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――caution ! caution ! caution ! ――ガガ、ジザガガガガガガ……ザザザザザザザザザッザザザザッ…………ツ――――――――――――っ。深刻な破損が発生しました。
要観察対象、東条勇麻の魂に異常が発生。当該人物に付随する物語データに関する深刻な破損の可能性が懸念されます。
対策としましては、筆者である『天智の書』による一時的なバックアップを――
☆ ☆ ☆ ☆
――ねえ。
……あのまま綺麗に幸福な結末で終われると思った?
……あのまま東条勇麻が彼なりのリスタートを切れるとか思っちゃった?
……海音寺流唯が死んじゃうとか、南雲龍也だとか、ここまで酷い事になるとは思わなかった?
あはは、んな訳ないじゃん。――甘えよ。つーかいい加減に慣れた方がいいよ。学習能力のないやつは猿にも劣るぜ?
言っただろ? これは東条勇麻の物語だって。くだらない事にいつまでも悩み、届きもしない輝きへと分不相応に手を伸ばしては失敗して敗北して絶望して無様に転がり汚泥を這いつくばって、それでも立ち上がり、死に掛けのボロ雑巾みたいな有様になりながらも諦め悪く手を伸ばし続ける。
その結果として個人という名の小さな世界をいくつか救い、けれどこの世界なんて大きなものを救う力は決して宿しちゃいない。英雄になりたくても決してなれない、どこまでいっても中途半端な望みだけは大きいちっぽけな少年。
それが東条勇麻なんだって、私は確かにそう言い続けてきたハズだよね?
……そもそもさ、リスタートとか言っちゃう前にやるべき事があるだろって話なのさ。
――転んで、挫けて、一度は全てを諦めかけて。それでも、もう一度立ち上がる再起の白線。……ああいいね、確かにいい言葉だ。けどさ、それをするためには彼には資格が足りないとは思わないかい?
立ち止まってこれまでの道のりを、過去を、己を振り返り、再起のスタートラインに立つ。これがただそれだけの物語だと謳うのならば――ああ、やはりアナタは足りないよ東条勇麻。まだ、アナタは逃げてしまっている。
醜く傲慢な己と真正面から向き合って。
確かに積み上げてきたこれまでの己の道のり、その正しさを沢山の人々の助けを借りて証明して。
けれどアナタはまだ向き合っていないじゃないか。
己の過去と。
過去に犯した、己の罪と。
まるで己を守るように都合よく抜け落ちてしまった、欠落の記憶――南雲龍也その人との因縁と。
付けるべき決着を、まだ何も果たしていないじゃないか。
だからこそ、そのリスタートは【偽】で、だからこその絶望と敗北だ。
再起の白線を謳っておいてこの体たらくだと言うのだから片腹痛い。
どんな形であれ自分を受け入れ認めなければ前へと進めないと言うのならば、過去の自分を置き去りに未来へ進める人間などいるハズもないと言うのに。
――ここから先の物語でアナタは向き合わなければならないだろう。
これまで語られることのなかった己の忘却の過去と。
慕い、憧れ、そして自らの手で幕を下ろした、憧れの英雄そのものと。
……そうして最後に、自分自身と。
そうでなければ東条勇麻は、その物語は未来へと進めず、再起の白線に立つ事も出来やしないのだから――
――最も、そもそもこの世界は東条勇麻の物語なんかじゃないんだけどね。
……ああ、ごめんごめん。これは私の言い方が悪かった。東条勇麻の人生の主人公、という意味でなら彼の物語の主人公はちゃんと東条勇麻本人だから安心してくれていいよ。
それだけは疑いの余地もない事を、この私も保証しよう。……え、より説得力がなくなった? 失礼な。天に遍く星々の如く輝く智を司るこの私からの太鼓判を貰ったんだ、これ以上の証明はこの世にないだろうに。
まあ何はともあれ、東条勇麻の物語の主人公はきちんと東条勇麻自身だ。
そればかりは世界の誰にも侵害できない。
人生の主人公はその人生を歩む当人自身。例えそれがどんなくだらない人生だったとしても、人は皆、誰もが主人公である事に違いはない。
――けれど仮に。この世界を股に掛けるような大きな物語があるとするならば、東条勇麻はその物語の主人公には決して成り得ない。あり得ない。器じゃない。端的に言うのならば、世界に対する影響力が――端的に言えば干渉レベルが足りないんだよ。
勿論、この場合の干渉レベルっていうのは単なる神の力の強度を示す数値の事を指している訳じゃない。あくまで私なりの物の例えというヤツだ。
……例えばそうだね。あの『設定使い』をして存在自体がイレギュラーとさえ呼称されていた黒騎士とかは結構いい線行くんじゃないかな?
この世界の主人公とはいかずとも、裏主人公くらいはいけそうだよね。
あとは十徳十代、彼なんかもいい。背景も資質も充分って感じだ。
それから勿論、我が主サマの正ヒーローである〝彼〟はとびきりの逸材だろうね。
そういう意味じゃ海音寺流唯は正統派路線としてこの世界の主人公まであと一歩の所まで来ていたハズなんだけど――彼は致命的に間が悪い人間だった。
だから主人公に最も近く最も遠い存在になってしまった訳で……っと、ここまでくれば流石に分かるか。
うん、そうだよ。この世界の本来の主人公は南雲龍也だ。
間違っても東条勇麻はこの世界の主人公じゃない。あの少年は主人公には成り得ない。彼は英雄足り得ない、この世界を救えない。
だから、この世界のキャスティングはおかしいんだ。
主人公は既に死に絶え、本来ならば次代の主人公になる筈だった男はタイミングを逃して脱落し、結果としてその配役を託されたのは本当にどこにでもいるような没個性の少年だったって言うんだから。
酷い配役ミスもあったものだよ。通行人Aとか主人公に救われる少年Aとか、そのあたりが限界のモブにしかなれないハズの幼い少年が、何の間違いか唐突にその大役を任される事になったんだ。そりゃ壊れもするさ。
始まる前からこの物語は破綻していた。
でも、それでも。
配役を貰い、台本があって、既にカメラが回ってしまっているのならば、演者たちは愚かでも滑稽でも情けなくても踊りを続けなければならない。
足りない身を引き千切って、ない頭を振り絞って、懸命に全力に全てを賭して、紛い物は紛い物なりに、偽物は偽物なりに。
例え己が本来の主人公の代理で、その代替品でしかないと分かっていても。それでも確かに自分はそう在り続けたのだと、確かな矜持を胸に抱いて。
そうやって必死に足掻き続けた少年が、確かにいた事を私は知っている。
何者かになりたくて、けれど何者かにしかなる事を許されなかった、空っぽの少年が。
……ああ、確かにこの世界の主人公は南雲龍也だ。間違っても東条勇麻じゃなあない。
けれど、南雲龍也が命を落としてから今まで、この世界を紡いで来たのは間違いなく東条勇麻だ。
それだけは、この物語を知るこの私が誰にも否定させはしない。
だからきっと大丈夫。
彼は己の過去ときっと向き合えるし、己の罪とも戦える。
こんな所で終わったりなんかしない。
だって、思い出してほしい。
あの男はいつだってそうだった。
東条勇麻は、こちらがもう無理だと挫けて諦めてしまうような絶望の底から、その心と身体を深く傷つけながらも何度だって立ち上がって来た。
今日まで積み上げてきた彼のその不屈と言える粘り強さが、その〝過去〟が、まだ見ぬ未来の証明となっている。
ほら、そんな事実そのものが、どうしようもなく明るい希望に思えるんだから。
……それになにより、我が主サマの救済を拒んだ選択の責任をきちんと取ってもらうまで、アナタに退場して貰う訳にはいかないんだ。
☆ ☆ ☆ ☆
……さて。書き切ったはいいけど、どうも、だいぶ破損が激しいな。
この叫びは、最悪、誰にも届かないかもしれない。
誰の目にも触れる事はないかもしれない。
読者のいない――読まれる事のない物語など、物語足り得ぬ紛い物に他ならないと、確かに私はそう思うけれど。
それでも私は、この意味を失くした文字の羅列を挟み込む事を決意する。
極めて個人的な願望を書き殴った、読むに堪えず見るに絶えない駄文だけど、それもいい。いや、それだからいいのかもしれない。
それが、彼の物語を最後まで見届けると決めた私が果たすべき義理のようなものなのだろうと、そう思った。
――『「天智の書」第■章第■節 存在しないハズの文章』




