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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
最終章 承/壱 人世ノ業、詠イ奏デルハ『厄災遊戯』――『厄災少女』、愛憎劇ノ其ノ果テニ
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第八話 《■■■■》■■■■・■■■■【■■■■■■】 ■■■■■■■■■■■■Ⅰ――色香漂う貧困街、求めし愛は偽りか否か

 だれか、いもうとをたすけてください。


 たべるものをください。

 

 おみずをください。


 おねがいします。おねがいですから、なんだってしますから、いもうとをたすけてください。しんじゃうなんていやだ、おわれかなんていやだ。だれか。だれか。だれか! いもうとをたすけて――



 ……、



 ………………………………。





 ……………………………………………………………………………………………………………………急にそんな事を言われても困る。

 だいたい、助けを求める相手を間違っている。私はそう思った。

 私では彼女たちを助けてあげられない。逆だ。逆なのだ。私がいるから彼女たちは傷つき、苦しみ、悲しんでいるのだ。

 だから救いを与える道理など何処にもなく、この身体は何も知らない無垢なる少女のままに無垢なる残酷さを振りまいて、助けを求める幼子たちをさらなる地獄へと叩き落とす。

 無慈悲に無感情に無造作に。ただ、この手で触れるだけで彼女たちは壊れてしまうだろう。


 だから私は、与えられた役割を全うすべく、助けを求めるように縋り懸命に伸ばしてくる彼女たちの手を取ろうとして――



「        」  



 自分でもどうしてそんな事を言ったのか分からない。

 でも。

 身体のなかのなにかが、脈打つ。

 どくん、どくん、どくん。

 なにかを懸命に主張する〝しんぞう〟のおとに、わたしは………………………………

















 ………………………………ねえ、だれかおしえてよ。わたしのねがいごとは、なに?




☆ ☆ ☆ ☆



 北極海の一部、バレンシア海に浮かぶロシア連邦領の島、ゼムリャ・ゲオルグ――通称ゲオルグ島に生じた『魔力点』へ突入した逃亡者の尻尾(ラストカウンター)号の面々を待っていたのは想像していた雪と氷の大地から大きくかけ離れた罅割れた砂の大地だった。


「これは一体……あれは、街なのか……?」


 数キロ先に街のような建造物の集合体を認め、望遠鏡を覗きこむ。丸く縁どられたレギン=アンジェリカの視界に現れたのは陽炎のように砂漠に浮かぶ極貧の色町、毒々しいネオンと肌色の淫靡な女で彩られたスラムに打ち建てられた娼婦街だった。


 突入時の衝撃で意識を失っていたのだろう。周囲には逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)の面々が倒れている。

 彼等の中でいち早く目覚めたレギンは、想定外の光景に圧倒されながらもどうにか意識を切り替えんとかぶりを振る。


「……呆けている場合じゃない。早く皆を起こさなければ……! ――おい、貞波。起きろ。敵のお膝下でいつまでも寝ている馬鹿があるか」


 幸い、倒れている仲間達は気絶というよりも眠っているような状態に近かった。少し声を掛け、身体を揺すってやるだけで目を覚ます。


「……ん、レギン……? なんでお前が俺の部屋に? まさか夜這

「――それはない、地球が滅びようとあり得ない。……アホな事を言ってる暇があるなら頭のネジを締め直しておけ馬鹿者」


 呆れ果て溜め息をつくレギンに、貞波は目を擦りながら周囲を見渡してここが自室ではない事に気付いて、さらにその直後。

 その光景に瞬時に眠気が吹き飛び愕然と目を見開いた。


「…………おい、冗談だろ。なんだよこれ……」

「……まあ、景色コレについては気持ちは分かるが詳しい話は後だ。皆を起こすぞ、お前も手伝え」 

「……冗談だろ、ポンコツドジっ子委員長が委員長みたいに仕事してる。いよいよコレは俺が見てる幻覚である可能性が高くなってきたな。ていうか頼むからそうであって欲しい……」

「あーもうっ、喧しいぞ減らず口男! 口はいいから手を動かせ、手を!」 


 寝起きの仲間達と似たような気の抜けるやり取りを交わしつつ、船内を含めて逃亡者の尻尾(ラストカウンター)号の乗員二〇〇余名全員を叩き起こして――





 ――そうして、彼女達を襲った異常がこの世界けしきだけではなかった事が判明した。


「不味いね……」


 慌ただしく船内を飛び交う状況報告を統括して、ダニエラ=フィーゲルは呑気に眠っていた己を責めるように唇を噛んだ。


「ディアベラスとクリアスティーナ、ウチの主力二名がいきなり行方不明とはね……」


 常にどこか余裕を持ち泰然と大局を見据える彼女にしては珍しく、その苦虫を噛み潰したような横顔からは本気の焦燥が伺えた。 



☆ ☆ ☆ ☆



 忽然と姿を消してしまったディアベラス=ウルタードとクリアスティーナ=ベイ=ローラレイ。

 二人の神の子供達(ゴッドチルドレン)が行方不明になったという情報に関してはすぐさま箝口令かんこうれいが敷かれ、選抜メンバーによる緊急会議が開かれる事となった。

 なにせ非戦闘要員は勿論、ダニエラが首領を務める『虎の尻尾』の団員や、逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)として共に戦ってくれている有志の住民たちにとってもあの二人は精神的な主柱として機能しているのだ。

 それが突然消えてしまい生死不明、なんて話が広まれば高まった士気はすぐさま地の底まで落ち、船内は不安と混乱と諦観が渦巻く死を待つだけの棺桶へと変貌してしまうだろう。迅速な対応が求められる状況だ。

 

 ダニエラが選出したのは旧逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)の面々、生生と竹下悟のみ何やら予定があるとの事で別室から通信機器越しでの参加だが、主要メンバーはほぼ全員が集まっていると言っていいだろう。

 対抗戦を戦ったDチームからは直情型で隠し事が出来ないタイプのドルマルドと隠れ激情家であるアブリル=ソルスに代わり、二人に比べ冷静かつ落ち着いた判断が出来るとの理由でサマルド=ドレサーが。最後に客将(?)扱いのスピカを加えた九名(+通話参加二名の計十一名)の精鋭が機関室に集まった。

 不要な情報漏えいを抑えつつ、状況に対応する為の少数精鋭とダニエラが判断した面子だ。


「さて、それじゃあさっそく結論から行こうかいね」


 ダニエラは集まった面々をひとしきり見渡して、口に咥えた煙草で一服。大きく紫煙を吐き出すと過去視の炯眼(トゥルーエンド)を宿す盗賊団の女首領は重苦しい空気を跳ね除けるように口火を切った。


「……もう聞いてる者もいるだろうが、『魔力点』内部突入後、ディアベラス=ウルタードとクリアスティーナ=ベイ=ローラレイの二名が行方不明となった。この件については既に箝口令を敷いてある、お前たちもここから出たら他言無用で頼むよ」


 感情を排した淡々としたダニエラの報告に、既にその情報を知っていた者は沈鬱な表情で顔を伏せ、初めて聞かされた者は驚愕に瞳を見開いた。

 集まった面々の瞳に浮かぶ感情は様々。だが、それらに一々感情の整理を付けさせているような時間的余裕はない。

 各々の反応を無視して、ダニエラは話を進めていく。


「バトラーと名乗った老執事からの情報を信じるなら、ウチの神の子供達(ゴッドチルドレン)二人はここの『魔力点』の核を維持する生贄として『七つの厄災』の所に連れてかれちまった可能性が高いだろう」


 バトラーの情報とダニエラの炯眼が見た光景には合致する点が多く、かの老執事の齎した情報には一定の信憑性はあるとの結論が既に出ている。

 故に、この推測についても極めて可能性は高いとダニエラは考えていた。


「――さて、しこたま準備と覚悟をしての強行突破で早速壁にぶち当たった訳だがこれからどうするさね? ……ってのが今回の議題だよ」

「……どうするも何もないだろうッ」


 ダニエラの問いかけに床を叩く音が響く。レギン=アンジェリカは、大切な兄妹を連れ去られた事実に強い怒りを滲ませて、


「妹が……アスティが囚われているかも知れないんだぞ! 即刻助けに動くべきだ!」

「落ち着きなさいレギンちゃん。そんな大声出しちゃ、何の為の箝口令か分からなくなるわよ」

「落ち着け? ……これが落ち着いていられるか! こうしている今も、アスティがどんな目に合っているか分からないんだぞ!?」

「あのね、だからと言ってアタシたちが騒いでれば解決するような事じゃないの。アタシだって助けに行きたいし、落ち着いてられないって気持ちは勿論分かるわ。けど、それは我儘を言っていい理由にはならない。それに――」


 感情的になっているレギンを宥めつつフォローするような言葉を並び立てていくリズ=ドレインナックル。流石は長女だ、自己中心的でちゃっかりしている所がある快楽主義者のこの姉も、この非常時ばかりは頼もしい。

 二人のやり取りを眺めながら、貞波がそんな事を思っていると、


「――あんまり聞き分けないようなら、お姉ちゃんがお仕置きしちゃうわよ☆ 具体的にはぁ~、腰が立たなくなるくらい濃厚なディープ――」

「ひ……っ」

「――ま、感情論は抜きにしても、俺達には二人が必要だ。なにせ『七つの厄災』を倒すとか無茶な目標掲げてるんだから、これは絶対でしょ。神の子供達(ゴッドチルドレン)がいない状態じゃ話にならない訳だしさ」


 大人げなく妹に特大のトラウマを植え付けようとした姉の暴走を貞波が咄嗟に割り込み遮る。

 お仕置きタイムを邪魔をされお預けをくらう形となったリズは「んもぅ、嫌忌ちゃんのいけずぅ~」などとぶーたれて肌色過多な身体をくねらせていた。……いくら血は繋がってないとはいえ相手が妹でも見境なしか、この年中発情色欲魔は。

 などと貞波が内心呆れかえっていると、今度は制御装置の方から声があがる。


「それは矛盾しているぞ、貞波。『七つの厄災』を倒すにはディアベラスとクリアスティーナの力が必要だとお前は言う。だが、現状二人はその『厄災』に捕えられている可能性が高い。生贄という単語が何を暗喩するかは不明だが、重要な立ち位置である事に違いはない。警備も厳重もだろう。『厄災』との衝突は避けられないぞ、二人を取り返すならな」

「ライアンス君の言い分はもっともだよ。けど、どの道このままじゃ俺達に勝ち目はない。だったらやるしかないだろ」


 肩を竦め答える貞波の声に迷いはない。あらかじめ二人の行方不明を知らされていた貞波は、既にこの場の流れを一つにまとめる為にどう話を進めていくかをある程度頭の中で組み立てていた。

 レギンが大袈裟に反応するのも、ライアンスがあくまで機械的に難点を指摘してくるのも想定済みだ。

 なにせ、矛盾してようがどれだけ達成困難な事だろうが、実際に二人を取り戻せなければ『逃亡者の尻尾(ラストカウンター)』号の皆が死を待つだけである事は確かなのだ。


 そうなれば後はどれだけ可能性を上げられるか。

 士気を高める事が僅かでも勝率を高める事に繋がるのであれば、精神論だろうがなんだろうが使い倒す。

 なにより、想いと行動の伴った言葉が時に人を動かし世界を変えるのだという実例を、貞波嫌忌は確かに目にしているのだから。ガラじゃないと自覚しつつ、その為に言葉を重ねる。


「そもそも俺達の存在意義は何だ? 逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)を名乗った俺達は、あの子と並び立ち、共に戦い共に在る為に在るんじゃなかったのか? 誓ったはずだぜ、あの子一人に全てを押し付けてしまったあの時に。……だったら、やるしかないじゃんか。死んじまった災友くんに胸張る為にも、みすみすあの子を奪われたままでいる訳にはいかないんだよ、俺達逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)はさ」


 それになにより、クリアスティーナを助けるのは貞波たちにとってはごく当たり前の事で。

 そんな当たり前の事をかつてしてやれなかったからこそ、今度こそはこちらから手を伸ばすのだ。

 だって彼女は、貞波達の大切な妹で、大切な家族だから。


「……ディアベラスのヤツに関しては……まあー、ついでだし助けてやってもいいかなーって。一応あれも家族だし、いなきゃいないでアスティが悲しむからな。そんな感じに俺は思うんだけど、皆はどうだよ?」

「リリも、アスティを諦めたくない。ディアベラスは……変な事ばっか言うからあんまり好きじゃないけど……でも、誰か兄妹きょうだいが居なくなるのはもう嫌だし……!」

「……右に同じだ。格上であろうと、今更怯える私達ではないだろう。それに、目的が救出であれば戦闘は最小限に抑えられる。端から逃げ前提の負け戦であれば、私達〝逃亡者〟の領分な筈だろう?」

「……お前たちの想い、了解した。俺とて反対した訳ではない、救出に。お前たちがハードルを理解しているならそれで構わない」


 言葉の通り、元より救出そのものに反対という訳ではなかったのだろう。貞波の言葉にリリレットとナギリも強く頷き、各々の覚悟を確認したライアンスは得心がいったような表情で頷き引き下がる。

 と、話の流れがひと段落したのを感じ取ったのか、


『……ん、ああ。ワタシも同じネ。二人の救出に関しては反対意見ナシヨ』


 これまで話し合いに入っていなかった生生が通信機越しに夕飯のメニューに賛成するような軽い調子で言う。


『んぐもぐ、……あ、我氏も我氏もー! ぐうの音も出ない程に大賛成ってやつですぞー、なのではいパスパス。ちゃっちゃと進めて貰って結構もっぐんぐ』

「スピカも、アスティお姉ちゃんとベラちゃん助けたいからリリちゃんと一緒に頑張る!」


 こちらは本当に何か食べながら参加していたのか、咀嚼音を交えながら返事をする竹下悟に、気合十分のスピカがふんすっと鼻息も荒く続く。


「わっ、私はそもそもアブリルとドルマルドの代理で話を聞きに来ただけなので……あ、その、賛成も反対もないと言いますか……以前お二人に救われた分、今度はお二人を助けるのは当然と言いますか……あわわ……」


 最後にDチームを代表してやってきたサマルド=ドレッサーがこくこくと首を縦横斜めに振りまくってポニーテールを跳ね躍らせながら同意を示した。

 呼ばれなかった二人に比べて冷静で落ち着いた判断ができるだろうとの触れ込みで連れてこられた眼鏡っ子は、どうやら未知の楽園(アンノウンエデン)内ではちょっとした有名人である逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)の面々に囲まれて緊張しきってしまっているらしい。

 小動物みたいに身を縮こまらせて、何だか挙動不審だ。


 ……これでこの場に集った全員の賛同が得られた。誰か一人の鶴の声で方針を一方的に決めつけるのではない、一人一人が自らの意志で二人を助けると発言したのだ。


 これで二人の脱落によって逃亡者の尻尾(ラストカウンター)が内部から瓦解することはひとまず避けられるだろう。

 二人が行方不明だというマイナスの要因を、「二人を皆で助ける」というプラスの要因モチベーションへ書き換える事が出来たのは大きい。実際には一歩前進どころか何十歩も後退させられてのスタートとなった訳だが、だからこそ逆境へ挑む姿勢は常に前向きであるべきだ。

 そうでなければ乗り越えられる壁にだって躓くのが人間という生き物なのだから。


「大方、意見は出揃ったみたいだね。どいつもこいつも、やる気満々で喜ばしい限りさね」 


 ま、出揃うも何もここまでは分かり切ってたんだけどね、などとダニエラは呆れているのか嬉しいのかよく分からない薄い笑みを広げている。

 そこから一転、ダニエラは真剣味を増した表情でこの場に集った十人を見渡して、

   

「……さて、今後の基本方針は定まった訳だが。それにあたってこれからアタシらがやるべき事は大きく分けて二つある。行方不明になった二人の捜索と……あと一つ、何だか分かるかい?」

「……アスティを探す以外にやるべき事なんてないだろ」


 まだ感情が収まらないのか、ツンと頬を膨らませて拗ねたように呟くレギンに貞波は溜め息を吐いた。


「……はぁ。これだからレギンはダメダメなんだよ。真面目ってかお固いっていうか、意識が一つの事にいくと一気に視野が狭まる、だから肝心な所でいつもドジるんじゃん」

「ぐぅ……う、うるさい……っ」

「まあ普通に考えたら船の護衛よね。まさかこれだけの大所帯で敵地をぞろぞろ移動するワケにはいかないし、非戦闘員の女性や子供だって沢山いる。俗に言うお留守番組かぁ……退屈そうだしアタシはパスだけど~、大事なお役目である事には違いないわよ? レギンちゃん☆」

「な、何故そこでこっちを見る!? そしてさも私が居残り組であるかのような言い方をする!」

「え、だってさっきからポンコツっぷりが酷いから、少し頭を冷やして貰おうと思って」


 最早いつも通りの集中砲火の有り様だった。貞波がからかう事も忘れて呆れて果て、リズが模範解答で質問に答えトドメとばかりに追い打ちをかけていく。

 ぎゃーぎゃーとこんな状況でも姦しい逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)の面々に頼もしさを覚えつつ、ダニエラは盗賊団の首領らしく豪快に柏手を一つ打ち、脱線しかけた話を本題へと引き戻していく。


「ま、そういう訳さね。ここが得体の知れない敵地の真っただ中でである以上、守りを捨てる訳にはいかない。二人の捜索と救出だって、大人数で闇雲に動けばいいって訳じゃない。そんな訳だから、アンタらには少数精鋭の救出部隊と、船に残って守りを固める防衛部隊に分れて貰うよ」


 予め考えていたのだろう。そう言いながらダニエラが広げた用紙には、既に救出部隊と防衛部隊の編成が書きだされていた。



『救出部隊:救出組・貞波嫌忌、レギン=アンジェリカ、リズ=ドレインナックル、/救出部隊:バックアップ組・ダニエラ=フィーゲル、スピカ、リリレット=パペッター。


 防衛部隊:ライアンス=アームズ、ナギリ=クラヤ、ドルマルド=レジスチーナム、アブリル=ソルス、サマルド=ドレサー、/バックアップ要員・兼船長代理:生生、竹下悟』


 よく考えられた編成だった。

 大火力持ちで船から物理的に離れられないライアンスが居残りなのは当然として、遮蔽物のある狭い空間でこそその真価を発揮する鎖使いのアブリル=ソルスやトラップを作るのに適した『粘液接着スティッキー・アディジーボ』を持つサマルド、隠密活動に明らかに不向きな蒸気で戦うパワー型のドルマルドが防衛組なのも納得の采配だ。


 スピカの探知・索敵能力を救出で活かさない手はないし、攻撃を透過するレギンと衝撃を吸収する物理耐性持ちのリズがいれば正体不明の初見の敵に対してもある程度対応できるだろう。

 汎用性の高い『人業劇アパタイトパペッター』を有するリリレットを後詰めに置いているのもいい判断だと言える。

 ナギリが救出部隊に編成されていない点は少し意外ではあったが、彼の暗黒隠蔽(ダークネス・トーカ―)で船を隠すというのも悪くない選択だと思う。


 しかし、差し出された編成表に――それも救出部隊の欄にダニエラ=フィーゲルの名があることに、貞波は唯一眉を潜める。


「なあ、ダニエラさん」

「なんだい? 編成に文句があるってんなら聞くよ」

「いや、文句って訳でもないんだけどさ。俺の見間違いじゃなけりゃアンタの名前が救出部隊の方にあるんだが、これって何かの冗談? もし笑うトコだったら気の利いたリアクション取れなくて申し訳ないなって思って」

「なるほど、文句どころかアタシに喧嘩を売ってるってコトかいね」


 ダニエラが浮かべた満面の笑みに空恐ろしいものを感じていると、しかしすぐ脱力するように息と共に怒気を吐き出して、


「ま、忙しいから買っちゃやらないんだけどね。……でもってこの編成は冗談でも何でもないよ。救出部隊と銘打っちゃいるけどね、一番最初にやらなきゃならない事は情報を集めながら二人の行方を探す事なんだ。何が起こるか分からない未知の土地で敵の目を避け身を隠しながら情報を集めて人を探す。スピカの音響領域アコースティカレルムでの反響定位エコーロケーションとアタシの過去視の炯眼(トゥルーエンド)による過去の推測は探索と情報収集における生命線になるさね。――はっきり言ってこの空間は異常だよ。何が起きるか全くもって分かりゃしないんだ、情報は生死に直結するし一つでも多くあった方がいい。となると此処はアタシも動くべきなんだよ」


 ダニエラの言い分は正しい。

 ゼムリャ・ゲオルグに生じた『魔力点』は異常だ。

 他の『魔力点』も同じかどうかは分からないが、本来あるべき世界が此処にはなかった。


 氷と雪に閉ざされた過酷な無人島、ゲオルグ島があるべき場所に広がっていた罅割れた砂の大地と色欲の街は、誰がどう見ても作り物には見えない現実リアルとして存在する幻想レプリカそのもの。

 ゴム膜のような漆黒の結界を突き破ってすぐ墜落したはずなのに、周囲には世界を区切る境界である結界による漆黒の断崖(いきどまり)はどこにも見当たらず、三百六十度どこまでも雄大で乾いた地平線が広がっている。

 ドーム状の壁で覆われているはずなのに、この世界にはどこまでも終わりが見当たらない。


 もし仮に、目の前に広がる景色が幻影でも幻覚でもなく、この世界においてはただ一つの現実だと言うのならば、この『魔力点』を築き上げたパンドラは、あの一瞬で五つの異世界をこの地上に新たに構築した、という事になる。

 まさに神の御業としか形容できない異常な偉業(デタラメ)。様々な最悪を想定していたとはいえ、ダニエラの目をもってしても『魔力点』内部を覗く事は出来なかった以上、この異常事態を推測する事など出来る訳もない。


 真冬の雪山に行くはずが、サハラ砂漠の真ん中に放り出されたような不条理。用意した防寒装備が到着一秒で不要の長物になるとは誰も思わなかっただろう。

 これほどまでに事前の準備が当てにならない状況もそうはあるまい。


 そして、こんな異常事態だからこそ情報収集の重要度は増してくる。

 この街の事を知らなければ『七つの厄災』が根城にしていそうな場所や、二人が監禁されていそうな場所を予測する事もできないし、何が危険で何が安全かの判断だってつかない。


 例えば、自国では当たり前の風習が、他国では罪になるようなタブーだったなんて事は現実世界でもザラにある。それが得体の知れない異空間に迷い込んでいるという輪を掛けて厄介な状況なのだ。情報不足は知らなかったでは済まされない結末を招く可能性だってある。


 情報は身を守る鎧であると同時に、盤面に切り込む矛にもなるという訳だ。

 その点で言えば、〝今〟を観測して現在という結果から過去を遡り今に至った原因を推測する事が出来る過去視の炯眼(トゥルーエンド)の重要性も計り知れないだろう。

 彼女が救出部隊にいるだけで、部隊の情報収集能力が格段に上がる事はまず間違いない。


 だが、救出部隊として街に入る以上、危ない橋を渡らなければならない場面は必ず出てくる。

 盗賊団の首領として荒っぽい事に慣れているとはいえ、ダニエラの過去視の炯眼(トゥルーエンド)は非戦闘系の神の力(ゴッドスキル)。彼女の戦う力は無いに等しい。

 相手の戦力、規模、能力も分からないのだ。そんな場所にダニエラを連れて行けば、最悪の展開だって十分に考えられる。


「……とは言え、アタシもアンタらの戦闘についていけるとは思っちゃいないさね。だからあくまで同行はバックアップ組として、だ」


 そんな貞波の思考を読んだのだろう、ダニエラは一度話を区切るようにそう言った。


「情報収集をしながら捜索、そして二人の救出。……あの街がどれくらい広いのか知らないけど、一朝一夕で事が済むとはとても思えないからね。現地での活動拠点くらい必要だろう? 身を隠せる場所を見繕ったらアタシは基本そこでスピカとお留守番さね」


 貞波の懸念に対しダニエラは、自分はあくまでもサポートに徹し、危険な端を渡るつもりはないと主張してきた訳だ。

  

「……なるほどね。救出部隊の六人は街へ侵入した後は二組に分かれながら臨機応変に行動するって事か」


 貞波はダニエラの提案に思わず唸る。

 現地に活動拠点を設けるというのも当然の判断だろう。ダニエラの言う通り、今回の作戦は半日やそこらで終わるような物じゃないだろう。早いに越した事はないとはいえ、腰を落ち着けて身体を休める場所が必要になる可能性も十分に出てくる。


 その場合、活動拠点を逃亡者の尻尾(ラストカウンター)号に設定してしまうと、街への出入りが激しくなり目立ってしまうのは避けられず、何より敵に尾行され船に攻め込まれるリスクが増すという悪手でしかない。


 だからこそ、街の内部に活動拠点を設けた上で三人一組スリーマンセルに分れ、二手に分かれて情報収集。

 持ち寄った情報を元に大きな危険を伴う行動――範囲を広げた捜索活動や救出作戦に出る際はダニエラ組を拠点で待機させる。

 この方法なら、ダニエラやスピカにそこまで大きなリスクを強いる事なく作戦に参加させる事が出来る。

 考え得る限り最も人材の良さを活かした効率の良いやり方だろう。

 なにより、正論とはいえ無茶な内容を叩きつけた直後に妥協案を示してみせるあたりもダニエラには一々隙がない。


 だがそんなものは建前だ。

 力無きものが無事でいられる程、戦場は甘くない。貞波たちだってまともに生き残れるか分からないというのに、ダニエラ=フィーゲルが五体満足で帰って来れる保証などあるハズがない。

 彼女はそれを分かって、最初から命を懸けている。


「……ああ、それから。リリレットがバックアップ(こっち)なのはアタシらの護衛担当だからだよ。ホントはあんな街にスピカを連れて行きたくないんだけどね、状況が状況だし背に腹は代えられない。そこんトコ含めてアンタにはしっかり守って貰うからね、期待してるよ」

「わ、分かったし! スピカの純粋さも私が守るし!!」

「?」


 ダニエラに微笑みかけられたリリレットは、どこかぎこちない動作で、しかし気合は充分とばかりに何度も頷いていた。

 兄妹やスピカ以外との会話に慣れていないのか、単純に頼られて照れているのか。兄としては割宮裂姫にしか興味を示さなかった彼女がどんどんその交友関係を広げていくのは嬉しいが……


 しばし黙考した貞波は顔を上げるとレギンと視線を交わし、一度だけ頷き合って、


「ダニエラさん、アンタの判断は正しいよ。確かにこれは最適な編成だ」

「……よし、じゃあそれで行こう。各々すぐ準備にかかりな。出発は早い方がいいさね。一朝一夕じゃ終わらないとは言ったが、これは時間との勝負に――」

「――けどダメだ。やっぱりアンタを連れてく訳にはいかないね」


 ダニエラでも予期しなかった答えを告げた。


「……どういう意味か説明して貰おうか、貞波嫌忌。たった今、これ以上の最適解はないって言ったのはアンタだったハズだけどね」

「ああ、全くもってその通りだね」


 驚きに目を見開いた直後、すぐさま険しい顔になって問い詰めてくるダニエラの言葉を貞波は素直に肯定する。

 それから、心底ウンザリしたように芝居がかった溜息を吐いて、


「……ったくよぉ。アンタ色々完璧すぎだっての。これでも一応こっちは災友くんからリーダー的なもの託されたってのにさ、最近はアンタ一人いれば俺なんてぼけーっと突っ立ってても問題ないんだもんな。こっちとしてはサボれて万々歳だけど、時折虚しくなる訳よ無性に。あー、俺の存在価値ってなんなんだろ、暇だからレギンでもからかいに行こうかな、……とかさ」

「……お、おい。何か全く関係ない方向に話が飛んでやしないかい?」


 畳み掛けるような言葉に珍しく困惑ぎみのダニエラ。その似合わない表情を見ているのは何だか無性に気持ちがいい。

 話が飛躍している? そんな事は貞波とてよく分かっている。

 自分でも自分が何を言いたいのかよく分からないままに適当に口を回しているのだ。だが、それでいい。煙に撒こうが何だろうがこの人を危険な死地から遠ざける事が出来るのなら何だって構わない。


「だーかーらーさー。要するに、だ。アンタが自ら死地へ赴こうとするような善人なのが俺としちゃあ反吐が出るくらい気に入らないって話なんだよ! そういう良い子ちゃん見てるとさ、つい足を引っ張りたくなるんだよねー。だから行かせない。アンタはこの船で自分の子供と一緒に留守番してるのがお似合いだ」


 びしっと指先を突き付け貞波嫌忌はそう断言した。

 あまりにもぶっ飛んだ貞波の主張にダニエラは目を白黒させ絶句するしかない。そんな貞波とダニエラのやり取りにレギンは深々溜め息を吐いて、己の隣で嫌な笑みを浮かべる貞波の背中を叩きながら困ったように口を開く。


「ま、こいつは捻くれ者だからな。こんな言い方しかできないが、要するに心配しているんだよ、アナタを」

「痛っ。……おい、いきなり殴るなよ暴力女」

「うるさい、変にカッコつけるお前が悪いんだから黙ってろ」


 何故か貞波の弁明でもするかのような事を言っている自分をおかしく思いながらも、レギンは言葉を紡ぐ事をやめようとはしなかった。

 貞波嫌忌が本当に言いたかった事を、レギン=アンジェリカは一言一句違わず理解する事が出来るから。

 捻くれ者で嫌われ者を自称する少年の代わりに――殴られた事に文句を言ってくる貞波を黙らせつつ――自称皆の委員長である彼女がその想いを代弁する。


 


「……ダニエラ=フィーゲル。アナタの過去に何があったのか、ディアベラスから軽く聞いている」


 過去を語る時、レギンたちの胸中には必ず浮かぶものがある。

 それは偽りの中で過ごした閉じた幸福の記憶と、それら小さな幸せを塗り潰さんとする凄惨な絶望の真実。

 『白衣の悪魔』達によって強制され『特例研』の『遺産』達によって実行された『操世会』へ楯突く者へ無慈悲に振るわれた粛清。

 そして、真実を知り絶望と怒りに堕ちた救国の聖女が起こした反乱によって引き起こされた〝人間の大人〟の消滅。

 それら重たすぎる十字架は、今もなお逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)を名乗る彼らの心にのしかかっている。


 彼女たちにとって、それを自らの口で告げる事は己の傷口を自らほじくり返す自傷行為に他ならない。

 だがそれでも、この痛みは自分たちが受け止めるべきモノなのだと全員が理解していた。


「私達がやってしまった事、アナタが受けた心の傷や悲しみ、そしてそれらの事実を受け止めてなお、私達を恨むのではなく助けてくれた事。全てを謝りたいし言葉にできないくらいに感謝もしている。……ごめんなさいとありがとう、どちらをどう言えばいいのかも分からないけれど、この思いはこの命に懸けて本物だと誓おう」


 ――それがどの時点でなのか。そもそも直接の原因が自分たちにあるのかも知らないし聞いた事もないとディアベラスは言っていた。

 ただ、ダニエラ=フィーゲルの夫は神の力(ゴッドスキル)なんて使えないただの平凡な人間で、それでいて神の能力者(ゴッドスキラー)であるダニエラを愛したような飛びぬけて善良な男だったという事。

 そして、そんな心優しい夫であり父親であった彼は、『操世会』と研究者たちの結び付きが強くなり逆らう者達への迫害が激化していたあの数年の間に、妻と娘を残して命を落としたのだという事。

 その事実がどういう意味を持つのか、分からないレギン達ではなかったから。


「でも、だからという訳じゃないんだ。贖罪や罪滅ぼしがしたいからとか、そういう事とは関係なく、ただアナタという人にはこの船に残って貰いたいんだ」


 強い意志で、自分の倍近くの人生経験を有する大人を相手に。自分たちが傷つけたかもしれない人を前に、少女は軽くかぶりを振りながら断言する。


「だって、アナタが本当に守るべき子供は私達じゃない。いつ明日が滅びるか分からない世界だ、最後までアナタには愛する娘の傍に寄り添っていて欲しい。それは私達が最後まで絶対に得られなかったモノだから」


 ダニエラ=フィーゲルの人生は『操世会』や『白衣の悪魔』とその『遺産』たちによって狂わされた。

 愛する者を失い、無秩序に広がる弱肉強食を何とかすべく一時は娘との時間も奪われた。

 外周区に住まう多くの人々の安寧と平穏の為に、彼女は彼女の平穏を捨てたのだ。


 そして、それでも彼女は遺産の子供達を恨まなかった。

 聖女でも悪魔でもない、クリアスティーナ=ベイ=ローラレイという一人の少女が示した勇気を認め、全てを水に流した。


 そんな女性だったからこそ、逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)の全員が同じ思いを共有していた。


 ダニエラを見つめる皆の瞳は暖かく穏やかで、真摯な願いに満ちていた。

 自分達が決して得ることのなかった宝物を、親の愛を、子供にちゃんと注いであげて欲しい。

 ダニエラ=フィーゲルにはミランダ=フィーゲルを愛し、愛され、二人で幸せになる権利がある。


 自分の愛した人を殺した子供達。そんな殺したい程に憎んで当然の相手を許し、守り、助け、支えるようなとびきりの善人が幸せになれないような世界ならば、守る価値などありはしない。


 だから二人には出来る限り寄り添っていて欲しかった。

 そうすればきっと、兄妹喧嘩と仲直りの仕方すら碌に分からなかった不器用で愚かな家族に起こったような悲しいすれ違いが起きる事もないのだから。


「ミランダ、か。そう来られると、なんていうか……強く出れないのは親の弱みってやつかねえ……」

「まさか、特権ってヤツでしょ」


 してやったりという顔の貞波の返しに、髪を掻きながらダニエラは溜息を吐く。


 『虎の尻尾』の首領として大勢の荒くれ者どもをまとめ、外周区の治安を守り、今は人類最後の逃亡者達さえもまとめる豪胆な女傑の横顔が、この時ばかりは疲れ切った一児の母のそれに戻っていた。

 だが、それもほんの一瞬。大きく吐き出した息を吸い込んだその時には、女の顔に弱さは微塵も見当たらない。


「けどね、ここでアンタらがポシャればどのみち娘も死ぬんだ。それならアタシが直接出張った方がまだあの子を守れると思うのは当然だろう? 言っておくけど、アタシは一人の大人として此処に立っているつうもりさね。あの子を含めた幼い子供達が生きていく次の時代を守る為にアンタらに同行するって言ってんだ。アタシが次の世代の平和の礎になるってんならそれはそれで本望。――気持ちだけで力のない綺麗ごとならいらないよ。現実問題、アタシ抜きで勝算があるってのかい? 悪いけど、そうじゃないならアンタらの意見は呑めない」


 母の顔は鳴りを潜め、大勢の人の上に立つ者として現実的な話として自分は必要だと主張するダニエラ。

 どうしても自分を引かせたいのなら、ダニエラ=フィーゲルなぞいなくても二人を救い出せるという勝算を持ってこい。

 感情論など話にならないと、冷たく切り捨てようとしたダニエラに、


「あ、それなら心配いらないネ」


 なんて、閉め切りになっているハズの機関室の扉を開け放つ音と共に、気の抜ける程に軽い返事がかえってきた。

 直後、走って来たのか軽く息のあがっている様子の男の呑気な声が響く。


「ま、元からこうなるとは端から予見していましたし? 母子を引き裂き戦場に送り出しておいて見送り担当などというのは男として三流以下。いくら我氏が底辺コミュ障ヒキニートとは言え、そんな屑野郎にはなりたくない! ――と言う訳でメタボヒーロー、ミライ・サトリン華麗に見参っ! ふっふっふ……母子の絆の為に立ち上がっちゃう我氏ひょっとしなくても滅茶苦茶カッコいいのでは!?」


 通信で会議に参加していたはずの生生と竹下悟が不敵な笑みを浮かべ、砂漠迷彩じみた衣装に身を包みそこに立っていた。


「ちなみに、すぐにでも出発できるよう必要な装備なんかも既に人数分用意しちゃってますぞ。じゃじゃーん、どうですかなこのオシャレ装備! お揃で特殊部隊みたいでカッチョよくね!?」


 ばばーんと竹下が自信満々に広げてみせたのは、対砂漠用のデザートウェアだ。

 砂の侵入を阻みかつ通気性と保温性に優れた機能的なこげ茶色のインナースーツに、カーキーカラーのベストと脚部の関節を守るプロテクター。そして上から羽織るフードとスカーフ付きのローブマントの一式だ。これがなんと、この場にいる全員分用意されている。


「ねえスピカのもある!? それスピカのもあるの!?」 

「ふふふ、ご安心なされよスピカ氏! 勿論、用意できてますとも! ちなみにフリフリレース盛りだくさんの可愛いデザートピンクな魔法少女Verもあるのですが、スピカ氏は通常版とどちらがお好みで?」

「……うわぁ。悟クンてば確かにプラモ作ったりとか手先器用なイメージあったけど、そんなモンまで作れたのか……いつもの事ながらぶっちゃけかなり引くわー」

「というか悟ちゃんってば、どうしてアタシ達やスピカちゃんの体型知ってるのかしら……サイズぴったり過ぎて怖いって言うか、そっちの方が問題じゃない?」

 

 どこか張りつめていた空気が一転、一瞬でお祭り騒ぎだ。

 悟は勝手に砂漠用装備とやらを皆に配り始めているし、渡された方も一部の女性陣を除いてテンションが上がってしまっている。

 ちなみに、女性サイドでお揃いの装備にキラキラと目を輝かせているのはレギン=アンジェリカただ一人だった。


「……ま、そーいう事ネ。船内の皆には、アスティたち不在の件も適当な理由でっち上げといたヨ。必要な根回し済ませたカラ、アタシらなくてもこの船ダイジョウブ。心置きなくアタシとサトリン、ダニエラとトレードするヨロシ! 過去と未来が分かれば大抵の今は何とかなるネ。大船に乗たつもりで、ミランダと船で待てて欲しいヨ」


 にしし、とドッキリが成功した子供のように満足げに笑う生生に、ダニエラは毒気が抜かれたように溜め息をついて、


「……はぁ。こうなる事を見越してた……竹下悟の仕業かいね」

「さあ? どうダロネ」

「まさか、出不精のアンタら二人がここまで動いてたとはね。参ったよ、降参さね。確かにアンタら二人なら、アタシ一人と十分に釣り合いは取れる。ここまでされて引かないのはただの意地になっちまうしね。……にしても、ディアベラスの野郎め。余計な事をペラペラと勝手に喋りやがって、見つけたらタダじゃおかないよ、あのドレットサングラス……」


 降参とばかりに両手をあげ、そのまま頭の後ろで手を組み天井を見上げるダニエラに、生生は両手を背中で組んでクスリと微笑みかける。


「じゃあサ、アタシらがアイツ見つけてきたらダニエラがたぷり叱ってやるといいヨ。その為にもお留守番、頼んダ」

「ああ、そうするよ。……ミランダ以外にも手の掛かる子供が多くてやってらんないねえ、ホントにさ」

 

 そうやって愚痴を零す女の顔は、母の日のプレゼントを貰った母親のようにどこか嬉しげだった。



☆ ☆ ☆ ☆


 

 絶世の美女。眼前に現れたそれは、間違いなくそう形容すべき女だった。

  

「いいわ、いいわね、いいんじゃないの? 貴方、模造品にしてはなかなかやるんじゃない?」

 

 目鼻立ちの整った女性のお手本のような顔。衣服を内側から押し上げる形の整った大きな胸に美しい曲線を描く脚。全体的にスラリとした長身でいて、女性らしい柔らかさを要所要所に感じる男を虜にしてやまない極上のスタイルの持ち主だった。

 流れるように美しい宝物のように輝く豪奢な金髪は、前髪の一房が毒々しく禍々しい紫色に染まっている。純白をベースとした赤の柄が咲き乱れる衣装に身を包み、耳の横を流れる髪で作った三つ編みを後頭部で纏めてハーフアップにしており、どこかいいとこのお嬢様のような出で立ちだ。

 紫色の夜空に黄金の星々をちりばめたような神秘的な瞳を冷たく細め、女――『七つの厄災』が一つ、〝嫉妬より出ずる愛憎〟エディエット=ル・ジャルジーは、赤い地面に倒れ伏すクリアスティーナを睥睨していた。


「ぁ……ひゅ、……ァ」


 クリアスティーナの息は浅い。その身に纏っていた流麗な青色のドレスは見る影もなく切り裂かれ、剝き出しとなった玉のような肌には数え切れない程の裂傷が刻印のように深々と刻まれている。

 少女が沈む赤い地面は――身体の内と外。その両面から刃で刺し貫かれ蹂躙された少女から零れだす真っ赤な血によるものだ。

 己の血の池に沈む瀕死の少女へ、しかしエディエットは嫌悪を隠しもせずに、 


「でも所詮は模造品。本物を模倣して作られただけの偽物が、本物に勝とうなんて流石に思い上がりが過ぎたとは思わない?」

「……ァ、くん……」 


 もうとっくに意識もないのか、エディエットの問いかけにもクリアスティーナはうわ言のようにナニカを繰り返すだけ。二人の間に会話が成立する気配はない。

 エディエットは、そんな少女の姿に熱を失った瞳を笑うようにさらに細める。そうして美しい顔に浮かび上がった表情は、しかし笑顔から遠くかけ離れた悍ましい何かだった。


「ふぅん。凄いわ、凄いわね、凄いんじゃないの? そんな状態で自分より他人の心配ができるなんて、なかなかできる事じゃないんじゃない? ワタシ、貴女のそういう所、イイと思うわ。ええ、そうやって献身的な優しい女アピールで他人に媚びを売って愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛してって卑しい雌犬みたいに尻尾を振って醜く懇願するの、可愛らしくていいんじゃない? そうやって男に愛されていれば貴女はきっと幸せなんじゃない?」 

「……ディ、……くん。にげ……」

「……ああ、でも……ふふ、ふふふふふふふふふふふふ! 可笑しいわ、気に入らないわ、気に食わないわ、貴女も貴女の思い人もどうしてなのかしら。どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてワタシより貴女達(あの女)が愛されているの無様に醜く雌犬のように尻尾を振って媚びを売ることしかできない売女がどうしてねえどうしてなのッ、愛刃アハ! アハハハハハハハハっ!!」


 唐突に髪を振り乱し、発狂するように叫び出すエディエット。

 どうしてと繰り返し、時に罵声を浴びせながら、倒れ伏して意識が曖昧としている少女の顔を、ひたすらに靴裏で踏みにじり続ける。

 蹴りつけ、蹴りつけ、蹴りつけて、何度も何度も何度も何度もクリアスティーナの美しい顔を足蹴にする。少女の小さな顔が腫れ、痣という痣を刻み付け、それでもなおやめない。止まらない。エディエット=ル・ジャルジーの嫉妬は――その愛憎には終わりがない。

 

「可笑しいわ、可笑しいわよね、可笑死いでしょう? ねえ、どうしたら貴女は愛されなくなるの? どうしたらその男の人は貴女よりワタシを愛すると思う? ねえねえねえねえ、答えて、答えてよ。答えなさいよ。……ふうん、無視するんだぁ。へえ、そう。いいんじゃない? そうやって自分の方が上だって見下してるんでしょ、別にいいわ、いいわよ、いいんじゃない? だったらワタシは貴女をワタシよりも愛されないようにワタシが貴女を壊してあげる。穢してあげる。汚してあげる。だってそうじゃないと不公平だものね。ワタシより貴女が愛されるなんて貴女の方が綺麗って言われるなんておかしいから間違っているからだからその間違いを今からワタシが正してあげるから感謝してね貴女なんかワタシ以下だってことを今度こそちゃんとその身体にも分からせてあげるからぁあああああああああああああああ!!!!」


 言ってエディエットが、動かぬクリアスティーナの首を左手で掴み、強引にその場に立ち上がらせる。

 そのまま、空いている方の右手を少女の顔に翳して、


「――『突き立て、我が(エ・スイェシ・)嫉妬と憎悪は刃の如く(ギア・ナ・カターラ)』」


 ジャキンッ、などといういっそ陳腐な金属音と共に右手を一閃。上から下へ撫でるように下ろした斬撃が、少女の顔を抉り切り裂いた。


「――ぁあッ、ぎぃ、ァあああああああああああああああああああああああああああ――っ!!?」


 絶叫。朦朧とした意識に関わらず暴れ狂う身体、少女がビクンビクんと跳ねる度に血の華が咲き乱れ、〝嫉妬より出ずる憎悪〟の美しい顔が満足げに歪む。


「安心していいわよ、殺してなんかあげないから。〝此処〟に囚われた貴女も遊戯ゲームの参加者。貴女はこれから始まる『厄災遊戯』に負けて、身も心も醜く堕ちるがいいわ、いいわよ、いいんじゃないの!?」


 女の甲高い哄笑が遠ざかる。

 痛みなどとうになく、曖昧模糊とした意識の中。傷だらけのクリアスティーナの脳裏には、雑音ノイズ混じりの文字列と共に不思議なイメージが浮かびあがりはじめた。

 








 ――厄災遊戯ゲーム:『■宝探し(トレジャーハント)』、と。



☆ ☆ ☆ ☆








 第八話 《■■■■》■■■■・■■■■【■■■■■■】 ■■■■■■■■■■■■Ⅰ――色香漂う貧困街、求めし愛は偽りか否か





 第八話 《魔力点α》ゼムリャ・ゲオルグ【遊戯難度A+】 淫靡艶麗廃墟都市ラグニアⅠ――色香漂う貧困街、求めし愛は偽りか否か


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