はぁ……たぁっっっくさんッッ!!!!」


 血の海に倒れ動かない男を背に、美女の哄笑が響き渡る。


 愛憎撒き散らす女の向かう行き先は、阿鼻叫喚の斬殺地獄に他ならない。

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