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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第六章 Ex 《接続章》 Re:starting reincarnation True hero ?  
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続・終話玖 最終決戦(中)――七つの厄災と世界の終わり/裁定の時来たれり ―人よ、今こそ希望を祈らん―:count 0

 ――完全敗北。


 それはまさに、そう呼ぶに相応しい光景だった。


 人類最後の希望達は皆地に堕ちた。

 スネークと南雲龍也を先頭に、シーカー達を打倒し大切なモノを守るべく立ち上がった神の能力者(ゴッドスキラー)達は、匣の乙女から世界に溢れ出した七つの影を前に成す術もなく敗北の汚泥に沈んだ。


 ――パンドラの詠唱ウタを合図とした開戦から全滅ここまで、僅か三十五秒。


 神の能力者(ゴッドスキラー)達を瞬殺してのけた『七つの厄災』は、既に次の標的であるスネーク達を取り囲んでいる。


 残った戦力は、僅かに三人。

 対して敵はその戦力をさらに増やしその数は十一。

 多勢に無勢。

 しかも単純な量だけでなく一人一人の質すらも、総合的に見た場合相手側に上回られているという絶望的な状況。

 仮にこのうちの幾人かを倒す事が出来たとして、敵の首魁である『探求者』には届かない。

 

 

 この結末は勝利の既知だと告げるシーカーの言葉通りに、スネーク達の敗北は既に揺るぎなく確定してしまっているようにも思える。


 だが、 



「……スネーク。予定通り『特異体』は俺がやる。アンタは手を出すな」

「おいおい、相変わらず無茶を言うなお前さんは。こんな時まで見栄を張る必要はねえってのに……龍也ボウズ、勝算はあるのか?」


 この期に及んで軽口を叩きあうような会話があった。

 気の置けない戦友どうしのような、それでいてもっと近くて、もっと遠いような不可思議な関係が両者の間にはある。本来であればもっと別の、もっと正しい形で関わり合えたかもしれない男と少年は、けれどもそんな自分たちの在り方に、どこか誇りを覚えているようですらあった。


「そもそも必要がねえ。……そうだろ?」


 己と、そして大切な者達の生死を分ける選択であるにも関わらず、逡巡すら見せぬその即答に、スネークはふっと脱力するように笑って、


「……いいだろう。残りは全部俺達で引き受けてやる。役目を果たしてこい。――『設定使い』!」

「一々指図されずとも分かっている! ……蛇!! 六〇〇秒だ。六〇〇秒持たせろッ! それでどうにか形にしてやろうともッ!」



 まだ。彼等は、



「――了解だ」



 欠片だって勝利への道を諦めていなかった。


「――行くぞ、『特異体』」

「――能力設定:神の力(オリジン・スキル)聖なる王者サンクトゥス・レガリア』。守護聖王結界四重展開ッ! ――追加設定:神の力(オリジン・スキル)疑似(フェイク)星の管理者権限(マスター・キー)』! ――術式設定:『須臾にして忘我に沈め、とこしえの時空神殿』構築開始……………………」

「――だッ、らァああああああああアアアアアアアアッッ!!」



 何も終わってなどいない。


 そう吠えるかのような裂帛の気合と共に迸る拳の一振りが大地を割り、齎されたその破壊に紛れる形で三者はそれぞれの役目を果たす為に散開する。


 魔力を込めず、その怪物めいた身体能力に任せたスネーク全力の一撃は、地面に直接触れるその前に、拳に押し出され先行した空気の圧のみでクレーターを作りあげる。直後、叩き付けられる拳によって直接的な破壊が齎され、一気にクレーターと吹き荒れる衝撃波の規模を拡大させていく。


 叩き付けた拳――爆心地中央からドーム状に拡散する暴風の如き衝撃波、そして吹き荒れ撒き散らされる大小様々な砕けた大地の破片の散弾に、スネークを取り囲んでいた人影がひとたまりもなく木の葉のように吹き飛ばされていく。


 ――スネークの全力の拳撃による風圧を耐え忍んだのは僅かに一人。


 抉れたクレータの中、淡い光を放つ薄緑の長髪を風圧に靡かせ、背中の突起のような翼をまるで錨のように大地に突き刺し踏みとどまった、天使のような女。

 顔の前で十字に腕を交錯させ、スネークが力技で巻き起こした暴風にも表情一つ動かさなかった彼女に、スネークは思わず笑みを引き攣らせた。


「……お嬢さん、アンタ――他の連中とはなんか雰囲気が違うな……その異形の翼、まるで天使――」

「――対話、拒絶。『憤怒』……実行!」


 ゴッッ!! 暴風そのものを引き連れて、クレーターをさらに蹴り砕き射出された女の身体が瞬時のうちにスネークに肉薄した。

 発言内容とは裏腹の無表情のまま、己の標的目掛けて拳を振り下ろしその『憤怒』を実行せんとする。


 天風楓が見る事も叶わなかったその神速烈風の挙動に、しかしスネークは完全に対応していた。

 迷いなくスネークの顔面を打ち砕こうとした女の拳を、スネークの右の掌が完全に受け止める。

 ビリビリと痺れる掌を通して伝わる拳の威力に、スネークは感心したような声をあげて、


「この俺に正面切って肉弾戦挑むとは、いい根性してやがる。だが――甘い……!」


 文字通り世界最強の膂力で掴んだ『憤怒』の細腕を手前に引き寄せると、その勢いを利用して女の鳩尾に左の掌底を叩き込む。『憤怒』は咄嗟に膝頭でそれをガード。衝撃波が弾け、砂埃が舞い上がる。しかし押されているのは女の方だ。

 スネークの一撃を防ぎきるも、片膝をあげた片足立ちの状態で攻撃を受けた為、衝撃に耐えきれず女は完全にバランスを崩してしまう。


 生じた隙をスネークが見逃すはずもなかった。


 今度は掴んだ腕を強く押し出す。後ろに仰け反り、体重の掛かった両脚に足払いを掛ける。

 両脚をごっそりと刈り取られた女の身体が宙へ投げ出され、スネークはその場で跳躍。

 足を振り子のように回し遠心力で自らに横の回転とひねりを加えたアクロバットなボレーを叩きこむ。直撃を喰らった女が吹き飛び、その肢体は砲弾と化し、スネークの視界から瞬時に消え失せる。


「ねえ」

「!?」


 ――着地と同時。息つく暇もなく背後に気配。幼くも致死を内包したその声に、咄嗟に聴力を自らの意志で強引に遮断しようとして、

 

「――なあ。それは流石にどうかと思うで? 幼気な女児が懸命に勇気をもって質問しようとしてるんに、いい歳したオッサンが耳塞いでシカト決め込むっちゅうんはさ。ジブン、流石に『傲慢』が過ぎるんと違うか?」

「……チッ」 


 心の底からの舌打ち一つ。聴覚遮断そのものを封じられたスネークは、咄嗟に方針を変更。

 眼前に現れたエセ関西弁の粗暴そうなツーブロック頭を巻き込む形で、背後の敵諸共竜巻のような回し蹴りでの粉砕を狙う。

 

「――おっと、おっかないやっちゃのう」


 エセ関西弁ことマクシミリアン=ウォルステンホルムは、にやにやとした笑みを張り付けたまま素早いバックステップを踏み紙一重で暴風域から逃れる。

 黒い竜巻と化したスネークの回転が巻き込んだ風が、彼の頬を浅く切り裂き、ピッと血が飛ぶ。だがそれだけだ。……構わない、元より狙いはより危険な背後の敵だ。


 しかしその肝心の標的は、大木を振り回すようなスネークの豪快な回し蹴りを死んだ魚のような茫洋とした黒瞳でぼうっと見つめ、防御も回避もしようともせずに棒立ちのままに突っ立っている。

 まるで現実と夢の区別もついていないようなその幼い虚無の瞳に、しかしスネークは迷いを振り払いそのまま右足を蹴り抜こうとして――


 ――その頭蓋を吹き飛ばす寸前、ある事に気付いたスネークは振り抜かんとしていた右足に急制動を掛けた。

 少女の鼻先僅か五ミリにスネークの踵が突きつけられる。寸止めした蹴りに、回転に巻き込んでいた風が解けて風圧となって吹き荒れた。幼い少女がその身に軽く巻いただけの襤褸切れが、風にふわりと持ち上げられて舞い上がる。


「――ッ、お前。その腹は、まさか……」


 襤褸切れに隠れていた身体のラインが露わになり、それを見てしまったスネークの瞳が大きく見開かれて動揺に揺れ動く中。




「ねえ。おじさん。おじさんは、あのおにーさんのことを『愛死輝ル?(・・・・・)』」




 ゾッッ、と。スネークの背筋が一気に逆立った。


 怖気の走るあまりにも悍ましい干渉力を籠めた『言霊』を何の躊躇いもなくぶつけられ、スネークは中断していた回し蹴りを、その人外の筋力任せに強引に再開。

 急加速を得て頭部を打ち抜くはずの蹴り足は、しかし何の手応えも捉えない。直撃の瞬間に空間転移で躱されたのだ。


 自分の甘さに、またもすべてを台無しにする所だった。もし彼女が質問を間(・・・・・・・・・)違えていなかったら(・・・・・・・・・)、今のやり取りで敗北が確定していたかもしれない。


「……『設定使い』を愛してるかとか、冗談でもそういう気持ち悪い事聞くんじゃねえよ、ったく……ッ!」


 蹴り足を振り抜いた直後だった。殺気を感じ取って、ぐるんっ! と勢いよく振り返ると同時、腰の捻りを加えて撃ちだしたスネークの拳と、速度と勢いを乗せた女の拳とが真っ正面からぶつかりあった。

 涼しげな無表情が、再度スネークの視界を埋める。


「……またお前さんか。いいぜ、なら気が済むまで相手になってやろうじゃねえか……!」


 『肉体』を司る特異体である自分に、あれだけやられてなお肉弾戦を挑んでくるその心意気は嫌いじゃない。

 ならばとことん付き合うのが礼儀ってもんだとばかりに、スネークは楽しげに笑みを引き裂き、繰り出される拳の連打に同じく拳で応じる。


 綺羅星の弾けるような刹那の瞬きが連続する。


 超速で繰り出される拳と拳、その衝突の衝撃に周囲の雨粒が弾けていく。

 世界に『神秘』が取り戻された事で両者から滲み出る『神性』が可視光となって、弾けた雨粒を光で照らす。雨粒は光を反射し刹那の輝きとなって、拳の応酬を続ける両者の間でシャボンのように刹那に弾けて消えていく。

 まるでそれは、美しくも無慈悲な命のやり取りそのものの輝きであるかのようだった。


 殴る。蹴る。穿つ。打つ。砕く。破壊する。骨が砕け肉がひしゃげる音が響く。原始的な暴力でしか解決を知らぬ愚か者たちの、血を撒き散らす野蛮な戦いが続く。

 右のストレートを首を振って躱し、カウンターの一撃をその顔面に叩き込む。腕で防ぐ、身体を逸らして躱す、逆にガードの上から殴りつける。

 拳を拳で迎撃し、衝撃に両者弾けるように後ろへ後退。生じたスペースに勢いよく踏み込み、さらに体重を乗せた一撃を叩き込む。

 無表情のまま必死に喰らい付いてくる『憤怒』の女との激しい乱打戦インファイトを演じながら、遠距離よりいやらしく急所や死角を狙って飛来する光の矢を〝気合〟――要するに魔力の体外放出――で全弾撃ち落とし、そうして『憤怒』との決着を付けようとして――


「――『突き立て、その嫉(エ・スイェシ・)妬と憎悪は刃の如く(ギア・ナ・カラータ)』」

「ごっ……ぶっ、……ッ!」


 ――聴覚に訴える言葉だけは、咄嗟に躱しようがない。

 『憤怒』との乱戦中に不意に耳朶を打った呪いの言葉に、スネークが吐血する。

 むせ返り、繰り出す拳が鈍って僅かに狙いが逸れた。カウンターを狙っていた『憤怒』の拳が今度こそスネークの顔面を強かに打ち据え、世界最強がたたらを踏む。


「――そんなんで隠してるつもりなんだ? いいんじゃないの? 別に。憎悪が原動力じゃないって言い張るなら別にそれで。崇高な正義とやらを振りかざしていればいいんじゃない? ……でも、そうやってイイ子ちゃんぶられると、まるでワタシが醜いみたいじゃない? ワタシが嫌なヤツみたいじゃない? ふふ、ふふふ、うふふふふふふふふ!! あぁ、ダメね。ダメよね、ダメなのよ。ワタシよりも愛される、そういう在り方はダメだわ。殺さないと、気が済まない。許せない。許さない。だって貴方は貴方みたいなやつがいるとワタシはワタシがワタシを誰も誰も誰も愛してくれなくなるからだからあああああああああああワタシはあの女(貴方)を殺さなきゃ……!!」

「――だから、甘いっつってるだろうがッッ!」


 気狂いしたような笑みを張り付け飛び掛かってきた金髪の女を右の裏拳で薙ぎ払い、その隙に差し込まれた顎を狙った『憤怒』のハイキックを見もせずに左腕で受け止めて、漁夫の利を狙い背後から迫るマクシミリアンと大口を開けた貴族の男とを、全力の震脚で足元の地面を爆散させて、大小礫の散弾にてまとめて吹き飛ばした。


 その際、僅かに対応が遅れ、貴族の大口に右肩の表面一センチ程を喰い削がれる。痺れるような痛み。だがそれ以上に、魔力をごっそり持って行かれた感覚がある。

 これまで、シーカーの一撃でしか血を流さなかったスネークが、立て続けにダメージを受けて血を流していく。

 それは、厄災の贈り物(パンドラ)から生じた七つの影が、それだけ厄介な相手であるという証明でもあった。


「悪いが、こっちも余裕がねえもんでな……!」


 スネークに真っ正面から乱打戦インファイトを挑み続けた『憤怒』の女は、震脚の衝撃で怯んだ隙にその胸倉を右手で掴み上げ、そのまま片手一本背負いの要領で地面に叩き付けた。さらに胸の中心に足裏を全力で振り下ろして完全に意識を奪う。

 女の肉体を伝播して大地が数十センチ陥没し巨大な罅割れが走る威力だ。いかに身体機能に特化したタイプだろうとしばらくは起き上がれないだろう。

 次は――


「――んんホォオオオオオオオオオオオオオオオオああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!? こッ、これはこれははこれはぁあああああああああッ!? 世界三大珍味など目ではないであろう、伝ッ説クラスの超珍味ッ!!! ……と、ととっ、『特異体』の生刺身ィぃィイイイだァアアアアアアア!!?? し、新鮮ッ、まるで削ぎたてほやほやを産地直送したかのような新鮮さというかまさにィぃイイイイ産地直口ッ!! 僅か一口含んだだけで溢れんばかりの『神性』が。あ、口の中でホロリ、ホロリと!! ホロリとンン溶けてぇああええええええええエエエエエエエエエエエエエエエッ、えいえん! 永遠を! この私に永遠ンを齎さんんとしているゥウかのようだッッッ!!? 一口齧れば不老不死も夢でぇはないと言われるのも、あ、納ッ得の濃ッ厚さがごるごんぢょあッ!!?」


 乱打戦インファイトにケリを付けた後、踏み砕いた地面の散弾に吹き飛ばされ転げ回りながら恍惚に浸る変態貴族をスネークはすぐさま追撃。

 瞬きも許さぬ刹那に肉薄すると、己の肩を喰らった変態貴族を殴り飛ばし瓦礫の中に沈め、スネークは疲れを感じさせる吐息を吐く。

 

「……人様の肉の味を本人前にして実況してんじゃねえや変態貴族。何が不老不死だ、だいたいお前さんも似たようなモンだろうが」

 

 肩を喰われたのが頭に来たので、しっかりと、それなりの魔力を籠めたそこそこ全開の一撃だ。これであの貴族モドキもしばらくは復活しないはず。


 ……これでようやく二人。


(……あの変態貴族の仕業か、魔力の消費が想定外に大きい。どいつもこいつも搦め手に色々と振ってる分厄介だな……)

  

 荒く息を吐きながら、スネークは態勢を整えるために大きく後ろへ飛び退き、『三本腕』の相手をしつつアリシアの護衛にあたる『設定使い』と背中合わせに、叫び散らすように戦況を確認し合う。


「――まだかッ、『設定使い』!?」


 スネークも、ただ闇雲に何の目的も勝算もなく戦っている訳ではない。


 一見打つ手などないようなこの最悪の事態に、しかしスネークは勝機とも呼べぬ微かな希望を見出している。


 元より、スネークは『探求者』の計画を止めるうえで『探求者』の計画には幾つかの段階がある事を想定していた。


 計画初期段階の『フェーズ:グリーン』。計画中期の『フェーズ:イエロー』。計画終盤の『フェーズ:レッド』。


 それぞれの段階ごとに起こり得る複数ケースを想定し、それら無数の枝分かれ分岐する状況に対する対応策も一通りはマニュアルとして定め、『設定使い』などを含む複数の仲間と共有している。

 ――例えば、南雲龍也の『再臨』。これは、『フェーズ:レッド』に突入するまでに、東条勇麻が人類の『希望』足り得るか否かを試したうえで、その結果が芳しくなく、かつ時間的な制約において他に取り得る手段がないと判断された場合においてのみ選択される、最後の手段のようなものだった。

 ……もっとも、上記の南雲龍也の例を見て貰えれば分かるように、あくまでこれは不測の事態を前にした際に向かうべき方向性を見失わない為の道標に過ぎず、実際は状況に応じて細かい部分を調整、修正、もしくは大幅に変更するなど、より臨機応変で現実的な対応が求められることになる。


 そして今現在、既に『探求者』の計画は『フェーズ:レッド』。計画終盤、それも後一手で全てが終わる最終段階へ達しているとスネークは判断していた。

 それも考えられる中でも最悪のケース。東条勇麻は『希望』として機能せず、『再臨』した南雲龍也ですら状況の打開に至らない可能性が高いパターンだ。

 

 今、スネーク達が実行に移そうとしているのは、『フェーズ:レッド』におけるケース13が発生した場合の対応策。それを、現状に合わせてより最適化した文字通りの『切り札』だ。

 『設定使い』の力を借りて準備を進めているその一手こそが、今のスネークが命を賭けるべき最後の『希望』そのものだった。


「……時間がねえ。これで間に合わなかったら全てが無駄になっちまう。必要最低限でいい。とにかく、今は〝繋ぐ〟事だけを考えろ」

「――っ、分かっている。あと少し持たせろッ! あと少しで基礎構築せっていが終わる。手の込んだ術式だ。途中で手放せば、再構築の設定じかんはない!」

「まあ俺はまだ何とかなるが龍也は……龍也ボウズの方はどうなってる……?」

「……貴様も貴様で大概だが、あちらも信じられんよ。『特異体』を相手に善戦しているとも、あの『英雄』は。しかし――」

「――決定打に欠ける以上、そう長くは持たない、か……どうにか援護に行ってやりてえもんだが……」

「また来るぞ蛇! 防壁は張ってあるが、『七つの厄災』相手に凌ぐ自信はない、私と巫女を死ぬ気で守れ……!」

「……チッ、こっちを切り抜けねえ限り加勢もくそもねえか。クソッタレどもめ……!」


 毒を吐きながら『特異体』は拳を握り固め、再び自身を待つ血みどろの戦場へと帰還していく。



 最後の希望を掴むために、己が身を擲っての時間稼ぎの戦いへ。



☆ ☆ ☆ ☆

 


 絶体絶命の圧倒的窮地。つまりは一寸先すら見通せない最低最悪の『絶望』の中でこそ、最もその命の光を輝かせる存在――それこそを人は『英雄』と呼ぶ。









「――は、世界を終わらせる者。手中に収めるは万能の可能性オワリ、されど可能性キボウ一点ハメツへと収束し、はこれをもって三千世界へ厄災オワリを齎さん――」


 ――少女の掌を中心に、世界に罅割れが走った。x軸、y軸、z軸の三方向に、それぞれ碁盤の目を引くように真っ直ぐなラインがウェーブのように空間に伝播して果てなくどこまでも広がっていく。

 三次元的な罅割れは規則正しくそれぞれの直線が直角に交わって立方体を形成すると、ボロボロと剥がれて落ちて雨空色のキューブとなって、少女の掌に収束していく。立方体が剥がれ墜ちた個所は、まるで何事もなかったかのように雨空色のふりをしていた。


 そうして少女の掌の上にぽつりと残った無色透明の立方体。それこそが、彼女の魔術の真髄。

 あまりに巨大過ぎる魔力を制御する為に、わざわざ無限の可能性から一つを抽出する、という形を取らざるを得なかった厄災の贈り物(パンドラ)固有魔術オリジン


 『万能の匣』が開かれる。


「……万能の匣(パンドーラ)解崩アニグマーデ……」


 一つ、二つ、三つと。少女は解崩の起句と共に次々と新たな匣を開いては異なる可能性を顕現させ、あらゆる方法で『英雄』の命に破滅を齎さんとする。


 ……ある時は致死の雷の雨。誰もが慣れ親しんだ雷雨という意味ではなく、雨のように降り注ぐ幾億もの雷の意での雷の雨が頭上を埋める。

 

 ……ある時は冥府の番犬。死者を許さぬ三つ首の魔獣をこともなげに召喚する。『再臨』した存在である南雲龍也を、再び冥府に引きずり込まんとする。


 ……またある時は狙い違わず命を打ち抜く不可避の神槍。投擲されると同時に槍は複数に分岐し空間を埋める死の槍衾と化す。まさに必殺と呼ぶべき神の一投が、その息の根を止めるべく寸分違わず『英雄』の心臓へと飛来する。



 匣より展開されるは命を摘み取る無限の可能性。

 一度でも判断を誤れば即座に致命を被るその猛攻を、しかし『英雄』はその力を駆使して全てを潜り抜け耐え凌ぎ続ける。

 

 億の雷を害意ある敵――『悪』であると認識し右腕の一振りでその悉くを殺し尽くし、冥府の番犬の牙を強化された身体能力で掻い潜り、その眼力で真贋を見抜くと神を否定する銀の左腕で真の神槍を受け止め折り砕く。

 判断は一瞬、決断は神速、行動は迅速、絶望など絶無。

 萎えることなき憎悪と殺意を闘志に変えて、『英雄』は『特異体』と渡り合う。


 休む間もなく連続で放たれる一撃必殺と、それによって齎されるハズだった死を徹底的に殺す『英雄』。そんなギリギリの攻防が何十と繰り返されて―― 





「……驚きじゃ。妾の『万能の匣(パンドーラ)』をここまで凌ぐか、『英雄』」





 ――先に根を上げたのは、意外にも厄災の贈り物(パンドラ)の方だった。

 いや、根をあげたというのは正確ではない。パンドラの性格を考えるなら、単調な攻めに飽きが生じてきて、逆にその全てを受け流し躱し続けた南雲龍也にようやく興味を抱き始めた、と言った所だろうか。

 要するに超常存在特有の傲慢からくる気紛れだった。 


 だが、パンドラに興味を抱かせた南雲の奮戦ぶりは、やはり彼の『英雄』としての規格外さの証明でもあるのだろう。

 ――五分三十五秒。

 南雲龍也がたった一人で『特異体』を相手に戦い、そして致命傷すら負わずに生き延びている時間だ。

 現在もリアルタイムで記録を更新し続けているこの時間は、対『特異体』戦における人類の戦果として、これだけで表彰モノじみた異例の快挙にあたるものだと言っていいのだから。

 しかし南雲龍也は『英雄』。『特異体』を相手にただ生き残っただけでは話にならないのもまた事実。彼は倒さねばならない。この美しい少女の形をした『悪』を。

 絶望と悲劇に終わりを齎すものとして、憎悪と殺意の連鎖の果てに世界に産み落とされた者として。

 その『正義』を、成さねばならない。


 掌に浮かべている無色透明の立方体『万能の匣(パンドーラ)』を弄びながら、苛立ち半分感心半分といった声をあげるパンドラに、南雲は一歩。言葉でもってもう一段深い死地へと踏み込んだ。


「どうした、『特異体』。もう終わりか? 安全地帯からこそこそと狙い撃ちするのがお前の限界なのかよ?」 

「……なんじゃと?」

「もしこれが限界だって言うなら――お前に俺は倒せねえ。その高見でせいぜい驕れよ、癌細胞。正義はお前の喉元に、いずれ刃を届かせる。その時がお前の敗北だ」


 こちらを睥睨するかのように宙に浮かぶパンドラと、微笑を湛えながら佇むシーカーを同時に視界に収めながら、銀色の左腕をだらりと身体にぶら下げた南雲龍也は口元の血を拭い不敵な笑みを浮かべる。

 

 パンドラの齎す死を完全に回避してのけた『英雄』ではあったが、それでも無傷とはいかなかった。

 パンドラの破壊によって削られ飛び散った砂礫の破片に運悪く左肩を穿たれた南雲の『銀の腕』はダラリと力を失って垂れ下がり、衝撃派に叩かれる身体は体力の消耗も激しく吐く息には血が滲んでいる。

 細かな裂傷をあげればきキリがない程に『英雄』は傷だらけだ。


 しかし、プライドが高く己以外の全てを見下しているパンドラからしてみれば、如何に手加減をしているとはいえ遥か格下の下等生物である人間如きに致命傷一つ与えられず、かつその結果を嘲笑われ侮辱されるという事そのものが、許し難く耐えがたい羞恥そのものであるハズだ。

 南雲の言葉に、パンドラの中にあった南雲龍也に対する興味も感心も、その全てが激情の炎へとくべられていくのが分かる。


 苛立たしげに眉間に皺を寄せ、瞳をより鋭く攻撃的に細めていく彼女の身から、毒霧じみた紫色のオーラが漂い始める。

 パンドラから遊びの色が消えていく――


「――敗北、じゃと? この妾が? 貴様のような人間風情にか?」

「ああ、お前は負けるさ。お前が蔑み侮るたかが人間風情にな。それに、お前は恐れているんだろう? あれだけの可能性を尽くして俺を殺せなかった事が、お前は恐ろしい。だから俺みたいな人間風情に興味を持ち、話しかけた。知ろうとした。知らないものは、『未知』は恐ろしいからな。……違うかよ、『特異体』」

「……知ったような口を聞く愚物じゃ。妾が貴様に恐怖しているじゃと? カカッ、妾の慈悲で生かされている分際で、思い上がりも甚だしいわ。あまりに馬鹿馬鹿しくて、まともに相手にする気も起きぬわ」


 パンドラが加減をしているというのは紛れもない事実だ。思い上がりも甚だしいというその言葉も、間違いではない。確かに南雲はパンドラの万能の匣(パンドーラ)による無限の死を潜り抜けたが、それだけだ。目醒めたパンドラに未だ傷一つ付ける事すら叶わない。実力差は歴然だ。


 彼女にはまだ余裕がある。

 己の絶対的な強さへの自負、存在としての格の違う存在であることへの自尊、人類などという存在とは一線を画する超常存在、世界の支配者としての自覚。

 それらがあるからこそ、南雲の度を過ぎた見当違いの暴言に逆にシラケたように鼻を鳴らす。

 己を侮辱する南雲に対する怒りも殺気も感じるがまだ弱い、足りないのだ。


 絶対的な余裕を突き崩すには、もっと致命的な破滅が必要だ。

 だから。


「……まともに相手をする気も起きない、か。なんだ、やっぱり怖いんじゃねえかよ」

「………………。妾は寛大じゃ、故に今は許そう。じゃがその口、次は潰すぞ」 


 だからこそ。


「お前の恐怖の理由を、俺を殺せない理由を教えてやるよ、『特異体』。それは俺が『英雄』だからだ」


 本気の最後の忠告だった。

 それを無視した。超常存在からの好意を蹴り飛ばして唾を吐いた。


 南雲龍也は不敵に不遜に傲慢に、絶対たる厄災の贈り物(パンドラ)に対して正義の勝利を宣告する。



「……希望は潰えねえ、潰えちゃならねえんだよ、絶対に。世界に求められる役割が、英雄おれおまえじゃ根本から違ってるんだ。〝お前は俺が倒すべき悪だ〟。――いい加減気付けよ端役、お前は、敗北する為に此処にいる……!」



 返ってくる声はない。沈黙が場を貫き、痛いほどの静寂が両者の間をしばしの間支配する。

 ビリビリと、無言に佇む『特異体』の少女の身体から、『神性』を孕んだ壮絶な怒りと殺気が可視化され、毒霧のような紫色のオーラとなって煙のように立ち昇っていく。

 そんな彼女の変化を誰よりも間近で目にしながら、南雲は少女の矮躯から漏れだす干渉力の量から垣間見える、その底なしの干渉力の凄まじさに、内心畏怖を覚えていた。

 

(……ここまで底なしかよ、『特異体』。その気になれば地球を瓦割りできる、とか言ってやがったスネークの冗談が冗談に聞こえなくなってくるな……)

 

 そんな凍り付いたような時の流れを破局したのは、意外な事に怒れる『特異体』の少女の笑い声だった。

 


「……くくっ、くかっ! くかかかかかかかかかかかっ!! 面白い。あぁ、貴様は中々に面白いなぁ、『英雄』よ。この妾と対峙して、これだけ足掻いた愚物は半端者の愚弟を除けば貴様が初めてじゃ。ましてや、忠告を無視してまで妾を何度も侮辱するその度胸、末代まで誇るが良い。じゃが――」



 心の底から愉快そうに、ケラケラと腹を抱えて笑う厄災の贈り物(パンドラ)の笑みが、



「――たかが人の分際で妾を愚弄し刃を向けたその罪、万死に値する……!」



 刹那、世界を破壊せんばかりの激怒に塗りつぶされた。

 


 ――と思った瞬間、南雲龍也の左隣に既にその『特異体』の姿がある。

 空間転移――ではない。タイムラグゼロの、まるで初めからそこにいたかのような時空の断裂の正体は、可能性の抽出。

 パンドラがその座標に存在するという可能性を掴み取り、現実をそう書き換えたのだ。


(――来たか……っ!)


 ……今までのパンドラの戦い方はいわば固定砲台から凶悪な破壊を放ち、眼下の雑魚がいつ潰れるかを眺めて楽しむ子供の児戯のようなものだった。

 だが、今の彼女はもう児戯に興じるつもりはない。

 下等な人間の分際で己を侮辱した不敬な反逆者に、己との格の差を思い知らせんとしている。

 本気だ。本気の殺意。南雲がそうさせた。そう、誘導した。


 ……始まる。今までのようなお遊びではない。

 可能性を捻じ曲げ、法則を無視して、結果さえも書き換える得る反則そのもの。無限の可能性を内包した超常存在との、超高速機動戦闘が。

 超火力を避け続ければいいだけの先までとは次元が違う。目にも止まらぬ超高速戦闘に対応しながら、刹那にねじ込まれる触れれば必死の一撃必殺にも応じなければならない、正真正銘の地獄が。


「――あれだけの大口を叩いたのじゃ、一撃で死んでくれるなよ。『英雄』……ッ!」


 左腕を負傷している南雲にとって死角にあたる位置より、無限を内包する少女の魔手がゆらりと迫る。

 触れれば最低死は免れず、おそらくは死よりも壮絶な地獄が秘められているであろう魔の手。しかし、虚空を割るどころか可能性を改竄したパンドラの出現に、人間の神経伝達速度ではとてもではないが間に合わない。

 光速すら問題にならない、時を殺す肉薄からの一撃に、『英雄』南雲龍也は成す術もない――



 ――ハズだった。


「なっ」


 完全に南雲の虚を突いたはずのパンドラの奇襲が、伸ばした魔の手が、閃くように動いた〝動かないハズの『銀の腕』〟によってあっけなく弾かれた。

 美しい少女の顔に驚愕を浮かべフリーズする『特異体』を、振り返る際の腰のひねりを加えた全開の右の拳で殴り飛ばそうとする『英雄』。しかし放たれた拳はパンドラの柔肌を完全に覆う極薄かつ最強の魔力防壁に阻まれて――




 ――刹那。赤黒いオーラが瞬い(・・・・・・・・・)()かと思うと、南雲の拳がパンドラの魔力防壁を木端微塵に打ち砕き、厄災の贈り物(パンドラ)を守る全ての権能、恩恵、魔力、魔術、それらを貫通してパンドラの素の肉体に、全力の拳が直接叩き込まれた。


 南雲の拳がパンドラの顔面に突き刺さり、時が止まったような錯覚。

 スローモーションな世界の中で、その拳を通じて運動エネルギーの全てがその小さな身体に伝播して行って――世界が正常な時間を取り戻し、吹き荒れる拳圧と共に、パンドラの肢体が拳に押し出され面白いくらいの勢いで吹き飛び、水きり石のように地面を高速で跳ね飛んでから瓦礫の山を一つ粉砕した。


 拳を振り抜き残心もそこそこに、南雲はふくらはぎに力を集約し地を爆発的に蹴り疾駆。

 常人が見れば地面が弾けるように爆散し、その姿が瞬時に掻き消えたようしか見えないであろう霞むような速度で、瓦礫の山に埋もれているであろう『特異体』へと追撃を掛けんとする。

 容赦なく拳を振り上げ、どこにいるかも分からない少女を瓦礫ごと押し潰して更地にしようとして――背後。口元から血を流し悪鬼の如く激情するパンドラが、無防備な背中目掛けて掌を翳している。

   

「吹き飛――」


 ――振り下ろした拳の勢いのまま南雲龍也の身体が風車のように縦回転。その場で前宙をすると同時に斬撃の如く斬り上げられたその踵が、各種防壁を貫きパンドラの顎を痛烈に打ち上げた。

 赤黒いオーラの明滅に、飛散する血の赤と驚嘆混じりの悲鳴があがる。


「がッ、なぁば……ッ!?」

「雑だ」


 ――文字通り、一蹴。

 着地と同時に振り返り、空中に跳ね上げられたパンドラをそのまま右拳で殴り飛ばそうとしてその姿が掻き消える。

 右斜め後方、首を刎ね飛ばさんとその右手より真っ直ぐ伸びる不可視の空間切断の剣を、南雲は勇気の拳(ブレイヴハンド)の身体強化上限を無視した全力回避で髪の毛数本を犠牲に必殺の斬撃を躱し切る。

 その際、右足が付加に耐えきれず内側から爆発し弾け飛びかけるが、肉や血が完全に肉体から分離するその寸前に〝力を切り替え〟『独善なる慈愛プローフィ・ア・フェクト』によって瞬時に壊れた右足を完全回復。

 まるで時間が巻き戻るように修復された右足で再び大地を踏みしめると、何も見ずにその場で無造作に拳を振るう。


 今の南雲の『正義叫ぶ断罪の拳ヘルト・シャルフリッター』にパンドラに対する殺傷能力は無い。

 ただそれでも、目視の必要すらなく対象の悪へ対する憎悪を媒介に直接エネルギーを叩きつけるその一撃は、撃ちだす瞬間よりも拳を引き戻すことに重きを置くボクシングのジャブのように、十分以上に牽制になる。

 南雲を遠距離から致死の弾幕で吹き飛ばそうとしていたパンドラの行動がその一撃に阻害されワンテンポ遅れる。

 牽制で相手の動きを鈍らせている間に〝力を切り替え〟、再び勇気の拳(ブレイヴハンド)によって得た超加速によって、触れるだけで魂が世界から消し飛ぶ極大のエネルギー砲の束から間一髪逃れると、ザリザリッ! と足裏で地面を削る急ブレーキで身体の向きを変え、翳した掌から紫色の残光を今なお迸らせるパンドラと二十メートルほどの距離を取って対峙する。


 パンドラは、荒く息を吐き口元の血を拭いながら、怨みの籠った目で南雲を睨み付けて、


「貴様、その左腕。動かぬのではなかったのか……」


 パンドラの問いに、南雲は肩を竦める。常に余裕のない限界ギリギリの戦いをしている事を悟られぬよう、尊大に、不遜に、その立ち姿に余裕を纏い、何故こんな簡単なことも分からないのかとパンドラに対する嘲笑すら浮かべて答える。


「雑なんだよ、お前。晒した弱点をあからさまに突こうとしてる馬鹿がいりゃあ、当然狙うに決まってんだろ」


 飛び散った瓦礫の散弾で肩を抉られ、左腕が動かなくなったのは事実だが同時に演技だ。

 パンドラは世界を容易く滅ぼせる壮絶な力に反比例して戦闘経験が浅い。故に、わざとらしく晒した弱点に喰い尽くであろうことは容易に推測できた。

 可能性を書き換える反則じみた転移方法は、確かに目で見てから反応していたのでは人間の神経伝達速度で間に合うものではないだろう。

 だが予測できていればこれも話は違う。相手が飛び込んでくる地点に、地雷を設置するような感覚で拳を置けばそれでいい。

 

 後はパンドラに気付かれぬよう攻撃に転じる直前に『独善なる慈愛プローフィ・ア・フェクト』で傷を癒せばそれでいい。心臓を握りつぶされた勇麻の時のように血肉ざいりょうさえ大幅に失わなければ――対象に対する南雲の感情に大きく左右されるもの――負傷を瞬時に完全回復できる南雲にとって、その程度の細工は難しい事ではない。


「……いや、違う。そんな事は最早どうでもよいのじゃ……! それよりも貴様、妾の『魔力防壁』をいとも容易く突破したその力は一体……」


 だが、それだけではこの結果は生まれない。怒りと驚愕に震えるパンドラが言うように、最大の異常はそこにはない。

 そもそも、南雲龍也の拳打にパンドラがあたりまえのように唇を切って、あたりまえのように血を流している、この状況そのものに説明がつかないのだ。


 『神秘』を司る『特異体』であるパンドラは、三柱の中で最も『魔術』の扱いに秀でており、誰よりも高い『魔力』を持っている個体だ。シーカーよりも高い『神性』を有していると言われる所以も、その比肩する者無き桁違いの『魔力』にこそある。

  

 破壊の傍から肉体を再生させたり事象を回帰させたり固有魔術オリジンを用いて無効化、または『神性ディヴィニータ原典(:オリジン)』によって死を絶対的に回避する、など、どちらかと言えば特殊な絡め手寄りの『無敵』を誇るシーカーとは些か方向性が異なり、強力な『魔力』を有するパンドラはもっとシンプルに真っ当に強い。


 彼女が常にその身に張り巡らせている極薄の魔力の膜――『魔力防壁』は極めて強固で堅牢で、仮に、シーカーを吹き飛ばしかけた神の子供達(ゴッドチルドレン)の三名による全力連携攻撃を真っ正面からパンドラに浴びせたとしても、その撃破は難しかっただろう。


 最大の決め手となるディアベラスの『運命の悪魔は(ソルス・ディアブロ)宣告する(・プロフェシオ)』が、全身を自身の魔力でコーティングしているパンドラには通用しない可能性が高い事は勿論。『魔術』を用いて特別な対応をするまでもなく、その身に張り巡らせた『魔力』だけで天風楓の『嵐撃終焉コントリッチオ・テンペスト』とクリアスティーナの『空間圧搾フランジット・トラクトス』を受け切る事が出来るだけの地力が彼女にはあるのだ。

 おそらく、彼女がその身に纏う魔力防壁は、単純な硬度だけでいえばクリアスティーナの『次元障壁ラ・ティオ』と同等かそれ以上、純粋な力技でこれをこじ開けるのは至難の技だ。


 だが、高すぎる『魔力』を有して生まれた分、『魔力』を通さぬ素のパンドラの肉体の強度は低い。

 三柱の中で最も脆弱、平均的な神の能力者(ゴッドスキラー)にも劣り、人間より多少マシ程度のものでしかない。

 パンドラが常にその身に魔力防壁を展開しているのもこれが理由だ。脆弱すぎる肉体を魔力で保護しなければ、彼女の肉体は『特異体』としての力の行使にすら耐えられない可能性が高い。

 生まれた瞬間から今までずっと、意識すらせずに呼吸をするのと同じ感覚で、パンドラはその身に常に魔力を纏い続けてきた。そんなパンドラの張り巡らせた魔力防壁に、付け入る隙などあるハズも無い。


 だから、どう考えてもこの結果はおかしいのだ。


 『神性』の恩恵や魔力防壁を無視して直接体内に破壊のエネルギーを叩きこむ『正義叫ぶ断罪の拳ヘルト・シャルフリッター』ならともかく、単なる拳でパンドラの『魔力』を突破できる訳がない――



 ――そう。本来であれば正義叫ぶ断罪の拳ヘルト・シャルフリッターを封じられた時点で南雲に勝ち目はなかった。

 『英雄』南雲龍也は確かに強い。

 『神性ディヴィニータ』を持たない純粋な人の器でありながら、主格の人格部分に『神性ディヴィニータ』を有するという、矛盾した存在である事を利用した迂回路を用いて『特異体』を最強足らしめる権能の一つである『神性ディヴィニータ原典(:オリジン)』をも無視できる南雲は、正真正銘世界で唯一『特異体』を殺す事が出来る無二の存在だろう。


 人の手による救い、『希望』による世界の救済が果たされなかった場合の最終手段こそが彼であり、憎悪と殺意の連鎖の果てに世界に産み落とされる処刑機構デウス・エクス・マキナ。 

 そう在る為に、『英雄』である彼は最悪の事態に備え、その死後すらをも利用して最適な形に調整されてきた。


 神器『反転せし銀の腕アガートラム・オルタナティヴ』と、希望の拳(ホープインハンド)の力の一つである『正義叫ぶ断罪の拳ヘルト・シャルフリッター』。

 純粋な人の器に『再臨』を果たした南雲龍也という『英雄』とこの二つの組み合わせは、まさしく『特異体』の強みを徹底的に潰して急所を的確に穿つ最強の裏技、ハメ技、チートの類の反則技だろう。

 さらに南雲は『再臨』によって人の器を手に入れるだけでなく、その記号によってより多くの『憎悪』という願いを自身に集め、一撃の威力の底上げをも果たしている。


 文字通り、南雲龍也は狡猾の蛇(スネーク)の用意した対『特異体』用の最強の切り札としてこれ以上ない程に機能し、事実『特異体』を後一歩で殺しきる所まで追い詰めた。


 だが、それでもなお『特異体』にトドメを刺すまでは至らなかった。


 何故なら『探求者』がその『叡智』でもって全てを予測、想定、妄想、想像し、その予言じみた力でもってあらかじめ計画に組み込んでいた悪趣味な一手が発動し、戦況を一気に覆したからだ。

 その悪趣味な一手こそが『時の牢獄』を用いて七日後の世界にピンポイントに召喚された厄災の贈り物(パンドラ)。 

 彼女は『探求者』にとっての『切り札』として、想定通りに東条勇麻と南雲龍也の両人格に大きな影響を齎した。


 速度を優先して完全削除を後回しにした事も裏目に出たのだろう。激しい憎悪に駆られた龍也がパンドラを害そうとした結果、右腕『■■■■』内部の『空き領域(ゴミ箱)』に残っていた東条勇麻の旧人格(ソフト)がそれに激しく反発。肉体ハードへと強い影響を与え、『正義叫ぶ断罪の拳ヘルト・シャルフリッター』の威力と照準が狂わされた。


 『探求者』はたった一手で、南雲龍也を対『特異体』の切り札たらしめていた『憎悪』の力を抑え込み『英雄』を弱体化させ、さらにあらゆる意味での〝切り札〟たる『厄災の贈り物(パンドラ)』の覚醒までもを同時に遂げたのだ。


 この時点で、南雲龍也は『厄災の贈り物(パンドラ)』に対しては武器そのものを満足に振う事が出来ず、初見殺しの機会を逃した時点で既知の攻撃を完全無効化する固有魔術オリジンを有する『探求者』も殺す事が出来ない、いわゆる〝詰み〟の状態にあったハズ。

 

 いかに『英雄』といえど、『再臨』を果たした今、その器は脆弱な人のモノ。そして人格ソフトハードが反発し合い不和を起こしているような状態では、とても満足な戦闘など行える訳はない。

 弱体化は必至でその時点で敗北も必至。

 パンドラが怒りに冷静さを失わず、無邪気に嗜虐に凄惨に『万能の匣(パンドーラ)』を開き続け、無限の死の可能性を地上に産み落とし続けていれば、南雲龍也はいずれその死のどれかに呑まれて呆気なく死んでいただろう。


 『再臨』により唯一『特異体』を殺せるという特殊性に目が眩み忘れそうになるが、客観的に両者の総合的な力を比べてみれば、『切り札』を封じられた南雲龍也など『特異体』に及ぶべくもない格下に過ぎない。


 しかし南雲龍也は『英雄』だ。

 逆境も劣勢も、理不尽も不条理も力の差も、その全てを跳ね退けねじ伏せて、深い『絶望』の中でこそ輝く真の『英雄』だった。

 『悪』を滅して世界を救う、正義そのものであったから。


 ……だから、己の不利など微塵も感じさせずに、『英雄』は諦観など糞喰らえと不敵に笑って見せつけるように右の拳を握りしめて、


「……言ったハズだぜ、癌細胞。俺の刃はいずれお前に届くと。『特異体』の魔力防壁程度、この拳(・・・)が貫けないとでも思ったかよ?」

「……ふざけるな! 答えになっておらぬのじゃ!」 


 パンドラの怒髪が天を衝く。

 アメジストのように輝く美しい髪が、その身からあふれ出す毒々しい毒霧のようなオーラによって禍々しく立ち昇り、その姿はまるで鬼か悪魔のよう。

 感情の発露によって漏れ出した干渉力が、不安定に世界に干渉し、大地が音を立てて揺れ始める。

 身体強化系(フィジカ)並みの身体能力がなければ、まともに立っても居られないような地震。能力でも何でもない、少女の怒りに、惑星が震えだしているのだ。

 

「如何に貴様が『英雄』であろうが、あのおかしな力も使いもせずに、ただの拳で妾の『魔力』を突破し、この肌に触れるなどッ、そんな事はあってはならぬ! ならぬのじゃ……ッ!!」


 そう、南雲龍也の拳は確かにパンドラの魔力防壁を貫いている。だがそれは、何も南雲龍也の力ではない。

 そして、少なくとも今の厄災の贈り物(パンドラ)は知らないのだ。

 『再臨』を果たした南雲龍也の器である〝東条勇麻の肉体〟が有する希望の拳(ホープインハンド)――『勇気の拳(ブレイヴハンド)』の持つ特性の一つ、〝防御殺しの一撃〟。

 それこそが、厄災の贈り物(パンドラ)に対しての矛を失った南雲がパンドラを相手に善戦している最大の要因である事を。


 勇麻が時折、右腕『■■■■』内部の龍也と感情や意識をシンクロさせることで『正義叫ぶ断罪の拳ヘルト・シャルフリッター』を使っていたように、龍也が勇麻の肉体で『勇気の拳(ブレイヴハンド)』を扱えることは、別にそこまで不思議な事ではない。

 『再臨』直後から南雲は当たり前のようにこの力を使い、人の身の器でありながらシーカーと苛烈な殴り合いを繰り広げている。

 

 勿論、本来の持ち主でない南雲龍也に『勇気の拳(ブレイヴハンド)』を完全に扱う事は不可能だ。

 対峙した相手の感情を読み取ったり、相手との意識のチャンネルを繋げ全てを掌握する『理解掌握リアライズ・オーバー・ワン』は――おそらく、そこまで行くと希望の形が異なり過ぎる為だろう――南雲には扱えない。

 また、龍也自身の希望の拳(ホープインハンド)との併用も不可能で、一々力を切り替える必要もある。

 使用可能だったのは感情や精神状態に呼応した身体能力の増減と、逃げの感情や守りの意思、弱気な思考に反応して発動する赤黒いオーラを明滅させる〝防御殺しの一撃〟のみ。

 だが、それさえあれば充分だった。

 

 それこそが、南雲が必要以上にパンドラを煽り激怒させた理由。

 

 負けず嫌いで、プライドが高く、全てが自分の思い通りになると思っている彼女は、まさしく幼児特有の万能感をこじらせた怪物だ。

 格下の存在が己に楯突く事が許せないパンドラであれば、煽れば煽る程、怒らせれば怒らせる程、その嗜虐性を発揮し自ら相手の舞台に立って、舐めた真似をした不敬者が二度と逆らえぬよう徹底的に痛めつけたいと思うハズだ。


 パンドラを逆上させて冷静さを奪い、手を出せない空中から強引にでも近接戦(こちらの舞台)に引きずり込む。

 近接戦闘になりさえすれば、こちらの拳も届く。〝防御殺しの一撃〟ならば、絶対的な防壁もその他のダメージを緩和する術式だの『特異体』の権能だの、そうしたごちゃごちゃした『特異体』の守りを全て木端微塵に粉砕し、打ち砕き、打たれ弱く脆弱な肉体に直接拳をを叩きこむ事が出来る。


 南雲は拳を握りしめて、一歩、前へ。


「悲劇はここで打ち止めだ。絶望は、俺が終わらせる。それが俺の役割だ。だからお前も終われ、厄災の贈り物」

「……許さぬ。数々の侮辱、妾の肌に触れたその罪、最早万死では足りぬ。その五体ッ、その魂ッ、この星諸共木端と砕け散るが良い……!」


 シンプルかつ大胆不敵、殺気立つ『特異体』と肌触れあう距離で踊る死の輪舞曲ロンド。一つの弛緩、一つの失敗で容易に命が吹き飛びかねない、まさに『英雄』然とした命懸けの策。

 ただの人の身で、徒手空拳で神を殺さんとする暴挙。


 そんな無謀を、しかし実行に移し、そして絶望の終焉を求めて成し遂げようとする『英雄』に――











「――ふむ、英雄よ。先ほどからおかしな物言いをするものだな、君は。希望は(・・・)だの、いずれ(・・・)だの、この拳(・・・)、だの。それこそらしくもない言葉だとは自分で思わないか? それと我が妹、厄災の贈り物(パンドラ)よ。熱くなるのは構わないが、戯れに星を破壊しようとするのは辞めて頂きたいものだな。君とてこの星の『管理者』だ。もう、癇癪で玩具箱をぶちまけるような歳でもないだろう?」











 ――死灰色の長髪を靡かせて、











「……そう、都合よく待っていてはくれねえか」






 





 ――『探求者』が、











「しかし――面白いな。南雲龍也、君の思考それ自体は手に取るように読める既知ではあるが……それが齎す結末は、私にとっても『未知』だ。あまりにも破滅的で自虐的だとは思うが、うむ。その選択はやはり面白い。……また、少しばかり君達に興味が湧いた」











 ――動き出す。











「既に私の勝利は確定して揺るぎない。しかし、だからこそ答えに至る道のりは少しでも豊かで心躍るモノであるべきだ。――そろそろ私も混ぜて貰おうか。これは戦争、まさか嫌とは言うまいな? 我が旅路、その終焉に立ち塞がる『再臨の贋作英雄』よ」

 









 ――闇は色濃く、さらに深く、絶望はどこまでも『神化』する。

 それでも『英雄』は。

 逆境も劣勢も理不尽も不条理もその全てを跳ね除け覆し正義を成す『英雄』は、諦める事が出来なかった。



☆ ☆ ☆ ☆



 ――脳内での回想を終え、時間が現在へと帰還する。


 ……思い出した。

 記憶を辿った泉修斗の脳裏に蘇ったのは、激突の寸前。突如として匣の乙女の中から現れた〝七つの影〟によって自分たちが壊滅的な被害を受けたという最悪の現実だった。


 溢れ出した七つの影によって瞬時に蹂躙された大地に残ったのは、スネーク達三人のみ。

 僅かそれだけの戦力で既に十分近くもの間、彼らは十一人もの化け物達とのギリギリの戦闘を続けている。


 ……そう、泉修斗も他の神の能力者(ゴッドスキラー)達と同じように、世界に零れ出した七つの影のうちの一つに一瞬にして敗北し、つい先ほどまで意識を失っていた。

 丁度――



「……はぁ。あのさ、何度やっても同じだって言ってんだけど。分かんない? オレの『アポス』、『完全帝冠エヴァシアンス・タティスティ』は人の身じゃあどう足掻いたって越えられねえぜ?」

 


 ――十数分前にも同じようにこの男に敗北した事を、泉はようやく思い出す事が出来た。



「はぁー、はぁ、はぁ……っ、はーぁっ。……るせえ、まだ、……分かんねえだろう、が……ッ」



 ――『炎衣無縫アルマドーラ・ブレイザー』は既に解除キャンセルされてしまっている。

 燃え盛る焔と化していた泉の肉体は、この少年と戦っている間にいつの間にか人のソレへと戻ってしまっていたのだ。今にも落ちそうな目蓋は、燃え盛るような怒りの感情すらをも呑み込む強烈な眠気が泉を襲っているからだ。


 思考が遅々として進まない。何もかもが停滞していく。

 この少年と戦うと、何故か己の神の力(ゴッドスキル)を維持できない。全てが愚鈍に鈍間に鈍重に、風船から空気が漏れるように感情がふしゅうっと抜け出ていくような不自然な脱力感がある。

 思考が進まない。判断が遅れる。一歩が遅い。行動が停滞する。身体の至る所が重たく、億劫だ。意識さえも靄が掛かったように判然としない。

 

 こちらの打撃は掠りもせず、相手の攻撃を回避する事も防ぐ事も儘ならない。

 別段、目の前の男が理解不能な速さで動いている訳ではない。特殊な攻撃方法を有している訳でもなく、その戦闘スタイルは完全な徒手空拳。しかも素人に毛が生えた程度のものだ。

 かと言って身体強化系フィジカのような爆発力もなく、瞬発力も、膂力も、全ての身体能力が平均的な神の能力者(ゴッドスキラー)のソレと対して変わらないだろう。

 なのに、勝てない。否、勝負にすらならない。相手に拳を叩きこむ事すら叶わず、相手の攻撃を避けきれずにその身に浴び続ける羽目になる。

 理由は単純、泉修斗があまりにも遅すぎるのだ。


 動きが鈍い、なんてレベルじゃない。反応に対する行動が、ワンテンポもツーテンポも遅れる。視界に捉えた光景に対する反応速度自体も、加速度的に失速していく。

 周回遅れで相手の攻撃を認識し、鈍間な脳からの指令に従って拳を躱そうとようやく身体が動き出したその時には、既に相手の拳が泉の身体を打擲している。

 後はこれの繰り返し。

 戦闘は、一方的に泉修斗が相手の拳打をその身に受け続ける展開となっていた。

 

 ……今、泉を襲っているこれらの現象が、目の前の怠惰な少年の何らかの力の干渉を受けている結果であるという事だけは分かる。おそらくは、精神もしくは神経に干渉する類の何か。動きそのものが遅くなっているというより、事象に対する全ての反応が極端に遅れているように思える。

 だが、そこまでだ。

 相手が何をしているのか、自分が何をされているのか、打開策は、突破口はあるのか、何も分からない。考えられない。これ以上の思考を続けられない。

 既に思考はぶつ切りで、全身を蝕む睡魔に呑まれないよう必死で耐えるだけで精一杯だ。泉修斗に、この状況を覆すだけの余力は残されていない。

 

「まあ、ぶっちゃけさっきのはオレも驚いた。もう十分以上に侵食は進んでいたハズなのに、よくあそこから気力を吹き返したもんだな。ま、それもオレが地雷踏んだからだろうけど。それでもすげえよ、ああ、すげえ沸点の低さだ、恐れ入る。アンタは頑張ったって。充分やったし、もう終わりにしてくんないかな?

「黙、れ……ッ、」

「……なあ、アンタさ、そんなにいつもキレてて人生疲れねえ?」

「テメェ、よりは……マシだ」

「あっそ。なら――」


 トンッ、と。少年はくだらなそうに吐き捨てるなり地面を軽やかに蹴りつけて、


「――もう眠ってろ」


 力強い踏込みから放たれた体重の乗った拳が眼前に迫るのを、泉修斗は危機感を抱くことすら出来ずにぼんやりと眺めている事しか出来なかった。

 そして、

 肉と骨を打ち据える原始的な音が響き、睡魔に塗りつぶされた泉修斗の視界が今度こそ完全にブラックアウトした。



「……はぁ。拳が痛い……。だから嫌なんだよ、戦いとかそういう疲れるコトすんの」


 手の甲がびりびりする感覚に右手を振りながら、完全に沈黙した少年を残して怠惰なる少年は心の底から嫌そうな顔で未だ続く戦闘音の方へと目をやった。

 特異体『狡猾の蛇(スネーク)』と『英雄』南雲龍也。そして『設定使い』。

 残ったのはどれも〝やはり〟というメンバーばかり。

 しかし、いかに彼らが強大な力を有し、少ない戦力で善戦していようとも、それは無意味で無価値な事だと彼は思う。

 ……『探求者』と『厄災の贈り物(パンドラ)』、そして厄災の贈り物(パンドラ)の中から溢れ出した自分たち『七つの厄災』を同時に相手にして、勝ち目などあるはずがないのだから。

 

 怠惰な少年に、あの戦いに加勢する気など微塵もなかった。


 自分などがわざわざ加わるまでもなく、すぐに決着は着くだろう。そんな少年の予想を裏付けるかのように――









 ―― その僅か数秒後、戦況が大きく決着へと動いた。

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