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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第六章 Ex 《接続章》 Re:starting reincarnation True hero ?  
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続・終話拾 最終決戦(下)――七つの厄災と世界の終わり/裁定の時来たれり ―人よ、今こそ希望を祈らん―:count 0

 ――ピンと張りつめていた糸が、ぱちんと弾けて千切れるような瞬間だった。


「――ぐっ……!?」


 死角より、敵の間を縫うように飛来した一矢。

 音を切り裂き空気を震わせ優しく脇腹に突き刺さったそれが、スネークに膝を折らせた。


 隙を、無様を晒した『特異体』に、ここぞとばかりに『七つの厄災』が飛びかかる。


 ――モノクルを掛けた陰惨な金髪貴族、狂ったような笑みでを張り付けた金髪の女、パーマがかったベージュ髪をツーブロックにした強面のエセ関西弁男、襤褸切れを纏った死んだ魚の目をした褐色少女。

 一気呵成に四方向、視界を埋めるように頭上より覆いかぶさってくる敵を、しかしスネークは膝を着いたまま気合の一喝――放射状に拡散する魔力放出の衝撃波によって撃退。

 残り一歩の所まで迫っていた敵の魔手を悉く吹き飛ばす。

 その直後だった。

 

 眼前を覆う敵のヴェールが取り払われた途端、スネークの視界は入れ違いに膝頭に占領されていた。


「――なっ!?」


 先のあまりに無策な一斉突貫。あれが、無策により行われたものではないのだとしたら――続く第二波の為の目くらまし……ッ!?


 気付いた時にはもう遅かった。暴風そのものとなってスネークとの距離を瞬時に縮めた異形の翼を有する女の膝頭がスネークの顔面を強打。 

 女の動きに呼応するかのようにスネークの足元から岩の杭が勢いよく突き出して、膝蹴りとシンクロしてスネークの身体を打つ。

 顔面、両の脇腹、胸、四点同時に強烈な運動エネルギーを受けて、スネークが弾けるように吹き飛ばされる。

 凄まじい速度でスタジアム客席の壁へと叩き付けられ、――べごっ!! っと、金属板が凹む音を何十倍にも拡大したような轟音と共に、背中から壁面にめり込んだ。


 口から空気と共に血反吐を吐き出しながらも、ダメージに喘ぐ時間すら惜みすぐさま身体を引き剥がそうとするスネーク。その動きが驚愕と共に突如として止まる。

 めり込んだ壁面がぐにゃりとその原形を放棄し、触手のようにスネークの四肢に絡み付き、その動きを妨害したのだ。

 生じた僅かな空隙を、敵は見逃さなかった。


「……悪いね、俺としてもこういう戦いってのはあんま興が乗らねえんだが、それでも一度自分の獲物と定めた以上、そいつを他人に奪われるってのはどうも気に食わなくてな」


 スネークの喉元に、終わりを告げる光の矢の鋭い鏃が突きつけられる。

 それは、スネークの脇腹を抉った物と同じ、神々しい輝きを放つ光の矢だった。


「一人で六人相手に粘ったほう、か。……顔のいい野郎にチェックを掛けられるってのがどうにも気に入らねえな。お前さん、そこの嬢ちゃんと変わる気ねえか?」


 軽口を叩いて時間を引き延ばしながら、スネークは周囲の情報を可能な限り収集しようとする。

 首を動かさずにチラリと視線をやれば、スネークが抑えられたことで護衛のいなくなった『設定使い』が、アリシアと共に残る『厄災』達に囲まれ始めているのが見えた。

 と同時、厄介な自害を封じる為に石にされた『白衣の男』と、仰向けに倒れ伏して痙攣しているコルライ=アクレピオスの姿も視界に捉える。

 どうやら『設定使い』は『三本腕』の二人を無力化させる事に成功したらしい。だが、ここでスネークが脱落してしまえば、戦況の悪化は必至だった。


 『設定使い』はアリシアを守護結界の中に残し、一人奮戦しているようだが、『七つの厄災』は神の子供達(ゴッドチルドレン)すら瞬殺してのける遥か格上。反則めいた『設定』の力を持つ『設定使い』とは言えど、いつまで持つかは分からない。


 既に事態は計画終盤の『フェーズ・レッド』。巫女であるアリシアを奪われればその時点で全てが終わるというこの状況で、現状のソレは最悪に近い展開だった。

 

「俺だってムサいオッサンなんざ趣味じゃねえっての。でもな、言ったろ? アンタを獲物と定めた以上、その命を俺以外が奪うのは許せねえ。……確かに俺は顔がイイだけの薄っぺらい男だがよ、だからこそ、その薄っぺらな俺からこれ以上ナニカを誰かにくれてやる気はさらさらねえって訳。どうだ、極めて控え目な信条だろ? テメェのモンをテメェのモンだって主張するなんざ人としてごく当たり前の権利な訳だし、それを信条とか言っちゃう辺り無欲で謙虚だと思うんだよなぁ。美徳っつってもいい。流石俺、心までイケメンだな」

「……そういうのはナルシストって言うんだぜ、自称イケメン」 


 人様の首筋に鋭利な鏃を突き付け〝獲物〟呼ばわりしておいて無欲だとか謙虚だとか宣う炎髪の美丈夫に、スネークはそれ以上返す言葉を見つけられなかった。

 そして――




 ――振り下ろされた光の鏃が、スネークの首筋に何の抵抗もなく突き立った。

 かくんと、スネークの首が力無く折れる。 


「ま、安心しろ。今回に関してはトドメを刺すのは俺じゃねえし死にゃあしねえよ。ちっとばかし眠って貰うだけだ。『探求者』からの大変ありがたいご命令でな。アンタにぁじっくり見て貰わねえと困るんだとよ、終わった後の世界ってのを。……って、もう聞えちゃいねえか」



 ……疲労、油断、偶然、弛緩、不運、失敗、破綻、理由は何にせよ、戦場にて確かに生じた僅かな狂い。崩れる均衡と生じた隙。それが、呆気なく最強の漢に敗北を齎した。









「――最愛なる(イ・バズゥ)世界へ贈りし厄災(・ディ・パンドーラ)!!」



 厄災を告げる詠唱ウタと共に、『英雄』を死へと導く可能性――都合五十二個目の厄災が降り注ぐ。


 ――次なる破滅は、神の裁き。文字通りに天上より降り注ぐ大小さまざまな隕石群。巨大なもので直径二十メートル、小さなものでも五十センチはあろう破壊の鉄槌が、雨粒に混じりAEGスタジアムに無差別に堕ちてくる。

 ……回避は許されない。石舞台リング上には勇火や泉や楓など、『厄災』達に敗北した神の能力者(ゴッドスキラー)が無防備に倒れている。彼等の命を無視することを、『英雄』は許容できない。


 そもそもオリンピアシスに隕石が落ちれば、現在この都市の土台となっているオリンポス山にまで影響が出るだろう。山崩れでも起きれば、山の麓や近隣の街にまで想像も出来ないような被害が出てしまう。

 だから、彼が取るべきは迎撃一択。


 南雲は、ふぅ、と。一度だけ肺の中の空気をゆっくり吐き出して、


「――お前は(・・・)俺が倒すべき悪だ(・・・・・・・・・)……!」


 ――刹那、瞳に殺意を。拳に憎悪を灯し、右腕一閃。


 人の命を無慈悲に奪わんとする隕石を『悪』と認識、断定。この世界に存在する、人類が持つ『悪』へ対する憎悪の感情を弾丸エネルギーに、南雲龍也の悪に対する憎悪を媒介に、己の中の憎悪の丈を破壊力として解き放った。

 振るわれた拳は空を切り、突如として上空に出現した大隕石群はタイムラグほぼゼロで連鎖的に空中にて大爆発を引き起こして――


「――ぐっ……がぁッ!?」


 隕石を木端微塵に打ち砕くことはできても、発生する爆風や衝撃波を防ぐことはできなかった。


 上空九〇〇メートル付近で発生した爆発の爆風に南雲の身体が攫われ、足裏が一瞬で大地を離れて身体が気味の悪い浮遊感に包まれる。


 ……訳も分からぬまま空中に投げ出された。不味い。逃げ場はない。無防備だ。油断があった訳でも、隙を晒していた訳でもない。ただ、不可避的にこの状況へと追いやられた。

 つまりこれは、誘導された窮地。完全に相手の計算通りの展開という事で――そんな焦る南雲の予想を裏切らず、冷静さを取り戻した『特異体』の少女が己の背後の座標に出現した気配を南雲は感じ取る。

  

「――チッ……!」

 

 舌打ちを一つ、後ろを取られたままなのはまずい。南雲は空中で強引に身体を捻ろうとして――ガッ、と。振り向いたその瞬間に、アイアンクローの要領で少女の柔らかくすべすべとした掌が南雲の顔面をがっちりと掴んだ。


 南雲の顔面を押さえたまま、パンドラは地面目掛けて急加速急降下を実行。

 どうにかその掌から逃れようともがくも振り解けない。

 魔力を通した『特異体』の膂力には、勇気の拳(ブレイヴハンド)があろうともそう抗えるものではない。

 パンドラは魔力で速度をブーストし、そのまま南雲ともども隕石となってスタジアム中央の石舞台(リング)跡地に墜落した。


 落下の衝撃で倒れている有象無象を吹き飛ばしながら、パンドラは南雲の頭を地面に押し付けたまま超低空飛行でスタジアムのフィールド内を縦横無尽に駆け回る。


 ――ガリガリガガガッガガガギギギギギッリガリガリガガガガッガガガザザザザッッ!!

 地面とパンドラの掌に顔面をサンドされた南雲の身体が、壊れた人形のようにビクンビクンと跳ね踊る。

 岩肌で人肉をおろす音というものは、背筋と心臓が寒くなる嫌な音がした。命と尊厳が削れる、地獄の叫喚だ。


 地獄めぐりの終着駅はフィールドと客席を隔てる頑強な壁だった。

 背中から壁に叩き付けられ、酸素を強制的に肺から排出させられる。その凶悪な力でおしこめられ、身体の半分が壁にめり込み身動きが取れなくなった。

 それでもどうにか抵抗しようと右の拳を握り締める南雲に、少女は冷たい声で告げた。


「――拳の借りは拳で返させて貰うのじゃ」


 ――この肌、この顔に不遜にも拳を突き立てた罪。この拳で贖え。

 嗜虐の笑みさえ浮かべず凍える殺気を振りまくパンドラは、親指から順に、終わりのカウントダウンを刻むかのように指折り握り固めた拳を腰だめに構え、限界までそれを引き絞って――


 


 ――磔にされた南雲龍也の腹に、その小さな拳を全力で叩き込んだ。




 ――ズドムッ! 魔力を込めた一撃に洒落にならない破壊音が南雲龍也という打楽器から響く。南雲の身体を蹂躙し尽し伝播して広がった衝撃に、背を預けている壁が音を立てて崩壊した。


 ……完全沈黙。

 腹に突き刺さった少女の拳に寄り掛かるようにくの字に折れ曲がった『英雄』の首を、パンドラは無造作に掴みあげる。


「が、ぁ……」


 人間大根おろし機にかけたと言うのに、南雲の頭部は普通に原形を留めていた。

 干渉力がなくなるギリギリまで、削られる傍から『独善なる慈愛プローフィ・ア・フェクト』による回復を行っていたのだろう。

 だが、最後のパンドラの拳の一撃に関しては、回復する余力さえ残っていなかったらしい。

 己の首を締め上げる小さな掌を引き剥がそうと足掻く力も、蟻のように弱々しい。

 

「……こんなものか、『英雄』」


 壊れた玩具を見つめる幼子のような、心底つまらなそうな表情で、己の腕の先で揺れる『英雄』を眺めるパンドラ。

 己の腕の先、その五指が掴む人物に対する興味を、パンドラは半ば以上失っていた。


「……興覚めじゃ、もう貴様はいらん」


 その細く可憐な五指に首を締め上げられ、吊り下げられている南雲龍也を、パンドラは空き缶を捨てるように地面に投げ捨てる。

 魔力を通した『特異体』の腕力で放り投げられた南雲は、軽く十数メートルの距離を飛び、勢いそのままにゴロゴロと石舞台リング跡地のクレーターを転がって、動かなくなった神の能力者(ゴッドスキラー)達の元に新たな敗者として投げ出された。

 投げ捨てられた際、落下の衝撃で意識を失ったのか、それとも蓄積したダメージで動けないのか、『英雄』はダラリと手足を投げ出したまま立ち上がろうとしない。


 あれだけ殺したかった『英雄』の生死の確認すらパンドラはしなかった。

 ……壊れ、動かなくなった『英雄』に、自分がわざわざ嚇怒をぶつけてやる価値などもうありはしないと、パンドラは嫌に冷めた頭で考える。

 南雲龍也に対する怒りや殺意は、今はどうでもいい。――どうでもよくなってしまったのだから、どうしようもない。

 今は何よりそれ以上に……


「……ふむ、いかに『英雄』と言えど『切り札』を失った状態で『厄災の贈り物』に勝てる道理もなし、か。所詮は人の身。干渉力も底を尽き、頼みの綱の『独善なる慈愛プローフィ・ア・フェクト』が使えなくなればやはり脆いものだな。――もっとも、我が妹厄災の贈り物(パンドラ)を前によくこれだけ戦ったと褒めるべきか」


 ……南雲龍也との戦いに突如として乱入してきた『探求者』に対して、パンドラは激しい怒りを感じていた。


 傍観を決め込んでいたこの男が乱入した後、南雲龍也の優勢で進んでいた戦況が一気にパンドラ側へと覆った。 


 とはいえそれは、『探求者』が特段何をしたという訳でもない。

 乱入直後に南雲龍也と幾つか拳を交わして以降、結局彼はまともに戦闘に参加する事は殆どなかった。


 不自然な程に怒りの熱が冷め、落ち着きと冷静さを取り戻した厄災の贈り物(パンドラ)が、本来の実力で南雲龍也を圧倒し、切り札を失った『英雄』を倒してしまったからだ。


 ……だからこそ気に喰わない。許せない。屈辱だ。頭の熱が、燃え盛る怒りが、不自然に引いて行ったあの感覚は、明らかに人為的な干渉によるものだった。

 パンドラの熱を奪って行ったその行為が「何を熱くなっている? 落ち着け。お前は未熟なのだな」と、上から目線でパンドラを諭すような、そんな子ども扱いに思えてならない。


 そして、あのタイミングでそれをやってのける者がいるとすれば、一人しかあり得ないだろう。


「……『探求者』よ、この際じゃ、一つ忠告しておくぞ。確かに貴様は妾よりも早くこの地に生を受けたかもしれぬ。じゃが、それだけの事でこの妾を侮ろうものなら、如何に兄と言えども容赦はせん。その首即刻刎ね飛ばす」

「忠告、心に刻んでおこう。……しかし、あれだけ欲していた『英雄』の首だ、捨て置いて良いのか?」


 殺意すら込められた凍えるような鋭い視線を、しかし『探求者』は涼しげな顔で受け流す。それがより、パンドラの中のこの男に対する怒りを加速させる。

 だが、協力すると宣言してしまった以上、ここで『探求者』を殺してしまうのはパンドラの主義に反する。行場を失った怒りをもてあまし、結局パンドラは子供のように溜まった鬱憤を毒として吐き出す他なくなってしまう。

 

「……フン、他者の手垢がついた獲物の首など、見たくもない。甚だ不快じゃ不愉快じゃ。……余計な真似をしおって、兄君なぞいなくとも、妾はあの無礼者を惨殺してやったと言うのに……」

「ふむ、これは手厳しい。しかし、あのタイミングで私が介入しなければ、君はこの星ごと南雲龍也を殺していたのではないかね?」

「……うるさい。言い訳など聞きとうないのじゃ」


 完全にふてくされそっぽを向くパンドラ。『探求者』は、まるで妹の機嫌を損ねてしまった兄のようにやれやれと肩を竦めて、それから、パンドラとは別方向に視線を向けて、


「それにしても、まさか最後まで残るのが君になるとは……ふむ、相変わらず器用な真似をするものだな。結界の範囲を狭めて強度を高め、彼女一人を死守するつもりか。しかし――それで君が倒れてしまっては元も子もないのではないか? 『設定使い』」


 勝者の余裕か、はたまた常に堂々としたその立ち振る舞いこそが勝者に相応しいと世界が微笑むのか。

 何の警戒も抱いていない悠々とした足取りの歩みが、ソレを取り囲む『七つの厄災』達に道を開けさせた。

 そうして結界の前に歩み出た『探求者』の問いかけに、苦々しげな声が応える。


「…シーカー、貴方は……貴方は本当にこの世界を終わらせる設定つもりか!?」


 結界内にアリシアを残し、『七つの厄災』相手に一人奮戦していた『設定使い』が、地に膝を着き息も絶え絶えの様子でシーカーを睨み付けていた。

 美しい純白のスーツは血と泥に塗れて汚れ、王侯貴族のような美しく切り揃えられた金髪も激しく乱れている。

 感情を露わに声を荒げるその姿は、普段の男の優雅な立ち振る舞いからは想像できない姿であった。

 男が纏っていた超然的な余裕や、底の見えない謎めいた雰囲気は既に霧散し、今そこにあるのは『設定』という鍍金を剥された〝生〟に足掻き〝勝利〟を求む一人の男の姿だった。


 彼の口から発せられた、かつてのやり取りを彷彿とさせる言葉に、『探求者』は一度だけその瞳を閉じて。


「……久しいな『設定使い』。壮健であったか?」

「私と貴方は最早久闊を叙する間柄せっていにはないハズだ。私の問いに答えろッ、シーカー……!」


 御託はいい。本題に、そして我が問いかけに答えろと、『特異体』からの親愛を冷たく突き返す『設定使い』。そんな古馴染みのつれない態度に、シーカーは少しだけ寂しげな微笑を浮かべた。

 もっともそれが、彼が心の底から寂しいと感じているか、そう感じるべきであると感情を造り上げているのかは定かではない。

 ただ、少なくとも。シーカーがそう感じるべきだと思考するだけの関係性がかつて両者の間に存在した事だけは確かだった。


「……ふむ、君の問いにはいつであろうとも真摯に答えてきたつもりだよ。そして、何度聞かれようとも私の答えに変わりはない。――私は、この世界を管理する者だ。管理者として、世界をよりよい方向に進める責務がある。故に、案ずるな、『設定使い』よ。私は世界を終わらせなどしないとも。……ただ、これまでの旅路に問いを投げかけたいのだよ、私は」 

「言葉を濁し、己が宿業から逃れるなよ『探求者』! ……世界を終わらせはしない。ああ、そうだろうとも、貴方には貴方の役割せっていがある。だがそれは、世界を終わらせたままにしなければ良いだけの事であるのも確か。故に貴方は、一度、終わらせる事に躊躇はないのであろう? ――問いかけに対する答え如何によっては、滅ぼすつもりなのだろう、この世界をッ!?」 

「……ふむ。仮に――そうだ、と言ったら?」


 核心を突く『設定使い』の指摘を否定せず、シーカーはニヤリとした笑みで表情を歪める。その歪みこそが、決裂の証だった。

 

「決まっている。巫女は……アリシアは渡さない。私はこの設定セカイを遵守する者、世界せっていの守護者。例え我が恩神であろうとも、世界せっていを揺るがすその企て、ここで潰えて貰う――能力設定:『疑似(フェイク)星の管理者権限(マスター・キー)』……」


 最強の神の子供達(ゴッドチルドレン)の肉体から、不可視のナニカが噴出する。

 万能を誇り、最も『特異体』に近い力を持つ『設定使い』。その底の見えない干渉力がシーカーに迫る勢いで急速に膨れ上がり、『特異体』を滅ぼすべく、その力によって最適な形に己を――自分自身の『設定』を組み替え、組み上げていく。


「心の底から残念に思うよ、『設定使い』。私と君は、手を取り合い共にこの世界をより正しく導き、管理していけるものと思っていた。だが……」


 そんな、最も己が存在に近づいた愛おしい我が子の力に、その成長ぶりに、シーカーは思わず目を細めて――


「――そんな淡い絵空事もここまでのようだ」


 シーカーが嘆き、その場で拳を握り締めた。ただそれだけで、ガラスが割れるような甲高い破砕音が響いた。


「な……っ!?」

「『疑似フェイク星の管理者権限(マスター・キー)』。我々『特異体』の持つ『星の管理者権限(マスター・キー)』を自身に追加設定し、『神性ディヴィニータ原典(オリジン)』の効果圏外から私を殺そうとする。相変わらず桁違いの干渉力を持つふざけた『神の力(ゴッドスキル)』だが、君の本命はそれではあるまい」


 それは、最後の切り札を握り潰された音だった。


 スネークが、南雲龍也が、彼等がその身を犠牲に必死に時間を稼いでいる間に用意していたとっておきの術式『須臾にして忘我に沈め、とこしえの時空神殿』。


 『疑似フェイク星の管理者権限(マスター・キー)』を自身に追加設定する事で『特異体』同様に魔術を扱えるようになった『設定使い』が既に基礎構築を終え、起動準備が完了した待機状態で右の掌に刻印していた魔法陣が、シーカーの魔力に呑み込まれてあっけなく崩壊し霧散していた。

 

「……何やら、私でさえ見たことのない『未知』の術式を編み込んでいたようだが、私の前で『魔術』の真似事をするなら細心の注意を払うべきだ。魔術は繊細だ。その魔力に取り込む神秘……『五大元素』の色と量が少し狂えばいとも容易くその色彩を変えてしまう。起動前の『術式』であれば、一緒くたに握り潰す程度は容易なのだぞ?」


 未だに起きた現象を信じられないのか、愕然と青い瞳を見開き震わせる『設定使い』。

 かつて師弟にも似た関係にあった為か、元からの性格故なのか、説教臭いシーカーの言葉を『設定使い』はただ黙って聞いている事しかできない。


 その心の間隙も、致命的だった。


「――そう、そして注意はいついかなる時も払うべきだ」

「がっ、はぁ……ッ!?」


 半ば戦意を喪失しかけ、注意散漫になっていた『設定使い』に『特異体』の挙動を捉えられる訳もなかった。

 気付けば鳩尾に深々と突き刺さっていた強烈な拳の一撃に、『設定使い』の身体から力が抜けていく。

 ヒト一人倒れる音が、虚しく戦場に響く。



 戦える者は、もう誰一人として残っていない。


  

「さて、これで我が旅路に立ち塞がる障害はその全てが潰えた。残るは我が巫女、君のみだ」

「……無駄だ。如何に貴方といえど、その結界は、壊せない……」

「ほう、まだ意識があったか。流石は我が最高傑作。最も我々に近しい存在なだけのことはある」


 虚ろな意識の中、地面に倒れ伏した『設定使い』の口から勝ち誇るような無駄口が漏れ出た。


 アリシアを三重に囲むその結界は、『設定使い』がデザイン・設計・設定したオリジナルの神の力(ゴッドスキル)聖なる王者サンクトゥス・レガリア』によって造り出された『守護聖王結界』。

 『神性ディヴィニータ原典(:オリジン)』を参考に対『特異体』用に考案・設定した特別性で、物理的な防御力はほぼゼロに等しく、銃弾はおろか小石一つ跳ね返せないが、その代わりに自身より高い『神性』を持つ存在の結界内部への直接的干渉――侵入や転移、結界内部の物を外へ動かすなど――を悉く拒絶するというピーキーな性能を持つ対神性・・・結界・・だった。


 相手のメンツで結界内部への侵入が可能なのは『白衣の男』とコルライ=アクレピオスの二名のみ。

 しかし殺しても死なない厄介な『白衣の男』は『設定使い』の力で石化し行動不能に、『設定使い』の下位互換と呼べる万能性を持つコルライ=アクレピオスも毒、麻痺、火傷、凍結、睡魔、五感剥奪、平衡感覚の狂い、恐慌、遅延化、呪い、その他諸々……考え付く限りありとあらゆる状態異常を重ね掛けして行動不能にした。

 数分、数十分で起き上がれるようなダメージではないハズだ。


 前述したとおり、『守護聖王結界』は神性を持つ存在の結界内部への侵入や転移などしか防げない為、攻撃は石ころであろうと素通り状態の見かけ倒しの欠陥結界だ。故にその特異性をギリギリまで秘匿する為にも『設定使い』が結界外で『三本腕』と交戦せざるを得なかったのだが、彼等が動けなくなった今となっては守護者など必要ない。


 何故ならアリシアはシーカーの計画の要、彼にとっても貴重な巫女だ。

 傷つけるなど論外、アリシアを結界内部から動かす事がシーカーには出来ない以上、結界を解くまで彼に出来ることは何もない。


 となれば、当然シーカーは解除に動くハズだ。結界解除の定番は術者の殺害。そして、『設定使い』は自身が殺された場合、自身に残された残存干渉力全てを注いで結界の維持が継続されるように結界に『設定』を施してある。


 ……ここまで含めて『設定使い』の策。こちらの誘いに乗り、シーカーが『設定使い』を殺せば、まだ時間を稼ぐことが出来る。

 そんな『設定使い』の命を賭した策謀は、


「……なるほど。確かに面白い、初めて見る結界だ。しかし――肝心の鳥籠を内側から開けてしまえるのでは、あまり意味がないのではないかね?」

「な、にが……」


 ……何が言いたい? 朦朧とする意識の中、言葉の意味が分からず眉を潜める『設定使い』の問いを、シーカーが先に答えを告げる事で遮った。


「簡単な話だ。この結界の加護は、君達が必死に守り通そうとしている宝物が、君達に守られる事を望んでいる事を大前提としているそうでなければこの籠は成立しない。そうだろう? 『神門審判ゴッドゲート』。我らが大いなる巫女よ」


 ――なにか、場の流れが変わった。

 確信めいた嫌な予感が、『設定使い』の背筋を舐めた。

 

 魂をくすぐり、下から優しく愛撫するような強制力とも吸引力とも言えぬナニカを内包した『探求者』の呼びかけに、巫女と呼ばれた少女が顔を上げる。


 ……顔を上げる。少女のそのただそれだけの動作に、何故だか『設定使い』は果てしない違和感と焦燥感を覚える。嫌な予感が止まらない。致命的な何かが進行している、漠然とそんな感覚が動けない『設定使い』を襲う。


(なん、だ……? 私は、一体何を焦っている? この胸騒ぎの正体は一体――)


 顔を上げたアリシアの顔色は明らかに異常だった。

 感情の起伏が薄く、無表情でいる事が多い純白の少女はそのお人形のような童顔を焦燥と恐怖に蒼白に染め、額に多量の脂汗を浮かべている。少女の美しいサファイアの如き瞳はグラグラと不安定に揺れ動く。その焦点はまるであっておらず、呼吸も荒く半ば過呼吸に陥っているようだった。


 ――そこで、ふと気づく。

 この戦いが始まって、『設定使い』は初めてアリシアの顔をまともに見たという事に。


 ずっと俯き続けていたアリシアが顔をあげた。それは、南雲龍也が『再臨』して以降、アリシアが初めて見せたまともな動きではないだろうか……?

 

 ――思えば、アリシアの様子はどこかずっとおかしかった。

 『再臨』が果たされ、東条勇麻の肉体が南雲龍也に乗っ取られた時も、楓やクリアスティーナ達が必死にシーカーに立ち向かっていった時も、そして友達であるパンドラが突如として現れた時も、彼女は声一つあげなかった。


 だが、そんな事が本当にあり得るのか?


 あのアリシアが。東条勇麻を自分を救ったヒーローだと信じて疑わず、勇麻と自分を天秤にかけてはその都度自分を犠牲に勇麻を助けようとしたあのアリシアが、東条勇麻最大の危機に立ち上がらないどころか声もあげない、そんな事は本来ならあり得るハズがないのだ。


 だから。 

 

 その時点で、誰かが気付くべきだった。




「馬鹿、な……」




 ふらふらと。

 アリシアの足が、一歩。 結界の外へ、向かう。




「『神門審判』、既に思い出している(・・・・・・・・・)のだろう? その記憶は本物(・・・・・・・)だとも。クライム=ロットハートが死んだことで、奪われていた感情に付随する記憶が戻ったのだろう。――まあ正確にはその場面に関する感情を全て奪う事でその場面に付随する記憶を奪っていたのだが、細かい事は言うまい。……ああ、この私が保障しよう。君は本来、こちら側の人間だ」





 堕落を誘う悪魔のようなその言葉に、アリシアの足が止まる。いやいやと、その場で頭を抱えてかぶりを振り、それ以上前に進む事を尻込みするアリシア。


 しかしその拒絶を、その逃避を、シーカーは許さない。


 



「思い出した〝過去〟から目を背けるな。君が犯した罪は、その身に刻んだ咎は、決して消えず許される事も永劫ない。仮に〝彼〟が戻ってきたとして、君は自分に〝彼〟の隣に立つ資格があると思うかね? ……本当はもう分かっているのだろう? 君に道は残されていないのだと。私と共に歩み、その身、その罪に相応しき裁きを末路と受け入れる他、生きる価値などないのだと」

「……私、は……」


 冷たく、突き放すような強い口調でその罪は決して許される事はないと断定するシーカーに、アリシアの心が掻き乱される。

 記憶が混沌とし、心が乱れ、不安定な精神状態に陥っている今のアリシアに、『特異体』の神威さえ伴った言葉は刺激が強すぎた。

 それでも焦点のブレるアリシアの瞳が、地面に倒れ伏した南雲龍也を――東条勇麻の肉体を縋るように追いかけて――


 ――その姿を視界に捉えた途端、アリシアの瞳孔が収縮し小柄な身体を激しい嘔吐感が襲った。


「……うっ! ……うえっ……げほっ、ごほ……ッ!?」


 アリシアの身に異変が起こったタイミングは、正確には南雲龍也の『再臨』時ではない。


 龍也の『再臨』とほぼ同時刻に起きたクライム=ロットハートの死。それこそが、直接的な引き金。

 封じられていたアリシアの〝過去〟、『天地の書』だけが知っていたもう一つの失われし記憶。アリシアの二度目の死にまつわる秘密が、クライム=ロットハートの死によってアリシアの脳裏にフラッシュバックしてしまったのだ。


「……そうだ、思い出せ。あの瞬間を、その感触を。雪げぬ過去を、揺るがぬ現実を。目を逸らすな、逃げる事は罪ではないが悪である。もう不可能なのだよ、この世界で君が救われることは二度とない。都合の良い救いなどあるハズがない。あってはならない。何より君自身がそれを許容できない。何故なら君は穢れなき純白などではなく穢れた純――」

「――ァあ、がギぃィ……っ。……いや、いやっ、いや!! いやァだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!?」


 頭を抱え、身を捩り、小さな喉を引き裂くような苦悶の叫びが木霊する。

 シーカーはまるで指揮者のように、少女から苦痛を、絶望を、怒りと失望を、底に眠ったドス黒い感情をもっと引き出すべく、言葉と言う名の悪意のタクトを振るい続けて――



 ――とすん、と。『探求者』の膝に、軽い衝撃が走った。

 下げた視線の先、涙と涎を垂れ流し苦しげに喘ぐ純白の少女が、涙と鼻水と涎とでぐちゃぐちゃの顔で許しを請うように、力無くシーカーの膝に縋りついていた。


 呆然とする『設定使い』の目の前で、アリシアの身体は、三つ重ねられた結界を全て通り抜け完全に結界の加護の外へと出てしまっていた。


「……わかった、のだ。行くから。もう、逃げないから……だから、もう。やめて。皆を、私の大切な人達を、傷つけないで欲しいのだ。お願いだから、もう………………………………言わ、ないで……っ」


 疲弊しきった様子の少女の虚ろな答えに、シーカーは満足げに頷いて。


「……良い選択だ、我が『巫女』よ。そしてその選択に敬意を評し、約束しよう。私が答えを得るその時まで、君の友人だった者達(・・・・・・・・・)の命は奪うまいと。……では、始めよう」


 アリシアの肩を掴んだシーカーは、そのままぐるんと勢いよく踵を返すと、巫女をその腕に抱いたまま中空へふわりと跳びあがる。 

 そのまま空中にピタリと静止すると、地に堕ちた『天空浮遊都市オリンピアシス』を一望して――




「――告げる」




 謳いあげるような、厳かだが穏やかな声がどこまでも響く。




「この世界、この惑星の支配者を名乗り我こそが万物が霊長であると振舞う全地球人類よ」




 中空に佇む『探求者』の横には不貞腐れたようにそっぽを向くパンドラが、その背後には刹那のうちに『探求者』の片手間のような『魔術』で復活を果たした『三本腕』コルライ=アクレピオスと『白衣の男』が並び立つ。『白衣の男』の手の中には、咀道満漢を加工して造った神器『万漢餐杯』があった。


 そして、七つの影が、さらにその背後にゆらりと浮かびあがる。



 彼等はまるで、オリンピアシスを。人類を。世界を。世界の頂きから睥睨するかのようで、




「私はこの惑星を管理し運営する『役割』を与えられし『特異体』――諸君らの言葉で言う所の〝神〟である」




 三大都市対抗戦の終盤から継続して世界的な電波ジャックを受け続けている各国のテレビ局や首脳陣がこの異常事態に極度の混乱状態に陥る中、その光景はありとあらゆる情報媒体を通じて流れ、また、男の声は直接全人類の脳内に突き刺さるように響き渡った。


 それこそ、全知全能の神が迷える子羊達に啓示を齎すかのような、神話そのものであるかのような光景だった。



「些か陳腐な言い回しで申し訳ない。しかし、諸君らとて目撃したハズだ。我々の力を。この三大都市対抗戦は見世物(デモンストレーション)、趣向を凝らした舞台ショウであった訳だが――我々という存在を理解して貰うには充分であったと私は考えている」




 超常に対する絶大なる畏怖と諦観。そして抗いようのない圧倒的な力の差による絶望。

 人々の心に、その魂にまで改めて刻まれた傷は、この世界に『神秘』を取り戻させた。


 最早、この世界に『探求者』の声明を大袈裟だと、法螺話だと笑い飛ばせる者は誰一人としていない。




「人智を、常識を、理解を越える超常の実在に、震え、畏れ、怯えたかもしれない。だが、絶望する必要は欠片とない。何故なら我らは人類の敵に非ず、この世界を正しく管理し導く存在である」




 敵ではないと、全てを包み込むような慈愛を持って告げる探求者の言葉に、肩を寄せ合っていた夫婦が疑心と期待を籠めて顔を見合わせた。

 硬く目を瞑り両手を組んで、感涙を流しながら神に祈りを捧げる老人がいた。 

 公園で遊んでいた子供達は、空を見上げたままどこからか頭に響く声の出所を探す。中には正体不明の怪現象に泣き出してしまう子もいた。

 



「……ならば、何故。諸君らはそう思うであろう。何故我々『特異体』は突如この地に現れ、尊き人命を奪うような真似をしているのか、と。……提示された疑問には、投げられた問いかけには、答えが必要だ。そして私の目的もまた〝答え〟を得る事にこそある」




 ただ一つ言える事は、誰もが皆一様に不安を抱え、抗えない存在に恐怖し、それでも続く神の言葉に縋ろうとしているという事。


 だって、戦える者はもう誰もいなくて。


 縋るべき希望が、それしか――自分達を脅かす存在から齎される慈悲しか、残されていなかったから。




「旧人類から進化を果たした現生人類が誕生してからおよそ二十万年。二足歩行と大きな脳を持ち、創意工夫に長け、適応性能の高い人類種は、地球上で最も繁栄した種族となり、この惑星の実質的な支配者となった。文明は高度に発達し、人は子を成し都市は栄え、街は娯楽と利便性に溢れた。人々は平和と愛の歌を謳い、明日への怯えでは無く希望をもって穏やかな眠りにつく、そんな世界を築き上げた。それはまさしく夢の楽園が如き理想郷。これまでどの種として成しえなかった偉業。まさにこの惑星の支配者、星の導き手に足る成果と言えるだろう」




 語られるは人類栄光の歴史。

 毛皮も持たない貧弱な二足歩行の獣が、生き残る為に知恵と勇気を振り絞り、巨大な獣たちの頂点へと立ち、ついにはこの星に君臨するまでに至った奇跡にも等しい輝かしい偉業。

 その二十万年もの歩みの光景が――刹那、人々の脳裏を走馬灯の如く駆け巡って行く。




「だが、その楽園は偽りではないのだと、果たしてどれだけの者が胸を張って答える事が出来ようか? 文明の発展は常に戦争と寄り添い、自然を破壊し環境資源を啜って都市は栄え、利益と利便性を追求するあまり心は摩耗し擦り切れて、平和と愛を謳う国の裏側では形を変えた醜い侵略戦争が今も行われ、今日も世界の何処かで幼子が銃を片手に戦場を駆け回り、貧しい国で作られた食物が裕福な国で残飯へと変貌する。……この世界は弱肉強食、弱者は強者に搾取され続ける。――なるほど、それは確かな自然の理だ。この惑星に生きる者が抗えぬ必定の掟だ。諸君らの行いには何一つとして、間違いなどないのかもしれない」




 だが、その輝かしい歴史の裏には、その全ての光りを塗り潰してしまうような地獄が広がっていた。


 人が人を殺していた。人が人を殺していた。人が人を、殺していた。

 

 殺戮と簒奪の積み重ねが、血に塗れた二十万年の歴史が、そこには広がっていた。


 人を殺す人がいた。友を殺す人がいた。妻を裏切る夫がいた。夫を殺す妻がいた。子を殺す親がいた。親を殺す子がいた。黒人を殺す白人がいた。白人を殺す黒人がいた。民を殺す王がいた。王を殺す民がいた。魔女であると火刑に処された女がいた。無実の罪で首を断たれた罪人がいた。正義の名の元に首を晒された死者が。人に売られる黒人がいた。女子供を強姦する兵士が。捕虜を虐待する看守が。飢えに倒れる骨と皮だけの子供が。帰る家もなく途方に暮れる大勢の人々が。悪人の死を喜び笑顔で平和の歌を歌う群衆が。降り注ぐ鉄の雨が。地を揺らし走る鋼の棺桶が。青空を埋め尽くす鉄の鳥が。空を覆う禍々しいキノコ雲が。蝋人形のように焼け爛れた人が。蛆の湧いた死体が。親を失った子が。死んでなお子を離さない親が。地雷に吹き飛ばされた手足と命が。学校に響く銃声が。爆弾で倒壊する巨大なビルが。斬り倒されていく森林が。汚れていく川や海が。汚染された水や魚で病気になった人が。ゴミ山を漁り日々を生きる子供が。非合法の人体実験が。薬に頭を冒された人々が。国を失った人が。札束に殺された人が。愛を求める子が。愛されぬ子が。死が。差別が。いじめが。嘘が。諦観が。悲観が。ごまかしが。隠蔽が。詐欺が。妥協が。逃亡が。強盗が。略奪が。悪意が。侵略が。殺戮が。奴隷が。虐殺が。強姦が。暴行が。自殺が。虐待が。テロが。戦争が。ボタン一つで人類を破滅に追いやる滅びの兵器が――

 



「――私は問い正し(・・)たいのだよ。諸君らの行いを肯定した『星の管理者』としての我が行いの是非を。人類種はこの惑星の支配者に相応しかったのか、と」



 脳裏に深く刻まれた誰かの絶望に、人々は息をする事さえ忘れ、言葉を失った。 


 ――この世界には、当たり前のように悲劇が溢れていた。あまりにも、ありふれていた。

 どれか一つでも目を逸らしてしまいたくなる凄惨な光景が、毎日毎日飽きもせずに、こうしている今もこの世界で繰り広げられていた。

 そんな世界こそが、理想郷なのだと嘘をついて、偶然にも幸運に恵まれた人々は幸せそうな顔で日常を謳歌していた。

 長い長い歴史の積み重ねの中、人類は、その流した血でもって多くを学べたハズだった。世界を巻き込む戦争を二度も経験し、種を根絶させられるほどの己が身にあまる兵器を産み出して、自分達の愚かさを学んだハズだったのに。


 それなのに――戦争はなくならない。


 悲劇は繰り返され続け、こうしている今も、人はその愚かさを更新し続けている。

 



「――我が名は『探求者・・・』。地球誕生より四十六億年続く我が永劫の旅路の果て、『星の管理者』として諸君ら人類の存在の是非を問い、その答えを探し求める者(・・・・・・・・・)である」




 だからこそ、問いかける。

 本当にこれで良かったのか、と。

 人類という種族の繁栄は、それを許容する事は、この星を管理し導く者として、本当に正しかったのか、と。


 『特異体』でさえも分からないという正しき答えを得る為に、『探求者』は問題を提起する。


 人類という存在の、この青い星の支配者としての是非を。




「――人類諸君。今宵、我々『特異体』は『七つの厄災』を解放した」




 仰々しく両手を広げる『探求者』。その背後に浮かぶ七つの影が、呼びかけにそれぞれの反応を見せる。




「――『憤怒』たる〝災禍〟」

 ……白磁のように輝く白い肌、淡く発光する薄緑の長髪と同色の瞳。美しい顔は感情の欠落したような無表情が張り付いている。すらりとした長身と、背丈に見合う豊満な胸を揺らす異形の翼を生やした天使のような女性エカーテミニア・オクタコースナーは、小さくその場でお辞儀をする。



「――〝貧困〟に生ずる『色欲』」

 ……身体のラインを隠すように襤褸切れを身に纏い、死んだ魚のような闇の底めいた瞳が二つ蠢いている。一度も手入れをした形跡のない紫がかった黒髪を引き摺る十歳前後の褐色の少女、ノーラがこてりと小首を傾げて。



「――『強欲』が果ての〝騒乱〟」

 ……矢筒も弓も矢も持たず身軽気な軽装の鎧に身を包んだ背の高い弓兵の美丈夫――アレクサンドロスが、ウェーブがかった炎髪を掻き上げて飄々と笑い。



「――〝飢饉〟の『暴食』」

 ……左目にモノクル。首元に白いクラバットを巻いた、西洋風の赤い貴族服に身を包む美形だが病的に白く痩せた不健康げな金髪の貴族アベル=ブルボンが慇懃な仕草で腰を折り。



「――『嫉妬』より出ずる〝愛憎〟」

 ……白をベースにした赤い模様が咲き乱れる豪奢な衣装に身を包み、冷たい紫の夜空に金の星々を散りばめたような神々しい瞳を持つ美女エディエット=ル・ジャルジーが、美しいブロンドの髪に一房だけ混じる毒々しい紫の髪を愛おしげに指で弄りながら、可憐でおしとやかな狂気を浮かべ。



「――〝生死〟支配する『傲慢』」

 ……パーマがかったベージュ色の短髪をツーブロックにした、吊り上がった怒り眉の強面と強烈な訛りが特徴的なマクシミリアン=ウォルステンホルムが、ギラギラとした瞳で人類を上から見下ろして。



「――『怠惰』なる〝不幸〟」

 ……色の抜けかけたアッシュグレーのアシメにピアス。片耳にはイヤホンを付けフードを被り、口元を最近流行りの黒いマスクで覆った、眠たげで無気力な瞳をしたどこにでもいそうな通行人A虚呂八重(うつろやかさね)が、そっぽを向いて面倒くさそうにぼりぼりと頬を搔いた。




「――七つ合わせて、匣底の災禍。厄災の贈り物(パンドラ)より人類世界に零れ落ちた『七つの厄災』。人類が人類である限り、これらに理由はなく意味もない。ただ、人類の業として常に隣に寄り添い、在るだけで不幸を齎し、文明を滅ぼさんとする災いそのものである。しかし――自身の行いに一片の曇りはないと、その正しさを誇れるのであれば、絶望する必要など欠片もない。知恵と勇気、正義と正しさで己が宿業を、この『七つの厄災』を乗り越えてみせろ。さすればそれこそが『裁定』の答えとなろう」




 『探求者』を突き動かす原動力は、人類への情でも、正義感故の衝動でもない。

 ただ――己が『星の管理者』として、人類を星の覇王と認めその繁栄を許容したことの是非を問う。その答えを探し求める。ただそれだけの為に、彼の『神門審判計画』はあった。




「今こそ神に問い答えを求めんとする神問審判の時! 人類よ、怖れるな、迷うな、抗うな。ただ、示せ。己が在り方を。この星の正当なる支配者であると、諸君らの真の神を前に、誇り高く胸を張り堂々と宣言してみせよ……ッ!!」




 それは、宣戦布告でも開戦の狼煙でも勝利宣言でもない。




「――ここに、『裁定戦争』の開幕を宣言する……ッ!」




 告げられた言葉は、戦争とは名ばかりの終焉の警鐘。



 絶滅か、生存か。


 

 人類の命運を正しく決定する為の、予定調和(こたえあわせ)でしかないのだから。 





 全世界の人類へ一方的な終わりを宣言して、『探求者』は隣のパンドラに短く告げた。




「……やれ、厄災の贈り物(パンドラ)


 

 厄災を齎す少女は、無言でただ応じた。



「……。――星よ。我が厄災に染まり狂え――」




 世界に終わりを齎す起句と共に、一つの惑星が匣の乙女の禍々しい魔力に包み込まれて――













































 ――こうして。三大都市対抗戦は、最悪の結末を迎えた。


 

 それは東条勇麻の『消失』をもって。

 


 それは天風楓の『神化』をもって。

 


 それは南雲龍也の『再臨』をもって。



 それは『厄災の贈り物』の『覚醒』をもって。








 ――〝神〟による神()審判、『裁定戦争』が、幕を開ける。













☆ ☆ ☆ ☆



 



 ――第六章 Ex 《接続章》 Re:starting reincarnation True hero ? 続・第終話拾 最終決戦(下)――七つの厄災と世界の終わり/裁定の時来たれり ―人よ、今こそ希望を祈らん―:count 0































 ――第六章 Ex 《接続章》 Re:starting reincarnation True hero ? 『今こそ終焉(ブレイク・)覆す一手を(エピローグ)』 終わる世界・時よどうか、行かないで欲しい――まだ終わらせないと、誰かが叫んだ:count error




☆ ☆ ☆ ☆



 パンドラの練り上げた魔力が世界中に広がり、ここオリンピアシスを除いた五か所に五つの魔力点(・・・・・・)を形成し始めたまさにその時だった。





「はん、どうやら世界の終わりとやらに間に合ったらしいさね」





 ――巨大な空飛ぶガレオン船が、オリンピアシス上空に出現したのは。


 


「いいかいお前たち! こっから先は正真正銘の死地ってヤツさね。気合入れていきな!」

「「「『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」

「――砲撃よーいっ、目標:上から目線の腐れネズミ色頭。デカイの一発、あの済まし面にかましてやんな! ……ライアンス・レールガン、発射ッてェーーーーーッ!」


 轟ッッ!! と、空気の焼きつける音と共に、電柱柱を何本か束ねたような極太の閃光が発射される。 

 艦首付近の甲板に乗せられたガレオン船には不釣り合いな、近代的というより未来的な造形の旋回砲塔から放たれた、ライアンス・レールガンなどというふざけた名称の巨大レールガンの一撃は、無防備な『探求者』の横っ面に見事命中して――


「――ふむ。これは驚いたな。『銀の腕』が作用しているとは言え、どうやって『神性ディヴィニータ原典(オリジン)』のを跳ね除けたのか。……まさかこのような『未知』に、このタイミングで巡り合えるとは。これだから人間は面白い……」


 爆煙の中から、当たり前のように無傷のシーカーが顔を出す。

 神の力(ゴッドスキル)だろうと、通常兵器だろうと、基本的に直接的な攻撃であれば直撃と同時に超回復・超再生・事象の回帰などを行えるシーカーの敵ではない。奇襲であろうとも、それは想像できる可能性の範囲を逸脱しない。


 とはいえ些か予想外ではあった事は確かだ。ガレオン船に興味を持ったシーカーの人外の聴覚が、船内のこんな会話を拾う。


「……チッ、分かってはいたけど面白いくらい効いてないねえ……」

「ね、姐さん! で、でも。ちゃんと俺らの攻撃当たりましたぜ……っうっ……!?」

「……チッ、! おい、誰かちびっちまった膝ガクガクのサンタナのバカを救護室に連れてってやんな! いいか、ヤツを絶対に視認すんじゃないよ? 照準はライアンスに任せな。テメェらは何も見ず、何も考えず、合図と同時にただ引き金を引く事だけに意識を集中しろ。そうしなけりゃ野郎のチート臭い権能に引っ掛かって不能野郎の完成さね。間違っても戦おうなんて思うんじゃないよ? はなっからアタシらが勝てる相手じゃない、力むのも馬鹿馬鹿しいくらいさね。逃げるが能のアタシらだ、やる前からとことん逃げ腰でやってやろうじゃねえかッ! ――なあ、お前たち、そういうの得意だろ!?」

「こちとら夜逃げ食い逃げの元常習犯よ。偉そうな連中煙に巻くのは慣れてんだい!」 

「おうよ!! 伊達に逃亡者の旗なんざ掲げてないぜ!」

「そうだぜ姐さん! 掃除当番いっつもチョロまかして逃げてるダグリズが言うんだから間違いねえや!」

「よーし、そうかい。頼もしい限りだよ。――ダグリズのアホはこの後で懲罰房行きな」

「ひっでー、そりゃねえぜ姐さん!? 朝までジャガイモの皮むきは勘弁だ!」


 無意識のうちに、シーカーの頬が緩く吊り上がる。


 ……なるほど、面白い。役割を分散し、『特異体』を意識も認識もすることなく攻撃を放つことで、『神性ディヴィニータ原典(:オリジン)』に直接的に触れるのを避けている訳か。

 

 南雲龍也が自身の人格と東条勇麻の肉体という矛盾する二つの性質を迂回路に利用したのと原理的には似ている。

 観測手が照準を合わせ、照準があったことを確認し合図をあげる者がいて、その合図に合せて何も考えずに引き金を引く砲手がいる。確かにこれならば、直接的に『神性ディヴィニータ原典(:オリジン)』の影響を受けるのは、照準を合わせる観測種だけで済むかもしれない。

 重要なのは『特異体』に立ち向かおうとしない事。戦おうとすれば、その瞬間、即座に彼らの心は本能に負けて砕け散るのだから。


 そして運もいい。

 もしパンドラが儀式の為の大規模魔術に集中している今でなければ、不敬の極みである先の一撃が彼女の逆鱗に触れ、世にも珍しい空飛ぶガレオン船は一瞬で一辺三センチ前後のキューブにばらされ空中分解していた事だろう。


 『特異体』へ攻撃を加える手腕と強運にシーカーが感心していると、さらに立て続けに空気を焼き焦がしてレールガンが飛来してくる。 

 しかし、固有魔術オリジン叡智の覇王イレ・ヴィアカーィ・ディ・エラ』を有するシーカーに既知の二撃目は通用しない。

 シーカーが翳した右手に触れるだけで、放たれたレールガンは抱えていた破壊力を消失し霧散してしまう。

 まるで効果がない。無駄にも思える無力なその一撃は――



 ――しかし、決して無意味な一撃ではなかった。






 突如戦場に乱入し、まるで攻略法を知っていたかのような立ち回りで『特異体』に攻撃を加えたガレオン船。その存在は、確かにシーカーの興味を引いた。

 




 ただそれだけの事実が、この場における値千金の大戦果となる。





『――聞えてるかい!? ディアベラス! クリアスティーナ! 座標はこの船に固定しな! あんときと同じだ、できるだろう!? 応急的だが、再接続の儀式は済ま(・・・・・・・・・)せてある(・・・・)さね。一瞬だけならイケる。干渉力の不足はこっちで受け持ってやる、思う存分やっちまいな……!』




 彼女から彼等へ、そんな声が直接脳裏に走り抜けたその直後だった。 




「今だぁッ! やっちまぇ、九ノ瀬の嬢ちゃんッ!! ――アスティ!」

「行きますッ、――『ウロボロスの尾』、遠隔接続……完了。空間座標把握、全滞在民の座標把握ッ。座標書き換え……開始ッ!!」


 ――倒れたままでディアベラスが叫び、クリアスティーナが起き上がる間も惜しんでその力を発動、


「――割り込むなら今だッ! やれ、『設定使い』ッ!」


 ――二人の声とシンクロするようなタイミングで、カッ、と瞳を見開いたスネークが合図を吠えて、


「――天風くんッ、お願いッ!」

「……約束を……妹を頼んだぞ、ディアベラス!」


 待ちに待っていたディアベラスからの指示に、九ノ瀬和葉は天風駆に連れられ光となって戦場を駆け抜けて、


「――私に一々指図をするなと、言っている……! ――術式せってい遅延起動!『須臾にして(トランス・サブマー)忘我に沈め(ジ/モーメンティ)、とこしえ(ア・プロミネンンツ)の時空神殿(・サンクチュアリ)』ッ!!」


 『設定使い』が四重・・守護結界の四つ目に隠した切り札が、起動する――



 

 ――息を潜め、反撃のその瞬間を待っていた反逆者たちが打ちあわせたかのように、ガレオン船の到来を合図に彼等は動き出した。


 残された最後の希望達。反撃の瞬間を今か今かと待ち焦がれ、耐え忍び続けた者達の、終わりを覆す最後の一手が、ついに実行に移されたのだ。



☆ ☆ ☆ ☆



『……なあ、アスティ。「再臨」ってなぁ、成されたらそこで(・・・・・・・・)本当に手遅れ(・・・・・・)になっちまうモンなのかぁ?』

『え?』


 『再臨』を果たした南雲龍也が『反転せし銀の腕(アガートラム・オルタ)』を起動させた直後。

 ディアベラスの元へ生生と竹下悟からの通信が入ったのは、南雲龍也に感じた微かな違和感からそんな疑問を抱いた丁度その時だった。


「――デ……君! 無事カ!? ……ががッ、一体……が――じざざ……ザザザザザッッッ!!?」


 耳にはめ込んだイヤホンから流れてくる音は、酷い雑音混じりで碌に聞き取れた物ではなかった。

 ディアベラスは、距離を無視して直接声を双方に届ける念話――クリアスティーナなども含めたチャット型――に切り替えて、


『――ッ、すまねぇ。今念話(こっち)に切り替えた。通信機はノイズが酷くて使い物にならねぇ』

『……良かたヨ、やと繋がったネ。というか、何があったか連絡ぐらいすぐ寄越す! オネーチャン、これでも心配したネ! それで、一体何があたノ!? 急に悟クンめちゃくちゃ怯え始めちゃたシ、こっちからでも分かるくらいふざけた干渉力感じてルのだけど……』

『……「特異体」です。「創世会」のシーカーが――』

『――いや、それよりも生生。今、東条勇麻を視る事ってできるかぁ? 今現在の東条勇麻を、だぁ』

『ディアくん? 何を……』


 生生の疑問に答えようとするクリアスティーナを遮り、――ふと、ディアベラスは思い付いた事を生生に尋ねていた。

 

『え、出来る思うケド……って、ナニコレ真っ暗ヨッ!? 今あの子どういう状況にあるネ!?』

(よしっ、思った通りだぁ。視れるって事はやっぱり生きてやがんだなぁ、あの野郎はぁ……!)


 生生の『他人語り(プレイバック・アザー)』は一度目視した人物の始まりから現在までを録画映像を再生するように事細かに視る事が出来る力だ。

 正確には既に体験した歴史――過去しか視る事ができず、現在とは言ってもコンマ数秒ほどの遅れはある。が、それで充分だった。

 もし既に死んでいるのなら、死亡している人物の〝現在〟など再生それ自体が始まらないハズなのだ。

 暗闇とはいえ、生生が東条勇麻の現在を視る事が出来た時点で、『再臨』が果たされてなお、東条勇麻は消えていないという証拠になる。


(勇麻のヤツが生きている事は分かったぁ。だが、どうやって取り戻せば――)


『――ディアベラス氏。クリアスティーナ氏。少し、よろしいですかな?』

『悟か。何だぁ、何か『予見』でも見えたってのかぁ?』

『……ええ、まあ。その……ぶっちゃけた話――我々、敗北するっぽいですなー。どうも』


 ディアベラス達の敗北を『予見』したと竹下悟は言った。あまりにあっさりと告げられた為か、不思議な程に焦りや恐怖は感じない。その軽い口調は、こちらの動揺を軽減する為の彼なりの配慮だったのだろう。


『勝てませんか、私達は』

『……ええ、少なくとも今回は。ですが、最悪の敗北を回避する可能性もまた、我氏の瞳に確かに捉えましたぞ』


 やはり落ち着いた声色で確認するアスティに、やはり悟は敗北を否定しない。おそらく、覆す事は難しい結末としてその目に見た未来を認識しているのだろう。


 だが、それでも希望はあると予見者は言う。

 竹下悟は、そこで声のトーンとボリュームを念話越しだと言うのに一段階落として、まるで内緒話でもするかのように、


『……おそらく〝鍵〟は九ノ瀬氏と東条氏だ。荒廃する世界に、お二人が並んでいるイメージが僅かに、僅かに垣間見えたのですッ。意味は分からないが、重要なイメージである事だけは経験と直感で分かるッ! ……いいですかな、何があろうとお二人を失うようなことがあってはなりませぬぞ……!』

『……悟くん。実は、その二人なんですが……』


 悟の言葉に苦しげな表情を浮かべ言い淀むアスティ。

 ……そう、失ってはいけないも何も、東条勇麻は『再臨』を果たした南雲龍也にその肉体を奪われており、ディアベラス達が『設定使い』の異空間から脱出した時には既に、九ノ瀬和葉は壁に凭れかかるようにしてぐったりと意識を失っていて生きているのかも分からない――


『――それだッ! 生生ッ、九ノ瀬和葉だぁ。今から指定する時間に、あの子に何があったかを視てくれ! 今すぐにッ!』



 ……そうして、ディアベラスの指示通りの時間を視た生生からの報告は、ディアベラスが想定していた通りのものだった。


『……ハッ、やっぱりだぁ、これなら行けるぜぇ。九ノ瀬の嬢ちゃんがちゃんと起きてくれさえすりゃあ何とかなる。後は――天風駆、っつったっけかぁ? 今の話、どこまで聞いてたよ、お前』

『……一応、一通りは』 

『なら聞いた通りだぁ、お前にも協力を頼みてぇ。つうかして貰うぞぉ、お前もあいつの仲間なんだろぉ?』

『仲間、かどうかは微妙な所だけどね。……いいだろう。情けない事に、今の僕じゃあ「探求者」には立ち向かえそうにない。君達の案に乗ろう。その代わり――俺の妹を死んでも死なせるなよ、「運命の悪魔」』








 

 意識を失っていた九ノ瀬和葉を再起動させたのは、脳内に響き渡る粗野で野蛮な男の特徴的な巻き舌の声だった。

 頭に響く声の主――ディアベラスから現状の説明と、そして東条勇麻を救う策の説明を受けた和葉は、意識を失ったふりをしながらこの瞬間をずっと待っていた。


 ――『――保存コピー――っ』


 あの時、海音寺琉唯の死に誰もが動けないでいる中、『再臨』のその瞬間に和葉が伸ばした手は、確かに東条勇麻に届いていた。


 九ノ瀬和葉の『横暴なる保存者(バックアッパー)』は、掌で触れた対象の状態を三十分の間記録、保存する事が出来る神の力(ゴッドスキル)だ。

 今、和葉の右手には『再臨』前の東条勇麻の状態が保存されている。

 ディアベラスの立てた策は実に単純明快。和葉が勇麻の『再臨』直前にそうしたように、タイミングを見計らって天風駆の力を借り南雲龍也へと急速接近。右手で触れて『張り付け(ペースト)』を行い、『再臨』前の東条勇麻で南雲龍也を上書きする。

 その後、クリアスティーナの『支配する者ディメンション・オブ・ルーラ』の力でオリンピアシスから離脱、『特異体』から一先ず距離を取り態勢を立て直す、という大変シンプルで分かりやすい作戦だった。

 

 ……正直、成功するかどうかは分からない。

 仮に全てがうまく行って和葉の右手が少年に届いたとして、『横暴なる保存者(バックアッパー)』に魂や精神には干渉できないという制約がある以上、『張り付け(ペースト)』による状態の上書きで東条勇麻を取り戻せるかは全くの未知数だ。

 

 ……怖い。もし、失敗したら。もう、二度と東条勇麻を取り戻す事が出来ないのだと、そんな乾いた現実を突きつけられる瞬間を想像すると脚が震える。魂が怯える。身体が石になったみたいに動かなくなる。

 でも、だからこそ、戦いもせずに、何もせずに終わる事だけはしたくなかったから。


「――届けェええええええええええええええええええええええ!!!」


 天風駆に運ばれる事しか出来ない無力な自分へ怒りをぶつけるかのように、九ノ瀬和葉は大好きな人へと必至に手を伸ばしながら吠え猛る。

 ――出来ることならどうか、この声がその心に届きますように。









 クリアスティーナの胸中には途惑いがあった。

 クリアスティーナとディアベラスは『七つの厄災』を前に成すすべなく敗北した。間違いなく、自分達の心臓は止まっていた。  

 それなのに。


(……何故なのです、南雲龍也。どうして貴方が私達を……)


 死にかけのクリアスティーナ達を救ったのは南雲龍也だった。

 彼の『英雄』は、『特異体』との戦闘の最中にも関わらず『独善なる慈愛プローフィ・ア・フェクト』を使い続け、『探求者』や『七つの厄災』に勘付かれないように少しずつ、本当に少しずつ、倒れた神の能力者(ゴッドスキラー)達を癒していったのだろう。

 彼女と彼女の愛する人の止まっていた心臓が再び動き出したのも、南雲龍也が自身の回復を必要最低限に抑えてまで自分達の為に力を使い続けてくれたからだ。


 だが、彼とて知っていたはハズなのだ。クリアスティーナやディアベラスが、南雲龍也の存在を快く思っていない事を。東条勇麻を取り戻す事を願い、行動していた事を。

 それなのに、『特異体』との戦いにおいては大した戦力になりもしない自分達を、その身を削ってまで一体どうして……


(……貴方の真意は分かりません。でも、私がやるべき事は変わらない。悩んで、迷って、それでも私達は決断をしなければならないのです。何かを変える為の、一歩を……!)









 ――切り札は最後のその瞬間まで取っておくものだよ、少年。

 かつて好きだった映画か何かに、そんな気障な台詞が出てきたのを『設定使い』はぼんやりと覚えていた。


 彼がアリシアを守る為に『設定』した神の力(オリジン・スキル)、『聖なる王者サンクトゥス・レガリア』の力で四重・・展開した守護聖王結界は、強力な対神性結界だ。

 物理的な防御力はゼロに等しく、銃弾はおろか小石一つすら弾けないが、その代わりに自身より高い『神性』を持つ存在の結界内部への直接的干渉を完全に封じる事が出来るピーキーな性能を持っている。

 

 この手の〝決して破る事が出来ない強力な結界〟には、得てしてお約束(じゃくてん)があるのがお決まりだ。

 例えば直接破る事は不可能でも、どこかに隠された結界の核を砕けば簡単に霧散する、とか。脱出不可能の結界内に閉じ込められてしまったが、結界内部にいる術者を倒せば結界も解ける、とか。

 性能を尖らせれば尖らせる程、そういった制約は必要になってくる。それは、どんな力においてもある程度は共通して言える事だろう。

  

 そして、『設定使い』の守護聖王結界の場合は、内側からであれば簡単に結界を破れる・無視できるという点に加え、敵諸共結界の内部に組み込む必要がある、という制約が存在した。

 アリシアを守護すべく彼女を包んでいた結界の数は三つ(・・)。しかし『設定使い』は守護聖王結界を四重に展開している(・・・・・・・・・)


 そう、四重に展開された結界のうち一つは、アリシアだけでなくこのオリンピアシス全土を覆い包むように大きく展開されていた。

 この矛盾に気付かれた瞬間、それだけで『設定使い』の結界はその力を失う。

 だが、『設定使い』はアリシアを守る最後の砦たるこの結界すらも〝本命〟から目を逸らさせる陽動として使うつもりでいた。


 『設定使い』の〝本命〟。それは、シーカーが指摘したように『疑似(フェイク)星の管理者権限(マスターキー)』でもなければ、アリシアを守る『守護聖王結界』でも、その右手に刻まれていた術式『須臾にして忘我に沈め、とこしえの時空神殿』でもない。


 右手に刻んでいた魔法陣は本物ではあるがフェイク。

 『設定使い』は、右手のソレと全く同じ術式を、オリンピアシスを包み込む四つ目の結界に刻み込み、遠隔でその構築を終えていた。



 仮にオリンピアシスを覆う四つ目の結界の存在に気付かれて効力を失えば、その時点で敵の意識は隠された術式ごとこの結界から外れるだろう。

 仮に最後まで気づかれなければ、アリシアを守りつつ、そのまま四つ目の結界に隠した術式を起動する事が出来る。

 全ては、敵の目を〝本命〟の術式から遠ざけ、打てる手は一つとして残されていないと思いこませる為の演技。

 『守護聖王結界』のタネが大規模であればあるほど、そこに隠された真の意味から遠ざかる。これ以上はないと誰もが思いこむ。


 あとは、術式を起動するタイミングを待つだけだった。

 『探求者』が己の勝利を真に確信し、パンドラを用いて儀式に必要不可欠な魔術を起動するその瞬間。『探求者』が不用意に動けば何もかもがご破算になるようなタイミングを狙い討つ。

 

 そして、その最後にして最大の好機がたった今、訪れたのだ。


(もっとも、『神門審判』が自ら結界の外へ出てしまうのは流石に想定外ではあったが――)


 ――今ならまだ、巻き返せる。

 

「――術式せってい遅延起動!」 

 この術式を起動させれば最後、後戻りはおろか、進む事さえ『設定使い』には出来なくなるだろう。

 だが、それでも構わない。『魔術』を発動させる事に恐れも後悔もなかった。



 何故なら『設定使い』は、己が意思を託すに足る〝希望〟を、既に見出していたから。



「――『須臾にして(トランス・サブマー)忘我に沈め(ジ/モーメンティ)、とこしえ(ア・プロミネンンツ)の時空神殿(・サンクチュアリ)』ッッ!!」



☆ ☆ ☆ ☆



 そして。

 ディアベラスやスネーク達が動き出すとほぼ同時。


 



「――術式起動、『惑星魔導五芒陣エナス・プラニティス・ペンタゴーノ』ッ!」





 パンドラの魔術も起動、発動する。





 



 クリアスティーナの座標書き換えによる空間転移。


 『設定使い』による『須臾にして(トランス・サブマー)忘我に沈め(ジ/モーメンティ)、とこしえ(ア・プロミネンンツ)の時空神殿(・サンクチュアリ)』。


 そしてパンドラの『惑星魔導五芒陣エナス・プラニティス・ペンタゴーノ』。

 


 空間に作用する三つの異なる異法則が、互いに互いを喰らい鬩ぎ合って、本来ならあり得ないような反応を見せて――




















「――『張り付け(ペースト)』ォッ!!」



 



 ――全てが混沌と溶けて吸い込まれるその寸前、懸命に叫び伸ばした少女の掌は、少年の身体を確かに捉えていた。

























 





 ……そうして、この地上から人類種と呼べる存在は跡形もなく消え去った。
































 ――光を感じた。



「……、朝……?」



 閉じた目蓋をこじ開けるように頭上で輝く照明の明かりに、目を覚ます。

 随分と久しぶりに開いたように感じる視界、飛び込んできたのは、見知らぬ木の天井だった。


「どこだ、ここ。俺は――」


 ――ごうごうと、静けさの中に風を切るような音と継続的な振動が響いている。

 部屋の隅にベッド一つと、戸棚一つあるだけの、小さな一人用の部屋だった。 

 飾り気が欠片もなく、質素でやや殺風景ではあるが、清潔さは保たれている。戸棚には花瓶がおいてあり、真新しく瑞々しい花が飾られていた。……誰かが毎日変えているのだろう。

 周囲の確認を終えるとベッドに横たわっていた上半身を起こして、右手を見つめる。自分の意思で、閉じるも開くも自由自在。間違いなく、この右手は自分の右手だ。それなのに……

 ……頭が軋む。

 びりし、と脳髄に亀裂が入るような鋭い痛みに顔を歪め、ベッドの上で思わず苦悶に身体を折る。

 思い出したくもない映像を何度も瞼の裏で再生し、落ちようとする意識に抗うように荒い息を吐き続ける。まるで、その苦悶を受け続ける責任が、自分にはあるのだと主張するかのように。

 そこへ――


 部屋の扉が開くと同時。――パリィン、と。陶器が割れるような音がした。


「……東、条くん……?」


 見知らぬ世界と繋がった扉の向こう。そこに立っていたのは、猫耳キャップを頭に乗せた、小柄な女の子だった。

 特徴的な黒と白の混じった(マーブル)ショートヘアー。まだ幼さの残る童顔に、ツンとした気紛れ猫のような凛々しく勝ち気な青い瞳が、じわり、じわりと潤い始めて――


「――東条くんっ!」


 落として割った花瓶を飛び越えて、少女――九ノ瀬和葉が脱兎の如き勢いで胸に飛び込んできた。

 反射的にその温もりを受け止めながら、


「良かったっ、本当に……良かった。ちゃんと目が、覚めたのね……」

「和葉……? これは、一体。それに、ここは――」

「――ここが何処だか、気になるかいね?」


 勇麻の胸に顔を埋めしゃくりあげる和葉に変わって、勇麻の疑問に答えるべく豪快な女の声が割り込んだ。

 そのド派手な橙黄オレンジ頭とやや擦れたハスキーな声に、酷く覚えがあって。


「アンタの疑問に答えてやろうじゃないか。お察しの通り、アンタがいるここは地上じゃない(・・・・・・)。アンタが乗ってるこの船の名は『逃亡者の尻尾(ラスト・カウンター)号』、突如として地上から姿を消しちまった人類、おそらくはその最後の生き残り共が集う泥船。『逃亡者の集い旗(エスケイプフラッグ)』とアタシら『虎の尻尾』が合同で動かす、空飛ぶ空中戦艦さね(・・・・・・・・・)」 


 虎の毛皮を肩に羽織りくわえ煙草をふかす豪快な盗賊団の女頭領ダニエラ=フィーゲルが、ワインボトルの中身をラッパ飲みしながら、そんな衝撃的な内容を笑って告げたのだった。




                       ――to be continued……

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